彼女のゾイドと荷電粒子砲   作:城元太

15 / 15
⑮(最終話)

 目一杯に水が入った数十個の大きなビニール袋が無造作に積まれている。ちょっとでも傷つけただけで、床が水浸しになりそうな作業現場の中心のテーブルの上に、赤いアイアンコングが置かれていた。

「明君、あそこ」

 父親の居場所はすぐにわかった。〝Keep out〟の黄色いテープの向こう側、『吉山』の名札を貼った白衣の防護服が、タブレット片手に慎重にアイアンコングMk-Ⅱの作動状況を確認していた。

 アコーディオンのじゃばら部分のように伸び縮みする(にわ)か作りのマジックハンドで、アイアンコングを何度も持ち上げたり降ろしたりしている。そしてマジックハンドの先端に付けられたフックで、腰のスイッチをONにするリハーサルを行う。

 大人たちが大きな赤い玩具を取り囲み、動かしている光景は滑稽だ。しかし、その赤い玩具が、唯一この巨大施設を守る手段と思うと、自然に緊張してくる。

「来たのか」

 父親も僕たちにすぐ気付いた。積まれた水入りのビニール袋が、ビームラインを開放した際に飛び出す荷電粒子を防ぐバリケードであって、そこが絶えず被曝の危険性と隣り合わせの場所だと語っている。親・保護者ならば、成長期の子どもたちが近づくのを阻むはずだが、仕事に集中していることと、アイアンコングの行方を必ず探しに来るであろうことを予測していたのか、少し眉をひそめただけですぐにタブレットに視線を落とす。

 予想通りアイアンコングは軽装化されていた。右肩の大型ビームランチャー、左腕の連装電磁砲、背中の高高度対空ミサイル、マニューバスラスターユニットは外され、ほぼノーマル仕様のアイアンコングのように見える。逆に腰のスイッチが延長されていて、マジックハンドのフックで操作しやすくなっている。

「みんなが、お母さんのゾイドを……」

 彼女の言葉はそこで途切れる。

 言葉の先に秘めた想い。何を考え、言おうとしたのだろう。それを尋ねることはできない。

「本当にあれを使うのか」

 信じられない、という気持ちが押川の口調に込められている。

「絵梨、大丈夫?」

 泊さんの問いかけに頷く彼女の肩は、震えている。

 一瞬、僕は父親に代わって謝ろうと考えたが、やめた。僕が謝っても、なんにもならない。もっと悲しくなるだけだ。

「信じよう、あのアイアンコングMk-Ⅱが、みんなを守ってくれることを」

 悲しい記憶だけを残さないような、精一杯に勇気付けられるような言葉を考えた。それだって、何の役にも立たないのだけど。

 まるで出撃直前の戦士のように、アイアンコングMk-Ⅱは静かに刻の来るのを待っていた。

 

 画面全部をグリーンに発光させたタブレットを振って、父親がオペレーション開始の合図を送る。

 赤い警告灯が回転する。

 ラインの前面に積まれた水入りビニール袋が一斉に取り払われた。

 隔壁が開かれる。

 縦横がだいたい50㎝ほどの、赤銅色に輝く内壁が露わになり、リハーサル通りにマジックハンドでアイアンコングMk-Ⅱが持ち上げられる。

 空洞の中に置かれたあと、慎重に設置場所を確認している。

 スイッチが入れられた。アイアンコングが力強く動き出す。

 思い出のゾイドとの離別の余韻に浸る間も許されず、無慈悲に隔壁が閉鎖され、一斉にビニール袋が積み上げられた。

 集まっていた作業員たちが部署に向かって散っていく。

 数人の担当者を現場に残し、父が小走りで近づいて来た。

「Belle・Mk-Ⅴの機能を応用して、制御室でコングの動きをトレースできる。ついてきなさい」

 父の背中を僕らは追った。

 

 制御室に戻り状況を確認する。

 相変わらず専門用語が飛び交う室内で、父が一つのモニターを指さした。

 画面には、空洞内の粒子密度を示す数値が滝のように迸り、分割された別画面には荷電粒子の流れを示すグラフが映っている。

「このグラフのピークが洞内の異物、つまりアイアンコングを示している」

 父がグラフの異常に高い頂点を指さす。グラフの頂点はゆっくり変化している。

「現在順調に歩行している。このまま目標地点に到着すれば、オペレーショを完遂してくれる」

「距離は? どれくらい歩けば目標に」

 一度タブレットを操作し、画面を変えている。

「凡そ50m、誤差は5m前後」

「50m。遠いね」

「遠いな」

 苛立たしさと、悲しさを混ぜたような声。防護服の下、きっと父は複雑な表情を浮かべているだろう。父の辛い姿に耐え切れず、僕はひたすらにグラフの変化を見つめ、空洞内の戦士に想いを馳せていた。

 

 この瞬間も、アイアンコングは孤独な旅を続けている。

 ギアの回転を利用し雄叫びを上げるギミックも、真空に近い空洞内では響くこともない。

 コクピットに点る赤いムギ球の灯りだけを頼りに、絶望的な静寂と、膨大な荷電粒子の奔流に抗い、たったひとりで進んでいるのだ。

 

 突然、彼女が僕の手を強く握った。

 正面を向いたまま、強く、強く握った。僕らの想いは同じなのだ。

 心の中で強く願う、(がんばれ)と。

 

「……がんばれ」

 心の声が漏れる。

 しかし、それは僕たちの声ではなかった。グラフを見つめ、事態の終息を願う職員たちの間からだった。

「頼む、アイアンコング」

「がんばってくれ、お前だけが頼りなんだ」

「止まるなよ、アイアンコング」

「アイアンコング、お願いだ」

 無数の声が、祈りを捧げるように囁いている。

「アイアンコング、がんばれ」

 いつしか僕も声に出していた。

 彼女はだけは無言のまま、グラフを見つめていた。

 

 グラフのピークの移動が目に見えて緩やかになり、父が低く呟く。

「モーターがやられたか……」

 洞内を飛び交う膨大な量の荷電粒子は、表面のプラ材を貫き、容易に金属部分に到達する。単純な構造とはいえ、電磁気を利用し回転するモーターにトラブルが発生する可能性は高い。

 制御室に落胆の声が起きる。

 それでも僕たちは信じた。信じていたかった。

「がんばれ、がんばれ、がんばれ」

 言葉に意味は無い。でも、応援せずにはいられない。

「がんばれ、がんばれ、がんばれ」

 いつしか、押川も泊さんも、僕の祈りに合わせている。

「がんばれ、がんばれ、がんばれ!」

 そんな祈りを嘲笑うように、グラフのピークは緩慢な動きしかなかった。

(祈りなんて無駄なんだ)

 絶望に打ち拉がれたときだった。

 

「お母さん」

 

 心の底から湧き上がった声だったと思う。

「お願い、みんなを、この粒子加速器を助けて」

 現実は映画みたいに甘くはない。祈ったところで通じるはずなんかない。通じたとしても、それは必然ではなく偶然に過ぎないんだ。

(それでも信じたい。奇跡というやつを)

 

 制御室内に動揺が起こる。

「動いてる」

 止まっていたグラフのピークが、再び力強く移動を開始していた。偶然か必然かなんて、もうどうでいい。

「いけるぞ」

 動き出したグラフが、目標を示す赤い縦軸線に着実に接近していく。

「もう少し、もう少しだ」

「がんばれアイアンコングMk-Ⅱ」

「頼むぞ、アイアンコングMk-Ⅱ」

「進め、アイアンコングMk-Ⅱ」

「おねがい、おかあさん!」

 

 制御室内はアイアンコングへの声援(エール)に満ち溢れたのだった。

 

                      ※

 

 翌日の新聞紙面は、太陽のフレア爆発の記事で埋め尽くされていた。

 通信障害、交通システム異常、電子機器の破損、銀行口座のデーター破壊など、現代情報化社会がどれほど脆いものか、まざまざと見せつけられた。

 紙面の片隅、僕たちが見学した粒子加速器【パーシヴァル】の一画で、施設のトラブルが発生したベタ記事が掲載されていた。大事故に至らず、直接の日常生活に影響のない事件だったので、極少数の関係者を除いて関心が持たれることはなかった。

 そして、放射性の荷電粒子が崩壊し、暴走の危険がなくなったモジュレーターの空洞内に、赤いプラスチックの塊と化した異物が残っていたことが語られるはずもなかった。

 

 僕たちには、あの事故からいろいろあった。

 アイアンコングMk-Ⅱ限定版は、ネットオークションでとんでもないプレミア価格がついている。それでも数千億円の科学施設を守った代償としては安いものなので、父を窓口にして彼女に弁償を申し出たのだが、彼女はきっぱりと断った。

「母も喜んでいると思います。誰も見ることのできなかった、荷電粒子が飛び交う光景を目にする機会を得られたのですから。

 その代わり、お願いしたいことが二つあります。一つは、これからも施設見学を許可してくださること。そして二つ目は、施設内のにゃんこと遊ぶことです」

 その時の彼女の笑顔は、青空の下の紫峰のように晴れやかだった。

 

 夏休みが明けて一週間。僕たちはおつきあいを始め、一緒に同じ時間の電車で通学している。

「おはよう」

「おはよう、エリさん」

 駅の改札で落ち合い、歩いて学校へ向かう。9月になっても残暑は厳しく汗ばむようだ。

「進路は決めた?」

 高校までの通学路、始業式の日に配布された進路希望調査の書類提出のことを話し合う。

「いろいろ考えたんだ。それでやっぱりやってみたくなった、明君のお父さんの務めているような施設で働いたり、研究したりすることに。

 だから理系で技術系の大学に入って技術者を目指そうと思う。

 簡単じゃないことはわかっているけれど、チャレンジしてみたい。

 私のお父さんにも聞いたら、自分の好きなようにやりなさい、って言ってくれたんだ」

「僕も出来る限り協力するよ。父親にも採用へのルートは聞いておく」

「ありがとう。これからもずっとお世話になります、よろしくね。ところで彩香は数学大丈夫なの?」

 休み明けとはいえ、二週間後には早速定期考査が控えていて、のんびりしている余裕はない。

「大丈夫です。また教えてもらっています」

「あんまり明君を頼っちゃダメだよ」

 相変わらず保護者のようだ。

「そういえば、ブロントサウルスについて伝え忘れていたのだけど」

「えっ、なになに」

 そして相変わらず食いつきがいい。

「ブロントサウルスがアパトサウルスのシノニムで、ブロントサウルスの種自体が消滅した、っていう話があったよね」

「残念過ぎて、忘れられないくらいに覚えてる」

 表情に無念さが浮き出ている。

「でも最近、いままでに採掘された化石をよく調べたら、アパトサウルスと思って来た個体のなかに、明らかにアパトサウルスとは異なった種があったことが証明されたんだって。つまりブロントサウルスという種が、もう一度認められることになったんだ」

「じゃあ、これでレベッカのアルバムタイトルも【アパトサウルス】にならないで済むわけだね」

 それは杞憂ってものでしょ、と笑う。

「やっぱり思い出だもの。よかった」

 小さなことだけど、それなりに気掛かりだったのだろう。

「これでブロントサウルスの名前は、100年後も200年後も残るね」

 空を見上げる唇が、微かに「おかあさん」と唱えたようにも見えた。

「そういえば、押川君は?」

「休み明け早々に鈴木先輩に告白して玉砕して、ショックで遅刻してくるんじゃないのかな」

「でもあれ、押川君じゃない?」

 エリさんが指さす先、校門前で丁寧に会釈する悪友の姿があった。

「先生、おはようございます」

 登校指導を行っている、文芸部顧問の相沢先生のそばに立って、懸命に話題を探している。

 内容はない。「暑いですね」とか「テスト近いですね」とか。

 僕たちが登校してくるのに気付いて、大げさに挨拶する。

「おはよう! 吉山君たち」

 オマエ、いつから「君」付けで呼ぶようになった? 違和感アリアリじゃないか。

「では、ボクは友人たちが来たのでこれで失礼します。5時間目の授業を楽しみにしています」

 押川が駆け寄ってくる。

「やっぱり相沢先生って、ステキだよな」

 やっぱり、か。あっというまに状況を理解した。

「オレ、前から相沢先生に憧れていたんだ。別に先生と生徒、なんて大それたことは考えていないけどさ。だがチャンスがあれば必ず掴む自信はあるぜ!」

 うわぁ

 ベタ過ぎる展開に、何も言えなくなる。期待しているのは本人だけじゃないだろうか。

「オマエ、いま『期待しているのは本人だけ』とか思っただろ。……リア充爆発しろ」

 昇降口を過ぎ、僕が靴を履き替えるのを待っている間に、さっさと教室に上がっていく。実にわかりやすいやつだ。

「明君、私も先に行くね」

「わかった。じゃあ僕らも行こうか――アヤちゃん」

「は~い」

 僕の隣で、小柄な文学少女が微笑んでいた。

 

 コペンハーゲン解釈、ならぬストックホルム症候群が理由かどうかわからないが、事件の後、Belle・Mk-Ⅴ測定器の前で、僕は泊さんに告白された。

「だって、絵梨とは付き合っていないんですよね、車の中で『彼女じゃないよ』って言っていましたし」

 正直迷った。

 もちろん、女子から告白されるのはとても嬉しい。それに泊さんって、ちっちゃくて純朴で童顔っぽい美少女系だと、意識してからしみじみ思った。

 でもこの文学少女は、どこかしら純文学のヒロインみたいに、恋に恋するプラトニックなイメージが付きまとっていて……いやいやいや、僕は別にプラトニックがイヤだとか言ってるつもりはない。言ってるつもりはないけれど、大正浪漫の古い少女漫画みたいなお付き合いは、到底想像できなくて(父親曰く「ハイカラなんとかさんが通る、みたいだな」。全然捻ってないじゃん)。

 でも、可愛いし、性格良いのも確かだし。

「――彩香は本当にいい娘だよ。付き合ってあげてもいいと思うんだけど」

 エリさんのアドバイス。ときに純粋な親切心は、恋心を深く傷付けることに気が付いていない。

 泊さんはキラキラ輝く無邪気な笑顔で言った。

「もう一度鎌倉に行きませんか? 今度は二人で」

「……うん、行こう、二人で」

 頼むからエリさん、隣で「おめでとう!」って応援するのは止めてくれ、と、心の中で絶叫していた。

 

 教室、朝のSHR。

 提出するために机の上に置いた進路希望調査用紙を見つめていた。

 まだ二学期は始まったばかり。でも、もう高校一年生のほぼ半分は終わってしまったともいえる。

 困難な道だが、彼女はしっかりと目標を定め、歩き出している。だけど僕は、自分が何になりたいのか、どんな大人を目指すのか、まだ漠然としていてやっぱりわからない。

 迷っている進路が二つある。

 数学を活かした仕事といえば、数学の先生になること。教育学部がある大学へ入って、免許を取って採用されること。アヤちゃんや絵梨さんに数学を教えてみて、もしかしたら向いているんじゃないか、とも考えた。

 そしてもう一つ。

 タカラトミーの社員になって、ゾイドを開発することだ。どうやらこの夢は、絵梨さんも諦めてはないらしい。もし僕がゾイドを開発したら、なんて名前のゾイドにしようか。

 ふと、粒子加速器見学で聞いた黒猫三兄弟の名前を思い出す。黒猫、じゃなくて黒豹がいいな。パンサーアイン、ツヴァイ、ドライ……ドライパンサーって、どうだろう。

 夢は膨らむ。

 後ろの席から突かれ、慌てて希望用紙を重ねて前に回した。

 

 一時限目のチャイムが鳴る。

 先生が入ってきた。

 窓の外に澄み切った秋の空が広がる。

 青空の下の紫峰を思い出す。

 

 見学に、来年も一緒に行きたい。

 彼女と、ゾイドと、荷電粒子砲を。

 

 

 

 

                      『彼女のゾイドと荷電粒子砲』 終

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。