IS〔ツイン・ソウルズ〕   作:犬吉

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Another Side  黒の覚醒め/波乱の予兆

時は少し戻って、鈴との対決――そしてアンノウンの乱入が起こるクラス代表戦の少し前。

小さな異変は、とある日の夢より始まっていた。

 

 

ザァァァァァァァァァン……。

 

「ここは……?」

春斗は自分が、何処とも分からない場所にいる事に気が付いた。

白波が寄せては返し、黒のカーテンで覆われた空にはキラキラと眩い満天の星達。

そして、その中心には星を従える美しい満月。

 

「ラ〜、ララ〜。ララ〜ラ〜」

「ん? 何だ……歌声?」

どこかで、誰かが歌っている。春斗は声の方に歩き出した。

サクサクという砂の音を鳴らし、辿り着いたのは海岸から上がった所にある岬の木の上。

その枝に腰掛け、足をプラプラさせながら歌っているのは白い少女。

「君は……誰?」

「ラララ〜ララ〜、ラ〜」

少女は答えず歌い続ける。まるで誰かを呼んでいるように。

「………まだ、その時じゃないよ」

「えっ……!?」

もう一度だけ声を掛けてみようとした時、いきなり背後から掛けられた声に驚いた。すぐに振り返るが、そこには誰もいない。

「でもいつか、きっと………会えるから」

「誰だ……誰なんだ、君は!?」

「―――――で」

「え……?」

「――――しを――んで」

そして、夜が明けていく。それと共に春斗の意識が遠くへと消えていった。

 

 

 

 

 

「ん……?」

ふと眠りから覚め、そのままベッドから体を起こす。

時間を見てみると、まだ朝の四時であった。カーテンの隙間から溢れる光は少なく、未だ日の出していないと教えられる。

隣のベッドからは、箒の静かな寝息が聞こえていた。

「あれ……?」

違和感を覚える。何故、”自分は起きている”のだろうか。

「どうして、”僕”が……?」

肉体を共有しているとはいえ、この体は一夏のものだ。

つまり、一夏の意識を起こさなければ、春斗には”指一本さえも動かせない”筈なのだ。

一夏の意識を探ると、深い位置で静かな波動を感じた。意識は完全に眠ったままのようだ。

 

 

一体何故こんな事が起こってしまったのか。

その原因を探るも、思い当たるのは――あの、奇妙な夢。

内容は良く憶えていないが、だが、不可思議だった事は覚えている。

今まで、こんな事は一度もなかった。

それがいきなり変な夢を見て、そして起きればこの状況。まるで”自分が一夏を侵食している”ような不安感。

「そんなバカな……ナンセンスにも程がある」

馬鹿らしい考えだと、首を振る。

頭もすっかりと目覚めてしまっている。春斗は取り敢えず、パジャマ代わりの部屋着を着替える事にした。

脱いだ物をベッドに置き、シャツの袖に腕を通す。

「むっ……ボタンがし難い……っと、入った」

小学生の時は私服であったし、弓道場では弓道着であった。春斗にはこういったワイシャツを着た経験が殆ど無かった。

せいぜい、箒の誕生日におめかしして行ったぐらいだ。

 

制服に着替えた(上はYシャツのまま)春斗は洗面所で顔を洗い、髪に櫛を通して寝癖を直すと、今度は歯を磨いた。

誰もが普通にする日常の行為。だが、春斗にとっては数年ぶりに行う事だった。

口を濯ぎ終え、顔を上げた。

鏡に映る顔は織斑一夏。だが、自分は織斑春斗だ。

この状態の奇妙さに改めて気付き、つい苦笑してしまった。

 

 

 

一夏が何時も起きる時間まで、結構な余裕がある。

せっかくなのでモバイルPCでも弄ってみようかと、春斗はそれを引き出しから取り出す。

箒は未だ寝ているので、起こさないようにそっと動く。

「うぅ……ん……」

「っ……!?」

寝返りをうった箒に、つい目が行ってしまった。

その瞬間、凄まじいショックが春斗を襲っていた。

 

仰向けに、悩ましげな寝顔を見せる箒。

乱れた合わせから、もう少しで顕になってしまう豊か過ぎる双丘が揺れる。

スラリと伸びた生足が、布団から惜しげもなく晒され、まるで蝶を誘う花のように甘い香りを発している幻を春斗に与える。

余りにも無防備で、そしてとても官能的な姿。

熱に浮かされたように、春斗は無意識に箒の傍らまで歩を進めていた。

 

「っ……」

ゴクリと、固唾を呑む。両の手が我が意志を持ったかのように、徐々に箒に向かって伸ばされていく

理性と本能がせめぎ合う音が、鼓膜の奥に響いている気がした。

 

 

 

「………ふぅ」

布団をそっと、箒にかけ直した。

理性がギリギリで勝利を収めたようだ。

紳士たる(笑)春斗には寝ている女性を襲うなど、あり得ない選択肢だ。

尤も、箒の寝姿をしっかりと”記録”している辺り、理性の勝利と言えるのかは甚だ疑問であるところだ。

春斗はそっと、部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

春斗は談話室に移動し、コンセントのある端の席に座った。

立ち上げたモバイルPCをネットに接続すると、いくつものニュースサイトを巡って主だった物を閲覧していく。

「デュノア社製フランス第三世代IS、トライアルに向けて順調……か。あれをたった一年程度でとは……流石だな」

第三世代IS開発に遅れていたフランスが、デュアン・ヒューイック博士の粒子加速理論を取り入れたIS開発を始めたのは、およそ一年前。

その経緯を知るとはいえ、それが既に形となっている事に春斗は驚いた。

 

その後も色んなニュースを見ながら、自販機で買ったコーヒーを啜る。

好みはブラックなのだが、飲もうとすると一夏に「ブラックは胃に悪い。ミルクは絶対に入れろ」と五月蝿く注意されるので、ミルク入りだ。

自分の体を取り戻したら、絶対にブラックを飲む。そう決意している。

 

 

「……メールが届いてるな」

差出人はシャルロット。春斗と同い年の、フランスの少女である。

シャルロットとのやり取りは、もう三年近くになっている。

春斗がヨーロッパの科学サイトで行われた、有名科学者とのチャット対談に参加したのを見ていたらしく、春斗に興味を抱いたらしい。

尚、その対談はあっと言う間に論戦に変わり、春斗とその科学者のガチンコになってしまった上、春斗が相手を論破してしまうという結果に終わっている。

 

 

シャルロットは一時期、家庭の事情で色々と問題があったらしいが、今はそれも解決したと連絡をもらった。

「――そうか、こっちに来るのは六月か……」

メールには留学準備を終え、いよいよ日本に向かう旨が書かれていた。

彼女は春斗に会いたいと言っているが、出来るなら接触は避けたい。

他の学校ならばともかく、彼女の留学先は恐らく、このIS学園なのだから。

それは本人から聞いた訳ではない。だが春斗は、彼女が今やフランス代表候補生になっている事を知っていた。

自分が一夏の体で会うなど、出来る訳がない。

そんな事をすれば、一夏が色んな意味で修羅場に堕ちるだろう事は、火を見るより明らか。それはそれで面白そうだが、態々自分から厄介事を起こすこともあるまいと、頭を振る。

 

 

(まぁ、向こうは僕の名前も知らないし……探しようもないか)

 

 

要らない心配だろうとコーヒーを飲みきって、紙コップをダストボックスに投げ込む。

「どうした!? 随分と早起きじゃないか、一夏……?」

驚いたような声が、談話室の入り口から届いた。そっちを向けば白いジャージ姿の千冬が信じられないといった表情で、こちらを見ていた。

「……お早う、千冬姉さん」

春斗がそう返すと、更に驚きに顔を染めた。

「っ!? 春斗……!? どうしてお前が表に出ている!?」

「いや……起きたらもう、表にいたんだ。一夏はまだ眠ったままだし……代われないから」

入れ替わりは、相手の意識が起きていないと出来ない。一夏の意識が覚醒しない限り、戻りたくても戻れないのだ。

 

「姉さんはこんな早くから仕事? 大変だね……」

「いや、まぁ……な」

と言いつつ、千冬は春斗の前の席に座る。

「姉さん?」

「だが、弟と話す時間ぐらい……無い訳ではないぞ?」

千冬はそう言って笑い掛けた。

こうして向かい合うのは実に数カ月ぶり。まして、気兼ね無く話せるなど、何時ぶりだろうか。

 

 

「……で、やっぱり白式を上手く運用するには、もっと特性を理解させないといけないんだけど……今日の放課後、少し見てくれないかな?」

「それは構わないが……身内贔屓などと、言われるかもしれんぞ?」

「担任がクラスの代表の練習を見るのは身内贔屓じゃないよ? ていうか、自分で言っちゃうの、そういう事……」

「あぁ、それもそうだな……すまん」

だというのに、春斗の口から出てくるのは、どうすれば一夏の訓練がもっと効率良く出来るかという事ばかり。

これは家族の会話などではない。ただの打ち合わせだ。

「それは分かったが……その、お前自身は何かないのか?」

焦れた千冬は直接的に尋ねる。と、春斗は目をパチパチとさせた。

「何かって……何も無いけど?」

「っ………そうか」

「………?」

どういう事だろうかと、春斗は首をかしげた。

 

(どうして「何も無い」などと、簡単に口にしてしまえる……!)

 

春斗は昔から、千冬に「何でもないよ」「大丈夫だよ」「平気だから」と答え続け、我侭も何も言わない子供だった。

 

(いや、違う……どう言えば良いか分からないんだ。私が、そうしてしまったんだ……)

 

 

 

 

 

 

両親に捨てられ、千冬は家長として二人を育てるために必死だった。

一夏はそれを理解しつつも、色々と我侭を言ってきてやはり大変だった。

だがそれは歳相応の事で、今思い返せば普通の事だ。

 

だが、春斗は一度もそんな事を言わなかった。

とても聡い子であったから、一夏が我侭を言って困る千冬を見て、全部呑み込んできたのだ。

更に、生まれつき体の弱い方だった春斗は、よく体調を崩した。

それが尚更、春斗を何も言えない人間にしてしまった。

 

その体を鍛える為にと始めた弓道も、様々な語学勉強も、科学研究を読み潰すのも、束のラボにISの事を聞きによく足を向けていたのも。

総ては寂しさを言えない、埋められない事への代償行為。

 

 

「春斗はいい子だな。一夏も、もう少し春斗を見習って良い子にしていろ」

 

 

この言葉を、自分は何度言っただろうか。

それは呪いのように春斗の心を縛り付けていった。

 

そして今、家族の千冬にさえその心を本当に開いていない。そう思えて仕方がなかった。

 

 

 

 

 

「――なぁ、春斗?」

「何?」

「何かしたい事はないか? お前はその……もっと色々、自分の好きな事をやってはどうだ?」

「……それで、僕の事がバレるのは問題でしょ?」

「それはそうだが……だが、外に出ているだけでは意味が無い。もっと……我侭を言っても良いんだぞ?」

千冬の言葉に、春斗は少し考える素振りを見せる。

「―――僕は結構、我侭に生きてたと思うよ? 弓道も、ISの事だって、姉さんが関わらせたくないの知ってたけど、束博士に教えてもらってたし……」

 

春斗は席を立ち、コンセントに差してあったアダプターを引き抜く。

そしてモバイルPCをシャットダウンさせた。

「じゃあ、そろそろ部屋に戻るよ。姉さんの邪魔、する訳にはいかないしね」

春斗はモバイルPCを抱えて、談話室を出ようとする。

 

 

「―――春斗」

「何、姉さん……?」

呼び止められ、春斗は振り返る。

「私は一度だって、お前を邪魔などと思ったことはない」

「………」

「それともう一つ。”生きてた”などと二度と言うな。お前は”今も生きている”んだ……どんな形でもな」

「…………うん、分かったよ」

 

 

 

 

春斗の去った談話室で、千冬は顔を伏せた。

 

 

あの日春斗に生きていて欲しいと願った。もうあの声を聞けない、あの笑顔を見れないなどと思いたくなかった。

どんな形でも生きていて欲しいと願った。

だが、それは本当に正しい選択だったのだろうか。

今でも何度となく迷う。

 

自分の我侭で一夏の存在を危険に晒し、春斗を更なる孤独へと追い遣っただけなのではないか。

鈴が転入してきた事は幸運だった。

だが鈴は全ての事情を知る相手であって、”信頼できる他者”ではない。

 

 

春斗にとって、未だに誰一人として、”信頼できる他者”は一人もいない。

 

いや、一人だけそう成り得る可能性を持った者はいる。

だがもしも彼女に否定されることになれば、春斗がどうなるか想像するだけでも恐ろしい。

あやふやで曖昧な陽炎の如き存在が、明日消えてしまうことさえ起こり得るのだから。

 

出来るならば、春斗が心より信頼たる他者が現れんことを。

そんな奇跡のような出来事を、願わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

その日の放課後。

セシリアと箒が所用の為に不在であったので、千冬と共に特訓をしていた。

 

後の切り札となる瞬時加速(イグニッションブースト)の会得や、この後の訓練に関しての指針などを学んでいた。

 

「ところで千冬姉……?」

「織斑先生だと何度言えば――」

「いいや。千冬姉にちょっと見て欲しいものがあるんだ」

「……何だ?」

教師ではなく、姉に見せたいのだということを理解した。

 

一夏は瞳を閉じ、雪片を持つ手を前方に掲げた。

 

 

キィィィィィ……ン。

 

 

雪片は量子変換され、その手から消えていった。

「……それがどうした? 雪片を収納しただけだろう?」

「……違うよ。一夏は雪片を収納してなんかいないよ。僕と入れ替わっただけだもの」

「春斗……!?」

「白式は僕と一夏が入れ替わると、自動的に雪片を収納して、ロックしちゃうみたいなんだ。そしてその代わりに……」

春斗は左手を前方に突き出し、意識を集中させる。

「来たれ、月影……!」

その呼びかけに応えるように量子変換の光が集い、それが出現した。

大きく反った刀身は二刀一刃。その切っ先を光の弦が結びつける

「それは……弓か」

「弓剣月影。雪片がロックされると同時に開放される、もう一つの初期装備(プリセット)。すごく矛盾した武装だよ」

「………」

「白式に二つ、初期武装があるのはおかしくないよ。でも、射撃用のセンサーリンクさえ無い白式に、これがあるのはおかしい。それに僕と入れ替わらないと使えないっていうのは、更に矛盾している」

本来、白式は一夏の為に用意された専用機だ。春斗が動かせるのはイレギュラーの筈であり、そもそも武装をロックする意味が無い。

 

 

一つの可能性を除いては。

「白式ってもしかして……束博士が作ったISなんじゃない?」

「………」

沈黙。それだけで充分、答になっていた。

「ちょっと待った。白式は学園で用意したんじゃないのか? それが束さんが作ったって……妙じゃないか?」

「でも、それ以外に白式に初期武装が二つ。しかも、一夏には雪片しか使えない事の説明はできないよ?」

「確かにそうだけどさ……」

「その辺の経緯はもう、本人に聞くしかないんじゃないかな?」

 

 

「ちょっと待て、お前たち!? 何を普通にしゃべっている!? というか、何だそれは!?」

千冬は珍しく取り乱していた。それもそうだろう。なにせ今、二人の声が普通に聞こえたのだから。

「あ、これ? ISのプライベートチャンネルを介した会話システム。端末と繋げば電話もできるようになるんだけど……そっちは未だ調整中なんだ」

「春斗、何時の間にそんなものを……?」

「え? 一夏が訓練してる間にずっと弄ってたんだ。この間、やっと完成したんだよ」

「そ、そうか……だが、あまりやり過ぎるなよ?」

嬉しそうに言う春斗に、千冬はそう言ってやるのが精一杯だった。

一体どこの世界に、ISのネットワークを嬉々として弄ってしまう奴が居るだろうか。

 

(あぁ、目の前に居るか……)

 

このまま行けば、うさぎ耳カチューシャの背中が見てしまいそうだが、春斗はあれ(・・)のような社会不適合者という訳ではない。

しかし、姉としては不安を抱いてしまう。

何せ天才という部類は、何処か吹っ飛んだ思考をしている事があると、身を持って知っているからだ。

 

「それはそれとして……取り敢えず、これの試し撃ちをしてみたいんだけど……良いかな?」

「あ、あぁ……ちょっと待て。ターゲットを出す」

 

ポチポチと端末を操作すると、アリーナにターゲットが10個、出現する。

 

「久しぶり、ていうか……ISで弓を使うなんて初めてだよ。なんだかドキドキするね」

「お前ってやっぱり弓、好きなんだな……?」

「そりゃあもう。静かな空気の中で一矢に集中するあの感覚。矢が的を射抜いた時の心地良さ……最高だよ」

いつもは見せない、子供のようにはしゃぐ春斗の姿を、千冬はただ優しく見守っていた。

「では、始めるぞ」

「………」

春斗は集中して弓を引く。ISという物を挟む故に生まれる、感覚のズレを削いでいく。

 

一矢、発射。

「……左にずれた」

二矢、発射。

「今度は上か……」

三矢、発射。

「おぉ、真ん中命中だ!!」

「まだまだ、偶然だよ」

その後、四、五矢と射っていく。

 

 

「87点か……凄いじゃないか」

「う〜ん、もうちょっとかな?」

一夏はこの成績に驚き褒める。が、春斗は納得がいかないようだ。

 

「千冬姉さん。今度は空中にもターゲットをお願い。飛行射撃をやってみたいから」

「分かった。ターゲットはランダム出現と、ランダム移動タイプだ」

「いきなりハードじゃない、それ?」

「やるなら徹底的にだ。仮にも『弓道王子』だの『現代の那須与一』などと呼ばれていた天才弓道少年だ。これ位は、やって見せてくれるだろうさ」

「うわ〜っ! そんな黒歴史を引っ張り出してこないで〜っ!!」

ちなみに今のは、春斗の弓道の師匠を取材にきた新聞社が、勝手に付けた呼び名である。

何故こうなったかといえば、その師匠が春斗の事を類まれなる才能の持ち主だとか何だとか褒めたせいで、興味を持たれたのだ。

そして物の序でと取材をされて、記者は春斗の弓に感嘆と興奮を覚えた。

結果、こんな黒歴史の誕生である。

元々、男子の弓道人口は少ない。そして春斗は細身の、どっちかといえば一夏よりも、大人しめの印象を与える容姿をしている。

話題を欲していた弓道雑誌や、スポーツニュースなどの取材も受けて、その呼び名は瞬く間に広がってしまった。

今は、あの取材を受けた事を果てしなく後悔している。

具体的に言うと、千冬がその時の弓道雑誌と、新聞記事、ニュース映像をきっちり保存している辺りがだ。

 

 

嫌な事を思い出してしまったと首を振り、ともかく今はターゲットの撃破である。

春斗は空に上がった。

「っと……バランスが上手く……!?」

やはり一夏用にセッティングされている以上、春斗には動かしにくいようだ。

射撃は繊細さと安定性が必須。自分の体勢を維持できないようでは射撃など不可能だ。

なので、必死にイメージする。

(自分の中心点からX、Y、Z認識における三次元リングの展開……自分が動くのではなく、世界を回すイメージで……)

白式を透明な球体に入れ、その内側を滑って体勢を取るイメージを生み出し、射撃体勢を取った。

 

 

 

「………やっぱり、白式は僕の動きに合わないね。反転や一零停止、動作系が全く合わないよ」

「まぁ、近接特化だしな……」

「射撃戦闘は壊滅的……これなら最初から無い方がマシだったんじゃないかな?」

色々と話しながら、白式は千冬の居る地上へと降りていく。

 

 

―― フォーマットを完了しました。確認ボタンを押してください ――

 

 

「……ん!?」

「なっ……!?」

いきなり立ち上がった画面に、春斗と一夏は揃って驚きの声を上げた。

フォーマット終了。

それはつまり、フィッティングが終わったという事だ。

 

「「…………」」

 

どうしたものかと悩み、どうにも出来ないと思考が止まる。

白式はさっさと押せとばかりに、その画面を消しはしない。

「……すっごく怖いね、これ」

「爆発とかしないよな?」

「ゴメン、一夏……僕の為に尊い犠牲になってしまって」

「勝手な事言うなよ!? ならねえぞ、俺はお前の犠牲になんて!!」

涙を拭い、春斗はそれを押した。

 

 

そして、それは覚醒した。

 

 

純白の装甲は黒く染まり、両手は白地に黒のライン。

スラスター翼も黒と白で構成され、白式のフォルムを持ちながら、全く別のISへと変貌していた。

 

「白式が……黒くなった……!?」

「お、俺の白式がぁあああああっ!?」

「色だけじゃない……データも出力バランスが変わってる!? これじゃ、全く別のISだ……!!」

「千冬姉さん、どういう事!?」「千冬姉、どういう事だよ!?」

「私が知るかっ!!」

とても的確なツッコミである。

 

 

 

事態は全く以て混迷の一途をたどった。

一夏と入れ替わった途端、白式は元の白い姿を取り戻し、ステータスも元通り。

春斗が出てくると黒くなり、ステータスが変化する。

 

「こりゃ、まるでオセロだな」

「なるほど。白と黒で丁度良いね」

「ほう、なかなか上手い事を言うな、一夏」

彼らは現実逃避していた。

 

なにせ、これを作ったのがあの篠ノ之 束である以上、思考回路をショートするまで回転させても、考えは及ばない。

ISに関してプロフェッショナルである千冬でさえ、この現状をどう受け止めれば良いか分からないのだ。

黒い白式の事をこれ以上、考察しようもないのが現実であった。

 

 

考察が出来ないからと言って、現実逃避を続ける訳にも行かない。

千冬は咳払い一つして、春斗に言った。

「とにかくだ……いいか春斗、その姿は公の場に出来る限り晒すな。それは……本来、ありえない姿なのだからな」

「――分かってるよ。残念だけど、僕はISを使わない方が良いみたいだし」

「………」

千冬も出来るなら、春斗にもISを遣わせてやれればと思う。

だが武装はともかく、見た目まで大きく変わってしまうのは痛い。

あれでは悪目立ちが過ぎる。残念だが、諦めてもらう以外にない。

 

「………だが、公の場以外で……他の誰もいないか、凰のように事情を知っている者の前ぐらいなら、使っても良いぞ?」

やはり、自分は甘いと千冬は思った。そんな事で漏洩を防げるわけがないのに。

「ありがとう。千冬姉さん」

その言葉を聞くだけで、千冬の心が温まってしまう。

 

少し元気を取り戻した春斗がポツリと零した。

「白が表の白式なら、さしずめ黒は裏の白式ってところかな?」

「お、なるほど。つまり”裏白式”か」

ポン、と一夏が手を打った瞬間、異変が更に起きた。

目まぐるしくデータが流れ、二つの画面が立ち上がる。

 

 

 

―― 自機名称 白式 ――

―― 自機名称 裏白式 ――

 

 

「……登録された?」

「ウソッ!?」

 

 

 

 

偶然か、それとも何者の画策か。

生まれたのは二つのIS。

 

白く輝き、閃光の刃を振るう白式。

黒く艷めき、月光の一矢を放つ裏白式。

 

 

 

 

全ての始まりは、奇妙な夢。

それが導くのは果たして、どのような未来だろうか――――。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

時は、箒と春斗の告白が行われた頃。

 

ドイツ軍の基地から一機の飛行機が飛び立った。

生憎の悪天候であり、機体が乱れた気流にガタガタと揺れる。

「………」

が、機内にいる一人の少女は、全く平然として腕を組み、瞳を閉じていた。

長いシルバーブロンドの髪と黒い眼帯が特徴的で、その顔はまるで彫像か、人形のようであった。

 

「………日本、か」

 

ポツリと呟く。

そこに居るのは、自身の尊敬――敬愛する人物。

そして憎むべき、不倶戴天の敵。

少女はやおら瞳を開き、胸ポケットから一枚の写真を取り出した。

 

 

 

 

 

 

そして同じ頃、フランスでも、一人の少女が日本行きの便に搭乗するべく空港を訪れていた。

「フィリーさん、色々とありがとうございました」

「いいえ。私も楽しかったわよ、シャル」

「えへへ……」

語り合うのは、一人は少し小柄なブロンドヘアーの少女。

そしてもう一人は、銜え煙草をしたブラウンのロングヘアーの女性。

「日本に着いたら、連絡を頂戴。博士にも報告するからさ」

「はいっ」

アナウンスが、日本行きの搭乗を始めた事を告げる。

「じゃあ、行ってきます!!」

「行ってらっしゃい! 例の彼、ちゃ〜んと見つけてきてね!!」

「はいっ! 必ず見つけます!!」

シャルと呼ばれた少女は、フィリーに手を振って返し、そして小走りにゲートへと向かった。

急ぐ必要はないのだが、どうしても心が竸ってしまう。

「やっと……やっと会えるかも知れない」

シャルは上着のポケットから、一つの封筒を取り出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シルバーブロンドの少女は苦々しく呟く。

「早く会いたいものだな……」

ブロンドヘアーの少女は嬉しそうに呟く。

「早く会いたいな……」

 

 

 

「―― 織斑 一夏」

「―― 織斑 ハルト」

 

 

 

 

波乱は、すぐそこまで迫っていた。

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