「何で、こんな事になってるんだ……?」
『君の心に問いかければ答えは……期待できないね』
『あぁ、そうだろうな……現実、意味が分かんねぇし!!』
放課後のアリーナ。クラス
で、その肝心の相手といえば――。
「ですから、一夏さんのお相手は私が!」
「だから、何度言えば分かる! 一夏と特訓するのは私だ!!」
乙女達の戦いは、まだまだ延長戦真っ盛りである。
あの後、食堂では熱戦が繰り広げられた。
「一組の代表を一組が教えるのは当たり前。後から図々しく出てこないでください」とセシリアが言うと、「後からじゃないし。あたしのほうが付き合い長いし」と鈴が言う。
「なら私はもっと早い。一夏は自分の家に食事をしに来ていた」と箒が言えば、「それなら、ウチにも毎日のように来てたわよ」と鈴が反撃。
そして「あぁ、鈴の実家は中華料理屋なんだ」と、一夏(鈍感王)は平常運転。
「私は一夏さんにお姫様抱っこをされましたわ」とセシリアが攻めると「あたしだっておんぶされたもん」と反撃。
セシリアが「フフン」と鼻先で笑えば、鈴が一夏からの「あれは春斗がやったんだ」と耳打ちを受けて、逆に笑い飛ばしてやる。
昼休みって、何時からこんなに殺伐とした雰囲気になったんだろうか。などと一夏は思ったが、春斗に自業自得だと呆れられた。
その余熱は冷めることなく、放課後のアリーナまで続いているのだった。
そして現在。
ちょっと回想に入っている間に、何故か箒とセシリアが戦っていた。
「どうしてこうなった……?」
『世界の不思議の一つ”乙女心”ってヤツだよ、一夏』
「訳分からん」
『期待してないから大丈夫』
「一夏っ!」
「一夏さんっ!」
「は、はいっ!?」
二人がギリギリと鍔迫り合いながら、一夏の名を叫んだ。
思わず上ずった声が出てしまうのも仕方ない。それだけ怖いのだ。
「どうして何もしない!?」
「何故、黙って見ているんですの!?」
「だって、どっちかに味方したら怒るだろ絶対!?」
こういった時だけ勘の鋭い男、織斑一夏。それをもう少し普段から出せていれば、こうもこんがらがった関係は生まれないものをと、春斗は常々思う。
「当たり前だ!!」
「当然ですわ!!」
「どうしろっつーんだよ!?」
結局、この時の選択によって二人同時に相手をさせられた一夏。
日のとっぷりと沈んだアリーナでゼーゼーと息を荒らげてい大の字になっていた。
「一夏さん。対抗戦(リーグマッチ)まで時間がないというのに……そんな状態で大丈夫ですか?」
「ふん。鍛えていなからそうなるんだ」
「あのなぁ……二人がかりで来られたら……誰だって……こうなる……ぞ?」
苦しいながらも、それでも一夏はこれだけは言いたかった。
お前らいい加減にしろ、と。
「では、私は先に失礼しますわ。一夏さん、また後ほど」
セシリアは優雅に踵を返し、アリーナを後にした。
後ほど、彼女はどうするつもりなのだろうか。一夏は怖いので考えるのをすぐに止めた。
「何時までそうしているつもりだ、我々も部屋に戻るぞ?」
「悪い、もうちょっとだけ休んでから戻る……」
「……そうか。なら、シャワーは先に使わせてもらうぞ?」
「お〜う」
箒は一夏の様子に苦笑し、一人部屋へと戻った。
『一夏、タイミングを図るんだ』
『何の……?』
『ほーちゃんが、丁度シャワーを終えて出てくるタイミングだよ! これは初日以来の大チャンスだ!!』
『………お前、何でそんなに見たいんだよ?』
『好きな子の裸とか、普通は見たいとか思うものだろう?』
『………』
そういうものなんだろうか。一夏は首を傾げた。
中学時代から「お前は枯れている」だの何だのと、親友である五反田 弾に言われていたが、本人にそんな自覚はない。
箒に限らず、女子にドキッとしてしまう事は多い。だが、それだからとそういった事を実行する気にはならない。
(ま、春斗だって本気じゃないのは分かってるけどな……)
春斗は口ではこういう事を言うが、実際にしたことはないし、する気もない。
それは春斗が、”自分が誰かに迷惑を掛ける事”を、極端に嫌う性格だからだ。
ていうか、自分には迷惑をかけていいのか? と、思ってから気が付いた。
『でも、そろそろ動いたほうが良いよ? 冷えてきたし、乳酸が溜まると筋肉に良くない。クールダウンしないと……』
「―――だな。んじゃ、そろそろやりますか」
一夏は横たえていた体を起こし、ストレッチを開始した。
しっかりと体をほぐし、ロッカールームに戻ってきた一夏は、ある事に気が付いた。
「タオルがねぇ……」
『忘れたのっ!?』
がっくりと肩を落とし、ベンチに腰掛ける。
「クソ、このまま汗が引くまで待つか……いや、それだと体が冷えるか……」
『このままシャツ着るしかないかな……?』
それは最終手段だ。寮まで戻ったら着替えればいいだけなのだが、それでは洗濯物が増えてしまう。
何とかそれだけは避けたい。
「……二人とも、お疲れさま」
と、声が掛けられたので、声の方を向いてみる。
「やっぱり鈴だったか」
「……やっぱりって何よ?」
「二人ともって言ったろ? ”俺達”の事を知ってるのは、この学園だと千冬姉と鈴しかいないからな」
「そっか。そうなのよね……これは、あたしが来た事に感謝してもらわないと! はい、タオルとスポーツドリンク。冷えてないのが良いんだったわよね?」
差し出されたそれを、ありがたく受け取る。鈴はそのまま、一夏の隣りに座った。
「あぁ。サンキュー、鈴」
「――じゃ、感謝の言葉代わりに、《海岸》まで下がっていてあげるよ?」
「え……? えぇっ!? ちょっと待って、春斗!?」
いきなりの言葉に鈴は驚きの声を上げた。《海岸》の意味を知っていたからだ。
止める間もなく、春斗の意識が深層へと沈む。
「……何だ、春斗のヤツ?」
「あ……あぁ……っ」
突然の二人きり。鈴は言葉を詰まらせて、俯いてしまった。
「……ふ、二人きりだね……」
「あ、あぁ……そうだな」
チラリと隣の鈴を見れば、何故かモジモジとしている。その様子につい一夏も妙な気分になってしまう。
「そ、それにしてもあれね。相変わらず体の事ばっかり気にしてるのね?」
「べ、別にいいだろ? 若いうちから不摂生してたらクセになるし、後で泣きを見るのは自分なんだぞ?」
「じじ臭いわね」
「うるせい」
「………」
「………」
会話が終わり、沈黙が重い。
(な、なんだよこの《付き合い始めたカップルの初デート》的な空気は!?)
それを察しておいて理解に届かない。我らが織斑一夏は通常ダイヤである。
(それにしても、一年ぐらいか……鈴が転校してから。何かこう……可愛くなったような……って、何考えてんだよ俺は!?)
頬を染めて髪をいじる鈴の仕草に、ついドキッとさせられてしまい、慌ててそれを振り払う。
「そ、そういえば鈴。中学の頃の友達には連絡したか? こっち戻ってるって聞いたら凄ぇ喜ぶぞ」
「え……いや、まだしてないけど。ていうか、何か他に言うことはないの?」
「他って……例えば?」
「例えば……その、あたしが居なくて寂しかった、とか……?」
言いながら、顔がますます赤くなっていく。
「――そうだな。寂しかった、かな……」
「えっ……?」
思わぬ答えに、鈴は胸が高鳴ったのを感じた。
(ウソ……そんな、ちょっと……あの一夏が!?)
「鈍感」「ニブチン」「フラグ折名人」等々、様々な異名を持つあの一夏が、自分が居なくて寂しかったと言ったのか。
まさか偽物? 春斗が入れ替わって自分をからかっているのか? 鈴は疑った。
(あ、ありうる……!)
春斗のモノマネに引っ掛かった事数知れず。もう同じ過ちをすむまいと誓う度にダマされてきたのだ。
「もうダマされないわよ、春斗ッ!!」
「は、ハァッ!?」
「何度も何度もあたしをあたしを騙して!! あの一夏がそんな可愛い事を言う訳無いじゃないのよ!!」
「おまっ、酷くないか!?」
「………どうかしたの?」
「あぁ、春斗。何か鈴が訳分かんないこと言い出してさ……」
「は?」
「え゛……?」
ピタリと、鈴の動きが止まる。
「何? どうかしたの鈴ちゃん?」
「う………うがぁああああああああああああああああああああああああっ!!」
鈴はガンガンとロッカーを殴りつける。
絶好のタイミング。それを疑心暗鬼にかられたせいで、自ら不意にしてしまった。
この憤り、何かにぶつけなければ収まりはしなかった。
荒れ狂うこと数分。ゼーゼーと肩で息する鈴を尻目に、一夏は制服に着替えた(鈴に裸を見せられないので、上から着ただけ)。
「じ、じゃあ俺も帰るか。箒もシャワー使い終わった頃だろうし……あ、差し入れ、ありがとうな」
「え………ちょっと待った!! 今の、どういう意味!?」
「な、何だよ急に!?」
「アンタ、あの子とどういう関係なのよ!?」
いきなり復活した鈴が、一夏に激しく詰め寄る。
「どうって……ファースト幼馴染だけど」
「おおお、幼馴染とシャワーと……どどど、どんな関係があるってのよ!?」
訪ねつつも、鈴の頭の中はえらいこっちゃになっていた。
〜妄想開始〜
『一夏、シャワーでたぞ……』
『そうか。じゃあ、そろそろ……』
『あぁ、その……今日はどうするんだ……?』
『勿論、一緒に寝るに決まってるだろ?』
『あっ……』
『パジャマなんて、どうせすぐ脱いじまうんだから……着なくていいのに』
『ば、かもの……そういう事では………』
〜妄想終了〜
「さぁ吐け! あの子とはどこまで行ったってのよ!?」
「どこまでって、学園から全然出てないっての!!」
「まさか学園でそんな事をしてるっての!?」
「意味が分かんねぇよ!!」
顔を真っ赤にしながら問い詰める鈴と、その鈴にガックンガックンと前後に振り回される一夏。
「だから、俺と箒は同じ部屋なんだよ!!」
「なっ……!? つまり寝食を共にしてるって事!?」
〜妄想開始〜
『一夏、もう朝だぞ早く起きないと……あっ!』
『お早う箒。今日もいい匂いだな』
『バカ者っ……何を……こら、悪戯するな!』
『取り敢えず、朝御飯よりも……こっちを食べても良いかな?』
『そ、それで起きるなら……す、好きにしろ………』
〜妄想終了〜
「…………」
鈴は火が消えたように俯いていた。
男女が一つ屋根の下。何という危ない状況だろうか。
今はまだ自分の妄想でしかないが、それが明日――― 否、今日の夜にでも現実に変わるかも知れない事を、誰が否定できよう。
「でも、同室が箒で助かったよ。これが見ず知らずの相手だったら、緊張で寝不足になっちまうもんな。いや、幼馴染で良かった良かった」
――― ピクッ。
鈴の耳が、それに反応したかの様に動いた。
『いや、幼馴染で良かった良かった』
「幼馴染なら良いわけね……」
「………は?」
良く聞こえず、顔を近づける。
「だから! 幼馴染だったら良いんでしょ!?」
鈴がいきなり頭を上げたせいで、一夏は慌てて顔を引いた。一瞬遅ければ、頭突きを喰らっていただろう。
「な、何だよさっきから!? 変だぞ、お前!?」
「何でもないわよ! でも一夏、これだけは忘れないで!!」
ビシッ、と鈴が指を突きつける。
「幼馴染は二人いるけど、特別なのは、あたしだけなんだからねっ!!」
そう言い残して、鈴は走って行ってしまった。
「な、何だったんだあれ……? 分かるか、春斗?」
まるで嵐のような時間に、一夏は全然ついて行けなかった。
『いや、僕にも何がどうなったのか全然……でも、嫌な予感だけはするかな』
「あ、やっぱりそう思うか?」
果たしてそれは何なのか。何れ分かることだろうと、一夏は少し軽く考えていた。
まさか、数時間もしない内に分かってしまうとは、夢にも思わなかったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「―――という事だから、部屋代わって?」
「ふざけるな!! 何故、私がそのような事をしなくてはならない!?」
「いや〜、篠ノ之さんも男と同室は嫌でしょ〜? 気は遣わないといけないし、くつろげないし……その点、あたしは全然平気だから!!」
「誰が何時、嫌だと言った!? それに、それは私と一夏の問題だろう!! 部外者に首を突っ込まれる謂われはない!!」
「大丈夫。あたしも幼馴染……ううん、”特別”な幼馴染だからね〜」
「特別だろうと何だろうと関係ない! 自分の部屋に戻れ!!」
「いや、だから部屋は此処になるから」
「だから、どうしてそうなる!?」
時刻は午後八時。
夕食後の、ゆったりとした一時に現れた闖入者。
ドアがノックされたので箒が出てみると、ボストンバッグを抱えた鈴が立っていたのだ。凄く良い笑顔で。
そこから、二人はこの調子である。
鈴は我が道を行く性格で、箒は人一倍頑固である。故に両者に和解、妥協といった決着は無い。
どちらかの主張が押し通るまで、それは続くのだ。
『これが、さっきの嫌な予感(あれ)の正体か。笑えないね』
春斗は春斗で、もう推移を見守る以外できなかった。
「ところで鈴。お前、荷物ってそれだけなのか……?」
「え? うん、そうだよ。バッグ一つで何処へでも行けるわよっ!」
自信たっぷりにスレンダーな胸をはる鈴。肉体ばかりでなく中身も慎ましくなって欲しいものだと一夏は思った。
『一夏変な事考えると、すぐにバレるよ?』
『っと、そうだった』
幼馴染の名は伊達ではない上、鈴との付き合いはとても深いのだ。下らない事を考えるとあっさりと看破してくる。
今も、少し頭に四角を作っているのは、気のせいではないだろう。
こほん、と咳払い一つ。
「とにかく、今日からあたしが此処に住むから」
「ふざけるな、さっさと出て行け!! ここは私の部屋だ!!」
「”一夏の部屋”でもあるでしょ?問題ないじゃない。ねぇ?」
「大ありだっ! 一夏、貴様からも何とか言え!!」
二人は最後の一人―― 織斑一夏に揃って向き直る。
頭が痛くなりそうな空気に、一夏は頭を抱えた。
「何を言えってんだよ、この混沌とした状況に……」
一夏が頼りにならないと見るや、箒はすぐに鈴に向いた。
「とにかく部屋は変わらない! 自分の部屋に帰れッ!!」
「あ、そうだ一夏。”あの約束”の事、覚えてる?」
「―――って、無視するなっ!! こうなれば――」
鈴の度重なる態度に、ついに怒りの限界を迎えた箒が、立て掛けてあった竹刀を掴んだ。
「――まずっ!!」
『ほーちゃん!?』
一夏達は箒を止めようとするが、竹刀は鋭く、鈴に向かって振り下ろされ――。
―――パァァァァンッ!!
「っ……!?」
竹刀は、鈴の腕によって防がれていた。
無論只の腕ではない。紫がかった、金属の腕だ。
『ISの部分展開……!』
「早い……っ!」
展開速度もそうだが、それ以上に、箒の不意を突いたであろう一撃に、反応したことが驚きであった。
ISはあくまでも操縦者が動かす。つまり展開速度はあくまでも、操縦者以上にはならないのだ。
それは、鈴の実力が相当な事を知らしめていた。
「――今の、生身相手なら本気で危ないよ?」
そう言って、鈴は竹刀を軽く弾き、ISを戻す。
「っ………」
カッとなってしまったとはいえ、全中大会覇者の剣は素人には凶器。
たまたま相手が鈴であったから良かったが、他の誰かなら鈴の言う通り、怪我で済むかも怪しい。
武を習う者として、あるまじき失態である。
『あれ……俺、木刀でやられなかったっけ?』
『大丈夫だよ、一夏だし』
『根拠無いよな、その言葉にさ!?』
さて、状況は大きく変わった。
失態を犯してしまった箒は、鈴に大きな借りを作ってしまった。
もう、先程のような勢いは出せない。
鈴は勝利を確信し、一夏の言葉を待っている。
明暗はここに着いた。
『こ、これはどうしたら良いんだ……!?』
『そういえばさっき、鈴ちゃん何か言おうとしてなかった?』
『うん? そういえば……?』
何故かそれが気になり、一夏は口にしてみた。
「なぁ。さっき、”あの約束”って言ってたよな……?」
「えっ。う、うん……覚えてるよね?」
おずおずと尋ねる鈴。「何だっけ?」とは続けられず、一夏は灰色の脳細胞に救援を求めた。
『ポアロ〜、助けて〜っ!?』
『う〜ん、約束約束………あ、あれかな?』
『どれかな!?』
『ヒント。夕暮れの教室、そして酢豚』
『……む? う〜ん………』
ヒントに考え込む一夏。春斗が何故思い当たったのか、そこは気にならないようだ。
「もしかして、あれか……? 料理が上手くなったら毎日――」
「っ! そ、そう、それよっ!!」
「――酢豚をおごってくれる、だったよな?」
「『……………は?』」
鈴と春斗の声がシンクロする。
「いや、だから鈴が料理できるようになったら毎日、飯をご馳走してくれるって約束だろ? いや〜、ほぼ一人暮らしな俺には有り難い約そ―――」
――― パァンッ!!
鈴の平手が、一夏の頬を打っていた。
いきなりの事に、一夏も箒も呆然としてしまっている。
「あ、な………?」
「最っ低……! アンタ、女の子との約束もちゃんと覚えてないの!? 男の風上にも置けないヤツ!! 犬に噛まれて死んじゃえッ!!」
「なっ……ちゃんと覚えてただろうが!! なのに何で、打たれなきゃならないんだよ!?」
「約束の”意味”が違うわよ!!」
「じゃあ、あれはどういう意味だよ!?」
「ど、どういう意味って………そ、そんな事言える訳ないでしょ!?」
「………っ!」
『ごめん鈴ちゃん。一夏は1を聞いたら4,7、8をぶん投げるような奴なんだ……』
箒はそんな鈴の態度に何かを察したようだ。春斗は本当に申し訳なくて、土下座している。誰にも見えないけど。
「ぬぅぅぅ……っ!」
「むむむ………っ!」
睨み合う両者。やがて鈴が一つの提案をした。
「だったら、これは今度の対抗戦(リーグマッチ)で決着をつけましょう! 勝った方が負けた方に、何でも一つ言う事を聞かせられる、いいわね!?」
「おう。俺が勝った時は今の事、きっちり説明してもらうからな!!」
「そっちこそ、覚悟しておきなさいよ! ふんっ!」
鈴は下ろしていたバッグを取って、怒りを込めた足取りで部屋を出ていってしまった。
「ったく、何だよあいつ……本当に、訳わかんねぇ……」
鈴の出て行ったドアを見ながら、一夏は深々と溜息を吐いた。
「『……一夏』」
「うん?」
内と外から、同時に声が掛かる。
「『馬に蹴られて、死ね!!』」
「えぇっ!?」
何故そんな事を謂われたのか、一夏には全く意味が分からなかった。
翌日。生徒玄関前廊下に一枚の紙が張り出されていた。
それはクラス対抗戦(リーグマッチ)の組み合わせ表であった。
そして、一回戦の組み合わせ。
【一組代表 織斑一夏 対 二組代表 凰鈴音】
決戦は――― 第一試合。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
時は流れて、クラス対抗戦(リーグマッチ)前日。
夕焼け染まる、一年校舎の屋上に佇む人影。
柵に寄りかかり、ツインテールを風になびかせる小柄な少女。
「一夏のバカ一夏のバカ一夏のバカ一夏のバカ………ッ!」
まるで呪詛のように呟き続ける姿は、誰も声を掛けられない程に恐ろしい。
屋上には幸い、人気はないのだが。
「……あ、ここにいたか」
「っ……!?」
否。声を掛ける者が一人いた。
その声に聞き覚えがある鈴は、全てを射殺す様な視線で振り返った。
「うわっ、その目は僕に向けないで欲しいんだけど……」
「………何だ、春斗か。一夏は?」
「《海岸》まで降りてもらってる。心配しなくても大丈夫、聞こえないよ」
「別に心配なんて……なんの用よ?」
興味を無くしたように、鈴はまた柵に寄りかかる。春斗はそのまま、何事もないように隣に付いた。
「一応、鈴ちゃんを慰めに来たんだけど……」
「要らないわよ。明日の試合でボッコボコにするんだから……!」
「まぁ、確かにあれは一夏が悪いよ? でも、鈴ちゃんをだって……」
ギロリ。鈴が「あたしの何が悪いってのよ」的な視線で睨む。が、春斗は微笑み混じりにそれを受け流して続けた。
「流石に『私の作った酢豚を毎日食べてくれる?』じゃ、プロポーズには分かり難いと思うよ?」
「―――ブッ!! ゲホッ、ゲホ……ッ!!」
思いっきり鈴が吹いた。
ゲホゲホとむせながら、顔を真っ赤にして春斗を見やった。
「な、な……何で……ししし………!?」
「おじさんが言ってたよ。『ウチの鈴が一夏君についに
「あ、あの………あの、クソ親父めぇええええええええええええええっ!!」
羞恥と怒りに満ちた慟哭が、学園に響き渡る。
幼い頃の告白を、ベラベラ喋られていると思うと、恥ずかしさと怒りで容量がパンパンになってしまう。
「もうダメだ……もう、色々ダメだ……あたしの純情は死んだ……」
「ま、鈍感ニブチンの一夏に、お味噌汁的な告白じゃ届かないよ。もっとストレートに『大きくなったら、一夏のお嫁さんにして』とかじゃないと」
「うわぁああああああああああああっ!! 言うなぁあああああああっ!!」
「ちょっと、落ち着いて!! 拳を振り回さないで!!」
「クソクソクソォオオオオオオオッ!! どいつもこいつも乙女の純情、なんだと思ってるのよーっ!!」
「あぁ、もうっ!!」
春斗は暴れる鈴を、後ろから抱えるようにして押さえ込む。
「ぃいっ!? ちょ、何してんのよ!?」
「はいはい。落ち着いてね〜」
「こんなんで……落ち着ける訳無いでしょうが!!」
さっきとは別の意味で、容量がパンパンになっていく。
春斗の意思が動かしているとはいえ、これは一夏の体だ。
当然、感じる温もりや鼓動は一夏のもので、それを一瞬でも思うと、意識せずにはいられない。
「あ……あ……ぅう………」
結果、鈴はグッタリとなった。
「……アンタは結局、何しに来たのよ!?」
一先ず、暴れなくなったので解放してやると、若干の涙目で睨まれた。
「だから、友人を慰めに来たんだけど」
「うっさい! アンタがさっさとあの、巨乳ポニーテールを口説き落としてりゃこんな苦労しないのよ!!」
「そう言われてもなぁ……ほーちゃんがいなくても、苦労はすると思うよ?」
「ぐっ………否定出来ない」
鈍感ぶりでは世界トップ (非公式)とまで称される一夏。もう本当に押し倒すぐらいでないと戦えないかも知れないとか、本気で思ってしまう。
ガックリと項垂れた鈴に、流石に可哀想だなと春斗は思った。
「元気のないそんな貴女に、素敵なお話がありますけど……聞かれますか?」
「いらない。何かもう、疲れたわ……」
この数分の間に、鈴はすっかりと疲労困憊であった。話など聞く気にもなれない。
「そっか、それは残念。せっかく、アリーナのロッカールームで一夏が鈴ちゃんの事、どう思ったのか教えてあげようと思ったんだけど……」
「っ……!!」
「聞きたくないんじゃ、しょうがないか。じゃ、僕は帰――」
がしっ。
「――ろうと思うんだけど……この手は何?」
視線を下げれば、鈴の手が制服の裾を掴んでいた。大股で、一杯に腕を伸ばして、必死な事この上ない。
「……せ、せっかくだから、聞いておこうかな?」
鈴は羞恥に赤くなりながら、引きつった笑みを浮かべて言った。
「………良いよ、教えてあげる」
それを見て、春斗はニッコリと微笑む。
あぁ、またコイツに弱みを握られた。と、鈴は心の中で後悔した。
だが、それは後のことだ。いまは一夏の事が先である。
「で、なんて思ってたの……?」
羞恥に頬を染めながら、鈴は問いかける。春斗はそっと耳元に口を寄せた。
「っ………!」
囁くように、告げる。
「『何かこう……可愛くなったな、鈴』だってさ」
その後、屋上にはニヤニヤと笑い、時々奇声を発するツインテールの少女が目撃されたという。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌、対抗戦(リーグマッチ)当日。場所は第2アリーナ。
第一試合を前に、一夏は入念にウォームアップをしていた。
『取り敢えず、鈴ちゃんのISについて分かった事をおさらいしよう』
『おう、頼む』
『IS名は
『その根拠は?』
『第三世代は未だ実験機。絶対に
ISの武装には【
セシリアのブルー・ティアーズを例にとると、レーザーライフルと接近戦用ナイフが後付装備、
なお、白式には雪片弐型しか装備はなく、拡張領域もゼロである。
『第三世代装備……それが何なのかは不明か』
『戦闘スタイルも分からないのがキツイね。鈴ちゃんの事だから、接近戦はある筈だけど……』
「――ま、後はやりながら考えようぜ」
一夏はグッと体を起こした。
『気軽に言うね……』
『春斗を、信じてるからな』
『ありがとう、全力で当たらせてもらうよ』
そしていよいよ、試合開始時間がやって来た。
「来い、白式……!」
一夏は白式を起動展開させる。その体を生まれ変わった純白の装甲で包み込む。
『システム正常、戦闘に問題ナッシングだ』
「オーケー。んじゃ、行きますか」
カタパルトに乗りこむ際、視界の端に見える―――少女達の姿。
「行ってくるぜ。箒、セシリア」
一夏は軽く手を上げてやる。
『カタパルト、ロック確認。射出3秒前……2……1……0!』
「よし……行くぜ!!」
カタパルトから一気に射出され、白式は二度目の戦場に舞い上がった。