少女は空を舞い踊っていた。
身に纏うは鋼の翼、そして鎧。彼女は天空の騎士にして蒼空の女王。
「やぁああああああっ!!」
向かい来る刃を打ち払い、逆に大地へと蹴り落とす。
彼女は竜王女。彼女よりも高い空を飛ぶ事を、誰にも許しはしない。果たして地に堕ちた愚者は、粉塵の中にその意識を手放していた。
『試合終了。勝者、シャルロット・デュノア!!』
「やった……やったよ……!!」
勝利を告げるアナウンスに、シャルロットは心から歓喜した。
同時に、スタジアムの観客たちが一斉にその勝利を讃え、全体の空間ごと揺さぶるが如き歓声を上げる。
第三回モンド・グロッソ。シャルロット・デュノアは
「やったよ春斗……!! 君の夢が……ラファール・ドラグーンが世界最強のISになったんだ……!!」
そう。シャルロットが身に纏うISこそは、ついに完成した【ラファール・ドラグーン】。
その圧倒的な力は、他の第三世代ISを容易に打ち払い、彼女を天空の女王足らしめた。
「――おめでとう、シャル」
「っ……! 春斗……!?」
眼下、優しい微笑みでこちらを見上げる青年。それが誰か、シャルロットにはすぐに分かった。
竜王女は彼の下に―― 愛しき人の下へと降り立つ。
「春斗……やっと会えた……! 僕、やったよ……見ててくれた?」
「うん、ずっと見ていたよ。僕の夢を、翼を……君に託して良かった」
「っ……!」
世界中の全ての人がくれる祝福よりも春斗の一言が、彼女にとっての最高の賛辞だった。
「はる……とぉ……ッ!!」
ポロポロと涙が零れ、止まらない。嬉しくて嬉しくて、幸せで幸せで、死んでしまいそうだ。
「大丈夫? ほら、涙を拭いて……世界で一番素敵な君の笑顔を……僕に見せて?」
「っ……うん!」
春斗にハンカチで涙を拭われ、シャルロットは出来うる最高の笑顔を、彼に向けた。
「シャル、もう一つだけ……僕の夢を叶えてくれるかい?」
「もう一つの……夢?」
春斗の言う言葉の意味が分からず、シャルロットは首を傾げた。
そんな彼女の左手を、春斗は微笑みながらそっと握った。
「―― これを、君に受け取って欲しいんだ」
「えっ……?」
持ち上げた左手の薬指に光る、プラチナシルバーのリング。
その意味は―― 唯一つだけ。
「シャル、君の全てを僕にくれないか? そして僕の全てを、君に受け取って欲しい」
「え、待って……そんな急に……!?」
「嫌なのかい?」
「嫌な訳ないよ! でも、こんな……ここは……」
とても嬉しいと思う心と、同時に衆人環視の中でという恥ずかしさに、しどろもどろになってしまう。
「悪いけど、僕はそんなに我慢強くないんだ」
そうしている内に、春斗の顔が徐々に近づいてくる。
「待って……こんな……世界中の人に見られちゃう……」
「見せてやれば良い。僕達が、世界で一番幸せな存在になる……この瞬間を」
「そんな……ぁ……春……斗……」
震える体で、精一杯の勇気で、シャルロットも瞳を閉じて―――
―― ドスゥンッ!!
シャルロットは―― 床とキスをした。
「む……ふぅ……? はるとぉ…………ッ!?」
ガバっと、打って赤くなった顔を上げて辺りを見回す。
「あれ……え……ここは……何処? 寮の部屋……?」
そこは見間違えようもなく、モンド・グロッソのスタジアムではなく寮の自室であった。
「………」
しばらく呆然としていたシャルロットであったが、ようやく現実を認識して、
「はぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜………」
深い深い、マントルまで行ってしまいそうな程に、深い溜め息を吐いた。
余りにも甘くて素敵な夢。それだけに、夢であった事を知った落胆はとても大きい。
春斗に会えた事も、モンド・グロッソで優勝した事も、そして――。
「あぁあああああああ………っ!!」
途端、顔が真っ赤になる。
甘く囁くように言われた言葉が、耳の奥にこびり付いて消えない。
夢は、自分の深層意識の現れでもある。
つまりシャルロットは、ああいうシチュエーションで、「ワァアアアアアアアアアアアッ!!」と、いう事らしい。
ゼイゼイと息を荒らげて、そこでシャルロットは今の時間が何時か、という事に思い至った。
カーテンから差す光はまだ少し暗く、黎明を迎えたかの時刻。時計を見ると、やはり時刻はようやく朝五時を回ったばかりであった。
そんな時間に大声を出してしまったのだ。気まずそうに、シャルロットは隣のベッドに視線を送った。
「………あれ?」
そこにいる筈の、同居人の姿が無い。
ここ数日、色んな意味で大変な騒動を巻き起こしてくれた―― ラウラ・ボーデヴィッヒの姿が。
ベッドに触れてみるが、熱どころか使われた様子すら無い。
「……まさか」
もう、嫌な予感しかしない。
シャルロットは、恐らく彼女が居るであろう場所に向かって、部屋を飛び出した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ん……んん……?」
休日の早朝。日も昇りきらないそんな時間に、部屋の主は目を覚ました。
ベッドから体を起こし、ハッキリしない頭を数度振って、意識を揺り起こす。
「朝か……今日は”僕”に合わせてきたか」
そう独りごちて、春斗は顔を洗って着替えをするべく、ベッドを降りようとした。
「ん……?」
そして奇妙なことに気が付いた。春斗が起きても尚、何故か布団が膨らんでいるのだ。
枕でも埋まっているのか思うも、枕は多少ズレているが、そこにちゃんとあった。
ならば、この膨らみの正体は何だ。春斗はそっと、布団をめくってみた。
「すぅ…すぅ……」
そこにあったのは、まるで小動物。銀色の髪をして、一糸まとわぬ姿のまま、背を丸め、眠りの園の揺りかごに眠る少女。右太ももにはレッグバンド形態の、待機状態IS。
「なんだ、ラウラちゃんか……」
そこに居たのは、ラウラだった。
やれやれと思いつつ、春斗は洗面所へと向かった。
数分後。顔も洗って歯を磨き終えて、春斗は帰ってきた。
「起きろ」
ベシンッ。
膨らみを一発叩いてやる。と、もぞもぞとそれが動き出した。
「何だ……もう朝か……?」
「君は何故、僕のベッドで寝ている? そして何故、何も着ていない……!!」
「………っ!? あ、義兄上……!?」
ラウラはそれが一夏ではなく、春斗であると気付き、慌てた様子で布団で体を隠す。
「何という事だ……嫁以外の男に肌を晒してしまうとは……! はっ、いけません義兄上! 義理とはいえ、私達は兄妹――」
「つぇい」
ズビシッ!!
「へブッ!?」
その脳天にチョップを叩き込む。
「さて、目がちゃんと覚めたところで……まずは、服を着てくれるか?」
「ありません」
「………いや、服を」
「ありません」
キッパリと言い切るラウラに、春斗はつい頭を抱えた。
「なら、いつも寝る時は裸だと?」
「はい」
「なら、ここまでどうやって来たの?」
「このままですが?」
「何故に?」
「夫婦とは、互いに包み隠さないものだと聞きました。ですから問題はありません」
「君が意味を履き違えているのか、その人が間違えているのか、それとも態とそう教えたのか……判断の難しいところだね」
そもそも誰が、そんな事を教えたのか。春斗は起きて早々、頭痛に悩まされた。
もし、裸のラウラがこの部屋に出入りする所などを見られた日には、一夏の人生は終わってしまうだろう。
そうなるのは、無事に元の体に帰れてからにしてもらいたいものだと思ったりする。
「……とりあえず、これを着なさい」
と言って、春斗はクローゼットからTシャツを一枚取りだし、ラウラに投げ渡す。
「ですが、これは……嫁のでは?」
「良いから。あげるから。返さなくていいから」
ちなみにそれは、一夏お気に入りの一枚であったりするので、後にモメまくるのだがそこは割愛する。
「このような素晴らしい贈り物を頂き、義兄上には本当に、感謝の意を禁じ得ません」
裸にTシャツ一枚という、ある意味マニアックな姿で、ラウラはベッドの上で土下座した。
「うん。そう思うなら、色々と良いかな?」
「はい。答えられる事であれば」
顔を上げて、ラウラは真っ直ぐに春斗を見る。その純粋なまなざしに、春斗はついつい、頭を愛でてしまいたい衝動に駆られる。
織斑春斗は子犬やら子猫やら、所謂小動物にめっぽう弱かったりする。
そんな内心は扠置くとして、春斗はラウラに向き直った。
「まず、僕の事を義兄上と呼ぶのは…… 一夏が嫁だからかい?」
「はい。嫁の兄なら、私の義兄ですから」
「でも、千冬姉さんは普通に先生と呼んでるよね?」
「義姉上と呼ぶと殴られるので。それと立場上、教える側と教えられる側である以上、線引きは当然です」
「……出来るなら、僕も普通に名前で呼んで貰いたいんだけど……後、敬語も無しで」
「いえ、それは聞けない言葉です。いずれは義兄となる人に、そのような……」
「本当にお願い。敬語はまだしも、義兄上とかキツいから……」
「……では、他の呼び方ならどうですか?」
「他の呼び方……?」
「はい」
ラウラは指折り数えながら、他の呼び方を羅列して言った。
「お義兄ちゃん、お義兄ちゃま、義兄ぃ、お義兄さま、お義兄たま、義兄上さま、義兄さま、義兄くん、義兄貴、義兄君さま、義兄ちゃま、義兄やと……個人的に言いやすかったのが、義兄上なのですが……どれが宜しいですか?」
「……義兄上で良いです」
聞いているだけで、十二人の妹を持ったような気分だ。頭痛は更に酷くなりそうである。
「………誰だい、君にそういった事を教えているのは?」
「私が隊長を務める部隊”黒ウサギ隊”副隊長の、クラリッサ・ハルフォーフ大尉です。彼女は実に日本の事に詳しく、至らない私に様々な事を教えてくれています」
「もしかしてその人が……ラウラちゃんに”嫁”やら、”夫婦”やらの事を教えてくれたのかな?」
「はい」
「……オーケー、よく分かった。そのミス・クラリッサは、日本のサブカルチャー ……特に漫画やアニメに、とても造詣が深いようだね?」
春斗がそう言うと、ラウラは驚きに目を見開いた。
「どうしてそれを!? 流石は義兄上ですね……!」
「分からいでかね……」
正直、ラウラは答えを言っているも同然なのに、その事に気付いていない。本気で驚き、慕うようなキラキラとした視線を向けてくる。
何、この可愛い小動物は。
(クラリッサ・ハルフォーフ……近い内に戦わねばならない相手だな……)
決着をつけるべき相手の名を、春斗はしっかりと刻み付けた。
―― バァンッ!!
とかやっていると、ドアが弾かれたように開かれる。
「やっぱりここに居たっ!」
「む、シャルロットか」
「ラウラ! 何で一夏の部屋にいるの……ていうか、何で男物のシャツ着てるの!?」
「良いだろう。先ほど、義兄上に頂いたのだ」
「義兄……上……?」
シャルロットの視線が、ラウラからもう一人へとスライドしていく。
「おはよう、シャル?」
「は、春斗………ッ!?」
その瞬間、シャルロットの灰色の脳細胞が動き出した。
使われていなかったラウラのベッド。男物のシャツを着るラウラ。そこにいる春斗。二人は一緒のベッドに居る。
それらをシャルロットの類まれなる
「………春斗ぉっ!!」
「うわったぁっ!?」
いきなり、シャルロットに肩を掴まれた。その握力たるや、彼女の細腕からは想像できない程に強い。
更にそのままベッドへと押し倒される。
「どうして? どうしてラウラなの? 僕は此処にいるのに、何時だって、春斗がそうしたいって思えば、何時だって……なのにどうして!?」
顔を赤くして、しかしシャルロットは思い詰めたような瞳で、必死に春斗に訴えかける。
余りにも必死過ぎて、瞳にハイライトが見えない。
「一瞬で、何を何処まで想像したのか……聞くまでもないし聞きたくもないけど……想像しているような事はないからね?」
「……ホントウニ?」
「本当。少なくともこんな風に、大胆に押し倒されたりなんて事はないよ?」
「……あっ!?」
シャルロットは慌てて、春斗の上から退いた。
「あれ、もう退いちゃうの?」
「もうって……今はつい、勢いで……!」
「ふぅん。シャルは勢いで男を押し倒したりしちゃう、はしたない娘だったんだね?」
「うぅっ……いじめないでよぉ」
「さぁて、どうしようかなぁ? 本当にいじめないで欲しいのかな……?」
「っ……!」
クスクスと笑いながら、春斗はシャルロットの頬をそっと撫でる。シャルロットは見る間に顔を赤くして、俯いてしまう。
「ほう、これが世に聞く”言葉責め”というものか。なるほど、勉強になる」
ラウラは何故か、せんべいをパリパリと食べつつ、ウンウンと頷いていた。
「っ……ラウラッ!?」
此処にラウラがいる事を、シャルロットはこの瞬間まですっかりと忘れていた。
「何故せんべいを……というか、ベッドの上で食べるな」
「む、これはすみません義兄上。こういう時、『せんべいを食べながら事態を見守る』というのが、この国の伝統だと聞いておりましたので」
「どうやら、事態は一刻を争うようだね……」
「あうあう」と、意味の分からない事を呟き続けるシャルロットを尻目に、春斗は更なる頭痛に悩まされるのだった。
「じゃあ、ラウラ。部屋に戻るよ」
「ラウラちゃん。朝は僕が起きる事もあるから、今後はこういう事はやらないようにね」
「了解しました、義兄上」
そうして部屋を出て行こうとする所で、春斗はふと思い出した。
「あ、ちょっと待ってくれる?」
「何ですか、義兄上?」
「ラウラちゃん。今日、時間あるかな?」
「はい。特に予定もありませんので、自主訓練でもしようかと」
「なら、僕と一緒に……街に出ようか?」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
学園と都市部を結ぶ交通機関、レールウェイ。所謂、つり下げ式のモノレールである。
人の少ない車中。ラウラと春斗は並んで座っていた。
『……おい、春斗』
『……なんだい、一夏』
『どうしてこうなった?』
『……僕の方が知りたい』
「むぅ〜〜っ」
「シャルロット……何をそう睨むのだ?」
ラウラが向かいの席に座って、目も座らせている美少女に問いかける。
「別に……睨んでないです。生まれつき、こういう目付きです」
「………そ、そうか」
流石のラウラも、これには引いている。
「はぁ……シャル、そう怖い顔をする事もないだろう? ただ、ラウラちゃんの部屋着を買いに行くだけなんだから」
春斗がラウラを誘った理由。それは彼女の部屋着を買う為である。出来るならば、パジャマあたりも探しておきたい。
一夏が、デッド・エンド・シュートorスラッシュなりをされない為に。
「分かってるよ。でもね、仮にも告白した子の前で他の子を誘うとかいうのは、流石に失礼だと思うんだ」
「なるほど。シャルは僕とラウラちゃんに、ヤキモチを焼いていると?」
「またそうやって……。乙女心を弄ぶ男は、馬に蹴られて死ぬと良いよ」
ふい、とソッポを向いてしまうシャルロット。春斗は少しだけ辛そうに、窓の向こうの海に視線を向けた。
「死ぬと良い、か……それは、僕には洒落にならない言葉だね……」
「あっ……」
「シャルロット、貴様……!」
ポツリと零す春斗に、シャルロットはハッとし、ラウラがキッと睨みつける。
春斗が余りにも普通なので、つい大失念してしまった。春斗は一度、文字通りに”死を感じた”事があるのだという事を。
「ご、ごめん……僕」
申し訳なさそうに、シャルロットはシュンとしてしまう。
「………シャル」
そんなシャルロットに、春斗はスッと手を伸ばした。
「―― っ!?」
そして、その鼻をヒョイとつまんでやった。
「なーんて、ウソだよ」
「っ………」
からかわれた。そう理解した乙女の怒りと羞恥は凄かった。
「シャル、そろそろ機嫌を直してくれないかな〜? 謝ってるじゃないか」
「つ〜ん」
駅に着き列車を降りても、シャルロットの機嫌は低気圧であった。このまま放っておけば、大型台風にまで発達するかも知れない。
とはいえ、春斗にも一夏にもやる事があるので、このままシャルロットに構っている訳にも行かない。
何とか機嫌を直してもらう方法はと、春斗は考えた。
そうして、一つのアイデアが浮かんだ。だが、それは恐らく一夏の身に危険を及ぼす可能性があった。
『……一夏?』
『ん……?』
『死んだらごめん』
『何で!? ていうか不吉すぎるだろっ!?』
先に謝っておいてから、春斗は行動に移した。
未だに「つーん」なシャルロットの脇から腕を差し込み、そのまま絡め付かせる。
「え、えぇ……っ!?」
これには「つーん」なシャルロットも驚き、熱を感じてしまう程に間近に来た春斗を見やった。
「は、はる」
「―― じゃあ、買い物に行こうか?」
シャルロットが何かを言うよりも早く、春斗はニッコリと笑った。
「っ〜〜〜〜〜!! ……はぁ」
腕を組んでいる状態に、嬉しいと思う反面、あっさりと気分を直されて悔しいと思う気持ちがあった。
が、結局は前者が勝ち、シャルロットは深い溜め息を吐いた。
「溜め息を吐くと、幸せが逃げるよ?」
「……きっと、春斗を好きになっちゃった時点で、幸せの意味が分からなくなっちゃったんだね」
春斗に手玉に取られている感じがあるのに、それを享受しているどころか、幸せに感じてしまう辺り、彼女もいよいよ重症らしい。
「そっか。それじゃ、そんなロクでもない男の事は、この際、綺麗サッパリ忘れたらどうかな?」
「絶っっ対に、イヤだよ」
シャルロットは、これでもかという程の微笑で、キッパリと言い切った。
「……いや、そんなニコヤカに返されると困るんだけど」
「もしかして、照れてる?」
「……さぁね」
そう言って、空いている手で顔を覆うようにしながら、顔を背ける。と、シャルロットが悪戯っ子のように口元を歪めた。
「春斗って、自分に不都合な時とか……すぐにそうやって、顔を隠して視線を逸らすよね?」
「っ……」
自分でもクセと分かっているが、指摘されると、それはそれで恥ずかしい。
クスクスと笑いながら、シャルロットが腕を引く。
「さ、行こ?」
「やれやれ………ラウラちゃん、はい」
「む……?」
スッと差し出された手を、ラウラは不思議そうに見る。
「感覚共有させたから、一夏と繋げられるよ?」
「っ……義兄上……! ありがとうございます……!」
ラウラは嬉しそうに、その手を握った。
こうして、三人はホームを降りていった。
端から見れば「リア充マジ死ね」といった所である。
「腕、組んでますわね……」
「手も握ってるわね……」
ホーム出口の柱の陰に、隠れるように三人を覗く者在り。
寮を出るところから、ずっと三人を尾行してきた―― セシリアと鈴である。
「ラウラさんはまだしも……シャルロットさん、一夏さんのお兄さんに気のある素振りを見せていながら……あれは、どういう事かしら?」
ハイライトを失った瞳が映すのは、頬を赤らめて手を握るラウラと、恥ずかしそうにしながらも、楽しそうに腕にしがみつくシャルロット。
(シャルロットって事は、あれは春斗なのよね……なのに、何でこんなにムカムカするのかしら?)
鈴は鈴で、原因不明のムカムカに苛立っていた。
いや、原因は分かっている。
あの時の、シャルロットの言葉のせいだ。
『凰さんは……春斗と一夏、どっちが好きなの?』
『なら、僕の敵は一人だけだね』
あの言葉のせいで、鈴はすっかりペースを乱してしまっている。何故、一夏ではなく春斗で、こんな気持にならなければいけないのか。
考えれば考えるほど、イライラとムカムカが加速度的に増えていく。
そしてそれが臨界を迎えた時、鈴はとてもシンプルな決断を下した。
「―― よし、殺そう♪」
「ちょ、鈴さんッ!?」
声を弾ませて、物騒極まりない事を言う鈴に、さすがのセシリアも正気に返った。
既に鈴はISを部分展開させており、殺る気満々である。
「鈴さん、ここでそれをやると周囲に被害が……!」
一夏らに対する被害の事は、セシリアの念頭にも無いようだ。
「知るかっ! あいつを殺るまで、あたしは殺るのを、止めないッ!!」
そして鈴も、春斗をぶっ飛ばしてやりたい気持ちが最優先であったりする。
「……あれ、鈴か?」
そんな修羅に声を掛ける者在り。誰だと振り返った鈴は、その顔に我に返った。
赤みがかった長髪にバンダナを巻き付けて、少しばかり垂れ気味な瞳。
鈴はその人物に見覚えがあった。というより、一夏、春斗に次いで親しい人間である。
「だ、弾……!? あんた、何でこんな所に……!? まさか、蘭もいるの!?」
「何でって……俺は普通に、楽器の本を探しに来ただけだよ。蘭は多分……どっかに居るんじゃないか? 友達と買い物するって出て行ったから」
「……マジで?」
「何だよ、その世界が終わったような顔は………ん、ところでそっちのブロンド美人さんは?」
「
「ちょっと、鈴さん!?
「いや、時期的な事を考えれば……水着じゃないか?」
「水着……こっちも時期的にマズイかも……?」
鈴達は、春斗達の目的が何なのか分かっていない。ただ、デート的何かだというだけで追いかけて来たのだ。
もしも春斗と蘭が接触したら、何が起きるのか。
(絶対に面倒な事になる……!)
接触しない事も考えられるし、春斗がすぐに一夏と入れ替われば問題ないかも知れない。
だが、もし、万が一にでも問題が起こったら。
「…………別に良いや」
何かもう、心配するだけ無駄な気がしてきたのだった。
「あれ、あそこに居るのって……一夏か?」
「っ……!?」
しまった、ここにも面倒なのが居た。と鈴は気づいた。
「おーい、一夏ぁがぁっ!?」
呼び掛けようとした弾の顎を、鈴のアッパーカットが打ち抜いていた。
その切れ味たるや、すぐにでも世界を狙えるレベルであった。
「あぁ、一夏さん達が行ってしまいますわ!!」
「セシリア、弾、追うわよ!」
「ってぇ〜……って、俺もかよ!?」
走る二人の後を、顎をさすりながら弾も追いかけた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
買い物の約束をしていた箒は、寮の入り口で人を待っていた。
目的地は駅前のショッピングモール。目的は臨海学校用の水着や日焼け対策用のグッズの購入である。
「……来たか。で、もう一人はどうした?」
「いや〜、誘ったんだけどね〜。あの子、何て言うか……ネガティブなプチ引き篭もり体質だからね〜」
「はぁ……?」
待ち人である織羽は、ポリポリと頭を掻きつつ苦笑いした。
彼女が誘いに行ったのは、四組にいる幼馴染―― 更識(さらしき) 簪(かんざし)。
更識家と辰守家は、その成り立ちと役割から時には敵として、時には共に護国の剣として、古くから関わりを持っていた。
その関わり故に、織羽もまた簪と幼い頃に出会い、幼馴染として関わってきた。
だからこそ、彼女が”そうなってしまった”理由を知るが故に―― 歯がゆい。とはいえ、それだけでプチ引き篭もりである訳ではない。
こればかりは、織羽にはどうしてやる事も出来ない。何せ、織羽には彼女ほどの才能はないのだ。
「ま、それそれとして……買い物に行きましょうか?」
簪には、彼女好みの本でも何か見繕って買っていこう。そう決めて、織羽と箒はショッピングモールへと向かうのだった。
「………」
騒がしい幼馴染が居なくなり、簪は「はぁ」と、溜め息を吐いた。
空間投影ディスプレイには、箒の使っていた真打鉄のデータ。
「っ……」
それを見る目は、嫉妬に近い光を帯びていた。
彼女には一目で分かった。
プログラム真打。これを作った人間は、本当の天才だという事が。
擬似フォーマットフィッティング。
それは、専用機と搭乗者の相性のように、量産機とそれを使う搭乗者の間にある”ズレ”を埋めてくっつける―― 接着剤のようなプログラムだ。
それはつまり、これを専用機に使えば”誰でも、その機体を使えてしまう”という事だ。
勿論、そうならないように打鉄にのみ、適合する様になっている。下手に弄ろうものなら、絶対に復元できない。
こんな物、自分には百年掛けても作り出すことは出来ない。
それ程に完璧で、絶対で、神聖不可侵な存在だった。
「織斑……春斗」
織斑一夏をヒーローと喩えるならば、彼はヒーローを助ける天才科学者か。
もし彼ならば―― ”これ”を、容易く成してしまうんだろう。
「っ………」
その才能が、ひたすらに羨ましかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「織斑先生、出かけられるんですか?」
千冬は出かけようとした所を、真耶に声を掛けられた。
「臨海学校に必要な物を買いに行くだけだ。山田君は?」
「私もです。去年買った水着、もう胸のサイズが合わなくて……はぁ、ISスーツもまたオーダーしないと……」
「………そうか、大変だな」
これだけデカイくせに、まだデカくなるというのか。
千冬は真耶の底知れないポテンシャルに、内心で驚愕した。
あの巨乳は正直、凶器だ。一夏もあれに良く目を奪われてる事を、千冬は知っている。
ついでに、春斗は大きい胸が好みであったりする。
「………」
つい、自分の胸に触れてしまう。
千冬の胸は決して小さくはない。むしろ標準以上で、所謂”美乳”というやつだ。
デカイといえば、篠ノ之家の血筋。あれは何だ。姉の束も、妹の箒も何故、あれほどにデカイ。
篠ノ之神社は豊胸之神でも祀っていたのか。
などと、おかしな方向にスライドした思考を、真耶の声が引き戻した。
「そうだ。駅前のショッピングモールに新しいお店がオープンしたそうですから、そこに行ってみませんか?」
「……ま、何処で買っても同じだし……良いだろう」
こうして織斑千冬と山田真耶の教師組もまた、混沌たる舞台へとその足を向けたのだった。
『春斗』
『……うん。何だか嫌な予感がするね』
晴れていた筈の青空は、今は分厚い雲に覆われ始めていたりした。