「……ぅう……?」
呻き声と共に、一夏はうっすらと瞳を開く。
未だぼやける視界に見えるのは、木製の天井だった。
「あ、気が付いた?」
ボヤけたままの視界の上に、逆さまの顔がひょいと覗き込んできた。
誰だろうか? と、一夏は数秒ばかり考え―――。
「っ――!!」
ガバっと、弾かれたように体を起こした。
「っ……うぇ……ぇえっ!?」
途端、頭がぐわんとして、吐き気が込み上げる。そのまま畳にバッタリと倒れた。
「もう、いきなり起きるからよ? もうちょっと寝ていなさい」
「煩い………俺は……!」
『一夏、ちょっと待って』
『……春斗?』
『この人、少なくとも敵じゃないと思う……』
『……何でだ?』
『一夏が気を失ってから三十分位経ってるけど……その間、一夏の看病してた。もし僕の体を奪った犯人なら、そんな事すると思う?』
『そんなの、油断させる為だろ?』
『気を失ってる相手を? そもそも、そんな事しなくても一夏を倒せたのに? それに』
『まだあるのか?』
『わざわざ僕のことを言って、警戒させてたんじゃ意味が無いと思わない?』
『………なるほど、確かに』
冷静に考えて見れば、おかしな話だ。
誘拐した組織――犯人と見た場合、楯無の行動には矛盾している点が多い。
だからといって、味方であるという事にはならないが。
亡国機業とは別組織―― 利害的に、今はこちらと敵対していないだけという可能性もあるのだから。
「そんなに睨まないで頂戴? ちゃんと説明をするから」
そんな一夏の内心を見透かしたのか、楯無はクスリと笑った。
一夏と楯無は、互いに向き合うようにして座す。
「まず、私が君の事情を知っているは、偏に”更識”という家柄にあるの」
「更識……」
「詳しくは言えないけど……私の家は代々、この国の守護者たる家なの。だから、亡国機業の動きには目を光らせていたのよ。織斑くんのお兄さんの事も、その関係で知ったの」
「亡国機業……国際的テロ組織……そんな連中がどうして春斗を?」
「それは分からないわ。だけど、次に何かしらのアクションを起こす可能性は高い……君に対してね」
楯無は真っ直ぐに、一夏を見据えて言う。
「敵は狡猾。その尻尾をそう易々と掴ませてはくれないわ。だからこそ、相手が動いた時こそ……こちらのチャンスでもある」
「……っ!?」
敵が姿を見せる時、そこから現状を打破できる可能性がある。と、楯無が告げると、一夏は目を見開いた。
曇天の切れ間から陽光が差しこむように、見失っていた道標がそこに見えた気がした。
ドクン、と心臓が強く跳ね、体が熱を帯びる。そして逆に脳内は冷たく、そして冴えていく。
「だけどその時、君が弱いままだったらそれを逃してしまうかも知れない。もし大丈夫だったとしても、その時に自分以外の誰かと一緒で、その人を守らないといけなかったら? そのせいで、千載一遇の好機を逃してしまうかも知れない……それが、最初で最後のチャンスだったとしても……」
「………」
戦いは何時も、万全の時に来るとは限らない。
自分一人なら、身を守る程度は出来るかも知れない。だが、それでは足りないのだ。
もし、その場に箒やセシリアといった戦える誰かなら良い。だがもしかしたら、そうでないかも知れない。
今のままで届くのか? そう問われれば、一夏には「YES」という言葉は無かった。
「だから私が君を鍛えてあげる。どれだけの時間があるかは分からない……でも、それでも……それだけで届くかも知れないし、届かないかも知れない……それが例え0,1%、薄紙一枚程度の可能性でもね」
ならば、一夏に選ぶ道など無い。そんなのは必要ない。プライドなど要らない。それと引き換えにして”家族”を救えるのなら安いものだ。
「……っ!?」
『一夏……っ!?』
楯無が驚きに目を見張った。
一夏はその額を畳に擦り付け、どこまでも深く頭を下げていた。
「会長、俺を……鍛えて下さい! 俺は、強くならなきゃいけない!!」
必死に叫ぶ。手にしなければならないものの為に。
「……そんなに叫ばなくても良いわ。そもそも、君を鍛えるのは私のお願いを聞いてもらう代わりでしょ?」
「……あ、そういえば。会長のお願いって……?」
今更思い出したとばかりに、楯無に尋ねる。
「う~ん、正確には君にじゃなくて………君の中のもう一人の君。天才と謳われた”織斑春斗”博士にね」
「『……っ!?』」
その言葉に二人は驚愕する。そして楯無は、悪戯が成功した子供のように笑った。
「言ったでしょう? ”事情を知っている”ってね♪」
「『………』」
掴みきれない楯無に二人は頭痛を覚える。だが、一つだけ分かった事があった。
「取り敢えず、詳しいことは明日にしましょう。今日はもう帰って体を休めない。それじゃあね~」
この、人をおちょくったような態度は―― 間違いなく素だ。
「………」
『………』
結局、頭痛は消えないのだった。
寮に帰った一夏は夕食も取らず、シャワーを浴びてすぐにベッドに倒れこんだ。
『しかし……僕に頼み事ってなんだろうね……』
「さぁな。でもまぁ……きっと……何とかな………さ………」
『………おやすみ、一夏』
静かに響き始める寝息に、春斗もまた意識を鎮めたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌日の朝。食堂では、箒を始めとした何時もの面々が顔を揃えていた。
酷く間の抜けた顔を、ではあるが。
「……どういう事ですの?」
セシリアが、何とか言葉を発する。
その視線の先には、何時にも増して大盛りの食事を掻き込む一夏の姿。
とてもではないが、昨日と同じ人物の食事風景とは思えない。
「………ふぅ!」
お茶を一息に飲み干して、一夏は嘆息する。
昨日の昼以降、何も食べていなかったせいで、流石に空腹がきつかった。
『とはいえ……これは食べ過ぎじゃない?』
『大丈夫だよ。今日から気合入れ直すには、これ位じゃないと足りないさ』
『やれやれ……』
春斗の呆れ気味の声を聞きつつ、一夏は膳を下げるのだった。
午前の授業は殊の外、集中できた。
実習は無くて座学ばかりだが、それでも今の一夏には今まで以上に必要なものだった。
もしかしたら、今やっている所が何かしらの助けや閃きに繋がるかも知れない。
そう考えただけで、一言一句も聞き逃せなかった。
そうして今は昼休み。”春斗”は廊下を歩いていた。
『で、何しに行くんだ?』
『勿論、情報収集だよ』
『情報収集?』
『生徒会長・更識楯無の情報だよ。まさか一夏、彼女の話を鵜呑みになんてしてないよね?』
『いや、それは……』
『……はぁ、やれやれ』
鵜呑みにしていたか、と春斗は嘆息した。
『確かに、会長の話は辻褄は合うかも知れない。でも、それの裏付けを忘れちゃいけないよ』
『裏付けって………だからか?』
『そ。だから……ここなのだよ、ワトソン君?』
見上げた視線のその先には―― 【1‐4】。
つまり、更識 簪のクラスである。
『さて……ここ数日の彼女は、整備室か教室にいる事が多いらしい』
『何でだ?』
『多分、彼女のIS 《打鉄弐式》が関係してるんだろうね……っと、いたいた』
教室を覗き込んでみると、室内は人が疎らであった為、すんなりと簪を発見した。カタカタと、メカニカルタイプキーボードを集中して叩き続けている。
『それじゃ、行きますか』
早速、春斗は教室に足を踏み入れた。
簪は空中投影式モニターを注視していた。思い出したかのように時折、サンドイッチを齧り、再びキーボードを打つ。
「やぁ、こんにちわ」
「………」
「………」
「………」
「………」
じ~~~~~~~っと、ただ只管に簪の反応を待ち続ける春斗。その目力に、簪が折れた。
「…………何か?」
「お、やっと返事が返ってきた。こうして話すのは今日が初めてだね、更識さん」
「もしかして……春」
「おっと、その名前は禁句だよ? それは……ISの駆動系制御プログラムだね.もしかして、打鉄弐式のかな?」
「……あなたには関係ない」
「まぁ、確かに僕にはどうでもいい事だね」
そう言って肩をすくめる春斗に、簪はジト目を向ける。
「どうして……此処に……?」
「君に、ちょっと聞きたいことがあってね……」
「……?」
「更識楯無。君のお姉さんの事を、少しばかり聞かせて欲しいんだ」
「……!?」
その名を聞いた途端、簪の雰囲気が変わる。まるで火の消えた蝋燭のように、その表情を暗くした。
「どうして……そんな事……聞くんですか?」
「昨日、お姉さんに会ってね? その時ちょっと気になる事を聞いたんで、その確認をしたいだけだよ」
どうやら、姉に対して何か思うところがあるらしい。それに気付かないふりをして、春斗は続ける。
「更識の家って代々、この国を守ってるって聞いたけど……本当?」
「……大まかに言えば……間違ってない……けど」
実際はそんな綺麗な話ではないのだが、その辺りをいちいち言う気もないのか、簪はそのままにする。
「そうか……じゃあ、お姉さんの苦手な物嫌いな物ダメな物洗い浚いピンからキリまで教えてくれるかな?」
「あなたは人の姉に何をするつもりですか!?」
「何気ない会話の中における話題の札にして、交渉事における主導権(イニシアチブ)を取る為のカード?」
「端的に言うと?」
「脅迫材料」
「本当に何をする気なの!?」
簪は思わず立ち上がった。
「やだなぁ、交渉事にブラフは付き物だよ?」
「ブラフどころか、ハッキリと脅迫って言いましたよね!?」
「おっ、更識さんはなかなか良いツッコミをするね~」
「っ………」
簪は自分が教室中の視線を集めていることに気が付き、ガタンと音を立てて椅子に座った。
「……お姉ちゃんは天才で……何でも出来る。お姉ちゃんは完璧だから……苦手なものなんて無い…………貴方と同じ」
「は……?」
「あなたの作ったプログラムを見ました。プログラム”真打”……例えるなら、薄紙一枚も入らない程に完璧だった……お姉ちゃんも同じ」
「……なるほど、よく分かった。君は、お姉さんの事を何にも知らないんだね」
春斗は簪の言葉を聞いて、呆れ気味に溜め息を吐いた。
その言葉に、簪がキッと睨む。
「あなたに何が分かるの……? 天才で……何でも出来て……そんな人には分からない……分かりっこない……! いっぱい努力して、ようやく出来ることを……何の苦も無くあっさりとやってしまう……そんな人には、出来ない人の気持ちは分かりっこない……!」
「……完璧な人間なんて、世界中を探したって一つの場所にしかいないよ?」
「……?」
「―― ここ。つまり、
春斗は自分の頭を指差して言った。
「昔から、誰かのことを完璧だとか言う奴は……その人の事を全然知らない人間ばかりだ。知らないから、自分の脳内に勝手な完璧像を作り出す……今の君みたいにね」
そう言って、苦笑しながら肩をすくめる。
「天才であることは否定しない。そこまで自分を過小評価するつもりはないからね。でもね、完璧なんてものとは程遠い人間だよ、僕は」
「………」
「僕は昔から体が弱くてね、一年の内で、病床に伏している時の方が多いんじゃないかってぐらいに体調を崩しては、一夏や姉さんに迷惑をかけていた。それに加えて、今はこんなだしね……」
「……!?」
「天才なんて言われてる人間は皆、何処かしら歪んでいるものさ。まぁ、隣の芝生は青く見えるものだし……仕方ないんだろうけどね。それじゃ、邪魔してごめんね」
春斗は簪に背を向けて、教室を後にした。
それを驚きと困惑に満ちた瞳で、簪はその背を追っていた。
その日は結局、簪がこれ以降の作業をする事はなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
放課後。
清掃を終えた一夏は生徒会室へとやって来た。目的は勿論、生徒会長に会う為だ。
コンコン。
「は~い。どちらさまですか~?」
「……?」
『何か、聞き覚えのある声が……』
ドアをノックすると、中からロックが外される。ドアを開けて顔を見せてくれたのは一夏らのよく知る顔であった。
「おぉ~、おりむーだぁ」
「のほほんさん……?」
『布仏さん……何で?』
布仏本音。一夏と同じクラスの少女。彼女が何故、生徒会室に居るのか。そして何故、鍵を開けられたのか。
その謎は、すぐに明かされることになる。
「本音、お通ししなさい」
「は~い、お姉ちゃん。さぁさぁ、ようこそ生徒会室へ~」
中から掛かった虚の声に、本音がそう答えた。
「………お姉ちゃん?」
『お姉ちゃんって……』
まさか? いやそんな事が? などという失礼極まりない疑問が湧き、一夏は尋ねた。
「あの~、先輩の名字って?」
「ん? あ、ちゃんと自己紹介していなかったわね。私は三年の
「でもって、今はお姉ちゃんと一緒に、生徒会やってま~す」
「……あぁ、やっぱりそっか」
『IS学園生徒会……その運命は先輩にかかっているんだね、分かります』
「あ~、今すごく失礼なこと考えたでしょ~? おりむー、ひどーい!」
プクーっと頬をふくらませて、文字通りのふくれっ面を見せる。
「いやいや、あはは……ところで会長は?」
誤魔化すように、虚に尋ねる。
「会長は恐らく職員室でしょうね。何か用があると言っていましたから。どうぞ、掛けて待っていて」
「すみません、布仏先輩」
「虚でいいわ。布仏だと、本音と同じだから分からないもの」
「分かりました」
「もしくは~、『おねーちゃん』って呼ぶと良いんじゃないかな~?」
「いや、それはダメでしょ?」
なんてやり取りをしていると、生徒会室のドアが開いた。
「あら、もう来ていたの?」
「……どうも、生徒会長」
姿を見せた楯無に一夏がおじぎをすると、楯無は何故かクスリと笑った。
「そんな畏まらなくて良いのよ? 私のことは楯無、もしくはたっちゃんでも可よ?」
「は、はぁ……じゃあ、楯無先輩」
「な~に、おりむー?」
「………すみませんが、普通に呼んで下さい」
「あらあら……それじゃ、一夏くん。早速だけど一緒に来てくれるかしら?」
入ってきたばかりのドアを開けて、楯無が言う。
「虚ちゃん、こっちはお願いね」
「はい、行ってらっしゃいませ」
出て行く楯無に恭しく頭を下げる虚。一夏もその後に続いて、生徒会室を後にした。
楯無に連れられてやって来たのは、IS整備室。
各アリーナに併設する形で設けられているその施設は、二年から追加される 〈整備課〉クラスの為の施設であるが、許可さえあれば一年でも使用可能である。
ここは、使用許可された第二アリーナの整備室だ。
「ここで何をするんですか?」
「うん? ちょっと素敵なことかしら?」
といって、楯無はやおら制服のボタンを外し始めた。
「なっ!? 何をしてるんですか!?」
「何って、制服を脱いでいるのよ?」
「そんなのは見れば分かりますよ!!」
「いやん、エッチ♪」
『うわぁ、引っ叩きたい』
などとやっている内に、楯無がポイっと制服をついに脱いでしまった。
とっさに目を逸らす一夏だったが、チラリとその肢体が視界の端に見えた。
「………あれ?」
「フフッ。何を想像しちゃったのかな~? おねーさんに教えてくれるかな?」
制服を脱いだ楯無は、ISスーツ姿になっていた。どうやら下に着込んでいたらしい。
「はぁ……何でもないです」
ホッとしたような、残念なような。そんな曖昧な感じの溜め息を一夏は吐いた。
「さて、ちょっとこれを見てくれるかしら?」
「……?」
何だろうかと思う一夏の目の前で、楯無は”ISを起動させた”。
海のように蒼い光に包まれ、楯無がISを展開させる。
そうして現れたのは―― 一風変わったISだった。
基本、物理装甲の少ないISにおいても更に少ないアーマー。ウエストアーマーはドレスのそれの様であり、そして薄いヴェールのような物がその身を包み込んでいる。
そして左右一対で浮いている水晶体―― 《アクア・クリスタル》。
「専用機……」
一夏がポツリと零す。
「そう。これが私の専用機【
「ミステリアス・レイディ……でも、それがどうしたんですか?」
「実はね……このISは未完成なのよ。とはいえ、時間さえ掛ければ夏休み明けには使い物になるでしょうけど……問題は、事態がそこまで待ってくれるのか……?」
「……つまり、そのISを春斗に完成させて欲しいって事ですか?」
「えぇ。とはいえ、機体そのものはほぼ出来上がっているから、後はプログラムの修正とチェックだけなんだけど……これがまた、時間の掛かる作業なのよ……乙女の夏は一度しか無いっていうのに……シクシク」
などと泣きまねをする楯無に、一夏は苦い顔をした。絶対、そんな事思ってないだろうと。
「……それで、織斑博士としては……この提案に乗っていただける?」
『春斗……』
『………』
”春斗”は少し考えて―― そして”言った”。
「―― 分かりました。ただし、僕が関わった事実は”何処にもありません”から」
「えぇ、勿論」
「それともう一つ。博士と呼ぶのはやめて下さい」
「どうして? 将来を期待される若き天才”織斑春斗”には相応しいと思うけど?」
「……博士は、ちょっとジジ臭い」
「……なるほど、それは確かにそうかもね」
肩をすくめる春斗に、楯無はケラケラと笑った。
「さてさて。早速、これを使う事になるとは思わなんだ」
春斗はパチン、と指を鳴らした。すると空中に突然、左右四対のマシンアームが現れる。
ISの腕に良く似たそれは、臨海学校から戻ってきた春斗宛に束から贈られてきた物であった。
「これは……何?」
「篠ノ之束謹製移動ラボ【
「中国神話の蚩尤と、それが作ったとされる武器ね……なるほど、豪くシャレがきいているわね?」
ちなみに、
「それじゃ、始めますね」
そう言って、春斗は作業に入る。
マシンアームの指先から幾つもの小型機器が現れ、春斗の思う通りに動いてIS装甲を取り外していく。
そこにコネクターを挿し込んで、手元の空間投影式モニターを見ながら、同じく投影式キーボードを恐ろしい速度で打ち込む。
その速度に一夏はいつも通りと思い、楯無は驚きに僅かばかり眉が釣り上がった。
「……そういえば楯無先輩?」
「な、何かしら?」
僅かなりとはいえ、動揺している処にいきなり声を掛けられたので、何時もの調子で返しきれずに楯無は答えた。
「先輩って胸大きいですね。サイズ、幾つですか?」
「………え?」
予想外どころか、何だこのセクハラ満載一直線な質問は?
しかも、もの凄く淡々と尋ねてきている辺り、その事を自覚していないのか?
だが、それならそれで、ここからこちらのペースに引き込んでしまえと、楯無は瞬時に思考した。
「あらあら、気になるなら見ても良いわよ~?」
何処から出したのか、扇子で口元を隠してニタリと笑う。
「じゃあ、遠慮無く」
「……え?」
ところがどっこい、織斑春斗はそんな思考の斜め上を突き抜けた。
じ~~~~~~~~~~~っ。
「……いや、確かに見ても良いとは言ったけどね、そこまでハッキリ見られるとは思わなかったんだけど……」
一切のブレなく、春斗の視線が楯無の胸部に注がれている。しかも恐ろしいことに、その状態でありながらキーボードを打つ速度が全く変わらないのだ。
というのも、片方の目でモニターを、もう片方で楯無の胸を見ているからだ。
というか、どっちがメインだ。
「……ふぅ」
と嘆息して、春斗が視線をやっと外した。
「あ、あら……もう良いの? 別にもっと見ても良いのよ?」
などと余裕を見せつつ、しかし楯無は内心でホッとしていた。
流石に、男子に胸部をジッと見られ続けるというのは落ち着かなかった。
「いえ結構です。そもそも、大きさなら山田先生の方が上ですし、虚先輩や布仏さんも負けないくらいありますし……ぶっちゃけ、見飽きました」
「………」
ベキッ、という音が持っていた扇子から響いた。
この野郎、とことん人をおちょくりやがるか。そういう事なら、こっちだって考えがあるんだぞ。
「あ、ちょっとそのまま動かないで下さい」
「っ……!?」
楯無を牽制するかのようにマシンアームが動き、スラスター部のユニットをヒョイヒョイと取り外していく。
顕になった内部に、幾つもの細かな機械が入り込んで中を弄る。
「ここがこうで……こうして………こんなもんかな?」
数分して、マシンアームはユニットを元通りに組み直した。
「さて、後は……」
春斗は再び、キーボードを打ち続ける。
その顔は真剣そのものであり、その表情の前に楯無は結局、今は何も出来ないと悟る。
(フフフ、後を覚悟しておきなさい……)
自分をコケにしてくれたお礼は、相応にしてやろうと楯無は心に誓うのだった。
そうして一時間ほどが経つと、春斗は徐にIS装甲を元に戻して、マシンアームを引き下げた。
「う~~~~んッ! 疲れたぁ……!」
思いっきり背伸びをして、春斗はコキコキと首を鳴らした。
「お疲れ様。ちょっと休憩する?」
楯無はISを戻して、そう尋ねる。
「そうですね。少しばかり疲れました……ん?」
春斗は足に、何かが当たったのに気付く。なんだろうかと拾い上げてみる。
『春斗……これ、ISのじゃ?』
「内部機構用のビスだね」
ビスと言ってもIS用なので、大ネジと言っても過言ではない。
「ちょっとちょっと。それ、ミステリアス・レイディのじゃないわよね?」
「大丈夫ですよ。僕がそんななミスする訳―― ッ!?」
突然、春斗の表情が歪んで、その手からビスが床に落ちる。
「っ……?」
春斗はじっと右手を見つめる。ギュッと握っては開き、何かを確かめるように動かす。
『春斗、大丈夫か?』
「どうかしたの?」
「……いや、ちょっとばかりつったような感じが……もう大丈夫」
グッグッと、右手をストレッチして、軽く振ってみる。
「ところで、ミステリアス・レイディの完成までどれぐらい掛かりそう?」
「え……?」
「出来るだけ早く完成できるように時間は作るけど……これでも多忙なのよ」
「いや、もう完成してますよ?」
「だから予定も調整しない…………と?」
と、楯無がピタリと動きを止めた。何やら信じられないものを見ているような視線を、春斗に向けている。
「今、何て言ったのかしら……?」
「だから、ミステリアス・レイディはもう完成しましたから、先輩がチェックしてくれれば何時でも使えますよ?」
「……そ、そうなの? じゃあ、そうね……折角だから、ミステリアス・レイディの調整結果も見たいし……良かったら、付き合ってくれるかな?」
「僕は良いですけど…………ん、一夏も良いそうです」
「なら、アリーナの方に出ていてくれるかしら? ここの片付けは、おねーさんがしておくから。ね?」
「分かりました。じゃあ、お願いします」
春斗は落としたビスを再度拾ってボックスの中に放り込むと、整備室を後にした。
「まさか……ここまでとはね」
楯無は今までとは打って変わって、鋭い眼差しをしていた。
その先にあるのは、春斗によって一気に完成させられた、ミステリアス・レイディのデータ。
自分の手でも完成させる自信はあったが、それはあくまでも時間を掛ければの話だ。
それが一時間程度の時間で完成に導くなど、流石の彼女もこれには驚かされた。
臨海学校では、束と二人がかりとはいえISのプログラムを数分程度の時間で再調整してしまったという。
「これなら……確かに狙われてもおかしくはないわね」
篠ノ之束が失踪して以来、”もう一人の天才”織斑春斗は、日本にとって貴重な存在であった。
だが、情報として知っているのと、こうして目の当たりにするのとではやはり違う。
この才能、この能力。亡国機業が狙うには充分過ぎる理由だろう。
しかし、それは同時に奪還が非常に困難であろうことを示唆していた。
「やれやれ、面倒な事になりそうね……」
この後に待っているであろう事態に、楯無は嘆息するのだった。
さて、第二アリーナではぶつかり合う二機の姿があった。
鈴の駆る甲龍と、シャルロットのR-リヴァイヴ・カスタムⅡである。
「もらった!!」
一瞬の隙を突いて双天牙月を投擲。一気に接近する。
シャルロットは飛翔してきた双天牙月を撃ち落とし、すぐさま鈴に銃口を向ける。
「遅いっ!!」
それよりも早く鈴が距離を詰める。迎撃は間に合わないと判断したシャルロットは銃を引いて、シールドで繰り出された拳を受けた。
「くっ……!?」
瞬間、衝撃がシャルロットを襲った。吹き飛ばされはしないものの大きくよろめく。甲龍の腕部に装備された小型衝撃砲 《崩拳》による至近距離攻撃だ。
「まだまだぁっ!」
鈴は落とされた双天牙月を拾うと同時に、龍咆を放つ。
「やらせないよ!」
放たれる弾雨を躱しつつ、シャルロットもショットガンで鈴を迎撃。至近距離での射撃戦が展開された。
「ふむ、なかなかやるな」
「相性もあるのでしょうけど、中距離は鈴さんが、至近距離はシャルロットさんが苦戦していますわね」
そんな様子を冷静に観察するラウラとセシリア。
「おっ、やってるわね~」
「遅れてすまん」
そして、そこにやって来たのは箒と織羽。
そして二人の決着がつく頃、もう一人が姿を現した。
「久しぶりな気がするな……ここも」
『実際に、数日ぶりだけどね』
アリーナのピットに、一夏が姿を現した。