IS〔ツイン・ソウルズ〕   作:犬吉

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第15話  Midnight Confession‐マヨナカノ コクハク‐

 

せっかくの訓練もラウラとの件で水入りとなり、一夏は引き上げてしまった。

そして、残っていた箒達も練習に身が入らず、直ぐに引き上げる事になった。

 

ロッカールームで着替えながら、しかし彼女達の間に流れる空気は重い。

全員が、ラウラ・ボーデヴィッヒと織斑一夏の浅からぬ因縁に、心を囚われていたからだ。

「あの人と一夏さん……過去に何があったんでしょう?」

「さぁね。知りたくもないし……出来るなら、あんな物騒なのとは関わり合いになりたくないわね。皆も……特にオルコットと凰は気をつけた方が良いわよ?」

制服に着替えた織羽が、ロッカーをバタンと閉める。

「気を付けろとは……どういう意味だ?」

「今回は直接、織斑君に行ったけど……それはあたしとデュノアちゃんが邪魔したからね。ああいう手合が次にする行動なんて……手に取るように分かるわ」

「私達を、狙ってくる……?」

「彼に関わる同じ専用機持ちは、確実に標的でしょうね〜……あたしも含めて」

結果として周りを巻き込むことを厭わないとはいえ、ラウラも非武装の相手を直接狙うような真似だけはしない。という確信が織羽にはあった。

 

何故なら、彼女の目的は『織斑一夏を正面から相手を叩き潰し、己の力を見せつける事』だからだ。

 

その”大義名分”を成すのに、他の専用機持ちは都合の良い相手だ。

なにせ、戦闘態勢を直ぐに取れる上、四組を除く全員が一夏と何らかの関わりを持っている。

ドイツの第三世代ISを見せ付けて、邪魔者も排除でき、かつ織斑一夏を戦いの場に引きずり出す。

これ程に効果的な選択肢は他に無い。

 

「あいつは本気でヤバいわ。出来るなら、逃げた方がいいわよ?」

「それは出来ない相談ですわ。このセシリア・オルコット、挑まれる勝負に背を向けるような真似はいたしませんっ!」

織羽の言葉を、セシリアは睨むような視線で否定しる。

「そうね。もし、アイツが喧嘩売ってくるってんなら……ぶっ潰すだけよ」

そして鈴も、どこか怒りをにじませて返した。彼女にとっても、ラウラの言葉は絶対に許せないものであった。

 

「……はぁ。ならせめて、デュノアちゃんだけでも気を付けて………あれ?」

端のロッカーで着替えていた筈のシャルロットが、何時の間にか居なくなっていた。

 

 

 

シャルロットはアリーナの通路を走りながら、羽織っただけの制服を直していた。

向かう先は、一夏の着替えている別のロッカールームだ。

一夏の只ならない様子が気にもなったし、それと同時に完全に一人になる今は、シャルロットにとってはチャンスであった。

未だロッカールームにいるだろうかと不安になりつつも、シャルロットは中に足を踏み入れる。

「……一夏?」

数十人が一斉に使うことのできるロッカールームには人気がなく、シャルロットの足音が異様に響いた。

 

「――誰だ?」

「っ……!?」

並ぶロッカーの向こうから、一夏の声がした。探していたとはいえ、ドキッとしてしまう。

「ぼ、僕だよ……今、大丈夫?」

「あぁ、シャルロットか。ちょっと待ってくれるか? 上を着るから………よし、いいぞ」

一夏がそう言うと、シャルロットはロッカーの影から出てきた。

 

「態々、どうかしたんだ?」

ベンチに座ったまま、一夏は気さくに声をかけてくる。

「えっと、ちょっと気になって……大丈夫?」

「大丈夫だよ。あ、さっきはありがとうな、助けてくれて。ルームメイトだから……後々、気まずくなるだろうにさ」

一夏は脱いだISスーツを畳みながら、先程庇ってくれた礼をする。

「そんなの平気だよ。あれはどう見たって、向こうがいけないんだから……」

「そっか……」

「うん……」

 

会話が止まり、ロッカールームには一夏の動く音だけが響く。

なんとか、言わなければ。強迫に近い思いに駆られるも、しかし口が言葉を発してくれない。

そんなもどかしさに、シャルロットは更に何も言えなくなってしまう。

 

「………え?」

「えっ?」

いきなり、一夏が短く発した。

何があったのかと思うも、一夏はスーツをしまう手を止めていた。

 

「……一夏、どうしたの?」

「―― いや、何でもない。ちょっと色々、面倒事が溜まってきたなって思って……」

「そ、そうなんだ……大変だね」

「あぁ。だから……一つだけでも片付けておこうと思うんだ」

言うや一夏は振り返って、シャルロットに鋭い視線を向けた。

「君は……何の目的で、人を探している?」

「っ……!?」

シャルロットがビクッと、驚きに肩を震わせた。

初日、箒に尋ねたことが一夏に伝わっていたかも知れないと、シャルロットはずっと一夏の動向を気にしていた。

だが、そこに変わった様子はなく、もしかしたらという思いが、少しずつ生まれていた。

だがそれは、とんだ誤りであった。

 

「――やっぱり、篠ノ之さんから聞いてたんだ……」

「あぁ。ほー ……箒から、君が”ハルト”っていう奴を探しているって聞いた。いずれ、何かを言ってくるんじゃないかって……ずっと、注意してたんだ」

「あはは……凄いね、一夏。全然、そんな素振り見えなかったのに」

シャルロットは動揺しながらも、素直に賞賛した。

彼女には、あれが全て演技だったと言われても尚、とても信じられなかった。

 

だがこれで、シャルロットの躊躇いは無くなった。

 

「そうだよ。僕は……その人を探しているんだ。君と、織斑先生と関係のある……織斑ハルトという人を」

「どうして、俺と千冬姉の関係者だなんて分かる?」

「一夏の幼馴染の、篠ノ之さんが知っていて……同じファミリーネームだもの」

「それだけで関係者だなんて……随分と曖昧だな? そもそも、箒は十歳ごろから何度も転校している。なら、その行き先で出会った可能性だってあるだろう?」

「それなら、僕に隠す理由がないよ。名前を出した時の動揺……あれは篠ノ之さんにとって忘れられない程の相手で、かつ安易に教えられない人物って事だもの……君と関係のある人と考えた方が自然だよ?」

「………」

一夏は返さず、沈黙を通す。それをどう取ったのか、シャルロットは続けた。

 

「『ブリュンヒルデ』織斑千冬。『世界唯一の特異ケース』織斑一夏……二人は共にIS学園にいる。でも、あと一人存在するとしたら、その人は今どうなっているのか……?」

シャルロットは走りそうになる言葉を抑えつつ、自身の立てた推論を紡ぎ続ける。

「その人物はきっと、ISを動かせなかった。だからここには来れない。でも重要人物の関係者である以上、政府の保護を受けるしかない……違う?」

「そもそも、その前提を支えるのは、箒のリアクションだけだ」

「……そうだね。でも、それだけで充分だよ。彼と君に関係がある。それだけ分かれば、問題ないもの」

シャルロットの、決して退かないという強い眼差しが、一夏に向けられる。

だが、一夏は何も言わずに立ち上がり、バッグを持ち上げた。

 

「………どうして否定をしないの?」

「否定すれば納得するか?」

「しないよ」

「なら、否定も肯定もしない」

「………」

「色々と興味深い推論だったよ。でも、大事な事を忘れているな」

「何を……?」

バッグを肩に担ぐ様に持ち、一夏はシャルロットの脇を抜ける。と、足を止めて言った。

「君はまだ、俺の質問に一切答えていない。だから俺は、これ以上君に関わらない」

「っ……! 待って!!」

ハッとして、シャルロットが一夏の腕を掴む。

「さっきは面白い推理を聞かせてくれたな。だったら、こっちも一つの推理を聞かせてやるよ?」

「……え?」

一夏は踵を返して、シャルロットを正面に捉える。頭一つ大きい一夏に見下ろされるそれは、彼女に否応なく威圧感を与える。

「君がその”ハルト”を探す理由……恐らくは君の実家のデュノア社か、フランス政府の命令だろう?」

「なっ……!?」

「代表候補生を使ってまで捜す程だ。余程の利益、国益に関わるほどの人物なんだろうな? なら、その目的は拉致か……それとも、暗殺か?」

「―――ッ!!」

 

 

 

―――パシンッ!!

 

 

 

乾いた音と共に、痛烈な一撃が一夏の頬に打ち込まれた。

「僕が……僕が”HARU”に、そんな事するもんか!! 何も知らないくせに、勝手な事を言わないでッ!!」

感情を高ぶらせ、怒りに満ちた瞳でシャルロットは一夏を睨みつける。

「あぁ、知らないさ。だけど、事情も何も分からないんじゃ……そう判断するしか無いだろう?」

「っ……! それは………」

途端、意気消沈したシャルロットは言いよどむ。

「まぁ、確かに……今のは極端すぎるかも知れない。でも、『世界唯一の特異ケース』よりも優先される相手なら、それぐらいの可能性はあるだろう?」

「……で、でも……」

「今のままじゃ、何を聞かれても『ノー』としか答えられない。悪いけど、この話はここまでにさせてもらう」

「っ………」

何も言えずにシャルロットは俯き、一夏は今度こそ、出口へと向かって歩き出した。

 

 

 

 

「………待って」

シャルロットが、弱々しい声で呼び止める。が、一夏は止まらない。

「……待って!!」

「……何?」

今度は足を止め、振り返らずに返す。

「事情を……話すよ」

「………」

「でも、今はまだ……ダメ。僕だけの事じゃないし……それに、今は頭がグシャグシャで……言葉がまとまらないんだ」

「………」

「だから……今夜、君に部屋に行くよ。その時に、全部を話すから」

「……分かった」

背中越しに投げかけられた言葉に、一夏は短く返事をした。

 

「ッ……!」

一人、ロッカールームに残されたシャルロットは悔しさと、やり切れない思いに唇を噛み締めた。

 

いくらIS学園がどの国家、団体に所属しない場所とはいえ、それはあくまでも学園の中だけの事。

その外にいるであろうハルトの身を案じれば、そう疑われても当然だ。

 

一夏の言い分は、どこまでも正しかった。

 

「僕は……そうだよ……卑怯者だ……あんな風に言われて、それでも………HARU……!」

上を向き、溢れそうな涙を必死に堪える。

 

 

”彼”を探す理由。

それはどこまでも身勝手で、我侭で。彼の事など何一つ考えていない。

それを裏切りと呼ぶのなら、正しくそうだろう。

 

ならば、卑怯者らしく”どんな手を使ってでも”、彼の事を知ってみせる。

 

例えそれが―――自分の身を穢す事になっても。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

アリーナから、寮へと続く道。

一夏はやりきれない表情でそこを歩いていた。その原因は、ロッカールームでの出来事だった。

 

『幾ら何でも……あれは言い過ぎだろ!? シャルロットはお前の友達じゃないのかよ!?』

『だからこそ、ハッキリとさせておきたかったんだ……今も、彼女がそうなのか、それとも違うのか……』

『春斗……ッ!』

『一夏。僕達を取り巻く環境は優しいものばかりじゃない。一歩でも道を外れれば、その瞬間、身の危険に晒される事だってあり得るんだ』

『そんな事は分かってるさ! でも、友達を信じられないなんて……最低じゃないか!?』

『でも、彼女はハッキリと言った。 《僕が”HARU”に、そんな事するもんか》とね』

『それが、どうしたってんだ!?』

『彼女が探していたのは、”織斑春斗”の筈。なのに彼女は”HARUに”と言った。僕は彼女に、一度も本名を名乗ってないし……あの会話の中で、HARUと春斗を繋がるような事も言ってない』

『ッ……!? それって、まさか……!?』

一夏も、春斗の言おうとせん事が分かったのか、驚きに目を見開いた。

 

『彼女の中で、春斗=HARUという関係が出来上がっている。そしてそれが出来るのは……デュアン博士だけだ』

『デュアン・ヒューイック……フランス第三世代ISの設計者……』

『裏切られたか、偶然か……どっちにしろ、あの人以外にそれが出来る人物はいない。疑いたくはないけど……』

『じゃあ、シャルロットの目的は……?』

『第三世代ISに関係する何かで、問題が起きたんだろうね……それも、今夜にはハッキリさせるよ』

 

「………」

足がとてつもなく重い。いや、重いのは足ではない、心だ。それはじわじわと一夏の足に絡み付いてくる。

数年来のメール友達が、自分を狙うスパイかも知れないと疑わなければならない。

冷淡に言葉を紡ぐ裏で、どれだけキツい思いをしているか。

「………」

そして苦しむ半身を前にして、自分は何もしてやれない。

ISを得て強くなったと思った。だがしかし、自分はそれで何かを守れただろうか。

セシリアの時も、鈴の時も、アンノウンの時も。自分は春斗に頼り切りであったのではないか。

その上、シャルロットの事や、ラウラの事。自分には何の力もないのかと、焦燥感ばかりが募っていく。

「俺は……クソッ!」

『一夏……?』

「……何でもねぇ」

苛立ばかりが、心に積もっていく。

 

 

「――何故ですか、教官!?」

「ん……?」

いきなり耳に飛び込んできた声。聞き間違えでなければ、それはラウラのものだ。

そして彼女が教官と呼ぶ人物――。

一夏は、声のした方に行ってみる事にした。

 

「何度も言わせるな。私には私の役目がある。それだけだ」

「このような極東の地で、どんな役目があるというのです!?」

木の影から覗いてみると、そこにはやはり、二つの人影があった。ラウラ・ボーデヴィッヒと織斑千冬である。

剣呑な雰囲気――と言うには、ラウラが一方的に声を荒らげて、それを千冬が受け流しているといった感じだ。

「お願いです教官。どうかドイツに戻り、再びご指導を! こんな場所では、貴女の能力は半分も活かされない!!」

「ほう?」

わずかに、千冬の語気が鋭くなった。その事に気づいていないのか、ラウラは更に言葉をまくし立てる。

「大体、この学園の生徒など教官の教えを得るに足る人間ではありません!!」

「何故だ?」

「意識が甘く危機感に疎く、ISをファッションか何かと勘違いしている……! そのような程度の低い者に、教官が時間を割かれるなど――」

「そこまでしておけよ、小娘」

「っ――!?」

 

遠巻きに見ている一夏でさえ、思わず身震いしてしまいそうになる程の迫力。間近にいるラウラはその威圧に飲み込まれ、それ以上の言葉を継げられなかった。

「少し見ない間に随分と偉くなったな。たかが十五歳で、もう選ばれた人間気取りか?」

「っ……!? わ、私は……」

僅かに震えているのが、一夏にも見えた。

距離のある一夏でさえ、震えが来る程だ。目の前にいるラウラの受けるそれは一夏の比ではない。

「これ以上無いなら、さっさと帰れ」

「っ……!」

ラウラはギュッと口を結んで走り去っていった。

 

「さて……そこの男子。盗み見とはいい趣味だな?」

「………」

皮肉めいた言葉に、一夏は渋々出てくる。

「千冬姉……」

「織斑先生だ。それで、お前は随分と酷い顔をしているな?」

「……そう見える?」

「あぁ。何か悩み事か? そんな様子ではトーナメントは初戦敗退だぞ?」

「………あぁ、きっとそうだろうね」

「……何があった?」

普段と全く違う一夏に、千冬はいぶかしんだ視線を向ける。

 

「別に、何でもないです……じゃあ、失礼します”織斑先生”」

「っ……?」

一夏は勢い良く頭を下げ、そして寮へと走っていった。

 

「一夏……どうしたんだ?」

織斑先生。その言葉に微かに感じたのは―――拒絶。

 

一夏らしくないそんな感情に、千冬は胸のざわめきを覚えた。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

コチ、コチと秒針が時を刻んでいく。

時刻は23:55。

 

「ふぅ……」

自室の洗面所で、シャルロットは深く息を吐いた。

 

フィリーからは全ての判断を任せると言われ、後は自分次第。

これから自分がする最低な行いを、改めて覚悟する。

脳裏によぎる、HARUの言葉。

 

『君は、君と君の幸せを心から願う人の為に生きて、そして幸せになるべきだ』

 

それは、デュノアに引き取られた後、自分の居場所を迷い続けたシャルロットに送られた言葉。

デュノアとの”決別”を踏み出せた、勇気の言葉。

だがそれは、今は心を縛る重い鎖になっていた。

 

(ごめん、HARU。でも僕は……今のままじゃ、幸せになんてなれないんだ。だって……僕にはまだ、何も無いから……)

 

自身を閉じ込める檻を壊してくれたのも、自由な世界をくれたのも、全ては一人の少年によるもの。

 

織斑 ハルト。

もしも自分にさえ関わっていなければ、その名は今頃、世界中に伝わっていた筈だ。

彼の得る筈だった名声はフランスが、デュノアが奪い、その代償として彼は、何も無い自分を解き放ってくれた。

 

そして今、自分は彼を―――表向きとはいえ、利用しようとしている。

奪うばかり、貰うばかりの甘ったれた現状。それを改めて思うとつい、自分を嘲笑ってしまう。

 

「………僕は、本当に……最低だね」

 

そして、シャルロットは自室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

春斗は、その身をベッドに横たえていた。

一夏にはすでに 《海岸》まで下がってもらっている。

 

「………」

ロッカールームでのシャルロットの顔を思い出す。

 

泣いていた。

怒っていた。

苦しんでいた。

 

「僕のやった事は……間違っていたのか?」

虚空に問いかけるも、それに答える者は勿論いない。

良かれと思いやった事が、結果として誰かを傷つける。そんな理不尽に対して、しかし春斗は怒らない。

理不尽に怒る資格など、一夏の身を借りるだけの自分には無いと知っているから。

 

 

 

「………そろそろ、来るか?」

時計を見やれば、時刻は零時を回ろうかという頃。

 

ベッドから体を起こすと、丁度ドアをノックする音がした。

「……はい?」

(………シャルロットです)

待ち人来たると、春斗は若干の緊張を孕ませて、ドアの鍵を外した。

ドアを開けると、部屋着なのだろう――ジャージ姿のシャルロットが、そこに立っていた。

 

「……どうぞ」

「お邪魔します」

春斗は先に部屋の奥へと進む。それに続くように、シャルロットも室内に足を踏み入れた。

「………」

シャルロットはそのまま、後ろ手で”鍵を”閉めた。

 

 

「まぁ、適当に掛けて。と言っても椅子は一脚しか無いし……ベッドでも良いか?」

ついさっきまでベッドに寝ていたのでシワだらけのシーツを、適当に直しながら尋ねる。

 

「……うん、良いよ」

 

そうシャルロットが答えると、何故か「ジジジィ……」という音がした。

何の音かと春斗が振り返る。

「っ……!?」

そこにあったのは、ジャージのファスナーを下げ、そしてそれを脱ぎ捨てるシャルロットの姿。

「何を……している?」

驚きながらも、春斗はどうにか声を絞り出す。

「……僕を、君の好きにしていいよ……」

羞恥と恐怖からか、その肩を震わせるシャルロット。

「何をしているかと聞いているんだ……!」

「その代わりに、僕を……ハルトに逢わせて……っ!!」

「ッ……!!」

春斗はシーツを引っ手繰り、そのままシャルロットを包むようにまとわせた。

「一夏……っ?」

「……茶を入れてくるから、さっさと服を着ろ。戻るまでに着てなかったら、問答無用で追い出すからな」

「…………うん」

シャルロットは俯き、小さく答えた。

 

 

急須に茶葉を入れ、湯を注ぎながら、春斗は内心の動揺を必死に抑えようと努める。

 

(彼女があんな行動をとったのは……僕が、追い詰めてしまったからだろう……本当に、らしくないな……)

 

きっと一夏ならば、もっと上手くやれていただろうと思う。

だが、これは自分で解決しなければならない事だ。そして一歩を踏み出した以上、逃げることは出来ない。

ならば、せいぜい頑張るとしよう。

織斑一夏が刺されたりしない程度には。

 

 

茶を入れて戻ると、シャルロットはしっかりと服を着直して、ベッドに腰掛けていた。

掛けてやったシーツもしっかりと畳まれて、ベッドに置かれていた。

「はい。熱いから気を付けて?」

「うん、ありがとう……」

それに若干の安堵をしつつも、春斗は湯呑みをシャルロットに渡す。

気まずい空気の中、茶を啜る音と秒針の音だけが響く。

「…………」

「…………」

「……そろそろ、事情というのを教えてくれないか?」

このままでは埒があかないと、春斗から話を切り出した。

シャルロットは僅かに頷いて、そしてポツリ、ポツリと語りだした。

「フランスも所属する欧州連合では、欧州連合防衛計画 『イグニッション・プラン』というのが推進されているんだ」

「フランスは確か、そこから除名されていたな……」

「うん。第三次イグニッション・プランのトライアルの為に、イギリスの『ティアーズ型(モデル)』。イタリアの『テンペスタ?型』。ドイツの『レーゲン型』と、すでに実働データを各国が取り始めている中、フランスの……デュノア社のIS開発は遅れていた。

だけど今、フランスではデュノア社と政府の、共同プロジェクトチームが組まれてるんだ。計画名は竜騎士計画(プロジェクト・ドラグーン)。チームの中心は【デュアン・ヒューイック】博士……」

「デュアン・ヒューイック……確か、フランスに粒子加速による発電システムを開発した人だよね?」

「そう。そして、その人が設計したのが……【ラファール・ドラグーン】。デュノア社のラファール型をモデルにした機体なんだ」

 

 

資本力で他国に劣るフランスがイニチアシブを取るためには、他を出し抜くほどの機体を開発するしか無い。

 

 

そこに現れたのが、デュアン・ヒューイックだった。

フランスのエネルギー問題に対して、粒子加速発電システムの開発を成功させた天才。

彼が設計したのは、デュノア社のラファール型を基礎とした第三世代IS『ラファール・ドラグーン』。

IS用小型粒子加速装置『リンドブルム』を装備し、完成すれば先行する第三世代IS、その全てにも勝る戦闘力を発揮するだろうと期待されていた。

 

 

「……それで、その事と”ハルト”を探す事と……どう繋がるんだ?」

聞いた限りでは、シャルロットが自分を探す要因は何処にもない筈だ。

「機体そのものの開発は順調だった……でも、問題はやはり起こったんだ」

「何が起こったって言うんだ?」

「R‐ドラグーンの第三世代兵装は、IS用小型粒子加速機構【リンドブルム】。それが……」

「失敗作、だった……?」

「ううん。むしろ成功していた………ううん、し過ぎていたんだ」

「どういう事だ……?」

春斗は眉をひそめる。”成功し過ぎていた”とは、どういう意味だろうか。

 

「【リンドブルム】の性能が、当初予定していたスペックを大きく上回ってしまった結果、今ある制御プログラムでは完全に制御できない……欠陥品になってしまったんだ」

「っ……!? もしかして、機体が遅れている理由って……?」

「そう。今の制御プログラムでは加速時間を含めて3分。実質の使用時間は1分にも満たない……これじゃ、どうしようもないでしょ?」

「確かに……でも、デュアン博士なら、制御プログラムの問題を解決できる筈じゃ……?」

「………博士は、倒れたんだ。多分、そう永くはないだろうって」

「なっ……!?」

デュアン・ヒューイックはすでに70歳を超える年齢。それを考えれば、倒れるのもおかしくはない事である。

 

「博士でなければ、制御プログラムは完成させられない………たった一人を除いて」

シャルロットはそう言って、ポケットから一枚のデータディスクを取り出す。

「博士が、彼にこれを渡せって。彼なら、このプログラムを完成させる事が出来るからって……」

「……なるほど。そういう事か」

デュアン博士が自分の事を伝えたのは、博士自身がもう永くない事を悟ったから。

そして、R‐ドラグーンの完成の為に、春斗の力がどうしても必要であったから。

 

何故、HARUと春斗の関係を知るに至ったかは未だ不明ながら、概ねの事情は理解できた。

 

「そう。それが………”表の理由”」

「表の……?」

国益に関わる事を表というなら、裏はどんな理由だというのか。

 

 

余程言い難いことなのか、しばしの沈黙の後にシャルロットは口を開いた。

「……僕はね、デュノアっていうファミリーネームでも分かる通り、デュノア社の社長の子供なんだ。でもね……僕の母は父の本妻じゃない……愛人だったんだ」

「………」

その辺りの事情は一度チャットで教えられたことなので、春斗は知っている。

 

「僕と母はずっと、二人で別宅に住んでて……一度、本邸に呼ばれるまで、僕は自分が愛人の子だなんて知らなかった」

「………」

だが、目の前で言葉にされると、とても痛々しい。春斗にとって、それは二度目の告白なのだから。

「二年前に母が亡くなって、デュノアの本邸に引き取られたんだけど、その時に高いIS適正があるのが分かって、非公式ながら会社のテストパイロットになったんだ……」

何処か自虐的な微笑みを浮かべて、言葉を続けるシャルロットを、春斗は何も言わずに、ただ見つめる。

 

「でも、僕の居場所はそこには無くて……ずっと独りぼっちで……でも、そんな僕を支えてくれた人がいたんだ」

「あ〜、それがもしかして……?」

「そう……それがHARU……ううん、織斑ハルトさんなんだ……」

「っ……!」

正面きって言われると何とも気恥ずかしく、春斗はそれをごまかすのに、デスクの湯呑みに手を伸ばした。

「その”HARU”っていうのはメールフレンドのHNだったよね? どうして本名を……?」

口を湿らし直し、春斗は不可解な謎を追求する。

すると、シャルロットは一通の封筒を取り出して見せた。

「ッ……!?」

それを見た瞬間、春斗は全ての答えを知った。

「これは、博士に送られてきた手紙……この中にある手紙にはこう、書かれていたんだ……」

 

 

『どうか博士に、デュノア社にいる【シャルロット・デュノア】という少女を助けて欲しいのです。その交渉の為の切り札(カード)を、同封します』

 

 

シャルロットが口にする手紙の内容。それは、春斗がデュアン博士宛に、彼女の力になってもらえるようにと、頼んだものだった。

 

 

 

「さっき言った、R-ドラグーンやリンドブルムの事はね……全部、ウソなんだ」

「ウソ……?」

「あれらを設計したのは博士じゃない……彼だったんだ。そしてそれを、僕を助けるためだけに犠牲にしたんだ……!」

確かに、ラファール・ドラグーンとリンドブルムの原型は、春斗が自身の夢の為に設計したものだった。

設計を始めた時は、まだ一夏と別々だった。

そして完成した時には、一夏と共にいなければ存在できなかった。

あれは言うなれば、もう叶わないだろうと諦めた――夢の残滓。

「あれを渡す代わりに、博士に僕の身柄を引き取り、そして代表候補生としての正式な試験を受けられるようにって頼んでいたんだ……!」

だから、何も惜しい事はなかった。

それが完成し、日の目を見て、尚且つ友人の助けとなるならば、何も躊躇う事はなかった。

だけど、その事を知ったシャルロットはずっと、罪の意識を抱えていたのだと、春斗はようやく分かった。

 

「それは……アイツが勝手にやった事だ。罪の意識を覚える事は無いだろう?」

「っ!? 一夏は、あれがどれだけ凄いかを知らないから、そんな事が言えるんだ!! あんな凄いIS……他には篠ノ之博士ぐらいしか作れないんだよ!?」

「それでもアイツにとって……シャルロットのこれからの方が、ずっと大事だったんだよ」

そう。いつ消えてしまってもおかしくない、いつ目覚められるかも分からない自分と、これからをしっかりと生きられるシャルロットと、どちらを選ぶかなど、考える余地もない。

 

「……やっぱり、一夏と”ハルト”は……?」

ここまで来れば、隠しておく理由もない。いずれは、調べてがついてしまう事だ。

 

「シャルロットの言う通り、ぼ――俺と春斗は……肉親だよ。双子の兄弟なんだ」

「双子の……!?」

「だから分かる。あいつにとってそのISの設計図に、シャルロット以上の価値なんて無いんだって事がさ。 だから、君が罪悪感を覚える必要はないんだよ」

「………がう」

「そのデータディスクも、俺からあいつに渡しておくよ。きっと、何とかしてくれるだろうからさ……」

「違うっ!!」

「えっ!?」

いきなりシャルロットが声を荒らげ、春斗の胸ぐらを縋るように鷲掴みにする。

「僕は、彼に………ハルトに逢いたいんだ! 逢って……謝って……それから……だからお願い、僕を彼に……!!」

「それとこれとは話が別だ。春斗は政府保護下の人間で、君はフランスの代表候補生なんだぞ!?」

「っ! それは……分かってる、けど……」

シャルロットの立場はフランス代表候補生。そして春斗は政府の保護下という事になっている。

当然、安易な接触など出来ず、問題となれば彼女は本国送還。最悪、外交問題にまで発展するだろう。

シャルロットにとって、春斗に会えないならば代表候補生の椅子などに意味はない。

だが、春斗と繋がりを持てる可能性もISにしか無い。

二人の関係者がいるここ――― IS学園だけが、春斗と接触できる機会のある場所なのだ。

 

「……そっちの事情は良く分かったし、謝りたいって事も分かった。だからといって如何して、そこまで”直接”にこだわるんだ?」

「えっ!? そ、それは………い、言える訳ないでしょっ!」

春斗が尋ねると、シャルロットはパッと離れて背を向けてしまった。

 

「………?」

そんな仕草に、どこか見覚えを感じる。

(まるで、ほーちゃん達みたいな……って、気のせいだな)

だが、そんな訳がないなと首を振る。

一夏ならまだしも、自分にそれはあり得ない。

まして、メールでしかやり取りしていない相手に、そんな恋愛感情など抱こう筈もない。

自意識過剰にも程があると、春斗は気恥ずかしくなってしまった。

 

「一夏ってさ……結構、意地悪だね」

「失礼な。甘さと優しさの線引きを、しっかりするように努めてるだけだ」

「そう言う割には、篠ノ之さんやセシリアさん、凰さんにもいい顔するよね?」

「………そんな事はないぞ?」

あれは100%天然の産物だと、言ってやりたい衝動に駆られる。

「絶対にウソだよ。あぁ……もしかしてハルトも、こんななのかな……?」

「それは絶対に無い!」

「……随分と、ハッキリ言うんだね?」

誰にだって譲れない一線はある。あんな、朴念仁の用例として百科事典にも載りそうなのと一緒にされては、不快極まりない。

「……クスッ」

ふい、と顔を背ける春斗に、シャルロットは思わず笑いが零れてしまった。

もうそこに、先程までの思い詰めた彼女の姿はなかった。

 

「今夜は……ごめんなさい」

「いいよ。気にしてないから」

「このディスクは一夏に預けるよ。それと……今度、春斗の事を色々と教えてくれる?」

「ぅ……っ」

シャルロットの差し出したディスクを受け取りつつ、春斗は言葉を詰まらせた。

「……まぁ、気が向けば?」

「何で疑問形なの?」

そんなのは本人でなく、一夏に言って欲しい事だ。などとは言えないので、春斗は笑ってごまかす。

 

 

「あ、最後にもう一つだけ……良い?」

「何……?」

自室へと戻ろうとするシャルロットが振り返り、尋ねてきた。

「春斗ってさ……誰か、好きな子とかって……いるのかな?」

「っ!? ………さ、さぁ……?」

先日、振られました。

などとは言えずに、グサリと刺さった何かの痛みに、必死に耐える春斗だった。

「そっか……じゃあ、おやすみなさい」

「あぁ、おやすみ……」

 

 

 

自室へと向かうシャルロットは、少しだけ心が軽くなった気がした。

そうだ。まだ焦る必要なんて無い。

これから春斗と会える、話せるチャンスはきっとある。

 

『それでもアイツにとって……シャルロットのこれからの方が、ずっと大事だったんだよ』

 

だから今は、これだけでいい。

自分を大切に思ってくれている。それが分かっただけで、今は。

 

シャルロットはそう思い直すと顔を上げて、前へと進んだ。

 

 

 

 

 

 

『……で、シャルロットの事情は分かったのか?』

『ごめん、今夜はもう………色々と限界だから』

春斗はばったりと、ベッドに倒れ込んだ。

 

 

ちなみに翌日。

一夏は寝坊で特訓に遅刻しそうになり、アリーナまで全速力マラソンをする羽目になった事を、ここに記す。

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