IS〔ツイン・ソウルズ〕   作:犬吉

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第41話  ”疾風”をめぐる物語

 

八月。IS学園は、一般高校よりも若干遅い夏休みに入る。

世界各国から生徒が訪れている為に帰国組も多く、寮は日を追う毎に人を減らしていく。これもまた、IS学園毎年の光景であった。

 

そしてまた二人、一年生寮を後にする者達がいた。

「では一夏さん、春斗さん。しばしのお別れですわね」

「暫くの間だが……浮気などするなよ?」

「浮気って……また変な言葉、教えられたのか?」

夏休み三日目。学園の門の前には、帰り支度を整えたセシリアとラウラ、それを見送る一夏の姿があった。

 

「しかし、シャルロットの奴も随分と急いで帰国したものだな。折角なのだから、共に空港まで行けば良かったものを」

「そうですわね。まさか、終業式が終わると同時に帰国するなんて……本国で何かあったのかも知れませんわね?」

「義兄上は何か、ご存知ではないのですか?」

「残念ながら何も。聞く前に行っちゃったからね」

その時の様子を思い返しながら、春斗は肩を竦めた。

「まぁ、シャルロットさんの事はさておいて……大丈夫ですの、あれは?」

「本当、どうしようねぇ……」

セシリアの言う”あれ”の事に、春斗は遠い目をした。空は青々と晴れ渡り、吸い込まれそうな程である。

いっそ吸い込まれてしまえば、面倒もないんじゃないかなと本気で思ってしまう。

 

 

 

 

その面倒事が起こったのは、正しく終業式の日であった。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

IS学園大講堂。

全校生徒を収容して尚余る大きさのそこで、一学期終業式が行われていた。

学園長の話が終わり、壇上には一部面々が微妙な顔をする人物が上がった。

 

「生徒会長の更識楯無です」

 

何故か、名乗っただけで嫌な予感が倍増した。

 

「さて、今回はこの場を借りて生徒会から報告があります」

 

嫌な予感が倍率ドン。6、7、2、3、5。

 

『なんだろうな……発表って』

『なんだろうね……僕限定で、嫌な予感がビシビシするんだけど?』

 

はら◯いらさんに三千点。

 

「生徒会に多数寄せられた嘆願書の件ですが、今回正式に学園に提出運びとなりました」

楯無は壇上で、バサッと扇子を広げる。本日は『驚天動地』と書かれている。

「嘆願書……もしかして?」

「じゃあ、ついに……!?」

ざわざわと、ざわめきが波のように講堂全体に拡がって行く。

 

パシン。と、扇子を閉じる音が響くとざわめきが止まり、生徒達が楯無を注視し直した。

 

「昨日、IS学園にラファール・リヴァイヴ専用高機動プログラム制作を申請しました。次回公式戦までに用意されると思います」

「『なっ――!?』」

楯無の爆弾発言に驚きの声を上げる二人。それを呑み込んで歓声が上がる。

そして壇上の楯無の視線が、一夏のそれとぶつかる。

 

「――― にやり」

『笑いやがったよ。これでもかってぐらいに嫌な感じで』

 

大々的に発表されたせいで、学園の盛り上がりは異常である。チラリと千冬に視線を送ると、この事は千冬も知らなかったようで、小さく首を振られた。

 

『……で、どうするんだよ?』

『どうしようねぇ……本当に』

 

別口にプログラムを発注するのかと一瞬考えるも、楯無の表情からそれはないなと思い直す。

彼女は間違いなく、春斗にプログラムを組ませる心算だ。

というよりも、あれだけの物を作れる人間自体がいない。と、いう方が正しいのだが。

 

かくして、大盛り上がりのまま終業式は終わり、生徒達は興奮のままに講堂から教室へと戻った。

 

 

 

 

教室に帰った一夏が、帰り支度をするシャルロットに声を掛けた。

「あれ、シャルロット? まだ、ホームルームがあるぞ?」

「うん。今日の便を予約してるから、今からじゃないと間に合わないんだ」

「豪く急だな」

「本当なら、もうちょっと経ってから帰国する予定だったんだけどね……それじゃ、またね!」

苦笑いするシャルロットは、いそいそと教室を後にした。

 

 

 

千冬と真耶が入れ替わるように教室にやって来て、ホームルームが行われた。

 

 

そんでもって今、春斗は人目に付かない場所にいた。

『―― で、どうするつもりだ?』

「ラファール用のプログラムの事? 作るのは良いんだけど……う~ん」

春斗はいまいち気乗りしない様子で、腕組みをして唸る。

「一夏のためでもないし、ほーちゃんのためでもない……不特定多数のためってのは、やる気しないなぁ。ましてや、何の義理があって、生徒会の依頼なんて受けなきゃいけないのかって」

「―― それは当然、これが正式な取引だからよ?」

ヌルリと物陰から現れたのは、件の生徒会長様。

「正式な取引って……プログラムを作ったら、こっちに得もあるんですか?」

春斗がジト目で言うと、楯無は何時ものようにバサッと扇子を拡げた。本日の文字は『需要供給』である。

「世知辛いこの世の中、ギブ・アンド・テイクが基本よ」

「……で、答になってないんですけど?」

「あら、本当に分からないの?」

楯無は扇子をゆっくりと畳みつつ、足音を響かせながら距離を縮めてくる。

 

春斗は自然と、後に足を進ませる。が、その背がすぐに壁にぶつかった。

「っ――!」

「―― さぁ、おねーさんに支払ってくれるかしら?」

音も無く一瞬で、楯無が密着する程の距離まで近づく。

「……何を払えと?」

「勿論、君のコーチ料♪」

扇子でクイッと春斗の顎を持ち上げて、楯無は目を細めてクスリと笑う。

「言ってる意味がよく分からないんですが? そもそも、〈霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)〉を仕上げるので成立している話だった筈では?」

「あらあら。約束はちゃんと、正しく覚えておかないとダメよ?」

「正しくって……」

春斗はその時の事を思い返してみた。

 

 

 

 

 

 

 

「会長、俺を……鍛えて下さい! 俺は、強くならなきゃいけない!!」

「……そんなに叫ばなくても良いわ。そもそも、君を鍛えるのは私のお願いを聞いてもらう代わりでしょ?」

「……あ、そういえば。会長のお願いって……?」

「う~ん、正確には君にじゃなくて………君の中のもう一人の君。天才と謳われた”織斑春斗”博士にね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………まさか」

春斗がある事に気付き、その頬に一筋の汗が伝う。そして楯無は勝利を確信したかのように、邪悪な笑みを浮かべた。

「そう。ミステリアス・レイディの仕上げは、一夏くんのコーチ料としてよ。さて、ここで問題。春斗君のコーチ料はどうなるのでしょう?」

「詐欺契約もいいところですね、マジで」

「ちゃんと、契約内容は確認しないとダメよ。さぁ、私と契約してプログラムを作ってよ~」

「ますます詐欺っぽくなってきましたね?」

「あら、人聞きの悪い。完全なる事後承諾と言って欲しいわね」

「それを、普通は詐欺と呼ぶんですよ」

春斗の皮肉を右から左に聞き流し、楯無の指が胸元を擽るように触れて滑る。

「それで……真面目な話、作れる?」

「まぁ、”真打”を幾らか弄れば簡単に出来ますけど……」

「………君、よく人に『非常識』とか言われない?」

「失礼な。只の一個性ですよ」

プログラム関連で、一夏に千冬に箒に鈴にと『非常識だ』と言われた事があった。

春斗からすれば甚だ不本意であるが、言ったところで詮なき事と諦めている。だからといって、一個性で済むようなレベルではないのだが。

「じゃあ、プログラムの件はお願いね? 織斑先生には生徒会の方から話をするから」

「分かりました。ところで……」

「……何?」

「いい加減、離れてくれませんか? 暑いんですけど」

春斗はうんざりしたように楯無に言う。彼女は未だ、春斗にくっついたままなのだ。

「あら、いいじゃないの。減る訳でもないんだし」

それどころか体を密着させてきた上に、その足を春斗の足の間の奥へと更に差し込んできた。

「減ります。体温上昇による発汗によって、体内のミネラル分と水分が」

「……君、本当に可愛くないわねぇ。普通、もっと慌てたりとかドキドキしたりしない?」

楯無は呆れ気味に返して、その体を離した。

「一夏ならまだしも、僕はしませんね。特に、『道化を演じて、本音を常に隠している人間』には、何の魅力も感じませんし」

「……どういう意味かしら?」

「知ってますか? 道化を演じていると……何時の間にか本心を晒す事を恐れるようになるんですよ。そうですよね、道化を演じてれば本心を隠せるし……何より、傷つかなくて楽だから」

「………随分と、分かったような事を言うのね?」

「えぇ。初恋さえしてない会長よりは、青春ポイントが高い自信ありますから」

「っ……!? あ、あら……失礼ね……は、初恋の一つや二つ……おねーさんを甘く見ないでほしいわね」

「へぇ~~~~~~~」

「信じてないわね!? そのリアクション、全く信じてないでしょ!?」

「えぇ、全く。それに……会長には死んだ経験ないでしょうし。そういった意味でも、僕の方が経験豊富と言えますね」

「普通は誰も経験した事ないと思うわよ!?」

楯無のツッコミも当然だ。というより、春斗の経験を常識と比較する事そのものが、そもそもの間違いである。

 

「全く生意気な後輩君ね。どうやったら、君の顔を歪ませられるのかしらね?」

「妹さんと仲直り出来たら、きっと歪ませられるんじゃないですかね」

「本っ当に意地悪ね」

楯無はすっと離れると、拗ねるかのように背を向ける。

「何かを変えようと思うなら、傷つける事も傷つく事も覚悟しなけりゃいけないんですよ。それに、そういう事が出来るのも……生きていればこそ、ですからね」

「………なるほど。説得力あるわね」

「一度死んだ身ですからね」

楯無は肩をすくめ、春斗はクスリと笑って返した。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

時は戻り、国際空港。

ラウラとセシリアは搭乗時刻になるまでの暇つぶしにと、空港内の土産物屋に来ていた。

 

「あら、これは何かしら……ジャパニーズ・スシ?」

「これは食品サンプル……つまり、精巧に出来た模造品だ」

「あらラウラさん。よくご存知ですわね」

「ふふん、義兄上に教えていただいたのだ。……しかし、実物を見るのは初めてだが……見事なものだ」

「こちらはテンプラ……って、これもサンプルですの!?」

二人は土産用の食品サンプルに、すっかり目を奪われていた。

日本といえばスシ、テンプラ。本物さながらに作られたそれらは、外国人向けの土産として人気の品でもあったりする。

「―― むっ」

棚に視線を滑らせていたラウラがふと、目を止める。

そこにあったのは―― 二つ一揃えの茶碗。一つは青の花が、もう一つは朱の花が描かれている。

(ま、まさかこれが噂の……『夫婦茶碗』!? む、むう……どうする? ここで買うとドイツに持っていく事になってしまう……ならば、帰国した時に買えば……うむ、それが良い)

 

「……何をしているのかしら?」

一人ウンウンと頷くラウラに、訝しんだ視線を送るセシリアであった。

 

 

 

 

やがてドイツ、イギリス行きの飛行機の搭乗が始まり、二人はゲート前で別れた。

 

 

 

ドイツ行きの飛行機が飛んでいくのを窓から見送って、セシリアは遮光スクリーンを下ろして、その背を座席に預ける。

「日本、色々ありましたわね……」

数ヶ月程度の間に起こった様々な出来事を振り返りつつ、セシリアは瞼を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

時は、七月三十一日。

終業式終わりと共に、シャルロットは帰国の途に就いた。

フランス行きの便に飛び込むように乗って、夕方前には日本を離れた。

 

フランスと日本の時差は、今はサマータイムで7時間。そしてフライト時間は直行でも12時間以上。フランス到着は21時以降になる。

逸る心を抑えつつ、シャルロットは少し眠ろうと瞳を閉じた。

 

今更だが、日本に来た直後は時差が地獄のようにきつかった。その経験が今、こうして生かされているのだ。

 

 

―― 少し考えれば分かりそうな事だとか、言ってはいけない。

 

 

ともかく、シャルロットは仮眠を取った。そうしてみる夢は―― 彼女の始まりの記憶。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「あんたがシャルロット・デュノア?」

母を失い、デュノア家に引き取られてから暫くの後。彼女の前にフラリと一人の女性が現れた。

このご時世に平然と銜え煙草をして、今もポロポロと灰を床に落としている。

薄い紫煙の向こうに見える顔は、シャルロットの記憶にある人物であった。

「あの……もしかして、フィリー・ミヤムラさんですか?」

「あら、あたしの事知ってんの? 間違ってなきゃ、初対面の筈だけど?」

「知ってるも何も……元フランス代表で、第二回モンド・グロッソ射撃手(ガンスリンガー)部門の部門優勝者(ヴァルキリー)じゃないですか!」

フィリー・ミヤムラ。日英のハーフで、自由国籍取得者。

フランス代表として第二回モンド・グロッソに出場。射撃武装限定部門にて優勝。総合部門では準決勝で〈初代ブリュンヒルデ〉織斑千冬と激突し敗戦するも、その実力はヨーロッパトップクラスである。

 

「あぁ~、そんなのもあったわねぇ……忘れてたわ」

「いや、忘れてたって……」

眠たげな目で右手でポリポリと頭を掻く、フランスの英雄。とてもではないが、あの初代ブリュンヒルデと死闘を繰り広げた人物と同じとは思えない。

 

「んなこたぁどうでも良いから、さっさと準備しなさい」

「準備って……何のですか?」

「何のも何も……あんたの代表候補適正試験すんのよ。分かったらさっさとしなさい」

フィリーは面倒くさそうに言って、シャルロットに背を向けて行ってしまう。

一人残されたシャルロットはその場で唖然とし、そして言葉の意味を理解して――

 

「えぇええええええええええええっ!?」

 

―― そして、思いっ切り叫んだ。

 

 

 

「ふむ……これなら申し分ないと思いますが……どうですか?」

「充分ね。伸び代もあるし……何より、鍛え甲斐がありそうだわ」

受けた本人を前にしながら堂々と、しかし絶妙に聞こえない声で試験結果について話す、政府派遣の試験官とフィリー。

シャルロットはドキドキしながら結果を待つ。余りの緊張に目眩を起こしそうだ。

 

「ほんじゃ、行くわよ」

「……え? あの……結果は……?」

「そんなの良いから、さっさと来る。表に車回しといて」

「はい」

スタッフに車の用意を指示して、フィリーはさっさと行ってしまう。

「え……あ、ちょっと待って下さい!!」

置いてけぼりにされたシャルロットは、慌ててフィリーの後を追いかけた。

 

外へ出ると、最初から車に人が待機していたのか、既にフィリーが車に乗り込むところだった。

防弾仕様の黒塗りの特注車。VIP専用としてよく使用されているものだ。

「ほら、さっさと乗りなさい。時は金なり。青春の一秒は黄金にも勝る価値があんのよ?」

「は、はぁ……」

訳も分からないまま、シャルロットはフィリーに続いて後部座席に座った。

 

バタン、とドアが閉じて車が走り出す。後方に遠ざかっていく、デュノア社を振り返りながら、改めてシャルロットはフィリーに尋ねた。

「あの……一体、何がどうなってるんですか? 何もかもがいきなり過ぎて……私、頭がゴチャゴチャなんですけど」

「ん~……じゃ、簡単に説明するけど」

タバコを携帯灰皿に捨てて、その視線が鋭い光を宿す。ガラリと変わった雰囲気に、シャルロットは思わず息を呑んだ。

「今、フランス政府とデュノア社で共同プロジェクトが上がってるのは知ってる?」

「はい。第三世代ISの開発プロジェクトの事ですよね?」

「そう。あんたをそのパイロットするから。以上」

「――え? えぇえええええええっ!?」

「っ……いちいちデカイ声出して驚くんじゃないわよ」

「だって……そんな……私が……だって、只のテストパイロットて、代表候補ですら無いのに……!」

今のシャルロットの立場はデュノア社所属のテストパイロットだ。試験を受けるには受けたが、その合否は不明なのだ。

「あぁ、あんた合格だから。今日から代表候補生よ、おめでと~」

パチパチと手を叩くフィリー。その余りにもあっけらかんとした態度に、シャルロットはもう何度目か分からない驚きに襲われた。

「そんな……あっさり決めて良いんですか!?」

「だって、あんたの事はあたしに一任されてるし。どうせ候補生なんだから、1人も2人も20人も大して変わんないわよ。大事なのは優勝を狙える国家代表なんだし」

元国家代表の言葉は軽いようで、しかし何処までも現実であった。

候補生はあくまでも候補生でしかなく、『国家代表』という椅子に座る為のチャンスを与えられただけに過ぎない。

そして今、シャルロットの目の前に居るのはその椅子に座っていた人物。全ての代表候補生の憧れであり目標。

 

実際、中継されていた試合をシャルロットも見ていて、その魔法のような戦い方に目を奪われた。

 

 

「でも、どうしてデュノア社まで? 候補生なら他にいる筈だから、わざわざ私一人の試験のために来る必要が……そもそも、私の事をどうして知ってたんですか?」

此処が一番の疑問だった。フィリーは開口一番、シャルロットの名前を言った。

彼女の事は世間体もあり、ごく限られた人間しか知らない筈なのだ。

なのに、どうしてフィリーはシャルロットを知っていたのか。そこが全く理解できなかった。

「それに関しては、あたしより”あたしに指示を出した人”に聞いた方が早いわよ? あたしは言われて行っただけだしね」

「指示をした人……ですか?」

 

車は進む。そして見えてくる―― その場所。

外周数十キロメートルという広大な敷地と、そこに並び立つ多様な施設。

 

 

 

国立科学技術局。この国の最先端技術が終結する禁断の地。

 

 

 

車は入り口で一旦停車し、IDパスを通してゲートを開いてから再度走りだした。

「さて、今正に国家機密のバーゲンセールみたいな所に踏み入った訳だけど……気分はどう?」

「車の中じゃ、実感湧かないです」

「あっはっはっ! 確かにそうね! それじゃ……そろそろ降りてみようか?」

「え……?」

行く先には、一等立派で大きい建築物。そこの前で車は停車した。

 

 

ドアを開けて降り立ったシャルロットは、まずその大きさに驚いた。

まるで、凱旋門を複数個持ってきたかのような高さと幅。降車した場所は建物の入り口からまだ100メートル程あるというのに、一番上を見るのに、シャルロットは真上まで顔を上げなければならない程だ。

 

「大きい……」

「どう? ここが今日からのお仕事場よ?」

「こ、ここがですか!?」

 

 

「―― おぉ、やっと帰ってきたか」

驚くシャルロットだったが、突然聞こえた声に入口の方を振り返る。

 

果たしてそこに居たのは杖を付き、白衣を着た白髪の男性。顔には皺が深く刻まれており、それがむしろ、彼の印象を壮厳にさせている。

「遅れて申し訳ありません、博士。指示通り、シャルロット・デュノアを連れてきました」

フィリーは今までとは打って変わって、ピシッと背を正した。

「ご苦労。早速だが彼女のID登録証と、必要書類の方を頼むよ」

「分かりました」

「ちょ、ちょっと待って下さい!!」

あれよあれよと進んでいく話に、シャルロットが思わず待ったを掛けた。

「何だね?」

「あの……私はまだ、詳しい事を殆ど聞かされてないんですけど!? どうして私が呼ばれたのかも分からないし……えっと……とにかく、分からない事だらけなんですっ!」

「……フィリー、説明しておくよう言った筈だが?」

「しましたよ。極々簡潔に」

 

 

ドゴスッ!

 

 

「いったぁあああああ……っ!!」

「”詳しく”とも言った筈だぞ?」

「だって面倒くさ――」

 

 

ドゴスッ!!

 

 

「あいったぁあああああああっ!?」

「全く……仕方ないな。シャルロット・デュノア、着いて来なさい」

「え……あ、はい」

痛みにうずくまる英雄を横目に、シャルロットは老人に続いて建物の中に足を踏み入れた。

 

 

 

「まず、君の事を知っていたのは大した事じゃない。優秀な操縦者を探していて偶然、君を見つけただけだ。とはいえ、デュノアの社長には散々、しらを切られたがね」

「………」

あの父の性格を考えればそうだろう。愛人の子である自分のことなど、相応の理由がなければ表に出したりしない。

「で、ここに連れて来られたということは……試験は合格、君にはプロジェクトチームに加わってもらう。だが、今ならまだ拒否は出来るぞ?」

「……プロジェクトって事は、この先にあるんですよね……噂の『第三世代IS』が」

エレベーターに乗り込み、地下へと降りていく。重厚な隔壁を幾つも抜けて、やがて止まるとドアが開く。そこから今度はベルトコンベア式の廊下を進んでいく。

 

数センチもある強化ガラスの向こうには、幾人もの人と無数の機械がせわしなく動いている。

 

「―― ここだ」

廊下の終点。そこには巨大で重厚なドアがあった。老人は脇の機械に掌を合わせ、そしてIDカードをスラッシュさせた。

「音声認証。”デュアン・ヒューイックだ。ドアを開けたまえ”」

(デュアン・ヒューイック……!? この人があの……?)

フランス1の科学者にして、英雄。まさかの正体にシャルロットは目を見開いた。

『認証確認。Dr,ヒューイック、どうぞ』

ガコン、ガキンとロックが外れ、ゆっくりとドアが開いていく。

「っ――」

開かれた先―― 白で埋め尽くされた空間に鎮座する、一機のIS。

 

装甲の所々が外されていて、内部機械構造が見え、複数のコードに繋がれた、一見しただけで未完成のIS。

 

 

そのシルエットは何処か、ラファール・リヴァイヴに似ていた。

だが、リヴァイヴと一線を画す部分があった。

 

非固定部位となったスラスター翼と、その背に背負った巨大なリングユニットである。

 

シャルロットはゴクリと、息を呑んでいた。

既存のISの影を残しながら、しかしどれとも違う―― その威圧感。

 

 

「このISの名は『ラファール・ドラグーン』。ラファール・リヴァイヴの設計思想を受け継ぎ、第三世代兵装〈リンドブルム〉を搭載した、第三世代IS最強となる機体だ」

「第三世代最強……!」

「とはいえ、まだ専用武装は未完成だし、リンドブルムの稼働率も良くない。最強どころか、まともに戦うことも出来んシロモノだがな」

といって、老人―― デュアン・ヒューイックはからからと笑った。

 

 

 

 

ラファール・ドラグーン開発室を後にして、二人はヒューイックの執務室までやってきた。

 

「君には幾つかの選択肢がある。一つはここでプロジェクトに参加すること。二つ目はプロジェクトに参加せず、普通に代表候補生として政府に所属すること。三つ目は………また、デュノア社に戻ることだ」

「………」

「一つ目と二つ目を選ぶなら、君の身柄はデュノアから政府預りとなる。三つ目は言わずもがなだな。まぁ、どれも選ばずに一般市民になるという道もあるがね。その場合も、ちゃんと学校に通えるように手配もしよう」

シャルロットに示された幾つかの道。元々ISに乗っていたのは、適性があって、それ以外に生きる道がなかったからだ。

それが堪らなく苦しくて、嫌で、苦痛だった。

だが今、それが無くなろうとしている。ISからの開放も、デュノアからの開放も、目の前にある。

選べば良い、四つ目を。何もかもを終わらせてしまえば楽になれる。

 

”彼”の言葉を借りるなら、自分の幸せに繋がる道を選択すれば良いのだ。逡巡する事など無い。

 

なのに、シャルロットは迷っていた。

 

原因は分かっている。あの〈ラファール・ドラグーン〉を見たからだ。

”疾風の竜”と名付けられたその機体の力。それを見たいと、感じたいと本能が訴えているのだ。

 

今になってシャルロットは理解する。

自分はもう、生粋のIS乗りなのだと。目の前にあれだけのものがあって、それに背を向けることも、誰かにそのシートを譲ることも想像出来ない。

 

 

妄想する。あの機体を纏った自分の姿を。それだけでドクン、と心臓が高鳴った。

 

 

「―― やります。僕を、このプロジェクトに加えて下さい!」

「……ふむ、やっとその気になったか」

その言葉に、デュアンは二ヤッと意地悪く笑った。

「ようこそ、シャルロット・デュノア。今日から君は竜騎士計画(プロジェクト・ドラグーン)のメンバーだ」

「はい! 宜しくお願い致します、ヒューイック博士!」

 

 

 

こうして、シャルロットは竜騎士計画(プロジェクト・ドラグーン)に参加することなる。

 

 

 

ある理由から、彼女に与えられたのは第二世代IS〈ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ〉。フィリーが現役時代に使っていた〈ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅠ〉をベースに、シャルロット用カスタマイズを更に施した機体である。

 

 

 

 

 

 

「ほらほら、反応が遅い! 切り返しをもっと早く!」

「くっ……!!」

シャルロットは必死に降り注ぐ弾雨を躱しながら、高速切替(ラピッドスイッチ)で反撃を試みるも、すぐさま爆撃が襲った。

「コラァッ! そんな速度で高速切替(ラピッドスイッチ)のつもり!?」

ISを纏ったフィリーが、右手に呼び出したアサルトカノンを一瞬でマシンガンに切り替え、容赦なく射撃を撃ち込んでいく。

「ほら、チンタラしてるから押し込まれるのよっ!!」

再び高速切替(ラピッドスイッチ)。右手のマシンガンをアサルトライフルに切り替えてシャルロットを撃ち抜いていった。

 

 

プロジェクト最初の訓練はただの一撃さえ当てられないまま撃墜という、散々たる結果であった。

 

 

 

 

「しかし……幾ら今までまともに訓練したことがなかったとは言え、片腕相手に押し込まれるのは問題じゃない?」

そう言って、フィリーは一の腕の途中で無くなった腕を振って見せる。

 

交通事故による左腕損失。第二回モンド・グロッソ終了から、僅か二週間後の出来事だった。

 

現在は機械式の義手や義足が一般的に普及しており、日常生活に支障はない。

だが、義手には致命的欠点があった。ISの装着ができないのだ。

 

第一回と違い、第二回モンド・グロッソは織斑千冬の圧倒という訳ではなかった。

各国代表の実力、そしてISの性能。それらが飛躍的に伸びてきており、拮抗している。

モンド・グロッソは、片腕で勝ち抜けるような甘い大会ではないのだ。

 

故に、彼女は引退を決意した。

 

一時はIS学園から教員要請の打診もあったが、それを断り、彼女はデュアン・ヒューイックの助手として、次世代IS開発と後進の育成に務めている。

 

竜騎士計画(プロジェクト・ドラグーン)は、第三世代IS開発と、それを操る操縦者の育成を行うものよ。これからみっちり……あたしが鍛え上げてあげるわ」

フィリーはニヤリと笑って、未だ息を乱して這い蹲るシャルロットを見下ろした。

「はぁ……はぁ………はい、お願い……します……」

絶え絶えになりながらも、シャルロットは強い決意を返してみせた。

 

 

今ここに居るのは、ただのシャルロット・デュノアだ。

愛人の娘というレッテルも、何も無い。ただ一人の人間、ただ一人のIS操縦者。

 

あの冷たい時間に比べればこの程度、どれ程のものか。

 

「いい覚悟ね。それじゃ……このまま地獄の模擬戦ロード、開幕するわよ……?」

「………えぇ~っ」

訂正。ここも結構、地獄かもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

過酷な訓練にISのテストパイロットの仕事と、日々めまぐるしい忙しさであったが、シャルロットは充実した時間を過ごした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シャルロットを乗せた飛行機は、夜のフランス上空を飛ぶ。

「――『翼よ、あれが巴里の灯だ』……なんちゃってね」

窓から見えるパリの夜景に、ついつい名言を呟いてしまう。

 

 

シャルロット・デュノアは祖国に帰ってきた。

ついに完成する〈ラファール・ドラグーン〉の為に。

 

 

 

 

そして越境鉄道ルートから、フランスに入国する者の影もあった。

 

「やっと着いたか……いくら飛行機よりチェックが甘いからって、流石に長旅は疲れるぜ」

ゴキゴキと首を鳴らし、女は簡単な荷造りしかしていない鞄を持ち上げる。

「今日のところは、さっさとホテルにチェックインするか……忙しくなるんだしな……ククク」

これから行う事を思い、獰猛に口元を歪めて笑う。

 

 

亡国機業エージェント、オータム。

 

狂気さえ孕んだ瞳の輝きが、フランスに嵐を巻き起こさんとしていた。

 

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