彼女のゾイドと荷電粒子砲   作:城元太

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 長谷寺の眺望台に到着したころには、みんながみんな汗だくになっていた。

 満開の時期を過ぎた紫陽花の葉の向こうに、白浪が寄せる由比ヶ浜が広がる。記憶と言うのは曖昧で、確かに家族とこの景色を見たはずなのに全く覚えていない。それとも、一緒に見ているひとが違うから違った景色に見えるのだろうか……などと脳内で自問自答のヨタ話をループさせたりしていた。

 予想はしていたがとにかく暑い。持ってきた水筒の水を飲み干し、遊歩道入り口の自販機の500ミリペットボトルを秒で飲んでも一向に暑さが緩む感覚はない。

 彼女はいつの間にかバイザーをつけ、眺望台で汗ばむ額を拭い海風に髪と水色リボンをなびかせていた。うっすらとかいた汗にブラウス地が貼りつき、テニス焼けの肌が透けて見える。僕は心身ともに、夏を実感していた。

 なにかでっかい金色の仏像をみて、なにかでっかい回転体があった覚えはあるけど、それが何かは覚えていない。一方、インドア派と思えた泊さんはやたら元気だ。

「経蔵って、今は回せなくなっちゃたんですね、残念。十一面観音すごかった。全高約9mもあるそうです」

 9mといえばゴドスの頭頂高、意外に大きい。

 高徳院の大仏拝観で内部を見ても「あ、FRPで補強されてる」とか「大仏の背中の窓って、ウェポンベイ開放、からのミサイル発射に似ている。デススティンガーの試作版がFB2に掲載されていたな」などと罰当たりな発想しか湧いてこなかった。

 山門前の店でコロッケを食べる予定だったが、とても温かいものなんか食べる気がせずむらさき芋ソフトクリームを頬張るものの、甘さのせいで余計に喉が渇く感じがした。

 大仏から鎌倉文学館までの道のりを、

「鎌倉は散策してこそのもの!」

 との鈴木さん(先輩)の提言により、汗ダラダラで僕らは歩く。押川と連れ立って歩くその先から、エリさんと元気いっぱいの泊さんとの会話が聞こえてきた。

「絵梨は誰が好きなの?」

 いきなりの恋バナに思わず耳を欹てる。

「やっぱり宮沢賢治かな。お母さんの本棚にあったものを読んだくらいだから、そんなに詳しいわけじゃないけど」

……お約束の展開でした。でも、宮沢賢治が好きというのは初耳で、彼女の趣味の一端を知ることができただけでも収穫だ。泊さんとの会話は続く。 

「お気に入り作品って何?」

「『楢ノ木大学士の野宿』って知ってる?」

「ああ、あれね。幻想的で不思議な作品だったなー」

〝ならのきだいがくしののじゅく〟? てっきり、『銀河鉄道』とか『注文レストラン』などの有名作品を想像していたが、「そんなに詳しいわけじゃない」と言う割りには意外だった。文学少女の泊さんは、その『ならのき大学』の内容を知っているのだろう。ところが、

「ううん。ブロントサウルスが好きなの」

と、意外な方向へ展開した。女子の口から〝ブロントサウルス〟の言葉が出るのも意外だが、宮沢賢治の作品に恐竜が登場するなんて知らなかった。

 僕は勝手に、「恐竜好きなお兄さんがゾイドも好きになり、それでエリさんもゾイドに興味を持ったのか」と想像する。ゾイダーは恐竜との親和性が高く、多分に漏れず僕も恐竜は大好きだ。なんとか話に入り込もうとしたとき。

「暑かったでしょう、ごくろうさま。部長さん、チケットを買っておいたからみんなに渡してね」

 歴史を感じる洋館の前で、白い帽子の相沢先生が待っていた。

 先生は、鎌倉の寺院散策は学生時代に散々やっていて、暑さも紫外線も避けたいので駅から直行で一足先にここに到着していたのだ。

 即座に泊さんの標的は変更され、チケットを受け取ると一目散に文学館の中に早足で入っていく。結局ブロントサウルスの続きは聞けず仕舞いとなってしまった。

 

 所詮、付け焼き刃で文学は語れるものではない。展示の直筆書を「ダイブツ次郎」と読んだ時点ではまだ失笑で済んだが、うっかり「川端コウセイの直筆手紙?」と発声したとたんに全員にドン引きされてしまった。

 文学館に面した庭園の日陰のベンチで、僕は押川と二人で呆然と缶ジュースを飲んでいた。

「俺たちなにしに来たんだっけ」

「……もちろん、鎌倉の歴史と文化を学ぶためだろ」

「ああ……歴史と文化、だよなぁ」

 自分たちがひどく場違いであることに、いまさら思い知っていた。そしてそれとは別に、脳内でリピートしていたこと。

(エリさんは、ブロントサウルス=アパトサウルスが好き)

 ゾイドに続き、会話の大きなきっかけを見つけたことでジワジワと喜びがこみ上げてくる。しかし彼女もまた泊さんに引っ張り回されるかたちで話す機会も見つからず、ただただ時間が過ぎ、チャンスが巡って来るのを待つしかなかった。

 その後も幾つかお寺や神社でお金を洗ったりしたが、どこへ行ったか覚えていない。小町通りの買い物も、雑踏に紛れ彼女を見失い、押川といっしょにラーメンを食べて、集合場所の鎌倉駅に戻っただけ。夏至近くの暮れない太陽がようやく西に傾く頃、江ノ電に揺られ今晩の宿へと向かった。到着したのは、ビジネスホテルみたいな安宿だった。

 各部屋に別れる前、ロビーで明日の打ち合わせをする。

「明日は海水浴するけど、くれぐれもトラブルを起こさないように。もちろん貴重品の管理も徹底してください。一応海の家のたぐいは予約してあるけど、海岸で迷ったりしないように。万が一事故が起こったら、同好会とはいえ生徒指導部で問題になって二度と……」

 お立場はお察し致します。でも、相沢先生の注意なんて、疲れ切ったあたまでは完全に右から左で、早く部屋に行って風呂に入りたい気分だった。

 ツインの部屋で、流れ的に僕は押川との相部屋になる。修学旅行みたいなしっかりとしたイベントではないので、食事も各自が準備しなければならない。手っ取り早く、近くのコンビニに買いに行くこともできるし、ファミレスもあった。

「わりい、俺ハラ減ってねぇや」

 だろうな。何せ小町通りでラーメン食べたあとに豚まん食って、ホットドック食って、団子食って、デザートのクレープ食っていたから。その時の僕には到底付き合うことなどできず、悪友の食べ歩きを呆然と見るだけで満腹になってしまった。

 さすがに夕方になって空腹になり、飲み物なんかも買いたかったので、ひとりで近くのコンビニに行こうとしてエレベーターを待っていた。

「あ」

 開いたエレベーターの中に、中袖ブラウスに白のパーカーを羽織った彼女が乗っていた。彼女もひとりだった。

 

「全然会わなかったね」

「ひと、多かったからね」

 まずは差しさわりのない会話をする。

「彩香は文学散策ではしゃぎ過ぎたみたい。もう寝ちゃってる」

 シチュエーションは僕と似たようなもので、彼女はコンビニに夕食と、明日の朝食を買い出しに行こうとして、僕と一緒になったのだ。

 エレベーターを降りて、ホテルの小さなエントランスを出ると、見慣れた看板が光っていた。

「あのファミレスって、ここにもチェーン店があるんだね」

 ここで勇気を出さなければ、きっと一生後悔する。今ならリッツ・ルンシュテッドの気持ちがわかる。

「あそこでご飯食べようか」

「うん」

 脳内で、僕はデススティンガーをレーザーブレードで突き刺したように絶叫した。彼女ともう一度二人になれるチャンスを勝ち取ったのだ。内に秘めた興奮を抑え、僕たちは見慣れた看板のファミレスへと歩いていくのだった。

 当然と言えば当然だけど、内装は彼女の家の近くの店舗とほぼ同じ。もしも、これが初めての会食だったら緊張して注文すらできなかったかもしれない。けれどこの店(の別店舗)での食事は二度目なのでプレッシャーは少ない。

 サーバの並びもいっしょのドリンクバーで、僕はやたらと渇く喉を癒すように立て続けにコップ三杯の炭酸を飲み干す。彼女はというと、レモングラスの茶葉が透明なティーポットをほんのりと黄緑色に染まるのをゆっくり見つめていた。ほどよく色付いた紅茶をカップに注ぎ、注文した料理が来るのを待つ。

「太宰について、なにか興味ある展示は見つかった?」

 一瞬ポカンとして、あっ、と思い出した。僕は「太宰治が好き」という設定をすっかり忘れていた。もしかすると、例の文学館に何か貴重な展示物があったかもしれないのに気付かずスルーしたのだろうか。

 数秒ほど天井絵を見上げ考え込むと、「やっぱりね」と彼女がささやく。彼女を見ると、少し下を向き笑いをこらえていた。

「彩香がね、〝吉山君、太宰のファンって言ったのに、鶴岡八幡宮の階段のイチョウの前を立ち止まりもせずに上っていくのって、おかしくない?〟って、教えてくれたの。これの意味判る?」

 ごめんなさい。全然わかりません。

「気にしないでね。たぶんそんなことだろうと思っていたから。だって吉山君、学校で文学のカケラだって感じたことなかったから。でも鎌倉で遊ぶのが楽しみなのは本当だから、それでいいと思う」

 お見通しだったというわけですか。

 僕は苦笑いをして、彼女も笑っていた。夜景をバックに浮かび上がる彼女の顔はよけいに白く、透き通って見えた。

 こんな笑顔もできるんだ。

 思っていた以上に、どうやら僕たちの距離は近くなっていたのだろう。だからもう一度勇気を出して聞いてみた。

「好きなの? ブロントサウルス」

「聞こえちゃったんだ。そう、〝ブロントサウルス〟。言葉の響きが好きなんだ」

 彼女はティーカップの表面を見つめ、そして店の外の夜景に視線を移す。

「でもね、今は〝アパトサウルス〟って呼ぶのが正しいって聞いて、ちょっとがっかりしてる。〝ブロントサウルス〟はブロントサウルスでいいのに」

『女の子はミステリアス』と聞いたことがあるけど、まさにいま自分が直面している。偏見かもしれないけれど、やっぱり女子からこんな恐竜の話がされるのは正直珍しいと思う。彼女はアイアンコングMK-Ⅱのことを『思い出だから……』と言っただけで詳しい理由は答えてくれていない。それはそれとして、せっかく近づいた距離だ。少しでも壁は取り除いておきたい。

「なにかブロントサウルスに思い出でもあるの?」

 いつものように自然を装って聞いてみた。

 彼女は視線を夜景から僕に戻す。

 笑顔が少し、淋しげに見えた。

「吉山君といると、なんだか安心しちゃって余計な話になっちゃう。

 ほかのひとには言わないでね、押川くんにもだよ」

 うんうん、と僕はオーバーリアクション気味に肯く。

「お母さんが、好きなんだ。〈ブロントサウルス〉の歌が」

 またですか!(※『女の子はミステリアス』という件についての、また、です)

〈ブロントサウルス〉の歌なんてあるの!?

 

 〽ブロントさんブロントさん お首が長いのね そーよ 母さんも長いのよー

 

 とかいうアホな歌詞が浮かんできた。 

「【レベッカ】、って知ってる。子どもの頃、よくお母さんがアルバムを聴いていたんだ。

 同情とかしてもらうつもりもないけど、言っておくね。

 私のお母さん、死んじゃったんだ」

 さっきのアホで脳天気な歌詞から一転して、重い気分に包まれる。笑顔が淋しく見えた理由はそれだったのか。それでも彼女自身から語ってくれたことなので、気持ちの整理は付いているようで落ち込んでいる様子は見られない。

 ただそこを掘り下げて聞き出すほど、僕のデリカシーは欠如していない。

 タイミングよく、注文した料理が運ばれてきた。

「まず食べちゃおうか」

「そだね」

 彼女はパスタを、僕はハンバーグセットを(今回も)食べながら、明日の予定とか、夏休みの課題とか差し障りのない話題を続けていった。

 ハンバーグを細かく刻みながら考え続ける。できることならまたこうして会ってみたい。でも遊園地とか映画とかじゃ、まるでデートみたいで下心ミエミエになってしまう。何か別の、露骨なデートではなく、それでいてデートみたいなイベントがないか考えて、ふとあの日キッチンでみたチラシが思い浮かんだのだ。

「ねえ、荷電粒子砲の原理って、興味ある?」

「荷電粒子砲、ジェノザウラーの?」

 はい、きました。リアル女子に「荷電粒子砲」と「ジェノザウラー」のパワーワードを言わせたオレ、最強じゃないですか!

「父親が勤めている粒子加速器の施設で、夏休みの終わり頃に一般見学会があるんだ。よかったら一緒に行かない?」

「うん、興味ある。行きたい」

 脳内ガッツポーズ。泊さん、押川様、脱落してくれて本当に感謝してます。

 詳しい日程や場所などは、家に帰ってから連絡すると告げると

「じゃあ、アドレス交換しよっか」

 携番とアドレスゲット。もう多くは語りません。

 あまり遅くなると相沢先生に怒られるので、僕らは長居せずにファミレスを出た。

 エレベーターを先に降りたとき

「あした一緒に泳ごうね」

 と手を振ってくれた。

 

 部屋に戻り、高いびきを上げる押川をひっぱたくこともできないので、僕は乙女のごとく枕パンチを何度も繰り出していた。

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