昭和から平成にかけ、一世を風靡したアーケードゲーム。近年はスマートフォンなどにシェアを奪われてきた。
そんなある日、国内大手のゲームメーカーが、マイカルを訪れた。ムーへゲームを普及させるためだ。日本にとっての新たな市場。まだゲームなどは存在しない。ならば、こちらからゲームを売り込もうということである。
しかし、ムーについた担当者は、すぐにこれは無理だという結論に至った。
「マジかよ。電気、全然通ってないじゃん」
そう。業務用として少しずつ広まりつつあった電気だが、家庭用のものはほとんどなかったのである。せいぜいどこかの社長の家だったり、軍人のなかでも地位が高い人の家だったりが小さな水力発電や、太陽光パネル、個人の風力発電などを行っている程度なのだ。これでは、家庭用ゲームを売るのは不可能である。電池式のゲームなどもはや製造できない。
ムー地域販売戦略会議
今後大きくなっていくであろうムーにおけるゲームの需要。しかし、技術流出防止法により電子機器があまり輸出できる状況ではなかった。一応、手始めにムーの調査を行ったものの、そもそも家庭用電源がない。経営陣は頭を抱えることとなった。
「SOMYや仁天堂もやはり技防法と電源の対応に苦慮しているようですね」
「ああ、2000年代に発売されたものはほぼ壊滅だろうからな。電池で動く本当に大昔のゲーム機しか販売することができない」
「わが社が異世界でついにゲーム機本体の開発へ復帰できる時が来たと思ったのだがな...」
はぁ...。とため息をつく経営陣。
しばらく会議室が静かになる。しばらくたって、一人がぼそりと言った。
「アーケードならいけるのでは...?」
周りの役員たちがバッ!とそちらを向く。行き詰まっていた会議が動き出す。
「そうだ、確かにアーケードなら完全に固定してしまえば技術解析される可能性も低くなるな」
「いっそのことゲームセンターを直営にするのも良いかもしれません。幸い業務用のものは電気も確保できますし...」
「いっそのことインベーダーゲームみたいな簡素なゲームでも収益は上がりそうだな」
議論が白熱する。がしかし、再び一石が投じられる。
「ちょっと待ってください。そういえば廃棄になる筐体が電子部品が取り出されて解析されるって記事が出ていましたね」
「あ?ああ、だがそれは回収業者だろう。そこまでは我々は口を出せん。出来ることと言えば信頼できる業者に任せるくらいだろう」
「しかし、国から突っつかれる可能性があります。そこまでしっかり対策をしているという姿勢を見せるのがよいのでは?」
「まあ、確かにそうかもしれんな。変なところを突っつかれるのも面倒だ」
社長がそう結び、会議は具体的な戦略についてに移る。
こうして、アーケードゲームの事業が再び動き出した。
□ □ □
3か月後。経済産業省による認可も通り、ムーヘとゲームの筐体が運搬され、直営店の開店準備が進んでいた。
直営店が設置されたのは、SERGAムー本部の一階である。最も管理しやすく、筐体の入れ換えも自由に行える。
「店長、こっちの配置はこれで固定していいですよね?」
「ああ、そこは問題ない。固定してくれ」
技術流出防止法により、電子機器を輸出するのはかなり制限がある。スマートフォンは言うに及ばず、インターネット機能のあるガラケー、ゲーム機。要するに2000年以降のものは全滅。それ以前のものもかなり制限がかかっている。ゲームボーイもダメなくらいだ。
しかし、筐体を固定できるアーケードゲームなら、ある程度新しいものも国外へ持ち出すことができた。もちろん、認可が必要だが。
「いよいよ開店か...」
ムー初の直営店の店長になった瀬賀 明夫。本来、アーケード部門はSERGAインタラクティブの管轄だが、暫定措置として親会社であるSERGAホールディングスに出向していた。
「さて、あとは軽くミーティングをして終わりだな」
時刻は午後5時。明日は早めに店に出てもらうので、スタッフはそろそろ帰宅させることになっている。
「じゃあちょっと集まってください!」
瀬賀の声にしたがって、ワラワラとスタッフが集まる。
「では軽く注意点などを話したら、今日は解散します。明日はちょっと早いけど7時半には来てください。では、まずーーー」
□ □ □
翌日。いよいよ開店時間になった。最初に式典が行われる。ムー本部の幹部が参加するそこそこ大きなものだ。ムーの市民に対するアピールを兼ねるため、大々的に行う。
「この度、ゲームセンターがムーヘ進出することが叶いました。皆様に笑顔になってもらう。それこそが我々の使命ではないでしょうか。まずはこのゲームセンターから、始めていきたいと考えておりますーーー」
次に、SERGA、ムーの幹部たちによる店内の見学。お試しでゲームをやってもらい、楽しさを覚えさせる。
「ほう、これはなんですかな?机みたいだが」
「これは新スペースアタックというゲームです。簡単に言えば、上から来る敵を撃ち落とすというものですよ」
「ほう、面白そうだな。一度やってみよう」
VIPによる見学が終わると、いよいよ一般客の時間だ。初日の来店者数は1000人程度と見積もっていたけれど...!
「て、店長!もう入りませんよ!なんかケンカも起きてるみたいだし!」
「こっちは筐体を壊したって報告も!」
予想以上にひどい状況だった。
最初はまだ人が少なく、ある程度余裕があった。ゲームをどうやってやるかわからない人が多いと思われるので、一般客に扮したアルバイトも雇っていた。そのバイトから説明を受け、ムーの人たちはゲーム内容を理解していった。
しかし、問題はそこからだった。昼過ぎからまた増えた。現在の店内のお客さんの数は概算で1700人。ここまで人が増えると、ちらほらと問題がおき始める。例えば、ずっと他人に譲らない人や、無理やりやろうとする人などが出てきた。ほしい商品がとれないから壊して取ったとか、もう意味がわからない。
そして意外だったのが、レースゲームが人気がない。空いているのにあまりやろうとする人はいない。おそらく、車が普及していないせいだろう。同様に戦闘機や戦車も人気がない。たぶん馴染みのない機械ばかりだからだろう。
逆に人気があったのは、ムシキングスなどのトレーディングカードアーケードゲーム。じゃんけんに類するものはムーにもあったし、虫ということで多少知らなくても外国の虫ということでスルーされたらしい。
そんな分析をして、報告書をまとめて本部へ提出した。
結局、初日はとんでもない数のお客さんが来た。対応は大変だったが、大きな自信もついた。すなわちムーでも、日本のゲームが通用するということだ。
これが、後に仁天堂と再び競いあうようになるSERGAの復活の序章となる。
後にSERGAムー取締役へとなった瀬賀は、「全てはあそこから始まった。今のSERGAがあるのは、当時の役員の方々によるアーケードゲームの再興という強烈な一手のお陰だと考えています」と語った。
久しぶりに投稿しました。遅れてしまいすみません。