IS〔ツイン・ソウルズ〕   作:犬吉

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第37話  彼女の想いと姉弟の心

 

「はぁ……やれやれ」

春斗は溜め息を吐きながら、アリーナステージの穴埋めをしていた。一夏の白式はダメージが軽くなく、修復させる為に完全待機状態にあるので、裏白式で絶賛穴埋め作業中である。

 

「はい、これで最後だよ」

「ありがとう、シャル」

埋める用の土を持ってきたシャルロットに礼を言いつつ、それを受け取る。

 

 

 

あの後、バトルロイヤルは壮絶な決着を見せた。

 

箒の雨月がラウラに直撃し、ラウラのレールカノンがセシリアを吹き飛ばし、セシリアのレーザーライフルが鈴を撃ち抜いて、鈴の衝撃砲が箒をぶっ飛ばした。

 

 

結果、全員ノックアウトドロー。

絶対防御発動と共に、ぱったりと意識を失って地面に落ちた。

 

 

さて、大変なのは後に残された者である。まずは、この惨状を何とかしなければならない。

幸いにしてピットには四人いるので、一人ずつ運べば問題無い。

『おねーさん、ちょっと用があるから帰るわね♪』

と、考えた矢先に書置きを残して更識楯無逃亡。残ったのは一夏とシャルロット、そして織羽。

さて、ここで問題なのは三人に対して運ばなければならないのが四人。

必然的に、誰かが二人運ぶ計算である。そこ、誰か呼んでくれば良いとか言ってはいけない。バトルロイヤルが始まった時点で、アリーナからは生徒が一斉逃亡するネズミの如く、撤退を完了してしまっているのだ。

 

「仕方ないな。俺が二人運ぼう」

「いや、僕が運ぶよ」

「いやいや、シャルロットにそんな……女の子に二人も運ばせられないって」

「いやいや大丈夫だよ。これでも力はあるんだよ?」

「……じゃあ、ここはあたしが運ぼうかな?」

「「どうぞどうぞ」」

「お約束だって分かってたよ!!」

なんてやり取りがありつつ、織羽が二人を本当に運ぶことになった。

 

「もう、あたしだってか弱い女の子なんだけどなぁ~」

などとブツブツ言いながら、しかし箒とセシリアという二人を両肩に担いで寮まで運んでいく姿は、か弱いという言葉の意味を辞書で調べるべきだと、突っ込まずにはいられない光景だったりした。

 

四人を寮に運んで、今度はアリーナステージの修復である。

織羽は四人の制服を寮に運ぶ為、別行動。シャルロットは春斗の手伝いでそれぞれ行動する運びとなった。

その裏に、織羽の気遣いがあったことは言うまでもない。

 

 

 

「……これでよし、と。ありがとう、シャル。助かったよ」

埋めた穴をしっかりと均して、春斗は深々と息を吐く。こういった作業はし慣れておらず、シャルロットの助けは大いに有り難かった。

「ううん。これぐらい全然。むしろ……二人っきりになれたからラッキーかなって……思ったり」

「……そういえば、トーナメントが終わってからこっち、全然そんな事無かったっけ」

「何時も、誰かしらがいたからね……」

学年別トーナメント以降、一夏の周りは賑やかであった。春斗も早々表に出れず、出れる時もフォローの出来る鈴やラウラが一緒の時ばかり。

シャルロットと二人だけ、というのは本当に無かった。

 

(臨海学校の時の約束も、束博士の乱入でうやむやになっちゃってたしなぁ)

 

臨海学校の行きのバスで、シャルロットと二人で泳ぐ約束は、束による紅椿騒動で叶えられなかった。

更に福音事件が続いたせいで、シャルロットがその事を思い出したのは学園に戻ってきてからだ。

 

その時の彼女の絶望、想像するに難くないだろう。

 

とはいえ、その時は春斗も強奪事件のせいで思い出す余裕が全く無かったのだが。

 

 

どこかで埋め合わせをしないとと思っていると、シャルロットが此方をじぃっと見ている。

「どうかした?」

「えっと……少し聞きたい事があるんだけど……良い?」

「答えられることならね。何?」

シャルロットの眼差しは真剣で、何だろうかと春斗も背を正す。

 

「どうして、楯無会長に鍛えてもらうことになったの?」

「……それは会長も言ってたでしょ? 交換条件で、ある事の代わりに一夏を鍛えるって話になって……で、一夏は会長の強さを見て、自分から教えてもらうよう頼んだって」

「うん、それは聞いたよ。僕が聞きたいのはね……そこまでして(・・・・・・)一夏が強く(・・・・・)なろうとする理由(・・・・・・・・)の方」

「……!?」

「確かに、もう国家代表が決まってる会長に教えを乞うのはおかしく無いよ。でもね、昨日までの一夏はまるで、道が分からなくなった子供みたいだったのに、今日の一夏はその逆。自分が進む道を見つけて邁進しようとしているみたいだった」

「………」

「もしもその変化と、会長に鍛えてもらう事が関係しているなら……そこにある理由(・・)は何? 僕が知りたいのはその事なんだ」

 

シャルロットの瞳には戸惑いの色を浮かべる春斗が映り、春斗の瞳には何処か寂しげな面持ちのシャルロットが映る。

きっと教えてもらえない事を、話してくれない事を気に病んでいるのだろう。

 

聡いシャルロットの事だ、知らぬ存ぜぬを押し通したとしても、言えない事情があると察してくれるだろう。

だが、それは余りにも不義理ではないだろうか。春斗は少しばかり悩み、そして口を開いた。

 

「ごめん。まだ、言えないんだ」

「……そんなに厄介な事が起きているの?」

「しかも相当にね。一夏はまぁ、どうにかなったけど……あぁ、千冬姉さんも何とかしないと……はぁ、悩む暇もないね」

春斗は千冬の状態を思い出し、頭を抱えた。こればかりは、自分が何とかしないといけない事だ。

 

「……春斗は、平気なの?」

「え……?」

「一夏や織斑先生があんな風になって……春斗だけ平気、って事は無いんじゃないかって……」

「どうなんだろう……僕自身は、ただ単に分からないだけかも知れないね?」

「春斗……」

そう言って苦笑する春斗に、シャルロットは何故か強く胸が締め付けられた。

まるで、今にも消え入りそうな程に、弱々しく見えてしまった。

「っ……!」

だから自然と体が動いていた。伸ばした手が春斗の手を握る。

「どんな事情があるかは分からないけど、これだけは忘れないで。僕は何があっても春斗の味方だから……春斗の為なら国だって捨てるし、世界中を敵にしたって構わない……!」

「シャル……!?」

「今の僕があるのは、春斗が居てくれたから。だから、僕の全部は春斗のものだから……だから、僕は!」

「シャルッ!」

「ッ!!」

強く名を呼ばれ、シャルロットがハッとして我に返る。いつの間にか、自分が春斗の胸にすがっているのに気が付く。

「ごっ、ごめんッ!!」

顔を真赤にして、シャルロットは春斗から離れる。背を向けて顔を見えないようにしてから、自身の頬に触れる。そこは、火がついたように熱かった。

「っ……!」

その頭に、ポンと手が置かれる。そのまま優しく、髪を滑っていく。

「ありがとう、シャル。今はまだ話せないけど……でもきっと、僕らだけじゃ届かないと思う。だがらその時が来たら(・・・・・・・)、シャルの力を遠慮無く借りるよ」

「……うん」

背中越しに届く言葉と、撫でられる心地良さに顔がますます赤くなり、胸の中を暖かものが満たしていく。

 

アリーナに、完全退出を告げるアナウンスが流れる。

「おっと、そろそろアリーナ閉鎖時刻だね。急ごう」

「うん。ところで、その事は皆には言うの?」

「聞かれたら答えるけど……聞かれるまでは言わない。というか、いちいち言いたい内容じゃないしね」

「……そうだね」

 

二人は退出するべく、急いでロッカールームへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

帰寮すると部屋でシャワーを浴びて、食堂で夕食を済ませる。ちなみに箒達四人は、未だにノックアウト中である。

 

自室にて、春斗は待機形態の白式と特製PCとをコードで接続して、モニターにデータを呼び出す。

「えっと、白式のエネルギー系……あぁ、出力系が酷いな。唯でさえエネルギードカ食いの機体なのに、これじゃあロスが多過ぎる。特にカノンモードが酷いね」

『やっぱ、そうなのか?』

強力な武装と攻撃力を誇る為、出力系の割り振りが大きくなっている。だが、その振り分け方が余りにも大雑把なのだ。

スラスター出力も、福音に対する為にだろう。とにかく出力重視でバランスが悪い。

こんなんで良く戦えたなと呆れ半分、感心半分である。

「ISって、操縦者を理解して行くと、最後は操縦者そのものになるっていうし……まさに一夏だね」

『まさにって、どういう意味だよ!?』

そんな一夏の反論を黙殺して、春斗はデータの問題となる部分を摘まみ上げていく。

「ISは超精密機械だから、最適化とかに頼り過ぎない事。自己進化もしたままにしとくと、こんなんなっちゃうからね? 一夏もしっかりと覚えておくように」

『……はい、頑張ります』

元々、白式と裏白式のデータは春斗が一人で処理し続けていた。

だが、これからを考えれば、一夏も多少なりとも覚えなければならない。

 

「ここのシステムプログラムと、このエネルギーバイパス系プログラムはこっちの回路をかませて……」

『……ん?』

「雪羅のエネルギー回路がこう繋がってるけど、こことここをカットして、代わりにこっちを繋げると……」

『…………んん?』

「……一夏?」

『んん??』

「分かってないでしょ?」

『おう! さっぱりだ!!』

「自信に溢れる回答をしないでくれるかな!?」

一夏の男らしいダメ宣言に、思わず声がデカくなる。

『と、ところで……あれ(・・)はどうなってるんだ?』

一夏はごまかし混じりに、気になっていた事を聞いた。

あれ(・・)……? あぁ、”月華白雪”の事だね。えっと……一応、それ用プログラムがそれぞれに構築されてるから、本気でやろうとすれば多分、あれになれると思うけど……」

『プログラムって、どんなんだ?』

「イメージ的にはね………凸と凹」

『……は?』

「いや、実際はもっと複雑なんだけどね……本当にそんな感じなんだって。要は僕と一夏の意識が合致するのをトリガーにして、発動するみたいなんだ」

『……俺さ、あれだけはそんなにホイホイ使わない方が良い気がするんだ。なんつーか、強すぎる力って絶対にデメリットとかってあるだろ? 福音の時だって、使った後に俺は倒れちまったし』

「……うん、僕もそう思う。あの力は本当に、”切り札”って感じだからね」

 

 

月華白雪。

表と裏。白と黒の白式が量子融合して誕生する、恐らくは現時点で世界最強のIS。

コアの共鳴起動。そして搭乗者の意識が混ざり合って一体となる事で可能となる、大出力と超反応。

絶対的機動力と制圧力は、専用機六機を相手にして尚、それを圧倒した銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)をも瞬殺した。

 

だが、限界を遙かに超えるその力は、最強であると同時に諸刃の剣。

二人の感じる嫌な予感は、間違っているものでは決して無い。

 

 

「まぁ、これに関しては出来るんだって事を分かっていれば良いと思うよ?」

『そうだな。本気で使う時もあるかも知れないし、それぐらいの方が気が楽だ』

「じゃあ、話を戻そうか」

『ぎゃふん』

 

てな訳で、エネルギー回路の構成に関する講義はまだまだ続く。

 

 

――コンコン。

 

 

一夏の意識が限界を迎えそうになった頃、ドアがノックされる。

「はい?」

春斗と入れ替わった一夏がドアノブを回す。と、開かれたドアの向こうにいたのは千冬だった。

「千冬ね―― 織斑先生?」

「少し邪魔するぞ?」

返事も聞かず、千冬は一夏を押し退けて室内に足を踏み入れる。

「え? ちょっと、織斑先生!?」

『いきなりどうしたんだろう?』

一夏が慌てて千冬を追うと、千冬はしげしげと室内を見回していた。

「ほう、綺麗にしているんだな」

「いや、これぐらい普つ………ってぇ!?」

言い切る前に拳骨が飛んできた。非常に理不尽である。

『一夏、大丈夫?』

「ぐぉおぉぉぉ……っ!」

頭を押さえてうずくまる一夏を尻目に、千冬はベッドに腰をお下ろす。

 

「一夏。春斗と代われ」

「つぅ~……何で?」

「何でもいい。さっさと代われ。そしてしばらくの間〈海岸〉まで下がっていろ」

「へいへい……………で、”僕”に何か用なの?」

「……あぁ、まぁな」

「………何か飲む? まぁ、僕が淹れるのは紅茶くらいだけど……」

「いや、いい」

「そう?」

キッチンに行きかけた春斗は戻って、椅子を引いて座る。

「………」

「………」

沈黙。カチ、カチという秒針の音だけが室内に響く。千冬は居心地悪そうに、組んだ足を何度も直している。

どちらもが黙ったまま数分が過ぎて、春斗は仕方なく切り出す。

「……姉さん、聞いて欲しい事があるんだ……奪われた僕の体の事を」

「……!?」

ハッとして顔を向ける千冬。その顔は何処か弱々しく、まるで今にも泣き出してしまいそうに見えた。

「あのね、僕は――」

「言うなっ!!」

いきなり声を荒らげて千冬が立ち上がる。そのまま春斗の肩を、これでもかという程に強く鷲掴みにする。

「痛っ……!」

「何があってもお前の体は取り返す! 何があろうと、必ず私が助けて見せる!」

「ちょっと待って、姉さん! 何を……!?」

春斗は何とか宥めようとするも、千冬の必死な訴えは止まらない。

「あぁ、そうだとも! 私が……私がこの手で絶対に守ってみせる! だからお前は何も心配しなくて良いんだ!!」

「姉さん、一体どうしたの!? 幾ら何でも、ちょっとおかしいよ……!?」

「っ……!? す、すまない……少しばかり、滅入っているようだ……」

今度は火が消えたように、千冬はベッドにガクリと腰を落とした。

「姉さん。もしかして……僕が諦めてるとか思った?」

「いや、そうは思っていないが……」

千冬は俯き気味の顔を上げる。その瞳は、何時もの強い意思を秘めた輝きは失せていた。

「春斗……お前は不安ではないのか?」

「……っ!?」

 

不安ではないか。

 

その問いかけに、春斗はずっと感じていた違和感―― ”不安”に初めて気が付く。

 

自分の体が奪われ、帰る場所を失い、その先にあるのは消え去る 《自分という存在》。

不安でない筈がない。自分自身の事なのだから。

「……そっか。僕は”不安”なんだ」

一夏や千冬の事ばかりを気に掛けて、そこまで気が回らなかったと今更に気付き、つい苦笑してしまう。

「春斗……?」

「……うん、不安はあるよ? でも大丈夫。それ以上に負けん気があるから」

ニッと笑って見せる。不安に負けない、負けてやるものかという意思を込めて。

「一夏はもう、進み始めてるからね……僕が不安から逃げる訳には行かないでしょ?」

最も近しい同性で、ある意味恋敵でもある存在(一夏)にも、負けたくない。

「……そうか。私は……駄目だな。どうしても嫌な方にしか考えが向いてくれない」

そう吐き出す今の千冬は、まるで触れれば壊れてしまいそうな程に儚く見えた。

「―― 姉さん」

「っ――!?」

春斗はその体をギュッと抱き締める。かつて、鈴が自分にしてくれたように。

 

「姉さん……僕は姉さんが好きだよ。ずっと僕達を守ってきてくれて……きっと、いっぱい苦しい事とか呑み込んできたよね。でもね、大丈夫だから……」

「………」

「だから、苦しいなら吐き出してよ? 悲しいなら泣いてよ? 僕たちは姉弟で……家族なんだから」

「………」

「僕も一夏も、まだまだ頼り無いかも知れない。でも、それでも……家族を守りたいって気持ちだけは……本気だから」

 

心に浮かんだままを言葉にして、吐き出していく。飾る言葉は要らない。ただそれだけで良い。

きっと、想いはそれだけで伝わるから。

 

「……バカ者が」

胸の中の千冬が、ポツリと零す。その声はいつもの―― 姉である人の声だった。

 

千冬の手が伸びて頬にそっと触れて――。

「――!? イタタッ!?」

頬をギューッと引っ張られて、春斗が悲鳴を上げる。

「半人前のくせに、言うだけは一人前だな、ん?」

「ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ! 生意気言いました! ごめんなさい~っ!!」

「……ふんっ」

千冬が鼻を鳴らして解放してやると、春斗は少しでも痛みを和らげようと、すっかり赤くなった頬をさすった。

 

「全く……弟に甘える程、私が弱いとでも思っているのか?」

「でしたら、部屋の掃除も甘えないでやって欲しいね」

「……それとこれとは話が別だ」

「舌の根も乾かぬ内に!?」

理不尽極まりない千冬の言葉に、春斗は驚愕する。

 

 

 

―― ただ、その顔はどちらも笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「邪魔したな」

「ううん。久しぶりに話せたから良かった」

「……そうか」

千冬は、少しだけ嬉しそうに口元を歪める、が、それはすぐに戻った。

「春斗。何があろうと、お前の体は取り戻す……例え何者をも敵に回そうともだ」

「……ありがとう、姉さん」

「礼を言われる事ではない。家族なのだから……当たり前の事だ」

千冬がそう言い残して部屋を後にした後、春斗はギュッと右手を握りしめた。

 

 

姉の言葉に勇気を貰い、春斗は不安に襲われる自分を奮い立たせる。

 

次のアップロードで必ず目覚めると誓ったのだ。それが出来なくても一夏の中には戻らないと決めたのだ。

今更、消えることに不安を感じる意味など無い。

 

要は、体を取り戻して目覚めれば良いだけだ。やる事は、たったそれだけ。

 

 

それが―― それだけが、どれほどに困難かなどは、思考する理由にもならない。

 

やる以外に、選択肢()など無いのだから。

 

 

 

 

 

 

 

廊下を歩く千冬は、自身の不甲斐なさに憤りを抱いていた。

春斗を慰め、勇気づけるつもりであった筈が逆に慰められて、何と情けない事か。

 

そもそも、本当に慰めるつもりであったのだろうか。それさえも、今になれば怪しいものだ。

 

「全く……全然、私らしくないな」

 

元より、行く道は一つしかないのだ。今更、足踏みする意味などあるものか。家族を守る為ならば修羅にも、夜叉にも、喜んでなろうなろうではないか。

 

神仏を信じ、祈る心など持ち合わせてはいない。邪魔をするならば、世界をも斬り伏せて、運命さえも捩じ伏せてみせる。

 

己の望む未来は、力尽くで奪い取る。

 

 

それが―― 織斑千冬の決めた道なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

時刻は丁度、一夏が春斗の講義を受けていた頃。

「………」

夕食を終えたシャルロットは、ベッドに転がっていた。

着ているのは、部屋着兼用のパジャマ。白のネコミミフード付きの可愛らしいパジャマだ。

これは以前、ショッピングモールへ買い物に行った際、一夏のアドバイス(?)を受けて買った、対春斗用の品だ。

 

これを着て甘えた声の一つでも出せば、春斗も猫まっしぐらだ。そこの人、「猫はシャルロットだろう?」とか言ってはいけない。

 

ともあれ、あの後は臨海学校も近かったので、着るのは戻ってきてからだと決心。

そしていざ、となったら一夏の様子が変わってしまっていたせいで見事に空振ったのであった。

 

 

 

 

閑話休題。

 

シャルロットは天井を見上げながら、ふとアリーナでの事を思い出していた。

「春斗……大丈夫なのかな?」

いつもの春斗なら、あんな風に勢い任せに暴走した後は大抵、その事を誂われたりするものなのだが、今日はそれがなかった。

 

(そう、何時もの春斗だったら………)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ところで、さっき言ったのは本心なの?』

『え……?』

『僕の為なら、世界を敵に出来るとか、シャルの全部は僕のものとかっていうのさ……本心で、あんな事言ったの?』

春斗の瞳は、まるで獲物を定めたかのような歪な光を宿して、シャルロットを映す。それに捉えられて、シャルロットの胸は何故か強く跳ねた。

『ほ、本心だよ……本気で、そう思ってるから……』

ドキドキとする鼓動と、締め付けられるような苦しさの中で、シャルロットは何とか言葉を紡ぐ。

『……ふぅん』

『あっ……』

意地悪く笑う春斗は、指一本でシャルロットの顎を持ち上げる。そしてそのまま、唇をシャルロットの耳に寄せた。

『じゃあ、証明してみせてよ?』

『証……明……?』

『シャルの身も心も、全部僕のものだっていう証明。どうすれば良いか……分かるよね』

クスクスと笑いながら、春斗はその指先をシャルロットの唇に這わす。

『僕は強制しないから……どう言えば良いか、自分で考えて?』

『そ、そんなの……分からないよ……』

『ウソだね。本当は分かってるんでしょ? ほら、心に浮かんだままを口にしてご覧?』

『……ぼ、僕は……僕の全ては……春斗のものです』

『……それで?』

春斗はその続きを促す。

『だから、春斗のどんな命令も……絶対に聞きます………あぁ、恥ずかしい……!』

羞恥に顔を染めて、息が荒げ、しかしそんな自分に恍惚の情が溢れるのを感じる。

『よく言えました。そんないい子には、ご褒美を上げないとね……』

『えぇ……っ!?』

背徳の興奮に打ち震えるシャルロットに、春斗は優しく囁く。

『いっぱい甘えるのと、いっぱいイジメられるの……さぁ、どっちが良い?』

『えぇっ……!?』

『選べないの? 仕方ないね……じゃあ、いっぱいイジメて、いっぱい甘えさせてあげるよ……クスクス』

『ま、待って……ここでなんて……!』

『ダメだよ。さぁ、その手を退けて……』

『あぁ……そんな………!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…………っ!? ~~~~~~~~~~っ!?!?」

恍惚の溜め息を吐いてから、シャルロットはハッとした。

今、自分は何を想像した? 虐められて辱められて喜ぶとか、明らかに普通ではない。

そもそもそんな事を春斗はしない。せいぜいからかう程度だ。なのに、あれではまるで、自分は春斗にああして欲しいという歪んだ願望を抱いているようではないか。

 

「~~~~~~っ!!」

 

恥ずかしさの余り、ベッドの上をゴロゴロと転がり、枕をバスバスと叩く。

顔が火を噴いたかのように真っ赤になっているのは、鏡を見なくても良く分かった。

 

「違うんだ! 僕は普通にデートとかして、普通にお話とかして、手を繋いだりとか、腕を組んだりとか……とにかく、そういう普通のが良いんだ!!」

そう言いながらも何故か脳内では、明らかに普通とは真逆の状態にいる自分がハッキリクッキリと浮かぶ。

 

『いっぱいイジメて、いっぱい甘えさせてあげるよ……』

 

「………ふふ」

 

リフレインした言葉に、つい笑いが零れた。そしてまた、ハッと我に返って、ゴロゴロとベッドを転がる。

 

 

「駄目だ! 少し外に出よう!!」

このままでは、何処までもおかしな思考しか出来ないと悟ったシャルロットは、拳を固めて立ち上がった。

こういう時は、風呂に入るのが一番良い。しかし寮室備え付けのシャワールームでは同じ事になるだろう。

 

ならば、大浴場だ。あそこなら不特定多数が出入りするし、空間が広いので、きっとおかしな思考をしたりしないだろう。

 

そう決断するや、シャルロットはバスタオルと洗面用具一式を抱えて、大浴場へと向かった。

 

 

 

 

 

廊下を、まるで追われる者が急ぎ逃げるような足取りで進んでいくシャルロット。

 

その途中、シャルロットとすれ違った一人の生徒(ピ○チュー)がいた。

「あれ~、でゅっちー?」

急ぎ行くシャルロットに、首を傾げたのは同じクラスの布仏本音。因みにでゅっちーとは、シャルロットに付けられた彼女専用の愛称(本人未公認)である。

「あら、本音? 何突っ立てるの?」

「あ~、たっちんだ」

本音は織羽を見つけるや、着ぐるみパジャマの尻尾をパタパタとさせて、その耳をピョコピョコとさせた。そのメカニズムは未だに解明されていない。

 

「そうだ~。ちょっと聞きたい事があるんだけど~?」

「何?」

「えっとねぇ…………ま、いっか~」

「……何よ、それ」

面倒臭くなったのか、本音は思考そのものをぶん投げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

何時もならば人が多い筈の大浴場は、シャルロット以外に利用者は無かった。

時間的にも少し遅いせいだろうかと思いつつ、シャルロットは体をざっと洗うと、サウナルームに入っていた。

もうもうと上がるスチーム。全身の毛穴が開いて、汗が滴り落ちていく。

この全身の細胞が熱を帯びていくような感覚が、シャルロットはとても好きだ。普段は意識しない感覚までもが目覚めて、活性化していく気がするからだ。

 

それと、この灼熱地獄から解放された時の、あの全身に感じる冷たい風も好きだ。

滴る汗をシャワーで流し、生まれ変わったようになる、あの感覚も最高だ。

 

こうしてスチームの中に身を晒していると、あの淫猥なる思考も溶けて消えていくようだ。

 

「はぁ……」

自然と溜息が溢れる。それに合わせてサラサラとした汗が頬から顎へ伝い、そのまま首を通って、胸の間を滑り落ちていく。

「んっ……」

それが偶然にも彼女のヘソに触れた瞬間、くすぐったさに声が出てしまう。

 

既に30分程が経過している。そろそろ一度出るべきだろう。

シャルロットは汗の滴る髪を掻き上げて、立ち上がった。

 

 

ガチャリとドアを開けて大浴場へと出ると、脱衣場に繋がるガラス戸も開いた。

 

 

「「………え?」」

 

入ってきた人物とシャルロットは、互いの姿を見た瞬間、同じような声を出した。

 

 

タオルを持った、細身ながら引き締まった筋肉。女子とは違い、丸みを一切帯びていないその体。

 

「しゃ、シャル……?」

「………は、春斗?」

偶然か。はたまた神の采配か。互いの最も重要かつ見られてはならない部分は、タオルが上手く隠していたりする。

 

だが、そんな事は本人達にとってそれ程に意味を成してはいない。

裸の異性が、そこにいる。それだけで充分過ぎるのだ。

 

「うわったぁ!?」

一足先に我に返った春斗が、慌てて後を向く。

 

そしてその背に、『バタン』という音が聞えた。嫌な予感がして振り返ると――。

「っ!? シャル!?」

顔を真赤にして、床に倒れたシャルロットがいた。逆上せたせいだろうか、鼻血が出ていた。

 

 

 

「しっかりして、シャル!! 大丈夫!?」

必死に呼びかける春斗の声を遠くに聞きながら、シャルロットは何故、大浴場に自分以外の生徒がいなかったのかを理解した。

 

 

今日は”男子の大浴場使用日”なのだ。

 

(そりゃ、女子が居ない筈だよねぇ……)

 

などと思いながら、シャルロットは意識を手放したのだった。

 

 

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