彼女のゾイドと荷電粒子砲   作:城元太

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 修理が終わったことを伝えると、さっそく彼女は学校帰りに僕の家に来ることになった。

 校門を出て駅に向かうまでの20分間、僕は人生で初めて、一人の高校生女子と一緒に並んで歩く経験を得た(入学したてだから当たり前なんだけど)。 意識するほど彼女を知らないが、やっぱり緊張する。

 もしかして、カップルに見えるのかな? でも手をつないでいるわけでもないし、何より僕と一緒にいることが嫌なのかと思うくらい彼女の足取りが早い。そのわりに笑顔を浮かべていて、急ぎ足の理由はやっぱりアイアンコングにあることがわかりやすかった。

 会社員の退勤時間には早いので、電車の車内は空いていて、柏崎さんは僕のはす向かいに座り、流れる景色を眺めている。自宅までニ駅あり、特に言葉を交わすこともなく、カップルと呼ばれるにはムリがあることを思い知った。

 

 修理が終わった赤いアイアンコングのスイッチを入れ、大型ビームランチャーを上下に大きくゆらしながら歩く姿を見つめる彼女は、いろいろな感情が入り混じったような、なんとも言いようのない表情をしていた。

 ぬいぐるみとか仔犬とかだったら、抱き寄せて頬擦りする場面なのだろうけれど、無骨なMK-Ⅱの頭を指先でちょん、と撫でて、彼女はコングの腰から慎重に持ち上げる。

 かすかに瞳がうるんでいた。彼女にウソをつくのがためらわれたから、最終的に父親が修理したことを正直に言っていた。

「ほんとうにありがとう。私の一方的なお願いに応えてくれて。

 あの時声をかけてくれなければ、永遠に直らなかったと思う。お父さまにも、ありがとうございました、と伝えてください」

 その感謝の言葉は、心の底から告げられたものだった。

 彼女は僕の家に最初に来たときに残しておいたダンボール箱に、ビニールや新聞紙やらを詰め込んでアイアンコングを梱包するが、ここで問題が発生する。学校から直行したので学生鞄も持っていて、アイアンコングを梱包した大きなダンボール箱を持つと、両手がふさがってしまうということだ。

 相変わらず某家政婦のようにキッチンから覗いている母親がやたらと目配せしてくる。

「家まで一緒に持って行こうか」

 彼女はいっしゅん戸惑い、しばらく考え込む。

 すぐにでも持ち帰りたい、でも一人では不可能。無理をしてダンボールと学生鞄を持てなくはないが、万が一帰り道の途中でダンボール箱を落としたりぶつけたりしないとも限らない。時計は退勤時間になっていて、電車内も混雑が始まっているだろう。

 やがて彼女が申し訳なさそうに言った。

「よろしくお願いします。そのかわり、今回のお礼に一緒にお食事しませんか」

 母親が満面の笑みをうかべ頭上で両手で丸を作る。

 僕は駅から来た道を、柏崎さんと鞄とアイアンコングを詰めたダンボール箱といっしょに駅へ戻ることになった。

 彼女が買った乗車券は、この駅から三つ目の、僕の家とは反対方向の駅。帰りの電車で一緒にならない理由がわかった。

 運良く車内はそれほど混雑していなかった。

 不思議な組み合わせ、いや、この場合〝持ち合わせ〟とでも呼べばいいのだろうか。アイアンコングを入れたダンボールは彼女が抱え、僕は彼女の鞄を持っている。大切なアイアンコングは自分で持っていたいという顕われに違いない。大きめのビニール袋に入れられているが、彼女は袋の取っ手を持たず、終始抱え込んだままだった。

 改札を抜けて歩くこと15分、三棟ならんだアパートの前まで到着する。

「ちょっと待ってて」

 彼女はダンボールを持って真ん中のアパートに入り、しばらくして今度は僕が持っていた鞄を受け取るともう一度アパートに戻っていく。

 次に現れた彼女は、制服の水色のブラウスに白のパーカーを羽織り、デニムにはき替えていた。MK-Ⅱの華やかさに比べ、随分と地味なファッションセンスだな、と脳内で失礼な印象を呟く。念のため報告しておくと、やっぱり彼女の家におじゃますることはなかった。

 彼女の案内で近くのファミレスに向かう。夕暮れの訪れは早く、春とは言え少し肌寒い風が吹いていた。

 若い男女が二人でお食事、と言うと聞こえはいいが、柏崎さんと交わした会話は相変わらず他愛もない内容で、ここで特段語るべきこともない。ハンバーグセットにドリンクバーを頼み、彼女も似たようなメニューを注文する。モーターを交換したことは伝えていたので、しきりにモーターの値段を聞いてきて、食事とは別にモーターの値段分として500円分のクオカードを渡してくれた。食事のあと、地理に不案内な僕をファミレスから駅まで送って、三駅分の乗車券を買うと彼女は深く頭を下げる。

「直してくれて本当にありがとうございました」

 まるで大人のような丁寧な挨拶と、どこか他人行儀のしぐさに、感謝はあってもその他の感情はないことを改めて知る。

「それじゃあ、また明日」

 午後8時を回ってはいたが、「夜遅く」と呼ぶには早い時刻に僕はひとりで電車に乗った。

 結局僕の手元に残ったのは、彼女の携番だけでそれ以上の進展はなかった。

 9時前に帰宅し、そこはかとなく安堵している母と、僕より少し早く帰宅し、柏崎さんの様子を母から聞いて純粋に修理したことに満足仕切っている父と、彼女と何の進展もなく落ち込んでいる僕と、一連の出来事には関係ないが会社の新人研修の辛さにくたくたになって帰宅した兄と、四者四様のまま、その日は終わって行った。

 

 その後彼女から話しかけられることは無く、僕はまた押川と男二人でバスケ部の練習を見学する日々となっていた。

 エントロピーは増加すると言うが、僕の部屋は三日で混沌と化す。あれ以来、体育館のギャラリーで彼女の姿を見ることも無く、どこからともなくテニス部に入部したと聞いた。

 そして二か月が過ぎ、入部の機会を失った僕は未だ帰宅部。ゾイドざんまいで遊ぶほど幼くはないが、かといって動かさない訳でもなく、相変わらずライガーゼロやエレファンダーを弄んでいた。

 クラスの中では四月のどこかよそよそしい雰囲気など遠くに吹き飛び、気の置けない仲間も増えてくる。友達と呼べる女子も何人かでき(残念なことに飽くまで友達)、高校生活は着実に日程を刻んで行った。肝心の成績はというと、中学時代にサボったツケで、授業だけではとても勉強の内容についていくことなどできなかった。

 ただし、ひとつだけ興味を持った教科が数学だった。中学までなら、「直角三角形ABCの斜辺AB上を毎秒1cm移動する点X」を「移動するな!」文句を言いながら解いていた【軌跡】の問題が、高校になって円弧を描くようになる。計算式はより複雑となり、f(x)の「fってなんだよ!」とぼやきつつも、円弧が描く軌跡に既視感を覚えた。

「ゾイドの回転軸の運動……」

 ライガーなどの四本足のゾイドですら、膝関節の三軸移動で回転を歩行に変換し、アイアンコングに至ってはナックルウォークという擬似的な二足歩行に加え、頭部と背中のミサイルランチャーの回転を実現している。無邪気にゾイドの動きを楽しんできたけれど、高校の数学を学ぶことでゾイドの回転運動に秘められた設計者の努力の一端を垣間見ることができるようになっていたのだ。

 父親の書斎には高校、大学時代に使った参考書がいくつか残っていて、【軌跡】に関する資料も揃っている(隣には『ゴジラ』シリーズのVHSビデオが並んで、その隣に『ガンダム』の『ZZ』『逆シャア』まで全巻揃っていたけど)。

 カージオイド、レムニスケート、アステロイド。

 二次関数までしか知らなかった僕は、yに乗数が付き、平方根と不等式が付属するグラフの描く図形を見て、自然、アイアンコングのナックルウォークの軸線移動を連想していた。

 彼女に僕が感謝されたとはいえ、結局アイアンコングを修理したのは父親だ。決して偉ぶったりはしない父だが、あの一件で知識と技術力は僕とは雲泥の差なのを思い知らされた。

 ゾイドの動きを観察すれば、もしかすると数学に共通する知識が得られるのではないか、そしてもし今度ゾイドが壊れたときには、正真正銘僕だけの力で直してあげられるんじゃないか。黄ばんだ父親の参考書を書架に戻すと、翌日僕はブックオフへ行って(ゾイドを買うための節約術)100円均一になっているほぼ新品の『数ⅡB』、『数ⅢC』、『代数幾何』などの参考書を買い込み、わからないなりに【軌跡】や【三角関数】の回転などを主に勉強を始めるようになっていた。

 テスト範囲と無関係な勉強だったので中間考査は散々な結果に終わる。ひとり寂しく落胆していたかったけど、テスト明け直後に今度はクラスマッチの準備と練習に突入させられていた。

 LHR(ロングホームルーム)でクラス(Tシャツ)をデザインすることになり、スヌーピーもどきやらディズニーもどきやら、〝努力〟〝根性〟〝勝利〟みたいなクサイセリフを背中に貼り付けた図案が黒板にマグネットに貼られた。

 その中でひとつだけ、僕の目が惹きつけられたデザインがあった。逆三角形の中心に、イナズマが描かれている。

(あれってまるで、ヘリック共和国とゼネバス帝国のマークのコラボじゃないか?)

 選定に影響が出るので、デザインしたクラスメイトの名前は伏せられている。

 もしかしたら柏崎さんか、とも思ったが、アイアンコングを「メカコング」と呼んでいたくらいだから、バトストにもゾイドのパッケージにも詳しいはずがない。

 たぶん偶然の一致か、それとも僕以外に隠れゾイダーが潜んでいるのか?

 とにかく多数決の挙手には、ディズニーもどきなんかより断然ゼネバス・ヘリック共同デザイン(※勝手に名付けた)を選んでいた。

 票が割れ、意外にも僕の好みのデザインが選ばれた。

 担任が心のこもっていない「おめでとう」を言って、デザインした本人を指名する。

「柏崎さんのデザインに決定しました」

 先生の拍手につられて、みんなが拍手する。そして僕は、拍手もせずに彼女の斜め後ろ顔(※席順の関係)を見つめる。

 彼女は幾分ゾイドに関して学んだようだ。その証拠として、傍目にはわかりづらいが、5cmくらいの塩ビのアイアンコング(※新世紀版)が、ミサンガ状に編みこまれたカバーに包まれ、彼女の学生鞄からぶら下がっていたのだった。

 


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