彼女のゾイドと荷電粒子砲   作:城元太

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 メタリック光沢がある【MK-Ⅱ 限定版】は本当にきれいで、二十年以上前のおもちゃであることを差し引いても、ネットオークションで物凄い値段で取引されるのも納得できた。胸とビームキャノン、胸と連装電磁砲をつなぐフュエルチューブは材質劣化で無くなっていたが、ゾイダー界隈で語られる「旧ゾイドのキャップの方が材質が良い」と言うのは本当のようで、新世紀版ではありがちなゴムキャップ劣化の割れはない。それでも陽の当たる場所に飾られていたようで、わずかにプラスチックに日焼けの跡があった。

 アイアンコングに魅入っていた僕の視界を、まくり上げた袖から二の腕を覗かせる肌色が横切る。赤い【MK-Ⅱ】に柏崎さんの白い肌が映えて(いろいろな意味で)眩しい。束ねたつやつやの黒髪をなびかせ、額にかかった後れ毛を軽くかき上げる。彼女の髪は、コングの装甲のラメと同じくらいに輝いていた。

「このメカコング、〝PK〟って名前だったの初めて知った」

 この発言にはいろいろとツッコミどころがある。

 まず往年の東宝特撮映画に登場する、エレメント(エックス)掘削用の巨大類人猿型メカみたいに(※この辺りの知識は父親の影響)、彼女がアイアンコングを「メカコング」と呼んだこと。僕は一通り【PK】と【MK-Ⅱ 限定版】との違いを説明し、先の発言を撤回した。どうやら『ゾイド』に関する知識は断片的のようだ。アイアンコングの名前を伝えていると、彼女は急に身体をよじらせ腰を突き上げた。そのしぐさに思わずドキっとしていると、彼女はデニムのポケットから単三電池四本を取り出した。

 胸をはだけてむき出しにし、単三電池を二本入れる(※勘違いした人、残念でした!)。続けてマニューバスラスターを外しバックパックに単三電池をはめ込む動作も手慣れたものだった。

「背中の電池はライト用だから、動くのに関係ないはずだけど念の為に入れてみるね」

 当然かもしれないが、彼女はアイアンコングの電源もよくわかっていた。

 腰のスイッチを入れる。しかし、彼女の言うように、コングは動くことも、コクピットライトを燈すこともなかった。接触不良を考えて、スイッチのオンオフを何度か繰り返し、手足を軽くゆすってみても、コングが動く気配はない。

「動かないの、今までこんなことなかったのに」

 その時の彼女の顔は、思いっきり寂しそうだった。

 僕は彼女の横に寄って、貴重な【MK-Ⅱ】をそっと持ち上げたとき、ふいに背中に人の気配を感じ振り向くと、キッチンの影から母親がまるで某家政婦のように覗いていた。

「あの、ここで作業するの? 僕の部屋もあるんだけれど……」

 さり気なく、部屋に誘ったつもりだった(※あとで母親から「下心ミエミエ」とのご指摘を受けました)。この日の為に、床の汚れやごみはもちろん、カーテンだって洗濯し、机の周りの子どもっぽいポスターも全部はがして、徹底的に片付けていた。ただし、机の上のライガーゼロだけは「ゾイド好き」の証拠として残して飾っておいて。

 彼女は明るく答える。

「ここでいいよ」

 敢え無く撃沈。奥で、ここまで聞こえるくらいの母親の溜息。

 彼女は純粋に、ゾイドの修復だけを僕に望んでいることがはっきりした瞬間だった。

 まあ、でき過ぎた話で、柏崎さんが彼女の家に僕を呼んで修理をさせようとすれば、自宅や自分の部屋に招き入れることになり、それはためらわれたのだろう。現に僕の住所は教えていても、彼女の住所は教えてもらっていない。

 もう割り切るしかない。僕はコングの腰のスイッチを何度か入れ直し、全く作動しないことを確認すると、

「なかみを見るのに分解してもいい?」

と、彼女に言った。

「組立の説明書は無いけど大丈夫?(=『もう一度組み立てることは出来ますか?』)」

 僕は自信たっぷりに頷く。彼女はこのタイプの初期ゾイドが、パーツ番号ごとに組立順序がきまっていることも知らないのだ。

 子ども向けにセメダインを使わないで作れるプラモとして発売されたゾイドは、同じように子どもにも判りやすく組み立てられるように、パーツ内側にモールドされた番号ごとに組み立てる順序がほぼ決まっている。そんな細やかな配慮も、初期ゾイドの爆発的人気を支えたのだ。

 僕は手ごろな浅いお菓子の箱を探し出し、丁寧にパーツを外し始める。

 コングを組み立てたことがあるひとにとっては退屈かもしれないが、一応説明しておくと、コングは装甲がフレームを覆うようになっていて、装甲が稼働と独立して装着されている。ダボが固くなかなか外しづらいパーツがあって少しやきもきしたが、両腕から両足、頭部と次々に分解していって、遂に胴体内部の動力部分をハダカにした。

 可動パーツの負荷がない状態でもう一度スイッチをオンにしたけれどやっぱり動かない。僕は父親が導通テスターを持っていることを思い出し、父の道具箱(ツールボックス)からテスターを拝借して、コングの動力ユニットに通電してみる。

 案の定通電はなかった。

「たぶん配線が切れているとか、モーターが死んでるとかだと思う。ここでユニットを開けるのは大変だから、すこしの間このゾイドを預けてくれる?」

「直せるの?」

 質問に質問を返し、彼女はまた不安そうな顔をする。

「絶対とは言えないけど、ギアやシャフトが折れている様子はなかったから直せると思う。こんな貴重なゾイドが動かないなんてもったいないよ。僕にやらせて欲しいんだ」

 アイアンコングの動力ユニットは、ライガータイプのユニットと比べて複雑なので多少分解は難しいだろう。でもまだ入学したての高校生活だから、受験勉強からも部活動からも解放されて、帰宅後修理に時間が使える。もはや彼女とのお付き合いを前提としたものではなく、父親譲りの技術者としての意地が僕を支配していた。なんとしてもこのゾイドを動かして見せる、そんな感じ。

「うん。じゃあ、お願いします」

 彼女はすぐに安堵の表情を浮かべ、素直に頷いた。

 それにしても、なんで女の子の少し鼻にかかった「うん、」ってかわいいんだろう。

「このゾイド、大切なものなんだね」

 途端に彼女は、母親が差し入れたお菓子と、二人で夢中になって分解しているあいだに冷めてしまった手付かずの紅茶を見つめ、俯いて小さく告げていた。

「……思い出だから」

〝これ以上聞かないで〟オーラを大放出している。彼女は見えない赤いオーラ(日本語が変)に包まれていて、それ以上追及はできなかった。

 僕は分解されたコングを前にして、修理が終わったら連絡する約束をする。

「このお礼はさせてください。今日は私のわがままに付き合ってくれて本当にありがとう。あれをよろしくお願いします」

 玄関先で靴を履き、出て行こうとする彼女を見ている僕の横で、またも母親がキッチンの奥から目配せをしている。

「駅まで送ろうか」

「だいじょうぶ、一人で帰れるから」

との即答と笑顔を残して、彼女は去っていった。玄関のドアが閉じると、露骨に母親の溜息が聞こえていた。

 

 そのあと僕は、早速コングの動力ユニットの分解を開始する。

 精神統一が不充分だったのだろう。慎重に外したはずが、指についたグリスにシャフトごと持って行かれ、ギアの順序が判らなくなったのが15分後。

 通電してやはりモーターが死んでいることを確認したのがその直後。

 近所のプラモ屋にモーターの買出しに行って、リード線にハンダ付けしたはいいものの、ギアの順序がわからなくなり、悪戦苦闘する事2時間。気付けばリビングは暗くなり、テーブルの上からパーツを片付けなければならず、それでまた組み立てが中断。食事を終えると気力が無くなり、結局帰宅した父親に泣き付いてしまった。

 父は非常に個性的な人物だ。ゾイドのSF設定に関して一家言持っていて、「デスザウラーの荷電粒子砲はオーロラインティークファンで空気中から取り込んだ静電気を加速させ撃ち出すというが、荷電粒子を静電気から取り出すところが訳が分からない。粒子加速には超伝導ソレイド電磁石や偏向電磁石、それに超伝導加速空洞を絶対温度(ケルビン)2度の液体ヘリウムで維持して加速するのであって、リングサイクロトロンでは充分な粒子加速には至らないはずだ」などとわけがわからないことを言う。それというのも職業柄、粒子加速器の製品管理を請け負う契約社員だったからなのだ。

 技術者としては優秀らしく、契約社員と言っても不安定なものではなくて、給与面では充分過ぎるほど優遇されていた。技術職を選んだ動機はどうやら『ガンダム』らしく、以前の僕以上に大量のガンプラを積んでいる(※完成品は1/10程度)。あまり売れなかった人間大ビームサーベルを母にないしょで振り回している姿を見たことがあって、その時僕は、少なからず父の遺伝子を受け継いでいると思うと、嬉しいような、悲しいような気持ちになった経験を覚えている。

 父は喜び勇んでコングの動力ユニットを手にすると、ある意味大人げないほどの技術力を駆使してたちどころにモーターを交換して修復してしまった。

「グリスが少し足りないようだから、むかし残しておいたミニ四駆用のグリスを足しておいたぞ。カノジョさんにはお前が直したことにしておけ」

と言ってサムズアップをする。かっこつけているのか何なのか……まあ、感謝した。

 プラパーツの組み上げは、動力ユニットの修復に比べればはるかに簡単だ。

 組み立てが終わり、電池を入れてスイッチを入れる。

 コクピットライトを赤く光らせ、コングは力強く作動を開始した。首を振る動作にあわせて、動力の金属板がコングの鳴き声を響かせる。まるで本物の生物のように机の上でガシャガシャと歩き回るコングは勇壮だ。

(絶対に喜んでくれるよね)

 僕は彼女の喜ぶ顔を思い浮かべつつ、何度も机の上を往復するコングを眺める。この光景を彼女と共有していると思うと無性に嬉しい。だけどふと思い出した。

(「……思い出だから」)

 あの時の彼女は、本当に寂しそうだった。

 人には踏み込んではならない心の領域があって、彼女の「思い出」もその一つであることは理解できる。でも理解することと、受け入れることとは別もので、僕はスイッチを止めて机のスタンドの下でメタリックレッドの装甲をきらめかすコングを見つめた。

「いったいエリさんに何があったんだ。教えてくれよ……」

 無意識に【MK-Ⅱ 限定型】に問いかけてしまう。

 赤いキャノピーのアイアンコングは、何も告げず、でも何かを語りたそうな顔で、僕を見ているような気がしていた。

 

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