IS〔ツイン・ソウルズ〕   作:犬吉

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第34話  生徒会長・更識楯無登場

 

飛び交う銃弾。飛び散る火花。

硝煙が室内を覆う中、怒れる悪鬼がその凶刃を振るう。

 

「邪魔だ、退けぇっ!!」

 

鋼の鎧―― IS”暮桜”を身に纏った千冬が、一振りの刀”雪片”を一閃。

武装した集団を一瞬で斬り伏せる。

 

 

刃に付いた血をヒュン、と振り落として、目の前の頑強そうな扉を力任せに蹴り破る。

 

鼓膜を派手に叩く、甲高い音を立てながら転がっていく扉。

その向こうに広がるのは暗闇だった。

 

そして、そこに立つ―― 憎むべき敵。

ハイパーセンサーを用いながら、しかし顔が見えない。性別も分からない。だが、分かる。

 

 

―― あれが、自分の敵だ。

 

 

 

「弟は何処だ……?」

千冬は雪片を構える。

「………」

それは答えない。ただ、口元に嘲笑の如き歪みを湛えるのみ。

千冬は問答は無駄と切り捨て、瞬時加速(イグニッションブースト)で一気に間合いを詰める。

 

対する敵も、近接専用ブレードを振るって応戦する。

 

 

ぶつかり合い、暗闇に火花が散る。

強い。だが、それでも―― 負けはしない。

 

「弟は……あの子は私が守る!!」

 

決意を言葉にして、刃を弾く。そのまま切り替えして、逆袈裟に斬りつける。

 

「守る……? お前が……? そんな事が出来ると思ってるのか?」

 

しっかり斬られながらも、しかし全く堪えていないのか。敵は何事もなかったかの様に千冬を嘲笑った。

「お前は何時も、肝心な時に何も出来ない。弟が倒れた時、お前は何処にいた? その日に大会があった事さえ知らず、自分の事ばかりだったんじゃないのか?」

「っ……!? 黙れ……!」

「その後に起きた、あの誘拐事件は誰のせいだ? お前がIS操縦者であったせいだろう?」

「黙れぇえええええええええええええっ!!」

 

一気に激昂した千冬が、雪片を袈裟懸けに振り下ろした。

「………」

剣閃が走り、血飛沫が飛び、敵はグラリと揺れて倒れた。

「はぁ……はぁ……。さぁ、弟は……春斗は何処だ!?」

倒れた敵の鼻先に、雪片を突きつける。

 

 

 

 

 

「くくく……だから言っているだろう? お前には、守れないと……」

徐々に、その顔がハッキリとしてくる。

「…………っ!? な、何故……!?」

その現実から目を逸らしたい。だが視線は動かせず、ハイパーセンサーは容赦なくそれを千冬に見せつける。

 

「止めろ……!」

「ほら……よく見なよ?」

見たくない、視たくない、ミタクナイ。

 

しかし容赦なく突きつけられる――― その顔。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほぉら……あんなに必死になって探していたじゃないか? ねぇ………”姉さん”?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぁああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」

 

 

悲鳴の如き叫びを上げて、見開かれた瞳に映るのは血に染まった春斗の顔――ではなく、見慣れた天井。

「はぁ……はぁ……はぁ………夢……?」

全身からブワッと汗が吹き出し、心臓がバクバクとうるさい。

「ッ……!」

汗でグッショリとなったシャツを脱ぎ捨て、汗に濡れた髪を無造作に掻き上げる。

 

ベッドのシーツもタオルケットも、ジメッとしていて不快極まりない。

 

全部一纏めにして、寮長室備え付けの洗濯機に放り込む。主夫である一夏が見たら、間違いなく怒るだろう行動だ。

 

 

そのままシャワールームに入り、冷水を頭から浴びる。

一秒でも早く、この不快な熱を取り去ってしまいたかった。

 

 

 

 

 

 

 

臨海学校から帰ってきた織斑姉弟に告げられた、余りにも残酷な知らせだった。

 

医療技術研究所が襲撃され、春斗の体が強奪。

その犯人は――『亡国機業(ファントム・タスク)』。

 

何故、そんな事をしたのか。

春斗は確かに、一夏に次いで男子IS操縦者となる可能性がある。

だが、それが奪う理由に成り得るのか?

 

データなら、研究所内に幾らでもある。

生体サンプルなら、幾らでも取りようがある。こんな事をする必要はない。

 

ならば、ここまでする理由は何だ?

また人質に使い(・・・・・・・)、何かをする気か?

 

いや、あの亡国機業(ファントム・タスク)が、回りくどい事をする筈がない。

思考しては消える可能性。それは出口なき迷路。堂々巡りの環。

「………」

千冬はシャワーを止めて、髪を振り乱す。

冷たい雫が、鍛えられて引き締まった肢体を滑り落ちていく。

 

七月十日。

その日は千冬の心とは真逆の、とても良い天気であった。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

一年生寮の食堂。

何時もならば中々に賑やかしいそこも、一部分の空気によって、随分と重いものになっていた。

 

「………」

カチャカチャという、食器の音だけが異様に良く響く。

その音源たる織斑一夏は、何時もの元気な雰囲気は鳴りを潜め、ただただ無言であった。

 

「一夏……どうしたと言うのだ?」

「ここ数日、とても元気がありませんわね……」

「どうかしたのかって聞いても、何でもないって言うだけだし……春斗も、様子がちょっと変だし……」

「鈴、お前は何かしらないのか?」

「知ってたら、ここで顔を付き合わせてたりしないわよ」

 

何時もならば一夏の周りを陣取る面子も、今日ばかり―― いや、臨海学校が終わってからこっち、変わってしまった一夏の様子に戸惑っていた。

 

確かに臨海学校は色々とあった。

 

篠ノ之束が襲来し、箒が専用機を与えられ、第三世代IS 《銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)》の暴走事件。

 

極めつけは、一夏の中にいる春斗の事が、なし崩し的にバレてしまった。

 

それだけの事があったのだから、気疲れもしようものだが、しかしどうにも、それとは違う様子に彼女達には見えた。

 

 

そんな周囲の反応を余所に、一夏は朝食を終えると食器を返して、さっさと食堂を出て行ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

今の一夏を現す言葉があるとするなら、『曇天(どんてん)』であろう。

 

晴れることもなく、しかし雨も降らず。中途半端にどんよりと、青空と太陽を遮る―― そんな状態。

 

 

心の中がモヤモヤとイライラで一杯になって、しかし、それを晴らす術を知らない。

 

 

 

そんな内心を誤魔化すように、一夏は授業に没頭する。

そうしないと、すぐにそれ(・・)が鎌首をもたげてくるからだ。

 

 

それは千冬も同様で、いつものように振舞っているが、しかし、その空気が普段もよりもピリピリしている事は隠しようがない。

 

 

その異変は、どちらも臨海学校後という共通点を持っていた。

 

 

 

 

 

昼休み。

 

一夏と簪を除く六人は、食堂ではなく屋上にいた。

 

簪は臨海学校以降、何か思うところがあるのか、時間を作ってはIS整備室に篭っている。

 

そして一夏は、昼休みなどはすぐに、何処かへと居なくなってしまう。

放課後も、何時もなら訓練に使っているのに、すぐに帰寮してしまうようになった。

 

 

「……これは、あまり良い状態ではないな」

座を囲んで、それぞれに思う所を言う。

「えぇ。ただでさえ、一夏さんはISの起動時間が足りないというのに……」

「訓練を一日サボれば、取り戻すには三日掛かる。このままでは、すぐに腕が錆びついてしまう」

「春斗も……何にも言わないのよねぇ。あいつだったら、絶対にこんなのさせない筈なのに……」

「でも、その春斗に聞いても何も言ってくれないし……何だか、軽く拒絶されてるみたいで……」

「う~ん……て事は、先生と織斑君だけじゃなくて、あの姉弟全員に何かがあったって事かな?」

様子がおかしいのは分かっているが、しかしどう動いたらいいのかがさっぱり分からない。

 

家の関係上、織羽には情報が下りてきてもおかしくないのだが、それはまだ止められていた。

 

本来ならばすぐに伝えられるべき事だが、あれだけ派手な行動を起こして警戒が強い中、次の行動が即起こる事はないという判断が下されたからだ。

 

今だ情報は交錯している。敵の動きも不明。

不必要な情報は、余計な混乱を呼ぶ事に繋がりかねない。

 

織羽には引き続き、『学園内の警護任務』の継続が与えられていた。

 

 

 

学園に、昼休みを告げる鐘が響く。

 

屋上での会談は結局、いい案も出ないままに終わりを迎えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

一組の午後一発目の授業は、二組と合同のIS実習。一夏はアリーナの更衣室で着替えていた。

最早、一夏専用となりつつあるロッカールームはとても広く、それが彼の心に空いた空虚さと重なっているようだった。

「はぁ……」

ISスーツへの着替えを終えて、白式のデータをチェックしつつ、一夏は深い溜息を吐く。

あの日告げられた出来事は、千冬だけでなく一夏の心にも大きな痛みを残していた。

『…… 一夏。いい加減、元気を出してよ。皆、心配してるんだから……』

「何言ってんだよ……お前の体が持ってかれたんだぞ!?」

 

 

ガンッ!!

 

 

ロッカーに、一夏の拳が突き立つ。

誰が何の為に。そんな事は知りたくもないし、知ろうとも思わない。

ただ、今すぐにでもここを飛び出して、春斗の体を取り戻しに行きたい。

だが、その肝心の体の場所も分からず、空虚を埋めようと強まる気持ちばかりが一夏の中で暴れて、心を掻き乱す。

 

誰かに心中を吐き出して楽になりたいと思うも、この事は他言無用であると厳重に言われている。

それというのも、事態が国際的問題に関わる事であり、この事件が極秘裏に調査されているからだ。

 

 

大切なものを守る為に、強くなりたかった。だけど、一番守りたかった”家族”を奪われて、平静でいられる訳がない。

『……それでもだよ。僕の事で怒ってくれるのは嬉しいよ? でも、それと皆に心配掛けることは違うでしょ?』

「でも……だけど………だからって!!」

一夏はクシャリと顔を歪め、瞳から溢れそうになる想いを必死に抑える。

 

少しずつでも変わろうとしていく中で、決意を言葉にして、未来を掴もうと―― ハッピーエンドに行こうとする道を奪われて。

 

それを、どうして受け入れろというのか。

 

 

 

『…… 一夏』

「………」

このロッカールームは男子専用状態。

そして、このIS学園に男子生徒は一夏しかいない。つまり、ここに入ってくる人間はいない筈なのだ。

 

 

意識だけの存在となった春斗は、周囲の気配に鋭敏だ。その春斗が、すでに近距離までの接近を許した。

そして、その距離でも足音一つ、衣擦れ音一つさえしない。

まともな生徒や職員が、そんな事をする訳がない。

 

 

 

3――

 

2――

 

1――

 

 

 

「ッ――!!」

一夏は振り返りざまに、手刀を振るう。

 

 

パァンッ!

 

 

「―― っと、いきなり危ないなぁ」

立っていたのは、IS学園の制服を着た女子。その手にした扇子が、一夏の手刀を受け止めている。

「……誰ですか?」

リボンの色から見るに二年生。クセッ毛なのだろうか、セミロングの髪が外に跳ね、その口元は薄くつり上がっている。

 

全体に余裕を感じさせる印象が、人を落ち着かせる雰囲気を感じさせる。

「さぁ、誰かしらね?」

しかし、そのイタズラっぽい微笑みはそれとは逆の、ある種の不安さを与える。

それは何をされるかも知れないという不安―― 良く言えば神秘性。悪く言うなら、不透明さ故の不安感。

 

その女子は扇子をスッと引いて、口元に寄せる。

「んふふ」

含んだ笑いと共に、クルリと彼女は踵を返す。

 

「今日のところは顔見せ。それじゃあね」

「え――、ちょっと?」

一夏が呼び止める間もなく、女子は行ってしまう。と、不意に足を止めた。

「あ、そうそう。そろそろ急がないと……遅刻よ?」

「っ……!?」

壁に掛けられた時計に目をやると、授業開始1分前。

『一夏、彼女が!!』

「あッ!!」

しまったと思った時、その女子はすでに姿を消していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それで、遅刻した言い訳はそれで終わりか?」

グラウンドには、静かな怒りに満ちた織斑千冬が待ち構えていた。

「えっと、ですから……見知らぬ女子がいきなりロッカールームに入ってきて……」

「―― で、その見知らぬ初対面の女子と、人気のないロッカールームで遅刻する程、話をしていたと?」

「いや、色んな意味で合ってるようで違うんですけど……ていうか、変な強調してないですかね!?」

「―― デュノア。高速切換(ラピッド・スイッチ)の実演をしろ。的はこの馬鹿でいい」

「えぇっ!? ちょ、千冬姉―― ってぇ!!」

「織斑先生だ。デュノア、さっさとしろ」

一夏の頭に容赦なく、拳骨が落ちる。

 

『ねぇ、春斗……? その人ってどんなだったの?』

『そうだねぇ。今まで会ったことのないタイプだったね……こう、飄々としているっていうか……』

『美人だった?』

『うん、美人だったね』

『………』

『………』

『………………』

『…………あ、あれ?』

「え、えっと……シャルロット……さん?」

ガシャン。と、気が付けばシャルロットはIS 《ラファール‐リヴァイヴ・カスタムⅡ》を展開して、その手にマシンガンを握り締めていた。

「では、織斑先生。早速始めます」

「あぁ」

「ちょっと待ったぁっ!!」

『何!? いきなりどうしたの!?』

 

「一夏……?『春斗……?』」

「『な、なんですか……?』」

「最早、退路はないよ?」

「なっ……!?」

ハイライトの無い瞳でそう告げるシャルロットに、対して一夏は白式を慌てて展開して、一目散に逃げる。

 

「アハハ、逃さないよ~?」

 

シャルロットはトリガーを引きながら、それを追いかけた。ドップラー効果の笑い声は、なかなかに恐ろしい。

 

 

 

「シャルロットさん、次は私ですわ」

「そんじゃ、その次ね」

「では私がその後だ」

「介錯は私がしてやろう」

「織斑君、ファイトー」

 

「お前ら、何なんだよぉおおおおおおっ!!」

その叫びは、銃撃音と爆発音によって掻き消えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

翌日。時間は昼休み。

昨日の一件が原因か。不機嫌な箒達には睨まれ、ただでさえ気苦労が多いのに、更にそれを倍プッシュ。

「はぁ……」

そら、溜め息も出るというものだ。

『一夏、溜め息は幸せを逃がすよ?』

「お前が言うと、色んな意味でシャレにならんぞ?」

『そうかな?』

「……そうだよ」

あの一件の後でも、春斗の様子は変わらなかった。勿論、本当にそうなのではない。

千冬も一夏も、とても強いショックを受けているせいで、自分までが落ち込む訳には行かないと、必死に踏ん張っているのだ。

 

だからこそ、春斗はそのダメージも耐えられている、というのが正しいのかも知れない。

 

 

 

廊下を食堂に向かって進む途中、一夏は不意に足を止めた。

果たしてそこには、一人の女生徒が立っていた。

「改めて……はじめまして、織斑一夏くん?」

その女生徒は、昨日のように口元を扇子で隠し、微笑み混じりの瞳を向けていた。

「あっ、昨日ロッカールームにいた……!?」

その女生徒は、まるで舞台役者の様にバッと扇子を開いた。そこには『唯我独尊』の四文字。

「私はこのIS学園の生徒会長、〈更識 楯無(さらしき たてなし)〉。君にちょっとお願いをしに来たの」

「生徒会長……て、更識!? まさか、更識さんの……?」

「妹がお世話になってるわね」

言われてみれば、確かに簪と面影が良く似ている。尤も、簪はどこか大人し過ぎて暗い印象を与えるが、楯無にはそれがない代わりに不透明さ故の不安感が拭えないのだが。

 

「今、ちょっと失礼なことを考えたでしょ?」

「いえ、そんな事は。それで……俺にお願いっていうのは?」

「う~ん……放課後、生徒会室まで来てくれるかしら? 話はそこでするわ」

「ここでは出来ないんですか?」

「しても良いけど……ちょっと長いからね。せっかくのお昼休みだし、しっかりとご飯を食べてきなさい」

パタン、と扇子を閉じて前のようにクルリと踵を返して楯無は去っていく。

 

「……だったら、放課後に来れば良かったんじゃないか?」

『最近は放課後、すぐに帰るからじゃない?』

「……一体、何の用なんだろうな?」

一夏は疑問を抱いたまま、楯無の消えた廊下をただ見送り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後。

一夏は早速、生徒会室へと向かった。

 

「………」

ドアの前に立って、一夏は僅かばかり逡巡する。

 

IS学園生徒会長・更識楯無。

例えるなら、薄霧の向こうに真意を隠しているような。そんな相手の誘いに、このまま乗って良いものか。

 

『大丈夫。いざとなれば学園のシステムを乗っ取ってでも何とかするよ』

「……そうならないよう、生徒会長には気を付けてもらいたいな」

心からそう願って、一夏はドアをノックした。

 

「はい、今開けますね」

 

と、室内から声がして、ガチャリと鍵が外された。重厚な開き戸がゆっくりと開いていく。

 

重要物の置かれている部屋は基本、センサー式のオートロックが掛けられる為、入室も制限されている。

この生徒会室の場合、生徒会役員が鍵を保有しており、それ以外の生徒は中の役員に開けてもらう事でのみ入室できる。

つまり、開けてくれたこの女生徒も生徒会の一員ということだ。

 

開けてくれたのは三年生。眼鏡と三つ編みという、ある意味黄金バランス的組み合わせだが、野暮ったくなく、むしろ理知的な印象を与えている。

 

「あなたは……織斑一夏君ね。会長、お客様ですよ」

「あら、随分と早く来てくれたのね。おねーさん、嬉しいわ」

入口正面。今時紙の書類に囲まれ―― 訂正。埋もれていた生徒会長が顔を出した。

 

(うつほ)ちゃん。お茶をお願い」

「はい、お嬢様」

「もう、お嬢様は止めて。ここは学校なのよ?」

「失礼しました、会長」

何処か含んだ笑いを浮かべて、虚と呼ばれた女生徒は頭を下げ、生徒会室隣に備え付けの給湯室へと向かった。

 

 

「まぁ、お掛けなさい。お茶はすぐにでるから」

「はぁ……」

室内には比較的簡素ながら、応接セットなんて物も置かれている。

そのソファーに腰掛け、一夏は室内を見回す。

役員用デクスは、使われていないだろう物を含めて4つ。壁際の大きな棚には、幾つものファイルが収められている。

 

整理整頓はしっかりと行き届いている辺り、先程の三年生の仕事だろう。

間違っても、楯無の仕事ではないと断言できる。

 

「………」

一夏は春斗を守るために、他者の振る舞いに対して自然と注意を払う癖が付いていた。

その癖が楯無の動きを注視し、彼女が少なくとも一般の家に生まれ育ったのではない事を感じていた。

 

少なくとも堅気の家ではない気がしたが、妹の簪にはそういったものを感じなかったので、その辺りが判断を付けられない原因であった。

そんな一夏の内心を見抜いているのか、楯無は微笑を絶やさないまま、向かいの椅子に座る。

 

「さて、早速だけど……ここ最近のIS学園で起こった問題……君はどう思うかしら?」

「どう、って……?」

「三ヶ月程の間に、すでに三回も行事が中止になってしまっているこの事態、君はどう思うかって聞いているのよ?」

「知りませんよ、そんな事……」

「その中心に必ずいる君が、それじゃ困っちゃうのよね~」

「ただの偶然ですよ」

一夏は内心イライラしていた。正直、今の一夏にとってたかが行事の中止程度、どうでもいい話なのだ。

楯無は余裕の色のまま、しかし鋭さを増した瞳は一夏をしっかりと捉えていた。

「君はもう少し、自分の立場を理解するべきね。言い方は悪いけど、世界唯一のケースである君の身柄は、とても貴重なの」

「………」

男で唯一ISを動かせる事になっている自分が貴重で、ならば拐われた春斗に価値はないというのか。

双子として生まれて、それでその扱いの差は何だ。そんな価値を誰が、どんな権利があって決めたというのか。

楯無が悪いわけではない。しかし、心中の苛立ちは増すばかりだ。

「なのに君は何時も事態の中心にいる。だから、私が君を鍛えてあげるわ。だって、君は余りにも弱んだもの。せめて自分の身ぐらい守れないと」

「……要りません」

二人の視線が交差する中、虚の淹れたお茶が目の前のテーブルに置かれるが、一夏の視線は楯無を捉えたままだ。

「遠慮する事はないわ。私も君にお願い事をするんだから、これはその代わりっていうだけよ? 」

「……話はそれだけですか? なら、俺は帰らせてもらいます」

これ以上は話しても無駄だと、一夏は席を立った。そんな一夏に対して、楯無はその瞳を鋭く細めた。

「もう一度言うわね。君は弱い。だから大切な者を守れないのよ」

「っ……!?」

その言葉は、一夏の心を容赦なく抉る。動揺を顔に出さないように、必死に堪える。

「何が……言いたいんですか?」

まるで何かを知っているかのような口ぶりに、一夏は無意識に拳を固めていた。

それに気付いて、楯無はクスリと笑った。

「私が君を強くしてあげる……今より、少しは戦えるように。ISでも、生身でもね」

「……そこまで言うんだったら、会長の実力を見せて下さいよ」

不敵に微笑む楯無に、一夏は宣戦布告する。

「俺と……勝負してもらいます」

「うん、いいよ」

間髪入れず、あっさりと楯無は了承する。

元より、それが狙いだったのだと一夏はすぐに悟ったが、それもすぐにどうでも良くなった。

 

四の五の言うよりも、この方が分かりやすいし、これ以上は下らない言葉を聞きたくはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

場所は移り、ここは畳敷きされている道場。

二人の姿は制服ではなく、白の道着に紺色の袴姿になっていた。

 

ルールは単純にして明快。

一夏は楯無を一度でも床に倒せば勝ち。楯無は一夏が続行不可能にさせれば勝ちというもの。

 

ルール上では一夏が圧倒的有利だが、しかし――。

 

 

「グゥッ! ……っ!?」

掴みかかった腕を逆に取られ、したたかに畳に叩きつけられる。強烈な圧迫感に肺から空気が吐き出される。

そして頸動脈に、楯無の手刀が突きつけられる。

「はい、これで一本」

余裕の表情のまま、楯無はその手を引く。

 

『強いね……流石に言うだけある』

「……クソッ」

一夏は息を整えつつ体を起こす。

篠ノ之の道場では刀を使えない状況を想定して無手の技も教えていた。なので、腕は錆び付いていながらも、多少なら自信はあったのだがこのザマだ。

まずは小手調べと一手目は動いたが、これは相当気を引き締めてかからないと、相手の歯牙にも掛からないだろう。

 

一夏の中で最も強い存在―― 千冬と対峙するように、意識を高める。

 

 

すり足で間合いを詰め、一気に踏み込む。

「フッ――!!」

「甘い」

楯無は苦も無く繰り出した一撃を弾き、そのままカウンターで一夏に打ち込む。

「ッ!!」

苦悶の表情を浮かべるが、それでも喰らうことを覚悟していれば耐えられる。

逆にその手を取り、足を刈り取るべく動く―― が。

 

 

ズダァンッ!!

 

 

「がはっ……!?」

その足を逆に払われ、一夏の体が空中に舞って重力のままに落ちる。

「はい、これで二度目」

眼前に拳を突きつけ、宣告する。『これで、あなたは二度死んだ』と。

 

 

「くそ、マジで強い……」

『並じゃないとは思ってたけど、ここまでとは……』

 

再び立ち上がった一夏は、今度は迂闊には動けないとばかりに、楯無との間合いを慎重に計る。

無闇に動いても届かない以上は手を出せないと、一転して膠着状態になる。

 

「あらあら、来ないの? それじゃ……こっちから――― 行くわよ」

「『っ!?』」

どん、という踏み込みの音が一夏の前でした。

そこには、一瞬で懐に飛び込んだ楯無。

 

恐ろしいほど見事な、すり足からの踏み込み―― 古武術における 《無拍子》と呼ばれる技法である。

 

拍子とは律動(リズム)

例えば拳を打つには腕を引き、腰を捻り、そして打つという流れがある。この流れが律動と呼ばれるもの。

 

この拍子に合わせるのが《当て拍子》。意図的にずらすのが《打ち拍子》と呼ばれるものだ。

 

そして無拍子とは、その律動(リズム)を零にする業。

律動=予備動作を消すことで、相手に自分の拍子を知らせず、対処をさせない。

それによって相手の律動に空白を生み出す事で、隙を生み出させる。

 

 

とん、とん、とん。

 

 

肘、肩、腹に流れるような掌打。反射的に一夏の体が強張る。その一瞬を突いて、双掌打が胸を打った。

「がっ……!?」

「足元がお留守よ?」

空気が強制的に吐き出せられ、一瞬視界が白む。

その瞬間、一夏の足が払われてそのまま切り替えして投げられた。

 

受身も取れないまま、一夏は三度目のダウンとなった。

 

 

「どう? まだ、続ける?」

着崩れ一つなく、汗一つもかかず、楯無は涼し気な様子で一夏に尋ねる。

 

「まだ、まだ……!」

「あら。頑張る男の子は好きよ」

「っ……」

『一夏、無理をしないで』

『大丈夫だ……この程度、屁でもねぇ!』

投げの時に指打ち―― 《貫き》を受けてしまい、全身が麻痺したように力が入らないが、それでも一夏は体を起こした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ……っ!」

あれから七度。

一夏は一度として届かない。ボロボロになりながら、それでも一夏は立ち上がる。

「ふぅ……頑張るわねぇ。でもね、勇気と無謀は違うのよ?」

楯無は動いて乱れた襟を直し、肩をすくめる。

 

最早、楯無の目にも一夏に力は無い。それでも立つのは、只の負けん気によるそれでしかない。

 

楯無は告げる。今までと同じように、しかし霧の向こうに隠れた真意を少しだけ覗かぜて。

「君は弱い。とても、滅茶苦茶にね。だから、今の君には何も守れない」

「………」

「代表戦の時も、トーナメントの時も……そして銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)の時も、君が生き残れたのは本当に幸運だったからよ」

「………」

『この人、何で福音の事を……? あれは関係者以外に口外されていない筈なのに……!?』

「……?」

そういえばとおかしいと、一夏は思い出す。何故、その事を楯無が知っているのか。

 

「今のままじゃ……お兄さんも取り戻せないわよ?」

『なっ……!?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今、何を言った?

 

 

この目の前にいる人物は何を言った?

 

 

俺が、春斗を取り戻せない?

 

 

いや、その前に………何故、春斗の事を知っている?

 

 

 

 

 

 

――― そんなの、一つしか無いじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……った?」

「……?」

「あいつを……春斗を何処にやった……?」

「え……? ちょっと待って……何を?」

「あいつを、何処へやりやがったァああアアアッ!!」

激高し、一夏が踏み込む。楯無が、その速さに一瞬驚きの表情を浮かべる。

 

篠ノ之流にも、無拍子に似た業がある。

それは相手の律動の最初―― 一拍子の前、すなわち『零』を狙って仕掛ける。

 

篠ノ之流古武術裏奥義 《零拍子》。

 

 

楯無が距離を合わせようと半歩下がる。それよりも早く、一夏が腕を掴む。

「―― 甘いね」

が、肘に辺りを打ち込み、そのまま半身を撚る。その勢いで一夏の体を引き、そのまま肘打ちを胸に。

 

ズシン。という衝撃が一夏を襲う。が、それでも一夏は止まらない。

 

(打点を逸らされた……!?)

 

打ち込んだ際、一夏も反射的に半歩踏み込み、その流れで打撃の威力を逸らしていた。

そのまま一夏は楯無の奥襟を掴み、そのまま膝を腹目掛けて打つ。

 

「……っと!」

手を挿し込み、直撃を防ぐ。と同時に少しばかり体を浮かせてその威力を逃がす。

だが、その一瞬を一夏は見逃さなかった。

「っ……!?」

掴んだ奥襟を引き、強引に引き戻す。合わせがズレて、その下に収められていた彼女の豊かな胸部が晒される。

「ちょっ……!」

「おぉおあああああああああああああっ!!」

普段ならば、一夏もそれに目を奪われていただろう。だが、今の一夏には”敵の姿”しか見えていない。

 

全てを削ぎ落とし、唯一つ―― 《家族を奪った敵を討つ》。その事だけが一夏を突き動かす。

 

握り締められた拳が容赦なく、楯無の顔目掛けて振り下ろされる。

 

 

「――っ!!」

此処に至って、ようやく楯無は理解した。自分が、とんだ逆鱗に触れてしまった事を。

 

一夏の瞳に見えるのは純然たる敵意、そして殺意。とんだ怪物が顔を見せたものだ。

 

 

「―― ゴメンね」

楯無は繰り出されたパンチを片手で受け止める。そのまま伸び切った腕に足を絡めて、しっかりと”足場”を作る。

 

 

――― ストンッ。

 

 

もう片方の足が、一夏の顎を打ち抜いた。

グラリと崩れる一夏の体。楯無は拳から離した手を畳に付き、足を下ろすと同時に倒れる一夏の体を支える。

 

 

 

「――― がぁああああっ!!」

「――ッ!?」

突如、一夏が楯無に跳びかかり、体重を掛けた腕でその首を押し潰さんとした。

 

まさか完璧に顎を打ち抜かれて、まだ動けるというのか。

楯無が今度こそ、驚愕の表情を浮かべる。

 

 

 

「………?」

しかし、そこから一夏は動かなくなった。

 

楯無がその体を横に下ろすと、糸の切れた人形のように一夏は畳の上に倒れ伏した。

 

 

 

「参ったわね……これは、引き分けかしら?」

油断をしていた訳ではない。ただ、覚悟の差だった。

 

 

楯無は一夏に自分の力を認めさせて、コーチを勤めようとした。

 

そして一夏は、自分を兄を奪った敵と思い込み、それを倒そうとした。

家族を―― 兄を取り戻すために。

必死覚悟の相手をするには、楯無の方が足りなかったのだ。

 

 

 

 

 

それにしても、と思う。

 

 

織斑一夏。

今はまだ、彼は弱い。

 

だけど、本気の集中力を見せた時の動き、反応には光るものがあった。

彼を鍛え上げた時、どれだけ強くなっているか。それを想像しただけで、楯無は身震いする。

 

 

その片鱗は、畳に付けられた背を伝った―― 一筋の冷や汗が見せていた。

 

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