彼女のゾイドと荷電粒子砲   作:城元太

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 なぜにクラスマッチとはこんなに燃えるのだろうか!?

 高校になっていまさら運動会でもあるまいし、と思っていたのに、いざ実際に始まってみると、ゼネバス・ヘリック共同デザインを背負ったクラスメイトに大声援をおくっていた。

 梅雨入り前の6月、晴れた陽射しは初夏を通り越して真夏の暑さだ。大縄飛びで筋肉痛、綱引きで筋肉痛、障害物競走で網をくぐり損なって関節痛。いまだ帰宅部で身体が完全になまり切っていた僕は、本番でリミッターをはずし擦り傷だらけになっていた。

 ちょうどエリさんがスタートラインに立っている。女子五人でのムカデ競争の第一グループ、額の赤いハチマキからうっすら汗が流れている。

「がんばれよー!」

 疲れと痛みのテンションMAXで叫ぶと、なんと、先頭の彼女は振り向いて手を振ってくれた。ほんのり日焼けし汗ばむ肌と、眩しい笑顔の破壊力は半端ない。疲れとは別の動悸が僕の胸を打った。

 雷管の紫煙で女子五人の脚が飛び出す。ハーフパンツからすらりと伸びる、息の合った女子の白い脚運びに「コネクテス?」と連想するのがゾイダーたる由縁。折り返しの旗を回り、エリさんたちは順調に走る。一度だけ黄色のチームが追いすがって来たけれど、途中で急にペースが落ちて脱落し、そのまま彼女は第二走者グループにタスキを渡していた。

 競技はうちのクラスの首位独走のまま最高点をもぎ取った。女子たちと一緒にはしゃぐ彼女の姿は最高だった。

 最終種目の全クラス対抗リレーでは僕も走ったが、詳しい説明は省略する。

 閉会式、三年生に優勝は譲ったものの、最終成績は全学年での準優勝。全身筋肉痛でも心地よい疲労となって、高校最初のクラスマッチは幕を閉じた。

 暑さが緩む西日を浴びながら、HRに向かう途中、優勝した三年生クラスの女子の会話が聞こえてきた。

「あのムカデの一年生、ヒロシ先輩の兄妹だよね。気になって名前を調べたら、苗字が柏崎だったもん」

「やっぱり? どことなく顔つきが似てたけど。そーなんだー、ヒロシ先輩のねぇ~」

 悪意は感じられないけど、思わせぶりなフリの会話だった。

 ヒロシ「先輩」? OBか?

「よぉ! リレーご苦労!」

 そばだてようとした耳をつんざき、背後から押川が肩甲骨の中間を手のひらで叩いてきた。綱引きで伸び切った筋肉に鈍痛が奔る。イテーなーとぼやく僕の聴覚をさえぎって押川がまくしたてた。

「アンカーのお前の追い上げで、五位が二位になったじゃん、全然身体なまってねーなーおい。お前のおかげお前のおかげ。だからさ、帰りに打ち上げやろうぜ、カラオケ。女子もさそってさ。来るだろ?」

 ふとした間合いを読み取られる。そのあたり、腐れ縁の悪友である。

「柏崎さんも誘ってあるぜ。な、来るだろ」

 当然参加を即答したので、三年生女子の会話を追うことはできなかった。

 

 一応『素敵なサマーボーイ』を検索してみたが、なかった。

 集まったのは23人。それぞれ都合があって、クラス全員は揃わなかったけれど、大部屋に入れるギリギリの人数だからよかったかも。それに一人が歌える回数はせいぜい1回か2回なのでちょっと気軽だ。暗めの照明の下、エリさんは僕のほぼ正面に座っていた。

 座席順にタッチパネル式の検索機が回って来る。こんな時は『夜鷹の夢』を入れるようにしている(といっても、今回が初めて)。理由は隠れゾイダーをあぶり出すためと、『enemy of life』はイントロが長くて顰蹙買いそうだから選ばなかった(『夜鷹の夢』のイントロって知ってる?)。

 11番目に歌ったが反応無し、隠れゾイダーが皆無と判明。まあ、みんな検索機とカラオケ本とにらめっこしていて、他人の歌なんて聴いていないんだけどね。

 エリさんの出番は22番目だった。一瞬、視線が僕に向けられた気がして、画面に映ったタイトルに目を見張った。

 

 〽急に泣き出した空に 声をあげ はしゃぐ無垢な子どもたち……

 

『Wild Flowers』だ!

 彼女は、更にゾイドの知識を充実させていたのだ。

 冒頭のアコースティックギターにのせた、オリジナルでは聴けない女子ボーカルの歌は、ゾイドファンではなくとも心に響く。透き通った声は雑然としたカラオケボックスの中でも心に染み渡った。それまで気付かなかったけど、マイクを持つ右手首には、鞄にぶら下げていた、ミサンガ編みに包まれたアイアンコングが揺れていた。

 万雷の拍手(に感じた)を受け、ほどよく紅潮したエリさんがマイクを次の女子に渡している。「アニメの曲?」「うん、最近聞いて知ったの。いい曲だったから」みたいな会話があったが、男子ならともかく女子には1999年のアニメはわからなかったようだ。

 青少年健全なんとかカントカ条例のせいで、僕たちは各自一曲歌っただけで打ち上げはお開きとなった。女子グループにすっかり馴染んだエリさんとは一言も言葉を交わせないままお別れである(「じゃあね」だけは言えた、但し 男子多数:女子多数 だったけど)。それでも何度か視線が送られていた感触があって、明日以降に希望が湧いてくる。偶然帰る方向が同じ参加者がいなくて、僕はひとりぼっちで上り電車のドアの閉まる音を聞いたのだった。

 九時半を回った電車の車内は帰宅するサラリーマンの姿もまばらで、僕は車窓の夜景を眺めながら、彼女の『Wild Flowers』の歌声を無限に再生し続けていた。

 

 またゾイドをきっかけに話せればいいな。

 あのアイアンコングMk-Ⅱは健在かな。

 女の子の部屋に飾ってあるゾイドって、どんな雰囲気なんだろう。

 

 暴走しないまでの妄想が、住宅地の街灯に重なって流れていった。

 

 玄関開けたらスーツ姿の兄が伸びていた。地元の安定企業に就職した筈なんだけど、どうやら聞くと見るとは大違いで、実際は限りなくブラックに近い会社だったらしい。

 入社以来連続で無給の残業、仕事終わりにはくたくたになって帰宅、週末は上司との付き合いの飲み会と、どちらかと言えば体力のある兄も、社会人一年目の洗礼をもろに喰らっていた。五月病は発症しなかったようだが、梅雨入り前で猛暑の六月になって更に生気を失いつつある。入社以来、まともに会話をしていなかった。

「こんなところで寝ないでくれよ」とうつ伏せになった背中を揺さぶりながら、ふとあの三年生女子たちの会話を思い出した。高校OBの兄なら、もしかすると何か知っているのではないか、と。

「ん……あきらか。どうした、もう朝か」

 風呂入れよ。ビール臭いし煙草臭い。これが社会人の生活なのかと思うと、将来気が重くなる。それは置いといて、僕は抱いた疑問をぶつけてみた。

「あのさあ、兄貴の高校の時、柏崎という同級生か先輩はいなかった?」

「……柏崎?……中越地震で火災が発生した原子力発電所の事か?」

 混濁して非常にマニアックな勘違いをしてくれる。いや、決して間違いではないのだが。この辺り、技術畑の父親の影響だろう。一応確認するが、それは柏崎刈羽原発だ。

 二三度頭を振って、混濁の記憶を整えているようだった。大あくびの後、兄は聞き取りづらい声で呟いた。

「ああ、あの柏崎先輩ね。バスケ部の名プレーヤーでうちの地区大会二連覇の立役者だったなぁ。

 だけど先輩が抜けてからバスケ部の凋落がはじまって、それからはせいぜい市内大会優勝止まり。突然転校したから、別れの色紙も渡せなかった」

 昼間の三年生女子の会話に繋がった! ビールと煙草臭さに耐えながら、僕は食い下がる。

「何かほか知らないの、例えばその先輩の妹の事とか」

「思い出せないなぁ……あ、ただ柏崎先輩も好きだったぞ、ゾイド」

 僕の中で閃光が奔った。エリさんとゾイドとの繋がりが見えてきた。

 兄はようやく半身を起こし、頭を抱え俯きながらも続けてくれた。

「俺がラノベからゾイドに入ったのも、柏崎先輩の影響だな。バトストっていう奴に嵌ったのも、先輩の紹介だ。なんでも幾つか貴重なゾイドを持っていた……ゴジュラス・ザ・オーガノイドだっけ?」

 微妙に間違えているが、さすがに兄がアイアンコングとゴジュラスを間違えるとは思えない。察するに、柏崎“ヒロシ”という彼女の兄は、貴重なジ・オーガと【アイアンコング MK-Ⅱ 限定版】を両方とも持っていたとも推測できる。もしかすると、ジ・オーガのゴジュラスだって、貴重な【MK-Ⅱ 限定版】の可能性だってある。

 前に僕が予想した推論。

 ①;あのゾイドは父親の形見。

 ②;あのゾイドは弟、若しくは兄の形見。

 ③;あのゾイドは別れた彼氏が好きだった思い出の品。

の「②」に相当する結論が導かれた。スゴいぞオレ。

 引き続き兄貴から情報を仕入れたかったのだが、「今晩はこれ以上メモリーを読み込めない。有益なデーターがあれば呼び出しておく。悪いがもう休む」と告げると、再び兄は玄関で高いびきをかいていた。眠気と疲労と翌朝の出勤を配慮し、話は打ち切りにした。お疲れさん……てか、せめて寝る前に歯を磨け。

 僕は兄を起こすのを断念し、その場をそっと立ち去った。まもなく玄関から母親の金切り声が響き渡ったのは言うまでもない。

 

 趣味の数学研究は続いていた。

 マクローリン展開からのオイラーの公式の導き(『数学〇ール』って知ってる?)、ネイピア数の存在に、積分で回転体を求める計算式からの円錐の体積を求める際の係数1/3の意味、同様に球の体積での係数4/3の意味など、丸暗記に頼ってきたこれまでの〝勉強〟とは大きく違ってきていた。クラスマッチが終わってわずか二週間での期末考査は、暗記科目の世界史や生物の成績が相変わらず散々だったけど、数学Ⅰだけは平均を上回る点数を得られた。合計点数では平均並みなので、特段に注目されることもなかったし、注目されることも望んでなかった。ひとりだけ、注目してほしい女子はいたけど、考査もあって進展らしい進展もなかったのだった。

 

「吉山、お前夏休みの予定はたったのか?」

 いつも唐突に絡んでくるのが悪友だ。だいたい押川の場合「夏休みの旅行を女子と一緒に行く」なんて計画を持ちかけてくるものだ。

「女子と一緒に旅行に行く計画があるんだが、柏崎さんもだぜ」

 ド定番だった。

 詳細はぼんやりと聞いたが、簡単に言えばみんなで鎌倉へ行き、鶴岡八幡宮から市内の寺社などを巡り、一泊して江の島で海水浴をして帰るというもの。文芸同好会の顧問の先生が一人同伴する、企画自体は文芸同好会のもので、部外者でも希望者は実費での参加を許可されている。正式な部活動に昇進していないことがかえって自由だった。

 テニス部のエリさんが参加する理由とは、仲良くなった同好会の女子部員(同好員?)の、1年生参加者が一人しかいなくて、どうしても、とお願いされたからだそうだ。

 鎌倉か。一度家族で行ったことはあるが小学校低学年の頃だ。正直鎌倉にも文芸にもあまり興味はないが、彼女には興味がある。

 

「行くか、鎌倉にも文芸にも興味があるし」

 

 これほど夏休みが待ち遠しいのは、学生生活で初めてだった。

 

 僕の夏は目の前だった。

 

 

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