IS〔ツイン・ソウルズ〕   作:犬吉

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第40話  Just Before Summer Vacation

 

今日も今日とて、白式はアリーナを飛ぶ。

「はい、そこから瞬時加速(イグニッションブースト)!」

「くぅううううっ!!」

シューターフローから直線軌道に切り替え、一気にブースト。最高速度で標的に迫る。

「―― ォオオオオオオッ!!」

カノンモードの砲口を標的に叩き付け、そのまま撃ち放つ。粉砕される標的。一夏はそのまま脇を抜けて飛んだ。

「そのままシューターフローッ! 止まらないで!!」

「はいっ!」

一夏は円状機動に切り替え、荷電粒子砲の再チャージまでの時間を待つ。

 

この数日で、一夏は荷電粒子砲零距離発射をものにしつつあった。それは同時に、一夏がマニュアル制御を完璧にこなしつつあるという事でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いけ、月之雫(ムーン・ティアーズ)っ!」

飛翔する六機のビットが、楯無を狙って動く。が、楯無はその攻撃を躱して、一気に接近する。

「まだまだ、甘いわよ」

射撃能力はかなり上がっている。パターンも増え、表情には見せないが斬り込むにも一苦労だ。

だが、それでも国家代表を止めるには至らない。

四機のビットを躱し、残るは裏白式と二機のビットのみ。

「行けっ!」

春斗の指示に従って、二機のビットが飛ぶ。だが、その火力に楯無を止めるパワーはないと、そのままヴェールを展開して直進した。

「っ――!?」

直後、楯無は嫌な予感を覚え、即座に回避。その瞬間、ナノマシンでコントロールされた水のヴェールが容易に斬り裂かれた。

「これは……!?」

見れば、ビットの先端からエネルギーブレードが展開している。これが、ヴェールを斬り裂いたのだ。

「舞い踊れ、雫の刃(ティアーズ・ダガー)ッ!」

白式が零落白夜のバリエーションを増やしたのと同様に、裏白式もまた、月華白麗の新たなバリエーションを生み出していた。

月之雫(ムーン・ティアーズ)に月華白麗のエネルギー無効化刃を展開させての”遠距離格闘戦武装”。

雫の刃(ティアーズ・ダガー)と名付けられたそれは、接近に対する牽制と、火力不足を補う新たな力である。

「ちょっと、これはヤバイかな……!?」

さしもの楯無も、エネルギー無効化攻撃だけは喰らうわけには行かず、回避距離を取る。

「そこっ!」

「おっと、危ないわね……でもっ!」

月影の攻撃を躱し、楯無は舞うように月之雫(ムーン・ティアーズ)からの射撃を回避して、再度の接近を試みる。

そこを迎撃したいところだが、春斗は雫の刃(ティアーズ・ダガー)を戻してしまった。

「っ……!」

やはり、雫の刃(ティアーズ・ダガー)の弱点にすぐ気付かれたと、春斗は四機のビットと、晨月の牽制射撃で足を止めようとする。が、それよりも速く、楯無の一撃が春斗を吹き飛ばしていた。

「ぐぅっ!?」

「防御の弱さと、マニュアル制御のせいで、態勢が簡単に崩されるのは弱点よね?」

そのまま、楯無は撃墜となるタッチを決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日の訓練を終えた二人はピットに降りた。ISを解除し、一夏は滲んだ汗を拭う。

「大分、動きが良くなってきたわね。最初の頃とは段違いだわ」

「そうですか? いまいちまだ、実感が湧かないんですけど……」

楯無の言葉に一夏は首を捻った。確かにマニュアル制御は出来るようになっている。だが、実際それが実戦で使い物になるかというと、やはり疑問であった。

そんな一夏の反応も予想通りなのか、楯無は扇子をバッと広げた。今日の文字は『猪突猛進』。その意味は『目的の為に脇目も振らず、ただひたすら突き進む事』である。

「技術を学んだ今、今度はそれを実戦の経験値として積み重ねるのみよ。今まで学んだことを忘れないように、しっかりと心に留めておきなさい?」

「―― はい」

「あ、それと……暫くは練習に付いてあげられないから……ゴメンね

「どうしてですか?」

「いやぁ……ここ最近、こっちに掛かり切りだったせいで、生徒会の仕事がね……」

「溜まってるんですか?」

「虚ちゃんの瞳から、ハイライトが消えるぐらいには……」

「「うわぁ……」」

楯無は思い出してしまったのか、パタパタと扇子で必死に顔を扇ぎ、一夏と春斗はそれを想像してしまって、薄ら寒いものを背中に感じてしまった。

「一夏くん……」

「楯無先輩……っ!?」

楯無はしっかと、一夏の手を掴んだ。その瞳はうっすらと浮かんだ涙で震えていた。

「もしも帰らなかった時は……どうか、私の事は忘れて頂戴……!」

「分かりました」

「まさかの即答っ!?」

「いや、今のは春斗です……」

「春斗くん……ちょ~っと、お話したいことがあるから……出てきなさい?」

「………あ、〈海岸〉に逃げた」

春斗の気配が奥に消えたのを言うと、楯無はガシリと一夏の肩を掴んだ。

「引っ張り出しなさい、今すぐに!」

「ちょっ……無理ですって! めぇがぁまわぁるぅ~~~っ!!」

ガックンガックンと一夏を揺すりまくる楯無。徐々に一夏の顔色が青ざめていった。

 

「会長~。お取り込み中すいませんけど~」

ピットに顔を見せた織羽が楯無に声を掛ける。

「何、織羽ちゃん? 今、すっっっっごくっ! 立て込んでるんだけど?」

「虚さんがリミットブレイクしそうですよ?」

「それを早く言いなさい!!」

楯無は一夏を放り捨てると、すさまじい勢いでピットを後にした。

 

 

「ふぁああぁぁ……死ぬかと思った……」

「お疲れ様。ほい、タオルとドリンクのサービス」

「おう、サンキュー」

「しっかし、あの会長の訓練に食らい付くなんて……なかなか凄いじゃない」

「そうかな? 毎回必死で、よく分からないんだけど……」

タオルで汗を拭きながら、一夏は嘆息する。

厳しいのは分かるが、訓練の時はひたすらに集中していて、それがどの程度なのか、自分では分からなかったりする。

「そう言えるのが、充分凄いところなんだけどねぇ~」

織羽は予想通りの答だったのか、ニヤニヤと口元を歪めている。

 

 

「しかし、箒とシャルロットは部活だから分かるけど……他の皆は?」

着替えを終えた一夏は、珍しく織羽と二人で寮への道を歩いていた。

というのも、部活に入っている二人はともかく、他の面子も顔を見せなかったのだ。

結局、アリーナに来たのは織羽一人で、その彼女も練習終了後に顔を見せただけである。

「さぁ? 代表候補生なんだし……その辺の事情じゃない?」

「織羽は何で練習に来なかったんだ?」

「あたしは家の事情で今日は欠席してたのよ。で、今さっき帰ってきたばっかり」

「家っていうと……辰守インダストリーか?」

「舞影のシステム再調整と、新武装受け取りでね。やっと武装が揃ったのよ」

「そうなのか? 因みにどんな武装なんだ?」

「えっと……火縄銃型アサルトライフル『火輪』でしょ。ビーム弓銃『光炎』。鎖鎌『裂孔』と三節棍棒『龍鶴』……」

「……ハイテクなのかローテクなのか分からん武装だな。ていうか火縄銃型アサルトライフルってなんだよ!?」

指折り数える織羽に、一夏は微妙な顔でツッコんだ。

 

 

「そういえば織斑君、簪の事なんだけど……」

「更識さん? どうかしたの?」

「いやね、ここ最近……どうもボケ~ッとしてることが多くてね。何時もなら”打鉄弐式”のプログラムやら、メカいじりやらしてる筈なんだけど……何か知らない?」

顎に指をやりながら、織羽はチラリと一夏を見た。言葉尻こそ質問だがその実、一夏が関係しているという確信を得ているのだろう。

さて、何だろうかと考えた一夏だったが、自分にはとんと思い当たるフシがない。

そもそも、簪と話したことは臨海学校の時にちょっとだけだ。それ以外は、春斗が先日話をした程度だ。

「………ん?」

と、ここで一夏は気付いた。織羽が自分に関係していると思ったのは、きっと春斗と簪の一幕を見たからではないだろうかと。

そもそも、知らない人間から見れば春斗も一夏も、同じ人間にしか見えない。実際に体は一夏なのだから、当たり前の事だ。

「もしかしたら、俺じゃなくて春斗じゃないかな? ここ最近で彼女と話したのは俺じゃないし」

「そうなの? 聞き込みしたら織斑君と話してたって聞いたから、てっきり……で、簪に何を言ったの?」

「いや、楯無先輩についてちょっと聞いたぐらいだけど……後、更識さんに『先輩の事を何も知らない』的な事を言ったかな……?」

「あ~、なるほど。そのせいか……」

織羽は一人、得心が行ったと頷く。幼い頃より簪を知る織羽にとって、その言葉の意味するところはとても大きい。

簪にとって、楯無は憧れであり尊敬する姉だ。だがそれは同時に、簪にとってどうあっても届かない存在で、常に自分はそれと比較されることを意味していた。

 

だからこそ、簪はその背を追うことを諦めた。決して届かない大山に挑む事を止めた。

そんな彼女が一人で専用機〈打鉄弐式〉を完成させようと努力しているのは、それが簪にとっての最後の挑戦だからだ。

姉と同じように、単独でISを完成させられれば、少なくとも姉の背に、この手が届くかも知れないという思いがそこにはあった。

 

だが、憧れは理解から最も遠い感情である。

春斗はある種、簪にとっての禁忌に平然と踏み込んでみせたのだ。

 

「ねぇ、織斑君さ。よかったら少しばかり、簪の事気にしてやってね。あの子、すぐに考えこむ癖があるから」

「別に良いけど……何で俺?」

「考えすぎるのと、考え無さすぎるのとで、調度良い塩梅かなって」

「織羽、テメっ!!」

「はっはっは! それじゃ、よろしくねーっ!」

一夏が動くよりも早く、織羽はひょいと木の枝に飛び乗って、そのままヒョイヒョイと跳んでいってしまった。

 

「……春斗、お前が言ったんだから、お前がなんとかしろよ?」

『一夏。それよりももっと良い解決策がある』

「……何だよ?」

『一夏が何時ものように、会長と更識さんを落とせば、それで全て丸く納まる』

「納まんねぇよ! つーか、俺が何時も女を口説いてるみたいに言うなっ!!」

『一夏。自覚無いからって、罪は消えないんだよ?』

「罪状確定済み!? ……何か、このやり取りも久々だな」

『最近、やってなかったからねぇ……』

 

なんてやりつつ、一夏らは寮の玄関を潜るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、一夏さん」

先に帰寮していたセシリアが一夏を見つけたのは、丁度そのタイミングだった。

「何だ、もう帰ってたのか?」

「えぇ。ところで……今、お時間はありますか?」

「あるけど……部屋に鞄置いてきてからで良いか?」

「えぇ。では後ほど、私の部屋に来てください」

といって、セシリアは小走りに行ってしまった。一体、何なのだろうかと一夏は首を傾げるが、当然、答は出ない。

 

一先ず部屋に戻って鞄を置いて、セシリアの部屋へと向かった。

 

 

 

 

 

 

―― コンコン、コンコン。

 

部屋の前に着いた一夏は四度、ドアをノックする。

「セシリア?」

(はい、ちょっと待って下さい。今、開けますわ)

ドアの向こう側で動く気配を感じ、やがてドアノブの回る音が聞えた。

「どうぞ、お入りください」

「んじゃ、お邪魔します………相変わらず凄い部屋だな」

『ていうか、また増えてるよ。あの化粧棚、前来た時は無かったもの』

セシリアの部屋は見るからに高級そうな品で溢れていた。部屋の真中を支配する天蓋付きベッドに、装飾細工の施されたドレッサー、天井には何故かシャンデリア。寮室備え付けのデスク上にも、金やら銀やらで飾られた小物入れや、きっと中身は高級品ぞろいなのだろうと、見ただけで分かる化粧箱が置かれている。

 

初めてこの部屋に来た時、織羽が部屋替え申請を出した意味を即座に悟ったものだ。

実際は、その悟りの斜め上をぶち抜いた理由だったりするのだが、一夏はその事を知る由もない。

 

「それで……俺に何の用だ?」

「えっと、その……実は一夏さんではなくて……」

「春斗にか?」

「……はい」

すまなそうに言いよどむセシリアに、一夏はそういう事かと察した。

「春斗に用なんだな。ちょっと待っててくれ…………で、何の用かな?」

「っ……!?」

瞳を閉じた一夏が再び瞼を開くと、雰囲気が一変する。その気配にセシリアは思わず息を呑んでしまった。

こうして改めてその変化を目の当たりにすると、驚いてしまう。

「……どうかしたの?」

「いえ……えっと、実は月之雫(ムーン・ティアーズ)のデータを見せて貰いたいんです」

月之雫(ムーン・ティアーズ)の?」

「えぇ。裏白式はティアーズ型以外で唯一のビット搭載IS。しかも、セカンドシフトで発現した武装で……悔しいですが、ブルー・ティアーズよりも高精度、高性能……」

「……で、イギリス本国から裏白式のデータを入手するように言われたと?」

「っ……!」

「さしずめ、未だ偏向射撃(フレキシブル)が実現しない事に焦って、せっつかれたって所かな?」

「………その通りです」

セシリアはとても申し訳ないと俯いた。

 

 

ブルー・ティアーズはイギリスの開発した新技術〈BT〉の実験機だ。

〈BT〉とは、『人の心とリンクする』というIS基礎理論を強化し、それによって搭乗者のイメージをダイレクトに伝え、本来は複雑な独立可動ユニットのコントロールを行うものである。

ブルー・ティアーズに〈BT〉が用いられているのは、BIT (Bluetears Innovation Trial=ブルー・ティアーズ革新型試作機の頭文字)である〈ブルー・ティアーズ〉と、BTエネルギー変換型レーザーライフル〈スターライトmkⅢ〉。

スターライトmkⅢには、BTエネルギーを貫通、直線速射のイメージ=光に変えての射撃。ブルー・ティアーズはビットのコントロールに使用されている。

 

そしてBT兵器はその理論上、BT適性が高まればビームさえも自在に曲げる事が出来るとされている。それが偏向射撃(フレキシブル)である。

 

 

ブルー・ティアーズは実験機の意味合いが大きく、基本性能は低い。フルスペックは偏向射撃(フレキシブル)あってこそなのだ。

本国では、ティアーズ型の二号機もロールアウトし、故にBT適正イギリス最高値のセシリアに、本国の寄せる期待も大きい。

 

 

だが、そこに出てきたのが裏白式だ。

イギリス以外のBT兵器 (正確には異なる)〈月之雫〉を発現させ、その性能はイギリス製ISの上を行く。

となれば、イギリスが放っておく筈もない。

 

「本来、IS学園に所属する以上、そんな義理がない事は分かっています。ですが、そこを曲げてどうかお願いできませんか?」

アラスカ条約によって、ISに関わる情報は開示が義務付けられている。だが、その唯一の例外がIS学園であり、セシリアの要求に春斗が答える必要は一切無いのだ。

 

とはいえ、断ればセシリアのイギリスでの立場は悪くなる可能性もある。それは春斗の吉とする所ではない。

 

「別に見せるのは良いけど……参考にはならないと思うよ? そもそも、〈ブルー・ティアーズ〉と〈ムーン・ティアーズ〉は根本から違うからね」

「どういう事ですの?」

「BTはマインド・インターフェースによる制御だけど、〈ムーン・ティアーズ〉は思考複写インターフェースによるユニット制御だからね」

裏白式の百目は、搭乗者である春斗の思考パターンのを複写し、常に最適な制御を行うシステムで、それによってブルー・ティアーズよりもユニット制御が容易かつ精密になっている。

簡単に言うなら、セシリアが一人で制御しているのに対して、春斗は二人で制御しているという事だ。

更に〈ムーン・ティアーズ〉には〈BT〉は使用されていない。なので〈BT〉の理論最高値〈偏向射撃(フレキシブル)〉は使えない。

 

「なるほど……確かに参考にはならなさそうですわね」

そう説明すると、セシリアも納得したようだ。

「まぁ、制御システムぐらいなら……何とかできるかも知れないね。とりあえず、ブルー・ティアーズのデータを見せてもらえる?」

「分かりましたわ」

セシリアは待機形態のブルー・ティアーズを耳から外す。それを受け取った春斗は早速、移動ラボ”蚩尤五兵”を展開起動させた。

「なっ、何ですのこれは!?」

「あぁ、セシリアさんは知らないんだっけ。移動ラボ”蚩尤五兵”。本日はデータ解析モードでお送りします」

掌部分が開き、そこにブルー・ティアーズを入れるとデータ解析がスタートし、八枚もの空間投影モニターが出現する。

それらを見ながら、春斗はやはり空間投影式のキーボードを打ち始める。

 

「ふぅん、これがブルー・ティアーズか……なかなか面白い。フラグメントマップも独特だし……コアも個性的だ」

「個性的……?」

「何ていうかこう……プライドが高い感じ?」

「そんな事まで分かるんですの?」

「……え? いや………」

春斗は首を傾げる。

コアにはそれぞれ特性があり、向き不向きも存在する。だが、そのコアの意識が(・・・・・・・・)どんなものであるか(・・・・・・・・・)など分かる筈もない(・・・・・・・・・)

なのに何故、そんな事が分かったのか。

 

(そういえば、ミステリアス・レイディをいじってる時も、何となく感じたな……)

 

ISに触れている時に感じる―― コアの鼓動。

思い当たるフシはある。それは銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)を止めた時だ。

 

コアが生み出すISの世界。そこに聞こえた少女の声。

その前にも見た。月光と夜海と、金色と黒の少女。

 

どういう理屈か分からないが、その辺が原因のような気がした。

 

 

 

「……まぁ、そういう事かな?」

春斗は誤魔化すようにして、そう返した。

 

 

 

 

 

 

 

「春斗さんの目から見て、ブルー・ティアーズは……どうですか?」

デスクに紅茶の入ったカップを置き、セシリアが尋ねる。

「どう、っていうのは?」

「BTの理論最高運用……”偏向射撃(フレキシブル)”。可能だと思いますか?」

セシリアは真っ直ぐに、春斗を見る。その真剣な眼差しは

「……ブルー・ティアーズの運用データは悪くないし、BT適性も充分だと思う。もう偏向射撃(フレキシブル)が出来てもおかしくない筈だよ」

「ですが、私は未だに偏向射撃(フレキシブル)が出来ませんわ」

セシリアの言葉に春斗は腕を組み、思考する。

「……考えられる理由は二つ。一つはそもそも偏向射撃(フレキシブル)そのものが不可能である事。もう一つは――」

腕組みを解き、ピッと人差し指を立てる。

「―― セシリアさん自身が、ブルー・ティアーズを理解していないか」

「な――っ! 聞き捨てなりませんわっ!」

カッとなったセシリアが、春斗に詰め寄る。

「私がブルー・ティアーズを理解していない!? そのような事、あり得ませんわっ!!」

サファイアの瞳を自身の誇りを傷つけられた怒りに燃やして、ズズイと春斗の眼前にまで迫る。

「まぁ、落ち着いて。この距離は色々マズイんじゃないかな?」

「えっ…………っ!?」

前髪が触れるほどの距離にまで顔が寄っていたことに気付き、バッと離れた。陶磁器のように白い肌は赤みを帯びている。

 

「そ、それで……私がブルー・ティアーズを理解していないというのは……どういう意味ですの?」

誤魔化すように咳払い一つ、セシリアは尋ねた。

「まず、セシリアさんはどうやって偏向射撃(フレキシブル)をやろうとしている?」

「どうって……ビームが曲がるように意識して……」

「曲がるよう理論的に考えたり、曲がれとか命令したりしてない?」

「っ……!?」

ギクリとするセシリア。その反応だけで答は充分だった。

「セシリアさんは理論的に細かく考える癖があるよね。それが多分、偏向射撃(フレキシブル)を阻害しているんだと思う。」

先程感じたコアの性質と合わせて考えてみると、その可能性が高いと春斗は判断した。

「では、一体どうしたら……?」

「こればかりはセシリアさん次第、としか言いようがないかな。何かきっかけでもあれば……出来るようになるんじゃないかな?」

蚩尤五兵からブルー・ティアーズを取り出し、セシリアに差し出す。

「むぅ……焦っても良い事はなさそうですわね」

セシリアは残念そうに、春斗からブルー・ティアーズを受け取った。

ラボを消して、春斗は紅茶に口を付ける。

料理の腕がアレなので、ちょっとだけ不安があったが、流石にお茶に変なモノを入れたりしなかったようだ。

とはいえ、やはり自分で入れるのには慣れていないのか、折角良い茶葉を使っているのに、香りが飛んでしまっている。

だが、普通に飲めるレベルなので問題はないと、春斗は紅茶を飲んでいた。

「……ん?」

ふと下げた視線。デスクの下に何かが落ちている。何だろうかと春斗は拾い上げた。

 

それは写真だった。

そこに写っていたのは一組の男女で、そして春斗がとても見慣れた二人だった。

「これ…… 一夏とセシリアさん? いや、でもこんなのあったかな……?」

 

「あ……あぁああああああああああっ!?」

 

イヤー・カフスを付けていたセシリアがそれに気付き、悲鳴と共にそれを奪い取った。

「みみみみみみみみみみみみみ…………見ましたかっ!?」

「…………………いや、見てない?」

「嘘を言わないでくださいっ! 思いっ切り見ていたではないですかっ!!」

「分かってるなら聞く必要ないと思うんだけど……それ、何時の写真?」

「こ、これはその……クラス代表決定の時のですわ」

「……あぁ、あの時の」

そういえばそんな事もあったなと、春斗は思い出して笑った。

「……春斗さん。あの時、私を助けてくださったのは一夏さんではなく……貴方だったのですか?」

「……まぁね」

「やはりそうでしたか。どうりで、普段の一夏さんに……あの時の印象がないと思いましたわ」

「どういう意味?」

「―― いえ、此方の話ですわ」

そう言ってセシリアは何故か笑った。

 

 

 

「そういえばもうすぐ夏休みだけど、セシリアさんはやっぱりイギリスに帰るの?」

部屋に戻ろうと廊下に出たところで春斗はふと思い立って、セシリアに尋ねた。

「えぇ。オルコット家の当主としての執務に、代表候補生としての報告に、ブルー・ティアーズの再調整……それ以外にも色々とありますし」

「なかなか忙しそうだね。ISの調整くらいなら、僕がやろうか?」

「お言葉が嬉しいですが、向こうでやらないと意味のない事ですし」

「そうか。データ解析もしないといけないんだっけ……あれ、僕らのはどうなってるんだ?」

ふと、白式と裏白式のデータ解析は何時やるのか気になった。時期的に見てもそろそろの筈だし、何より二機とも二次移行(セカンドシフト)をしている。

二機の開発元である『倉持技研』が学園に申請を出している筈だが、未だ真耶や千冬からそういった話は聞いていなかった。

 

千冬はあんな状態だったし、真耶もそのせいで忙しかったろうから、もしかしたら忘れているのかも知れないと、春斗は後で聞いてみることにした。

 

「一夏さんと春斗さんはお休み中、どうされるのですか?」

「どうと言われてもねぇ……家にも帰るだろうけど、基本は寮に居ると思うよ?」

あまり代わり映えしないねと、春斗は肩をすくめる。

 

 

「あっ、一夏っ!!」

と、廊下の向こうから走ってくるツインテール。

「鈴ちゃん?」

「春斗!? 丁度良かったわ。一緒に来て!!」

言うが早いか、鈴は春斗の腕を掴んで引っ張る。

「ちょっと鈴ちゃん! 一体どうしたの!?」

つんのめりそうになりながら、なんとか堪えて春斗は理由を尋ねた。

「今すぐ、甲龍の調整とデータ解析やって!」

「だから何で!?」

「国が帰ってこいってうっさいのよ! だから、寸分の隙もないデータを送ってやれば黙るでしょ!? だからよ!!」

「自分でやりなよ、代表候補生!!」

「使えるものは一夏でも使えって言うでしょ!?」

「じゃあ、一夏を使いなよ!?」

「一夏が使いものになる訳ないじゃない!?」

 

『お前ら、大概にしろよ!!』

 

一夏が叫ぶが、それを一切合切無視して、二人の言い合いは続いたまま姿が消えていった。

 

 

「何というか……春斗さんも、色々と大変ですわね」

 

 

喧騒の治まった廊下で、セシリアは一人呟いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして、賑やかしくも時間は過ぎて行き―― 時は夏休み直前。

 

自室にいたシャルロットの所に届いた一通のメール。

「これ……っ!」

その内容に目を通したシャルロットが、目を見開いた。

 

 

 

『シャルロット・デュノアへ。竜の飛び立つ日がいよいよ来た。君の帰る日を待つ。

                            フィリー・ミヤムラ』

 

 

 

「ついに完成するんだ……ラファール・ドラグーンが……っ!」

いよいよその時がきたと、シャルロットの心が興奮に染まる。ドキドキと心臓が高鳴り、手が震える。

 

シャルロットの脳裏に蘇るのはライトアップされた、巨大なリングを背負う白と翠の二色で彩られた機体。

太いコードに繋がれ、装甲内部の機構もまだ見えていた。それでも、一見しただけで背筋をゾクリとしたものが走った。

 

居ても立ってもいられないと、シャルロットは休みに入ってからの帰国予定を早め、終業式当日のチケットの予約を行なった。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

応接用というには安物のソファーに座る二人の女性。

一人はグレーのスーツと白衣を着た、40代ほどの赤髪の女。

もう一人は20代後半程の女性。美しいライトブロンドと、完璧な造形美と喩えられそうな肢体を赤いスーツに包み込んでいる。

 

「これがご要望にあったデータよ、”Dr,ファウスト”」

「ありがとう、”スコール”。これでまた一歩、完成に近付けるわ」

スコールと呼ばれた女性が懐から取り出したのは一枚のデータディスク。

それを受け取ると、ファウストと呼ばれた方はにぃ、とその口元を醜く釣り上げた。

 

そこに収められているのは先日、一夏達によって倒された銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)の映像データであった。

それを使ってファウストが何をしようというのか、スコールは理解していた。

 

Dr,ファウスト。亡国機業(ファントム・タスク)関連組織《研究所(ファクトリー)》の主任(リーダー)

 

彼女の研究はとても興味深く、亡国機業(ファントム・タスク)幹部達も注目している。

 

「ところで、うちの子は何処かしら? 任せたい仕事があるのだけれど……」

「さっき呼んでおいたから、そろそろ来るんじゃないかしらね」

と言って、ファウストは立ち上がった。

「悪いけど、これで失礼するわ。一刻も早くこれを解析したいのでね……」

「お構い無く。貴女の研究を楽しみにしているわ……博士(ドクター)?」

「ふふっ……ありがとう、スコール?」

 

ドアを開け、ファウストが退室すると、別のドアが開いて入って来る者がいた。

「スコールッ!」

「あら、オータム。随分と機嫌が悪いみたいね?」

「こんな陰気な所にずっといたら、機嫌も悪くもなるぜ」

「まぁ、あなたは外で暴れていた方が性に合うでしょうね」

「嫌味でも言いに来たのかい?」

ドッカリとソファーに腰を下ろし、オータムはスコールをジト目で見る。スコールはしかし、全く気にせず、オータムを見返していた。

やがてオータムが折れ、深い溜息を吐いた。

「てか、いいのかよスコール。あの女の計画が成功したら……?」

「何も変らないわ」

「え……?」

「どれだけ世界が変わろうとも、影が消えることはない。ただ、その姿が変わるだけ……今までと同じ」

「………」

「私達は世界の影……『亡国機業(ファントム・タスク)』なのだから」

そう言い切るスコールの瞳に、鋭くも妖しい光が覗く。

 

「それよりも……新しいミッションよ」

スコールはポケットから白い封筒を取り出してみせた。

「標的(ターゲット)は、フランス第三世代IS〈ラファール・ドラグーン〉。この機体の奪取よ」

「フランスの第三世代……何か、全第三世代最強とか大々的に言ってやがるんだっけか? そんなに凄い機体なのか?」

「カタログスペックを見る限り……全くのハッタリという訳では無いようよ」

「へぇ……そりゃ、楽しみだ」

スコールの言葉に、オータムは凶暴な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

光無き室内に浮かび、淡く輝く生体ポッド。

溶液に満たされたその中に浮かぶ、一人の少年。

 

そしてそれを見つめるのは―― 15歳ぐらいの黒髪の少女。

 

「ようこそ、織斑春斗」

 

そっとポッドに触れると、それは彼女のいる世界を知らしめているかのように、冷たさを腕に上らせてくる。

 

「もう二度と、光ある場所には帰れない。ここが、お前の生きる世界だ……私と同じにね」

 

 

 

その瞳に狂気を宿して、少女は押し殺した笑いを響かせるのだった。

 

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