―― IS装甲ダメージ限界 戦闘継続困難 ――
「イグニッションブースト発動ッ! 緊急後退!!」
レーザー砲撃に晒された白式を守る為、春斗は瞬時加速を発動した。
衝撃砲のエネルギーを推力変換出来るならば当然、レーザーエネルギーでもそれは可能の筈。
レーザーを両腕で防ぎながら、春斗はそのダメージを推力と攻撃エネルギーに変換する。
先ほど生み出したバイパスが、まだ機能しているのが幸いした。
―― 裏白式起動 ――
その声と共に、白式の色が変化していく。
白より黒へ。表が裏返るように。
裏白式。それこそが春斗のために生み出された、もう一つのファーストシフト。
―― 【雪片】封印 【月影】解放――
『いいか春斗。その姿は公の場に出来る限り晒すな。それは……本来、ありえない姿なのだからな』
(ゴメン、千冬姉さん……)
春斗は心の中で謝る。これがどんな結果を招くか、想像も出来ない。だがそれでも、これ以上は我慢ならない。
入れ替わった瞬間、全身に走った痛み。
これに耐え切り、一撃を見舞った一夏に称賛を覚え、同時に自分自身に怒りを覚える。
こんな作戦しか思いつけない自分が腹立たしい。
最初から裏白式を使う選択を取れば、こんな無茶をしなくても良かったのだ。
一夏を危険に晒したのは―――自分可愛さ故。
だからこそ、これ以上は一夏だけに負担を掛けさせる気はない。
構える一矢は宣戦布告。
眼前の敵に。その向こうの存在に。そして取り巻く世界に。
―― 単一仕様能力【月華白麗】発動 ――
来るならば来てみろ。その尽くを穿ち、葬って見せよう。
織斑春斗は今、挑戦状を叩きつけた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
夕焼けが、世界を燃やす。
「ぅう……ッ?」
つった様な鋭い痛みが走り、一夏は目を覚ました。
目に映った天井は、寮のそれとは違っていた。
「ここは………保健室か?」
自分がベッドに寝かされている事に気が付き、鼻腔をくすぐる消毒薬の臭いで、そこが何処かを理解する。
「あの後、どうなったんだ……?」
再起動したアンノウンに向かっていった。そして雪片が限界を迎えて―――そこからが思い出せない。
「――あの後、春斗の裏白式が起動して止めを刺したんだ」
「……っ!? 千冬姉ぇ……痛ぅ!?」
仕切りのカーテンをめくり、顔を見せたのは千冬。思わず、一夏は体を起こそうとするも体が痛み、ベッドに倒れこんだ。
「全身打撲だから、無理に動くな。あの衝撃砲を、バリアと絶対防御なしで受け止めたんだ。ダメージコントロールが上手くいかなかったら、死んでいたぞ?」
「そこはほら、春斗のヤツが上手くやってくれたから……」
「………」
千冬の視線が突き刺さる。
「うくっ……ゴメン、無理して」
なので一夏は謝る。それが一番早いからだ。
千冬は「フッ」と、目を伏せる。少しだけ、寂しさを孕んで。
「家族に死なれるのは……目覚めが悪いからな」
そして目を開き、優しく笑った。
「ま、お前たちがそう簡単に死ぬとは思っていなかったがな。何せ”私の弟”なのだからな」
「どういう信頼だよ、それ……と、そうだ。裏白式が出たってどういう事?」
「再起動した敵ISに向かった後、お前は吹き飛ばされた。いや、ギリギリで春斗が入れ替わって、瞬時加速を使ってダメージを軽減させたんだ。そして、月影の一撃を見舞った……そういえば、春斗はまだか?」
「うん、まだ気を失ってるみたいだ。アイツ、あんなタイミングで出てきちまったのか……」
一夏は自分の不甲斐なさに顔をしかめる。
裏白式の事は、出来る限り秘密にしておかなければならないのに、自分のせいでそれを台無しにしてしまった。
「出てしまったものは仕方ない。だが今後、厄介な事になるかもしれん。覚悟はしておけ」
「了解」
「では、まだ後始末があるので戻る。お前はもう少し休んでから寮に戻れ。そこに薬があるから、忘れずに持って行けよ?」
「はーい」
「返事は短くだ」
「はい」
言葉尻と違い、柔らかな掛け合い。
家族だからこその気の置けない語り合いは、とても大事な時間だ。
千冬が出ていったのを感じ、一夏は瞼を閉じた。
(俺がもっと強ければ……クソッ…………)
力不足を悔やみながらも、疲労の極地であった一夏は、徐々に眠りの淵に吸い込まれていった。
それからどれ程かの時間が経った頃、保健室のドアが開いた。
入ってきたのはツインテールが特徴的な少女――凰鈴音である。
「一夏、起きてる……?」
彼女はそっとカーテンを開けた。そこには静かに寝息を立てる一夏。
鈴は起こさないようにと、そっとベッドの脇に椅子を持ってきて座った。
「………」
あれだけの無茶をやって、無事な訳がない。
「………」
一夏は、未だ眠ったまま。
「……………っ!?」
そう、眠ったままなのだ。
人気のない保健室。ベッドに眠る一夏。そして瞳に映るのは―――無防備過ぎる唇。
何をしても誰にも咎められないし、誰にも見られないという絶対の好機。
「………ゴクリ」
生唾を呑んでしまった。
まるで熱に浮かされたように、そっと立ち上がって、一夏に迫る。
「っ………」
後2センチ。
ドキドキと胸がうるさい。あまりにも激しくて、外に漏れ聞こえてしまうそうだ。
後1センチ。
「……いち……か……」
残り数ミリ。
「ぅうっ……?」
「―――ッ!?!?」
一夏がいきなり呻き、目をうっすらと開く。
シュバッ! と、早業で一夏から離れる鈴。その動きはISに乗っている時より機敏であった。
「なんだ、鈴か………どうかしたのか?」
「いや!? 何でもないわよ!?」
声が上ずっているが、まだボ〜っとしている一夏には理解出来ない。
起きていても、理解できるかは怪しいところであるが。
「ね、ねぇ一夏? 一つ聞いても良い?」
恥ずかしさと気まずさを誤魔化すように、鈴は一つ聞きたい事があったのを思い出した。
「……何だ?」
「あ、あの黒い白式って……もしかして、春斗が動かしてた?」
「―――あぁ。あれは裏白式……春斗が操る時、白式はあの姿になるんだ。武装も雪片が使えなくなって、月影っていう弓が使えるようになるんだ」
「ふ〜ん、妙な話ね。そもそも専用機なんだから、春斗には使えなさそうなのに……いや、そもそも一つの体を二つの意識が共有する人間なんて、一夏と春斗ぐらいだろうから……分かんないか?」
「その辺は俺にはサッパリだ。でも、鈴……あれはあくまでも”俺”が動かしてるんだからな……?」
「うん、大丈夫よ。間違っても言わないから……安心して?」
「――サンキューな、鈴。あ、そういえば……あの賭けってどうなるんだ?」
「うえっ!? し、試合は中止だし……む、無効ってことでいいわよ?」
そういえばそうだったと鈴も思い出したのか、顔を赤らめて慌てる。が、夕方であったことが幸いして、一夏には分からなかった。
一夏は「そっか」とつぶやいて、体を起こした。痛みは大分ひいたようだ。
ふと夕焼け空を見上げた。もう夕日は見えず、紅い雲が流れているのみだ。
「……そういえば、こんな夕焼けだったっけ?」
「何が……?」
「酢豚の話さ……小六だったっけ? 夕焼けの教室で二人きりで……そう、こう言ったんだ」
『もしも、料理が上手になったら……あたしの酢豚、毎日食べてくれる?』
「っ〜〜〜〜〜〜!?」
いきなり口走られた言葉に、鈴の顔が耳まで赤くなる。
一世一代の告白を言った相手にリピートされるとか、どんな羞恥プレイだ。
「俺さ……あれ、タダ飯を食わせてくれるって事だと思ってたんだけど……」
「あ……あぅ……」
一夏の視線が、窓から鈴に移った。
「もしかして、”違う意味”だったとか……?」
「えっ!? 違わない違わないっ!! ほ、ほら料理って、誰かに食べてもらったら上達早くなるでしょ!? そういう事よ!」
「そ、そうだよな〜。別の意味じゃまるで『毎日味噌汁を〜』なんて事になっちまいそうだもんな〜。いや、何言ってんだろ、俺」
「っ!? そ、そうね……ホントにね! アハハハハハハ! ……ハハハ……ハァ」
引きつった顔で、鈴はやけくそ気味に笑う。というかヤケだ。
「お前の酢豚も食ってみたいけどさ……また、親父さんの料理も食ってみたいな………連絡、してないのか?」
「――うん。何か、会いにくくて」
「……そっか」
鈴が日本を離れることになった理由は、両親の離婚。親権は母親が持っていたので、鈴は共に中国に帰る事になった。
一夏の記憶の中では、とても仲が良かった二人だったのだが、何故そんな事になってしまったのか。一夏には想像もできない。
だが、別れ際に泣きじゃくる鈴の姿は、未だに焼き付いて離れない。
『ゴメンね……一緒に頑張るって約束したのに……! ゴメンね一夏……ゴメンね春斗……!!』
春斗が肉体を失い、一夏と共にあるようになってから―― いや、その前から鈴は、二人とずっと一緒だった。
ずっと春斗が起きるまで、一緒に頑張ると約束した少女は、それを破ってしまうことをひたすらに謝り続けた。
そんな所も、父親に連絡を取り難い原因なのかも知れない。
「………」
一夏はまた、外を見遣った。
親に振り回される子供。
何も出来ないから、何も選べない。
そんな理不尽が、一夏には許せなかった。
そして、それはきっと春斗も同じだと思った。
一夏達姉弟もまた、親という存在に振り回された被害者なのだから。
「なぁ、鈴。今度の休みにさ……どっか遊びに行くか?」
「えっ……それってもしかして……!?」
「一夏さん、具合はいかがですか?」
シュン、というエアー音がしてドアが開く。
金髪ロールをなびかせて、やって来たのはセシリア。
「もし宜しければ、この私が手厚く看護を……………あら?」
まるで踊るように入ってきたセシリアだったが、そこに居た一夏以外の人物に対して、怪訝な表情をする。
「ちょっと、何であなたがここにいますの!? 一夏さんが目を覚ますまで、抜け駆けはしないと約束したでしょう!?」
「ぅう……!?」
ズズイ、と詰め寄るセシリアに鈴は思わず身を引いてしまう。
「―――ほう。では、お前は何故……ここにいるんだ?」
「っ!? ……そ、それは……ぁあ〜」
更にドアが開き、姿を見せたのは箒だった。セシリアの体が「ギクッ!」と強ばった。
どうやら三人の間で、何かしらの淑女協定が結ばれていたらしい。全く以て無意味であったようだが。
『……だったら、ほーちゃんはどうして来たんだろうね?』
『春斗、起きてたのか……!?』
『まぁね。で、また随分と面白い状況になったね』
『これが面白いってお前……うるさいだけだよ』
『いやいや、端から見る分にはとっても楽しいよ?』
三人はギャーギャーと、言い合いを始めていた。
「一夏はあたしの幼馴染なの! アンタ達は帰りなさいよ!!」
「ならば私も幼馴染だ。それもお前よりも先で、更に同室でもある。 ここは私に任せて帰るが良い!」
「それでしたら私は、一夏さんの初めてのお相手! 2組のあなたや、篠ノ之さんよりも相応しいというものですわ!!」
「な、何よ初めてって……あ、ISの事でしょ!? そんな誤解されるような事口走んじゃないわよ!!」
言い合いは更にエキサイトしていく。一夏としてはさっさと帰って休みたいのだ。
『何か、長そうだな……先に帰るか?』
『……そうだね。寮に帰って、さっさと寝よう』
春斗も賛成したので、一夏は畳まれてあった制服を着て、薬を取って、こっそりと三人の脇を抜けて出て行く。
「――って、コラーッ! 何処に行く気よ、アンタは!?」
寸前で、鈴につかまった。
「何処って……帰るんだよ。保健室に何時までも居られないからな」
セシリアと箒も、ガシリと一夏を捕まえる。全身打撲なので、結構痛いので離して頂きたいところだ。
「一夏さん! この状況が、誰のせいだと思ってるんですか!?」
「………誰のせい?」
「お前のせいに決まっているだろう!?」
「何で?」
「な………なんでって………」
「そ、それは……だな……」
「ぅう……」
途端、鈴が真っ赤になって俯いてしまう。そして箒とセシリアも、顔を赤くして視線を逸らした。
「……どうでも良いけど、さっさと帰ろうぜ」
「そ、そうね! そうしましょう!!」
「そうだな、うん! さっさと帰ろう!!」
「もう、今すぐに帰寮するべきですわ!!」
焦れた一夏が言うと、三人は何かを誤魔化すように掌を返して、ズカズカと足音を揃えて、保健室を出ていってしまった。
「何だ、アイツら?」
『……一夏?』
『何だよ?』
『この朴念神』
『神様扱いっ!?』
寮への道を四人は歩いている。が、一夏はどうにも歩き難い。
「っ………」
一夏の隣を競り合い、奪い合う三人のせいであった。
『どうにかしてくれよ、これ……』
僅か50メートル程度の距離が、とんでもなく長く思える。疲れ切った体に鞭打たれているようで、溜息も出てこない。
『仕方ないなぁ………一夏、一つ言伝を』
『………?』
「鈴、ちょっと良いか?」
「えっ、何……?」
「耳、貸してくれ……」
一夏は鈴の耳元に口を近づける。それだけで鈴の体温は急上昇。他二人の周囲の気温は氷点下まで下がっている。
(あのな……)
(な、何よ……早く言いなさいよ……)
(春斗から鈴に伝言)
(………はい?)
春斗。その名前が出ただけで、上った体温が平熱になる。というか、嫌な予感しかしない。
それに気付かず、一夏は言葉のままを伝えた。
(『さっき、一夏が起きちゃって残念だったね?』だって……。何の事だ?)
「〜〜〜〜〜〜〜〜っ!?!?」
瞬間、鈴の顔が再び真っ赤になった。
何故なら、あの瞬間―― 一夏にキスしかけた―― を、春斗に知られているという事だ。
『ククク……フ……アハハハハッ!』
鈴の耳に、春斗のいやらしい笑い声が聞こえた気がした。
「い……いやぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!」
鈴は魂の絶叫と共に、彼方へと走り去っていった。
「………何を言ったんだ、一夏?」
「何と言うか、この世の終わりを見たかのような悲鳴でしたけど……?」
「………さぁ?」
二人のジト目が突き刺さるも、一夏にはサッパリ分からなかった。
「春斗のバカ春斗のバカ春斗のバカぁあああああああああああああああああああああああっ!!」
凰鈴音。
一夏と春斗の幼馴染。
保健室での秘め事は、春斗に握られた通算100個目の弱みであった。
「春斗の………バカァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
学園の地下、50メートルの位置に存在する空間。
そこは、レベル4権限の持った者しか入れない場所である。
一夏と春斗によって破壊されたアンノウンはそこに運び込まれ、解析が続けられていた。
千冬はモニターに映る戦闘映像と、解析データを見ながら真耶の報告を聞いていた。
「あれは、やはり無人機でした。コアも、登録されていた物ではありませんでした」
「そうか。やはりな」
「なにか心当たりが……?」
「いや、無い。今はまだ――な」
遠隔操作と独立駆動。そのどちらも、世界中のIS研究で実現されていない技術。
更に、467機存在するコアは全てが登録済み。つまりは、誰かがコアを作った可能性がある。
この事実に対してすぐさま、学園関係者全員に緘口令が敷かれた。
「それと、織斑くんの最後の攻撃で機能中枢が焼き切れてます。修復は不可能ですね」
「分かった。出来る限りの範囲で犯人の特定に繋がる証拠を探してくれ」
「――はい」
そう言いつつ、そんな物は見つからないであろうことは、容易に想像できた。
これだけの技術を投入してきた相手が、そんな初歩的なミスをするとは思えないからだ。
「………」
モニターを鋭い視瞳で見つめる千冬。その姿は世界最強のIS操縦者の称号 《ブリュンヒルデ》と呼ばれた頃と寸分違わないものであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
時刻は夜。つい先程八時を回ったため、既に食堂は閉まっている。
一人ベッドに横になりながら、一夏は後悔していた。
「……腹がへったな」
『無理してでも、ちゃんと食べないからだよ』
『んな事言っても……あの時は食う気がしなかったんだよ』
寮に帰り着替えを済ませた後、食堂に行ったはいいが、一夏は体のダメージのせいでどうにも食欲が沸かなかった。
こういう時は胃に負担をかけないようにと、うどんを選択したのだがこれが失敗だったようだ。
今更になって、胃袋は活動を開始しやがったわけである。
グ〜ッ。
俺達に仕事をよこせと、腹の虫は大ストライキ中だ。
グ〜ッ。
「グ〜グ〜言いやがって……何処のカレー好きの黄色い生物だ?」
『意味が分からないよ、一夏』
ままならない自分の体に文句を垂れるも、だからといって状況は何も変わらない。
「……やれやれ、独り言は感心せんぞ、一夏?」
「箒……ん、何だこの匂い?」
ドアが開く音がして、箒が部屋に戻ってきた。
と、何やら鼻腔をくすぐる香ばしい匂いに、一夏は体を起こした。
見ると、箒の手には何かの盛られた皿があった。ゆらゆらと湯気が上がっている。
「夕食を少ししか……食わなかっただろう? だからその……きっと腹を空かしているだろうと思ってな……こんな物を作ってみたんだが……」
何処かソワソワしたように言いながら、箒はそれをテーブルに置いた。
そこには、ネギ、ハム、卵の混じったご飯が炒められてあった。
「……へぇ、チャーハンか」
「なんだ、その意外そうな表情は!? 私が料理をしてはおかしいか!?」
「いや、そうじゃなくてさ……何て言うか、箒の場合”和食”みたいなイメージだったからさ」
「そ、そうか。なら、さっさと食え」
「だが、その前に……一つ言っておく」
「な、何だ……?」
真剣な表情で、一夏が箒を見つめる。
(何か間違えたか!? いや、手順に間違いは無い筈……な、ならもしかして……!)
『箒。これからも俺の……俺だけの為にチャーハン、作ってくれないか?』
(な、などという事を言う気では……っ!?)
箒は自分の想像に真っ赤になってしまった。
ドキドキとしながら、次の言葉を待つ。
「箒……」
「な、んだ……?」
「―――金なら無いぞ?」
瞬間、一夏の後頭部をハリセンが一閃していた。
「ってぇえ!? 何で叩くんだよ!? ていうか、どっから出した、それ!?」
「気にするな。竹刀よりは良いだろう? それと……何の心配をしているんだ、お前は!?」
「いや、何か奢らされたり買わされたりするのかな〜って」
『僕なら、幾らでも出して良いからほーちゃんの手料理、食べたいけどね?』
「何もせんから、さっさと食え!!」
「お、おう……」
箒に睨まれ、一夏は添えられてあるレンゲを手にした。
『ちなみに、本場では浅く広い、スプーンに似た形状のレンゲを使うんだって。こういう深いのだと食べ難いからね〜』
「……じゃ、いただきます」
そんなトリビアを聞きつつ、一夏はチャーハンを一口。
「ど、どうだ……!?」
箒の期待と不安の入り交じった声に、一夏はもぐもぐと咀嚼し続ける。ゴクン。と、しっかりと飲み込んでから答えた
「―――味がしない」
「なっ……そ、そんな訳があるか!!」
「いや、ある意味すごい……塩気どころか、具材の味もご飯さえも味がしない……どうやったらこうなるんだ?」
「ば、バカな!? 貸せっ!!」
一夏からレンゲを奪い、箒は一口。モグモグと口を動かす。そして―――。
「…………あ、味がしない……だと」
ガックリと、床に崩れ落ちる箒。
『あ〜あ、完全にノックアウトだね……』
「………」
一夏は箒の手からレンゲを取り返すと、再びチャーハンを食べ始めた。
それに驚いたように顔を上げる箒に一瞥すらせず、ひたすらに食べ続けた。
味はないが、決して食べられない物ではない。それを残して生ゴミにするなど、主夫たるプライドが許さない。
それが誰かの手作りであるなら、それは漢のメンツが許さない。
「――ご馳走様でした」
数分とかからず、全てを平らげて合掌。それを見る箒の顔はどうにも複雑すぎて、ハイパーセンサーですら見分けられないだろう。
「か、勘違いするな!? 今回はたまたま……そう、たまたま失敗してしまっただけで、いつもなら上手く作れるのだからなっ!!」
「別に何も言ってないって……」
実際箒に言われずとも、そんな気はした。
火加減や、米のパラパラ具合などは申し分なかったのだ。
だからこそ何故、味が無いのかが凄く気になるのだが、そこは口にしない。
「でも、何で中華なんだ? 箒って和食とか作ってなかったか?」
一夏は記憶を探るが、箒が料理したものはやはり、焼き魚や煮物、炊き込みご飯などの和食が多かった気がする。
中華は作っている姿も知らない。
「り、料理に国境はない。それだけであって、決して酢豚に対抗しようとした訳ではないからなっ!!」
「そ、そうか……分かった」
有無を言わせずを地で行く迫力に、一夏はそれしか答えられなかった。
酢豚に対抗で何故チャーハンだとか、国境どころか存在そのものが謎過ぎる物が出来上がっているとか、色々と疑問があるがこれも黙っておくことにする。
『下手に藪を啄かなくなったか……成長したね、一夏』
『……褒められてる気がしないのは、何故だろうか?』
『褒めてないからね。それで合ってるよ』
「ま、まぁ……あれだ。もし、どうしてもと言うならば……毎日、作ってやらないこともないぞ?」
モジモジとして顔を逸らしながら、箒は消え入りそうな声で言う。
「いや、食堂行けば食えるし、お前も面倒だろうからいいよ」
「なっ……お前は、私の料理を食べたくないというのか!?」
一転して、凄い形相で睨まれる。
「な、何でそうなるんだよっ!?」
「そもそも、お前が悪いのだ! あんな約束をして……どう責任を取るつもりなんだ!?」
「責任って……もう解決したし」
『うわっ! 普通に地雷踏み抜いたっ!?』
「っ!? か、解決……バカな! 一生に関わる事がそう簡単に……!!」
「一生って……そこまで大げさか? 料理上手くなるように協力って話が……」
確かに料理なら一生に関わるかも知れないが、とか一夏は思ったりした。
『一夏……本当に君ってヤツはさぁ……』
それがとんだ暴投であるなど、考えも及ばない訳で、春斗は心が色んな意味で痛かった。
「――お前は、どこまで…………鈍いんだっ!!」
スパーンッ!!
部屋に、ハリセンの小気味いい音が響いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
さて、謎のIS襲撃から数日が経った頃。
(その件で、一夏、鈴、セシリアはアンノウンに関して絶対に口外しない事を、誓約書まで書かされ約束させられた)
体の痛みもようやく落ち着き、一夏は寮でのんびりと茶を啜っていた。
「緑茶は良いな……こう、心が落ち着く」
「うん。でも烏龍茶も良いわよ? 今度入れてあげるわ」
「でしたら私が今度、自慢のアッサムティーをご馳走しますわ」
「……貴様ら、何故に我々の部屋にいる?」
「良いじゃない。一夏に用があっただけだし」
「そうですわ。ここは”一夏さんと”あなたの部屋。ご自分のワガママを押し通そうとするのは失礼ですわよ?」
「毎日毎日来ておいて、抜け抜けと言うなっ!! それとセシリア! 今の台詞、貴様にだけは言われたくないっ!!」
そう。あの日以来、セシリアと鈴は1025号室によくやって来る。もちろん、箒に対する牽制のためだ。
だからこそ、箒はそれがとても面白くない。
「――あぁ、緑茶は良いなぁ……」
一夏はのんびりと茶を啜っていた。周囲の状況など、全てシャットアウトだ。
そうでなきゃやってられない。
――コンコン。
「織斑君、いますか〜?」
ドアがノックされ、どこかとぼけたような(一夏談)声がした。
「は〜い」
呼ばれた一夏がドアを開けると、やはり真耶が立っていた。
「どうしたんですか、山田先生?」
真耶の事が気になるのか、箒達もそちらを覗き込む。
「はい。お引越しです」
「………先生がここに、ですか?」
「いいえ。織斑君がですよ?」
この人は本気で天然だと、一夏は確信した。
『天然巨乳眼鏡キャラとか……どんだけのハイスペックだ、この人?』
『春斗、ちょっと黙れ』
自重しない天才《へんたい》に一言釘を刺し、話を続ける。
「―――すみませんが、最初からお願いします」
「あ、そうですね。実は部屋の調整がつきまして、織斑君がお引越しです」
「え……?」
『「「「な……っ!?」」」』
真耶の言葉に、箒と春斗がショックに固まり、セシリアと鈴はキラッ!と目を光らせた。
「そ、それは今すぐに、ですか……?」
「はい。流石に何時までも年頃の男女が一緒の部屋というのも……その……色々と問題があるでしょうし……いえ、別にお二人がどうということではなくて、ごく一般的な倫理観としてですね……」
箒の問い掛けに、何を想像しているのだろうか、真耶は赤くなりながら答える。
『一夏、即行で断れ!!』
『何でだよ?』
『せっかくほーちゃんと一緒の部屋で……これからまだまだ、突発イベント満載の日々を送れるんだよ!? 一夏、君は知らないんだ……日も昇らない早朝、着崩れした浴衣から垣間見えるあの豊かな双丘の谷間と、チラリと覗く太腿の破壊力を!! あれを見られなくなるなんて……僕には耐えられない!!』
「すいません。すぐにでも荷物を移動させます」
一夏の決断はとっても早かった。
『ちょっと待ってよ!? 今の僕の熱い想いを聞いてなかったのかい!?』
『むしろ聞いたからこそ、決断したんだけどな。ていうか、俺の知らないところで何やってんだよ!?』
『え? ほーちゃんの寝姿を堪能してるだけだよ?』
『「何、当たり前のこと聞いてんだ?」的な返し方すんなっ!!』
「一夏、お前はその……それで良いのか?」
箒がおずおずと一夏に尋ねる。同室を嫌がってた―― 一夏はそう思っている ―― のに、どうしてそんな事を言うのか分からない。
が、一つだけ伝えておかなければならない。
「箒」
「っ!?」
ガシッ、と箒の肩を掴んだ。
「これは、お前の為なんだ。分かってくれ」
真っ直ぐに箒の瞳を見つめ、一夏はそう告げる。
「………わ…かった」
すると、箒は耳まで真っ赤にして俯いてしまった。
相手に理解を求めるには、目を合わせて真摯に向かい合うべきという話は正しかったな、という見当違い甚だしい結論に、一夏は大いに満足した。
という事で、織斑一夏は部屋を引っ越すことになった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
用意された個室は、元々は物置として遣われていた場所であった。
一夏の入学が決まると同時に工事を開始。設備の調整などで、今まで時間がかかってしまったらしい。
新たに寝起きする場所に足を踏み入れ、一夏は感嘆の声を漏らした。
二人部屋よりも僅かに狭いが、一人で暮らすには充分な広さである。
「おぉ〜。なかなかいい感じだな、春斗?」
『………』
内側からリアクションがない。
「春斗……?」
『………何さ?』
「本気で拗ねてるだろ、お前!?」
『当たり前じゃないか!! せっかくのほーちゃんとの同棲が……もう、傷心の僕はしばらく沈んでるから……』
「………」
一人部屋になって良かったと確信した。そして春斗に一言、言いたかった。
あれは同居であって、同棲ではないぞと。
ちなみに、辞書的には同じ意味だったりする事を一夏は知らない。
シャワーを終え、部屋着に着替え、歯も磨き終え、後は寝るだけである。
「………」
少しだけ、この空間が寂しいような気がする。
春斗はまだ、沈んだままだ。
そういえばと、今までの事を振り返る。
ISを偶然動かし、この学園にやって来て、箒と再会。
そして専用機 《白式》を与えられてセシリアと戦い、鈴とも再会した。
(なんつーか、色々あり過ぎだろ……)
そして、そのあり過ぎな時間を共に駆け抜けた半身。
不安なばかりの日々の中で、その存在は一夏の大きな支えであった。
「……寝るか」
照明を消し、一夏は新しいベッドに横になった。
―――コンコン。
「………ん?」
―――コンコン。
「……何だ?」
丁度ウトウトとし始めたところに、誰かがやって来た。ドアはまだノックがされている。
このまま寝てしまえば諦めるだろうと、一夏は布団を頭からかぶった。
―――ドンドンドンドンガンッ!!
「なっ、なんだァ!?」
いきなり荒々しく鳴り響くドア。しかも最後の「ガンッ!」とは何の音だ。
跳ね起きて、慌ててドアを開ける。
「誰だよ、一体!?」
「やっとでたか、一夏」
「ほ、箒……?」
果たして、そこには箒が居た。しかも後ろ手に木刀を持っている。どうやら謎の「ガンッ!」の正体のようだ。
新しい部屋を早速、破壊しにでも来たのだろうか。
そんな怪訝な表情で、一夏は箒を見ていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
篠ノ之箒は、いたく不機嫌であった。
「あのさ……そう睨まれる理由が分からないんだけど……?」
「別に、睨んでなどいない。元からこういう目付きだ」
「いや、すっごい怖い目しているって!? 何て言うか、視線だけで人殺せちゃうレベルのさ!!」
箒の視線の先には新たな同居人。元々はセシリアのルームメイトだったらしいが、彼女が部屋の殆どを占有してしまっている為、部屋替えを申請していたらしい。
これが何も言わなければ、今日も一夏はここに居たかも知れないと思うと、どうにも胸の奥がムカムカする。
もちろん、彼女なりの事情もあると分かっている。それでもこう思ってしまうのは、箒の乙女心故だ。
「あ〜、えっと……あたしのベッドはこっちので良いのよね?」
と言って指差したのは――元、一夏のベッド。答えを聞く前に、新たな同居人はそこに行こうとする。
「―― 違う。お前のベッドは窓際の方だ」
「……いや、だってそっちってさ……」
「私のベッドは今日からそこだ。だからこっちの窓際を使え。シーツもすぐに新しい物に変える。そこで待っていろ」
「………」
取り付く島もないとは正にこの事。箒は数分と掛からずにベッド周りの小物の移動、シーツの取り替えを済ませてしまった。
「さ、これで文句はあるまい。心置き無く窓際を使うが良い」
「うわ〜……ここまで露骨だと、むしろ清々しいわね」
部屋着に着替えた新たな同居人は、すっかりリラックス状態。ベッドに胡座をかいて座り、枕を抱えている。
箒はというと、備え付けのデスクに置いてあった物を移動中だ。
「あのさ、篠ノ之ってさ〜」
「……何だ?」
本を本棚に仕舞いつつ返事を返す。
「あの織斑一夏と幼馴染なんだって〜?」
「それがどうした?」
「――何、アイツに惚れてるの?」
バサバサバサッ!!
「うわっ、すごい分り易い反応!」
「な、なななななななあぁ………!?」
本を全部落としながら、顔を真っ赤にして振り返る。
「な」しか言ってないが、「何でその事を」「何のことだ」「何を言っている」でも、さほど大差なく事だ。
百聞は一見にしかず。その良い例が、ここにあるのだから。
「でさぁ、告白とかはもうしたんでしょ?」
「こくはっ………!?」
これ以上無いってぐらいに真っ赤になる箒。目がグルグルと回り出している。
「まさか、ずっと同じ部屋でいて……何も起きてないの!? てか、告白もしてないとか……どんだけよ」
「う……うわぁああああああんっ!!」
「うわっ、泣きながら竹刀を振り回さないでよ!? 危ないっての!!」
襲い来る竹刀を、枕でブロックをし続ける同居人。その動きは隙のない見事なものだ。
「……で、少しは落ち着いた?」
「むぅ……」
ヘロヘロになって力尽きた箒に、冷蔵庫にあったジュースを差し出す。
それを受け取り、一口飲む。
「あ〜あ、枕がボロボロじゃないのよ……」
「うっ……す、すまない」
「それでさ……どんな状況な訳よ? ここまでやっておいて、教えられない、は無いわよね?」
「む、むぅ……」
失態を見せてしまったバツの悪さから、箒は彼女にポツリポツリと答える。
そして――――。
「あはははははははははははははっ!!!」
「わ、笑うなぁああああああああっ!!」
箒は大爆笑された。
「いや〜、箒は本っ当に可愛い性格してるのね〜。あたし、気に入っちゃったわよ」
何時の間にやら「篠ノ之」から「箒」に呼び方が変わっているが、そんな事は些細な話だ。
「……で、実際どうするのよ? オルコットと凰って、彼に気があるみたいなんでしょ?」
「そ、そのようだが……」
「で、しかも随分と積極的。唯一のアドバンテージである同室も………ま、これは良いか」
箒にギロリと睨まれ、思わず視線を外す。部屋のことは禁句指定するべきと理解した。
「でも、言わせてもらえれば……箒、出遅れしてるわね」
「っ!? そ、そんな事は分かっている……!」
「だったら告白するべきよ! 今すぐ! レッツナウよ!」
「今すぐ……!? そんな……心の準備も出来ていないのに、そんな事出来るものか!!」
「心の準備なんて、何時まで経っても出来やしないわよ。だからこそ”覚悟”を決めて、告白するのよ!!」
「か、覚悟……」
「そうよ」
「だ、だが……一夏が私をどう思っているか……それが分からなければ……」
「む〜、この子はどこまで乙女回路フル可動なのよ。じゃあ、こうしたら?」
「……?」
新たなる同居人の言葉に後押しされ、箒は今、一夏の前に立っている。
「何だよ、一体……?」
「う、うむ……その、だな……」
「取り敢えず、部屋に入るか?」
「……いや、ここで良い」
なんでもない事は普通に答えられる。だが、肝心の話となると口が動いてくれない。
「………」
「………」
沈黙。気持ちと体がズレてしまったような感覚が箒を焦らせる。
「用がないなら、良いか? 俺、もう寝るから」
「っ!? ま、待ってくれ!!」
一夏が痺れを切らしてドアを閉めようとするのを見て、箒は慌てて声を出した。
『心の準備なんて、何時まで経っても出来やしないわよ。だからこそ、覚悟を決めて告白するのよ』
(覚悟を決めて………覚悟を)
ゴクリと、からからになった喉を湿らそうと、唾を飲み込む。
顔から火が出そうな程に熱いのが、自分でもよく分かる。
「ら、来月の学年別トーナメントだがな……」
「あぁ、それがどうかしたか?」
「っ………!!」
ええい、女は度胸。とばかりに、木刀をビシッ!と、鼻先に突きつける。
「私が優勝したら……つ、つつつ……!」
「つつつ……?」
「つつ………付き合ってもらう!!」
「…………え?」
「よよよ、要件はそれだけだ!! ではな、私はもう寝るっ!!」
箒は踵を返して、ズカズカと廊下を早足で行ってしまった。
『なぁ、春斗?』
『……何?』
残された一夏は、頼もしき半身に答えを求めた。
『――俺、何に付き合えば良いの?』
『………。本気でバカじゃないの?』
半身の反応は、とてつもなく冷ややかだった。