IS〔ツイン・ソウルズ〕   作:犬吉

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Side 凰鈴音【夢よりも現実を】

 

嵐のような特訓は、三日目に突入していた。放課後の第三アリーナにて、今日も一夏のマニュアル制御訓練である。

「ほら、スピードが落ちてるわよ。もっと集中してっ!」

「はいっ!」

制御に意識が傾きすぎたせいで、落ちてしまった速度を戻しつつ、一夏は集中し直す。

 

アリーナ・ステージの中心にはバルーンが設置されており、それを中心にして、一夏は円状制御飛翔(サークルロンド)を行っていた。

左腕の雪羅はカノンモードで固定。チャージ終了まで20秒。

円軌道からのカノン発射。その反動制御は数度の繰り返しの末に何とか出来るようになった。少しずつだが、自分の技量の向上を感じて、一夏の気合は更に上がる。

 

遠心力を利用して、それを逆に制御する。

 

シャルロットから教えてもらった言葉を思い出しつつ、制御をさらに細かく。

 

「はい、そこから瞬時加速(イグニッションブースト)を行って」

「えっ……!?」

思わぬ言葉に、一夏は声を上げた。機体制御と維持でいっぱいの状態で、瞬時加速(イグニッションブースト)など、両手で抱えて余る程だ。

しかし、楯無は容赦なく告げる。

瞬時加速(イグニッションブースト)よ。シューター・フローの円軌道から直線にシフト。相手の弾幕を掻い潜って、ゼロ距離から粒子砲を撃ちなさい!」

「くっ……!」

一夏は瞬時加速(イグニッションブースト)の為のエネルギーをチャージする。

「――ッ!?」

直後にガクン、と機体が揺れて白式がコントロールを失う。壁に激突するギリギリで機体を持ち直し、そのまま瞬時加速(イグニッションブースト)に移行。

「うぉおおおっ!!」

砂塵を巻き上げて、バルーンに向かって一気に接近。荷電粒子砲を叩き込んだ。

 

「こら、ちゃんと瞬時加速(イグニッションブースト)をチャージしつつも、シューター・フローを維持しないと」

「はい」

「じゃあ、もう一回行くわよ。今度はバランスを崩さないように」

「お願いしますっ!!」

 

再度バルーンを設置し、一夏は再び空へと上がった。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「一夏、今日も気合入ってるわね~」

「ほらほら。余所見してると落としちゃうわよ?」

鈴が一夏に感心している隙を狙って、織羽が忍者刀〈影断〉を振るう。

「おっと! 当たらないわよ!」

「甘いわね。喰らいなさい、マキビシランチャーッ!!」

ひょいと躱す鈴に向かって、腰部ユニットが稼働すると、そこから無数の刃が発射される。

「ちょっ! マキビシの使い方じゃないでしょ、それ!?」

「忍者の技術は日進月歩。そんな場所はとっくの昔に通り過ぎたのよ!!」

「意味分かんないわよっ!?」

シールドに激突する無数の弾雨。ガリガリと削られ減っていくエネルギー残量に、鈴の顔が強張る。

 

舞影は第三世代機の中で、決して性能の高い機体ではない。だが、それでもその戦闘力はラウラと共に、一年最強の双璧となっている。

それを成しているのは―― 彼女自身の戦闘スキルの高さと、IS性能との相性である。

織羽の近接戦スキルの高さと、それを生かせるIS。それこそが、この変幻自在の強さを生み出している。

 

「てぇえええええいっ!!」

鈴は双天牙月を振るい、強引に突破を計る。防御力の高い甲龍の強みを活かして、パワー勝負に持ち込めば勝機はある。

その判断は正しい。だが、鈴は一つ見落としをしていた。

 

織羽は忍者刀を鞘に納め、鈴の攻撃を防ぐ。火花が散り、金属の打ち合う音が響き続ける。

「もらったぁあああああっ!!」

「ところがギッチョンッ!!」

双天牙月を鞘の先で弾き上げ、がら空きになった懐目掛けて、スラリと刃を抜く。

蒼白の光に包まれた―― 龍魔の牙。シールドエネルギー変換機能による、一発限りのシールド無効化攻撃。

「しまっ――」

「ハァアアアアアッ!!」

振り抜いた刃が、甲龍のヘヴィー・イグニス装甲を切り裂いた。

 

「だぁああああっ! 負けたぁッ!」

エネルギーが切れて落ちた鈴が、喚きながら頭を掻きむしる。

「ワッハッハーッ! これで、今晩のデザートはあたしの物だーっ!」

「くっそーっ!!」

寮の食堂で出されるスペシャルデザート、特製マンゴープリンは鈴から織羽の下へと移動したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「くぅ……ぬぅう……っ!?」

「どうした、その程度か?」

「まだまだぁ……!」

別の場所では、箒とラウラが激突していた。が、紅椿の性能を引き出せていない箒では、ラウラにはどうしても届かない。

実際、紅椿の高性能を支えるのは全身の展開装甲だ。そしてそれをフルで使用する為の絢爛舞踏である。

しかし、臨海学校以来箒は絢爛舞踏を全く使用できないでいた。そのせいで展開装甲を使えず、結局は二刀を振るい戦うだけのスタイルになってしまっていた。

そんな状態で、ラウラに太刀打ち出来よう筈もなく、ワイヤーブレードがまた、紅椿を捉えた。

「ぐぅっ……!」

「この程度で音を上げるか!?」

「ふざけるな! このぐらいで参るものか……!」

「その意気は良し……ならば、もはや問答無用!!」

ラウラは瞬時加速(イグニッションブースト)で一気に距離を詰め、ワイヤーブレードを戻すと同時にプラズマ手刀を構える。

「どうした、箒! 貴様の力はその程度か!?」

「何の……まだまだぁっ!!」

二刀対ニ刃。火花散る攻防は続く。

「刮目しろ! これが我が太刀筋だっ!!」

「ならばっ! 奥義、プラズマ手刀稲妻重力落としっ!!」

ただ、その方向性は怪しい所に向かっている様であった。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

帰寮した鈴はシャワーを浴びて、濡れた髪も適当にタオルで拭き、冷蔵庫からジュースを取り出した。

プシュ、という音と共に炭酸が噴き出す。

「おっとっと……」

「鈴、そんな格好してると風邪ひくよ?」

そんな格好とは、タオルを巻いただけの格好である。凹凸が非常に少なく、空気抵抗も水の抵抗も無い素晴らしいフラットボディである。

「んぐっんぐっ………ぷはぁっ! 大丈夫よ、あたしって体は丈夫に出来てるんだから」

「……まぁ、いいけどね」

同居人であるティナ・ハミルトンはそれ以上言うのを諦めたのか、手元の雑誌に視線を戻した。

「ん……?」

鈴は少しばかり、喉に違和感を感じた。炭酸のせいだろうかと首を傾げる。

髪を乾かし終えた鈴は、夕食に何を食べようかと食堂へと向かった。

 

 

 

「待っていたわよ、凰! さぁ、マンゴープリンを私に捧げなさい!!」

「……さぁて、何食べようかなぁ~」

「見ないフリなんてさせないわよ?」

「分かったから、その荒縄をしまいなさいよっ!!」

「だが断る」

「断んないでよっ!」

縛り纏めた荒縄片手にマジ顔する織羽に、鈴は戦慄した。

「さぁさぁ、マンゴープリンが待っているから急ぎなさい!」

と言って、織羽は鈴の首に腕を回して引っ張っていく。

「ちょっ、くっつかないでよ!?」

「………あんた、何で顔赤いのよ? ちょっと止めてよ、あたしそっちのケは無いだからね!?」

「あたしだって無いわよ!!」

とんだ言いがかりだと、鈴は憤慨した。だが、どうにも顔が熱い気がする。

 

鈴は夕食を控えめに済ませると、早めに床に就いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「鈴が風邪引いた?」

「そうみたい。ティナが……凰と同室の子なんだけど、教えてくれたのよ」

翌日、SHR前の一組教室。一夏達は、織羽から鈴が熱を出して今日は休む事を聞いた。

「それで、容態はどうなのだ?」

「う~ん、聞いた話じゃ……熱が酷くて、喉の腫れが酷くて、頭痛が酷いらしいけど……」

「それ……普通は重症と言うのではなくて?」

「一応、薬飲んで寝てるから問題ないでしょ? もしもの時はISの通信だってあるんだし」

「まぁ、そうですけど……」

鈴の容態を心配して、一様に顔を曇らせる面々。と、そんなところで教室のドアが開いた。

「はい、SHRの時間ですから、席に着いて下さい。辰守さんも自分のクラスに帰って下さいね」

「は~い。それじゃ、後でね……とうっ」

と言って、織羽の姿がシュバッと消える。

 

「「「「「「「おぉ~っ!!」」」」」」」

 

リアルで忍者が消えるのを目の当たりにして、クラス中から感嘆の声が上がった。

 

『それにしても……鈴ちゃんが風邪ねぇ』

『大丈夫かな、あいつ?』

 

一夏は自然と、窓の外を見やった。

 

 

 

 

 

 

「ごほっごほっ………あ゛ぁ……まさか、風邪引くとかありえない………ゴホゴホッ、ゲホッ!!」

鈴は額に冷却ジェルシートを貼って、ベッドで唸っていた。熱と頭痛で朦朧とする意識は、何故こうなったのかを必死に思考する。

(一昨日のアイスのせい? それとも暑いからって裸で寝たせい? それともエアコン付けっぱなしが原因?)

と、答えが出ても意味のない考えがグルグルと回る。ちなみに、エアコンはティナがタイマーを短くしているのでそれだけは無い。

 

「……はぁ……もう、寝よ」

考えるのも疲れたと、鈴はもぞもぞと布団をかけ直した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鈴は夢を見た。

 

夢の中の鈴は小学生で、隣を歩くのは一人の男子。

 

転校してから五日。彼への顔面パンチや、男子との大喧嘩。

そういうドタバタを巻き起こしまくった挙句、仲良くなった少年―― 織斑一夏。

 

今日は土曜日なので学校は昼で終わり、二人は揃って帰宅の道を行く。

「へぇ。じゃあ、あの中華料理屋って、鈴の家なのか」

「そうよ。うちのお父さんの料理、すっごく美味しいんだから。あんたも食べに来なさいよ」

「そうだな~……家からも近いし、今度行ってみるか」

「そうしなさい。そしてウチの売上に貢献しなさい」

鈴は満足そうにウンウンと頷き、一夏はポンと手を打った。

「そうだ。今日、俺んちに来ないか?」

「今までのドコにそんなフリがあったのよっ!?」

とはいうものの、一夏の家に興味がない訳ではなかった。話を聞く限り、鈴の家の近所のようだし、将来の上客候補としては行っておくべきだろう。

「まぁ、良いわよ」

と、打算にまみれた思考の果て、鈴はそう答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここが、一夏んち? 結構綺麗なのね~」

やって来たのは、鈴の家から数分ほどの距離にあるマンション。

近所も近所。鈴がここに越してきた最初に来た場所であった。

「適当に掛けといてくれよ。飲み物出すからさ。あ、烏龍茶とかでいいか?」

「日本の烏龍茶には色々言いたい事があるんだけど……ま、それで良いわ。それより、お手洗いって何処?」

「そこの廊下の突き当たり。脇が洗面所だから」

「オッケー」

鈴はランドセルをリビングに下ろすと、いそいそとトイレへと向かった。

 

 

数分して、トイレのドアが開き鈴が出てくる。手を洗うべく、洗面所のドアを開けた。

 

「……ん?」

「なっ……!?」

そこには、しどとに濡れた髪を拭く一夏の姿があった。しかも、素っ裸でだ。鈴は思いっ切り、見てはならないものを見てしまい、固まってしまった。

「な……な……な………」

「不法侵入の上に覗くどころかガン見とは……随分と大それた犯罪者だね? 犯罪の低年齢化が問題になっているとは聞いたけど、まさか同い年ぐらいの子がこんな事をするとは思わなかったよ」

「っ!? な、何言ってんのよ!? さっさと何か着なさいよ!! つーか、なんで裸なのよ!?」

「シャワー浴びてたからだけど?」

「あんた、ままままさか……そういうアレでソレで何な事が目的で……!?」

「……?」

顔を真赤にして背を向けた鈴は、パニックになった頭でグルグルと思考を混乱させた。

 

「おい、鈴。どうしたんだ?」

騒ぎを聞きつけた一夏が、リビングからやって来た。

「いい一夏!! 来るな寄るなケダモノ、クダモノ、回し者~っ!!」

「……はぁ?」

「………あれ?」

何を言っているのか分からないという一夏の顔を見て、鈴はピタリと止まった。

どうして、洗面所で裸でいた一夏が、リビングの方から現れたのか。

鈴は恐る恐る、洗面所に向き直った。

 

果たしてそこには、しっかりと服―― パジャマを着た一夏と同じ顔をした少年がいた。

 

 

「あっ……おい春斗! 部屋にいないと思ったら、何やってんだよ!?」

「汗を掻いたから、シャワー浴びてた」

「あのなぁ……この間、倒れたばっかりだろ!?」

「もう復調してるから平気だよ。それより……誰?」

と、指差す先には固まったままの鈴。

「前に話したろ? こいつが転校生の鈴だよ」

「あぁ……一夏が顔殴られたっていう、あの」

「そういう紹介はしてない筈だぞ?」

「そうだっけ?」

肩をすくめる春斗に一夏は盛大に溜息を吐き、鈴に紹介した。

「こいつは春斗。俺達、双子なんだ」

「よろしく」

「………はぁ」

凝固から復活した鈴の答えは、酷く気の抜けたものだった。もう、思考そのものが止まっていたのかも知れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鈴は昼飯どうする? 何なら食べていくか?」

「う~ん、家で用意してくれてるだろうしなぁ……って、ちょっと待って?」

「何だよ?」

「何でエプロンしてるのよ!? しかも二人とも!?」

リビングダイニングキッチンである為、二人の様子はリビングのソファーに座る鈴から丸見えである。

一夏と春斗は揃ってエプロンを身に付けていた。

「おいおい、春斗。病み上がりは大人しくしてろよ?」

「一夏こそ、客をほっといて台所に立つ気か?」

「じゃあ、白髪ネギと水菜を切るのだけ頼む」

「分かった」

春斗はまな板を出すと、トントンとリズミカルに野菜を切る。その間に一夏は鍋を出し、その中にご飯と水を入れて火にかける。

「ほら、切り終わったよ」

「おう。それじゃ、向こうで待っててくれ」

「手伝わなくて良いの?」

「火を見るぐらいしか、やること無いぞ?」

「分かった」

春斗は手を洗い、エプロンを外すとリビングのソファーに腰を下ろした。

「………」

鈴は何となく、春斗を見ていた。その視線に気付きながらも、春斗は知らぬふりをして、テーブルの下からノートPCを引っ張り出した。

足元に伸びた延長コードにアダプターを差し込んで、起動させる。

「っ……!?」

トントン、とアイコンを選択した音がすると、今度はもの凄い速さでキーボードを打つ。まるで指の数が倍に増えたかのように鈴の目に映った。

「………」

今度は一夏の方を見る。キッチンに立つ一夏は、吹きこぼれないよう鍋の様子を見つつ、冷蔵庫から何かを取り出す。それを容器に入れて、電子レンジに。

「ねぇ、一夏?」

「何だ?」

「一夏って、何時も料理するの?」

「まぁな。家事ぐらいやらないとさ……一応、養われてる身なんでね」

「何それ……?」

「色々とあるんだよ」

ピピっと電子レンジが音を鳴らし、一夏はそっちへと向かった。

 

「……で、あんたは何をやってるの…………よ?」

ひょいと覗き込んだPCのモニターには、幾つものウインドウが開かれており、膨大な量の文字と数字がそこに羅列していた。

「何、これ……?」

「第二世代型IS用量子変換プロトコルの基礎理論構築と、その派生に因る拡張領域格納プログラム」

「……………は?」

言ってる意味が分からない。というか、それは人語なのかとさえ思った。

チンプンカンプンな鈴に、春斗は「はぁ」と溜め息一つして、説明した。

「今、世界のIS開発は次の世代―― 第二世代機の開発に動いている。第一世代と違って、第二世代は後付武装の充実を目的としている。当然、量子変換プログラムは今迄よりも高レベルなものを必要とする。それを今、基礎部分から構築しているんだ。分かった?」

「……えっと、つまり……これはIS用のプログラムって事?」

「そういう事」

「―― って、ちょっと待ちなさいよ!? あんた、一夏と双子ってことは同い年でしょ!? 何で小学生が、ISのプログラムなんて作ってんのよ!?」

「何かおかしい?」

「おかしくない所が無いわよ!?」

「あ~、そいつを普通と思わない方が良いぞ? 何せ、その歳でIS研究所に出入りしているからな」

「……なんつー非常識な」

鈴は心底呆れてしまった。春斗は構うこと無く、キーボードを打ち続け、一夏は料理を続ける。

(何かこう……落ち着かないわね)

一応客人なので何もしないのは良いのだが、腰が落ち着かないのだ。

 

鈴に出来るのは、一夏の淹れた烏龍茶を飲むことだけだった。

 

「よし、出来たぞ~」

 

と、えらく長いように感じた待ち時間の末、一夏の料理が完成した。それは―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………?」

鈴は、ふと鼻をくすぐった匂いに目を覚ました。

(この匂い……どこかで……)

うっすらと開いた瞳を、寮室備え付けのキッチンに向ける。

「ん? 起きたのか、鈴?」

「………一夏?」

「おう」

「………一夏ァっ!? 何でここにいるのよ!? ……ぁぅっ」

思いもよらぬ人物に、鈴は素っ頓狂な声を上げて跳ね起きる。が、すぐにグラっと頭が揺れて崩れ落ちた。

「おいおい。病人が無理すんなよ」

「うっさいわよ……で、何でここに?」

「何だよ、幼馴染を心配するのに理由が要るのか?」

「というか、心配ぐらいさせて欲しいね。何時もされる側だしさ」

「一夏……春斗……こほっ、ありがと……」

「うん」

「おう。ところで、食欲はあるか? 一応、粥作ったんだけど……食えるか?」

「お粥……?」

時計を見れば、ちょうど昼休みの時間であった。一夏が片手鍋と椀を持ってくる。引き出したサイドテーブルにそれを置き、蓋を開けると、甘く優しいミルクの香りが蒸気と共に上がってきた。

「これ……ミルク粥……?」

「あぁ。病気の時はこれが一番だぜ?」

「………久しぶりね、これ」

一夏が鍋から椀によそうのを見ながら、鈴はポツリと呟いた。

(あんな夢を見たのも……これのせいかな?)

三人が初めて出会った日。二人の家で初めて食べたのも、このミルク粥であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『うわっ、美味しい……!』

『おい、春斗。パソコンやりながら食うなよ』

『もう少しで終わるから……待って』

『待ちません』

『あっ……もう』

『おかわりいただき~♪』

『遠慮しろよ、鈴!?』

『何ていうか……面白い子を連れてきたね、一夏』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなやり取りがあったことを思い出して、鈴はつい笑ってしまった。何故笑ったのか分からない一夏は、怪訝そうに首を傾げた。

「ねぇ、一夏。食べさせてよ」

「何言ってんだよ、お前は?」

「何よ……あたし、病人なのよ?」

ぷぅ、と頬を膨らませる鈴に、一夏は肩を竦めた。

「偉そうな病人だな……ったく。ほら、口開けろよ」

スプーンで掬って、熱々のお粥を吐息で冷ましながら鈴の口に運ぶ。

「はふっ!………うん、やっぱ美味しい……」

ミルクの優しい味わいと、塩と胡椒のアクセントが蕩けるような甘みを生み出し、刻んだ水菜が歯応えを与え、食べ飽きさせない食感を与えてくれる。

「そっか。そりゃ良かった」

一夏は購買で買ってきたサンドイッチを頬張る。流石に、自分の分まで作る材料も時間的余裕も無かったのだ。

「一夏、あーん」

「まだやらせる気かよ……」

「当然よ。あたしお腹空いてるんだから……ほら」

「全然答になってないよ、鈴ちゃん」

 

結局、一夏は自分もサンドイッチを食いつつ、最後の一口まで鈴に食べさせるという、非常に忙しい昼食となったのだった。

 

 

 

 

「熱も結構下がってるみたいだし、この分なら明日には治りそうだな」

「当たり前よ。風邪ごときで何日も寝てらんないわよ。あたしは、代表候補生なんだから……」

「はいはい。今日は安静にしてろよ?」

一夏はそう言って笑いながら、シンクで洗い物をする。その背中を鈴はぼぉっと見ていた。

(何か……こういうの良いかも……)

端から見たら、これは恋人同士の日常にでも見えるではないだろうか。なんてことを考えてしまったせいか、熱がまた上がった気がした。

「鈴ちゃん、今の内にパジャマ代えたら? 汗掻いてるんじゃない?」

「……あ、そっか。シャツも汗だくだわ」

「何なら一夏に着替え手伝わせようか?」

「「なっ――!?」」

とんだ大胆発言に、二人が固まる。

「「………」」

鈴と一夏の胸の鼓動がドクンドクンと強くなる。鈴にいたっては折角下がった熱がぶり返してきたかのようで、顔が真っ赤になっている。

「えっと……冗談だからね? 分かってるよね、二人とも?」

 

 

「「あ、当たり前だ(でしょ)!!」」

 

 

非常に信憑性の薄い答えであった。

 

 

 

 

 

 

 

一夏が洗い物をしている間に鈴は新しいシャツとパジャマに着替え、再びベッドに入った。

「じゃあ、これ薬な?」

「………何、この禍々しいまでの緑色の物体は?」

一夏が出した小瓶には、普通の錠剤を一回りほど大きくした、深緑色の丸薬が入っていた。

「織羽に渡されたんだ。何でも、数十種類の薬草を乾燥、粉末化させた物を練りこんで作った特製風邪薬らしいぞ?」

「一粒で、余命少ない老人が千里を走る程の効能らしい」

「それ、危ない薬って事じゃないの!?」

「まさか、只の喩えだろ? 薬草使ってるなら、体に悪い訳もないだろうしさ」

「………まぁ、漢方薬の一種と考えれば………行ける、かな?」

手に数粒乗せる。臭いはしないが、しかしどうにも勇気がいるのは何故だろう。

 

「っ……ええいっ!」

鈴は一気に薬を口に放り込んだ。その瞬間――。

 

「~~~~~~~~~~~っ!?!?!?」

 

凄まじいまでの苦味とエグ味が、鈴の口内を蹂躙する。挙動不審にジタバタする鈴に、一夏は慌てて水を差し出した。

それを奪うように受け取ると、鈴は一気に口内のそれを胃に流し込んだのだった。

 

 

「………大丈夫か、鈴?」

「あいつ……いつか決着付けちゃる………がくっ」

それが鈴の最後の言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また、夢を見た。

 

夢の中で、鈴は一夏と共に一人の少年を見ていた。

 

 

弓を構え、遠くの的に矢を射る姿は、弓道を知らない鈴にでも凄いものだと良く分かった。

ただ当てているからではない。そこに至る順序全てが、他の人とは違っていた。

 

弓を構え、放ち、的を射抜く。その動作がまるで名画を鑑賞しているような錯覚を与えるのだ。

 

「はぁ……凄いわね。普段の変態ぶりが嘘みたいだわ」

「あいつの弓、先生が百年に一人の逸材だって絶賛してたぐらいだしな」

「へぇ……」

鈴は何となくだが、一夏の言葉に頷いていた。あんなに綺麗なのだから当然だと自然に思えた。

 

「上手いだけ、才能だけなら、もっと優れた人はいますよ?」

「え……?」

不意に声を掛けられて、鈴は振り返った。そこにいたのは萌黄色の着物に身を包んだ品の良い初老の女性。

「先生……!」

「こんにちは、一夏くん。そちらはガールフレンドかしら?」

「がっ、ガガガガガールフレンド……ッ!?」

「違いますよ、ただの友達ですってぇっ!?」

一夏が言い終わる前に、頭にガツンと拳が落ちた。

「何すんだよ、鈴!?」

「ふんっ!!」

鈴は不機嫌さに顔をしかめて、あさっての方を向いてしまった。

 

 

――― タァン。

 

 

「っ――」

響く、的を射抜く音。それはまるで、心の扉をそっと叩くかのような不思議な感覚。

「誰もが、あの子の弓に目を奪われ、心を奪われる……艶と煌めきと、儚さを孕んだ……見るものを魅了する。正に弓に愛された子よ……」

「………先生、そういうの止めて下さいよ。いちいち恥ずかしい言い方するんだから……」

春斗はいつの間にか、羞恥に赤らんだ顔で一夏達の方を向いていた。

「あらあら。事実なのだから、しょうがないでしょう?」

「事実じゃないですって! 先生がそんな事言うから、この間も取材とか受けさせられたんじゃないですかぁ!」

「いいじゃないの。いつかは受ける事になるのだから、今から慣れておきなさいな」

「そんな機会、一生無いですってば……!」

照れたように苦笑いする春斗。それは普段と違う、歳相応の少年の顔であった。

(あいつって、ああいう顔もするんだ……)

初めて見た表情に、鈴はちょっとだけ驚いた。

 

 

 

 

 

 

弓道場を出た三人は夕暮れの街を並んで歩く。

「すっかり遅くなっちまったなぁ~。もうタイムセール終わっちまってるし……どうすっかな?」

「今日は姉さん、帰ってこないしね……今から夕食作るのはちょっと面倒臭いかな……?」

「じゃあ、うちに来る? 食べに来いって言ったのに全然来てくんないし……よし、それで決定よ!!」

鈴は言うなり、二人の手を掴んで引っ張る。

「ちょっと、鈴ちゃん!?」

「おま、引っ張んなよ!?」

つんのめりそうになりながら、二人の足が鈴を追うように進み出る。

 

 

そうした先に見えてくる―― 鈴の幸せの場所。

 

「ただいまぁっ! お客さん二人、連れてきたわよーっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後。寮室のドアが開く。同室のティナが帰ってきたのだ。

「ただいま、鈴。体調はどう? 少しは良くなった?」

ティナが声を掛けるも、鈴からの返事はない。ベッドを覗いてみると、鈴の静かな寝息が聞こえてくる。

朝とは比べものにならない程に顔色が良く、容態は良好のようだ。

 

ティナはベッドの脇に落ちた冷却ジェルシートを拾ってゴミ箱に入れると、新しい物を鈴の額に貼ってやった。

 

「それにしても……どんな夢を見てるのかしらね?」

 

微笑んだまま眠る鈴を見て、ティナは肩をすくめるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「おっはよーっ!」

翌日の朝。寮の食堂に、鈴の元気な声が響いた。

「おはよう、鈴。もう風邪は治ったのか?」

「言ったでしょ、風邪ごときで何日も寝てらんないって。バッチリ治ったわよ」

一夏の隣りに座り、女子にしては多めの朝食を食べ始める。一夏は、鈴がちょっとだけ無理をしているのではないかと思ったが、この様子をみる限り、それは無さそうだと思い直した。

 

「それにして……豪く機嫌も良いな?」

「そう? う~ん……何か、凄く楽しくて良い夢を見た気がするのよね~? そのせいかも」

朝になり、鈴は昨日見た夢をすっかり忘れてしまっていた。とても楽しかったことは覚えているが、その内容をすっかり思い出せない。

 

「ま、そんな事はどうでもいいのよ」

「そうか?」

「そうよ。夢よりも……現実()を楽しくしないと、意味ないでしょ?」

「……あぁ、その通りだな」

「てな訳で、鮭はいただき!!」

「って、やらせるかよっ!!」

ぶつかり合う箸。ギリギリと軋む音が聞こえる。

『二人とも……そういう所は本当に変わらないね』

 

 

春斗の呆れ気味な言葉を聞かぬふりして、二人の朝食攻防戦は千冬乱入まで続くのだった。

 

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