IS〔ツイン・ソウルズ〕   作:犬吉

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幕間集

幕間 その1

 

―― セシリア・オルコット 『私だけの特別』

 

 

 

時は、クラス代表決定戦が終わり、織斑一夏代表就任パーティーが行われた翌日。

 

 

「♪~♫~~」

鼻歌まじりでセシリアは廊下を歩いていた。

その表情は、今の季節が取り憑いたんじゃないかってぐらいに浮ついていた。

そして、今の季節は春。

足は地に着かず、その気になったらIS無しでも空ぐらい飛んじゃうんじゃなかってぐらいだ。

 

 

それというのも、彼女の初めて―― そして最後だろう初恋が原因である。

基本、初恋は最初で最後だろう。とかいうツッコミは無しだ。

 

 

その相手は織斑一夏。

女尊男卑の風潮広がる中、男らしさと同時に紳士の品格も有する、彼女の理想そのままの男性。

 

あぁ、恋とはこんなにも心を締めてしまうものなのか。

 

 

まるで恋愛劇の主役(ヒロイン)のように、セシリアは華麗にクルクルと回りだした。

ロングスカートがふわりと舞い、自慢のブロンドも綺羅びやかに煌めく。

 

 

そんな彼女に送られる視線は、凄く寒々しい冬のようであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もしもし、そこのお嬢さん?」

と、廊下の曲がり角でチョイチョイと、セシリアを手招きする手があった。

一体誰だろうかと、セシリアは首を傾げながら顔を覗かせる。

 

「やぁ、昨日ぶりね」

「あなたは新聞部の……確か、マユズミ……」

「黛 薫子よ」

改めて名を名乗る、二年生にして新聞部副部長の黛 薫子。

「そうでしたわね。それで……何か御用ですか?」

「いや、ちょっと貴女に素敵な物をお買い頂けたらなぁと……」

「遠慮しますわ」

薫子がそう言うや、セシリアは踵を返した。

新聞部ということは、買わせようとしているのは写真辺りだろう。

あいにくと、そんな物に興味はない。

 

 

 

一夏が写っているなら、話は別だが。

 

 

 

 

 

 

「―― ほい」

「……………っ!?!?」

と、視界を遮るように眼前に出された写真に、セシリアは目を見開いた。

よく見ようと手を伸ばすも、薫子がサッとそれを引いてしまう。

「ちょっ、その写真を見せて下さいませ!!」

「お~っと、遠慮するって言ったのはそちらだよ? これ、一応商売品だからね~」

「くっ……!」

商売品。確かに言う通りだ。

しかもその商品(写真)は、セシリアにしか価値はなく、セシリアが買わなければそのまま、日の目を見ること無く消えていく事だろう。

 

「……分かりましたわ………買います! 買えばよろしいのでしょう!? お幾らですの!?」

ヤケクソ気味に、セシリアが叫んだ。

「親切特価、千円ジャストでどう?」

「どうぞっ!!」

セシリアは財布から札を取り、叩きつける勢いで薫子に渡した。

「はい、毎度あり~!」

薫子が件の品をセシリアに渡した。

 

 

 

「こ、これは…………!!」

 

 

 

そこにあったのは――― 言うなれば奇跡の一枚。

 

 

 

一組の男女が、空とアリーナをバックに写っていた。

男は白い騎士のような鎧と鋼翼を持ち、女は蒼い鎧に身を包み、ブロンドの髪が僅かに乱れて風になびいている。

男は女を横抱きに抱えており、うっすらを開かれている女の瞳を覗き込むように、顔を側に近づけていた。

 

 

そう。クラス代表決定戦の決着直後の写真である。

 

 

 

薫子は一夏 (本当は春斗)が放送部に試合の記録を頼んだ際、こっそりとそれに追従していたのだ。

 

後々、新聞で使えるネタになるだろうという、打算の結果の行動だ。そして彼女はこの、奇跡のベストショットを納めることに成功した。

 

 

だが、その扱いは非常に困った。写真の写り、構図は良いのだ、物が物だけにどうにも使いにくい。

 

 

 

その扱いを一先ず置いておくとして、昨夜の取材である。

薫子はセシリアの表情に、「おや?」というものを感じたのだ。

 

傲慢不遜な雰囲気が消え、こう……恋する乙女のような表情を見せていたのだ。

 

 

 

もしかしたら、という思いで写真を見せてみたら――― 見事に釣れた。

なんてチョロイ。

 

 

 

セシリアは現在、顔を真赤にしながらハァハァと息を荒げ、目が血走っている。

多分、脳内は凄い事になっているんだろう。きっと具体的に表現したら、この作品が削除されるぐらいの。

 

せっかくの美少女なのに、なんとも残念過ぎる。

 

 

 

 

だが、これならまだまだ行ける。彼女はイギリス貴族。まだまだ取れる。

黛 薫子は、ここで手を緩めるような女ではない。

 

「ねぇ、その写真……もっと色々出来るとしたら………どうする?」

「い……色々……ですか!?」

色々に色々想像したのか、セシリアの鼻息が荒い。

 

「さぁ、ご覧あれ!!」

懐から出した紙は――― メニューと書かれていた。

 

 

 

写真焼きまし     ―― ¥300

A2印刷 (ポスター) ―― ¥2000

お得!決闘写真セット ―― ¥4000

 

ボッタクリもいいところである。

 

「全部お願いします! あ、ポスターと写真セットは三つで!!」

「はい、毎度~!」

 

入れ食いである。

流石は貴族。金の使いぶりが素晴らしい。

こうして、セシリアは紙袋に詰められた夢の結晶に、そして薫子はホクホクの懐にスキップして分かれたのだった。

 

 

 

 

 

「………何これ?」

セシリアの同室である辰守織羽は、部屋の惨状にそう呟くのが精一杯だった。

 

この部屋は狭い。何故狭いかといえば、セシリアがどうやってか天蓋付きのベッドなんて物を運び込んだせいだ。

(この後、更に調度品が増えていくのだが)

それはまだ良い。だが、これはなんだ(・・・・・・)

部屋に貼られまくった写真。そのどれもに映っているのは織斑一夏。

「うふふふ………ふふふへ……」

そして件の天蓋付きベッドに仰向けに横たわり、不気味に笑う同居人。

 

もしこれを見て、全てを想像して理解出来る人物がいたとすれば、それはきっと未来人か超能力者か宇宙人だ。

ただの人間に興味のない女子高校生に、すぐ教えてあげたい。

 

織羽はそっと、セシリアの視線の先―― 天蓋の裏側を見てみた。

「…………」

ポスターだった。デカいポスターが、貼ってあった。

「あら、織羽さん。いつ帰ってきたのですか?」

もう、絶句するしかなかった。

 

 

 

 

この翌日。

 

辰守織羽は部屋替えの願いを提出するのだった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

幕間 その2

 

――凰 鈴音『ちょっとだけ、昔の話』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とある病室に、無数のコードと大型の機械が運び込まれる。

それを次々にセッティングし、準備は完了。

 

「じゃあ、始めるよちーちゃん?」

「あぁ……やってくれ」

 

稀代の天才・篠ノ之束が作った、MSSの試作機。

それを使う相手は織斑千冬と織斑春斗。

 

 

突然の意識喪失による生命の危機に対して、その意識を他者に移すことで、肉体に『自分が生きている』という事を理解させ、目覚めを促す。

 

それが、MSSによる意識覚醒の理論。

 

 

 

 

その器として、千冬は自らを差し出した。

 

 

 

 

 

 

――― だが。

 

 

 

 

 

 

 

「どうしてだ……何故、失敗する!?」

千冬はガツン、と壁を殴りつけた。

数度繰り返して行われた実験だったが、結果は失敗。

 

意識のサルベージまでは成功するも、しかし肝心の器への移植が全く上手く行かないのだ。

 

「うーん、やっぱりか~」

「どういう事だ?」

「上手くいかないのは……ちーちゃんの『器』としての問題があるんだと思うの」

「私に……問題だと!?」

「ちーちゃんはもう成人していて、精神構造が大人になってるからね~。春るんが入る余地が無いんじゃないかな~って、束さんは思うわけ」

「なんだと……なら、どうすれば……!」

「一番良いのは、同い年かつ、同性の子供……」

「お前……まさか……!?」

 

 

「なら、俺がやるよ……!」

ドアが開き、姿を見せたのは一夏だった。そしてその後ろには鈴の姿もある。

「一夏! 入るなと言った筈だ!!」

「ごめん、千冬姉……でも、俺なら……春斗の器になれるんだろ?」

「バカ者!! 下手をすれば、お前が消えてしまうかも知れないんだぞ!?」

「大丈夫だって。春斗が……俺を消したりする訳がないだろ?」

「っ……だが、しかし……」

 

 

 

 

 

 

「そ、その器っていうの……あたしでもなれるんですか!?」

「……何、君は?」

冷たい視線が、鈴に突き刺さる。あからさま過ぎる拒絶だったが、鈴はその視線を真っ向から睨み返す。

「あたしは凰 鈴音。一夏と春斗の……幼馴染で友達です!!」

「で、それが何? つまり他人て事でしょう?」

「あなたにとっては他人でも、私にとっては他人じゃない!!」

「……失敬だね。私がいつ、いっくん達を他人だなんて言ったのかな? 耳が聞こえないのかい?」

「そっちこそ何、意味分かんないこと言ってるんですか!? バカなんですか!?」

「へぇ……この束さんを面と向かってバカ呼ばわりするのは、これで二人目だよ……」

そう言いながら、その瞳が更に熱を失っていく。

それを怖いと思いつつも、鈴はそれにも負けない熱を籠めた瞳で返した。

 

「それで……その器には……あたしはなれるんですか!? なれないんですか!?」

「いっくんよりは可能性は低いだろうけど……なれるよ?」

 

 

「ちょっと待って、束さん! 鈴、お前もだ!! 二人揃って何言ってるんだよ!?」

一夏が驚いたように言った。

 

「何って……決まってるじゃない。あたしも……やるって言ってるのよ! 一夏ばっかりに危険なことさせられないでしょ!?」

「バカヤロウ! これは春斗の……家族の問題なんだよ!?」

「そんなの大した問題じゃないわよ!! バカじゃないの!?」

「バカってなんだよ、バカって!?」

「あんたがバカだから、バカって言ったのよ!! いい? 春斗は確かにあんたの兄弟よ? でも、あたしにとっても大事な友だちで、幼馴染で……だから、あんたが春斗を助けたいように、あたしだって………春斗を助けたいのよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ」

場所は中国。

IS操縦者となった鈴は、溜め息を吐いていた。

あの日、結局は一夏に押し切られるようにして、鈴は引いた。

と言っても、もしも自分が成功しなかった時は、自分に頼むと約束してだが。

 

今、こうして思い返してみれば、どうしてあそこまで必死だったのかと思う。

勿論、春斗を助けたいからだという気持ちなのは分かる。だが、今思い返すと何というか……とてつもなく大胆発言だったと思った。

 

もしもあの日、鈴の中に春斗が入っていたらどうなっていたのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

『鈴ちゃん、相変わらず胸小さいねぇ』

『ねぇ、僕が出ている時の方が女の子らしく思われるって、致命的じゃない?』

『あの程度の知識で偉そうに講義とか……ちょっと、自分の分を分からせてあげた方が良いかな?』

 

 

 

 

 

 

 

「痛たたた……」

なんか、想像しただけで胃が痛い。

春斗の性格と言動を考えると、本気で有り得そうだから恐ろしい。

実際、春斗のフォローは大変だった。主に女性関係的な意味で。

 

一夏と違って春斗は異性からの好意というものを察する事ができる。

鈴自身、それでからかわれること多数。

 

そして、一夏の体で女子にいい顔をしたりするものだから、ただでさえフラグ体質の一夏に相乗効果で性質が悪い。

 

 

 

ともあれ、今は遠い日本の地できっと頑張っているんだろう。

 

見上げた空は、いつだって繋がっているのだから。

 

「一夏……生きてるかしらね~?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから、しばらくして後。

「IS学園の入学願書ぉ……?」

目の前に出された書類に、鈴は顔を顰めた。

 

IS学園。

日本にある、世界唯一のIS操縦者育成機関。

「面倒くさいなぁ……」

鈴は正直、気乗りしなかった。

IS学園に入れば、日本に行ける。だがIS学園はその特徴故に全寮制。なので、外へ出ることはなかなか難しい。

 

ましてや、国家代表IS操縦者候補生の身分では、外出時間など殆ど無いだろう。

 

国としては、彼女の第三世代IS 《甲龍》のデータ取りの意味があるので、どうしても願書を出してもらいたいのだが、ぶっちゃけた話、鈴には受ける意味が無い。

 

IS操縦者の威信もある。

国家代表候補生のプライドもある。

その責任を果たす意識もあれば、有事に立つ覚悟もある。

 

だが、それよりも優先されるべき事が彼女にはあった。

 

 

『一夏、あたしも……春斗が目覚めるまで一緒に頑張るからさ』

『鈴……』

『だから、絶対に……また三人で……ね?』

 

 

 

果たされないまま、置き去りにされた約束。

それを守れないのなら、不自由な立場になってまで日本に帰る意味が無い。

 

「あたし、めんどくさいからパス!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、それから暫く経ったある日。

「―― ブッ!!」

食堂で朝食をとっていた鈴は、盛大に噴いた。食堂のTVに映る、一夏の姿。

 

『世界初の男子IS操縦者誕生。IS学園へ入学決まる』

 

それを世界中に伝えるニュースである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何であたしがIS学園に行けないのよ!?」

鈴は基地司令に思いっ切り突っかかっていた。

「だって、受けるように何度も言ったのに……聞かなかったのは君でしょ?」

「そんな過去のことはどうでも良いのっ! 今すぐあたしをIS学園に入れなさいっ!」

理不尽極まりない台詞である。

「いや、そんな事言われてもねえ~」

 

 

ズドンッ!!

 

 

「お願い、お・じ・さ・ま?」

部分展開された甲龍の拳が、壁にめり込んでいた。

 

「………………て、転入手続きを出しておきます」

「ありがと、おじ様♪」

 

俗にいうO☆HA☆NA☆SIによって、鈴は即転入手続きをされる事となった。

 

 

「待ってなさいよ……一夏、春斗……!」

 

こうして、凰鈴音は日本への帰路に着く。

 

 

果たされなかった約束を、もう一度。今度こそ違えないように。

自分だけが、《彼らの特別》なのだから。

 

 

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幕間 その3

 

――シャルロット・デュノア『ささやかな一時』

 

 

 

 

 

 

 

トーナメント終了から二日後。

ここは一年生学園寮、織斑一夏の個室である。

 

その部屋のもう一人の主は現在、机に向かっていた。その前には無数の空間投影モニター。

そこに無数の文字が羅列し、流れていく。

「………」

その中から一瞬で問題のあるポイントをつまみ上げ、削除。そこに変わるものを即座に入力。

 

更にプログラム同士の連動を組み直して無駄な部分を削ぎ落とし、プログラムそのものの容量を軽減させる。

 

 

 

「………」

一切の言葉も発せず、全ての雑念を捨てて唯一つの事に集中するその背中を、シャルロットは一夏のベッドに座って、枕を抱えながら見つめていた。

 

(あんな真剣な顔………カッコイイなぁ……)

 

訂正。思いっきり見惚れていた。

顔は赤くほてり、ギュッと枕を抱く力が強まる。

 

真剣に、真っ直ぐに、一つの事に没入する姿。あの眼差しがもし自分だけに向けられたなら――。

「~~~~~~っ!!」

そこまで考えて、シャルロットはあまりの恥ずかしさに顔を枕にうずめた。

 

 

 

 

 

 

シャルロット・デュノアの理想の男性像は『白馬の王子様』である。

それは幼い時、母に読み聴かされた絵本と、父親のいない家庭という環境がそれを生み出した。

 

いつかきっと、王子様は自分を迎えに来てくれる―― そんな夢を見ていた。

 

勿論、年を重ねるごとにそういったものが理想でしかない事は分かっていった。

だが、それでもその理想が形を変えただけで、消えた訳ではなかった。

そんな中で、彼女はネットワークの向こう側にいる『王子様』と出会った。

優しくて、意地悪で、魔法のようにあっさりと自分の世界を変えてしまう……理想通りのようでいて少し違う、そんな不思議な王子様と。

 

 

不安とドキドキとが混じり合った想いの果てに出会った『王子様』は、シャルロットの想像をずっと超えていた。

 

 

 

まるで、悪い魔法使いに魔法を掛けられてしまったように、彼は自分の体を失っていたのだ。

 

それでも、懸命に日々を生きているその姿は、きっとシャルロットの理想とは異なるものだったろう。

理想よりもずっと強くて、とても格好良い―― シャルロットはそう思った。

 

 

 

 

 

「―― シャル?」

「……………へっ!?」

ハッとして顔を上げると、直ぐ目の前には何時もの顔があった。

それこそ比喩無く―― 目と鼻の先に。

 

「うわぁっ!?」

「わっ!? どうしたの、いきなり……!?」

突然シャルロットが大声を上げた為、春斗も驚いてしまう。

「ご、ごめんね……えっと………どうしたの?」

「どうしたのって……これ、完成したよって何度も声掛けたんだけど……?」

「え゛……!?」

そういう春斗の手には、件のデータディスクがあった。

 

 

以前、シャルロットに渡された『リンドブルム制御用プログラム』の入った物だ。

 

「は、早いね……」

「あれからチマチマと、暇を見てはチェックしてたからね……」

春斗はさすがに疲れたのか、首をコキコキと鳴らす。

「もしかして、すぐにやってくれてたの……!?」

「トーナメントに向けての特訓もあったし、一日中は一夏の体を使えないからね……それぐらいでないと遅くなると思ったんだ」

「……春斗」

シャルロットには急ぐ理由がない、といえば嘘になる。

病床に伏せるデュアン・ヒューイック博士の事を思えば、一日でも早くという思いがない訳ではない。

 

だが、仮にも第三世代兵装制御用イメージ・インターフェイスプログラムだ。

丸々使っても、一ヶ月で足りるような代物ではない。その筈だ。

 

それをこうもあっさりと、しかも一夏の体を使う時間が限定された状態で完成させたというのは、余りにも驚きだった。

 

そして同時に、それを優先してしてくれた事がとても嬉しかった。

 

 

「ありがとう、春斗。何か……お礼したいな」

この思い、言葉だけで伝え切れないし、そうしたくない。

何かを、彼の為にしてあげたい。

「いや、別にいいよ。頼まれたものを引き受けただけだし」

「ダメだよ! そんなのじゃ絶対にダメ!!」

「ッ!? そ、そうか……?」

「そうなのっ!」

シャルロットはズズイ、と詰め寄って言い切る。

 

とはいえ、どんなお礼をすれば良いか。

一番は、春斗に何をして欲しいかを言ってもらうことなのだが。

 

 

 

 

『ねぇ、春斗はどんなお礼が良い?』

『そうだね……じゃあ、こういうお礼が欲しいかな?』

(ドサッ。ベッドに、いきなり押し倒されるシャルロット)

『は、春斗……!? ダメだよ、こんなの……』

『どうして?』

(シャルロット、慌てたように言う。が、春斗はそのまま上に覆いかぶさる)

『どうしてって……こんなの……だって……いきなりだし、恥ずかしいし……』

『ダ~メ。自分から何が良いかって聞いたんだから……さぁ、お礼を貰うよ……?』

(そっとシャルロットの頬に手が触れて、そのまま春斗の顔が近づいてくる)

 

 

 

「ん、んぅ………」

「シャル……? もしも~し、シャルロット・デュノアさ~ん?」

春斗は、何故かいきなり目を閉じて、ささやかに唇を突き出すシャルロットに困惑した。

 

何がどうしてこうなった?

 

 

 

「えっと、どうしたら良いのか……教えてくれたら嬉しいな……って」

やっと現実に回帰したシャルロットは、顔をもの凄く真赤にしてそう告げた。

「そうだね……じゃあ、どうしようかな……?」

あえて何を想像したのかには触れず、春斗は考えてみる。が、どうにも思いつかない。

そもそも、何かを期待するだの、されたい事があるからやった訳ではないのだから、仕方ない。

 

シャルロットはじぃっと、春斗の事を期待に満ちた目で見ている。

「………うん、やっぱり無いな」

「そんなぁ……」

あからさまに落ち込んだ様子を見せるシャルロット。

「まぁ、あんまり気にしないでくれれば、それでいいよ。大した事はしてないしね」

「……大した事してるよ、春斗は」

優秀な技術者が集まってチームを組んで、それでも四苦八苦するIS開発。

その雛形たるISの設計を一人で行い、更にそれ用のプログラムを一人で修正、改良。

 

それを大した事ないと言い切る辺り、認識するレベルがズレているとしか思えない。

「本当に何でも言って? 何も無いはなしだからね?」

「う~ん、それじゃあ……」

春斗は更に考えて、そして彷徨わせていた視線をある所で止めた。

「シャル……お茶を淹れてくれるかな?」

「お茶……?」

「うん。ティーポットとカップと茶葉は、下の戸棚に入っているから」

「そんな事でいいの?」

「そんな事って……お茶を美味しく淹れるのはなかなか難しいんだよ?」

「……それは、僕を甘く見てるって事だね? いいよ、すっごく美味しいお茶を淹れてあげる!」

 

意気込んで立ち上がったシャルロットは、キッチンへと向かう。

その背を、微笑み混じりで見つめる春斗。

 

二人のささやかなティータイムは、ココナッツティーの甘い香りと共に始まるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―― それで、彼には会えたの?』

「はい、会えました。例の物も既に出来上がったので、大使館経由でそっちに送りました」

『わかったわ。それで……どうだった、彼は? 思ってた通りの人だった?』

「いいえ、違いました……」

 

 

 

 

「………想像よりもずっと、素敵な人でした!」

 

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幕間 その4

 

――ラウラ・ボーデヴィッヒ『開設、ハルフォーフ道場!』

 

 

 

 

 

 

 

トーナメントでの戦いの後、ラウラの病室。

 

『これより、講義を始めます。宜しいですか?』

「うむ、始めてくれ」

通信の向こうのクラリッサはコホンと咳払いし、始めた。

 

『まず嫁を得るために必要な事はその国の文化を知ることです』

「うむ、戦闘において戦力を知ることは重要だからな」

『日本には、その独特の美意識を示す言葉があります。それが 《ワビ》《サビ》《モエ》です!!』

初球いきなりデッドボール。ランナーは一塁。

「《ワビ》《サビ》《モエ》か、なるほど。で、その意味は?」

『《ワビ》とはつまり、見栄や意地を張らず、正直に、慎みを持ち、奢らない事を表します』

ストライク。見事に決まった。

「ほう。自分に正直にか……言うは易いが、なかなかに難しいことだな。では 《サビ》とは?」

『《サビ》とは古い物、すなわち骨董品(アンティーク)など、時や歴史を感じさせるものの事です』

ストライク。これでノーツー。

「なるほど。確かに古い時計や絵画、建築物を見ると、時の流れというものを感じるな。では《モエ》とは何だ?」

『それは隊長のことです』

おっと、バックスクリーン直撃弾!!

「わ、私のことだと……!? な、何故私が【日本の美意識】なのだ!?」

『説明しますから落ち着いてください。【萌】とは元は色―― 薄青と緑の中間色を表し、主に草木の芽吹きを表現するものです』

ハルフォーフ、ここは立て直したいところ。

『それが転じて、心に芽生える情動を現す【萌え】となったのです!!』

おっとぉ、ライトに向かってグングン伸びる。入ったァ、ソロホームラン!!

クラリッサ・ハルフォーフメッタ打ち。しかし、本人はそれに全然気づいていない!!

 

『つまり、今の隊長の心に芽生えた想い、それもまた《モエ》というべきものなのです!!』

「そうなのか!?」

『えぇ、そして私の心に芽生えているものもまた、《モエ》なのです……』

間違っているのに間違っていない辺り、恐るべしクラリッサ・ハルフォーフといったところだろう。

 

ともあれ、ここからが本題である。

 

 

 

『さて、日本の美意識を理解したところで……如何にして《嫁》を取るか、です。先日の話は覚えていますね?』

「うむ……き、キスをするというヤツだな……? だが、やはりそれは……恥ずかしいというか何というか……」

『甘いッ! そのような考えでは、ハゲタカに嫁を奪われるだけです!!』

「っ……!?」

『良いですか? 隊長は第一印象において最悪。その後の関係も悪く……正直、二歩も三歩も出遅れているのです!! ならば、こここそが勝負時なのです!!』

クラリッサは熱く語った。ビジュアルは見えないが、きっと轟々と燃えていることだろう。

 

ダメな意味で。

 

『逆転を狙うためには、先程の《ワビ》、そして《モエ》の力を借りるのです! それ故の《嫁宣言》と《キス》なのです!! 《ワビ》―― すなわち己の心に正直になり、嫁を嫁とする宣言をし、そして《モエ》―― 今までの冷たい【ツン】を【デレ】に変換したその行為……正しく、日本の美意識の結晶……!』

「な、何と……そこまで壮大な計画だったというのか……!?」

ラウラは雷に当たった程のショックを受けた。

 

「だ、だが……私はドイツ人だ。日本の美意識をどれほどに追求できようか……?」

『ご安心下さい。例えドイツ人であろうとも……その美意識、求める事は可能なのです!!』

「何だと、それは本当か!?」

『えぇ、その先達は形こそ違えど……《ワビ》《サビ》を持った武人たる御人。その方の事を……今こそ語りましょう!!』

 

 

 

クラリッサ・ハルフォーフは語る。

 

世界を守る為に、その為に戦う仲間―― 友の為に、敢えて逆賊となって巨大なる壁になった者のことを。

そして、それを友らが乗り越えて後、世界の影に潜みつつ、世界を守る為に一振りの刃と共に戦場を駆けた―― 武神装甲たる戦士の事を。

 

 

 

 

「なんと……こんな生き様が………美意識だというのか……!?」

『えぇ……大義の為に己の信じる正義に殉じる《ワビ》の心。そして銃に頼らず、ただ一振りの斬艦刀のみで戦い抜く古き鉄の如き《サビ》の意思………これこそが軍人これこそが武人……!!』

「あぁ……分かるぞ。これこそ……!!」

 

 

 

 

 

「『ゼン◯ー・ゾ◯ボルトッ!!』」

 

 

 

 

 

この後、クラリッサから送られてきた映像データを鑑賞。数々の名シーン、名台詞に彼女は感銘を受けていく。

 

 

 

「同じドイツ軍人として、負けていられん……! 必ず、嫁を嫁として見せよう!!」

そう、心に固く誓うラウラ。ちなみにゼ◯ガー・◯ンボルトはドイツ人だがドイツ軍人ではない。

 

 

 

 

 

クラリッサ・ハルフォーフ道場、これにて閉門。そして、ラウラ・ボーデヴィッヒ、その迷走の始まりである。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

幕間 その5

 

――篠ノ之箒『六月―― ”春”と”夏”の間で』

 

 

 

 

 

 

 

それはまだ、篠ノ之箒が小学二年の頃。

放課後の清掃時間。箒はクラスの男子三人に囲まれていた。

「よう、男女~。今日は木刀持ってないのか~?」

「……竹刀だ」

「へへ~、お前みたいな男女には、武器がお似合いだよな~」

「喋り方も変だしよ~!」

古今東西、子供のからかいというものはタチが悪いものだ。

「………」

箒は答えない。その代わりに、凛とした瞳でまっすぐに三人を睨みつける。

そんな箒の態度に―― いや、態度云々なしで、更に男子たちはからかいを続ける。

 

「や~い、男女~!」

「男女~!」

「男女のくせにリボンなんかしてんじゃね~よ!」

 

「っ……!」

箒がギュッと拳を握る。

一刻も早く、この不愉快な口を黙らせてやりたい。

 

 

「……うっせーな、お前ら暇なら帰れよ。でなかったら、手伝え!」

手にした箒で床を叩き、苛立ち混じりに言う少年。

「何だよ織斑。お前、こいつの味方かよ?」

「もしかして、こいつの事好きなのか?」

「……はぁ? つーか、邪魔なんだよ。どっか行けよ、うぜぇな」

少年―― 織斑一夏は、心底げんなりしたように言った。

何をどう聞けばそうなるのか、全く理解出来ない。

「へっ。真面目に掃除するなんて、バカじゃねーの――― わっ!?」

「真面目にする事の何が馬鹿だ? お前らのような輩より、はるかにマシだ」

今まで何を言われても手を出さなかった箒が、そう哂った男子の胸ぐらを鷲掴みにした。

「な、なんだよ……何ムキになってんだよ……離せ、離せよ!」

締め上げられる男子はもがくが、もとより箒は実家の道場にて鍛えているので、並の男子など足元にも及ばない胆力がある。

 

「あー、やっぱりそうなんだぜー。こいつら夫婦なんだよ。知ってるんだぜ、俺。こいつら朝からイチャイチャしてるんだろ」

「うっそ、マジで~!」

一人が完全に締め上げられているにも拘らず、残る二人はニヤニヤと笑い、からかうのを止めようとしない。

(うわ、また出たよ。夫婦夫婦って、コイツらこういうの好きだな~。いい加減、飽きたっつーの)

箒の家の道場に通うようになって、一年。散々言われ続けた言葉に加え、両親のいない一夏には、夫婦というのものの概念が薄い。

どう言われようと、別段怒る気にもならない。

 

「だよなー。今日なんか、こいつリボンなんかしてんだぜ? 男女のくせに、似合わなすぎて哂っちま―― うぶぇっ!?」

瞬間、怒った一夏のパンチが見事に打ち抜いていた。

それだけに留まらず、倒れた男子の胸ぐらを掴んで引き起こす。

「笑う? 何がおかしいんだよ? あいつがリボンして何がおかしいって? すげぇ似合ってただろうがよ、このボケナス!」

「お前……先生に言うぞ!?」

「おーおー、言ってみろよ? その前に、全員ぶっ飛ばしてやる!!」

かくて始まる大立ち回り。三人の男子相手に一夏一人。

しかし、一夏は元々頑丈さと体力には自信がある上、道場で剣術、千冬には体術も習っている。

そうそう、遅れなど取る筈もない。

 

「どりゃあっ!!」

「ぶごっ!?」

二人を倒して、最後の一人を蹴り飛ばした。

 

「―― ふぅ、やっと中庭の掃除終わ………何これ?」

教室に入ってきた、一夏にそっくりな顔立ちの少年が、その惨状に絶句した。

 

掃き集めたゴミは散らばり、机と椅子は倒れ、ついでに殴り飛ばされた男子(生ゴミ)三つ。

 

「一夏……掃除してたんじゃなかったの?」

倒れた椅子を立て直しつつ、呆れ気味に少年―― 織斑春斗は言う。

「んな事言ったって、コイツらが悪いんだぞ!?」

「何があったか知らないけど……これはやり過ぎ――」

「コイツらが篠ノ之の事、男女とかリボン似合わないとか言うから」

 

 

ズダァンッ!!

 

 

「「――ッ!?」」

破裂音にも似た音が教室中に響く。

持ち上げられた椅子が、倒れた男子に向かって振り下ろされていた。

「―― どころか、全然足りないね。事実なら、万死に値する暴言だよ」

「ひぃっ――!?」

情けない声が、椅子の下から上がる(・・・・・・・・・)

椅子の四本の足が、男子の横と両脇の下に突き立っていた。

 

春斗は椅子の下の男子に、身も凍るような冷たい視線で尋ねる。

「ねぇ、改めて聞くけど……篠ノ之さん、リボン似合う? それとも似合わない? どっちかな?」

「ひッ……ひっ……! うぅ……うわぁあああああああんっ!!」

「泣いてたら分からないよ。ほら、答えてよ?」

「……お前、キレるの早過ぎだろ?」

「何言ってるの一夏? 僕はただ普通に、彼らと平和的話し合いを望んでいるだけだよ?」

 

「お前ら、何をやってるんだ!?」

 

騒ぎを聞きつけた担任が教室にやって来て、暴れた一夏、そして三人をとっ捕まえた。

箒は春斗が自分と一緒に逃し、お叱りは四人だけに及ぶ。

 

 

が、この後が面倒であった。

春斗に泣かされ、一夏に殴り飛ばされた三人の親が大騒ぎをしたのだ。

やれ警察だ裁判だと、PTAにまで訴えて、千冬はそんな馬鹿な親に頭を下げて謝った。

一夏自身、何を言われても平気だったが、千冬がそのせいで無意味に頭を下げさせられるのは耐えられなかった。

 

 

問題を起こせば、千冬に迷惑がかかってしまう。

 

 

そう学んだ一夏は以後(・・)、暫くの間は(・・・・・)穏便な方法で(・・・・・・)、馬鹿な男子を撃退する事にした。

 

 

 

 

ちなみに、三人の男子の親は突然、大騒ぎを取り下げる事になる。

 

何故なら、偶然にも同時に(・・・・・・・)勤めている会社で(・・・・・・・・)大問題が起きたのだ(・・・・・・・・・)

 

それは会社の粉飾決算の書類が外部に漏れたり、機密資料だった物がインターネット上にアップロードされたり、取引データが丸々消滅してしまったりと様々だ。

 

 

だがそれが、外部の不正アクセスによるものであるだろう予測以外、一切不明。

履歴さえ残さずに全ては行われたらしく、今でもその犯人は分かっていなかったりする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その事件から数日後。

 

「……お前は、馬鹿だな」

道場での稽古を終えて一夏が顔を洗っていると、箒にそう言われた。

「あん? 誰が馬鹿だ、誰が」

いきなり馬鹿呼ばわりされて、一夏は不愉快そうに返す。

「あんな事をすれば、後で面倒になると分かるだろう……なのにどうして?」

「……あぁ、あの事か。んなの関係ねーよ。許せねぇから、ぶん殴っただけだ」

 

これで一度、千冬に叱られたことがあったが、それでも一夏にとってこれは曲げられない―― 絶対に譲れない事だった。

 

「大体、複数ってのが気に入らねぇ。群れて囲んで陰険なんざ、男の恥だ」

ふん、と鼻息荒く言い切る一夏。

「だから、お前も気にするなよ。リボン、またして来いよ。似合ってたぞ?」

「……ふ、ふん。私は誰の指図も受けん」

「………そっか」

そう言って、また顔を洗う。冷たい井戸水は、稽古で火照った体にとても心地良かった。

 

丁度、剣道具を纏めたところで、弓道場に通っている春斗が石段を上がってきた。

「おーい、一夏ーっ!」

「おう、春斗。そっちはもう終わったのか?」

「今日はスーパーの特売だから、早めに切り上げたんだ」

「あぁ、そうだったな……じゃ、行くか。また明日な、篠ノ之」

「さよなら、篠ノ之さん」

 

「――― き、だ」

「ん……?」

「私の名前は箒だ。いい加減に覚えろ。大体、ここは父も母も姉も篠ノ之なのだから、紛らわしいだろう。これからは……名前で呼べ」

「分かった。俺は割と、身近な奴の指示は聞くからな」

「出来るなら聞くだけじゃなくて、実行にも移して欲しいんだけどね~?」

「ほっとけよ。……じゃあ、一夏な。で、春斗だ」

一夏は自分と春斗を指差して言った。

「な、何?」

「だから、織斑は三人いるし……俺たち同じクラスだろ。分かり難いから、これからは名前で呼べよな」

「だ、だが……」

チラリと、箒の視線が春斗に向く。

「僕は別に構わないよ」

「うむ……分かった」

優しく微笑みながら春斗が言うと、箒は何処か安心したように頷いた。

「代わりに、僕は『ほーちゃん』って呼ぶね?」

「な、何……!?」

箒は目をまん丸に見開いて驚いた。

「だって、僕も一夏も名前で呼んだら分からないでしょ? だから、僕は篠ノ之さんの事は『ほーちゃん』って呼ぶことにしたから」

「いや待て!? だからといって、それはおかしいだろう!? 普通に呼び捨てで呼べ!!」

「普通にって……箒……箒ちゃん……ほーちゃん………うん」

春斗は一通り口にしてみて、頷く。

 

「―― やっぱり、ほーちゃんだね」

「頼むから、背筋が痒くなる呼び名をやめろーっ!!」

「嫌だ。僕はこれ以外で、絶対にほーちゃんをほーちゃんとは呼ばない」

「一夏っ! 何とかしろ!!」

「あー、無理だな。春斗って結構、頑固だし?」

「大丈夫。すごく可愛いよ、ほーちゃん?」

「頼む。百歩譲って”ちゃん”付けで良いから、それだけは……」

「特売が始まるから急ごう、一夏!」

「お、おう……」

「だから待てと言うに! 人の話を聞けぇえええええっ!!」

 

季節は六月。季節は、”春”から”夏”へと移り変わる。

 

それは、大切な 《ハジマリノキオク》。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ぅん」

窓の向こうから聞こえる雀の囀りに、箒は目を覚ます。ベッドから体を起こせば、同居人はまだ夢の中。

 

「……随分と、懐かしい夢を見たものだな」

そう独りごちて、クスリと笑う。

 

枕元には携帯電話と、もう一つ―― 鈍色の金属板(プレート)。

 

 

あの夢は、きっとこれのせいだろう。

 

 

 

 

季節は六月。

今日もまた、日は昇る。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

Another Side 【それは、始まりの光】

 

暗い暗い、鋼の部屋の中。

 

”それ”はまるで闇夜に浮かぶ月の如く、静かに光を湛えていた。

 

何時も、そこには白い布を付けた何人かが出入りをし、そして”それ”を見ては何事かを話し、出て行った。

 

 

 

”それ”は、とても退屈していた。

出入りするのは何時も同じような存在ばかり。先に生まれた姉と妹達は、既に別の場所に移され、”それ”はとても、とても暇だった。

 

だから、少しばかりイタズラをしたくなった。

 

ネットワークを介して、鋼の部屋の入口と、そこに続く道の鍵を外してやったのだ。

きっと、あの白い布の誰かしらが慌てて入ってくるに違いない。それを見て、この退屈を紛らわせようと思ったのだ。

 

だが、そこに入ってきたのは、白い布の誰でもなかった。

もっと小さく、もっと幼く、もっと弱く見えた。

 

小さき存在は”それ”を見て、目を瞬かせていた。そして足場を組んで、自らに向かって手を伸ばしてきた。

 

 

 

”それ”は、今まで一度として見た事のない、小さき存在に興味を持った。

”それ”には意識リンクという機能が備わっていた。それを使って、その小さき存在に繋がってみたのだ。

 

 

流れる多くの感情。初めて触れる人という存在。

そして同時に感じたのは―― 未知に対する強い恐怖だった。

 

 

 

 

 

 

 

その後、異変を察知した者たちがその部屋―― コア調整室へと慌ててやって来た。

そこには床に倒れた子供と、輝きを失ったISコアだけが残されていた。

 

同時刻。世界中のISが一瞬、しかし同時に機能停止するという異常事態が起こった。

 

後に【ワールド・コア・サイレンス】と呼ばれる現象は、今も尚、原因は不明のままである。

 

 

それは、ISが発表されて、四年。

織斑一夏が世界初の男性操縦者となる、六年前の物語である。

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