彼女のゾイドと荷電粒子砲   作:城元太

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 2コマ短縮授業をしてからの大掃除、体育館で終業式、LHRで通知票を受け取り、帰りの挨拶を終えると正午を少しまわっていた。

 高校で受け取る通知票は、小中学校の時の厚紙と違って味気ない。A4サイズのコピー用紙に印刷された、担任の印鑑が押してあるペラッペラの一枚だけ。どうせ同じものが保護者宛に郵送されているから〇び太君みたいに隠したって意味がない。

 数学と体育が〝4〟、あとはオール3という面白みのない成績で、帰宅して母親に見せても「ふーん」と言って興味なさ気にキッチンのテーブルの上に置かれてしまった。

 ことわざに「末は博士か大臣か」とあるけど、高校生になり、そして兄の実情を知っている親の身からしてみれば、我が子の限界などもうとっくに達観していたに違いない。

 話は前後するけど、まず帰宅「後」の話から。

 無造作に置かれた通知票の下に、これまた無造作に置かれたチラシがあった。

「大強度、粒子加速器、一般公開、見学会?」

 タイトル長い。ラノベかよ。

「夏休みに合わせて、今度お父さんが作ってる施設の公開をするんだって。あなたも少しは興味があるんじゃないかってチラシ持ってきてくれたのよ」

 と、母親は語尾を下げながら告げる(忘れているかも知れませんが、僕の父親は高度な技術職に就いて居ります。詳しくは③参照です)。

 粒子加速器(アクセラレーター)

 漠然とした知識しかないが、素粒子という原子分子を構成する小さな小さな粒子を荷電し加速して衝突させ、物質の構成のおおもとを調べる装置、らしい。前に父親がデスザウラーの荷電粒子砲の原理について散々文句を言っていた理由もこれである。

「建築が進むと、装置の内側は閉められちゃって、永遠に見学できなくなるんだって。だから大きな電磁石とか、その、ナントか言うつぶつぶが動き回るパイプみたいなところを見学できるラストチャンスなんだって」

 チラシの日付を確認すると八月末の公開だった。母親は「パイプ」と言っているけど、たぶん粒子加速器の長いリング部分のことで、その周辺通路を通電前に見学するため、暑さ和らぐ頃のギリギリ夏休みの終わりに企画を持ってきたのだろう。

 興味はあった。中二病っぽいけど、シュレディンガーの猫の仮想実験はネット検索しても全然わからないのに知ったつもりになっていたし、なにより粒子加速器とはゾイド界隈の最強武器である『荷電粒子砲』の基本原理であるはずだ。そんな自分を満足させるためにも、施設見学はしたいと感じた。

「考えておく。父さんには僕から話すよ」と言って、念のためにチラシを勉強机のライガーゼロの足の下に挟む。

 けれどその前に待ち望んだイベントが控えていた。

 以下、前後した話の、時系列的に「前」の話題である。

 

 その日は文芸部での参加者ミーティングがあった。待ち合わせ場所は、偶然にもあの時彼女と一緒に夕食を食べた、学校からひと駅先のファミレスだった。

 放課直後の教室で、成績表やら夏のプリントやらを無造作に鞄に放り込み、僕は手のひらに汗を握りながら立ち上がった。進行方向には、赤いスマホを操作する彼女の姿がある。

(自然に、ごく自然に)

 背後に押川の視線を感じる。

 せっかく、ひと駅先まで一緒に行く大義名分はあるのだ。いつもの様に悪友に間が悪く邪魔されないよう事前に念押しをしておき、彼女への声がけにチャレンジした。

「これから文芸部のミーティングだよね。一緒に行きませんか?」

「うん、いいよ」

 

※脚注;「一緒に行きませんか?」はねーだろー、と後ほど押川殿に散々バカにされました。

 

 スマホ画面から目を上げての即答だった。

「私もちょうど吉山君たちを誘おうと思っていたの」

 時折、考えることを通り越して状況が進む場合があるけど、これで二回目。

「押川君と一緒にいていつも忙しそうだったから。だから今日は声をかけてくれてありがと」

 意図せず小首を傾げる仕草が無性に可愛らしかった。

 

※脚注;「話しかけてもらえなかった原因はオマエか!」と、後ほど押川殿に散々文句を申し上げました。

 

 話題が膨らむ。

「アイアンコング、いまも元気だよ」

 MK-Ⅱの動画が、差し出したスマホの待ち受けに流れていた。

「本当に感謝してるの。でも、何度も言うのってちょっと恥ずかしくって」

 口元を隠す赤いスマホに指の白さが映える。

「あれから家にあったビデオを見直してみたの。古いテープだから大変だったけど、『ゾイド』がどんなものかだんだんわかってきたんだ。大人でも夢中になるのもわかった」

 そして少しだけ会話が途切れ、

「鎌倉、楽しみだね」

 と言って、微笑んでくれた。

 これを至福の刻と言わずして、ほかに何と表現できようか!

 自然体を意識しなければならない手前上、「昇降口で待ってる」とだけ告げて、はやる心を抑えながら教室を出ていた。教室を出なければ、紅潮してだらしなくゆるんだ顔を見られてしまうからでもある。爆発しそうな喜びをこらえるため、廊下で悪友の背中を思い切り何度もひっぱたいていた。

 

 僕と押川、エリさんとエリさんを誘った同じクラスの泊さんの4人になって校門を出た。泊彩香(とまりあやか)さん、僕と同じ駅から通学していることだけは知っていたけど、これまで接点が少なくてほとんど言葉を交わしたことはなかった。目立った印象はなかったが、接してみると『典型的な文学少女』とは若干違っていた。

「よろしくお願いします! ところで作家はどなたが好きですか? そしてお気に入りの作品って何ですか?」

 直観的に僕と同じ匂いを嗅ぎ取る。ロイ・ジー・トーマスとか、トミー・ミューラーとか言えるわけもなく、とりあえず「太宰治」と答えると

「鎌倉と太宰と言えば『右大臣実朝」ですね! 個人的には太宰はどの作品がお好きですか?」

 捲し立てる口調で自分の好きなものに関して食いついてくる。いわゆる文学マニア、端的にいって〝オタク〟の匂いなのだ。もちろん、この時点での僕の太宰は露骨な知ったかぶり。とりあえず『走れメロス』と「生まれてこなくてスイマセン」のフレーズしか脳裏に浮かんで来ないレベル。それから改札を通り、ホームで電車を待ち、一区間の乗車中も、泊さんは延々と文学談義を続けた。

 一応文芸部の合宿に参加する以上、門外漢であることを公言するのもばつが悪いので、東野圭吾とか、村上春樹とか、聞き覚えのある作家の名前が出るたびに、「うんうん」とか「えーっ、そーなんだー」とか適当に相槌をいれてしまったため、泊さんの文学談義に歯止めが効かなくなったようだ。エリさんはもう馴れているらしく、相変わらず微笑んでいる。せっかくいっしょの電車なのに、またも僕は彼女との会話の機会を奪われてしまっていた。

 いつも早弁をしている上に、エリさんといっしょに移動できた緊張と、泊さんの文学談義のせいで、午後1時近くに座席に着いた時にはかなり空腹になっていた。参加メンバーは半分くらい揃っていて、とりあえず注文した主食が届くまでにドリンクバーの甘い液体を流し込む。

「お待たせ致しました。これで参加者全員揃いましたので、始めさせて頂きます」

 僕らが到着して十数分後、文芸部部長の鈴木さん(先輩)が、高校生とは思えないくらいに穏和で丁寧な口調で切り出した。

「最初にお礼申し上げます。私たちの都合で少し遠い場所での打ち合わせになってしまい、お手数おかけしました」

 旅のしおりみたいな中綴じA5サイズの冊子が配られる。3年生の参加者は部長のほか男女1人ずつの計3名。2年生が男女2人ずつの4人。で、1年生の僕たち4人の、合計11人だった。顧問の先生は今はいない。授業はないけれど午後も業務はあるわけで、ここに来られないのだ。

 軽くお互いに自己紹介はしたけれど、一回ぐらいで人の顔と名前を覚えられるわけがない(詳しくは②を参照)。

 冊子の内容説明を上の空で聞きながら、僕は冊子越しにちらちらと彼女の姿に視線を送っていた。彼女の学生鞄には、相変わらずアイアンコングのスウィングがぶら下がっている。穏やかな表情で説明を聴く彼女の顔は、さっきの「鎌倉、楽しみだね」の時と同じく、本当に輝いて見えた。

 少し気になったのは、そのあと僅かな間合いがあったこと。もしかすると、僕の兄から聞いた、エリさんのお兄さんのことと何か関係があるのかもしれない。

 彼女はゾイドのアニメを「古いテープ」の「ビデオで見直した」と言っていた。『Wild Flowers』を歌っているので、そのアニメはいわゆる〝無印〟ゾイドに違いない。つまり僕より4歳上の「ヒロシ先輩」のビデオを彼女が視聴しているとも考えられる。

 思い出の詰まったビデオテープを再生する彼女はいったいどんな気持ちなんだろう。もしかすると、あまりこちらからゾイドに関する話題は振るべきではないのではないのかも……などと、勝手な想像が次々と浮かんでしまっていた。

「……以上が大凡の行程ですが、何か質問がある方はいらっしゃいますか」

 雑然とした質疑応答が繰り返された。その内訳には泊さんの文学語りと鈴木部長との丁丁発止の遣り取りも含まれていた気がするが、興味がないので覚えていない。

 

 エリさんと一緒に帰りたかったが彼女の家はこの近くなのでファミレスでお別れ。泊さんとはそれからまた3区間分、延々と文学談義を聞かされる羽目になった(僕と同じ駅)。ついでだが、押川は自転車通なので一区間で降りたため難を逃れていた。

 出発は、三日後だった。

 

 三日後、朝5:45集合で6:05発の電車。僕は母親に頼らず起床し、早々に家を出た。

「おはようございます、相沢先生」

「おはようございます、吉山さん」

 顧問の相沢先生は大卒新採で本校二年目(と鈴木さんがファミレスで説明していた)。国語が担当教科の女性教師とは知っているが、三年生担当なので直接授業を受けたことはない。紫外線対策らしくつば広の白い帽子をかぶり、飾り気のないポロシャツに薄手の上着を羽織っている。ちょっと目に現役女子大生に見えそうだが、手にしたボードに挟んだ冊子(例の旅のしおり)が「先生です!」という空気を放っていた。

「おはよ」

 振り向けば、彼女が居た。

 一本にまとめた髪に、薄いブルーの中袖ブラウスと膝頭が見えるデニム地のハーフパンツ姿で、小さ目のショルダーバッグにはやはりアイアンコングが揺れている。袖のリボンと髪留めのリボンの水色がお揃いで、あのとき僕の家にMk-Ⅱを運び込んだ服装とは大違いだった。

 僕の脳内で、インストレーションシステムコールが鳴り響く。

 女子って、こんなに変わるものなんだ。

 今日は暑くなりそうだ。

 

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