脱衣場で、タオルに身を包んだシャルロットと春斗が背中合わせでベンチに座っていた。
「えっと……ゴメン、まさか入っているだなんて思わなくて……」
「ううん。僕の方こそ……今日が男子使用日だって、すっかり忘れてて……ごめんなさい」
「いや、僕の方こそ……脱衣場にある服に気付けば……」
「っ……!? そ、それはダメッ!!」
「あ……っ!」
春斗は自らの失言に気付く。脱いだ服に気付くという事は、つまり脱いだ下着も見てしまうという事だ。
「……ごめん」
「……ううん」
互いに俯いたまま、ポツリと零す。
二人の顔は羞恥に染まり、なんとも言えない沈黙が脱衣場を支配した。
特にシャルロットは、意識を失っている間に浴場から脱衣場まで運ばれており、その間に何があったかを考えただけで、また意識を失いそうになった。
(み、見られた……んだよね………ぅっ!?)
想像しないようにと意識する度に、明確にビジュアルが浮かんでしまう。引いた血がまた逆上ってしまい、クラっとする。
「っと、大丈夫!?」
その気配に気付いた春斗が、咄嗟にシャルロットの体を支える。
「っ……!」
「ッ……!」
サッと目を逸らす春斗。シャルロットも、また俯いてしまった。濡れた髪が滴をしたたらせる。
「えっと……あのね………シャル?」
「な……何……?」
「その……責任は……ちゃんと取るから」
「えっ……?」
「嫁入り前の女の子の裸を見ておいて……責任取らないのは……最低だし」
「そんな……僕だって、春斗のは……裸……見てるし……そんな事言うなら……僕の方こそ……責任取らないと……」
実際は一夏の体であるが、そこは敢えて無視する。
「……じゃあ、お互いに責任取り合おうか?」
「………え?」
何を言ったのかを理解する前に、シャルロットの体がグラリと揺れる。
背中にベンチの感触が伝わり、シャルロットは自分が押し倒されたのだと理解した。
「は、春斗……!?」
「目を閉じて……それがキスのマナーだよ?」
おかしい。幾ら何でも唐突過ぎる。しかもこのパターンは、過去に何度かあった気がする。
「待って、春斗……!」
「シャル……」
そうだ。このパターンは―― 確実に夢オチだ。
触れそうになった瞬間に目が覚めて、そこはきっと部屋かどこかで。
そうしてまた、がっかりして、しょんぼりしてしまうのだ。
これが自分の脳が生み出した
どうせ、がっかり&しょんぼりするのは同じなのだ。だったら毒を食らわば皿までである。
シャルロットは瞳を閉じて、春斗の首に腕を回した。
「シャル……」
「ん……」
「シャル……」
「んん……」
「シャル……!」
「んん……?」
もうこっちは覚悟完了だというのに、何故か春斗はビクともしない。
自分の夢のくせに、どうして思い通りにならないのか。シャルロットは憤りを感じ、回した腕に込められるだけの力を込める。
「シャル……ッ!」
「んん~~~~~っ!!」
徐々にだが、シャルロットの肘の曲がる角度が上がっていっている。
もう少し、あと少しでシャルロットルート確定だ―― 夢だけど。
「んん~~~~~~~っ!!」
「シャル………ロットォッ!!」
春斗の悲鳴にも似た声に、シャルロットは瞼を開けた。
「・・・・・・・・・・・・・・え?」
ぼんやりとする視界。そこに覆いかぶさるようにして影があった。
伸ばした腕がそれに絡まり、鼻先が触れ合わん距離にあるのは―― 春斗の顔だった。
これはどういう事だろうか? どうせ夢オチと、がっかり&しょんぼりを覚悟完了して、しかし蓋を開けてみれば夢の続きがそこにはあった。
つまり―― これはどういう事だってばよ?
シャルロットは暫くの間、ぼんやりする頭で思考して――
「んん~~~っ」
―― 取り敢えず続きをする事にした。
「―― 起きろ」
ぐぉっちぃいいいいいいいんっ!!
結果、非常に痛い目に遭いました。
「………調子はどう?」
「頭が痛い……物理的な意味で」
ベンチに体を横たる、シャルロットの頭には、ウォータークーラーの水で浸したタオルが乗せられている。
そしてそのシャルロットに、パタパタと団扇で仰いで風を送っている春斗。
(結局……何処が夢で……何処が現実だったのかな……?)
シャルロットが夢だと思った脱衣場での出来事。しかし、シャルロットの格好は夢のままであるし、全部が全部、夢であると言うには些か、リアル過ぎたような気もする。
唯一、全てを知るであろう春斗に聞くという手もあったが、本当の事を言うとは限らないし、それはそれでどうにも負けた気がする。何に、かは分からないが。
悩むシャルロットであったが、しかし体調的にも物理的にも頭が痛いせいで、上手く思考できなかった。
しばらくそうしていると、シャルロットも多少ながら復調した。
「さて、どうしたものかな……? シャル、服は着れる?」
「うん……何とか」
のそのそと体を起こすシャルロット。その体にかけられたタオルがずり落ちそうになったので、反射的に顔を逸らす。
「えと……何か買ってくるよ。 ……スポーツドリンクが良いかな?」
「うん」
未だ春斗がいるにも拘らず、冷えてしまった体を拭き出すシャルロット。春斗は慌てて脱衣場を出るのだった。
「なんていうか……今回は色々危なかった気がする」
『俺はすぐに〈海岸〉まで下がったからよく分からないけど……これは、封印するべき記憶だな』
「まさか、一夏でさえやらかしていないイベントを……まさか、この僕が……っ!」
『その後悔はどういう意味だ!?』
自販機を悔しさ混じりに叩く春斗に、一夏のツッコミが光る。
『まぁ、それはさておき。さっきは危なかったな……色々と?』
「……そうだね」
具体的に危なかった点。
1:倒れたシャルロットを脱衣場まで運んだ。
当然ながら自分は素っ裸。サウナにいたシャルロットの体は火照って、そして汗に濡れており、その体を抱き上げれば必然的に、素肌同士が触れ合ってしまう。
鍛えられていながらも柔らかな彼女の体の感触に、否応無くドキドキとさせられてしまう。
2:シャルロットの体を拭いた。
そのままでは風邪を引くので、置かれてあったシャルロットのバスタオルを取る。その際、彼女の着けていたランジェリーが目に入ってしまったり、拭ける範囲を拭こうと、肩から上や足を拭いた時に、見てはいけない場所が見えかけたりしたが、ギリギリでそれを回避。
3:シャルロットに
上記参照。
「本当……危なかったなぁ」
スポーツドリンクのボタンを押すと、ガタンと缶が落ちてくる。
『春斗。お前は結局……シャルロットの事をどう思ってるんだ?』
「………」
『俺が言うのも変だけどさ……シャルロット、すげぇ良い子だと思うぞ?』
「分かってるよ、そんな事は。……でも、どんな答えを出すにしたって……今のままじゃ、何も言えないよ」
『………』
取り出し口から缶を取り、ギュッと握り締める。
「
そう言って、春斗は少しばかり自虐的に微笑む。
可能性があるとはいえ、それは限り無く低い。そもそも、
一夏はどうかは分からないが、少なくとも千冬や楯無がその可能性に気付いていないとは思えない。
だからこそ、蜘蛛の糸よりも細い
思考は際限無く陰鬱になり、この先には暗い未来以外は無いのではないかと、行く道の全てが闇に閉ざされてしまうかの様な錯覚に陥る。
がらぁん……っ。
「……っと、いけない。落としちゃった」
意識が逸れたせいか、ジュースの缶が床に落ちてしまった。慌てて拾いあげるが、飲み口の辺りが見事に凹んでしまっていた。
「……仕方ない。もう一本買おう」
流石に洗っても、これをシャルロットに飲ませる訳にも行かず、春斗は同じ物をもう一本購入する。
マイナスの思考は結局、何の意味もなさない。
浮かんでしまったネガティブを振り払うように、春斗は脱衣場へと向かったのだった。
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さて、そんな事のあった翌日。
当然の事ながら、平穏無事とは行かなかった。
箒、セシリア、ラウラが「むむむ……」と何かに唸っては、千冬に叩かれるという何時もの1組の授業風景が帰ってきた。それはとても良い事だ。
だがしかし、異変は未だ続いていた。
シャルロット・デュノア。
座学、実習、共に優秀。授業態度は非常に優良。他の面子のように怒られた事は一度として無い。
個性(クセ)の強い1組にあって彼女の存在は、副担任である山田真耶の救いとも言えた。
しかしだ。
「え~、徳川家康が江戸を都に据える際、江戸に様々な呪法を施したのが、天海僧正です。彼は比叡山天台宗のお坊さんで、京都の霊的守護をそのまま江戸に持ち込む為……」
「はぁ………」
「……東の比叡山である”東叡山”。その鬼門を封じているとされた寛永寺ですが、江戸城本丸の位置から丑寅の方角を取れるのは浅草寺であり……」
「はぁ………」
「…………つまり、寛永寺は龍穴と呼ばれる場所を封印しているのです」
「はぁ………」
「随分と溜め息を吐くな……デュノア?」
「はぁ…………」
スパーンッ!!
シャルロットの頭に、初めて落ちた出席簿アタック。その光景に1組は戦慄した。
「いったぁぁぁぁ………っ!!」
まさか、あのシャルロットが。まさか、そんな馬鹿な事が。まさか、これが世界の終幕―― その始まりだとでもいうのか。
ざわざわ。
目にした現実が信じられず、ざわめき出す生徒達。
「さわぐな、静かに――」
キーンコーンカーンコーン。
「あ、授業はこれで終わりですね。次は新宿地下遺跡と皆神山ピラミッドの関係をやりますので、予習を忘れないようにしてくださいね」
「あー、終わったァ!」
「お昼、何にする?」
「あたしはお弁当なのだ~!」
「何だと~っ!? おかずを寄こす事を要求する!」
チャイムが鳴った途端、掌を返したとでも言うか、波が一気に引いたというか、とにかく凄まじい切り替えの早さである。
「あ~、やっと昼休みだぁ……!」
「………」
思いっきり背伸びをする一夏の後頭部目掛けて、出席簿が飛んだ。
バシンッ!
「いってぇ!? 何すんだよ、千冬姉ぇ!?」
「只の八つ当たりだ、気にするな」
「するわっ!!」
打たれた後頭部をさすりながら、一夏は叫んだ。
珍しく正当性100%の主張だったが、しかし何の意味もなかった。
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さて、場所は変わっていつもの如く食堂。雁首揃えたのは何時もの面子。
しかし、昨日と同じく一夏はいない。春斗がまたしても用があると言って教室を出て行ったからだ。
「……織羽、そろそろ下ろして」
という事で、今日は一夏の代わりに簪が参加している。
人数が人数なので、四人掛けテーブルを二つ使って座る。
「ところで更識さん、一つお聞きしたいのですが?」
「……何?」
ずい、と顔を近づけるセシリアに、かき揚げそばのかき揚げをブクブクと沈めていた手を止める。
因みに簪はかき揚げ全身浴派であり、表面はしっとり中はサクサクという黄金比を絶対と主張していたりする。
なので、天ぷらサクサク派であるラウラは、それを見る度にちょっとだけイラッとしていたりする。
「お前の姉、あれは何だ?」
箒がずずい、と顔を寄せる。
「豪く一夏と親しくしていてな……取り敢えずどういう人間かを聞いておきたいのだが?」
ラウラがぐぐい、と顔を寄せる。
「あと、できたら弱点とか嫌いな物とか、洗いざらい教えてくれると有難いわね」
鈴がずもも、と顔を寄せる。
「え……えぇ……!? お、織羽ぁ……!」
四人にドアップで詰め寄られ、簪は困惑の果てに織羽に救いの手を求めた。
「ずず~~~~……何?」
「幼馴染のピンチより、うどんを優先!?」
織羽は思いっ切り月見うどんを啜っていた。
「もう、仕方ないなぁ……ほい」
と、箸で熱々の汁を弾いて、セシリアの頬に当てる。
「―― あっちゃぁ!?」
と、セシリアが反射で動いた瞬間――。
ガンッ!ゴンッ! ガツンッ! ゴキャッ!!
――と、連鎖的に四人が頭をぶつけていった。三人が悶える中で鈴だけが痛打を喰らったのか、頭やら鼻やら押さえて大変な事になっていた。
「簪、これを見てどう思う?」
「すごく……大惨事です……」
さすがは幼馴染、見事な切り返しである。
「……てかさぁ、会長に変に関わろうとしない方がいいよ~?」
頭に大コブを四つも作った織羽が、うどんを啜りながら言う。
「何でよ?」
「あの人、”人たらし”なんて呼ばれるぐらい人を誑し込むのが上手いのよ。誑し込まれたが最後、もう会長の玩具よ……かくいうあたしも、苦労させられたわ……」
「嘘だな」
「大嘘ね」
「あり得ませんわね」
「鏡を見ろ」
「フルボッコ過ぎない!?」
「織羽……昔からお姉ちゃんと一緒になって……やる側だった」
「「「「やっぱりなぁ」」」」
「え? 何、そのリアクション?」
四人のリアクションが納得行かない織羽だったが、華麗に無視された。
「……う~ん」
簪が昨日、春斗に言ったような事を言うと、織羽は微妙な顔をして月見うどんの卵を潰した。
織羽は、『うどんが半分ほどまで減ったら卵を潰して絡めて、汁に溶かす派』である。
この食べ方を、楯無は『そんなのは邪道よ!!』と一喝。結果、大乱闘になって離れが一つ潰れた事は簪の記憶に新しい。
「完璧な人間ねぇ……」
「むぅ……幾ら何でも、それは無いだろう?」
と、鈴と箒も微妙な表情になった。
「そうか? 世の中には織斑教官のような完璧な人もいるだろう?」
ラウラが言うと、二人はことさら微妙な表情になった。
「千冬さんが完璧って……そりゃ無いわ」
「あぁ、間違いなく無いな」
「貴様ら、教官を見縊っているのか?」
不満ありありと、ラウラはスプーンをカレー皿に突き立てる。最近はカレーにハマっているラウラ。今日はチキンカレーである。
「いや、そうではない……そうではないのだが……なぁ?」
二人は視線を合わせて、互いに思っている事が同じであると察した。
「千冬さんって……私生活がやばいのよ」
「何……?」
「具体的に言うと……家事が壊滅的なのだ」
「っ……!?」
尊敬する人間のまさかの真実に、ラウラが目を見開く。
「料理はギリギリできるけど、洗い物は出来ないし、掃除も洗濯も……」
「その上、数日ほっとくだけで部屋は物だらけ。服もとっ散らかったままだしな……正直、一夏と春斗がいなかったら、家はあっという間にゴミ屋敷だろうな」
「今だって、一夏が寮長室の掃除しているって聞いたし……」
「…………」
ラウラの中で、公私共に完璧であった”織斑千冬”が崩れる音が聞こえた。
千冬とて人間だ、欠点の一つや二つはあるだろうとは思っていた。
だが、まさかの私生活ダメ人間だったとは。
「てか、ドイツに1年もいたのに気付かなかったの、あんた?」
「……知らなかった」
「……よっぽど巧妙に隠してたのね。そういう努力は滅茶苦茶しそうだし……」
「………」
ラウラがこのショックから立ち直るには、時間が要りそうであった。
―― 同時刻 職員室。
ベキャッ。
「お、織斑先生!?」
「今なにか……篠ノ之と凰を全力で殴りたくなったな……」
握り潰されて、木くずとかした割り箸をゴミ箱に放り込みつつ、千冬は冷たい笑みを浮かべるのであった。
「……で、これまで一切会話に参加しないデュノアちゃんは、何をしているのかしら?」
「……………え?」
ずっとフォークをハムハムしていたシャルロットが、我に返った。
「シャルロット、何かあったのか?」
「な、何も無いよ!? ある訳がないじゃない!!」
慌てて取り繕うも、不審に満ちた十二の瞳は、変わらずシャルロットに向けられている。
「そういえば、授業中もぼんやりなさってましたわね?」
「お前にしては珍しい……というか、おかしい」
「へえ、そりゃ何かあったってことよね?」
「な、何も無いって!? もう、ぼ、僕だってそういう時ぐらいあるよ!!」
「やっぱり、畳よりも
「ッ!?」
「ここの縦4文字……あぁ、『いわ
「ッ!!?!?」
「あーっ、この
「ッ!?!?!?」
周りから聞こえる言葉に、あっさりと反応するシャルロット。見れば、顔が真っ赤になっている。
「あ~、皆集まってる~っ! かんちゃんもいる~っ!」
のほほんとした声がしたと思うや、簪に何かが抱きつく。
「ほ、本音……重い……どいて」
「え~っ! 私、重くないよぉ~!?」
「あんた、最近増えてるわよ?」
「うそぉっ!?」
「本当」
「そんなぁ~……がっくり」
何とは言わないが、織羽の一言に本音はショックを受けて崩れ落ちた。
「まぁ、それはさておき~」
で、すぐに立ち直った。五人ぐらいガクッとなったが、付き合いの長い簪と織羽は慣れたもので、全然動じない。
「でゅっちー。昨日、大浴場に何で行ったの~?」
『ッ!?』
布仏本音。その名と違って、神も仏もなくシャルロットを追い詰める。
「―― 昨日って、何時ごろ?」
「たっちんと、かんちゃんの部屋に行く前だよ?」
「確か簪が『魔法少女マジカル☆バンビーナ』を見てて……あれ? 確か観終わったぐらいでロビーにジュース買いに行った時……織斑君も大浴場に……」
瞬間、シャルロットはテーブルを蹴って逃亡を図った。が、その体が縫い付けられたように空中で停止する。
「……何処へ行く、シャルロット?」
「え……AIC……!?」
IS右腕部を部分展開させたラウラが、転校初日を彷彿とさせる冷氷の笑みを浮かべる。
尚、既に本音は撤退済みである。
「さて、どういう事か聞かせていただきますわよ……シャルロットさん?」
「あたし達が納得する説明……してくれるわよねぇ?」
「セシリア……鈴……!?」
ハイライトの無い瞳で詰め寄る二人。
「………」
チラリと、織羽に視線を送る箒。
「………」
コクリと頷く織羽。
学年別トーナメント終了日のあれこれがバレるのはマズイと、二人の意思は一つとなった。
シャルロットには、尊い犠牲となってもらおうと。
サイバンチョ(織羽)「ではこれより、IS学園特別法廷を開廷します。弁護側、検察側準備宜しいですか?」
簪「え……私……!? えっと……か、完了……してます?」
ラウラ「検察、準備できている」
セシリア「オルコットは完璧をもって、よしとしますわ」
鈴「狼の牙からは逃れられないわよ?」
シャルロット「検察側が凶悪過ぎるよ!?」
サイバンチョ「では、被告人は有罪ということで」
シャルロット「まさかの秒殺!?」
こうして、シャルロットは脱衣場での出来事を吐かされた上、セシリア達に根掘り葉掘り(主に一夏の肉体的な意味で)聞かれまくるのであった。
昼休み終了後、箒と鈴が千冬にキツ~イお仕置きを喰らわされたのは余談である。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
食堂が平和な時間を過ごしている頃、一夏はとある場所に来ていた。
通り過ぎる生徒は皆、一年とも二年とも違うリボンの色であり、つまりここは三年の校舎だ。
そんな所にやって来た理由は一つ、生徒会役員 布仏虚である。
彼女は楯無と付き合いが長いようだから、きっと何かしら有益な情報を得られるだろうと踏んだのだ。
とはいえ、彼女は真面目で、聡明な印象があるのでストレートに聞いても答えてはくれないだろう。
『ということで、一夏。宜しく頼んだよ?』
『何故そうなる?』
『いや、虚先輩って……何か、ちょっとダメっぽい男子とかに弱そうな感じだし。『この人、自分がいないとダメなんから』的な』
『なぁ、俺は怒っていいんだよな?』
『ダメに決まってるじゃない』
『ふっざけんなっ!!』
なんてやっていると、廊下を目的の人物が歩いて来た。
「―― あら、織斑君?」
「どうも、こんにちは虚先輩。どちらに行かれるんですか?」
「生徒会室よ。色々整理しないといけない仕事があるのよ。織斑君はどうして三年の校舎に?」
「虚先輩に少し聞きたいことがあって、大丈夫ですか?」
「う~ん……あんまり時間ないけど……それでいいなら」
少し考える素振りを見せて、虚は頷いた。
虚と共に生徒会室にやって来ると、デスクの上は見事に書類の山であった。
「これ……何ですか?」
「必要なくなった書類よ。これをこっちの箱に入れて運ぶんだけど……流石に力仕事だからねぇ……」
「じゃあ、俺も手伝いますよ。事務作業は無理ですけど、力仕事なら行けますし」
と、虚は溜め息。紙は荷物の中でも最も重くなる物だ。それを女子一人でやらせる気は一夏にはなく、そう申し入れた。
「そう? ありがとう、助かるわ。じゃあ、この箱を階下端の……」
「お疲れ様。おかげで早く終わったわ」
「生徒会っていうと、もっと書類整理ばっかりだと思ってましたけど……力仕事もあるんですねぇ」
紙の詰まった箱を持って歩いて数往復。なかなかどうして、地味に腕に力が入らない。
「うふふ。そうね、普通は事務作業の方が多いわよ」
ソファーに座る一夏に、虚がお茶を出してくれた。先日は飲めなかったが、一口しただけでその入れ方の旨さが伝わってきた。
「……ところで、私に聞きたいことって何かしら?」
虚は、一夏にランチボックスを差し出しながら、用件を尋ねた。
ランチボックスの中身はサンドイッチで、以前のセリシアの悪夢を彷彿とさせたが、それとは違って見事なものであった。
「実は、楯無先輩の事なんですけど……」
「会長の事?」
「もう国家代表になってたり、滅茶苦茶強くて……まぁ、性格的な部分が色々思う所があったりするんですけど……」
「………」
一夏の言葉に虚は苦笑していた。
「生徒会長としては、どうなのかなって思って。虚先輩から見た楯無先輩はどんなですか?」
「そうね……普段はちゃんと仕事してくれるんだけど………」
虚は遠い瞳で、窓の外を見やった。
ある日の生徒会室の光景。
学年別トーナメントに仕様変更に際して、書類作成に勤しむ面々(一名除く)
「虚ちゃん」
「何ですか、会長?」
「決め台詞って大事だと思わない?」
「また唐突ですね? そんな事はないと思いますよ?」
「いいえ、すごく大事よ! それの有るか無いかで人気が変わるって、北海道の友人が言ってたもの!」
「あぁ、背が低くて胸がなくて、まるで童話みたいな名前の生徒会長さんですか?」
「一存ですんじゃうのは、凄く良いなぁ~」
「ということで、幾つか候補があるの。聞いてくれる?」
「ほ~い」
「分かりましたから、仕事をしてください」
「……え? 何ですか、その唐突な流れ?」
「これが何時もの事なのよ」
「”風穴開けるわよ!?”ってどう?」
「会長は武偵にでもなるつもりですか?」
「どっちかというと、デュパン四世の方が近いかも~?」
「むぅ、じゃあ………”妹を、守り続けて四百年!”」
「守って精々十五年ですね」
「それはたっちんの方がしっくりくるかも~?」
「これもダメ? じゃあ……”お前はもう死んでいる”」
「殺さないでください」
「声が渋くな~い」
「”お前のISは天を突くISだ”!」
「天元でも突破する気ですか?」
「八話ぐらいで死亡するフラグだ~」
「”簪ちゃんのことかぁあああっ!”」
「か、かんちゃんが死んじゃってる~っ!?」
「会長。それは”決め台詞”ではなく”キレ台詞”です」
「もう、決め台詞って難しいわねぇ。ちょっと、修行の旅に出るわ」
「…………会長?」
「何、虚ちゃ………ヒッ!?」
「シゴト、シテクダサイ?」
「……はい」
「『…………』」
「もうちょっと、普通に仕事してくれたら助かるんですけど……どうにも面白い事とか浮かぶとそっちに流れやすくて……あら、どうしました?」
「……いえ、何でも」
小首を傾げる虚に、一夏は小さく首を振るので精一杯だった。
この生徒会で一番怖いのは、間違いなくこの人だ。
それが分かっただけでも収穫であった――― そう思いたい。思わせて欲しい。
それと、北海道の高校にもあんなフリーダムな会長が居るのかと思うと、その生徒会のことがちょっと心配になったりしたが、きっと下が支えているんだろうなとか思った。
ともあれ、多少なりとも楯無の情報が得られたので、一夏は虚にサンドイッチとお茶の礼を言って、生徒会室を出た。
その際、虚がその背に声を掛けた。
「さっきは色々言ったけど……会長は悪い人ではないから」
「えぇ、それは分かってます」
「ただちょっと……悪戯が好きで困った性格をしているだけなの」
「………えぇ、それも分かってます」
「油断すると、あっという間に人をオモチャにするから……気を付けてね? 胃薬とか、言ってくれればすぐに手配するから」
「…………その時はお願いします」
その前に何とかして欲しいものなのだが、きっとそれは無理なんだろうなと、一夏はあきらめ気味に答えたのだった。