彼女のゾイドと荷電粒子砲   作:城元太

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 彼女のスマホに、各地で起きている大規模停電や電波障害などの情報がヘッドライン表示されていた。被害は日本だけでなく、世界規模に広がっているらしい。「らしい」というのは、情報がとびとびでしか入ってこないから。父親が言う「サージ電流」が、きっとたくさんの電子部品をこわして通信手段を奪ってしまったのだろう。

 僕たちは閉じ込められていた。本当なら、僕らみたいな一般人なんかさっさと追い出して作業に集中したいだろう。でも施設のあちこちから放射線が発生している可能性があって、万が一に備えての地下待機となっていた。地上でも軽いパニック状況になっているようだが、それでも四人一緒なのは、本当に心強かった。

「どうなると思う?」

 折りたたみ椅子に座り、クリーム色の壁にもたれかかって彼女が呟く。僕は限られたゴーグルの視野を、精一杯首を曲げ、彼女と視線を合わせる。

「原子炉が爆発したわけじゃないし、安全第一を考えてのことだと思う。じきに落ち着くと思うよ」

「だよ、ね」

 アイアンコングMk-Ⅱを入れた大切な箱は彼女の左隣にあって、左手を軽く乗せている。落ち着いては見えるけど、やっぱり不安に違いない。

「ごめん、巻き込んじゃって」

 一瞬の沈黙。

「明君が宇宙でスーパーノヴァを起こしたなら、怒るけどね」

 彼女は微笑んでいた。

「感謝してるの、施設見学に誘ってくれたこと。

 最初ジェノザウラーの荷電粒子砲を理由にしたけど、本当は、お母さんとの思い出に『けじめ』をつけたかった、ってことの方が大きかった。お母さん代わりのアイアンコングに施設見学をさせてあげたあとは、これでゾイドとは距離を置こうと思っていたんだ、お兄ちゃんみたいに」

 

 薄々は気付いていた。彼女の兄の浩先輩が、僕の兄にファンブック一式を渡してしまったことからも。

 僕たちは成長していく。子どもの頃に夢中になったおもちゃだって、やがては飽きられて、壊れたり、捨てられたりすることもある。「大人になってもおもちゃで遊んでいる人も多いじゃないか!」って、いうかもしれないけど、子どもと大人とのおもちゃの付き合い方は違う。

 子どもにとっておもちゃは友だちで、立場は対等だけど、大人にとってのおもちゃは、コレクションやレアアイティムとして、保護する立場になってしまう。

 ゾイドのスイッチをいれてカッコよく動くのを見て、大人はギミックやデザインに感動するかもしれない。でも、ゾイドのコクピットに自分が座って、いっしょに大地を駆け巡る想像には届かない。無改造のままガシャガシャと敵ゾイドと戦わせて夢中で遊ぶこともなくなる。

 ふと、〈ブロントサウルス〉のフレーズが思い浮かんだ。

 

〽ブロントサウルス あと百年くらい 遊んでいたいの

 

の、リフレイン。

 しかし、ひとつのおもちゃと百年間遊び続けるなんて不可能だ。仕方がない、それが大人になるってことなのだから。もしかしたら彼女の母親はこのフレーズに救いを求め、歌を聴いていたのかもしれない。

 

「この見学会が終わったら、アイアンコングを手放そうと決めていたの。その時はこのゾイドを大切にしてくれる?」

 

 突然の告白。いや、愛の告白ではないんだけれど、動揺して思わず聞き返す。

「Mk-Ⅱ限定版を、僕に?」

「絶対安心だもの。それに明君が飽きても、お父さんの方がもっと大切にして、修理もしてくれそうだしね」

 間違いない、と、心の中で苦笑する。

 それにしても、あの幻の限定版ゾイドが、僕のものになる。むかしPKを見逃したが、それを上回るメカ生体版のアイアンコングMk-Ⅱだ!

 でも、いいのだろうか。彼女の母親との思い出の品を受け取るなんて。

 彼女は打ち放しのコンクリートの天井を見上げていた。

「いろいろあったけど、夏休みなんてあっという間。鎌倉に行ったことも、一緒に数学を勉強したことも。

 そして高校を卒業するのもあっという間。もう進学か就職か、決めなきゃならないんだもん。

 でも明君とは、卒業してもずっと一緒にいたいな」

 

 えっ

 

 また母親の顔がよぎる。

 オーバーリアクション気味に「グッジョブ」とサムズアップを構える姿で。

 そんな僕の脳内を気に留めず、彼女は続ける。

 

「天文学的な確率でしか起こらないよね――施設見学と、フレア爆発が重なるなんて。きっと十年後の夏には、いい思い出になっている筈だよ」

「確かに、ものすごい思い出になるだろうね」

 有名な歌詞のフレーズを、彼女は歌うように囁く。

 胸の高まりの原因がわからない。自分の物欲に呆れると同時、彼女の信頼を得られたこと、ゴーグルの隙間から覗かせた澄み切った笑顔に、口には出さないが、かなり、ものすごく、ドキドキしていた。

 落ち着かない男子が、若干もう一名。

「……オマエ、場所交換しろ」

 僕の前に白い防護服が恨めしそうに立ちはだかっていた。

 あ、言ってなかったけど、女子二人に挟まれるポジションで座っています。

 右側には泊さんが座っています。数学の勉強会のこともあって、どうやら僕は小柄な文学少女に気に入られたようです。「両手に花」って、最近ではセクハラになるらしいので言えないけど(←言ってる)、まんざらでもありません。施設内の気温は【超伝導加速空洞用大型ヘリウム液化冷却システム】という、舌を噛みそうな長い名前の冷房装置のおかげ一定に保たれていて、真夏の暑さは遮断されているので、密集して座っていても全然暑くありません。

 まるで泊さんの保護者のように、彼女が囁いた。

「……ねえ、もしかすると彩花、君のことを意識しているんじゃない」

「……まさか。そんな素振りはなかったけど」

「……ほら、危機的状況に陥った男女の仲が急激に接近するっていうアレ……なんて言ったかな、コペンハーゲン解釈?」

「……ストックホルム症候群」

 珍しく彼女がボケて(それとも天然?)、空かさずツッコむ。この阿吽の呼吸が心地よい。

「……いつのまにオマエらやっぱり」

 一方の押川君は、「いつのまに」と「やっぱり」を同時につかう文法上の矛盾も気にかけず、呪文を唱えるような低い声で囁いた。

「オレにだって心に決めた鈴木先輩ってひとがいるんだからな。絶対幸せになってやる」

 こんな状況でもブレない押川君、みんな君のことは大好きなはずだよ、恋愛以外の対象としては。

 

 その時不意に、作業に集中する職員さんたちの間から漏れ聞こえてきた。

「――【金属生命体コア】のインピーダンス整合が――」

 この期に及んで【金属生命体(ゾイド)コア】はないだろうと聞き耳を立てた。

 よく聞いたら【金属磁性体コア】の聞き違いでした(あたりまえ)。

 張り詰めた雰囲気のなかで、職員さんたちの会話は続く。

「――超電導加速空洞内での加速勾配が低下しない。陽電子の加速制御はできないのか」

「偏向電磁石周辺への接近は危険です。アレス空洞の高次モード減衰用導波管が破損し、炭化ケイ素吸収体が漏洩している可能性があります。航跡電磁場が不安定でリアクションも不足してます」

「ビームライン分岐点からの干渉は」

「未確認です。しかしモジュレーターを切断したら対消滅の危険性も考えられます」

「施設の維持は優先できないのか!」

 もちろん、僕たちにわかるわけもない。しかし、彼女が言った荷電粒子砲の脅威は、リアルに迫っていることはわかる。さっき彼女に言った「原子炉爆発」のように、大規模な核汚染が起こることはないだろう。だいいち扱う核物質の分量が違い過ぎる。放出される荷電粒子だって、崩壊時間が1億分の1秒、1兆分の1秒単位だから、直接人体に降り注ぐことがない限り、被曝の可能性だって低い。問題は、可能性は低いけど、暴走している箇所の電磁波が部分的に高く偏ってしまい、近づけなくなっていることらしい。

 急に、数人の職員さんと共に、父親の視線が一斉にこっちに向けられた。最初は気のせいかと思ったが、何人かが手のひらをこちらに向けて会話をしている。明らかに僕らを示しているようだ。

 部外者なのに、なんの必要があるのだろう、と考えていると、父親が僅かに速足で近づいてきた。

「柏崎さん、あなたにお願いがあります」

 父の口調が変わっていた。

 彼女は一度僕を見て、「はい」と肯き父を見る。

「時間が無いので手短に言います。そのゾイドを、アイアンコングを、我々に譲ってください」

 

「どういう、ことでしょうか」

 当惑する彼女。当然だろう。父は幾分早口になっている。

「詳しい説明は省きます。現在電力を供給しているモジュレーターへのラインを安全に切断するために、極細いモジュールの中に異物を侵入させ、システムダウンを図りたいのです。しかし、モジュール内には無数の荷電粒子が放出されていて、近づくことができないのです。

 だから人間の代わりに、そのゾイドを安全圏より侵入、到達地点で荷電粒子によって破壊させ、強制システムダウンを行う。時間がない、このままではあと30分もすれば、【パーシヴァル】自体が一斉に電子対消滅を起こし、施設ごと破壊されてしまうのです。

 そのゾイドが大切なものとはわかっています。しかし、数千億円を投下し、建設されたこの施設全てが崩壊することは避けたい。是非とも協力を願いします」

 そして深々と頭を下げた。

 予想外の申し出だった。

「なんだよそれ」

 僕は父親に食いかかる。普段決してこんな口調になったことはない。おそらく初めての反抗かもしれない。

「このゾイドにはエリさんのお母さんの思い出が詰まっていることは知ってるだろ!」

「わかっている。しかし、どうしようもないんだ」

 父もまた、いままで聞いたことのない荒い口調だった。

 頭の中が沸騰するような感覚。「なぜ彼女のゾイドが、荷電粒子の中へ」という理不尽な想いがぐるぐる回る。まるで粒子加速器のメインリングを巡るポジトロンのように、光に近い早さで。

 しかし、考えている時間はない。即断が必要だった。

「わかりました。使ってください」

「エリさん!」

 僕は振り向く。彼女はまた笑っていた。しかし悲しい微笑みだった。

「いま、この粒子加速器を救えるのは私のゾイドしかない。だったら協力します。この施設が好きだから、ここを守るため、そしてここにいるみんなを守るため。お母さんだって、許してくれるはずです」

「ありがとう。早速電池を準備させます」

 感謝の余韻も残さず、父は慌ただしくアイアンコングの入った箱を持ち去っていく。あまりの展開に、僕らは呆然と父の背中を追うしかなかった。

「こんなことって……」

 それ以上言葉が出ない。

 こんな皮肉ってあるだろうか。父親は、僕に代わって彼女のゾイドを完璧に修理してくれた。だから彼女も、ある意味僕以上に父を信頼してくれていた。その父親が、今度は彼女のかけがえのないゾイドを奪っていく。

 理屈はわかる。父の言う事は嘘ではなく、システムダウンを起こしてこの施設を守るためには、彼女のゾイド、アイアンコングMk―Ⅱが必要なのだろう。それに外部から同じような機材を持ち込んでいる余裕もなく、やむを得ず申し出たに違いない。

 だが、「荷電粒子によって破壊させ」と言うことは、跡形もなく消滅するということだろう。

 所詮おもちゃであって、プレミア価格のものをネットオークションで落札すれば、同じアイアンコングMk-Ⅱは手にはいるだろう。しかし、彼女のゾイドは、彼女の思い出はどうなる。

 僕は悔しさと悲しさと自分の無力さで胸がいっぱいになってしまった。

 

 彼女もまた、俯いたまま座り込んでいた。

(これじゃ駄目だ)

 僕は無理やり自分を奮い立たせる。このまま落ち込んでいても、悲しい思い出が、十年後も二十年後も残り、僕たちを苛むことになる。そんな思い出はイヤだ。

 決して優秀ではない僕の頭脳を、もう一度サイクロトロン式の粒子加速器なみに回転させる。

 きっと父のことだ、時間との勝負とはいえ、リスク回避の準備時間は取るに違いない。腹部の単三の乾電池を入れるだけでなく、ビームランチャーやマニューバスラスター、連装電磁砲などを外す最低限の軽量化作業はするはずだ。

「見送ってやろう。まだ間に合う」

 僕は立ち上がって彼女の手を握った。

 防護服越しで、始めて握る彼女の手は、思った以上に華奢で繊細だった。

 彼女も顔を上げた。

「そうだよね。見送ってあげたい。行こう、アイアンコングのところへ」

 

 どこまで近づけるか、どこまで見守っていられるかわからない。

 それでも近くにいたい。

 人間の感情は、素粒子物理学のように不条理なものなんだ。

 僕たちは、立ち上がった。

 

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