IS〔ツイン・ソウルズ〕   作:犬吉

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第12話  New Days/New Comers

 

波乱の火種とは、恐らくはいつも小さなものなのだろう。

本当に些細な事が、やがては途轍もないトラブルを生み出す事になる。

そんな実感を、織斑春斗はする事になる。

 

季節は六月。

末に学年別トーナメントの行われる月である。

 

 

 

 

「大丈夫〜、箒?」

「あぁ……なんとか。すなまいな、織羽……」

六月頭。折角の休日ではあるが、篠ノ之 箒は熱を出してしまい、自室で寝ていた。

おでこに冷却シートを貼り、ボ〜ッとする頭で何とか答える。

 

何故に彼女が風邪を引いたかといえば、春斗の告白が原因であった。

電話が切れた後も、箒はずっと談話室でうなだれていた。それこそ、日が昇るまでだ。

初夏近いとはいえ夜は涼しく、薄着でずっといれば風邪の一つも引く。ましてや、精神的に弱ってしまっているならば尚更だ。

流石に春斗は責任を感じてしまい、看病を申し入れた(表向きは一夏)が、同居人である辰守織羽にやんわりと断られた。

「でも、本当に良かったの? せっかく彼に甘えられるチャンスだったのに……」

「………いいや、それはできん」

何度か聞いてみるも、答えは一緒。頑なに一夏の看病、見舞いさえ断るのだ。

最初は風邪をうつさないようにという配慮かと思われたが、どうもそうではない気がする。

「ねぇ、もしかしてさ……ずっと談話室にいた事と、関係有り?」

「っ……!!」

そう云うや、箒の顔が真っ赤になる。熱のせいではなく、それは羞恥によるものだ。

 

 

 

『僕は………貴方の事が好きです。友人としてじゃなく、幼馴染としてでもない。一人の女性として……貴女が、好きです』

 

 

 

脳内にリフレインするその言葉。人生初めての告白。

「〜〜〜〜〜〜っ!」

内側から、まるでマグマがせり上がるような感覚が走る。

「……その反応は、何かあったな?」

「っ……!?」

この同居人は、何故こうも人の心を読んでしまうのか。驚きに目を見開くと、ニコリと微笑みやがった。

 

「せっかく休み返上で看病してあげてるんだから………当然、教えてくれるよね〜?」

「………むぅ」

看病されている手前、どうにも弱い。

それに何だかんだと言って、自分の告白を後押ししてくれた経緯もある。一夏の鈍感さはどうにもならなかったが。

 

それに、これは一人で抱え込むには重すぎる荷物だ。誰かに話して楽になりたいと思っていた。

「じ、実は……その………」

仕方なく、箒は昨晩の事を話した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………つまり、何? 織斑一夏に告白した後、その双子の兄の方から告白をされて……それを断ったはいいが、その事がずっと頭に残ってしまって、悩み続けていたら朝になっていたと?」

「………」

箒はコクンと頷く。

「それはあれかい? 独身者に対する当て付けと受け取って良いのかな? ていうか、自分は少女漫画のヒロインみたいにモテて恋に悩む乙女で青春を謳歌してますっていう自慢かコラーーーーーッ!?」

ここにちゃぶ台があったらひっくり返しそうな勢いで、織羽に叫ばれた。

「な、何でそうな――ゴホゴホッ!!」

「何でも何も、そういうふうにしか聞こえないわよ! 大体、兄の方の告白は断ったんでしょ? 何をそう悩むってのよ!?」

「これはそういう単純な話ではない……ゴホッ、ゴホッ」

「複雑に見えるのは、箒がハッキリしてないからよ」

「どういう事だ……ケホッ」

「ズバリ、その兄の方を意識し始めちゃってるのよ!!」

「ブフ―――ッ!? ゲホッゲホ、ゲーホゲホゲホッ!?」

とんでもない発言に、箒は噴き出した上に思いっきり咳き込んだ。

後一つランクアップすれば、何時吐血してもおかしくなさそうである。

「そ、そんな訳が……!?」

「あるかも知れないから、そうやって悩んでるんじゃないの?」

「違うっ!! ただ……ずっと、私は春斗に甘えていたから……だから、それをあんな風に傷つけてしまった事が……申し訳ないだけだ」

「ふーん。それこそ申し訳ない事だと、言わざるをえないわね?」

「何……?」

「だって、箒がそんなに宙ぶらりんじゃ、その兄の方も諦めがつかないんじゃない?」

「………」

「仮にも答えを出したんだから、その責任は果たすべきじゃないかしら?」

「果たすべき責任……?」

「今度の大会で優勝するとか、自分の想いをしっかりと彼に伝えることとか……そういう事よ。取り敢えず今は、風邪を治すことだけどね」

織羽はそう言い残して、部屋を後にした。箒の脱いだ浴衣やら下着の類を洗濯に行ったのだ。

「………」

一人部屋に残された箒の胸を、織羽の言葉が締め付ける。

(私は……私には、何が出来る……? 何をやれる……?)

春斗の想いに報いる為に、何より自分の為に。

 

だが、それでも踏み出せない。

後押しされ、賭けを持ち出し、自分の想いを自分の言葉でさえ伝えられない臆病者の自分。

情けない。

心が乱れ、様々な想いが泡沫の如く、浮かんでは弾けていく。

 

 

 

 

 

 

人付き合いという事が苦手だった。

我が身の怒りに任せて、己の鬱憤をはらす為に、暴力を振るったことさえある。

最低で、情けなくて、矮小な自分。想いを叶えることも、想われる資格もない。そんな存在だ。

 

(あぁ……こうやって落ち込んでいると、いつも春斗が……)

 

そこまで思い、首を振った。

まただ。また考えてしまった。

これはきっと病のせいだ。そのせいで、心が弱気になっているだけだ。

 

織羽の言う通り、今は体を休めよう。

箒は深く息を吐いて、瞼を閉じた。

 

箒は、三人で過ごした幼い日々を夢に見た。

もう帰ることの出来ない、三人の時間に、自然と涙がこぼれていた。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

さて、学園は休校である。一夏達は久しぶりに、学園の外へとやって来ていた。

目的としては、これから必要になる夏物の類を寮に送る事と、ずっと放ったらかしにしていた家の惨状を、何とかする為である。

普段から整理整頓は一夏がやっていた為、掃除はスムーズに進む。

「やはり鬼門はこの冷蔵庫か……」

『卵などの生物は全滅。牛乳はもう、固まり始めてるよ?』

「よし。即座に廃棄だ」

態々、白式のハイパーセンサーを使って中を探り、一夏は防毒マスク(ただのマスク)を装着する。

 

 

三十分後、冷蔵庫は綺麗に空となった。

電気代もバカにならないので、全部のコンセントをしっかりと抜く。

そしてその過程で、最も恐ろしい物を見つけてしまった。

 

「………炊飯器か」

『確か、中身って入ったままじゃなかった……?』

そう。いつもならば余ったご飯は冷凍して保存するのに、あの日、あの時だけはそれをしていなかった。

保温状態で、一ヶ月以上。

開けた瞬間に、エイリアンが出てきたっておかしくはない状態であろう。

「………春斗、ハイパーセンサーは?」

『………聞きたいの?』

「……いや、いい」

一夏は即座に炊飯器をベランダに移動させる。そしてゴム手袋の上から軍手を装備し、雨合羽なんてものも羽織る。

これでケミカル対策はバッチリだと、一夏は禁断の扉に手を掛けた。

 

 

 

 

 

 

「………大丈夫か?」

「あぁ、この世の地獄を見ただけだ」

『うぅ……記憶力の良さが恨めしい……』

昼過ぎ。場所は五反田食堂。

そこは一夏の中学からの友人である五反田 弾の実家の食堂である。

一夏の目の前にはカボチャ煮定食。とても甘いカボチャの煮付けがメインの定食だ。

「あぁ、そうだよ。ご飯ていうのはこう白くて……ほかほかなんだよな」

一夏は涙を流しながら、ご飯を口に運んだ。

その様子に、弾は呆れ気味に尋ねた。

「……お前、本気で何があったんだよ?」

その答えは是非、粗大ゴミとして出された炊飯器に聞いて欲しい。

 

 

 

 

世界の正しさを認識しつつ、美味しい料理に惨劇の記憶を塗りつぶしていく。

「――で、どうなんだよ?」

「何が?」

「何がって、女の園だぞ!? もう、何か色々あったんじゃないのか!?」

「色々ねぇ……」

そう言われて思い返す。

入学してパンダ扱いされ、セシリアといきなり決闘。

代表になったら鈴と戦い、謎のIS乱入。白式は裏白式になって、謎のISを撃破。

何かあったというには濃密過ぎる経験だろう。

「……あり過ぎて、良く分からんな」

「あり過ぎてだと!? この助平大魔王がっ!!」

「誰が助平大魔王だ! 少なくともお前の思考に重なる部分は一つもねぇよ!!」

「ウソだっ!!」

「ウソじゃねぇって! 大体、女の園なんて肩身が狭いだけだって……」

「何言ってやがる。俺にもハーレム行きのチケットよこせ」

「あるか、バカ」

弾の妄言を一蹴して、カボチャを一口。見事なまでに甘い。

このホクホクにならず、適度に水分の残った状態。素晴らしいバランスだと、一夏は心で賞賛する。

 

ちなみに、カボチャの煮付けをそのまま鍋に入れておくと、カボチャが消滅することがある。

一夏が、昔やらかした失敗である。

 

 

そんな中、同じテーブルに着く少女が口を開いた。

「……お兄、そろそろ黙ってくれる? ていうか、一夏さんとお兄の思考を一緒にするな」

凄まじい殺気を放ち、弾を睨みつけるの少女。

 

彼女は五反田 蘭。弾の妹で某有名私立女子校に通い、生徒会長も務める優等生である。

兄妹の力関係は、言うまでもない。

 

 

「ところでさ……蘭」

「な、何ですか……一夏さん?」

一夏が声をかけると、途端に口調がたどたどしくなる。

「何で着替えたの? ラフな格好も結構似合ってたのに」

そう言いつつ、さっきまでの蘭の格好を思い出す。

髪をヘアクリップで纏め上げ、タンクトップとショートパンツというラフな姿。

活動的な印象を与えるそれは、充分に魅力的なものであった。

「そ、それは……」

にも拘らず今の服装は、胸元にレースのあしらわれた半袖のワンピースと、フリルの付いたニーソックス。

キューティクルの煌くロングヘアーは下ろされていた。

さっきまでの服装を活発な少女と例えるなら、こちらは嬢様ファッションとでも言うべきか。

 

「態々着替えったってことは、もしかしてこの後何処かに出かけるの?」

「えっ!? えっと、その……そういう訳じゃ……」

「あっ、もしかしてデートとか?」

「違いますっ!!」

バンッ! と、テーブルを強く叩き、勢い余って立ち上がる蘭。

「そ、そっか……そりゃ、悪かった」

その必死過ぎる否定に一夏は面食らってしまった。

「……い、いいえ。でも、本当に違うんです……」

少し元気を無くしたように、シュンとする蘭。

『う〜ん、知り合って三年……やっぱり家族以外の男には心を開けないのかな?』

『………』

『……春斗?』

『…………そうなんじゃない?』

『……?』

そして、何処か様子のおかしい春斗に内心で首を傾げつつ、一夏は味噌汁を啜った。

 

 

「――ま、兄貴としてはデートであってほしいけどな。何せ、こいつがこんな気合入ったオシャレするとか、実に数ヶ月ぶりりリリィィィィィィッ!?」

弾が言い終えるよりも早く、蘭の手がその顔面に伸びていた。

「………ナニカイッタ、オニイ?」

その頭蓋が、ギシギシと嫌な音を立てている。後一押しすれば、頭部破壊で大会は敗退だ。

「ななな何も痛ってぇなぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!」

「………宜しい」

一部言葉が可笑しかったが、蘭は取り敢えず弾を開放した。

 

 

「そういや鈴と、例のファースト幼馴染だっけか? 学園で再会したってメールにあったけど……」

「あぁ。まさか箒と鈴に再会できるなんて思ってなかったよ。特に鈴の奴、代表候補生になっててさ……」

「………」

楽しそうに語る一夏を、箸を咥えながら蘭がジッと見ている。

そして、いきなり宣言した。

「私、来年IS学園を受験する!!」

「なっ、お前何言ってブッ!?」

驚いて立ち上がった弾の頭に、お玉がぶつかっていた。

投げたのはここの主人である五反田厳。齢八十にして筋骨隆々。一夏が千冬並みに恐れる人物である。

 

ダウンした弾は放置して、一夏は蘭に尋ねる。

「でも、蘭の通ってる所って大学までエスカレーターだろ? ネームバリューだってあるだろうに……どうして?」

「大丈夫、私の成績なら余裕ですから!!」

そんな事は誰も聞いていない。

 

「大体、IS学園に推薦なんて無いぞ? それに適性試験だってあるんだろ?」

と、復活した弾が言う。

IS学園には通常の試験の他に、IS起動の実技がある。どれだけ成績が良くても、ISが動かせなければ落ちるのだ。

「ふふ〜ん、これを見なさいよ、お兄」

そう言って蘭が取り出したのは一通の封筒。弾がそれを明けて中の紙を見る。

「なっ……!? 簡易適性検査……【判定 A】!?」

それは政府がIS操縦者募集の目的のために行っている無料検査。

簡易とはいえ、A判定はかなり優秀だ。

 

「これで問題は解決よ」

「はぁ……何時の間にこんなの受けてやがったんだ……?」

「ということで、一夏さんにはその……先輩として、色々とご指導願いたんですけど……」

おずおずと尋ねる蘭に、一夏はあっさりと答えた。

「あぁ、いいぜ。合格したらな」

「バッ、何あっさりとブベッ!?」

「本当ですか!? 約束ですよ!? 絶対にですからね!!」

弾が何かを言おうとするも、蘭がその顔を押し退ける。

「お、おう……約束だ」

その迫力に一夏は気圧されながら頷いた。

「〜〜〜〜〜〜っ!」

蘭は歓喜の余りガッツポーズ。

「お前いい加減に……母さん、何か言ってやってくれよ!?」

弾は妹の暴走を止めるべく母に援軍を求めた。

「あら、いいじゃない。一夏くん、蘭の事お願いね?」

「あ、はい」

「『あ、はい』じゃねぇ! 何も考えずに返事をするな!! 爺ちゃんはどうなんだよ!?」

最後の砦と、家長である厳に望みを託す。

「蘭が自分で決めたことだ。それとも何か? 弾、それに何か文句でもあるってのか……?」

最後の砦は、弾にとっては砂上の楼閣だった。

「……何も無いです」

四面楚歌とでも言うべき状況に、弾は項垂れるしかなかった。

そんなこんなとやりつつも、蘭は一足先に食事を終え、箸を置いてしっかりと手を合わせる。

「ごちそうさまでした」

そして食器を重ねて運んでいった。

 

普通の光景なのだが、一夏は千冬という存在のせいでこの行動に感動を覚えてしまう。

蘭はきっと、良いお嫁さんになるだろう。その相手が羨ましいものだ。

そんな事を思ってしまう。もちろん、自分がその相手の筆頭候補であるなどとは欠片さえも思わない。そこが彼が織斑一夏たる所以なのだ。

「なぁ一夏。すぐに彼女を作れ」

「なんでだよ?」

「なんでもいいから! 今年中……いや、今月中に作れ!! そうすれば全て解決だ!!」

「一体、何が解決するってんだ!? そもそも俺には、そんな事している余裕はないし、興味もない!!」

日々の授業にIS特訓。寮に帰れば、春斗による予習と復習が待っている。そんな中で更に、恋愛事などどうやって詰め込めというのか。

「お前は枯れた老人か!? それとも既に解脱でも果たしているのか!? そんなんだから鈴が苦労すんだよ!」

「……何で、鈴が苦労するんだ?」

「ううん! それはともかくだ、誰でもいいから、彼女を作れ! これはそう、世界のためだ!!」

「俺の恋愛は世界レベルの問題だったのか!?」

唯一の男子IS操縦者となればある意味、世界レベルで問題が起こりそうな可能性があるが。

「大体、何時になったらお前は女に興味をもつんだ? あれか、モテ過ぎて感覚が麻痺してるってかこの野郎!!」

「何でキレてんだよ!?」

「キレてねえよ!!」

 

 

 

「――お兄?」

「ひっ……!?」

 

弾の背後に掛かった、とてつもなく冷たい声。

錆びついた歯車のように弾が振り返ると、そこには現代の夜叉がいた。

 

 

 

『余 計 ナ 事 ヲ ス ル ナ』

 

 

 

声に発せず、しかし弾の生存本能に語りかける戦慄の旋律。

それは、一瞬で弾を凍りつかせるに至った。

「じゃあ、私はこれで失礼します。一夏さんは、どうぞごゆっくり」

蘭は「オホホホ……」などとお嬢様のように笑って、食堂を去っていった。

 

 

「……んでだ?」

「ん? 復活したか……?」

「何でお前ばっかりモテるだよ!? 顔か? その顔なのか? 今すぐよこせ、そのフェロモンフェイスを!!」

「意味が分からんことを言うな! さっきも言ったが、俺はモテた事など一度だって無いわっ!!」

「よーしよく分かった! その幻想を俺がブッ壊してやる!! 歯ぁ食い縛れ、モテ男!!」

「全然分かってねえじゃねえか!!」

「ウルセーッ!! 俺の思いは常に一方通行だ悪いか!!」

「悪いわっ!!」

 

そんなやり取りはすぐさま、厳の一撃によって鎮圧されるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

寮に帰ってきた一夏は、春斗と入れ替わっていた。

自宅から持ってきたPCをセッティングし、プログラム”真打”の調整をするためだ。

 

真打は元々、セシリアとの決闘用に作ったプログラムであり、デチューンされた訓練機で専用機を叩けるだけの機動力を生み出すという、とんでもないプログラムであった。

それ以上にとんでもないのは、それを数日と掛からずに組み上げた挙句、一夏に使わせようとした、春斗の思考のトビっぷりである。

「流石にこれを、ほーちゃんに使わせる訳にはいかないからね……」

『気のせいかもしれんが……俺の時は、そんな事考えてなくなかったか?』

「まぁ、一夏だったら死なないだろうと思ってたし……」

『おい』

「……ともかく、これを汎用プログラムに書き直さないと………っ」

『おい、春斗!?』

キーを叩いていた春斗が、突然揺らいだ。一夏が思わず叫ぶと、ハッとしてデスクに手を付いた。

「ゴメン、大丈夫……」

『……もしかして、”不安定化”してるのか?』

春斗は意識体――概念的に言えば精神そのもの、もしくは魂と呼称してもいい存在である。

それ故に揺らぎやすく、それがそのまま、存在の不安定さに繋がってしまう。

一夏の体に入ってすぐの頃は、こうして表に出ている時に揺らぎ、崩れそうになった事があった。

「いや、ちょっと疲れが出てるだけ……問題ないよ」

『……本当か?』

「もちろん。ウソなんて吐く訳ないだろう?」

一夏の心配を、春斗は笑って否定した。

『……なら良いけど。無理だけはすんなよ?』

「大丈夫だって。そんな大した作業でもないし……」

『そうじゃねえよ。お前に何かあったら……千冬姉も、俺も、鈴も……箒だって辛いし、悲しむぞ?』

「………分かってるよ」

そう呟いて、春斗はキーを打ち始める。

分かっている。自分のせいで泣いている人がいる事を。だから自分が出来る事をしたい。

名誉も、感謝も要らない。ただ生きている証のような物を残しておきたいのだ。

 

此処に、織斑春斗はいるのだ、此処にいたのだ―――と、誰かに伝えたいから。

全てはそう、自分の為だ。自己満足の為に、その口実に箒を使っているだけ。

 

(本当、救えないよね……)

 

僅か二時間半後、正式プログラムとして”真打”は仕上がった。

データディスクをPCから抜き取り、春斗は千冬のもとに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「ほう、こんな物を作っていたのか……」

千冬はそのデータを見て、若干の呆れ気味な声を出した。

それは現在、打鉄に行われているデチューンをそのままに、操縦者とのリンクを強化するプログラム。

これの実用性を結果として残せれば、第二世代量産機は、現行の性能を更に引き上げられるだろう。

それは、第三世代に移りつつある現状を数年は歯止めさせ、第三世代機に対応させれば、実用化までのプロセスを数年は縮めてしまうかも知れない。

 

 

「これの実用試験に打鉄を一機。搭乗者には篠ノ之 箒を推薦したいのですが?」

「何故、篠ノ之だ? 他にも適当な者はいるだろう?」

「彼女の適正はC。そして、剣道の大会で全国制覇するほどの実力を持っています。平均的適性と、個人の身体能力。更には個人的に信用のおける人物ですので、テストには丁度良いと考えます」

「……なるほど。一応、理屈としては筋が通っているな」

「………」

「――で、本心は何だ?」

「……彼女に、優勝出来る可能性をあげたいんです」

苦笑して、千冬にその胸中を明かす春斗。その余りにも切ない色に、千冬はすぐ気づいた。

「……取り敢えず、すぐに許可はできん。学園に提出し、審査をする必要があるからな」

「分かりました。では、それはお預けします」

「まて、春斗」

一礼して寮長室を出ようとする春斗を、千冬が呼び止めた。

「何でしょうか?」

「………いや、何でもない」

「――失礼します」

 

 

寮長室に一人残された千冬は、データディスクを見ながら不安を覚える。

IS――特にプログラムに関しては、束にさえ比肩するかも知れない才能を持ちながら、目立つ事を嫌い、名誉欲もない。

そんな春斗がこんな物を作った事自体が、不安を感じさせてしまう。

勿論、これの製作者の名を出す気はないが、これが成果を発揮すれば否応無く、各国はこれの出所を調べるだろう。

万が一にさえバレる事はないだろうが、そんな危険を犯してまで、どうして箒の為にそこまでするのか。

 

「………まさか、あいつ?」

 

ふと思い至った一つの考え。

それは、余りに残酷な結論だった。

箒が昔から、今も一夏に気がある事は知っている。

だが一夏はそれに気付いておらず、すれ違うばかり。

そして、もしも春斗が箒の事を―――。

 

「っ………」

 

寮内で噂になっている一つの事柄。それは僅かながら千冬の耳にも届いていた。

その噂の為にこれを作ったというのなら、どれだけ不器用なのだろうか。

 

 

データディスクを弄びながら、千冬は考える。

専用機相手に、量産機を使う生徒の優勝は難しい。が、ゼロではない。

ならば、これを提出せずにおけば、ゼロに更に近づけるのではないか。

いくら親友の妹といえど、実の弟の方が大事だ。

 

 

(……何を馬鹿な事を考えている)

 

それは余りにも愚かな事。

大事と言いつつ、それでは春斗の思いを蔑ろにしているだけだ。

 

「本当に、誰に似たのやら……」

 

そう呟いて、データディスクを鞄へと仕舞った。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

週の頭、月曜日。

箒は無事に復調し、春斗は取り敢えず安定を保っている。

鈴がその辺りをとても心配していたが、春斗は大丈夫と笑って返した。

「豪く騒がしいが……何だ?」

「さぁ。なにか噂話でもしているようですけど……」

箒、セシリアという珍しい組み合わせは、クラスのざわめきに首を傾げていた。

 

「おはよーっ」

『―――っ!!』

一夏が教室に着くと、ざわめきが一瞬大きくなった。

「随分と賑やかだな。何の話してるんだ?」

と、何気なく聞いてみる一夏。

 

 

「「「「「「「「「「何でもないよッ!!」」」」」」」」」」

 

 

返ってきたのは、全然何気なくない返事だった。

 

 

 

 

 

「は〜い、皆さん席に着いて下さいね〜」

訝しんだ一夏が聞こうとすると、真耶と千冬が入ってきた。

機を逃した一夏は、仕方なく自分の席に着いた。

『一体、なんだったんださっきのあれは……?』

『雰囲気から察するに、一夏に関係する事みたいだね……』

「う〜ん……分からん」

悩んだところで、答えは出ない。なら今はSHRと授業に集中するべきと考えを切り替えた。

 

千冬の出席簿アタックを態々、喰らいたくはないのだ。

 

 

教壇に立つ真耶と、その脇に控える千冬。

まず千冬が口を開いた。

「今日から本格的な実戦訓練に入る。訓練機とはいえ、ISを使う以上危険が伴う。なので、各人は気を引き締めるように」

『はい――ッ!』

気合の入ったいい返事が千冬に返される。

 

「それぞれのISスーツが届くまでは、学校指定の物を着用する事。忘れた者は学園指定の水着を着ろ。それさえ忘れた者は、下着で良いだろう」

 

いやいや、それはダメでしょう。と、内心でクラス中から総ツッコミである。

千冬も本気で言っている訳ではない。無いはずだ。きっと。

 

「では、山田先生。ホームルームを」

尚、千冬は一夏が自宅に帰った時に出してきた、サマースーツに袖を通していた。

それに若干の満足感を覚えつつ、一夏は視線を教壇に戻した。

「はい。ではまず、今日からこのクラスに加わる転校生……しかも二人、を紹介します」

ざわ。と、クラスがざわめいた。

只でさえ珍しい転校生が、それが二名となれば尚更であり、事前情報さえも知らなかったのだ。この反応も仕方ない事だ。

 

「じゃあ、入ってきて下さい」

真耶がドア向こうに声をかける。

自動ドアがエアー音と共に開き、教室に足を踏み入れたのは――対照的な二人だった。

例えるならば―― 陽光と月光。

 

「フランスから来ました、シャルロット・デュノアです。色々と分からないこともあると思うので、どうぞよろしくお願いします」

転校生の一人――背中ほどまである濃いブロンドを、首後ろで纏めた少女は、にこやかにその名を名乗った。

「っ……!?」

そして、その視線が一夏に向いたと思うと、シャルロットはかすかに微笑んだ。

『春斗……シャルロットってまさか……?』

『いや、万が一そうだとしてもだ。彼女は僕の名前を知らないんだから、何も問題はない。というか、そもそも問題自体が無い』

そう言いつつも、春斗の内心は動揺しっぱなしであった。

 

まさか、よりにもよって同じクラスになるとは。

フランスが一夏と接触させる為に押し込んだのだろうか? などと、国家陰謀説まで思考が膨らんでしまう。

 

 

だが名前を知らない以上、自分を探るような事はできないだろうと、一時保留する。

 

 

 

 

そしてもう一人。

シルバーブロンドの髪を腰ほどまで伸ばした、一見すれば人形のような容姿。

だが特筆すべきはその左目を覆う眼帯。医療用ではない、本格的な物だ。

 

彼女はクラスをまるで下らないものを見るかのように一瞥し、腕を組んだまま立っていた。

 

「―― ラウラ、自己紹介をしろ」

「はい、教官」

業を煮やしたのか、千冬が言うとラウラと呼ばれた少女は腕組みを解き、背を正した。

 

「ドイツから来た、ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

「…………」

それ以降、何も続かない。クラスが何とも言えない沈黙に包まれる。

「あの……以上、ですか?」

「以上だ」

真耶が恐る恐る聞くと、ラウラはそう短く返した。

 

またアクの強いのが来たなと一夏が思っていると、ラウラと目線が重なった。

「――貴様が」

『……ッ!』

その瞬間、春斗はラウラの目に激しい激情を感じた。

 

ラウラが数歩、一夏に向かって踏み出す。

そして―――。

 

 

―――パァン!

 

 

乾いた音が響いた。

逆手に振り抜かれたラウラの右手が、一夏を打ち据えた音だ。

 

「いってぇ……いきなり人の頬を叩くのが、ドイツ人の礼儀なのか?」

一夏はヒラヒラと、”打たれた左手”を振った。打たれる直前、一夏は頬に左手を差し込んでいたのだ。

ジンジンと痛む左手を余所に、一夏はラウラを見据える。

「私は認めない。貴様があの人の弟であるなどと……!」

敵意を剥き出しにした言葉に、一夏も嫌悪を顕にする。

「生憎と、お前に認められる意味が分からねぇな……!」

その言葉に敵愾心を顕にするラウラ。

「いい加減にしろ、貴様ら」

睨み合う両者を止めたのは、鶴の一声だった。

「――申し訳ありません、教官」

ラウラは千冬に敬礼し、元の所に戻る。

呆然とする教室を促すように、チャイムの音が響いた。

 

 

 

 

 

 

シャルロット・デュノアと、ラウラ・ボーデヴィッヒ。

 

二人がもたらすのは、波乱の一ヶ月。

そしてその中で、春斗と一夏はそれぞれの在り方を見つめ直していく事となる。

 

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