彼女のゾイドと荷電粒子砲   作:城元太

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 3回目の勉強会を終えた頃、ようやく泊さんの数学は平均点レベルに達するようになる。実はそのあと課題終了のお祝いも兼ねて一緒にプール行きました。でも面倒なのでここには書きません(笑)。

 

 三日後に見学会を控えた午前11時頃、僕のガラ携に彼女からのメールが届く。

 いろいろな意味で驚かされた。

“柏崎です。ご相談ですが、アイアンコングMK-Ⅱを見学会に持ち込むことは可能でしょうか”

 いやいやいや、あれかなり大きいでしょ。その前に大勢の見学者で賑わう会場に、貴重なゾイドを持ち込もうとするなんて、子どもがお気に入りのミニカーを肌身離さず持ち込むのとはわけが違う。

 返信文をどう打つか悩んでいるうちに二通目が届く。

“難しいお願いとは思いますが、お父様に確認をお願いできますか。詳しいことは直接説明したいので、これから会えますか?”

 文面から急いでいる様子が読み取れたので、それなりにワケがあると感じとり

“いいよ、いつものファミレスですね”

 と返信すると、またすぐに着信した。

“いま○○駅に到着しました。準備ができたら連絡ください。それまで駅で待っています”

 なんと、彼女はもう家の近くの駅に着いていたのだ。

 いつになくアクティブ。取り敢えず支度を調え飛び出そうとして、ハタと立ち止まった。

(お金、無い)

 下世話な話、先日のプールと食事で、僕の心許ない小遣いの蓄えが尽きていた。

「あきらちゃん、どこかへ行くの? お友達?」

 丁度買い物から戻った母親と、玄関で鉢合わせになる。敢えて「お友達」と言って探りを入れて来た。状況が状況、単刀直入に答える。

「いま柏崎さんが駅まで来て、会いたいって言ってるんだ。小遣い前借りさせて」

「ほい」

 母親は即座に千円札三枚を差し出し「しっかりがんばってきなさい、失恋を恐れちゃダメよ、青春なんだから!」

 なんで僕の家族ってこんなキャラばかりなんだろう。それでも軍資金は手に入った。僕は普段の通学には使わない自転車を引っ張り出して駅に向かった。

 

 アスファルトに明暗のコントラストを刻む、残暑の陽射しが降り注ぐ道を走る。

 駅の待合で、彼女は薄い赤のポロシャツと、キュロットタイプのスカート姿で座っていた。飾り気が無いように見えて、ポロシャツのボタンはルビーのような鮮やかなクリアーレッドだった。

「ありがとう、きてくれて。しばらく彩花との勉強会が無かったから、なんだか久しぶりだね」

 さりげなく、男子としてとても誇らしい発言、しかも今日は二人きり。自信とテンションが上がる。

「何かわけがあるんだよね。とにかくゆっくり話せるところへ行こうよ」

 ルーチン化していたいつものファミレスが無いので、きっと僕ひとりであれば場所選びに当惑していただろう。しかし軍資金の他に、僕は母親より戦略を得ていた。

 自転車を押し、駅の近くのコーヒーチェーン(ス○バとか、ド○―ルとか想像してください)に向かう。この発想は、普段から外食を楽しんでいる主婦だからこそ得ている知識だろう。店内席の隅に空きがあることを確認し、やたらと長い銘柄のコーヒーを注文する。エリさんは抹茶のスムージーらしきものを頼んでいた。

「急に呼び出してごめんなさい。それもこんなことで、とは判っているんだけど」

 注文品が届くまで数分かかる。彼女はテーブルに置かれたお冷やのグラスの水滴が、敷かれたナプキンに吸い込まれていく様子をぼんやりと見つめているようだった。

「(※アイアンコングを持っていくことは)できると思う?」

「言った通り、父親が出勤中だからまだ確認できないけど、あんなに大きなもの、それも大事なものを見学会に持ち込むのって、安全管理上も難しいんじゃないのかな」

「だよね」

 予想していたらしく彼女に動揺はない。僕は続けた。

「仮に持ち込みが可能だとして、その申請理由なんかも書かなければならないと思うんだけど。理由、教えてくれる?」

「見せたかったんだ、お母さんに」

 即答だった。

 お母さん。彼女の亡くなった母親のことだ。でもまた話が飛躍している。なぜお母さんとアイアンコングが結びつくんだ。

「正直に言うね。あのアイアンコング、お母さんの遺品なんだ」

 彼女と付き合っているといろいろ驚かされることが多いから、ある程度耐性が着いていた。母親がゾイドファンだった、という事実だけでもレアケースだけど、僕の関心はあくまでアイアンコング持ち込みについてだけに集中した。

「違ってたらゴメン、つまり柏崎さんのお母さんの遺品のあれを見学会場に持ち込んで、お母さんの代わりに粒子加速器を見学させたい、っていうこと?」

 少しだけ上目遣いになって、彼女は無言で肯く。ちょうどその時注文ナンバーが呼ばれ、彼女は「私が行く」と告げ多少忙しげに席を立った。

 グラスの下のナプキンはわずかに水を吸って変色している。予想以上に重い提案の様子に、僕も少し息苦しくなっていた。

 トレイに乗せられた透明なカップを二つ、それとカウンターでその場で買ったらしいスコーンも二つ乗っていた。

「よかったら食べて。それと、もう付き合って長いんだし、下の名前で呼んで欲しいんだけど、いいかな」

「ありがとう、ごちそうになるね……」

って、オレのバカ! これまで淡泊なつき合いを続けてきたので反応が遅れた。目の前のスコーンより、さっきの彼女の発言の終わりこそ重要なのに。

 ばつの悪さをごまかすように、反射的にクリームの添えられたカップを手にする。水滴に手が濡れるのも気にせずストローを刺し込む。シロップを入れていないコーヒーの底の味はほろ苦いはずなのに、不思議と甘みを感じた。

 彼女もスムージーにストローをさし込むと、柔らかそうな唇で吸い上げる。鮮やかな抹茶の色と、ポロシャツのクリアーレッドボタンを見て(ディマンティス色だな)などと考えてムリヤリ自分を落ち着かせていた。

「本当にうれしかったんだ、あのときジェンダーって言ってくれたこと」

 透明なキラードームのまん中に開いた穴にさし込まれたストローを軽く回すと(※これはゾイド小説です、あくまでゾイドの表現にこだわります)、彼女はカップから視線を上げて僕を優しく見つめる。

「お母さん、というか大人で女のひとで、ロボットのおもちゃが好きだなんて、普通変だよね。でも“好き”に理由なんてないんだよ」

【“好き”に理由なんてないんだよ】のセリフに、今回もドキッとさせられる。僕を見てはいるけれど、彼女は彼女自身に語りかける口調になっていった。

「いろいろあったみたい。おじいちゃんとおばあちゃん――お母さんの親の方――にも、『もっと女の子らしいもので遊べば』と、何度も注意されたらしい。でもお母さんはいくつかのゾイドを集めて一人で遊んでいたんだって。だって同じ女の子でゾイドで遊べる子どもなんていないから」

「じゃあ、男の子とは遊ばなかったの?」

 彼女はちょっと眉を下げて笑う。

「みんなが明君みたいに丁寧に扱ってくれるならいいけど。わかるよね」

 ああ、そうだった。

 もともとゾイドのパーツが大きめに作られていたことも、分解してもすぐに組み戻せるようになっていたことも、子どもが多少乱暴に扱っても大丈夫なことを考えてのことだ。でも壊れない保証なんてあるわけない。Mk-2限定版が稀少なのもそれが理由だ。おもちゃなんてガチャガチャ遊んで壊れて捨てられて、子どもは成長していくもの。僕の机の上のライガーやエレファンダーだって、いつまでも遊び続けられるものでもない。

「小さい頃、お兄ちゃんと私とで、お母さんの貴重なコレクションをたくさん壊しちゃった。でも、そこは母親なんだね。苦笑いしながらも許してくれた。

 それでも二つだけはケースに入れて飾っていて、めったに動かさなかった。その一つが赤いあれで、もう一つが大きな大砲を背負った茶色い恐竜」

「ゴジュラスMk-2限定型」

 阿吽の呼吸。

 兄貴が言っていた浩先輩のゾイド、彼女のお兄さんのもの。次第に点と線が繋がってくる。

「離婚していることは伝えたよね。別に両親は不仲だったとか、DVがあったとかじゃないんだ。でも、決定的に違っていたんだ、お父さんとお母さんの、価値観ってのが」

 彼女の視線は少しさみしげに見えた。

「ゾイドのことだけじゃない、ってことは断っておくね。でも両親はだんだんすれ違っていった。お母さんは工業高校に進学したくらいだから、もともと技術職に興味を持っていたらしい。私と違って数学も得意だった、明君みたいに」

 偶然コーヒーを飲んでいた時だったので、僕はストローを咥えたまま無言で首を振る。

「謙遜しなくていいよ、彩花に問題を教えるの、とっても判りやすかった。それに、明君が自分で楽しんで勉強しているのもわかった。やっぱり好きになることが大事だって、すごくわかった。

 話を戻すね。お母さんは自分の可能性を自分で閉ざした後ろめたさに悩んでいたのがわかったのは、ゾイドのビデオテープを探し出したときだった。大切に梱包されたテープは、どちらかと言えばお兄ちゃんのために撮りためたもの。でもお母さんも一緒に楽しんでいて、兄が見なくなったあとにカビが生えないようにしてしまい込まれていた。それと、細かい文字が印刷された何十枚ものプリンター用紙。日記みたいに書きためた、お母さんの記録だった。文字列のなかに何度も【荷電粒子】という言葉が書かれていた。明君が教えてくれた素粒子物理学にも、お母さんは興味を持って調べていたみたい。

 覚えてる? 前に『モーター一つ、電池一本で、まるで本物の生き物みたいに動くアイアンコングのようなものを設計してみたい』って言ったこと。あれって実は、お母さんの夢だったんだ」

 僕は黙って聴いていた。お世辞でも自慢でもなく、本当の意味で彼女との信頼関係が出来上がっていると実感した。

「ジェンダー、って良い響きだよね。まるでサラマンダーとかエレファンダーみたい。

 そして性的役割でヒトを縛り付けるものを解放する、歴史に名を馳せた英雄みたい。

 だからうれしかった。明君が、価値観に縛られない人間だってことに」

「そんなこと……」

 9年間の義務教育を経て、半年間の高校教育の重要性をまじまじと感じる。この時ほど、「勉強しておいて良かった」と感じたことはなかった。なにより、僕と彼女のセンスが一致していたことが素直に嬉しい(サラマンダーの件ね)。それと一緒に、それほど深い意味合いで言った言葉でもないので気恥ずかしくもあり、次第に耳たぶが紅潮する。注文品が冷たいものであったことに感謝した。

 冷静を装う僕を前に、彼女のカミングアウトは続く。

「お父さんには進学費用は心配ない、って言われてる。でも進学は保育士とか介護職とか、【女らしい】進路でいいんじゃないか、っても言われているんだ。それに数学は得意じゃなかったし。

 でも、明君が協力してくれるなら夢じゃなくなりそう。彩花と一緒に、もっと勉強を教えてくれますか?」

「もちろん」

 飲み終えたカップには、クリームのかかった氷が残っている。すすったストローが「ズズズ」と品のない音を立ててしまい、僕は苦笑して、彼女も笑った。

「明君のお兄さんの言った通り、ゴジュラスはお兄ちゃんが持って行った。お兄ちゃんがゾイドを好きになったのも、やっぱりお母さんの影響。でも、離れて暮らして、そして大人になっていく内に、忘れられていく宿命なの、おもちゃも、いろいろなものも……」

 時間にして十数分、決して長い話ではないけれど、ここまで語ってくれた彼女の素性は、長く重い内容だった。

「理由はわかったよ。でもやっぱり確認をとってみないと。理由を話してとにかく父親に相談してみる。保証はできないけど、明日まで待ってもらえるよね」

「うん」

 聞き分けのない子どもではない。しかし、彼女の瞳には懇願するような光を浮かんでいた。

「いろいろと話してくれてありがとう。明後日の見学会、楽しみにしてる。泊さんにも確認しておいて、エリさん」

「わかった」

 本当に嬉しそうな笑顔だった。

 まだまだ聞き足りないことはある。しかし今日はこれまでにしよう。知らなくてはならないことと、知らなくてもいいことがある。それが二人の間に芽生えた信頼というものだ(芽生えたのが「信頼」、というのが残念なのだが)。

 会計のとき、全額出そうとした彼女に、僕はワリカンを申し出た。母親からの軍資金があるので僕が全部払うこともできる。でも「対等の立場になりたいんだ」として、端数だけ出してもらって店を出た。

 炎天下に置かれた自転車のハンドルグリップは熱かったけれど、僕の心は秋の空のように澄み切っていた。

 自転車を押す僕に一度だけ振り返って、彼女は駅に向かう。

 ポロシャツのボタンが、ディマンティスの眼のようできれいだった。

 

 その日の夕方、マニアックな父親が僕以上に乗り気になり、持ち込みを許可してもらうのに一日としてかからなかった。

 

 いよいよ明日は粒子加速器――彼女にとっての荷電粒子砲――の見学会だ。

 

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