電子情報閲覧室を使うため、職員室に向かった一夏。
だが、ちょうど会議中だったようで、しばし廊下で待つことになった。
『丁度良い。少し代わってくれる?』
『あぁ。何するんだ?』
入れ替わった春斗はバッグからモバイルPCを取り出した。これは数少ない春斗の私物である。
『今の内に、メールをチェックしておこうと思って……ここ最近、バタバタしていたからね』
モバイルを起動させて、サーバー上のメールボックスを開く。
そこには英語、ドイツ語、ポルトガル語等、様々な国の言葉が並んでいた。それらを一纏めにして消去する。
『……相変わらずだな』
『毎回、良く飽きないと感心するよ……』
それらは全て、春斗に新しい論文を書いてもらいたい、という内容のメールであった。
以前書いた論文を科学系サイトに送ってみたところ、それ以来こんな風であった。
春斗はモバイル内にある個人用アドレスを開いた。
こっちにも何通ものメールがあるが、全て差出人は同じである。
それらを無視して一番上の未開封メールをクリックする。すると開かれたメールは、全てフランス語であった。
『相変わらず読めねぇ……何て書いてあるんだ?』
『秘密。知りたかったら、自分でフランス語を勉強するんだね?』
『ケチッ』
『人のプライベートメールを知りたいっていうのは、デリカシーがない証拠だよ?』
『………』
一夏も納得してくれたようで、春斗は安心してメールを読み始めた。
『親愛なる HARUへ。
久しぶりにメールを貴方に送ります。
こっちでは今、世界で初めての男性IS操縦者の事が連日、トップニュースとして扱われています』
HARUとは、春斗のハンドルネームである。
メールの差出人は同年代の女性のようで、たまたま寄った科学系のコミュニティサイトで知り合いになったのだ。
何度かBBSを通じて交流し、今はこうやってプライベートアドレスに直接やり取りする仲である。
『………へぇ。一夏の事は、向こうでも連日のニュースになってるみたいだよ?よっ、有名人!』
『連日とかウソだろッ!? うわぁ………死にたい!!』
『死にたいならどうぞ。止めないよ?』
『止めろよ薄情者!?』
そんな一夏の事は無視して、メールを読み進めていく。
『私もそれを初めて聞いた時には、なんて冗談だと思いましたが、今はそうでもありません。
女性だからとか、男性だからとか、そんな小さな事で括られてしまう程、世界は狭くないと、貴方が教えてくれたからです。
さて、どうしてこんなメールを送ったかというと……実は私の、日本への留学が決まったのです。
HARUの祖国、そして初めての男性IS操縦者が誕生した国に行けると思うと、もう胸がドキドキしてしまいます。
留学の準備でしばらく忙しくなるので、メールを送る事が出来ませんが、落ち着いたら改めて送りたいと思います。
出来ることなら、貴方に日本で出会えますように』
『へぇ……今度こっちに留学するんだって、彼女』
『留学ねぇ〜。一人で異国に行くなんてやっぱ、不安とかあるんだろうな?』
『そりゃそうだろうね………あの、セシリア・オルコットもさ』
『………だな。ところでそのメールの子、なんて名前だったっけ?』
『シャルロットだよ』
『そうそう、シャルロットだ。一体、どんな子なんだろうな〜?』
『一夏。ちょっと滝にでも打たれて来ようか?大丈夫、きっと真人間になれるから』
『何でだよ!? 俺は現在進行形で真人間だっ!!』
などとやっていると、職員会議が終わったのか、ルームプレートから会議中の文字が消えた。
『よし。それじゃ、行こうか』
モバイルをバッグにしまい、春斗はドアをノックした。
「何……電子情報閲覧室の使用許可?」
「はい。それとセシリア・オルコットの入試試験記録の閲覧許可と、訓練用ISを二機、使用許可申請をします」
「いきなりだな………オルコット対策か?」
「えぇ。それで、許可の方は頂けますか……織斑先生?」
春斗の申し込みに千冬はフム、と腕を組んで考える。IS使用の許可は時間が掛かるが問題はない。
だが試験データは本来なら、生徒の閲覧は禁止されている事だ。
「……仕方ないな。山田君、閲覧には君が同席してくれ」
「はい、分かりました」
「打鉄の使用はすぐには出来ん。早くとも明日だ。それとデータの持ち出しは勿論、コピーも禁止だ。それを破った場合、停学も覚悟しておけ」
「ありがとうございます、先生」
「それと、これを渡しておこう」
千冬が取り出したのは一枚のメモとキー。そこには『1025号室』と書かれてあった。
「……何ですか、これ?」
「今日からお前が使う寮の部屋だ」
「『は……?』」
しれっと言う千冬に、春斗と一夏は唖然とする。
「いや、入寮までは少し……間があった筈ですよね?」
「普通ならばな。だが、お前の場合は事情が事情だ。それと荷物は既に私が送っておいた。
着替えと生活雑貨、携帯の充電器と電子ブックぐらいで充分足りるだろう?」
『足りるかよっ!!』
『僕は電子ブックがあるから良いや』
『俺の漫画コレクションはどうなった!?』
「あの下らない漫画の入ったやつなら、きっちり置いてきた。安心しろ」
『安心出来るか!!』
まるで、一夏の声が聞こえているかのようなやり取り。
尚、電子ブックの中には百冊近い専門書が入っている。その上、同じだけ入った外部メモリが三つ。
これも春斗の私物である。
一夏も一度だけ読んで、数行でダウンした事は記憶に新しい。
あんな物を数時間。微動だにせず読み耽られる春斗を、本当に人類なのかと疑ったこともある。
「それと、寮には大浴場があるが……お前はしばらく使えないぞ?」
「何でですか?」
「お前、同年代の女子と一緒に風呂に入りたいのか?」
「相手さえ良いと言ってくれるなら、拒みません」
バシーンッ!!
「………すみません、冗談が過ぎました」
こめかみをさする春斗の後ろで、顔を真っ赤にした真耶がフルフルと震えている。
「本当に冗談であることを祈っている。で、寮室内にはシャワーがあるから、しばらくはそれを使え」
「解決案は模索中ですか?」
「一応な。それと、お前には学園の方で、専用のISが用意される事が決まっている」
「―――貴重なサンプル用に、ですか?」
「………そうだな、そうとも言えるな」
春斗の”サンプル”という部分に、チクリと刺さるものを感じ、千冬は顔を曇らせた。
一夏は唯一貴重な存在であるが、それと同じぐらい貴重な存在がある。
それは世界で最も”次にISを動かせる可能性を持った人物”の事である。
『春斗……』
「……ともかく、くれるという物は有り難く貰っておけ。予備機もないしな。流石にIS無しでオルコットとは戦えんだろう?」
「その時は、彼女に決闘をリタイアしてもらう方法を考えます」
「………本当にやりそうな上、本気でやれるだろうから恐ろしいな、その発言は」
そんな事をやったら、停学なんてチャチな罰では収まらないだろうが。
「ともかく、ISの件は明日には何とか出来るだろう。後、
「了解しました」
こうして春斗は真耶を伴い、
と、その前に一度振り返る。
「先生」
「何だ?」
「その専用機。近接戦用と射撃戦用……どっちだと思いますか?」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
電子情報閲覧室。
そう書かれた室内は、明度の下げられた照明によって薄ぼんやりと室内を照らされている。
大きく曲線を描いたコンソールに幾つものモニター。そして特殊強化ガラスの向こうにはスパコンが設置されている。
此処は通常の資料室とは異なり、許可を得ないと使用できない場所である。
それはここに、アクセルレベルコードの設定がされている点からもよく分かる。
「では、操作はこちらでするので織斑君は、そこに座っていてください」
「分かりました」
真耶はコンソール前のシートに座ると、IDカードをリーダーにスラッシュし、OSを起動させる。
春斗はその左隣の席に着き、その作業を何と無しに見ていた。
動くたびに揺れるたわわな果実に、春斗は眼福といった表情である。
『う〜ん、素晴らしい眺めだ』
『これ、俺の体なんだけど!? マジで色々と自重してくれない!?』
『やだなぁ。自重しなかったらこんなもんじゃないよ?』
『もうやだ、このリアル変態紳士』
「じゃ、早速再生するけど……良いかな?」
「えぇ。お願いします」
そして、正面のモニターに映像が流れ始めた。
『―――これが、〈ブルー・ティアーズ〉。セシリアのISか』
『見たところ第三世代……思考性無線誘導兵器の実験機、ってところかな?あれはかなり厄介だ……』
『あんなそこら中から撃たれたら、躱すだけで精一杯だぞ!?』
『だけど、掻い潜らなければ勝機はないよ?』
『そんなの出来るのか?』
『それを、これから考えるのさ』
食い入るように、春斗はその記録を見つめていた。
戦闘時間は4分22秒。
再生を終え、真耶が振り返った。
「じゃあ、これでいいかしら?」
「もう一度。最初からお願いします」
「えっ……もう一度?」
春斗は口元を手で覆うような姿で、画面から一切視線を外さずにいた。
無言の圧力に負けて、真耶が向き直った。
「じゃ、じゃあ……もう一度ね?」
そうして再び始まる映像。4分22秒後に終了した。
「じゃ、じゃあこれで……良いかしら?」
「……もう一度、お願いします」
「えぇ……!?」
三度始まる戦闘映像。やはり同じように終了した。
「えっと、これで……」
「もう一度、お願いします」
「ふえぇ……!?」
こうして、時間ギリギリまで繰り返された戦闘映像。
一時間半程の時間を、春斗は微動だにせずに映像に集中していた。
「……じゃ、じゃあ……これで時間だから………もう、良いわよね……ね?」
「………はい。ありがとうございました」
「はうぅうぅ…………」
春斗の(全く意識していない)プレッシャーに気圧され続け、真耶はグッタリと崩れたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
学園寮は、校舎から50メートル程離れた所にある。
その道行を進みながら、一夏は春斗の解説を聞いていた。
『まず、メイン武装のライフル《スターライトmk?》の威力は洒落にならない。直撃を喰らい続ければ、数分と持たずに落とされる』
『要注意か……で、例の無線誘導兵器は?』
『《ブルー・ティアーズ》は、数は多いけど一発の威力は低いと思う。躱し難いのは、四機が見事にコントロールされているからだ。
被弾覚悟で一機潰せば、戦局は有利になるだろうね』
『肉を切らせて何とやらか……いいね、そういうの。嫌いじゃないぜ?』
『勝利の鍵はどちらも《ブルー・ティアーズ》にある。制する前に落ちるか、その前に攻略するか……勝負だね』
『………負けたらどうしよう?』
『その時は一夏が手練手管を尽くして、セシリア・オルコットを篭絡してしまえば良いだけさ』
『俺は何処のナンバーワンホストですか!? そんなの出来る訳無いだろ!?』
そう一夏が言うと、春斗は深々と溜め息を吐いた。
『君はあれだ、二丁目にでも行って、新しい自分でも見つけてきたら良いんじゃないかな?』
『どんな自分探しですか、それ!?』
相も変わらずの漫才をしつつ、気が付けば寮の中。
それも部屋の前まで来ていた。
「いつの間に……」
『これが噂のキング・クリスタル……!?』
「それ、何か違わないか……?」
『ん、違ったっけ?』
ともかく、鍵を使いドアを開ける。
「おぉ……これはすごいな……!」
『流石は国立。金が掛かっているね〜』
室内には調度品のようなものは殆ど無く、代わりに大きめのベッドが二つ、仕切りのような物を挟んで置かれている。
そして、その向かい側には生徒が使用する為のデスクがある。
どれも安物ではないと、見ただけで感じられる一品だ。
知らない人間に部屋の写真を見せれば十中八九、ホテルの部屋と答えるだろう。
バッグを適当に置き、早速ベッドに座ってみる。
「うぉっ、このベッド凄ぇフカフカだ!! もしかして羽毛か!?」
『僕は布団派なんだけどな。ま、贅沢は言えないか』
『いや。言ってるからな、贅沢?』
「―――誰かいるのか?」
一夏がベッドの感触に感動していると、入口の方から声がした。
通路横のドアが開き、蒸気が室内に流れこんでくる。そこはシャワールームのようだ。
((ま、まさかこの展開は……!?))
このIS学園には極々一部の例外を除き、女性しかいない。
その極々例外は、ここにいる一夏である。
「あぁ、同室になった者か。これから一年宜しく頼むぞ」
使用されていたシャワールーム。そこから出てくるのは当然―――。
「こんな格好で済まないな。私は篠ノ之ほう………」
「『あっ………』」
上げられた視線がぶつかる。
「い、一夏………?」
「ほ、箒………?」
『こ、これは………!』
三人は突然の事に思考が停止する。
そしてすぐに復活の時は来た。
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
「うわぁああああああああああああああああああああっ!?」
『うっはぁああああああああああああああああああああっ!!』
一人、明らかにリアクションのベクトルがおかしい。
「み、見るなぁっ!!」
「ご、ゴメン!!」
身を隠す箒から、一夏は慌てて視線を外す。体を捻りに捻った不自然な体勢がとても苦しい。
『一夏っ!? 何で後ろを向くんだ!? 男なら前を向いて生きろよ!!』
『ふっざけんな!! そんな事したら殺されるわ!!』
『良いじゃないか! 殺されることぐらい覚悟出来なくて何が男だ!! 女子の裸を見て死ぬなんて、男子の本懐じゃないか!!』
『そんな本懐は知らん!! 大体、お前は俺の命と箒の裸とどっちが大事なんだよ!?』
『ほーちゃんの裸に決まってるだろ、バカッ!!』
『バカはお前だぁああああああああああああああああっ!!』
『いいから向け!! 視界は共通なんだから、気配しか感じられない……! もういい!! 今すぐ僕と代われ!!』
『絶っっ対に、譲らねぇっ!!』
『譲れぇえええええええええええっ!!』
『嫌だぁあああああああああああっ!!』
「いいい……一夏っ! 何故、お前がここにいる!?」
「おれだって、個々の部屋なんだよ!! て、まさか……お前と同じ部屋なのか!?」
『何だと!? 誰かは知らないけどグッジョブ!!』
『そしてお前は自重しろよ!!』
内も外もてんやわんや。一夏はもうまともに思考する余裕がなかった。
なので、箒の動きを一瞬、見逃していた。
「ッ……!?」
「でぇええええいッ!!」
奥のベッドに置かれていた胴着袋に差されていた木刀を引き抜き、返す刀で、踏み込み突きを打ってきた。
「だぁっ!?」
『おぉっ!?』
一夏はギリギリで躱し、そのまま廊下に向かって走る。
春斗が奇声を上げているが、そんなのに構ってはいられない。
ドアから飛び出し、急いで閉じる。
「はぁ〜、危なかった……」
安堵の溜息。が、すぐに体を戦慄が襲った。
「ヒッ!?」
ドゴンッ!! という音と共に、顔のすぐ横を木刀が突き抜ける。
『まだ来るぞっ!!』
「よっ、はっ、とっ、なんとぉっ!!」
次々に襲ってくる突きの嵐。最後はゴロゴロと、廊下を転がって躱す。
「こ、これは普通に即死レベルだろ……っ!?」
『容赦無いなぁ……うん、やっぱりほーちゃんは素敵だ』
「逞しいね、ほんとに!?」
「なになに〜?」
そんな騒ぎを聞きつけて、わらわらと人が集まってくる。
このIS学園には極々一部の(略)。
その極々例外(略)。
「あ〜、織斑君だ〜!」
「え〜っ、ここが織斑君の部屋なんだ〜っ! いい情報、ゲットしちゃった〜っ!」
「うわっ……ぁあっ!?」
やって来た女子達は皆、くつろぎモード。当然の事ながらラフというか、警戒心希薄な格好である。
身を屈めてきた女子の胸元が思いっきり見えてしまい、一夏は慌ててドアにすがる。
「箒! 箒さん!? 入れてください!! 今すぐにっ!! 謝りますから! このとーりっ!!」
両の手を合わせ、ドアの向こうの天照大神に祈る。
すると、刺さったままになっていた木刀が抜かれ、天岩戸が静かに開いた。
「――――入れ」
何故か剣道着に着替えた箒が、それだけを言って、奥へと戻る。
「お、おう……」
一夏は、恐る恐る中に入った。
穴だらけのドアを閉じ、女人地獄からの解放に一息つく。
箒は奥のベッドに腰をおろし、まだ解けていた髪を結んでいた。
「あっ、奥のベッド狙ってたのに……」
『いや、そこを気にするタイミングじゃないよね?』
そう。気にするのはそこに座っている人間のことだ。
「……お前が、私の同居人だというのか?」
「何か、そういう事らしいぞ……?」
『神の采配に感謝だな』
『お前はちょっと黙れ』
「どういうつもりだ……?」
「は……?」
意味が分からず、一夏は聞き返す。
「どういうつもりかと聞いている! ”男女七歳にして席同じくせず”など、常識だぞ!?」
「何時の時代の常識だよ、それ……」
『いや、ほーちゃんの言うとおりだ。一夏、しっかり反省しないと』
『お前は箒マンセーか!?』
『当たり前じゃないか。ほーちゃんの味方以外、何になるっていうんだ?』
『取り敢えず、双子の弟の味方になってくれ』
『却下』
『分かってたよ畜生!!』
などとやりつつも、一夏はこの状況について考えてみる。
「確かに15歳の男女が同棲……いや、同居は色々問題があると思うけど……」
『いや、何も問題はない!!』
『黙れ』
『はーい』
織斑春斗。引き際を弁えているオープンスケベである。
「お前が……希望したのか? 私の、部屋にしろと……?」
「は……?」
また意味の分からないことを箒が言い出したので、一夏は首を傾げた。
「何言ってるんだ? そんなバカな事いう訳が無いだろう? 春斗じゃあるまいし……ってぇ!?」
いきなり木刀が頭目掛けて襲ってきた。
反射的に手を伸ばし、それを挟んで受け止める。
「バカ……バカだと……? フフフ……そうか、お前は………そう言うのか……!」
受け止められた木刀を、箒はジリジリと押していく。
『これは……柳生新陰流、無刀取りの極意!! 一夏、おぬしやるようになったのぉ……』
『訳分からんこと言ってないで助けてくれ……!!』
『一発喰らえば?』
『死ぬから!? それ死んじゃうから!?』
その間にも、ギリギリと箒が自重を預けてくる。
「わ〜っ、篠ノ之さん、だいた〜んっ!!」
「抜け駆けはずるいよ〜っ?」
「っ……!?」
ドアから盗み見ていた女子が、やいのやいのと言ってきた。それにハッとして、箒は慌てて一夏から離れる。
「あ、終わっちゃった〜」
「あ〜あ、いいところだったのに……」
バタン、とドアが閉じられる。
『オートロックじゃなかったのか、ここ……』
「オートロックだったら死んでたぜ……」
アナログセキュリティ万歳。一夏はそう心の中で叫んだのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
一先ず休戦となり、ベッドに座って向かい合う二人。
日々を暮らすに辺り、色々と決めておこうと箒が提案したのだ。
「まずはシャワーの使用時間だ。私は7〜8時。一夏は8〜9時だ」
「俺、早い方がいいんだけど……」
「私に部活後、そのままでいろというのか!?」
「部活棟にシャワー、あるんじゃなかったか?」
「私は……その、自分の部屋でないと落ち着かないんだ!」
「そんなもんかね……ま、俺もトイレは学校よりは家の方がいいけどな」
ここで何故、トイレに話がスライドするのか。
そこが、織斑一夏クオリティである。
「あ、そうだ。ここって、個室にトイレないんだって?」
「あぁ。トイレは廊下の両端だ」
「おいおい……俺、どうすればいいんだ!? まさか、そこを使えとか……ったぁっ!?」
いきなり顔に木刀が突き刺さる。
「しばらく見ない内に変態趣味に走るようになったか……一夏!」
「何でそうなる……?」
「女子のトイレに入りたいなど……変態趣味以外のなんだ!!」
「俺にそんな、春斗みたいな趣味はないっ!」
「春斗にそんな趣味がある訳がないだろう! お前と一緒にするな!!」
『全く、何て失礼な奴だ』
『春斗……後で覚えてろよ』
そんな内に、箒の中で再開のゴングが鳴っていた。
「そこに直れ一夏!! その性根、この場で叩き直してくれる!!」
「っ!! そう何度も――」
一夏は箒の胴着袋に差されてあった竹刀を掴んだ。
「――やられるかよっ!」
さぁ来いといわんばかりに構える。と、何か見慣れないものが先っちょにぶら下がっているのに気が付いた。
「何だ、これ……?」
それを手に取る、スベスベとしながら柔らかく、時折、芯ががあるような硬さがある。
「これってもしかして……」
「見るなぁあああああああああああああっ!!」
箒が真っ赤になりながら、一夏の手からそれを引っ手繰った。
『…… 一夏、今のブラジャーだよ』
「箒……お前……」
謎の物体の正体を知り、一夏はしみじみと思った。
「………ブラジャー、着けるようになったんだな」
バコンッ!!
直後。
顔面に痛烈な痛みを受け、織斑一夏は大の字に倒れた。
『今のは、一夏が悪い。ていうかあんなに大きいんだから着けてるに決まってるでしょうが』
呆れたとばかりの春斗の言葉は、しかし意識のない一夏には聞こえようもなかったのだった。