「痛て……おい箒、幾ら何でもやり過ぎだろ!?」
真っ赤になった額をさすりつつ、一夏は文句を垂れる。が、パーテーションの向こうの箒は黙ったままだ。
『ダメだ。完全に怒ってる……』
『一夏が悪いんだから、何とかしなよ。これから一緒に暮らすのに、こんな状況は嫌だよ?』
『む〜、どうすっかな……』
箒が激怒して以降、春斗の機嫌も悪い。
昔から春斗と箒は仲が良かったからなと、一夏は思い出しつつ、この状況をどうするか考えた。
春斗に言われずとも、一夏だってこんなのは望んでいない。
せっかく再会した幼馴染なのだ。出来るなら仲良くしたい。
どうするにも、まずは相手がリアクションしてくれないと、どうにもならない。
なら、どうすればリアクションしてくれるか。
「………あっ、そうだ」
一つ思い出した事があった。一夏は運ばれてあった段ボールを開け、中身を漁る。
「良かった、入ってた……!」
早速一夏はそれを取り出し、箒に話し掛けた。
「箒、ちょっといいか……?」
「………」
リアクションは、やはり無い。が、それでも一夏は続けた。
「お前に渡したい物があるんだ」
「………いらない」
今度はリアクションあり。だが、動く気配がない。
仕方なく、一夏は最後の札を切る。
「俺からじゃなくて……春斗からなんだけど」
少しすると、ゴソゴソと動く音。そしてパーテーションがゆるゆると開けられていった。
「春斗から……?」
「………おう」
分かってはいたが、どうにも釈然としない。
自分にはいつもツンケンして、怒鳴って、竹刀で叩いたり何だりしてくるくせに、春斗には豪く素直なのだ。
子供の頃、道場でしこたま打たれて、さんざん口うるさく言われたそのすぐ後、道場前で箒と春斗が楽しそうに会話していた。
その時の箒は自分に見せたことがない、素直な笑顔を春斗に向けていたので、良く覚えている。
あの後、箒に「もしかして、春斗が好きなのか?」と聞いてみたら、顔を真っ赤にして何発を頭を叩かれた。
(その際、箒に「バカ者」「この朴念仁」「鈍感男」などと罵られた)
六年経った今でも、箒は春斗の名前だけで態度をあっさりと軟化させた。
なぜか、その事が妙に悔しい。
そんな内心を余所に置き、一夏は手にしていた物を差し出した。
「これ、春斗から。剣道大会優勝のお祝いだって」
「そうか……態々、すまないな。開けても良いか?」
「あぁ。春斗がきっと、箒に喜んでもらえるって自信たっぷりに選んだんだぞ?」
「ほぅ………っ!?」
包装を解いて木箱を開けると、そこには木製の櫛と金色の液体が入った、小さな瓶が入っていた。
「これは……
「もしかして高いのか?」
「いや、そこまで高くはないが……安い訳でもない。ただ、手に入り難い品の筈だ……」
『そうなのか?』
『色々探したらあったんだ……運が良かったよ』
箒は手の中の箱を見つめて嬉しそうにしていたが、やがて顔を上げた。もう機嫌は直ったようだ。
「なぁ、一夏。春斗の連絡先を教えてくれ。お前の家の電話番号、忘れてしまってな……春斗にお礼を言わないと」
「あ〜、いや……それは………無理だな」
「何故だ? まさか、自分の家の番号を知らない、などとは言うまいな?」
「言わないって。あいつ……今、入院してるんだ」
「なっ……!? 何時からだ!? そんなに悪いのか!?」
突然の告白に箒は動揺する。それを心苦しく思いながら、一夏は”台本”を読み続けた。
「いや、そんなに悪い訳じゃないよ。でも昔っから体が丈夫じゃなかったし……少し体調が崩れただけだ」
「本当か?」
「ウソ言っても仕方ないだろう?」
「そ、そうか……そうだな。良かった、大事なくて……」
箒は落ち着けたのか、安堵の溜息を吐く。
「で、それに加えて……俺がこんなんなっちまっただろ?」
「こんなん? あぁ、男性初のIS操縦者か」
「そんなもんで、あいつも今は政府が保護しているんだ。もし、ISを動かせるのが遺伝子的な要因だとしたら、次に動かせるのはあいつかも知れない。
もし動かせなくても、一卵性双生児の俺とあいつで違いを比べれば、俺が動かせる秘密が分かるかも知れないんだと」
「な、なるほど……」
箒は一夏の言葉に納得したように頷いている。
説得力があるのも当然。この”台本”は春斗が、事実を織り交ぜて書き上げたものだ。
実際、春斗は”入院”しているし、”政府の保護下”にもある。
「で、居場所を知られない為に、連絡は俺と千冬姉だけが許可されてるんだ」
「そ、そうだったのか……ならば、仕方ないな。では一夏、祝いの品は有難く受け取ったと伝えて欲しい」
「……分かった」
何とか箒の機嫌が治ったらしく、安堵と共に疲れがドッと吹出し、シャワーを出てすぐ、一夏は眠りに落ちてしまった。
電気は消え、枕元のスタンドだけが明かりとして灯されている。
「………」
箒は引き出しから、一つの写真立てを取り出した。
そこには頬を赤くしながらもブスッとしたような表情の自分と、その右隣にピースサインをしている元気良い少年が写っている。
どちらも道着を身に付け、竹刀を手にしていた。
そして、左隣。
「春斗……」
そんな二人に苦笑いしている、一夏と似た顔立ちの少年がいた。その手には和弓が握られている。
箒にとって、春斗はとても大切な幼馴染である。一夏と比べたらと聞かれると困るが、それでもだ。
天才、神童などと呼ばれながら、自分の才を鼻にも掛けず勉強家で、努力家で、尊敬さえしている。
そして――――自分の恋心を知る、多分唯一の男子。
一夏に対して素直になれず、その都度後悔する自分を、何時でも慰めてくれた。
二人はいつも一緒で、一夏がこの学園に来ると知った時、春斗も一緒だと疑い無く思ってしまった。
その二人は今、ISによって離れ離れになってしまった。
「………」
いつか、必ず会いに行こう。
篠ノ之 箒の幼馴染は、織斑一夏と織斑春斗。この二人なのだから。
そう、誓いを立てた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌日。
朝から色んなことが起こった。
箒と食堂で朝食を食べていると、そこら中の席からひそひそ話が聞こえてきた。
まだまだ、織斑一夏は珍獣らしい。
「織斑君……隣、いいかな?」
と、そこへ同じクラスの三人がやって来たので良いよと返事をする。
すると、途端に箒の機嫌が悪くなり、一人で食べ終えていってしまった。
最後の、味噌汁一気飲みはさすがに熱かったんじゃないかな〜、とか心配したが大丈夫のようだ。
『一夏。君はいつかきっと、撃たれるか刺されるね』
とは春斗の談。
今度はそこに、一年の寮長が現れた。なんと、驚くべきことにそれは姉の千冬であった。
白のジャージを着ていて、遅刻をしたらグラウンドを十週させるぞ、と宣告する。
ちなみに、この学園のグラウンドは一周、約5?。フルマラソン以上の距離を走らされたら死ぬだろうが、それでも彼女はやらせるだろう。
それは恐ろしいと、全員は急いで朝食の処理に挑んだ。
そして今は学園。
二日目にして、一夏の学園生活は混沌としていた。
休みの度に押し寄せるクラスメート。
「遅れは取れない」だの「このまま一気に玉の輿」だの「これでお姉さまに近づける」だの。
最後の奴、そういうのは直接本人に行けと言いたい。
それに乗じて、整理券を有料配布するのまでいた。
『こらこら、そういうのはマネージャーを通してもらわないと』
『誰がマネージャーだよ』
そんなこんなで、午前もいよいよ最後の授業である。
授業では、コアに関する講義が行われていた。そこで一つの問題が起こってしまった。
IS開発者【篠ノ之 束】が、箒の姉であるとバレたのだ。
珍しい名字である以上、いつかは分かる事なのでそれ自体は仕方ない。
だが興味本位で騒がれたことが、彼女の何かに触れてしまったのだろう。
「あの人は関係ないッ!!」
一喝。それだけでシン、と静まり返る。
「声を荒らげてすまない。だけど、私はあの人じゃない……教えられるような事は、何も無い……」
姉に対する明確な拒絶。いや、敵意に近いほどの感情。
それを吐き出すと箒はつい、と窓の方を向いてしまった。まるで、今の顔を一夏に見られたくないかのように。
『どうしたんだ、箒? 束さんとそんなに仲、悪かったか……?』
『……少し、分かる気がする』
『どういう事だ?』
『束さんは唯一、ISのコアを作れる人だ。その存在は国家、企業にとって計り知れない価値がある。
そんな超重要人物が行方不明になったら………どうなると思う?』
『どうなるって……どうなるんだ?』
『当然、その行き先を調べようと動く。そして、まずは家族に取り調べが行くだろうね』
『取り調べって……何だよそれ!? まるで犯罪者扱いじゃないか!!』
『ヘタをしたら他国に亡命。最悪はどこぞの死の商人が、身柄を押さえてしまうかも知れない。手段なんて選んでる余裕はないよ』
『………だからか?』
『多分ね。僕や一夏だって、色々好き勝手に調べられたじゃないか……あいつらに』
『そういや、そうだったな……』
もう一度、一夏は箒を見る。
「………」
その後姿は何処か寂しげであった。
『一夏……?』
『分かってるって』
授業も終わり、昼休み。
一夏は早速、先程のフォローをするべく動いた。
『僕はちょっと《心の海岸》まで降りてるから……後はよろしくね?』
『了解。対策、頑張って練ってくれよ?』
心の海岸とは一夏らが使う、深層領域の名称である。
普遍的無意識『心の海』に掛けて、表層の意識の一番下をそう名付けたのだ。
ここまで降りると、視界共有などの外界干渉を受けなくなる。
一夏にとって退屈極まりない場所なのだが、春斗にとっては考えを纏められる絶好の世界らしい。
席を立ち上がってみれば、箒は昼休みだというのに座ったまま、窓から空を見上げている。
他のクラスメート達はというと、若干箒に近寄り難い印象を持ってしまっているようで、遠巻きにしている。
(さてと、春斗のように頑張ってみますか)
「聞きましたわよ?」
と、そこに現れたのは、およそ一日ぶりのロールさんだった。
「……何を?」
「学園から専用機が用意されるそうですわね。流石に、専用機対訓練機では相手になりませんもの」
セシリアがそう口にすると、クラスからざわめきが起こった。
(言えないな。春斗が最悪、訓練機でも勝つ方法を模索してるなんて……)
状況は、最善と最悪を常に想定して考えるべし。そんな理念の基、春斗は今も戦術研究中である。
「せいぜい、専用機を仕立てるのを頑張ると良いですわ。この私の477時間を目指して」
「……? おう、そうだな……」
「あなた、やはり私をバカにしていますわね……?」
そんな事はない。普通に、その時間の意味が分からないだけである。
「では、ごきげんよう。試合が楽しみですわ……!」
セシリアは腰に手を当てて一度高笑うと、そのまま教室から出ていった。
『何、今の高笑いは……?』
『あれ、まだ落ちてなかったのか?』
『いや、落ちてたんだけど………そこまで聞こえてきた』
「………恐るべし、セシリア・オルコット」
セシリアの事はさて置いて、一夏は箒の席へと向かった。
「箒、今日は食堂に行ってみないか?」
「……行かない」
予想通りの返事。やはり、ヘソを曲げてしまっているようだ。
昔から箒は、いつの間にか集団から外れる事が多々あった。
その度に、一夏や春斗が迎えに行っていたものだ。
「まぁ、そう言うなって。ほらほら、立った立った」
とはいえ、今は春斗はいない。一夏は箒の腕を掴むと、強引に引き上げてやる。
「なにをっ……こら、腕を組むなっ!」
「なんだ、自分で歩きたくないのか? だったら、おんぶぐらいしてやるぞ?」
「なっ……!?」
「おーい、誰か一緒に食堂行かないか〜?」
顔を赤くする箒を無視し、クラスメートに声を掛けてみる。
「はいはいはい〜っ!」
「行くよー、ちょっと待ってー」
「お弁当あるけど、行きます!!」
早速、返ってきた返事。
それは朝、一夏の隣りに座った三人組。
(一夏命名 のほほんさんとその御一行。のほほんさんとは、真ん中の子である)
「よし。それじゃ、行こうぜ?」
「だから……行かないと言っているだろう!!」
強引に腕を引っ張ると、箒がいきなり駄々をこねる子供のように叫んだ。
それも只の駄々ではない。
一夏の腕を掴み返し、ひねり上げ、体を入れ替えて投げてやったのだ。
「ぐぉ……っ!?」
ギリギリで受身を取るも、痛いのには変わりがない。
箒が一瞬、「しまったっ!?」という顔をするが、すぐにプイと横を向いてしまった。
そんな光景にクラスがシン、となってしまった。
「痛てぇ……箒、随分腕上げたな?」
「……フン。お前が、弱くなっただけだろう……?」
パンパン、と埃を払いつつ立ち上がると、箒はそっぽを向いたまま、言葉とは裏腹に、ばつの悪そうな顔をしていた。
「あ〜、私達やっぱり……」
「今日は遠慮、しておこうかなぁ〜」
「え? 何で〜?」
「「いいから来るのっ!!」」
のほほんさん(本名は布仏 本音らしい)はさながら、捕獲された宇宙人のように二人の友人に連れて行かれてしまった。
「っ……」
せっかくこれでクラスの微妙な空気を脱せる筈だったのに、箒がそれを壊してしまった。
少しだけむっとしながら、そしてそれ以上に、箒を如何にかしてやらないとという気持ちが、一夏を動かした。
有無を言わせず、その手をガシリと掴む。
「っ……は、離せっ!」
箒がそれを振り払おうとするより早く、一夏の言葉が彼女を制する。
「箒」
「っ……!!」
「――― 飯、食いに行くぞ」
「あっ………」
抵抗がなくなる。そして一夏は箒を引いて食堂に向かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「あ〜、こりゃ凄い。五反田んちの食堂の何倍あるんだ、ここ……?」
一夏は、中学で知り合った友人の実家を思い出して呟いた。
「おい一夏。いい加減に手を離せ……!」
「え? あぁ、悪ぃ」
パッと手を解放すると、箒はその手をさっと後ろにしてしまった。
「さて、何にする? 日替わりは塩鯖定食か……これでいいか? 何でも食えるだろ?」
「人を犬猫のように言うなっ! 私にだって好みがあるんだ!!」
「よし、日替わりを二つにしよう」
「人の話を聞いてるのか、お前は!?」
「聞いてねえよ。なんだよ、さっきから……お前、俺がどれだけ温和に接してやってると思ってんだ?」
「そんな気遣いを頼んだ覚えはない!!」
「俺も頼まれた覚えはねぇよ。でもな、長い学校生活に友達がいなかったら………すげぇ暗くて、寂しいんだぞ?
おばさん達には世話になったし、なにより幼馴染で同門なんだ。世話ぐらい焼かせろよ」
「っ………」
その時見せた一夏の顔に、箒はハッとした。
一夏の性格なら、きっと友人は多くあっただろう。
だが今、一夏はその時を振り返り、とても悲しい表情を見せていた。
一夏がそれ程に思いやる相手。
一人だけ、それに思い当たったのだ。
『あいつ……今、入院してるんだ』
(春斗の事なのだな、一夏……)
生まれた時から共に過ごしてきた半身。
彼は今、白いベッドに横たわり何を思っているのだろう。
自由に空を飛ぶ権利を与えられた、双子の弟に対する嫉妬? それとも、純粋にそれを祝福?
決して叶わない願いに心を焦がし、空を睨んでいるのだろうか。
それとも、ただ己が身を呪い、何も想うことを諦めようとしているのか。
箒は知らない。転校してからニュースに上がるまでの一夏の事を。
あの一夏が、これ程に思うだけの事がきっとあったのだ。
「………」
「箒……?」
箒はおもむろに券売機に近づき、ボタンを押した。
「………ならせめて、私のはこっちの焼き魚定食にしろ」
カタン、と券が落ちてきた。
「おぉ〜っ、これは美味そうだね、おばちゃん!」
「美味しそうじゃなくて、美味しんだよ」
やって来たプレートに一夏はまた、驚きの声を上げると、食堂のおばちゃんが快活に笑った。
「じゃあ、しっかり食べて頑張んなさいよ」
「おう、頑張るよ!」
「それと……」
おばちゃんはシャモジを一夏に突きつけて、言った。
「お残しは、ゆるしまへんで?」
「了〜解、心配ナッシングだよ」
箒が来るのを待ってから、一夏は席を探す。
昼時の食堂はなかなか盛況で、パッと見は席がないように思える。
取り敢えずふらついていると、目の前で席が丁度空いた。そこに二人は腰を降ろした。
流石は国立。料理の味も申し分なく、一夏はパクパクと塩鯖定食を攻略していった。
「一夏、もうちょっと噛んで食べろ。それでは消化に良くない」
「大丈夫だって。こちとら男の子だぞ?」
「意味が分からんぞ、それは?」
箒の調子も少しは平常になったらしく、早速今日の特訓の事を話した。
「……練習機を借りれたのか? 昨日の今日で随分と早いな……」
「どうも、候補生と世界唯一の操縦者の良いデータ取りがで出来るから、みたいだな……放課後は頼むぞ?」
「任せておけ。剣の腕ならまだしも、ISで遅れはとらん」
「お、おう……頼むぜ?」
その言い方では、剣道全国制覇の箒より、自分の方が腕前があるように聞こえるが、気のせいだろうと一夏は思い直した。
それが気のせいでないと知るのは後、数時間後の事である。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「………どういう事だ?」
放課後のグラウンドに、箒の呆れとも怒りとも知れない声が響いた。
IS《打鉄》を身に付けた彼女の視線の先には、同じISを付けた、息を荒れさせて倒れている一夏がいた。
「何故、こんなにも弱くなっている……?」
「……受験勉強してたから?」
「……中学は、何部に所属していた?」
「帰宅部。見事、三年間皆勤しょぉおおおおっ!?」
ドスンッ!!
いきなり振り下ろされた太刀を、横に転がって躱す。
「おまっ、危ないだろ今のは!?」
「黙れ! よくもその鈍りきった頭と体であれだけの事を吹いたものだな!?」
「いや、それは……あはは〜はは………」
正直、小学校の終わり頃に何もなければ、きっと剣道部に入っていただろう。
だが、中学に上がってからは家計を助けるためのバイトで、部活どころではなかった。
朝は一夏の新聞配達。学校が終わって帰ってきてからは、春斗が簡単な外国文翻訳のバイトをしていた。
まともに剣を振る時間が殆どなかった以上、鈍っているのも仕方ないのだ。
「鍛え直す」
「え……うがっ!?」
と、疑問を口にする間もなく、箒の太刀が一閃。立ち上がっていた一夏をはじき飛ばしていた。
更に箒が追撃を掛ける。袈裟懸けに振るわれた一撃を、一夏はギリギリで防御した。
「おまっ、だから危ないっての!!」
「ISを使って近接戦闘訓練をし、武器を振るう感覚を体に覚えさせる……春斗がそう言ったのだろう?」
「そ、そうだけど……?」
ギリギリと、刃同士が擦れ火花が散る。
「そして、その相手に私を指名した……そうだな?」
「あ、あぁ………くっ!?」
箒には、この練習を提案したのが春斗であると伝えてある。
そして今の一夏は錆だらけの刀も同然である。基礎体力がある分だけ、救いはある。
ならば、自分の役割はそのサビを徹底的に落とすことだ。そう、箒は解釈したのだった。
「いや、だからってこれは危ないんじゃないかな〜って……?」
「大丈夫だ。春斗が考案したのなら、間違いなどある筈がないだろう?」
「どんだけあいつを盲信してるんだよ、お前は!?」
「少なくともお前の数百、いや数千倍は信用がおける。春斗が”お前が勝つ為”に苦しい病の床で考えた特訓だ。ならば疑う余地など微塵も無い!!」
「自信満々に言うな、畜生!?」
その前に、箒の頭の中では春斗はどんな状態になっているのだろう。まるで、不治の病にでもかかっているかのような言い草だ。
「っ〜〜〜〜はいだらァッ!!」
一夏は鍔迫り合いから体を滑らせて箒を弾き、一度間合いを離す。
「上等だ!! だったら、とことんやってやる! こい、箒ッ!!」
「いい覚悟だ……手加減はせんぞ、一夏ッ!!」
澄んだ金属音が、何度も響き渡った。
そんな感じで時はあっという間に流れる。
時刻は、翌週月曜の放課後。場所は第三アリーナへと移動する。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「………まだ来ないのか?」
『専用機を一週間で用意……てのは、流石に無理があると思ってたけどね』
一夏と春斗、そして箒は専用機の到着をピッチで待っていた。
本来、専用機とは個人の為に用意されるのではなく、専用機があって、それの所有権を争う形が多い。
前者のケースでも最低、一ヶ月の時間を掛けて準備がなされるものだ。
それを四分の一で。そこに春斗は不安があった。そして見事的中した。当たって欲しくない事程、よく当たるものだ。
専用機の到着時刻はとっくに過ぎている。
というより、試合開始時間そのものが目前になっている。
念のため打鉄も用意してもらってあるが、やはり練習機では心もとない。
やる以上は、万全で臨みたいものだと、一夏は逸る心を抑えていた。
「織斑君、織斑君、織斑君〜っ!!」
一夏を呼びながら、息と全ての男子の夢を弾ませて、我らが癒し系教師 山田 真耶が走ってきた。
「はぁ〜、はぁ〜、ぜ〜、ぜ〜。き、来ました……来ましたよ〜っ!!」
「北からですか?」
「いえ、西からですよ? とにかくお待たせしました! これが、織斑君専用のISですっ!!」
さり気無く言ったギャグは、さり気無いままにされてしまった。
ピット搬入口がゆっくりと開いていく。その奥にISハンガーを搭載したコンテナがあり、それも同時に開いていく。
「っ――」
そこには、全く飾り気のない『白』が存在していた。
その名は《白式》。
天に舞う翼と、その身を包む鎧。全てを白で埋め尽くした――― 一夏のための『白』。
不思議だった。一夏にはそれが、ずっとこうなる事を待っていたような気がした。
そう、全ては、必然であるかのように。
「時間がない。
千冬がそう宣告する。
時間は既に開始数分前。全てがギリギリだ。
『一応、予測の範囲内だ。一夏、すぐ装着だ!!』
『おうっ!』
乗り込むために機体に触れる。と、初めてISを起動させた時みたいな、あの痺れるような感覚がなかった。
代わりに、とても馴染む。まるで長い間使い続けた愛用の道具を使ったような感覚。
「そうだ。白式に背を預けるようにしろ。セッティングは白式が自動でする」
奇妙な感覚を気にしながらも、一夏は白式に搭乗した。
足を通し、手を通すと、自分の体が大きくなったような感覚が起こる。
そして空気が抜けるような音がして、一夏の体を装甲が包んだ。
すべてが融和し、融合し、一つへとなっていく。
ハイパーセンサーが世界をクリアにし、自分を中心とした360度全てを把握させる。
力が溢れ、世界が閃いていく。
―― 戦闘待機状態のIS 《ブルー・ティアーズ》を確認 ――
映し出されるデータはまるで昔から見慣れた物のように、違和感なく認識される。
「ハイパーセンサーはちゃんと機能しているな。気分はどうだ、一夏?」
センサーがなければ分からないほどに微かな不安。だが”織斑”ではなく”一夏”と呼んでいるだけで、彼には姉の心情が審に分かった。
「大丈夫、問題ないよ」
安心させるように、頷く。
『これが専用機……白式か。凄いぜ、春斗! ……春斗?』
春斗に呼びかけるが反応がない。どうしたのかと思っていると、突如として一夏の前に無数の画面が立ち上がった。
「う、うわぁっ!? 何だァ!?」
「どうした一夏!? システムトラブルか!?」
『あ、ゴメンゴメン。今消すから』
春斗の声がしたかと思うと、立ち上がった画面がドンドンと閉じられていく。
『お前、何やったんだ?』
『う〜ん、なんでか知らないけど……』
『………?』
『僕、白式に取り込まれたみたい』
「はぁっ!?」
突然過ぎる告白に、思わず声が出ていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
一夏が白式を起動させた直後、春斗は強力な引力に引っ張られた。
抗うことも出来ず、共有していた視界は遥か彼方に消え、代わって闇の中に白い流星が飛び交う。
「こ、これは……何だっ!?」
徐々に流星が闇を埋め尽くしていく。そして世界がまばゆい白に染まった。
「……っ!?」
その光の中で、春斗は亡霊を見た。
白い鎧を身に纏った、戦女神の亡霊を。
「――――ハッ!?」
慌てて周りを見回すと、そこは奇妙な世界だった。
自分を取り巻くプログラムリング。その周囲を、四方八方へと忙しく流れる電子情報の帯が走る
春斗はそれに似た世界を知っていた。
一夏がISを初めて動かした時に感じたものを、同時に春斗は
それが今、再び目の前に現れたのだ。
「ここは、まさかISの……白式の中なのか?」
勿論、こんな世界が実際にある訳ではない。あくまでこれは、春斗のイメージが生み出した仮初の世界だ。
「………」
春斗はそれが何であるか最初から知っているかのように、手を動かす。そして立ち上がるデータ。
―― 戦闘待機状態IS〈ブルー・ティアーズ〉確認 ――
そのまま春斗は手を振り、あっという間に数十からなるデータを引き出した。
―― 機動プログラムアクセス ――
――
――
―― 表層装甲 リアルタイム変化開始
―― 搭乗者 パーソナル認識。専用搭乗者として登録完了 ――
面白い。
膨大な量でありながら、それがどのようなデータであるのか手に取るように分かる。
次々にモニターを立ち上げていくと、一夏のビックリしたような声が届いた。
どうやら、立ち上げたプログラムに搭乗者への通達する物があったようだ。
取り敢えず、それを切りモニターを閉じていく。
春斗がISの中に取り込まれたと告げると、一夏はまた、驚きの声を上げた。
『大丈夫なのか……?』
『さぁね。今のところは問題はないと思う。なら、優先させるべきは、お嬢様のお相手だ』
『分かった。でも、何かあったらすぐに言えよ?』
『あぁ。ありがとう、一夏』
春斗の事は一度置いて、一夏が体を少しだけ前方に傾けると、フワリと機体が浮かび、移動を開始した。
「一夏……!」
後ろで直接顔は見えないが、センサーが箒の顔を捉えていた。
一見すればわからないほどだが、不安そうな顔をしている。
「『大丈夫』」
二人の声が重なる。幼馴染の少女の心を勇気づける為に。
その一言で、箒の表情は少しだけ和らいだ。
物々しい音を上げてゲートが開き、光が差し込んでくる。
そこに待つ敵はブルー・ティアーズ。自在なる攻撃を得意とする強敵。
だが、織斑一夏には恐れはない。
向こうがどれだけ凄い機体であろうとも、こちらには最高のブレーンが付いているのだ。
『僕がサポートする。一夏、作戦通り行こう!!』
『頼んだぜ、相棒!!』
「『―――白式、発進っ!!』」
滑るように加速し、ピットから大空へ。白き鋼翼はついに飛翔を果たした。