彼女のゾイドと荷電粒子砲   作:城元太

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 引っ張り出したファンブックは全部で3冊。これは兄が買ったもので、ずっと借りっぱなしになっている。僕は二人兄弟の弟、兄は僕の三つ上で同じ高校のOBになる。当然中学のOBにもなるわけで、僕がバスケ部に入部したのも兄の影響だ。ずば抜けた運動能力というほどではないけど、少なくとも僕よりは優秀で、中学の総体の選抜陸上チームにはバスケ部所属の臨時助っ人として3年連続で召集されている。

 僕の入学した高校に出る入るで卒業。高校在学中のスポーツ実績を評価され、地元の有力企業の指定枠に滑り込み見事就職を果たした。高卒の初任給は低いけど、年功序列は保証されていて、40歳前には必ず家が買えるくらいの給料が支給されるそうだと、両親が嬉しそうに話していた。

 兄も勉強は好きでも無かったから、運動ができて給料ももらえる会社にさっさと入れたことは希望通りだった。僕の入学式に先立つ4月1日、着慣れないスーツで身を固め、入社式に向かって行ったっけ。

 ゾイドも兄の影響。ただしゾイドを買ってない。何を血迷ったか、ファンブックだけ買っていた。その頃戦闘物のライトノベルに凝っていて、同じジャンルのものとしてゾイドのストーリーを選んだらしい。当然すぐに飽きる。で、僕に貸した。それが僕の小六の時。

 一度読んだけど、正直文字が多くてしっかり読んでいなかった。

 でもいま読み返してみて、改めて思った。ゾイドって面白い。特に2巻のアーサーとリッツの戦い。ネットで検索をして、4巻が存在する事と、その後のゾイドの世界観の顛末を知った。ぶっちゃけていえば、ブームの終了といっしょにうやむやのうちに終了、いろいろな広がりを見せた割には、いわゆる尻切れトンボ、竜頭蛇尾。盛り上げるだけ盛り上げて、よくわからないまま終わってしまったらしい。まあ、しかたがないことなんだろう、カードにしてもシールにしても、ブームが長続きしないで打ち切りになるなんてよくあることだから。

 でも彼女と会話をするには、とにかくゾイドの知識が必要だ。ネットだけでなく、ファンブックでもPKについて一通り調べ直すと、僕は翌日勇んで高校に登校した。

 驚いたのは、彼女が自分と同じクラスだった事だ。仕方ないだろう、まだ入学したてだし、顔と名前を覚えるのに時間がかかるのは自慢できる(だから歴史人物を覚えるのにどれほど苦労したことか。その分地理の資料集の「世界の民族」の項目、金髪のお姉さんが写った写真のページは何度も見て、ゲルマン系とラテン系とスラブ系の区別、オランダ人の民族衣装にリオのカーニバルはしっかり覚えていた。イヌイットやラップ人はだめ、厚着だから)。

 座席表から彼女の名前を調べた。

 柏崎絵梨、エリさんか。朝のホームルーム前の時間や授業と授業との間の休み時間、それに昼休みなんかに、やっぱりあのスマホを見つめている。そこに映っているのがアイアンコングと知るひとは少ないだろう。彼女も後ろから覗きこめないアングルで見つめているし、普段の画像はどうやら普通の壁紙らしい。あんなアクシデントが無ければ、PKを目にすることは僕にもなかった。クラスの女子とも、新入生なりに多少のぎごちなさを感じさせつつも、ごく自然にお弁当を食べている。時おり笑顔も浮かべる、ごく普通の女子高生に見える。

 でも、違うんだ。あのスマホ、アイアンコングが映っているだろうあの画面を見ているときだけは。

 ゾイドはカッコいいから眺めるものなのに、あんな悲しげな表情をうかべるのはなぜなんだろう。

 導かれる推論。

 ①;あのゾイドは父親の形見。ちょっと無理があるかな。

 ②;あのゾイドは弟、若しくは兄の形見。これなら少し現実的か。

 ③;あのゾイドは別れた彼氏が好きだった思い出の品。この場合、死別も含む。悲しい、いろんな意味で悲し過ぎる。

 最も妥当なのは推論②だろうか。とすれば、あまりゾイドの話題を振るのは賢明ではない。ただ何かの理由をきっかけに、もう一度エリさんと会話をしたかった。

「お前どこ見てるんだよ」

 僕は、窓際で数人の女子と昼食とを終え、弁当箱を手際よく片付ける彼女の姿を見つめていて、その夢み心地のシチュエーションを押川が破った。お前は他人のメンタルを読み取る能力も低いのか、と心の中で舌打ちする。

 超能力ってあるのなら、この気持ちが伝わればいいのに。

(彼女と話がしたい)

 やっと迎えた高校3年間、僕も兄と同じで勉強はあんまりしたくない。兄の様に就職が決まってしまうとすれば、これが最後の学生生活だ。この貴重な時間を有意義に過ごさなければ人生に悔いが残る。

「あの、吉山くん」

 自分の妄想に没頭していた僕は、追い詰めたネズミに噛みつかれた猫の様に驚いた。シャンプーの香りだろうか、フワリとしたいいにおいが周囲に漂う。彼女は弁当箱をロッカーに片付けたあと、自分の机を経由しないで背後から声を掛けてきたのだ。

「あれ……のこと、詳しいですか?」

 急な展開に、隣で押川が唖然としている。女子と会話をしたことがない訳ではないが、ほとんど面識の無い、それも結構可愛い女の子に声を掛けられるのは初めてだ。視線を合わせられずに彼女の髪の毛を見る。近くで見てもつやつやの茶色がかった髪だった。

 僕はせいいっぱい取り繕って、いかにも普通そうに答える。

「ああ、あれのこと? まあ、それなりに」

 ネットで知ったこと。ゾイドのディープなマニアのことを〝ゾイダー〟というらしいが、高校生にもなって動くおもちゃに夢中になっていることを公言するのってどんなものか。幸いにして押川は黙ってくれたし、彼女も女の子グループから離れていた。お互いに立場をわきまえている。

「このまえはごめんなさい。あれからいろいろ考えて、あれを見てすぐわかるなら大丈夫と思って。もしよければ相談に乗って欲しいことがあるんだけど」

 フラグが立った。アイアンコングは帝国軍だけど、僕の心の中でヘリック共和国の旗がたなびく。

「動かないの、あれ」

「PKのことだよね」

「PK? そんな呼び方もあるんだ……そう、あの赤いあれ」

 お互いに『アイアンコング』という具体名を出さずに代名詞で会話するのが、まるで二人だけで秘密を共有しているようでとても楽しい。

 座っている僕に、半身を屈め上目使い気味にこちらを覗う女子の願いを断ることなどできはしない。

 女子高生がゾイドを持っていることも珍しいが、僕が立てた推論の様にそれが何らかの思い出の品で、動かなくなってしまった。模型や工作に詳しくない女子にとって、直せる誰かを探していたのだろう。

 父親譲りで僕も技術系であることは自負していて、ライガーゼロの動力ユニットからLEDを引いてコクピットのライトを光らせる程度の改造はしている。ゾイドの基本構造は知っているから、アイアンコングの動力を直す程度の自信はある。

「実物を見ないことにはなんとも言えないけど」

「じゃあ、今度吉山くんの家に行っていいですか?」

 ストーリーの進行が速すぎる。あれよあれよというまに、僕は自分の携帯番号と彼女の携番を交換、その上アドレスに自宅電と住所まで伝え、週末に会う約束までしてしまった。そこに至るまで僅かに10分。

 机の横から彼女が去って、茫然自失の僕を無我の境地からサルベージしたのは、押川の猛烈な羽交い絞めだった。

「お前、いつからサッカーファンになった。それにあれって何だアレって。いつから柏崎さんと仲良くなった」

 どうやら押川はPK=ペナルティーキックを連想したらしい。説明するのも面倒だし、それにまだ僕は彼女とは仲良くなっていない。しかし、ここはハッタリをかましてでも言い訳しなければ、愛に飢えた男子高校生を納得させることは不可能だろう。僕は鼻から「フッ」と息を吐くと、静かに答える。

「プライベートなことについてはノーコメント。そのうち気が向いたら教える」

 思わせぶりな返答に押川は不平をもらすが、そこで授業の予鈴が鳴って話題終了。僕は頭に血が上ったまま午後の授業を受けた。弁当を食った後の眠気を誘う生物学の授業も、一切眠ることなくノートを機械的にとっていた。

 少し不安なのは、僕はアイアンコングを持っていないことだった。あの日中古屋でPKを見て以来縁がなく、通常版のアイアンコングさえ手にしたことはない。考えてみれば、ゴジュラスと双璧を為す人気の大型ゾイドが流通する機会は少ない。ネット画像で見た、胸カバーの奥の単二電池と背負ったバックパックの単三電池。よくわからないが〝鳴く〟とあるが、どんな原理かわからない。

 生物教室のホワイトボードに〝オルニチン回路〟と示されたなんだかわからない図が描かれている。オルニチンって、テレビ通販のシジミのあれか? ほとんどうわの空なので内容が一切頭にはいってこなかった。

 

 

 彼女は約束通り、週末に僕の家にやってきた。

 僕はファッションに拘りがある方ではなく、服のセンスをどうこういえるほどではないが、男子の家にくるのだからノースリーブに薄手の上着を羽織ってのひざ上スカートを期待していたのに(妄想が暴走)、現れた彼女の出で立ちは、灰色のスウェットに茶色のデニムで明らかに地味。綺麗な髪も今日はアクティブに一本にまとめている。半袖捲りはかっこいいいのかもしれないが、おしゃれ、と呼ぶには無頓着だった。

「いらっしゃい」

「おじゃまします、よろしくお願いします」

 緊張気味に応対する僕と僕の母親にも、彼女は全く臆することがない。やけに目立つのが、抱え込んだ大きな荷物だった。

 リビングに通され、紅茶を運んで来た母親に軽く会釈をすると、彼女は母親がまだいることも構わずに切り出した。

「これなんだけど……」

 見た感じより軽そうな箱で、中身を開き、新聞紙やら丸めたビニール袋やらを取り出すと、中から赤いものが見えてくる。彼女は中身をそっと持ち上げ、リビングのテーブルの上にアイアンコングを慎重に乗せた。

 母親が目を見張っている。そりゃそうだろう。女子高生が大型ゾイドを持ちこんで来たのだから。

 僕は初めて、完成品のPKを目の前にした。

 かっこいい。でも、ネットやファンブックで見た物との違いに気づく。キャノピーも赤く、背負ったマニューバスラスターと右肩の大型ビームキャノンの整形色がダークグレーではなく銀色なのだ。

 なにより全体の赤い装甲パーツにラメが入ったような光沢がある。

 ようやく気がついた。これはPKではなく、それよりもっと貴重な旧ゾイド、いわゆるメカ生体版の【アイアンコング MK-Ⅱ 限定版】ということに。

 

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