アメリカ、イスラエル共同開発の第三世代IS【
学園上層部は、
かくして行われた
「一夏! しっかりしろ一夏っ!!」
海面に落ちる寸前、箒は一夏を抱きとめた。が、その身より流れる血はすぐに紅椿を、より紅く染めていく。
「春斗! 一夏が怪我をした!! どうすれば良い、指示を………春斗?」
必死に呼び掛ける箒。答えはしかし返ってこない。
「春斗!? どうしたら良い!? 指示をしてくれ、春斗っ!!」
だが、沈黙だけがそれを返す。
「嫌だ……! 私を……一人に……しないでくれぇ……っ!!」
海上封鎖を担当していた教員が箒を発見した時、彼女はスラスター以外の部分を展開していなかった。
エネルギーが底を尽きかけ、温存するために、飛行ユニットのみで飛んでいたのだ。
白いISスーツは一夏の血に染まり、彼女は全身に感じる死の恐怖に耐えて飛んでいた。
「一夏ぁ……春斗ぉ……」
うわ言のように二人の名を呼び、箒は教員が来たことさえ気付かない程に錯乱していた。
そして―――。
日の傾きだした花月荘。時刻は午後4時。
福音迎撃作戦開始より、既に5時間以上が経過していた。
ある一室に運び込まれた簡易ベッドに、力無く横たわる一夏。
顔や腕、足などそこら中に包帯を巻かれ、余りにも痛々しい。
繋がれた計測器の脈拍と心拍を伝える音だけが、室内には響いていた。
全身を焼き払った熱波と破壊の圧力は、白式に致命領域対応を発動させた。
これは操縦者の命を守る為に、そのエネルギー全てを防御に使用して起こされる。
故に、ISのエネルギーが完全に回復するまで、意図的に起こされた昏睡状態は回復する事はない。
「……… 一夏」
その隣に座る箒は、ただじっとその顔を見つめていた。ギュッと拳を握り固め、溢れ出る涙も止められない。
アリーナが正体不明のISに襲撃された時、何も出来ない自分が嫌で、許せなかった。
ラウラのISが暴走した時、力があった。だけど、エネルギーを渡す事だけしか出来なかった。
一夏を守りたかった。大切な人を、守れる自分になりたかった。
力を得た筈だった。覚悟も出来ていた筈だった。
だけど―― 守れなかった。伸ばした手は、彼を救えなかった。
「どうして……私をかばった? 言ったではないか……お前に何かあれば、傷つく者がいると……なのに、どうして……!?」
箒は問いかける。だが、その答えが返ってくる事はなかった。
花月荘、風花の間。
空間投影モニターに映るのは、福音の現在地。光点はずっと同じままだ。
「……停止していますね。上はまだ、私達に作戦の継続を?」
「解除命令が出ていない以上……継続だ」
「ですが、これからどのような手を……?」
「………」
真耶の問に、千冬はすぐに答えられなかった。
専用機持ちの中で唯一、
一夏はISの防御機能で深い眠りにあり、そして箒は精神的ダメージが大きく、戦力としてカウントできない。
そして更識 簪はISが未完成である。
残る五人で、福音迎撃を行わなければならない。だが、どうすればそれが可能なのか。
ドンドン。
【風花の間】の襖戸を叩く音がする。
「―― 誰だ?」
(オルコットです。その……)
「作戦中だ。各自待機していろと言った筈だ……!!」
(――ッ!?)
苛立ちにも似た怒声が襖戸越しに、セシリアをビクリとさせる。
「他の連中にも言っておけ。良いな?」
(わ、わかりました……)
そうして、意気消沈といった気配が、襖戸から消える。
「………ふぅ」
そうして、千冬は小さく溜め息を吐いた。
そこにあったのは自分への軽い嫌悪感。あれでは単なる八つ当たりではないか。
「織斑先生……織斑君の所に行かなくて良いんですか?」
真耶は千冬に尋ねた。
負傷した一夏が箒と、現場海域の封鎖を務めていた教員によって運ばれてきた後、千冬はすぐに治療指示を出した。
そしてそれ以降、ずっとこの作戦室に篭ったままなのだ。
「まだ作戦中だ。私情を挟む時間などない。それに、私が行ったところで福音を倒せるわけでも、あれが目を覚ますわけでもない」
「……ですが」
「くどいッ!!」
「っ……!?」
尚も言おうとする真耶を、千冬は一喝した。
「あれは死んだ訳ではない……いずれ、必ず目を覚ます。心配するだけ無駄だ」
そう言いつつ、千冬は腕組みするその手で、スーツの袖をギュッと握り締めていた。
今、危険な状態にあるのは一夏だけではない。人知れず、春斗もまた、危機に晒されているのだ。
その姿を、恐ろしくて見れない。
ただ只管に、千冬は”作戦中”という免罪符を切り続けるのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
作戦室である【風花の間】に続く縁側。
箒とセシリア、織羽を除く面々は、そこに集まっていた。
「………あ、セシリア。どうだった?」
鈴が向こうからやってきたセシリアに気付く。
「ダメでしたわ。やはり『作戦中だから入室許可出来ない。待機しろ』の一点張りでしたわ」
セシリアは首を振った。
「先生は……心配じゃ……ないのかな?」
簪がポツリと呟く。
「そんな訳あるまい」
そう言ったのはラウラだった。
「教官にとって一夏は大事な家族だ。それを心配しない訳がない」
「だったら……どうして?」
「一夏の命はISが守っている。だからこそ今は福音を補足し、その動きを捉える事を……今やるべき事をやっているのだ。自身の心を必死に抑えてな」
ラウラは冷静に、しかし真っ直ぐに言葉にする。
「っ………」
簪は、それでも何処か納得できない様子で、ギュッと唇を噛み締めていた。
「不器用なのよ、千冬さんって……」
「え……?」
「鈴さん?」
「何時もそう……家族が……一夏や春斗が一番大事なくせに、肝心な時に、何時も動けない」
鈴は夕焼け近い空を見上げ、遠い日の事を思い出す。
「立場も、責任も、何もかも投げ出して直ぐにでも行ってやりたいのに……自分を抑えちゃって……」
春斗が肉体を失った事。
一夏が誘拐された事。
立て続けに起こった事件は、千冬の心を完膚無きまでに打ちのめした。
それこそ、絶望に屈してしまうほどに。
「守りたいものがあって、その為に力や、色んなものを持って……なのに、それが自分を縛る鎖になっちゃって……でも、それを生来の責任感で投げ出せない……」
織斑家と深い繋がりがあるが故に、千冬の苦悩を鈴は理解していた。
許せないのだ。一夏の、そして春斗の事で。誰よりも何よりも、自分の事が。
『……ねぇ。春斗はどうして?』
ずっと俯き、膝を抱えたまま、彼女は今まで一言も発しなかった。
『裏白式が白式と違うISで、コアも別なら……どうして回線が繋がらないの?』
撃墜後、シャルロットはすぐに春斗に
だが、全く繋がらなかった。
『あの時……右腕が裏白式の物だった。つまり少なからずダメージを受けたって事だと思う』
『でも、腕だけだよ!? ダメージを実際に受けて怪我をしたのは一夏で…… 一夏が意識を無くすのは分かるけど……春斗までどうして!?』
『知らないわよ! あたしだって……知りたいぐらいなんだから……』
実際、何も分からない事だらけだった。
ISに関して、専門知識もそれなりに持っているとはいえ、コアネットワークやその機能について深い訳ではない。
ましてや、人の意識体やその存在に関することなど、髪の毛ほどさえも分からない。
何かを分かるとすれば、春斗の治療を担当している高柳ぐらいだろう。
『二人とも、重要な事を忘れているぞ?』
『ラウラ?』
『あの時、二人の意識はシンクロしていた。そして一夏には肉体があるが、義兄上には無い。つまり義兄上のダメージはそのまま、その意識体が直接受けたかも知れない。それが裏白式に、致命領域対応をさせた可能性がある』
『そんな……だって、春斗は……!!』
春斗の意識体は、酷く脆い。精神的負荷でさえ存在を危うくするというのに、あれだけのダメージを受けてしまったというなら、それがどれ程危ない状況なのか―― もしかしたなら既に。
「っ……!」
そこまで考え、シャルロットは恐怖で身震いした。
あり得ない。そんな事はない。きっと、気を失っているだけだ。きっと、それだけの事だ。
必死にそう思い込もうと、シャルロットはその身を力一杯抱きしめる。
喪失の恐怖に、負けないように。
『―― 大丈夫よ。そう簡単に、あいつは消えたりなんてしないから』
『鈴……?』
『春斗の奴、意外と神経図太いのよ? 一夏が起きたら、一緒に起きるわよ。「いやぁ、一夏に巻き込まれちゃったよ」とか言ってさ』
そう言いつつ、鈴も不安を抱いていない筈がなかった。鈴は一夏達を、ずっと見てきていたのだから。
春斗がどれだけ儚い存在なのか、誰よりも理解している。
だからこそ、その不安を絶対に口に出来なかった。
「ところで、織羽さんは?」
と、セシリアはその場にいないもう一人が気になったのか、簪に尋ねた。
「織羽は……多分、準備してる……と思う……」
「準備?」
「福音と………戦う準備……」
簪は視線を、建物の向こう―― 林へと向けた。その場所で、織羽は戦う為の”牙”を磨いている。
「織羽は後悔している……一緒に行けなかった事を……友達を、守れなかったことを……」
一息吸い込んで、そして言った。
「苦しんで、後悔して……だから、その人に胸を張って会える自分になろうとするの……それが、織羽だから」
簪の言葉は、不思議と皆の心に響いた。
確かに、ここで何の解決にもならない思考をしているよりは遥かに建設的で、何よりするべき事があるというのは、人の足を前へと確実に進ませた。
「よっし! あたしもちょっと行ってくるか!」
己を奮起させるためか、鈴は明るく、そして元気良く腕を振り上げた。
「何処に行くんですの?」
「勿論……自分にやれる事をしにいくのよ。こんな所でウダウダしてても、一夏に胸張って会えないしね!!」
そう言って、胸を張る鈴に全員が顔を見合わせ、小さく頷いた。
「………あら、張る程の胸がお有りでしたの?」
「どういう意味よ……?」
鈴がヒクヒクと頬を引き攣らせて、セシリアを睨む。セシリアは可笑しそうに口元を押さえ、何事もないかのように振舞った。
「いえ、別に大した意味はありませんわ? お気になさらず……オホホ………あ、あら?」
「大した意味はない、か……だが、私も詳しく聞きたいな……なぁ、セシリア・オルコット?」
「私も……どういう意味か聞きたい」
更にラウラと簪が食いついてきた。二人は怒りのオーラを燃やして、その肩をがっしりと鷲掴んでいた。
一年専用機持ち組ワースト3である三人に囲まれ、堪らずシャルロットに援護を求める。
「シャ、シャルロットさん……!?」
「あ、僕は先に行ってるから」
「ちょっと、お待ちになって!?」
シャルロットは即行で見捨てた。
「い、イヤァアアアアアアアアアアアアッ!?」
立ち去るシャルロットの背中に、絹を裂く様な悲鳴が届いたりした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
夕焼けの砂浜。
潮風にポニーテールに纏めた髪を流して、箒は海の彼方を睨んでいた。
泣き腫らした赤い瞳に宿るのは――― 昏い激情。
絶望し、無力感に囚われ、喪失感に支配され、そうして積もった負の感情が、吐き出し口を求めて疼きだす。
「………」
リン、と左手の鈴が鳴る。
この海の何処かにいる怨敵に向かって、箒は左手を持ち上げた。
「―― 何処に行こうとしてるのよ?」
「ッ……!?」
突然掛けられた声に箒が振り返ると、いつもと違って厳しい眼差しを箒に向けている織羽がいた。
「何処にいるかも分からないのに、一人で飛び出す気?」
「奴はいる……そう遠くない場所に。だから、虱潰しで探し出す……」
この大海原でたった一機のISを、しかもステルスモードで潜行している相手を探すには目視しか無い。それは非常に困難だ。
だが、それでも箒は、本気でそれをやろうとしていた。
「……随分と酷い顔ね。まさか刺し違えてでもとか……そんなバカな事、考えてないでしょうね?」
「……お前には関係ない。福音は……私が討つ。どんな手を使おうともだ……!」
織羽の問には答えず、箒は再度、紅椿を起動させようとする。
「―― 逃げる気?」
「ッ……!?」
その言葉に、箒が動揺する。上げかけていた手がピタリと止まった。
「私が……逃げる……?」
「そうよ」
「ふざけるなっ! 私が……何から逃げていると言うんだ!? 逃げてなどいない! だからこそ、一人で福音を討ち果たし、責務を果たそうというのだ!!」
「逃げてるわよ。織斑君から、織斑先生から……何より自分自身から。必死に目を逸らそうとしている」
「っ……!」
そんな安っぽい理屈など織羽には通じない。だから、箒の言葉は簡単に止められてしまう。
「だから、簡単にやろうとする……彼が、自分と引換にしたものを、平然と捨てようと出来る」
「ッ……!!」
一歩、織羽が進む。箒の足が一歩、下がる。
「箒が織斑君を守りたいのと同じように、彼も箒を守りたかった。だから守った……なのに、あなたはそれを捨てて逃げるの?」
「ち、違う……私は……!」
「……あたしは『逃げるな』なんて言わない。逃げるなら止めない。だけど……だったら、本気で逃げなさいよ」
「本気で……逃げる?」
「そうよ。ISを捨てて、篠ノ之箒の今までとこれからを捨てて……何があろうとも、誰が傷つこうとも、死のうとも……その関わりと想いの全てを捨てて生きる。それが”本気で逃げる”という事よ。中途半端な逃げを、私は決して許さない……!」
織羽の言葉と視線が、箒を容赦なく貫く。
まるで心の奥底まで見抜かれているような、そんな錯覚さえ憶えてしまう。
「本気で逃げるってね、立ち向かう事よりもずっと強い意志と決意が要るのよ。箒、あなたに……その意思と覚悟はあるの?」
「………わ、私は……」
ある筈がない。棄てられる訳がない。やっと、その手に戻った想いと絆とこれからを、全て無くすなど、そんな事に耐えられるものか。
何よりそれは、今までの人生その全てを棄てる事と同じ意味だ。
「なら……私はどうすれば良い……? 一夏を……大切な人を守れなかった……! 敵を討つことも出来なかった……!! 何も……何も出来なかった私に、お前はどうしろというのだ!? 悔しいが福音は強い……まともにやって、勝てる相手ではない!! なら、この身と引き換えにしなければ………どうしようもないではないかっ!」
箒は叫んでいた。どうしようも無い、どうにもならない想いを吐露して、織羽にぶつけた。
「……バーカ、そんな事も分からないの?」
「っ……!?」
コツン。と、箒の額が軽く小突かれる。
「頼りなさいよ、甘えなさいよ。『戦いたい。勝ちたい。敵を討ちたい。だから力を貸してくれ。一緒に戦ってくれ』ってさ……!」
「お、織羽……?」
呆けたような表情を見せる箒に、織羽はニッと笑って見せる。
「本っ当、友達甲斐が無いわね〜、あんたは」
「戦って……くれるのか……私と?」
信じられないといった風に、呟く。
「あたしだって、福音にむかついてるのよ。だから、あんたがやる気ないなら、あたし一人ででも行く気だったもの。ま、旅は道連れ世は何とやら……って、これはちょっと違うか?」
お道化たように肩をすくめる織羽。そこにいるのはただ、篠ノ之箒の友人だった。
「戦おう、一緒にさ。逃げる為じゃない……向き合って、立ち向かって、織斑君に胸を張って会える自分になる為に……!!」
「っ……!」
いつの間にか、箒の瞳からは大粒の涙が零れていた。
泣き腫らし、枯れたと思っていたのに、まだこんなにも熱いものが残っていたなど、箒は知らなかった。
「あ〜あ、何を二人で盛り上がっちゃてるのよ……」
「全く……私達の出番がまるでありませんでしたわ」
「鈴、セシリア……!?」
「仲間外れは、ちょっと酷いんじゃないかな?」
「やれやれ。どう尻を叩いてやろうかと思っていたものを……無駄骨だったか」
「あら、デュノアちゃんにボーデヴィッヒちゃんまで……?」
砂浜に現れた面々に、二人は驚いた。
「おやおや、一体どうしたのかしら?……雁首揃えちゃって?」
「まさか……お前達……?」
「あら、勘違いしないで下さいな?」
戦ってくれるのか。そう続けようとした言葉を、セシリアが遮った。
「私は個人的に、一夏さんの怪我の代償を福音に払ってもらい、そのついでで、【ストライク・ガンナー】のデータ取りと、先日のトーナメントでのマイナスを取り返す……ただそれだけの為ですわ。決して、それ以外に理由などありませんから!」
フン、と腕組みしてそっぽを向くセシリア。
「まぁ、崩山の良いデータ取りは出来そうよね〜。ついでにアメリカの第三世代を落とせば、
鈴は初めての時のように、ニッと挑戦的な笑みを浮かべる。
「私達は純粋に、福音に借りを返しに行くだけだ」
「『良い女は貸しを作らない。そして借りはきっちり返すものだ』って、フィリーさんに教わったからね」
と、ラウラとシャルロット。
「ちょっと! それじゃあたしらが打算的みたいじゃないのよ!?」
「そうですわ! そもそも誰のせいだったと思ってるんですの!? 訂正なさい!!」
「知るか。お前達が勝手に言っただけだろう?」
「「っ……!」」
一切間違っていないラウラの言葉に、ぐぅの音も出ない。
「――― で、いつまでそこにいるのよ……簪ッ!!」
織羽は砂浜の向こう―― 林に向かって呼び掛ける。と、バツが悪そうにして、木の影から簪が出てきた。
「えっと……その………わ、私………」
「分かってるわよ。あなたの【打鉄弐式】は未完成だもんね。戦うどころか、飛ぶことさえ
「………ごめん……」
織羽の言葉に泣き出しそうなほどに落ち込む簪。
「更識さんのISって、未完成なんですの?」
「まぁね。良くて7割程度かな……? 色々トラブルがあって、まだ完成していないのよ」
「そうなんですの? では、仕方ありませんわね……」
「っ………」
織羽とセシリアのやり取りに、ますます沈んでしまう簪だったが、その肩が「ポンッ」と叩かれた。
「簪。一緒に前線に立つ事だけが、一緒に戦う事じゃないわよ?」
「え……?」
「あたし達が何の心配もなく戦えるように……織斑君を見ていて欲しいの。もしも彼が目を覚まして、あたしらが福音と戦ってるって知ったら、絶対に来ようとするだろうからね……その時、彼を止める人が必要なのよ」
「………」
確かに一夏の性格ならば、きっと自分の怪我を押してでも出てこようとするだろう。
それを止めるには、ずっと彼を見ている人間が必要だった。
「―― 更識さん」
「えっ……!?」
「一夏を………どうか頼む」
簪に向かって、箒は深々と頭を下げた。
「お願いね、更識さん。一夏の奴が言う事聞かなかったら、ぶん殴っていいからね?」
鈴は拳を握ってブンッ、と振るマネをした。
「まぁ、少々頼りない気はしますが……ここは信じるとしましょうか」
「もうっ。どうしてそういう物言いになっちゃうの、セシリアは?」
「放っておけ。あれはきっと、恋愛でも自滅するタイプだ」
「なっ……なんですってぇ!?」
「事実だ。それと今時、金髪ロールは流行りではないそうだぞ?」
「別に流行りでやっている訳ではありませんわッ!!」
「ほら、織斑君に何かあったら……この五人がきっと、悪鬼羅刹に変じた上、地平の彼方に逃げても追いかけてくるわよ? 捕まったら最後、AICで動き止められてビームと衝撃砲撃たれたところにパイルバンカー打たれて、そんでもって、なます切りにされちゃんだからね」
「………大丈夫。織斑君は………私が見てる……死にたくないから」
脅かすような織羽に、簪は笑ってコクリと頷いた。
「流行りでないというなら、鈴さんのツインテールこそ、流行りではありませんわ!!」
「なんだと、このクロワッサンヘアー!!」
「てか、いいかげんにしなさいよ、あんたら……」
「ふふっ……」
かくして、7人の少女達は打倒福音に向けての作戦を練る。
敵は強敵。僅かな判断ミスも命取りとなるため、打ち合わせは密に行われた。
それがようやく形となったところで、織羽がパンッ! と、手を打った。
「さて、それじゃあ……出撃前の景気付けをしましょうかね!」
と言って何処から出したのか、左手には酒瓶。右手にはちょうど七つの白盃。
「ちょっと! それ、まさかお酒……!?」
「ただの水よ。本当は酒の方が雰囲気出るから良いんだけどね〜……ま、”固めの水杯”ってことで」
織羽はヒョイヒョイと、全員に盃を渡していく。
「私、作法を知らないんですが……?」
「大丈夫、ちゃんと教えるし……難しい事もないから」
適当なやり方を教えつつ、盃に注いでいく。鈴は訝しみつつ嗅いでみるが、本当に水のようで安心していた。
そうして全員に注ぎ終えると、それぞれが円陣を組むように立った。
「福音を、必ず……!」
「うん。僕達で倒そう……!」
「受けた借りはきっちり、三倍返しですわ」
「織斑君のことは……任せて……」
「頼んだわよ、簪。後は……織斑先生に怒られる覚悟もしとくかぁ……」
「ちょっと織羽! テンション下がるような事言わないでよね!?」
「全く……私は遺書も準備したというのに」
「「「「「「そんなもん、用意するなっ!!」」」」」」
「何を言う! お前らは知らないのだ……本気で怒った教官が、どれだけ恐ろしいかを……!!」
ラウラの顔がその時を思い出したのか、若干青ざめている。
その様子に、全員がゾッとした。
「……よし。絶対に、皆で生きて学園に帰ろう」
「織羽さん。それは………どちらに対してですの?」
「まぁ、まずは福音って事で……! んじゃ、行くわよ!!」
―― ガチィンッ!
ぶつかり合う盃。そして一気に飲み干して、盃を空へと思いっ切り投げ放った。
「R‐リヴァイヴッ!!」
「シュヴァルツェア・レーゲンッ!!」
「ブルー・ティアーズッ!」
「甲龍ッ!!」
「舞影ッ!!」
「来い―― 紅椿!!」
色とりどりの光が輝き、そして六人は一斉に空へと舞い上がった。
「気をつけて………無事に、帰ってきて……」
簪はそれを見送ると、自分の役目を果たす為に旅館へと戻った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
海上を飛行中、ラウラが福音のポイントを各機へと、衛星画像と共に送る。
「福音はここから約30km離れた海上にいる。ステルスモードに入っていたが、光学迷彩を有してはいないらしく、衛星による目視で確認した」
「流石はドイツの特殊部隊。なかなかやるじゃない」
「ていうか、そういうのは出撃する前に言って欲しかったわね……」
「物事には流れというものがある。それが分からない者は”ケーワイ”という不名誉を得ると聞いたのでな」
「誰よ、あんたにそういうの教えてるのは……?」
「クシュン!!」
「大尉、風邪ですか?」
作戦海域までまだ距離があるので、セシリアは気になっていた事を織羽に尋ねた。
「ところで織羽さん。ずっと気になっていた事があるのですけれど……?」
「何よ、藪からスティックに?」
「……いきなり意味不明ですわね」
早速、出鼻を挫かれた。
「織羽さんは、箒さんと更識さんの事は名前で呼ばれますのに、どうして、私や鈴さん達の事は名字(ファミリーネーム)で呼ぶんですの?」
「あっ。それ、あたしも気になってた」
「ん〜、デュノアちゃんはまだしも……他の三人は第一印象、最悪だからなぁ〜」
以下、辰守織羽の第一印象。
セシリア・オルコット→ 初日から、部屋の七割を一方的に占拠される。
凰鈴音→ 担任に呼び出されたら、いきなりクラス代表を横から取られた。
ラウラ・ボーデヴィッヒ→ IS受領初日&初対面で、ガチで刃ぶつけ合った。
「うん、無いわ」
「「「…………」」」
あっさりと言い放つ織羽に、三人は顔を逸らした。
その様子に織羽はニヤニヤと笑う。そして、前方を見やった。
「まぁ、全部が終わったら………考えてあげましょ?」
彼方に見える、光の球体。
その中心に、胎児のように丸まる
「各機散開。ステルスモードにて配置に付け」
チームリーダーを任されたラウラが、思考を切り替えて指示を出す。
「了解」
「では、後ほど」
それぞれが、作戦開始位置へと移動する。
対するはラウラの、シュヴァルツェア・レーゲン。
左右二門、八〇口径レールカノン『ブリッツ』を装備し、正面と左右を守る四枚の物理装甲シールド。
それこそ、砲戦パッケージ【パンツァー・カノニーア】であった。
ターゲットスコープが、眼前に展開される。
「ターゲットロック……行くぞ、福音!」
容赦なく引かれたトリガー。右砲身から破壊の鉄塊が撃ち放たれた。
大切な人に胸を張って会える自分になる為に。
今ここに、少女達の戦いが幕を開けた。