それは悪夢のような光景だった。
何が悪夢であったのか。
各国が極秘裏に保有していた弾道ミサイルがそのコントロールを奪われてしまったことか?
それとも、それが寄りにも寄って極東の島国に向かって飛んでいったことか?
恐らくは両方であろう。だが今はそれ以上の悪夢を、そこに見ている。
「な、何なのだ……何が起こっている!?」
「わ、わかりません!」
「分かりませんだと!? 巫山戯るな!!」
苛立ちの怒号が響く。だが、そんなことを言われても彼らにはどうしようもない。
彼らの前にはモニターがある。そこには日本に向かって飛んでいるミサイルの軌道が表示されている。
だがしかし、それとは別に衛星から送られてくる現地映像はおよそ現実とは思えない光景であった。
青空を埋め尽くすようなミサイルの雨。その一つでも落ちようものならば、世界は一気に悪夢の世界大戦と転がり落ちていくだろう。
だがしかし、その一つさえも日本に領空に入ることはなかった。
空に浮かぶ、一人の少女。その顔はバイザーで隠され、その体は黒いアンダースーツと白い鎧によって覆われている。
背には鋼鉄の翼。右手に下げるのは、彼女の身の丈にも及びそうな刀身の大剣。
そして――ただ左手を掲げていた。
それだけで、全てのミサイルが空に縫い付けられたかのように停止していた。
否、正確に言うならばミサイルのバーニアは未だに火を噴き続けている。
だというのに、そこから1ミリさえも動かないのだ。まるで自分たちには認識できない空間でも飛んでいるかのように。
そこから少女は動く。大剣の柄を両手で握り込み、一気に飛ぶ。
その刃を横に一閃すると、ミサイルが上下に真っ二つとなり、推進剤に引火して大爆発を起こす。
そこから背の翼が一際大きく開くと、少女の姿が掻き消える。そして数百を超えるミサイルが纏めて両断され、大空に大輪の紅蓮華を咲かせた。
そして同じように、遥か天空に囚われたミサイルに向かっては、巨大な荷電粒子砲を召喚し、尽くを薙ぎ払ってみせた。
その光景を見ている者たちは、これが出来の良いSFであると思いたかった。
だが、ディスプレイから消えて行く信号がこれが現実だと知らしめていた。
「こ、こんなことが……あり得ない」
それを各国も見ていた。そしてここはその一つ――アメリカ。
大統領は執務室で恐怖に震えていた。
世界中の国家を軽く壊滅できる程の数のミサイルが、たった一人によって全て落とされたというのだ。それはつまり、その一人=世界規模の軍事力という図式が安易ながら成立していしまうことになる。
『どうかな〜? これで私の話、信じてもらえたかな〜?』
「っ……! まだだ、まだ我がアメリカ軍は負けていない!!」
『……意地で戦闘を仕掛ける国が世界のリーダーを名乗るなんてお寒いことだねぇ〜。でも、まぁいいよ。他の国もそのつもりみたいだし。好きにすれば?』
ホワイトハウスの回線をジャックしてきたその人物は、大統領の言葉を鼻で笑う。
そして、たった一人対軍隊という途方も無い戦いが、太平洋を舞台にして起こる。
だが、どれだけの数があろうとも、その一人――〈白騎士〉の相手には成り得なかった。
海を行く艦船も、空を行く戦闘機も、放たれるミサイルも機銃の雨も、白騎士の領域に触れることさえ叶わない。
「くそっ! どうして近づけない!?」
「あいつは何だ……! まさか、悪魔なのか!? ぐぁあああっ!!」
空に縫い付けられた戦闘機など、白騎士の剣の錆に消える以外の未来はない。
そして全ての戦闘機を斬り落とし、海に降りる白騎士。迎撃に出る戦闘ヘリが落ち、そのまま船を寸断してみせる。
「くそったれがぁ! くたばれぇえええええっ!!」
甲板から、兵士の発射したロケットランチャーが白騎士に迫る。が、それをひょいと躱し、甲板へと降りる。
「ひっ……!」
短い悲鳴を上げて、空となった砲筒を落としてしまう。ガタンッ! という耳に痛い音が響いた。
白騎士はそのまま兵士に向かって、機械仕掛けの特異な腕を伸ばした。逃げ出そうとする兵士の襟首を鷲掴みにする。
「うわぁっ!」
ぐん。と、視界が揺れたかと思うと、兵士の体は宙に舞っていた。その真下には脱出艇がある。
「――さっさと逃げろ」
露出していた白騎士の口が動き、少女特有の高いトーンの声が戦場の風に混ざって響く。
やがて船は轟沈し、白騎士は再び空へと上がる。
もうもうと上がる黒煙。海を焼く炎。そしてそこに佇むたった一人の騎士。
「あれは……神なのか? それとも……悪魔なのか?」
誰かが言った。神であろうとも悪魔であろうとも、兵士たちにとって、そしてこれを見る全ての人間にとって、同じ意味でしかない。
あれは――人の領域を超えて存在するものだと。
夕焼けが世界をオレンジ色に染め、白騎士はその中に溶けて消える。
悪夢のような始まりは、まるで粉雪が溶けて消えるかのようにあっさりと終わりを迎えた。
後に〈白騎士事件〉と呼ばれる出来事はこうして幕を閉じた。
その後、主だった国々の代表宛に、とある通知が届く。
曰く『IS――インフィニット・ストラトスは世界最強である』。
曰く『ISに敵うものは、同じIS以外には存在しない』。
曰く『望むならばISのコアと、ISのデータを提供しよう』。
曰く『ISの力は、神の力である。これを手にすることが出来るかどうかは、運と努力次第である』。
この日を堺に世界の軍事バランスは大きく崩れ、他国よりも早く神なる力を手にせんと、IS開発に力を注いでいく事になる。
一国相当の力を有するISを中心にして組み上がっていく新しい世界体制。
それがどのような形となっていくのか――この時はまだ、誰も知らない。