彼女のゾイドと荷電粒子砲   作:城元太

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 傍目には滑稽かもしれない。

 しかし、胸に抱えた箱の蓋を開け、赤いゴリラ型ゾイドともに粒子加速器(の測定器)縮尺モデルを見上げる彼女を揶揄する者はいなかった。

 瞳が少し潤んでいる。純粋に人類の技術力に感嘆するのとは別に、彼女のなかには母親との思い出が込み上げていたに違いない。

「折角だし、みんなで記念撮影しよう、もちろんアイアンコングも一緒にね」

 父に赤いスマホが手渡され、僕たちはアクリル製で所々がLEDで明滅する粒子測定器模型の前でポーズを取る。

 美しいクリスタルの造形物を背にした彼女の胸には、ビームランチャーとマニューバスラスターをフル装着した赤いゾイドが抱かれていた。

 

 最初に通されたのが、エントランス脇の映像ホール。だいたい学校の教室2つ分ぐらいの広さだろうか。折りたたみ椅子が50脚ほど並べられ、シェードと暗幕を降ろしてプロジェクターの映像が流れている。

「おはようございます、吉山技術主幹からお話は伺っておりま――おー! 噂に聞いたアイアンコングMk-Ⅱ限定型だ!」

「どうぞ前の方へお座りくださ――なんとぉー! 貴重なアイアンコングMk-Ⅱ!」

「映像を流します、最初ピント合わせますので少々お待ちくださ――これはこれは、タカラとの合併以前のトミー時代、メカ生体時代のアイアンコング! 生きてお目にかかれるなんて、ありがたやありがたや」

 反応がほぼ一緒。

 もともと技術職で、根本的にウチの父親と同族の方が多いだろうとは予測していたが、ここまでだったとは。うら若き乙女の姿には目もくれず、一斉に赤いゾイドに関心が集中するあたり、実に個性的な人々である(婉曲な表現)。

 彼女は隣の椅子にアイアンコングをちょこんと座らせ、そして僕たちもスクリーンを注視する。

 ホールの灯りが落ち、シェードの隙間から断片的に夏の陽射しが漏れるなか、映像が流れ出した。

 

“荷電粒子は電場によって加速されます。どれだけ高いエネルギーが得られるか、静電場を使う場合、それはどれだけ高い電圧が得られるかにかかっています”

 

 ?

 

“大型円形加速器への道は、高周波加速器における位相安定性の原理の発見と、それに基づくシンクロトロンの登場によって、アジア太平洋戦争直下の1944年に開始されました”

 

 ??

 

“粒子ビームの集束は磁場、つまり電磁石で行いますが、凸レンズと凹レンズを組み合わせることで強力な集束が実現しました。当初の素粒子実験では、加速ビームを固定の水素標的に衝突させていましたが、この方式では必要なエネルギーに到達できません。そこで2つのビームを別々に加速し、ビーム同士を正面衝突させ、電子、陽電子、反陽子などの衝突実験を行うことのできる衝突ビーム型加速器、コライダーが登場します”

 

 ???

 

(おい、これ日本語なのか)

(たぶん……)

 映像には字幕がついているが、僕らにとってはまるで惑星Ziの未知の言語みたいに理解が追いつかない。果たしてこれを「一般見学コース」と定義して良いのだろうか、などという根本的な疑念を抱きつつ、およそ20分の映像は終了する。

「ちんぷんかんぷんで、ぜんぜんわからなかった」

 立ち上がった彼女の顔は、しかし言葉とは裏腹に嬉しそうだ。

「僕も全く」

「私もです」

「俺も……」

 押川、言わずとも良い。

「でも、ものすごくわくわくする。これが現実の荷電粒子の流れを調べる、すっごい機械だっていうことが」

 口調がかなり興奮している。キラキラする瞳は、もう母親との思い出のためではなく、彼女自身の夢に直結していることもわかった。

 再びアイアンコングを箱に入れ、係の人の指示に従いホールを出る。

 冷房の効いた部屋からいきなり野外へ。朝到着したまでは快適だったのに、いきなり強烈な熱波が襲ってきた。

 帽子の類いがないので、彼女は反射的に手をかざし陽射しを防ぐ。その大人っぽい仕草に、またも僕はドキっとしていた。

 最初に待機していた仮設テント前に、いつの間にか簡易バス停の看板が立てられ、時刻表が貼り付けられていた。僕らはホールでもらった見学記念のクリアファイルやポケットティッシュ、ペーパークラフト、そして施設解説の薄い冊子やらが入ったビニール袋を下げて移動する。

「持つよ」

「ありがと」

 気兼ねなく荷物を預けてくれる信頼感が尊い。遂に僕らはここまでの関係になりました、と見送ってくれた母親の顔を思い浮かべる。

(それを「恋人」って言っていいのかしら?)

 脳内の母親にツッコまれ、はっと我に返っていた。

 

 そうこうしているうちにシャトルバスが到着。冷房が効いた車内で一息ついた。一部障害者用を除き、座席は見学者をたくさん運べるようにたたまれている。広大な敷地の整備された道路を走ること数分。二番目の見学箇所、【電子・陽電子線形加速器】とかかれた建屋に到着した。同伴の父が係りの人に軽く挨拶する。

「本施設は名称の通り、電子と陽電子を生成する施設です。電子の場合、強力なレーザー光をレアアース合金に照射し生成します。そして陽電子の場合は、同レーザーをタングステン標的に衝突させて生成しま――あー! 謎のコマンドー、エコーが搭乗した赤いカスタムゾイド! 大氷原の戦い、ザブリスキーポイントでロイ・ジー・トーマスの操縦するゴジュラスMk-Ⅱと一騎打ちをした機体じゃないですか!!」

 この施設にはこんな人しかいないのか。いや、別にいいんだけど。

 

 地下空洞に設置されたビームラインは軽く数百mはあり、見渡しても終着点が見えない。

「直線全長700mあります。生成された電子ビームの一部は、皆さんの次の見学施設の【放射光加速器】と【パーシヴァル】へ導かれます」

 磨き抜かれたステンレス光沢をもつラインは、無数のパイプに繋がれ無限に続きそうな雰囲気だ。

 線形粒子加速器、ゾイドに例えればゼネバス砲を装備するセイスモサウルス型といえるだろうか。

「セイスモサウルス型ですね」

 以心伝心! 彼女も立派なゾイダーです。これがわかるのは、ここでは僕たちだけ――

「よくご存じですね。惑星Ziでは僅か数十mサイズのゾイドでも充分な粒子加速が得られる物理設定なのでしょう。我々地球の技術者とすれば羨ましい限りです。あ、『フューザーズ』のリヒター・スケール機は別格ですよ」

 うわっ、係りの人が反応した。だいたい30~40歳代の職員さんだろうか。おじさん、というのは失礼ながら、お兄さん、というにも無理がありそうな年代。『フューザーズ』を引用するあたり、この人もなかなかディープなゾイダーである。

 

 再びシャトルバスに乗り、三番目の見学箇所【放射光加速器】へ。施設内に入る前、僕は誰かの視線を感じて振り向く。柔らかそうな物体の、黒い円らな瞳が見つめていたのだ。

「ネコ……?」

 地下のビームライン空洞入り口の影に、キジトラ柄の猫がこちらの様子を窺っている。

「こんなところに、ネコ?」

「ホントだ」

 至って普通の猫。しかし硬質でメカニカルな施設の真っただ中、モフモフの小動物の存在は際立っていた。妙に人に慣れていて、おもむろに近づき彼女の足に擦り寄る。意外なのは泊さんが猫の扱いに慣れてたこと。猫のお尻を軽く叩き始めると、猫は喉を鳴らしてお尻を向け、恍惚としている。係の人がやってきて

「ああ、その子はヘルキャット2号ちゃんです」

 あ゛。もう驚かないぞ

「広大な施設内には往々にしてネズミが巣をつくります。なので施設管理のパトロール要員として、にゃんこを数匹飼っているのです。それは2号ちゃんで、当然ヘルキャット1号ちゃんもいます。他に、茶トラのセイバータイガーちゃん、ミケのばくぅちゃん、黒猫三兄弟のあいんちゃん、ツヴァイちゃん、ドライちゃんがいます。あ、ドライちゃんが2号ちゃんを迎えに来ていますね」

 別ジャンルが混じるという別の意味で驚いた。それにこのひと、「にゃんこ」って言ったぞ

 確かに建物の物陰にも黒猫がいた。ヘルキャット2号はひとしきり遊んでもらうと、黒猫を伴い尻尾を立てて揚々と去って行く。それにしても……ネーミングセンス。

 閑話休題。施設見学と「にゃんこ」の係の人の解説へ。

「光の速さに近い電子が、電磁石など磁力線のローレンツ力によって曲げられるとエネルギーの一部がはぎとられ、強力な紫外線やX線などの放射光が放出されます。その放射光を物質科学などで利用するための加速器が、この施設になります」

「X線って……放射能のことですか?」

 珍しく泊さんの質問。

「厳密には放射線ですね。放射能とは放射線を発する物質能力自体を示すものです。実際加速器が稼働を開始した場合、操作は完全リモート制御に移行されますので人体に影響はありません。

 それでは施設について。当円形加速器は全周約300mで出力30億電子ボルトのフォトンファクトリー蓄積リングと、全周400m、70億電子ボルトのフォトンファクトリーアドバンスドリングの二つの加速器で構成されており、周囲の様々な実験ステーションに放射光を供給しています」

「30億電子ボルト、30億っていうと……3ギガ?」

「そうです、ゴジュラスギガ3匹って、覚えてください」

 意地でも、意固地になっても驚かないぞ

 もしかして、この施設職員の採用条件には、『ゾイドのバトストおよびファンブック精読』って条件があるんじゃないかと本気で思えてくる。

「無印アニメ版のウルトラザウルスが装着したグラビティキャノンがプラネタルサイト砲弾を発射する際、劇中カール・リヒテン・シュバルツ大佐が15テラボルトと言っていました。テラはギガの更に千倍=1兆電子ボルトになります。つまりフォトンファクトリー蓄積リング出力の5000倍、フォトンファクトリーアドバンスドリング出力の約2143倍です。いやはや、もの凄い代物です」

 

「いやはや」って、もの凄いのはアナタの方ではないですか。恐らく無印ゾイドアニメ直撃世代と思える年齢の方だが、立て板に水のスラスラと解説する様子がスゴイ。そして、押川と泊さんは呆然としていた、当然だけど。

 あっ 全然驚いてませんから

 

 遂に四番目の見学施設、【パーシヴァル】へ向かって、延々と伸びるビームライン(の地上施設)に沿ってシャトルバスが走る。

「もうわかったと思うが、さっきエントランスで見た模型は、粒子加速器の本体ではなくそのほんの一部。加速された素粒子同士を衝突させたとき、どのような反応が起こるかを調べるための巨大な測定装置に過ぎない」

 雄大な紫峰を望みながら父が告げる。

「さまざまな装置が稼働して、この研究施設は運営されている。どのシステムが欠けても成り立たない。しかし、どのシステムが欠けても稼働できるようにバックアップを備えてもいる。つまりシステムに『遊び』は不可欠ってことだ」

 不可欠な『遊び』。確かに僕たちはこの施設見学を通し、本気で『遊び』を謳歌している人たちに出逢っている。

「ムダは無駄ではない、っていうことですね」

「そう、彼女さんの言う通り!」

 父の、明るくて、重い言葉。

 僕たちは黙って頷く。僕はこの時「彼女さん」という父の言葉を否定しなかった。

 僕ももう一度、紫峰を見つめた。

 ここは泊さんの言うように、歴史と文学と科学が共存する場所。

 そして彼女と、彼女のゾイドと、荷電粒子砲に出逢える場所。

 何物にも替えがたい貴重な経験を得ていることを、いま僕はしみじみと噛み締める。ここでは面はゆくて言えないけど、家に帰ったら必ず父に言おうと思った。「今日は連れてきてくれて、本当にありがとう」と。

 ふと見ると、父は携帯電話で会話していた。その時は何気ない素振りに見えていた。

 

【パーシヴァル】の見学建屋は、さっきの見学施設の【放射光加速器】の反対側に位置している。何の反対側かというと、【パーシヴァル】の巨大な円形ビームラインの中心点を挟んだ向こう側ということで、そこに【最終ビーム集束用超伝導磁石】というミクロン単位で荷電粒子を集束させる装置と、エントランスで見学した巨大な八角形の粒子測定器があるのだ。

「アイアンコングMk-Ⅱのご一行様ですね、お待ちしておりました」

 もうその呼び方でいいや

「本施設は、この研究所の主要施設となる、一周4.5kmの国内最大級の円形加速器の粒子衝突点です。円形ビームラインは二本あり、それぞれに電子リング・陽電子リングに分けられています。

 電子リングの加速には20ギガボルト、陽電子リングには7ギガボルトの負荷をかけ【電子・陽電子線形加速器】から送られてきた粒子を再加速します。

 そして【最終ビーム集束用超伝導磁石】は、ルミノシティーを従来の100倍に増加させるようビームサイズをミクロン単位まで絞り込みができるようにした新機材になります」

「つまり電子やポジトロンなどを集束荷電粒子砲のように高密度ビームに集束させ、素粒子同士の衝突を促進させるわけですね」

 率先して彼女が応えた。どうやらゾイド設定の予備知識と現実のテクノロジーが融合し、理解を速めたようだ。

「その通りです。恐らくセイスモサウルス型ゾイドの超々集束荷電粒子砲に採用されている原理です。なお、電子や陽電子の流れである電子ビームでは、一切敵は倒せませんのでご注意くださいね」

「じゃあ、安全なのですか」

「いいえ」

 係りの人は真剣な表情をした。

「微量とはいえ、放射線は発生します。加速器稼働中は完全にリモート制御になることはお話があったと思います」

 真剣に『遊ぶ』ことをしなければ、危険性もある。係りの人の顔がそう語っていた。

「では、測定器へご案内します。サイズの合うヘルメットの装着をお願いします」

 S・L・Mと示された黄色いヘルメットをそれぞれが選んで被り、顔を見合わせ微笑む。

 身体に付着した微細なホコリやゴミを吹き飛ばすクリーンルームを通り抜け、クリーム色の長い廊下を抜け、外気遮断が徹底された扉を開く。

 

 僕たちは再び息を呑んだ。エントランスで模型を見た時の四倍、いや、4×4×4の64倍の驚きと感動だ。鋼鉄の門扉に挟まれた、全高20mの正八角形の構造物がそびえ立っている。

 実物のゴジュラスとほぼ同じ大きさ。隣で押川と泊さんと、彼女とそして僕自身が「うわ……」と小さく声を上げた。

「【パーシヴァル】の衝突点測定器、Belle・Mk-Ⅴです」

 これが宇宙の物質構成の根源を突き詰める、人類の英知を込めた測定装置。

 僕らは遂に、人類究極のテクノロジーに対面したのだった。

 

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