エルニーニョ   作:まっぴ~

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第3話 練習

 サッカーというのは一人ではできない。

 22人揃わなくては11対11での試合が出来ないし、一人で出来ることと言えばリフティングや、相手のいないドリブルの練習、後はフリーキックに壁当てと悲しい事ばかりだが、しかしボールが蹴れるというのはそれだけで楽しいというのは、個人的な持論だ。世の中には不自由な体で生まれてきたり、戦争地域だったが為に地雷で足を失くしてしまった人もいて、ボールを蹴るどころか走れない人だっているのだ。そんな人に比べたら、例え一人だとしてもボールを蹴れるという事の何と幸せなことか。

 

 だが、サッカーというのは同時に一人だけで大きく試合内容が変化する競技でもある。

 一人で試合内容を変えることのできるプレイヤーは色んな呼ばれ方をするが、色々と異名が付く事が多い。過去、最高のプレイヤーだと讃えられてきた選手たちは、そんな中の一人であった事に間違いは無い。バロンドールと呼ばれる、ヨーロッパの年間最優秀選手に贈られる賞を受賞した者然り、FIFA最優秀選手賞と呼ばれる、サッカーの年間最優秀選手に贈られるFIFA加盟国の代表チームの監督と主将による投票で決定される賞然り、その二つが合わさったFIFAバロンドールを受賞した選手もそうだ。若い時から特に秀でた技術をマスコミに異名として讃えられて、ファンにはそうやって呼ばれることになる。

 

 サッカーの神様に恩返しをするために、世界最高のプレーが出来る、世界最高の選手となるためには、やはりFIFAバロンドールの受賞というのは通過点として見据えなければならない内の一つだ。だけど、それらの賞が統合される以前にも、そして統合されてからも、日本人がそれを受賞した事は未だかつて無い。それは身体能力がそうさせているのだというのが専門家の普遍的な意見だが、そんな事は無いように思う。

 受賞した選手の中でも身体の小さい選手はいたし、足の遅い選手もいた。それでも日本人が受賞していないのは、ただ単に世界に認められるような基礎的な技術が甘いのと、そしていま一つ創造性に欠けるプレイしかやってきていないからだろう。リスクを冒さずに、安全策を取る国民性が日本人の受賞を遠のかせていると言っても過言ではない。

 

 つまり、ゴールデンエイジと呼ばれる時期に技術の習得をするというのは非常に理にかなっている事だ。

 技術の習得は新たな神経回路の形成と脳外科を専門とする人たちは説明するが、それゆえに大脳が柔らかい方がそれには有利だとする見解から、動きを頭で理解してから身体に伝えるのではなく、見たまま感じたままのイメージに従って身体全体で技術を吸収していく特別な時期がゴールデンエイジだと説明する。そのゴールデンエイジよりも前に、まずは神経回路を開いておく事が重要で、8歳や9歳までのこの時期には色々な遊びを経験させてボールへの興味を開かせる事が指導者としては重要だ。そしてその後の9歳から12歳、所謂世間一般的なゴールデンエイジでは、実戦的な技術を定着させる事が望ましいのだ。

 それらを考えると、9歳の今は実戦的な技術を学ぶのが脳神経外科的な観点からは最も今後に適していると言えるが、そうなると確かに加藤監督の言うとおりにしっかりした場所で学ぶのが今後にとってはベストの選択なのかもしれない。ただ、それは技術を習得させるために物事のコツを教えてくれる指導者がいた方が理解しやすいというだけで、本来ゴールデンエイジというのは即座の習得を備えた時期の事であるから、前世という記憶がある俺にとってはそれは必ずしも当てはまらない。

 つまり、前世で覚えていたような技術を思い出して実践しながら、同時に一番もの覚えのいい今にプロの試合をテレビで見て、それを頭の中で明確にイメージしてから実際にやってみる事でも、技術の習得は可能だ。

 

 だから、加藤監督が今こうしてチームに貸しているパス練習というのは非常に理にかなっている指導方法だ。

 チームの戦力としての底上げを考えた時にも、そして個人の資質を伸ばすという点で考えた時にも、サッカーで最も重要になるのはパスだ。ドリブルは花形だし、必要とされる時もある。シュートにしても、撃たなければ点数が入らないから勝てないという意味で必要だ。だが、それらはポジションによっては全く必要とされない場合もある。シュート練習ばかりをして将来的にDFになるというのは非合理的だし、ドリブルばかりをしてDFの裏から飛び出す様なストライカーになるのでは、せっかくの練習がそれほどに活かせない。

 その点、パスというのはどのポジションになったとしても近代的な戦術では絶対に必要とされる基礎技術だ。速くて正確なパス回しをして、最後には個人技でチャンスを作り出して、シュートに繋げるというのが近代的な戦術の基礎だ。つまり、どのポジションになるとしてもパスは必要とされるのであり、パスの練習を2人組ですれば必然的にトラップの技術も磨かれることになる。

 

 だが、子供にそんな事を言って聞かせても大人しく聞いてくれる事は無い。

 プロの下部組織ならばまだしも、楽しんでサッカーをやりたいと集まっているこのチームでは、一つの練習を強いるのは面白くないし、楽しくない。そうなれば、どれだけ練習内容を変化させて、同じ練習をしている訳ではないと気付かせないかがコーチの腕の見せ所だが、その実、加藤監督はよくやっていると評価するべきだろう。

 2人組のパスから初めて、その次は4人組にして、更に数を増やしてボールを増やして。人相手ではなく、コーンに先に当てた方が勝ちというゲーム性を持たせたり、地面を転がすインサイドのパスではなく、浮き玉を使ってバスケのシュートの様にして狙わせたり。

 サッカーバカの自分は兎も角、こうして皆が楽しんでいる様子を見ると名指導者のようにも思えてくる。

 

「真守!」

「輝!」

 

 名前を呼ばせながらのパスは、恐らくチームメイトの名前を覚えさせるという事と、練習以外の時にも皆が会話させやすくする意図があるのだろう。

 チームプレイが必要とされる競技である以上、コミュニケーションは重要である。

 監督には、パス練習の時に思いつく限りで色んな事を試していいと言われているから、インサイドのパスだけではなく、アウトサイドで回転をかけながらのパスとか、相手もいないのにキックフェイントからのラボーナによるパス、果てはリフティングしてからのヒールでパスなど、それこそ見ている人を楽しませる様なパスを相手に出す。

 

 すると、チームメイトは同級生も上級生も、そのパスに目を輝かせて真似をし出して、パス練習はつまらないものではなく楽しいものへと途端に変化する。

 あんなふうに自分もカッコよくパスを出してみたい、というのが原動力になっているのだろう。男子はカッコいいものに目が無いのだ。だから日曜日の朝は戦隊ものが、仮面ライダーが放映されているのだ。

 そして副次的な効果まで監督が意図していたのかは分からないが、どうやってそんなパスを出すのかと、年の違いなど全く気にしないように上級生が教えを請い始めたおかげで、それを教えている俺の立場はいつの間にかチームを取りまとめ始めている。それは精神的な年齢というものを加味すると当然の事なのかもしれないが、このチームにとってはプラスだったと今になってみれば自信を持って言える。

 自分がキャプテンじゃなければ嫌だ、という子供はいなかったし、それは監督を始めとしてそれほど皆がサッカーに詳しくないから、どこのポジションがカッコいいという概念が少ないのだろう。

 

「あー、前から伝えてあった通りに、明日は練習試合だ。今からスタメン発表するぞー。今回も皆が試合に出れるようにしてるから、皆頑張ってくれよー」

 

 このチームは、一学年に4人ずつ程度しかいない事が幸いなのか不幸なのか、全部で16人のチームだ。

 小学生の試合は、日本サッカー協会が導入した8人制サッカーシステムの御蔭で、ピッチは半分の大きさで、自由にいつでも交代できるようになっている。これによって全員に出場する機会を与えて、試合でしか経験できない事を体験させるという事を重要視している訳だが、ウチのチームの場合は全員が一回ずつ交代すれば皆が試合を楽しめるという事になる。

 

「一条と十文字はちょっとこっち来てくれ」

 

 と、呼ばれて加藤監督の方に歩み寄ってみれば、監督の手にはホワイトボードが掴まれていて、そこには8つのマグネットが貼ってある。

 見る限りではポジションだと予想が付くが、果たして呼ばれた用事というのはそれであっているのだろうか。

 

「一条君は来週の練習試合、ずっとGKをやってもらおうと思っているんだけど、それで大丈夫かい?」

「はい」

「そうか。みんながあまりやりたがらないポジションだから助かるよ。それと十文字君にはトップ下で司令塔をお願いしたいんだ。普段のミニゲームを見てる限りだと君はトップ下にこだわりがあるみたいだしね」

「……3年生なのに司令塔を任せてもらっていいんですか?」

「恥ずかしながらウチのチームはここ3年間、試合という名前が付いたもので勝った事が無くてね。でも、君たちがウチのチームに来てくれた事で今回は、と思ったんだ。僕も6年生にはこのクラブを卒業する前に1勝くらいはプレゼントしたいと思ってるけれど、勝つ為に一番勝率が高いのは君が司令塔になる事だからね」

 

 そう言って、一条と名前の書かれたマグネットをゴール前に貼り、次に十文字と名前の書かれたマグネットを真ん中に配置する。

 初めての試合という事で出てボールが蹴られればそれで良いと考えていたけれど、どうやらこの監督にも勝ちにそれなりのこだわりがあったようだ。確かにクラブに所属している間、一勝も出来ないというのでは6年生がかわいそうだし、加藤監督の言うとおりに俺が一番やりたいポジションは前世で世代別代表を務めていた時と同じで、トップ下だ。8人制のチームでのポジションで同じような概念という訳にはいかないだろうが、真ん中に配置されるのであれば同じような動きは出来る筈。

 そして、司令塔が俺であれば一番勝率が高いというのも、間違いではないだろう。

 

「ならば、フォーメーションは3-1-3を提案します」

「それは随分と思いきった配置だね……MFが君一人で大丈夫なのかい?」

「FWが3人いれば攻撃に回れるチャンスが多くなって、シュートを打てるかもしれないというモチベーションに繋がります。そしてDFも3人いれば、組織的な動きをしていなくともゴール前で人数的に勝ることになるので、大抵のシュートであればコースは塞がって真守なら止められます」

「なるほど、確かに中が厚ければクロスでパスが飛んでも人数をかけてプレス出来るね。組織的なDF練習をそんなにしていないウチでも取れる作戦だ」

「そしてDFでボールをカット出来れば、ずっとパス練習をしてきたウチのチームはなんとか俺にパスを繋げる筈です。後はシュートを打ちたいFW陣がポストプレイのようにゴール前で貼っていれば、MFの俺がドリブルで攻めた時に相手のMFを引きつける事が出来て、カウンターが速攻で出来れば攻撃時にも人数で勝る事が出来る筈です」

「自陣と敵陣と、ゴール前では常に数的有利を作り出す訳だね?」

 

 8人制のサッカーでこんなむちゃな作戦を立案するチームは他に無いだろうなと思いながら、頭の中に思い浮かべた戦術を監督に話す。

 組織的な戦術練習を全く行っていないこのチームで勝つというのは容易なことではない。そして、組織的な戦術を今から小学生に行わせるというのも無理な話だ。サッカーは点を取って、点を取られなければ勝つ競技なのだから、それが一番顕著に表れるゴール前に人数を集中させて数の暴力で押しつぶそうというなんとも粗雑な作戦だ。だが、これより他に取れる作戦があるわけでもない。

 サイドにバラけさせてクロスからのヘディングシュートを狙わせるにしても、その練習はそんなにしていないこのチームでは、やるだけ無駄なことだ。

 

「そして、MFが一人であれば、ボールを受けた時に広いスペースを使ってドリブルで持ち運ぶ事が出来ます。俺に数を使ってくれば、ゴール前にボールを放り込み、ゴール前のFWにマークを裂けば俺のドリブル突破が容易になります」

「……ただ、それだと守備の時にMFの君はつらくない?」

「諸刃の剣ですが、どれだけMFを増やしても結局ゴール前までボールを運ばれてしまうのは目に見えています。なら、ディフェンスも数で勝負して素直にカウンターを狙うべきかと。ミドルシュートなら真守が全部止められますし」

「……そうだね、勝つためにはそれが最善だろうし、君たち二人の実力は飛び抜けている。何より、君のドリブル突破というのは見ている人を楽しくさせてくれそうだ。うん、その作戦でいくことにするよ。ありがとう」

 

 最近思うのだ。

 この監督は、割と今のチームで目指すべき所まで見えているのではないかと。

 そうでなければパス練習ばかりさせて、組織的な守備練習や、攻撃練習をほとんど行わない意味が分からない。勝ちたいと考えているのならそれらを行うべきだというのは定石の理論の筈だ。

 だけど、皆の基礎的な技術となるパスとトラップがある程度のレベルになるまでしっかりと教え込んでいるのは、目先の一勝だけではなくその先の事まで見越しているからに違いない。たぶん、パスとトラップがある程度出来るようになってから、色んな攻撃の方法を試させて、それを実践的な練習として守備陣を入れる事で守備の練習もさせようとしているのだろう。

 そうなると、今のメンバーでこの監督は全国にまで行こうとしているんじゃないかと思ってしまう。

 まあ、俺としてはサッカーを楽しくやれれば何よりだし、チームメイトが試合に勝った事で更に楽しいと思えるのであればそれに尽力しない訳が無い。クラブチームの受験をしなかったのだって、本当は最初から強いチームでやるのではなく、そういうチームに勝ちたいという欲求が少しはあったのだ。

 前の時は普通にユースチームからスタートしてしまったから、こうして自分で頭を捻る事もなく、圧倒的な個人の基礎技術で勝ち星を積み重ねてしまっていた。だから、こういうのが楽しいと自分で今は感じているのかもしれない。

 

 まずは一勝、後は行けるところまで。

 練習試合を終えてから、このチームが何処まで伸びるのかが楽しみだ。

 




感想に質問が書いてあったのでこちらでの対応をば。

どこの世界に転生?
→そのままエリアの騎士です。一応逆行設定のつもりです。

誰と同世代になるの?
→駆の一つ上です。
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