ザザァ……ン。ザァァ……ァン。
「ここは……どこだ?」
一夏は頬を撫でる風に目を覚ました。
体を起こして辺りを見渡すと、そこは見たこともない場所だった。
白い砂浜に寄せては返す白波。空はどこまでも蒼く澄み渡っている。
そして太陽はサンサンと照り、周囲をジリジリと焼く。
常夏の楽園。
そんな言葉がピッタリと合う場所だった。
「夏……? どうして、こんな場所に……?」
時間も、場所も、その経緯も分からないまま、一夏は立ち上がった。
制服についた砂を払い、一夏は何処かへと歩き出す。
そうしてしばらく進んでいると、何処からか声が聞こえてきた。
「――。―――♪ ――♬」
「歌声……?」
一夏はそれが無性に気になり、声のする方へと足を向けた。
砂浜の砂が軽快な音を鳴らし、徐々に歌声もハッキリとしたものになっていった。
「ラ~、ララ~ラ~、ララ~」
透き通る様な声。その歌い手は白波に素足を濡らし、潮風に踊って波音に歌う。
白のワンピースと、雪のような長い髪。そしてやはり純白のキャプリーヌ(つば広の帽子)を、小さな両手で風に飛ばされないよう押さえていた。
「……んしょっと」
一夏は少女に声を掛ける気にならず、近くに転がっていた、朽ちた流木に腰を下ろした。
そしてただ、その歌声と波の遅に耳を傾けていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「………んんっ……?」
体を撫でる、塩の香りを含んだ冷たい風に、春斗は目を覚ました。
開かれた瞳に最初に飛び込んできたものは―― 降り注がんばかりに輝く満天の星空。
「何処だ、ここは……?」
春斗はその身を起こした。そして周囲を見回す。
そこは砂浜だった。周囲を切り立った崖に囲まれており、正面は丁度、崖同士が繋がってアーチ状となっている。海岸はそこから、外海へと繋がっていた。
そしてそのアーチの上には、美しい見事な満月が輝いていた。
「まるで、プライベートビーチだね……」
どうしてこんな場所にいるのか。そんな疑問もあるが、きっとこれは夢だ。
ならばもう少しだけ、星空の天蓋を眺めていよう。
「ところが、そうも行かないのよね~」
「ッ……!?」
いきなり掛けられた声に驚き、春斗がガバっと体を起こす。
先程までいなかった筈の少女が、足首の辺りまでを海に浸して立っていた。
漆黒のワンピースと黒のキャプリーヌ。そして月を写し取ったかのような綺麗なロングブロンド。
星光と月光とが揺らめく海面に反射して、それが少女を照らし出し、さながらスパンコールドレスのように煌めかせていた。
「君は……誰だ?」
「誰、か……。私はずっと、君の事を観てきたんだけどなぁ~。でも、しょうがないか。これで二度目だしね」
「……?」
朧気ながら、春斗はその声を何処かで聞いたことがあるような気がした。
「やっと、この時が来た……もうすぐ、『私』が『私』に戻る……」
「何を、言っているんだ……?」
「それは―――ッ!」
少女は春斗の問に答えようとしたが、ハッとしたように星空を見上げた。
「………呼んでるわ」
「呼んでいる……?」
「そう、呼んでる……だから、行かないと」
「っ!?」
ごうっ。と、強い風が吹く。
春斗が思わず顔を逸らし、そして戻した時には、少女の姿は跡形もなく消えていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
白い少女はいつの間にか、踊りと歌を止めていた。代わりにじっと青空を見上げていた。
「どうかしたのか?」
不思議に思った一夏は流木から腰を上げて少女に近づいていく。
「呼んでる……行かなくちゃ」
少女は一夏を見ること無く、ただ空を真っ直ぐに見つめていた。
「呼んでる……?」
一夏も少女につられて、青空を見上げる。ざぁ……ざぁ……と、波音だけしか一夏には聞こえない。
「なぁ、誰が………あれ?」
一夏が視線を戻した時、少女の姿は何処にも無かった。まるで幻だったかのように、少女は忽然と消えてしまったのだ。
「………?」
訳が分からず、一夏は先のように流木に腰を下ろそうと海に背を向けた。
「力を、欲しますか?」
「えっ……!?」
驚きに振り返る。すると青空だった筈の世界が、いつの間にか夕焼けに染まっていた。
そこに立っていたのは、顔半分をガードで覆い隠して白い甲冑を纏った女性。
その手に大剣をその前に携え、両手をその柄頭に預けるようにしている。
威風にして堂々たる―― 正しく《白い騎士》。
「力を、欲しますか………」
騎士は問う。”力”を求めるか、と。
「……力は、要らないかな」
「何故……?」
「欲しいのは、力じゃないから。俺は……強くなりたいんだ」
一夏は、自身の手を見つめ、ぎゅっと握る。
「確かに、力がなければ……戦えないだろうけど……だけど、力なんて、強さの一面でしかないものだよ」
「………」
「だから、単なる力なら……僕は要らない」
暁の世界で、白き騎士の問いに春斗は答える。
「ならば、あなたの言う『強さ』とは何ですか?」
「強さ、か……そうだな……友達や仲間を守れる事かな?」
「友達や仲間を……?」
聞き返す騎士に、一夏は頷いて答える。
「世の中ってさこう……皆、色んなのと戦ってるんだよ。腕力だけじゃなくて……こう、普通に暮らしててもさ」
自分でも纏まっていないなと思いつつ、一夏は心のままに続ける。
「そうやって戦うなかで……やっぱりあるんだよ。理不尽で不条理な暴力ってヤツがさ。そういうのから守りたんだよ……この世界で一緒に戦う友達、そして仲間を”守れる力”……それが、『強さ』だって、俺は思うんだ」
「………」
「それは……《どんな理不尽にも立ち向かう力》なんだろうな……きっと」
「……この世界は顔も、声も、名前も、どんな風に生きて、どんな風に死んでいくのか……殆どの人がそれを知らないまま生まれて、そして消えていく……それが”世界”ってものだから。勿論、その中には僕だって含まれてる」
「………」
「でも、だからこそ……ちっぽけな自分の世界だけは、絶対に譲れないんだ」
「それが、あなたの言う強さ……?」
騎士の問いに、春斗が首を横に振った。
「……誰もがその『ちっぽけな世界』に大切な人がいる。それを守ろうと、必死に戦っている。だから僕は……自分の大切な人達の世界を守りたい。そして、その人が別の誰かの世界を守れるように……その背を支えたい」
「………」
「『有史以来、世界が平等だったことなんて一度もない』。そういった人がいる……それはどこまでも事実で、否定することなんて出来ない」
「えぇ、そうですね……」
「だけど、『有史以来、人はそんな理不尽とずっと戦ってきた』。だからこそ、人は『強く』なれる……」
「だから、俺は強さが欲しい。力をくれるって言うなら……それを飲み込んで、俺はもっと強くなる……!」
「その為に、今すぐ力が必要だというなら遠慮なく貰う。だけどそれさえ踏みつけて、僕はもっと強くなる……!」
紅蓮の向こう、必死に叫ぶ悲しい顔。
守りたいと思った人の、あの悲痛な顔を。叫びを。
「「もう誰にも、あんな顔をさせない為に……!!」」
「そう……確かに聞きました……貴方がたの『強さ』を」
騎士は静かに頷いた。
「だったら、行かなきゃね」
「それが、君の答えだっていうのならね?」
「「え……?」」
一夏の後ろにはいつの間にか、白い少女が立っていた。
無邪気な瞳で一夏の顔を見上げ、その手をぎゅっと握る。
「ほら、ね?」
「さぁ、目覚めの時だ! 行こう、一緒に!!」
黒の少女は春斗の手をつかみ、強い意志に光る瞳を向けた。
「君は………そうか、僕は君を知っている……」
「やっと、思い出した?」
「「あぁ」」
二人の声を切っ掛けにして、世界が白く、そして黒く輝く。
「「さぁ、行こう。待ってる人の所へ……!」」
混ざり合う黒白の光。
全ては遠くぼやけ、夢の終わりを告げる。
「じゃ……行こうか、一夏?」
「あぁ……行こうぜ、春斗!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
更識 簪は廊下を走っていた。
所用で部屋を出ていて、そして部屋に戻ってきた時、そこに一夏の姿は無かったからだ。
彼女は焦った。
自分がここにいるのは、怪我を押してでも出ようとする一夏を止める為だ。
だというのに、止められないどころか、目を離した隙にいなくなられたなどとなったら、本気で命の危機を心配してしまう。
具体的には、AICで動きを止められてから、零距離砲撃を受けた上に衝撃砲を撃たれ、更に
そしてボロ屑のようになった自分に、止めとばかりに二刀を浴びせられて、自分の運命が両断剣されるのだ。
「っ……!!」
そんな未来を幻視して、簪は身震いした。
こんな筈じゃない世界を回避する為に、一夏を見つけなければ。
「あれは……!」
花月荘の中庭。ISスーツを身に付けた一夏が立っていた。
簪は見つかった安堵と、急がないとという思いであっという間に一杯になった。
「織斑……君……!」
スリッパのまま、中庭に飛び出す簪。
「ん? あぁ、更識さん……」
呼び掛けられ、一夏は肩越しに振り返る。
「ど、どこに……行く気………ですか?」
「皆が戦ってるからね……俺も行かないと」
「そんな……! 怪我……してるのに……!」
「あぁ、それならもう……平気だよ」
一夏はそう言って、徐に包帯を外し始めた。
顔と両腕、そして腹の包帯を解き、邪魔なものを退かすように、貼られてあったガーゼを剥がして捨てる。
白い包帯が夜風に流れ、まるで羽衣のように簪には見えた。
「怪我が………治ってる………!?」
「意外と軽い怪我だったみたいだぞ? もう、すっかり痛みもないし……」
「そんな………」
信じられなかった。
一夏の怪我は簪も見ている。とてもこんな短時間で―― そもそも、どんな怪我でもこんな数時間で治る訳がない。
「ありがとう、心配してくれて……でも、大丈夫だから」
ギュッと拳を握り固め、一夏は笑う。
『一夏、急がないと……』
「っと……それじゃ、リベンジと行きますか!!」
一夏は右腕を高く掲げた。
そして、二人はそれを呼ぶ。
戦う為に、飛ぶ為に、共に行く者の名を力強く。
「来い、白式!!」
『行くよ、裏白式!!』
「っ……!?」
中庭を、白と黒の光の粒子が駆け巡り、嵐となって吹き荒れる。
木々が揺れ、小石を弾き、夜を昼へと変えるほどに眩しい輝き。
通常のISの起動ではない。これはもっと凄まじい―― 何かの覚醒めだ。
「まさか………二次移行(セカンドシフト)……ッ!?」
入り混じる光の奔流の中で白式が、そして裏白式が新たなる姿へと変わる。
白き鎧は更に雄々しく、黒き鎧は更に美しく。
白き翼が二対の巨翼へと変わり、黒き翼は二対の小さき羽を加えた。
白き左腕はあらゆる敵を打ち砕く力を顕現し、黒き右腕はあらゆる敵意を阻む力を顕現させた。
―― 白きもの、その名は雪羅(せつら)。
―― 黒きもの、その名は晨月(しんげつ)。
光がはじけ飛び、そこには第二形態・雪羅をまとった一夏がいた。
『どうだ、そっちは?』
『やれやれ……今度から、こっちでもISを装着する事になったみたいだ』
相も変わらず白式に取り込まれる春斗だったが、今までと違い白のコートではなく、そこでもIS―― 第二形態・晨月を装備した状態であった。
尤も、データ処理に邪魔な腕は消えているが。
『二機のスペックチェックをする。一発で頭に入れて!』
『分かった!』
「お、織斑君……!」
簡単な武装と機体能力をチェックしていると、簪が傍まで駆け寄っていた。
「何、更識さん?」
「あの……えっと………」
簪は何かを言おうとして、モジモジとして、視線をチラチラと動かす。
何を言えば良いのか、どう言えば良いのか分からず、必死に考えているようだ。
「―― 更識さん」
「え……あっ……っ!」
一夏はグッと親指を立てた。そして、スラスターに推力を与え始めた。
噴き上がる風に、簪は思わず髪を押さえる。
「……必ず、皆で帰ってくるよ」
「うん………気を付けて……」
「んじゃ、行ってくる!!」
一夏は空を見上げると、一気に飛び上がった。
そして、あっという間に彼方へと消えてしまった。
強敵と戦い、傷つき倒れても、更に強くなって立ち上がり、仲間の元へと駆けつける。
それはまるで、フィクションの中から現れた―― 本物のヒーローのようで。
「皆を守って………ヒーロー……」
簪は飛び去った一夏に、そう願いかけた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
夜の冷たい海風を切り裂いて、白い鋼翼が飛翔する。
『福音は強敵だ。今度は全力の本気で行かないとね?』
「同じ相手に、二度も不覚は取らないさ……!」
『そうだね。僕も、やられっぱなしは主義じゃないしね……!』
「………そろそろか?」
逸る気持ちを抑えながら、春斗に尋ねる。
『このままなら、あと4分で現着出来る!』
「……なら、もっと飛ばす!!」
コア・ネットワークの相互位置確認によって、居場所は把握している。
移動し続けるそこを目指して、一夏は速度を上げ続けた。
やがて夜の闇の中に、舞い踊る幾つかの光が見えた。
「見えた、あそこだ……!!」
『っ!? まずい……!』
銀の光が踊り、閃光が放たれる度、他の色の光が墜ちていく。
ついには紅い光だけが残り、銀の光が紅い光を包み込んだ。
『一夏っ!!』
「雪羅、カノンモードッ!!」
一夏が左手の多機能武装腕(アームドアーム) 雪羅を基本(フィンガー)モードから砲撃(カノン)モードへと切り替えると、掌が開いて、そこから砲身が出現する。
砲身に、凄まじいエネルギーがチャージされていく。
「春斗、狙いは任せる!!」
『照準固定………! 今だっ!』
「ッ!!」
トリガーが引かれ、雪羅が集束させたエネルギーを開放した。
「『いっけぇええええええええええええええええええっ!!』」
放たれる閃光。それは逸れる事無く真っ直ぐに銀の光へと向かい、それをふっ飛ばした。
『命中確認!』
「よっしゃぁ!!」
その隙に、一夏は戦闘空域へと飛び込んだ。
「大丈夫か、箒!?」
『ほーちゃん、怪我はない!?』
二人は、すぐに箒へと駆け寄る。
「一夏……春斗……!!」
首を締められていたのか、箒は喉を押さえながら眼前の人物へ、信じられないかのような視線を向けていた。
「おう、待たせたな」
『ごめんね。一夏が寝坊なんてするから……』
「おい、こら待て」
そうして繰り広げられる光景。
あぁ、これは現実だ。
何故? どうして? 浮かぶ思いは数有れど、しかし、どれもこれもが如何でも良い。
大切な人達が、大好きな人達が帰ってきてくれたのだから。
「良かった……一夏……春斗……っ!」
ポロポロと涙を零し、その名を口にする。
「……箒、下がってろ」
「え……?」
一転して、厳しい表情になる一夏。その視線の先には、荷電粒子砲でふっ飛ばした福音がその光の翼を広げていた。
『あれは……どうやら向こうも、二次移行をしたようだね?』
「関係ないさ。あいつは……ここで倒す!!」
一夏は右手に、雪片弐型を呼び出した。
「俺達の仲間は、誰一人としてやらせねぇっ!!」
黒白の翼と、白銀の翼。
再び、激突の時は来た。