花月荘の大座敷【風花の間】に設けられた作戦室。
そこに集められた、学園所属の専用機持ち八人。
薄暗い部屋の中央には、大型空中投影ディスプレイが浮かんでいる。
「二時間前、ハワイ沖で試験稼働にあったアメリカ・イスラエル共同開発の第三世代機【
千冬の言葉に、一夏、箒、簪は驚きと不安の表情を見せる。そしてセシリア、鈴、ラウラ、シャルロット、織羽の五名は今までにない真剣な表情を見せていた。
特にラウラは現役の軍人でもある。こういった有事に対する心構えは特に強い。
「では作戦会議を始める。意見のある者は挙手しろ」
千冬が作戦会議の開始を告げると早速、セシリアが挙手した。
「はい。目標ISの詳細なスペックデータを要求します」
「分かった。ただしこれは二ヶ国の最重要軍事機密だ。漏洩した場合、査問委員会による裁判と最低二年の監視が付けられる。良いな?」
「了解しました」
そうして明かされたIS【
『これは……またとんでもない物を作ったものだね』
『すまん。俺にはいまいちよく分からない。解説してくれ』
『そうだね……この
『特殊兵装? このウイングがか?』
『このスラスター翼に砲門が装備されていて、エネルギー弾をあらゆる角度で発射する仕組みなんだよ』
『どうして分かるんだ?』
『いや、武竜にも多方向射撃武装を装備しようとした事があってね……止めたけど』
『何で?』
『武竜に付ける意味がなかったから……と、話が逸れたね。広域射撃武装によるオールレンジ攻撃、回避は極めて困難だ。更に格闘戦におけるデータが無い。正直、もっと情報が欲しいね』
『ちょっと春斗。あんたは何か無いの?』
『義兄上、技術者としての視点から意見をお願いします』
「……織斑、何かあるか?」
鈴、ラウラ、千冬が揃って一夏に視線を送る。
どうやら一夏に説明している間に色々話し合っていたらしい。
「えっと……そうだ、偵察とかって行えないんですか? このスラスター翼の威力とか知りたいし……」
「残念だが相手は超音速。最高速度は2450kmを超えるとある。偵察は無理だな」
「というか一夏、何故スラスター翼の”威力”なのだ?」
箒が疑問を口にした。
「だって、これが多方向攻撃武装なんだろ?」
「………は?」
「だからこれが………ッ!?」
『バカ……』
一夏は気づいて口を閉じた。が、遅かった。
どうやら、そこまでの話は出ていなかったらしい。
『裏白式
『それは、僕から説明するよ』
「って、また回線に割り込みされた!?」
真耶が開放回線(オープンチャンネル)からした声に悲鳴を上げた。
ここに使われているセキュリティは、学園と同レベルのものだ。
こうもあっさりと割り込まれる筈がないのに、しかしこうして現実割りこまれている。
この度に、学園では対策会議をする事になり、真耶の仕事は更に増えたりする。
閑話休題。
「春斗、ここは部外者禁止だ」
『まぁまぁ。技術者サイドの意見も必要かなって?』
「……いいだろう。ただし、ここでの事は口外無用だ。良いな?」
『了解』
一応、千冬も無駄と分かりながらも告げる。何せ、一夏がここにいるのだから禁止など出来ないし、そもそも春斗は専用機持ちなのだ。
だが表向きとはいえ、言う事は言わなければならない。
『この
「そ、そういう事だ……! いや、さすがは春斗! 俺の言いたい事を言ってくれるなぁ〜。はは……ははは………」
「龍咆と同じ、射角制限なしって事なの?」
鈴の問に春斗は首を振った。
『いいや。実際は龍咆よりもずっと厄介だ。龍咆は”攻撃可能範囲は大きい”けど”攻撃範囲は狭い”。でもこれは”攻撃可能範囲も、攻撃範囲自体も広い”んだ。甲龍の射角は鈴ちゃんの正面、左右上下に約170度の範囲。でも
「……ウイングの形状と、稼働範囲がその秘密ね?」
今まで黙っていた織羽が、ポツリと言う。
『その通り。
「………で、春斗。どうやって対応する?」
『そうだね……R‐ドラグーンなら対処出来る相手なんだけど……まだ完成していないしね。姉さん、福音との接触可能回数は?』
「アプローチは一回が限度だろうな」
『なら、狙うは一撃必殺か。順当に考えるなら、零落白夜を持つ白式がアタッカー。移動にはブルー・ティアーズの高機動パッケージ【ストライク・ガンナー】を使って……出来るのはこれぐらいだね?』
「っ……!? ど、どうしてブルー・ティアーズのパッケージの事を……!?」
『それはもう……仮にも天才ですから』
「……天才という人種は皆、そういう事を言うものなんですの……?」
パッケージとは、IS用換装装備の総称である。これは武装だけでなく、増設スラスターや追加装甲なども含まれる。
この他、【オートクチュール】という、専用機専用機能特化パッケージも存在する。
簪、シャルロットを除く全員の専用機は、セミカスタムの標準装備(デフォルト)。
シャルロットは機体をフルカスタムした上で、標準装備(デフォルト)。
簪のIS【打鉄弐式】は、未だ完成していない機体であり、完全な標準装備(デフォルト)である。
「俺が、アタッカーか……」
『一撃必殺という条件に当てはまるのは、零落白夜と月華白麗があるけど……超音速の相手に月華白麗を当てるのは困難だ。零落白夜しかないよ』
「これは実戦だ。覚悟がないなら無理強いはしない」
「まさか。覚悟なら……出来てるさ」
千冬の言葉に一夏がきっぱりと答える。
「オルコット。超音速下での戦闘訓練時間は?」
「二十時間ですわ」
「なら、適任だな……では、早速――」
「ちょっと待った! 待ったなのだよ、ちーちゃんっ!!」
いきなり天井が開き、逆さまに覗き込んでくる顔があった。世界一の天才、篠ノ之束である。
「もっと良い作戦が今正に、私の頭の中にナウ・プリンティングなのだよ!!」
「よし分かった。すぐ帰れ」
「いや〜ん、ちーちゃん冷たいよ〜! とうっ」
束は眉を八の字にして、笑いながら天井裏から降りてきた。
「お前は人の話を聞いていたのか? 帰れ、今すぐに」
「まぁまぁ。春るんもいるんだし、いいじゃない。それよりも、ここは断然、紅椿の出番なのだよっ!!」
「紅椿の……?」
「そう、そのとおり!!」
束の言葉に箒が驚く。と、束はキラーンと、目を光らせた。
「さっきも説明したけど、紅椿に使われている展開装甲は即時万能対応機(リアルタイムマルチロールアクトレス)を目指してつくった物だよ。だから、この展開装甲をちょいちょいと弄ってしまえば、超音速での飛行なんて、ビフォア・ブレックファーストなのだ!!」
いつの間にか中央のモニターには紅椿のスペックデータが出現していた。
「ていうか、こんな事に気付かない春るんじゃないと思うんだけどな〜。どうして黙っていたのかな?」
ニッコリと笑いなから、しかしどこか、薄ら寒い気配を感じてしまう。
紅椿に絶対の自信を持っているからこそ、あえてそれを外した春斗に不満を感じているのだろうか。
『……確かに、”紅椿のスペック”なら十二分にやれると思います。でも、戦闘は性能だけで決まるものじゃない。訓練時間のあるセシリアさんと、今日性能テストをしただけのほーちゃんとじゃ、比べるべくも無いですよ』
「へぇ〜。春るん箒ちゃんのこと、信じてないんだ〜?」
『個人の感情と分析結果を一緒くたにするのは、愚行ですから』
「でも、ブルー・ティアーズのパッケージはまだ、インストールされていないんじゃないかな? どうなの、そこの金髪ロール」
「き、金髪ロ……わ、私はセシリア・オルコットという名前が……」
「うっさいよ。君は私の興味の範疇にないの。それともあれかな? 君は私の知り合いか何かなのかな? そうじゃないでしょ? だったら聞かれたことだけに答えればいいんだよ。全く、これだから金髪は……」
いきなり辛辣な言葉を連続して叩きつけられ、セシリアは唖然としてしまった。
束のセシリアを見る目は、路傍の石を見る方がまだ、興味があるだろうという程に冷たいものだった。
『えっと、気にしない方が良いよ? その人が興味ある人間なんて、地球人口の十億分の一ぐらいしかないし。それで、パッケージのインストールは?』
「そ、それはまだ……終わってませんけど」
「ほ〜ら、ダメじゃん。ちなみに、紅椿の調整は七分あれば終わっちゃうよ〜」
「………なら、本作戦は織斑、篠ノ之両名による目標追跡、及び撃墜を目的とする。作戦開始は三十分後だ」
『姉さん!? 訓練無しで高速戦闘なんて無茶だ!!』
春斗は異を唱えるが、それに待ったをかける者があった。
「待ってくれ、春斗」
『ほーちゃん……!?』
「心配してくれるのはありがたいが、大丈夫だ。私はやれる。やってみせるさ……!」
『でも……』
「それに、訓練していないのは一夏も同じだ。それとも、一夏は信じられるのに、私は信じられないのか?」
『別に一夏は選択肢がないから、何とかさせるだけだし』
「おいこら」
『でも、ほーちゃんは違う。ISの操縦時間も圧倒的に足りない。それこそ、ISの性能だけで戦う事になる……それはとても危険な事だ』
「……確かに、紅椿はさっき動かしただけしか経験がない。だからこそ、私はISの性能だけで戦うつもりはないぞ?」
『え……?』
箒は待機形態の紅椿にそっと触れる。
「私は私の想いで戦う。その大切さを、春斗と真打鉄が教えてくれたのだ……だから、大丈夫だ」
『…………分かった。一夏、何があってもほーちゃんを守るようにね』
「いや、俺の心配はないのかよ?」
『無いよ?』
「あ〜、そう言うと思ったよ……ったく、本当に箒が好きだよな、お前」
一夏が予想通りの返しにため息混じりに言う。
「っ……!?」
『そんなの当たり前じゃないか。今更、何を言ってるのさ』
そして春斗はしれっと返す。
「っ………!?!?」
箒はすっかり顔が赤くなってしまい、口をパクパクとさせてしまっている。
「あ〜、あんた達、そろそろ移動するわよ? 時間が惜しいんだから」
「鈴々の言う通り、時間も勿体無いし……何より、これ以上は束さんの後ろの凄い気配が、もっと凄い気配に変わりそうなんだよね〜? ということで、さぁさぁ! 箒ちゃんも外へ出ようね〜。ここじゃ狭いから〜!!」
鈴はこの流れに諦めを感じつつ、そして束は初めて感じる戦慄に珍しく顔を引き攣らせて、それぞれ三人を追い立てるように外へと連れ出した。
「はいはい。デュノアちゃんも、もうちょっと落ち着こうね?」
「エ……ナンノコトカナ……?」
ちなみに、束の後ろにはダークオーラ全開のシャルロットが居たりした。
暗黒面に堕ちるのも、時間の問題なのかも知れない。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
束が移動ラボ【
高速戦闘用高精細ハイパーセンサーの説明、高速戦闘時のブースト使用の注意点、射撃武装に対する警戒などだ。
束はISの調整を終えると、ふらりと姿を消してしまった。
こうして迎えた、作戦開始時刻10分前。
砂浜に立つのは一夏と箒のみ。他のメンバーは全員、風花の間―― 作戦室に待機している。
二人も既にISを展開し、その時を待っていた。人気の全く無い海岸に、波と風の音だけが響き続ける。
「そろそろだな……」
「あぁ、そうだな……」
二人は並び、その音に耳を傾けていた。
『では二人とも、準備は――』
『しっかしあれだねぇ〜。海で暴走って言うと、”白騎士事件”を思い出すねぇ〜』
『また割り込み!?』
今度は束が回線に割り込みをかける。
「白騎士事件……十年前に起こった、あの……?」
『全くバカだよね〜。私の才能は信じないくせに、神様は信じてるなんて、偶像崇拝もいいところだよ。束さんはちゃんと実像なのにね〜』
白騎士事件。
篠ノ之束がISを発表してから一ヶ月後に起こった、おそらく世界で知らない者はいないであろう大事件。
束はISを、『全ての現行兵器を凌駕する』と大々的に発表した。
だが、世界はそれを信じなかった。信じる事など出来なかった。
何故なら、軍需産業は大国の要であり、ISの登場はそれら全ての瓦解を呼ぶ可能性を孕んでいたからだ。
そして、一ヶ月後それは起こった。
日本に対してミサイル攻撃可能な12の国の軍事ネットワークが
ハッキングされ、それによって2341発ものミサイルが制御不能となり―― 発射された。
絶望の最中、現れたのは―― 白銀の騎士。
それこそ、世界初のIS【白騎士】であった。
白騎士は迫り来る1221発のミサイルを、超音速で飛翔して手にした剣で全て両断。
更に遠距離の物は、呼び出した大型荷電粒子砲で全て薙ぎ払った。
超音速飛行。その状態のままの格闘戦。量子変換による大質量物の召喚。そしてビーム兵器の実用。
兵器性能。運用性。汎用性。そのどれもが、現行兵器とは比べものにならないものであった。
絶対的驚異に対する各国の反応は、正にアレルギー反応のようであった。
―― 白騎士の分析、可能ならば捕獲。無理ならば撃滅 ――
こうして大規模作戦が実行に移された。
だが、その結果は凄惨なものであった。
当時最新鋭であった兵器も惜しげもなく投入されながら、しかしことごとく撃墜、破壊。
しかも――― 死者は一人として出なかった。
世界が躍起になって攻撃をしてきたのに、白騎士には、
そして日没を迎える中、白騎士は姿を消した。まるで、今までの事は太陽の見せた幻であったかのように。
レーダーにも、その影は映らなかった。完璧なるステルス性能。
この日、世界はたった一人の騎士に敗北した。
『ISを倒せるのはISだけ』という束の言葉を、世界は受け入れるしか無かった。
ISしかISの領域(ステージ)には入れない。現行する兵器は、どれも同じ土俵にすら立てなかったのだ。
そして、世界は【アラスカ条約】というIS運用制限条約と、それに伴うIS開発普及へと流れていくことになる。
『でも、白騎士って誰だったんだろうね〜? ね、ちーちゃん?』
『知らん』
白騎士。
バイザータイプの初期型ハイパーセンサーによって顔は隠れ、性別以外の全てが不明。
だが、順当に考えれば一人しかいない。
織斑千冬。
世界一のIS操縦者である彼女だけが、束からIS”白騎士”を託される可能性があるのだ。
それは同時に、第一回モンド・グロッソにおいて見せた圧倒的実力の説明にもなる。
だが、モンド・グロッソで使われていたIS『暮桜』は白騎士ではない。
ならば、白騎士は何処へ行ってしまったのか。
『時間だ……篠ノ之』
「はい。一夏、私の肩に掴まれ」
「頼むぜ、箒」
『春斗、現場での指示はお前が出せ。良いな?』
『了解です』
春斗はそのまま、現場指揮を取る事になった。というのも、高速戦闘時状態に入ってしまえば作戦室から指示を出したのでは余りにも遅いからだ。
この事に真耶らは反対する。当然の事だ。だが、春斗の事を知る面々は逆に賛成する。
春斗の情報分析能力の高さは、充分に武器となる。
そして、一夏と共に戦場を高速で移動しつつ、しかし分析に集中できる以上、現場指揮にこれ以上の人材はいない。
半ば押し切るようにして、春斗の参加も決まった。
『今回の作戦は単純明快。紅椿で白式を温存しつつ高速移動。目標に接近後、紅椿をカタパルトにして白式が瞬時加速(イグニッションブースト)。零落白夜による
「作戦の肝は……白式だな」
『それもあるけど……紅椿が、目標に反応されるまでに距離をどこまで詰められるかが重要だね』
「大丈夫だ。一夏一人運ぶぐらい、この紅椿なら造作も無い。なんなら、隣を飛んでやるぞ?」
『頼もしいね。でも、現場では何があるか分からない。十分に注意を。一夏もね?』
「あぁ、分かった」
「了解だ、春斗」
二人は力強く頷いて答える。油断もない、気合は充分だ。
『では、作戦開始!!』
「しっかり掴まっていろ、一夏!!」
「っ……!?」
言うや、紅椿は一気に上昇。ほぼ一瞬で高度300メートルを超えた。
更に上昇し高度500メートル。
「暫時衛星リンク確立……情報照合完了だ」
『照合確認。目標に対して追撃行動を開始して下さい』
「了解!!」
箒はスラスターと、背部、脚部の展開装甲を稼動。一気に推力を得て加速した。
「ぐっ………!?」
展開装甲の生み出す推進力によって、世界が一気に流れていく。
蒼天を切り裂き、白雲を穿ち、紅い翼が飛翔する。
『目標発見。このままの速度を維持しつつ、白式は迎撃態勢に移行して下さい』
「おおっ!」
ハイパーセンサーが導く視界の先に映る―― 白銀のIS。
一夏達の角度からみると、ヘッドユニットと一体化して頸部から展開しているウイングは、まるで頭部から生えているように映った。
「あれが……福音……!」
「【
『作戦をネクストフェイズに移行。白式、スタンバイ』
「分かった……!」
一夏は零落白夜を起動。全てのエネルギーを打ち消す必殺の刃が出現する。
『接触まで10……9……8……!』
春斗によるカウントダウン。紅椿が更に加速し、白式が刃を掲げる。
『3……2……1……0ッ!!』
「オォオオオオオオオッ!!」
一夏は紅椿の背中を蹴るようにして
白式は一瞬の間さえ無く福音に迫り――― 福音が消えた。
「っ……!?」
『一夏、上だ!!』
反転し、上方を見やる。そこにはあの超音速を停止し、佇む福音の姿があった。
零落白夜の刃は、僅かな差で躱されてしまったのだ。
「あの速度で回避して、反転上昇からの急停止……幾ら高出力の多方向推進装置(マルチスラスター)があるからって……PICはどうなってるんだ!?」
『さぁね。でも、足は止まった……て、事で!!』
「ハァアアアアアアッ!!」
反転してきた紅椿が雨月を振るい、光刃を発射。そのまま自身も突撃を掛ける。
福音は事も無げに加速してエネルギー刃を回避。更に紅椿の斬撃をも紙一重で躱す。
『敵は超高速飛行状態を解いた! 反撃が来るよ!!』
『敵機確認。迎撃モードへ移行――
春斗の言葉を裏付けるように、福音が開放回線(オープンチャンネル)に、機械音声を流す。
抑揚のない、しかし
襲い来る福音。二人はそのまま高速戦闘へと移行した。
「オォオオオオオオオッ!!」
「ハァアアアアアアアッ!!」
左右から挟撃するように、白と紅が飛ぶ。が、福音はその特異な多方向推進装置(マルチスラスター)を巧みに操り、その攻撃をミリ単位で回避してみせる。
その制御は例えるならば、針の穴に糸を通すほどに繊細、そして精密。
とても、単なる暴走をしているISが出来るような動きではない。
(そもそも、ISが暴走しているって話自体がおかしいんだけどね……!)
春斗はずっとそれが引っ掛かっていた。だが今は、現実の脅威として存在する福音を止める事が最優先だと、思考を切り替える。
福音は回避するとそのまま加速。ぐるん、とその身を反転させる。
そしてウイングの装甲が開き、推進装置一体型広域殲滅武装――
「「っ――!!」」
放たれる光弾の嵐。多方向同時射撃の名に恥じない、圧倒的連射力。
二人は即時回避。だが全てを躱す事など出来ず、羽根状の光弾が突き刺さり、即時爆発した。
「グゥウウウッ!!」
「ウァアアアアッ!!」
襲い来る爆圧が、シールドを容赦なく削り落とす。
二機はそれ以上の追撃を受けないよう加速して攻撃範囲から離脱する。
「クソッ……時間が掛かればこっちが不利だ……どうする!?」
『まずは、あのスラスター翼を何とかしよう。ダメージを与えられれば、攻撃も回避も思うように出来なくなる筈だ!』
「分かった! 私が奴を押さえる。その隙に羽根を切り落とせ!!」
時間がないからこそ、零落白夜を確実に決める布石を打つ。
一夏は雪片をブレードに戻し、シールド無効化状態に移行させる。
その状態ならば、戦闘可能時間を長引かせられるからだ。
紅椿は自立支援ユニットを射出。牽制をさせつつ、一気に接近。斬撃と刺突を繰り出し、更に腕部展開装甲からエネルギー刃を現出させ、攻撃を仕掛ける。
『ほーちゃん、エネルギー残量に気を付けて!!』
「分かった!!」
箒の猛攻を受け、さしもの福音も回避から防御へと流れを変えていく。
「La―――♪」
福音は大きく飛翔し間合いを離すと、そのウイングの装甲を完全に開ききった。
そこに見える砲門―― 総数36。
『
今までとは比べものにならない数の弾幕。
破壊の羽のスコールが紅椿を、そして白式を容赦なく襲う。
二機は被弾しながらもそれを耐え、一撃を見舞うべく飛ぶ。
が、春斗が戦場となったエリアにそれを発見してしまう。
『――ッ!? 後方800の海上に船舶!? マズイ、このままだと巻き込まれる!』
「何っ!?」
「船舶情報無し……密漁船か!?」
最悪な事に、白式の位置は福音と船舶の間。そして福音はもう一度、
「チィッ!!」
迷う暇も、逡巡する時間もない。一夏は零落白夜を発動。
「La……♪」
「薙ぎ払えぇええええええっ!!」
同時に一夏は、【波動・零落白夜】を最大出力で放つ。
破壊の光弾は一発足りとも残されず、エネルギー無効化の嵐によって打ち消されていく。
船舶は守られた。だが、代償として白式のエネルギーは一気に、ギリギリまで追い詰められてしまった。
福音はいち早く態勢を直し、もう一度
『マズイ、次は防げない……!』
「くそぉっ!!」
「でやぁあああああッ!!」
すぐさま、紅椿は福音に接近。斬撃を打ち込み、そのまま一気に戦闘エリアを対比する船舶の真逆方向へと押していく。
「悪ぃ、箒!」
「バカ者!! 何故、犯罪者を庇って窮地に陥る!?」
「だからって、見捨てられるかよ!!」
「あぁ、そうだな。お前はそういう性格だ! よく知っているとも!! だが、それでお前が傷つけば、悲しむ者がいることを分かれ!!」
「箒……!?」
「私は……犯罪者など、どうなろうと知った事ではない!!」
空裂を振るい、福音を打ち据える。その表情は悲痛ささえ感じられた。
「私は……お前を守る為にここにいるのだ! お前に嫌われようと、蔑まれようとも……私は、お前を他の何よりも守りたんだ……だからっ!!」
箒は阿修羅の如き威力を以て、福音を追い詰める。
斬撃を躱し、福音が
しかし、そこを狙って自立支援ユニットが突撃。福音を捉える。
「オォオオオオオオオオッ!!」
雨月、空裂を上段に構え、箒は二刀を全力で振り下ろし――しかし、その刃が福音を捉える事はなかった。
「っ……!?」
二刀の刃は福音を捉える直前、光の粒子となって消えさってしまった。
更に、紅く輝いていた展開装甲も、次々に閉じられていく。
ISアーマーはちょっとやそっとの攻撃では傷つかない。だが、ISの攻撃にまでエネルギー無しで耐えられる強度など無い。
そして、ここが実戦の場である以上、箒は命の危険に晒されているという事だ。
福音が、
「箒ぃっ!!」
白式が割り込み、福音を攻撃。福音はそれを躱すと、飛翔する。
一夏はすぐさまそれを追いかけた。
『作戦は失敗! 紅椿は現空域を即時離脱して下さい!!』
「っ……!? だ、だが私は……!」
『エネルギーのないISに出来る事は無い!!』
「ッ……!!」
春斗の厳しい言葉に、箒がビクリを肩を震わせた。
『白式はこのまま、紅椿の撤退を援護。良いね?』
「あぁっ!!」
確かに、もう戦う力はない。だが、それでも。
「クソッ……速い!!」
『一夏っ!!』
福音の攻撃に、残り少ないシールドが削り取られる。
零落白夜はもう一発、一瞬しか使用できない。
「組み付いてでも……極める!!」
弾雨を回避しつつ、白式が迫る。が、福音は思わぬ行動へと移った。
「――ッ!?」
逆に接近し、白式にその拳を叩きつけてきたのだ。予想外の行動に一夏はそれを回避できず、喰らってしまう。
ギィイインッ!
「しまった……グアッ!!」
更に振り上げた足が、雪片を弾き飛ばした。
返す刀で、一夏を蹴り飛ばす。
福音が、ダメ押しとばかりに
だがそれでも、やれる事はある。
それが喩え、その身を犠牲にする事だとしても。
「一夏っ!!」
「ッ!?」
福音が止めを放つ瞬間、紅いシルエットがその間に割り込んできた。
紅椿。篠ノ之箒はその身を盾にして、一夏を守ろうとしたのだ。だが――。
「―― っ!?」
ぐん、と強い力に腕を引かれ、更にはその背中を強く押された。
箒は受け流すようにして、横へと投げ飛ばされていた。
どうして?
そんな疑問と共に、上下が逆転した視界に映ったのは―― 自分を投げた黒白の腕。
そして、何故か微笑んでいる一夏の顔。
箒は必死に、彼に向かって手を伸ばした。決して届かないと、分かっていても。
「いち――」
そして逆しまの世界に――― 紅蓮の花が咲いた。
「かぁああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
箒の悲痛な叫びさえ、それは容赦なく呑み込み尽くした。