透明な物をなくさない方法   作:ヤンデレ大好き星人

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第七話 恋人のふりか悪くない

 俺は作田吉利(さくた よしとし)。俺は現在、六連星(すばる)という喫茶店でアルバイトをしている。他にもアルバイト先を探していたが、自分に合いそうなものが見つからなかった。特に、コミュニケーション能力が必要と書かれた求人には食指が動かなかった。そんな得体の知れない能力は持っていない。普通の人は、どうあがいても2割の人に好かれ、2割の人に嫌われるという。その比率を破り、誰とでも親しくなれるのは歴史に名を残すような人物だ。それを時給で雇おうだなんて無理な話だろう。

 しかしながら、このコミュニケーション能力というもの、もっと別の意味合いが含まれている。そもそも組織というのは、一人では出来ないことを他者と協力して遂行するためにある。コミュニケーション能力とは、組織の中でどう他人と協力して成果を出せるかという部分を示すのだ。トークの才能などなくても、報告・連絡・相談を的確に行い、正しく成果を出せればそれで良い。

 ところで俺は今、西崎春子(にしざき はるこ)という女子生徒と付き合っている。春子は誰からも好かれる人気者。一般人の枠からは外れた人間だ。一方俺は普通の男子高校生。とても釣り合いが取れているとは言えない。

 彼女はいずれ華やかな世界に身を投じるだろう。そうなれば、俺にはとても付いていけない。なんとか別れようと色々な策を講じたものの、その全てが失敗に終わった。後輩の安藤杏(あんどう あん)から相談に乗ると言われていたのに、独断で進めた結果、状況が悪化した。これが社会人なら、俺はまさにコミュニケーション能力のない人間なのだろう。

 世の中には、自分一人でどうにか出来ないことがある。それを今回の件で学んだ。だから俺は、今度こそ杏の協力を仰ぐことにした。

 

◆ ◇ ◆

 

「先輩ってもしかして、バカなんですか?」

 開口一番にそう罵るのは、杏である。近所のファミレスを拠点にし、どうやれば春子と別れられるのか相談している。相談する際、これまでのことを説明した。しかし話している内に、杏が不機嫌になっていくものだから、途中で打ち切ることにした。

「キスとか……好きな人のために、取っておこうとは思わなかったんですか……」

 そこじゃないだろう。失敗したのには、なにか原因があったはずだ。

「まず、キスだけしてそのまま帰すやつですけど、それって落としたい相手にタブーなだけですよね。西崎先輩もう落ちてますからね? キスしたら嬉しいだけですよ」

 なるほど、相手に気がない場合の話だったのか。例えば今、杏にキスだけして去ったとしよう。確実に好感度はどん底に落ちる。

「なにどさくさに紛れて、私にキスしようとしてるんですか! やっぱり先輩は変態ですね」

 待て、誤解だ。

 杏は半目でこちらを見ながら、両手で人差し指同士をつついている。

「まぁ、やりたければ勝手にすればいいですけど……」

 やらないからな。普通に通報するだろこいつ。とにかく、これからどうするべきか決めたい。自分で色々やったが結局失敗した。女子の知り合いなど、春子の他には杏しかいない。彼女の助言が必要だ。

「西崎先輩に嫌われるのは、もう無理ですよ。普通に別れるのも難しいですね」

 そうか……ん? それ詰んでないか。

「大丈夫ですよ。私に任せてください」

 片肘を机につけてグラスから伸びたストローを口にくわえながら、面倒臭そうにしている。本当にこいつに頼っても大丈夫なのだろうか。

「まぁ、あれですね。とりあえず私と先輩は、明日から恋人ってことにしましょうか」

 それはまずいだろう。俺は今、春子と付き合っている訳だし、それでは浮気になってしまう。

「だから浮気するんですよ。実は他に女がいるって言って、思いっきり振っちゃえばいいんです」

 悪くないかもしれない。それなら俺が悪役になるから、春子のイメージを落とさずに別れることが出来る。春子に幻滅されれば、後腐れもないだろう。だがわざわざ恋人のふりなんてしなくても、別れ話をする際に立ち会ってくれればそれで良いのではなかろうか。

「ダメです。そんなんじゃ簡単に嘘だってパレちゃいますからね」

 そういうものなのか。女の勘って言うのだろうか、確かに春子は異常に鋭い時がある。しかしその作戦だと、俺だけではなく杏も悪者になってしまう。

「いいんです。私は別に、他人に良い顔しようだなんて思ってないですから。先輩が私のこと好きすぎるせいでこうなってるわけですし、少なからず私にも責任はあります」

 そうか。お前やっぱ良いやつだな。しかしその責任は、本来存在しないものなのではないだろうか。まぁ、杏が良いなら、恋人になってもらうぞ。

「っ!? な、なに言ってるんですか! ふりですからね。ふ・り! どさくさに紛れて、付き合う流れにしないでください」

 してない。こいつの自意識過剰は面白いが、時々面倒臭い。

「あーあ……それにしても、西崎先輩可哀想。その気にさせちゃって。先輩は私のことがすきなのに」

 だから好きじゃないからな。そう弁明したところで、いつも通り「はいはい」と言われ流されてしまう。本当に彼女に任せて大丈夫なのかと心配になる。

 とりあえず明日の放課後、杏とデートのようなものをすることになった。

 

 

 

 俺と杏は、制服のまま駅前に繰り出した。恋人のふり、デートのふりということで、手を繋いだまま歩いている。ここまでする必要があるのだろうか。

「そんなこと言って、先輩嬉しいくせに。それに偶然誰かに見られれば、証拠になりますよ」

 春子は結構疑い深い。証拠と言うものは重要かもしれない。杏も色々考えているのだなと、感心させられる。だが彼女はやたらと楽しそうだ。もしかしたら、ただ遊びたいだけなのかもしれない。

 デート中になにをしたいか聞かれたが、なにをすれば良いのか分からない。デートらしいこと……思いつくのはプリクラぐらいだ。

「先輩、密室に誘い込んで何をするつもりですか。いやらしいこと考えてるんじゃないですか?」

 いつも思うが、杏の頭の中に住んでいる俺はどんなやつなのだろう。会って話してみたいものだ。

 嫌嫌言いながらも結局俺の提案に乗ってくれるあたりが、杏らしいというかなんというか。ゲームセンターの隅にあるプリクラで、ガイドにそって写真を撮った。杏に言われるまま撮ったが、お互いに近づきすぎていて本物のカップルみたいな写真になってしまった。

「あ! これ見てくださいよ。先輩の腕、私の胸に当たってますよ。やっぱりこれが目的だったんですね」

 それはお前が近づけって言うからだ。なに写真をハートで囲っているんだ。タッチペンで色々書き込んでいるが、画像が大変散らかっている。俺の顔に吹き出しを付けられ、『I LOVE ANN』と書かれていた。これ……俺いらないんだが……。杏はそのプリクラを嬉しそうに、財布にしまっていた。こいつの生態は春子以上に謎かもしれない。

 

 

 

 杏とのデートは、恋人らしいかと聞かれるとよく分からない。思えば春子とだって、デートらしい事はしていないので比較対象がない。しかし、それなりに楽しめた。それは杏も同じだったらしく結構な上機嫌だ。恋人のふりなんてしていると、段々とたがが外れていくものだなと思った。最初は手を繋ぐ程度だったが、今では腕を絡めて歩いている。まぁ、杏が一方的にやっているだけだが。その場のノリというのは恐ろしい。

 空は薄暗くなり、美しい夕焼けが広がっている。俺と杏は遊び疲れて、帰るところだ。

「せんぱーい、今日は楽しかったです。また行きましょうね」

 杏は後輩らしく甘え、俺の腕にもたれながら話す。こいつこんなキャラだったっけか。きっとこれも演技なのだろう。

 俺たちが歩いている道路は、広い割には人も車も通らない。横にはコンクリートで整備された人工の川がある。

「ちょっと待ってください」

 杏が何かに気付き、突然立ち止まった。なにごとかと振り返ると、俺の首の後ろに腕を回してきた。そして顔が近づいてきたと思うと、唇が重なった。杏は結構身長があるから、背伸びをしただけで俺の唇に届いた。驚きのあまり、思考が回らない。何をしているんだ! 恋人のふりといっても、ここまでする必要はないはずだ。杏は唇を離し、俺の耳元で囁く。

「……西崎先輩、跡をつけてたみたいですね。私たちのこと見てますよ。ほら、橋の上です」

 吐息が耳にかかりくすぐったい。だが今は、それどころではない。社交ダンスのように抱き合ったまま体の角度を変えた。すると視界の端に、春子が映った。橋の上で夕焼けを背景に、ただなにをするでもなく俺たちを見ている。距離があるし逆光なため、その表情は分からない。それでも微動だにしないそのシルエットが、こちらを凝視しているのは分かった。

「西崎先輩がいなくなるまで、いちゃいちゃしますか……」

 混乱していた。まさかいきなり春子に見つかるだなんて、考えていなかった。しかし杏は、俺と違い冷静に見えた。ここは彼女の判断に任せよう。きっとキスをしたのにも理由があるはずだ。しばらく杏と抱き合っていると、いつの間にか春子の姿は消えていた。それに気付いていないのか、まだ唇を突き出してくる杏をひっぺがす。

「あれ、西崎先輩もう居なくなっちゃったんですね」

 先ほどまで春子が居た橋を見ながら、少し残念そうにしている。杏はためらいなくキスをした。ただの協力者であり、彼女なりの考えがあったにせよキスをさせてしまったことに罪悪感を感じる。協力してくれとは言ったが、そこまでしなくても良かったのだが。

「いいですよ別に。あーあ、ファーストキスだったんだけどなー」

 本当に悪かったと思っている。だがどうして杏が上機嫌に見えるのだろうか。唇を人差し指で抑える姿が、春子と被るのだ。俺を見る眼差しと言うのだろうか、頰を赤らめているところとか、春子が俺に向けてくるものと似ていた。

「もし西崎先輩に何か聞かれても、知らないって言ってごまかしてくださいね」

 杏と会っていたことを、春子は知っている。あえて誤魔化すことで、不信感を煽るのだそうだ。やはり杏に協力してもらったのは正解だったかもしれない。相手任せの作戦ばかりだった俺とは大違いだ。

 しかし今日の杏は少し変だ。恋人のふりをしていても嫌がるそぶりどころか、いつもより機嫌が良く見えた。まさか杏、お前……俺のことを好きだとか言わないだろうな。

「私が先輩を? 先輩……願望が口から出てますよ。病院に行った方がいいんじゃないですか?」

 だよな。良かった。流石に警戒しすぎか。春子とばかり会っていたせいで、変な考えに至ってしまう。

 杏が言うには、恋人のふりは順調らしい。春子と別れる日は近いかもしれない。

 

 

 

 デートを終え、アパートに辿り着いた。よろよろと階段を上る。2階は虫が入ってこないというメリットがあるが、疲れていると階段を登るのが面倒だ。階段を上り切ったところで、部屋の前に人影が見えた。春子だ。

 引き返そうと思ったが、先に気付かれてしまった。笑顔で手を振っている。その笑顔は、いつも見ているものとは違うように見えた。なぜここに来たのか、おおよそ想像かつく。

「あ、帰ってきた。ちょっと話があるから、部屋に入れて」

 春子は、俺と杏がキスしているところを見ていた。微笑んではいるものの、内心ではなにを考えているか分からない。部屋に入れようものなら、なにをされるか分からないのだ。夕飯を食べる時間だから、近くのファミレスに行こうと誘ってみる。

「うん。夕ご飯まだだしいいよ。話せるならどこでもって感じだし」

 その後、2人並んで近所のファミレスに向かった。なんという息苦しさだ。緊張とはまた違う、成績が悪かった時の通知書を親に見られた時のよな感覚に似ている。春子は黙って俺の隣を歩いているが、手を繋いだリはしてこない。確実に不機嫌だ。

 ファミレスに着き、席に座る。俺は定食を注文したが、春子はドリンクバーしか頼まなかった。

「よしと君、今日誰かと会ってたでしょ」

 早速本題である。杏に言われた通り、一人で居たと言って誤魔化した。それを聞いて、春子の笑顔が凍りついた。

「へぇ……しらを切るんだ。私見たから。よしと君が他の女とキスしてるところ。私言わなかった? 浮気はダメだって」

 これまでにないほどの不機嫌な春子を前に、冷や汗をかく。かろうじて保っていた作り笑顔すらも消え去っている。まさか皆に笑(えみ)ちゃんの愛称で親しまれる彼女に、こんな表情をさせるとは……。杏の作戦は俺なんかが立てたものとは違い、春子との関係に変化を作り出している。

「まぁいいや。どう見ても、女の子の方から無理矢理キスしてたし」

 彼女はグラスに入った野菜ジュースに口をつけた後、しばらく俺の顔を見てからため息をついた。

「あんまり縛り付けるのもどうかと思ってたけど、失敗だったみたい……。もう他の女の子と話しちゃダメだよ。あと、学校ではちゃんと私の彼氏として振る舞ってもらうから」

 他の女子と話してはいけない。それはどの程度なのだろうか。まさか一言も口を聞くなとは、言わないだろう。学校では会わないようにしていたが、これからはそれも許されない。

 春子は笑顔で手を握ってくる。張り詰めた空気のせいで、俺は結構手汗をかいていたが、気にせず両手で包み込んできた。

「約束だよ。破ったら許さないから。私ずっと見てるからね」

 これが束縛と言うやつなのだろうか。いや、浮気現場なんてものを見せれば、程度の差はあれどこういう目にあうのだろう。全ては杏の想定通りなのかもしれない。

 

 

 

 次の日から、春子の束縛が始まった。まさか本当に、女子と全く話せないとは思わなかった。メッセージアプリの女子の名前も、全て消された。休み時間になれば、春子は俺の教室にやって来る。もちろん登下校も一緒だ。

 困った。これでは杏に会えない。作戦は大詰めに差し掛かっているはずなのに、最後の一手が打てない。

 それともう一つ困ったことがある。これは俺にとって、今一番の問題となっている。春子が性行為を強く求めてくるようになっていた。

「彼女じゃない女の子とキスしてたよね。だったら彼女の私もキスだけっていうのはダメだよ。……絶対だめ」

 そう言って迫ってくるのだ。毎日告白してきた頃のほうが、まだましだ。今回は、長く引き延ばせそうにない。

 俺からはアクションを起こせない状況。だから杏から動きがあるのを待つしかない。しかし杏は既に動いていた。俺宛の手紙を、デブに渡していたのだ。

「なんか後輩の女子から、よしと宛に手紙もらったんだけど……なにこれ? レシピか? 作ったら俺にも食わせろよ」

 レシピを暗号に使ったのだろうが、渡す相手を間違えているぞ杏。今にもよだれを垂らしそうなデブから、手紙を取り上げる。内容を確認すると、本当に普通のレシピだった。しかし重要な部分は、この『小麦粉は、しずてつストアの19時に安売りしてますよ』という注釈だろう。

 しずてつストアは近所にあるスーパーだ。そこはタイムセールなんてやらないが、19時に行けば杏に会えるという意味だと解釈した。

 

 

 

 しずてつストアの、小麦粉売り場で杏と合流した。そこで立ち話をするのも迷惑になるので、近くの喫茶店へ移動する。

 アルバイト先である喫茶店・六連星が快適なせいで、何気なく入った喫茶店は居心地が悪い。コーヒーの味も下の上。よくあるチェーン店だ。

 そこで杏に現状を簡潔に説明した。

「束縛が酷いですね……。このままだと先輩が心配です。明日、西崎先輩と別れ話をしてください。私は浮気相手として後から乱入します」

 杏はあらかじめ策を練ってきていたので、今後の方針についての話は早く終わった。しかし帰ろうにも、ドリンクがまだ残っている。アイスコーヒーを飲んでいる杏は、顔立ちや身長のせいで仕事帰りのOLのようだ。

「先輩って、私になにもしてこないですよね……。好きでもない西崎先輩にはいろいろしてるくせに」

 目をそらしながら、嫌味を垂れ流す。春子との関係を知っているのに、どうしてそんなことを言うのだろうか。そもそも杏に変なことをしようものなら、警察を呼ばれそうで怖い。

「西崎先輩と別れた後、どうするんですか? 先輩はフリーになるんですよね。本当に好きな人と、一緒になってもいいんじゃないですか?」

 春子と別れた後か。そうしたら前みたいに……と言うのは難しいな。春子との一件で有名になってしまったし、これからは浮気をした最低男として悪い噂が立つだろう。だから卒業まではじっとしていようと思う。受験に専念して、新しい環境への準備をする。なにより恋愛とかそういうのはもういらない。そもそも俺には相手すらいない。

「この根性なし……」

 聞こえないように言ったのだろうが、はっきり聞こえた。杏の俺に対する評価は、流石に不満だ。ならば宣言してやろう。春子と別れた後に、好きな女性と付き合うとな。

「……っ!?」

 だが好きな女性など居ないし、それがいつになるだなんて言ってないからな。……ん? 杏の顔が赤く染まっている。ああそうか、こいつは俺が杏のことを大好きだと勘違いしているんだった。彼女からしてみれば、告白されたようなものだ。まずいな、言ってしまった言葉が口の中に帰ってくることはない。

 結局その日は気まずいまま解散することになった。明日の作戦に響かなければ良いのだが。そう思っていたが、杏は帰り際に「明日は楽しみですね」と言っていたので大丈夫だろう。……楽しみ? この作戦に楽しみな要素は微塵もない。その日俺は会話内容に細かい違和感を感じながらも、その正体を突き止めようとはしなかった。

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