同時刻―― イギリス某施設。
黒煙が至る所から上がり、地には倒れ伏した兵士達に混じって職員だろうか、白衣を着た者達もいた。
それだけではない。警備をしていたISもまた破壊され、絶対防御によって意識を喪失していた。
それらの破壊の限りを成したのは―― 深い青色をした、たった一機のIS。
イギリス所属IS ブルー・ティアーズ二号機〈
そしてそれを駆るのは、正規の操縦者ではない一人の少女。バイザーに隠された瞳に暗い敵意と悪意を滲ませ、闇の如き黒髪を風になびかせる。
「任務完了。さて、フランスの方はどうなっているか……?」
呟くや、〈サイレント・ゼフィルス〉はフワリと浮かび上がり、そのまま加速。蒼穹へと姿を消した。
後に残されたのは、ただ破壊の爪痕のみであった。
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施設内に緊急事態を知らせるサイレンが鳴り響く。
閃光が走り、施設外壁を撃ち抜く。爆風と爆煙を貫いて飛び出すのはネイビーカラーのIS〈ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅠ〉。
「チッ……! いきなり”レベル2”でぶっ放してくるとはね!」
かつての専用機カスタムと同じ名称ながら、しかしその性能はそれには及ばない。
カスタムⅠの売りとも言える烈風の如き高機動も、それには無い。
そしてR-リヴァイヴ・カスタムⅠを追って飛び出すのは、フランスの希望にして世界最強クラスのスペックを誇る最新鋭第三世代IS〈ラファール・ドラグーン〉。
それを駆るは、亡国機業のエージェント〈オータム〉。
「ハッハーッ! 逃げろ! 踊れ! 虫みてーになぁ!!」
オータムが引き金を引く度、破壊の閃光がリヴァイヴを襲う。
「おっと、ほっ、なんとっ!」
幾度と無く襲う光弾を、しかしフィリーは余裕さえ見せつつ、巧みに躱していく。それと同時に、アサルトライフルとマシンガンを斉射し、的確に命中させていく。
「はっ、やるじゃねーか! 腐っても元国家代表、
「違うわね。あたしが”フィリー・ミヤムラ”だからよ」
「意味が分かんねぇな!!」
リンドブルムの出力をレベル1に落とし、速射モードで引き金を引く。
フィリーはグルッとターンを決めて光弾の雨を躱すと、オータムを挑発するように銃口を弾ませる。
「つまり、アンタはその程度のオツムって事で……OK?」
「―― ぶっ殺す!」
オータムは非固定浮遊部位(アンロックユニット)のスラスター翼から光羽を展開すると、背後の炎を吹き飛ばして一気に加速。フィリーに襲いかかった。
同時にエネルギーライフルを収納。代わって大型のサーベルを展開。刃部分がエネルギー光で輝き出す。
「コイツで真っ二つにしてやるぜ!!」
「っ――!」
真上から振り下ろされる一撃。直撃は勿論、防御さえ許されない。
ラファール・ドラグーン用大型剣〈マチエール・スライサー〉。西洋剣の圧撃と日本刀の斬撃を併せ持つ、必殺の重量武装だ。
フィリーは高速切替(ラピッドスイッチ)で、アサルトライフルを逆手のブレッド・スライサーに替え、その一撃を受け止める。
一瞬の間もなく、ぶつかった刃を支点にしてブレッド・スライサーを側面に回し、同時に全身を捻りこんで下に弾き落とす。
「っ――!?」
驚愕するオータムの左こめかみに、大型の銃口が突き付けられる。マシンガンから持ち替えたショットガン〈レイン・オブ・サタディ〉だ。
「JACK POT!」
人差し指が曲がり、マズルフラッシュがオータムの視界を染め上げる。
更にブレッド・スライサーもショットガンに切り替え、連射。途切れる事無き弾幕が最新鋭機に襲いかかる。
「おらぁっ!!」
しかし、それに構わずオータムが横薙ぎにマチエール・スライサーを振るう。
フィリーは左のショットガンを盾にして受け、その勢いに逆らわずに回転しつつ後退。
更にその隙に切り替えた右のアサルトカノン〈ガルム〉をオータムに向かって発射。爆炎が上がると共に一気に距離を取った。
「ショットガンのゼロ距離直撃で、絶対防御は行った筈……でも一発だけね。普通なら半分は持っていけるのに……」
もうもうと上がる爆煙を注視しつつ、フィリーは半分ほどに斬り裂かれたショットガンを捨てる。
通常なら傷が付く程度だろう一撃も、マチエール・スライサーの威力の前にはそうも行かない。
リヴァイヴにインストールされている武装は12。その内の一つを失い、更に不利は続く。
(ちょっと銃撃った程度で、関節部の駆動がヤバイとか……柔過ぎでしょう!?)
左義手の関節部が発砲の衝撃に耐えられず、モーターが異音を放っている。
フィリーは柔過ぎというが、この機械義手の強度は実際は相当のものだ。
この腕で、素人が打てば脱臼、骨折もするマグナムでさえ容易に撃てるし、関節部も異常を起こしたりなどしない。
ただ唯一、使ったのがIS用武装であった事が原因だった。
元々、IS用銃火器は大型であり、その火薬量も人間用の比はない。それを連続して使用すれば、耐久限界をあっという間に迎えてもおかしくはない。
「―― あぁ? 妙な音が聞こえんなぁ……?」
「……自分を連れに来た死神の足音じゃないの?」
「いやぁ、テメェのその義手からだぜ……ククッ、どうやらトラブッたみてぇだなぁ?」
爆煙が晴れ、そこにはほぼ無傷のオータムの姿があった。
―― アイギス・ドライブ 正常稼動 ――
「やっぱり、〈アイギス・ドライブ〉……!」
「凄ぇよなぁ。この〈アイギス・ドライブ〉ってヤツはよぉ?」
アイギス・ドライブ。
イメージ・インターフェースをトリガーにして、〈エネルギー変異型サードグリッド装甲〉の強度及び性質を変化。攻撃に対して最も適切な強度と性質に変異し、物理攻撃のダメージを最低限に減衰させるという、〈ラファール・ドラグーン〉の防御システム。
これによって、純エネルギー武装以外の攻撃を弱体化させる事ができる。
「作っておいてなんだけど……豪く厄介なもの作ったわね、ウチ」
実弾系武装しか無いリヴァイヴにとって、これほど相性の悪い相手もいない。フィリーは思わず匙を投げたくなった。
だがそうも行かないと、フィリーは左手をマシンガンに切り替える。
「おーおー、不利を悟ってもまだやる気かよ? 立派だねぇ」
「不利なのは最初から分かったからね。それでもダメージが無い訳じゃない。つまり……落とせない相手じゃないって事よ!」
「その前に、テメェが落ちろよっ!!」
オータムはウエストアーマーに、ビームカノン〈グロワール〉を展開。同時にエネルギーライフル〈アヴェルス〉を展開し、一斉射撃を開始した。
「オラオラオラオラオラッ!!」
リンドブルムの生み出す膨大なエネルギーに任せて、オータムは回避行動をとるフィリー目掛けて乱射する。
ズゥウウウン……ッ!
「ッ……しまった!?」
流れ弾が、第一研究棟に当たった。幸いにして遮断シールドが展開されており被害はない。
だが、マスコミや各関係者の避難誘導もままならない状況で、ラファール・ドラグーンの火力は脅威以外の何物でもない。
上手く被害の出ない場所に誘導しようにも、一瞬の隙を突かれれば一気に離脱される可能性が高い。
そうさせないためにも、フィリーはまず高度を取る。相手の上を取れば、射撃は下に向かなくなるからだ。
それだけではない。実弾武装にとって重力加速のプラスは、地味に大きい。
下から襲い来る、一発で形勢を覆す破壊の嵐にその身を躍らせながら、マシンガンの引き金を引く。
「っ……チマチマと、ウザってぇなっ!!」
降り注ぐ弾雨にオータムが苛立ち、吠える。
ドドドドドォオオオオオオンッ!!
そこに別角度から襲いかかる弾丸。消火活動をしていたラファール・リヴァイヴ3機が、増援として来たのだ。
「糞がぁ……舐めたことしてんじゃねぇぞ!!」
激昂したオータムがスラスターを全開にして突撃。増援に向かって行く。
「っ! 逃げなさい! 早く!!」
フィリーも瞬時加速(イグニッションブースト)でその後を追うが、そもそもの速度に違いがあり過ぎた。
「うっ!?」
一瞬でラファール・リヴァイヴの前に接近したオータムが、左手でパイロットの顔面を鷲掴みにするや、背後のリンドブルムが強く発光し、左掌部にエネルギーを集束させる。
「ひっ……!!」
「―― 死ね」
「――いやぁァアアアアアアアアアアアアッ!!」
絶叫を呑み込んで、閃光が顔面を撃ち抜く。爆風が機体を彼方へとはじき飛ばした。
左掌部に仕込まれた近接用武装〈プレ・クラテール〉。リンドブルムのエネルギーを直接叩きこむという単純明快にして、それ故に高威力の武装。
いくら絶対防御があるとはいえ、あれを顔面に喰らって意識を喪失しない筈がない。
「まずは一匹……っ!」
何よりその凶悪な攻撃は喰らった本人は勿論の事、他の二機のパイロットの戦意すら喰らい尽くしていた。
恐怖に凍りついた思考が再起動する瞬間、既に狂竜の牙に掛けられていた。
「二匹ぃっ!!」
瞬時加速(イグニッションブースト)から、振り上げた〈マチエール・スライサー〉がIS装甲を斬り裂き、更に〈グロワール〉を撃ち込んで落とす。
「ラストォッ!!」
醜悪に高笑い、オータムが最後の一機に向かう。
「ひぃっ……!」
短い悲鳴を上げて、必死になってトリガーを引く。だが、狙いも定められずバラバラに撃たれた弾など、オータムには掠りもしない。
死の恐怖。絶対防御があるのにそれが心を支配する。
今まで何度も訓練で戦ってきた。もっと過酷な訓練も超えてきた。なのに恐怖が全身に茨のごとく巻き付き、彼女から積み上げてきた全てを奪う。
当然だ。あれは人の心に爪痕を残し、苦しめることを喜びとする悪魔なのだ。
そんな者と、戦ったことなど―― 無い。
どうすれば良い? どうすればここから生きて帰れる?
「右ショットガン! 左カノン! シールド全面に展開っ!!」
「っ……!?」
有無を言わせぬ命令。だが、恐怖に凍りついていた反射がそれを無意識に行う。
両手に指示通りの武装。背部のシールド全てを全面に構え、その隙間から銃口を出してトリガーを引く。
「ぐぅっ……!」
アサルトカノンの爆圧と、ショットガンの面制圧力。そして全面展開のシールドが、狂竜の顎を一瞬だが食い止める。
その一瞬が、彼女の生死を分けた。
爆煙を抜けて、オータムが迫る。振り抜いた〈マチエール・スライサー〉がシールドを斬り裂き、オータムがニタリと笑う。
ガァアアアアアアンッ!!
止めの一撃を撃とうとした瞬間、オータムを吹っ飛ばす一撃。装甲同士の激突する激しい音が響いた。
追いついたフィリーが、左腕にシールドを展開し、突撃を仕掛けたのだ。
「今の内に下がりなさいっ!」
「ッ―― はいっ!」
その激しい剣幕に急いで後退する。その背では既に、攻防戦が再開していた。
「っ……!」
左のシールドを巧みに操り、カウンターによる反撃を行うフィリーだったが、徐々にラファール・ドラグーンの圧倒的攻撃力に押されていく。
ギィイイイイイン!!
振り抜かれたブレードが、シールドごと義手を斬り捨てる。断面からバチバチと、スパークが走った。
「っ……この義手高いのよ!? あんたん所に請求書送りつけてやるから、所属言いなさい!!」
「はっ! だったら一生、気にならないようにしてやるよ!!」
「生憎と、あたしの最後は『子供や孫やひ孫に、やっと死んだかって言われるぐらいの大往生』って決めてるのよ!!」
戦いのステージが施設上空から移動し、近隣の山間部へと移る。
入れ替わり立ち代り、攻撃と迎撃を繰り返して飛翔する二機のIS。だが、ついにフィリーが捉えられた。
片手のハンデはいくら高速切替(ラピッドスイッチ)を駆使しようとも如何にもならない。
腕一本では、攻撃も防御もどちらかしか出来ないからだ。
〈アヴェルス〉の光弾がスラスターを掠め、一瞬の隙が生まれる。
その一瞬で、オータムは瞬時加速(イグニッションブースト)。ゼロ距離に付けると、そのまま〈グロワール〉の銃口をフィリーの腹部に突き立てる。
「まずッ……!」
「終わりだぁ!!」
閃光が空に走り、英雄が地へと叩き落された。そこに降り注ぐのは破壊の流星。
「ごホッ……ゲホッ……!」
全身に走る激痛。絶対防御がありながら、しかしダメージは深刻。
致命領域対応こそないが、その寸前にまで追い詰められていた。
「はっ、いいザマだなぁ……えぇ?」
「っ……がはっ!!」
まるで道端のアリを踏み潰すように、オータムは容赦なくフィリーを踏みつける。
ヴァルキリーの称号を持つ、フランスの英雄。
名誉と賞賛を浴び、光の中で生きる者が今、自分の足元で醜く倒れ、平伏している。
オータムはその愉悦に全身を震わせた。
貶め、辱め、弄び、蹂躙する。なんという快感。なんという快楽。これだけで絶頂を迎えてしまいそうだ。
「ぐ……がっ……」
ゆるゆると、フィリーの指が動く。最早反撃の力も無いというのに何をしようというのか。
オータムがそれを見ていると、フィリーは内ポケットからすっかり潰れた煙草のケースを取り出した。
震える指で一本を取り出し、口に咥える。そしてライターで火を着けた。
紫煙が昇り、オータムの鼻先を掠める。
「……あら、邪魔しないのね?」
「人生最後の一服だろ? 精々、楽しめや」
強者の余裕とばかりに哂うオータム。その顔を見て、フィリーは「ククッ」と笑いを噛み殺した。
「……何笑ってやがる?」
「いやぁね……アンタ今、自分が勝ったとか思ってるんだろうなって……そう考えたら……つい……ククク」
「あぁ? もしかして、腕があれば勝ってたのは自分とか、専用機があれば負けなかったとか……んな事、言いたんじゃないだろうなぁ?」
「まさか。どんな状況だろうと……立ってる奴が勝ちよ。あたしは負けてアンタは勝った……間違っちゃいないわ」
「……?」
意味が分からず、オータムは怪訝の表情を見せる。
灰がポトリと落ちて、フィリーはその答えを言ってやる。
「単純な事よ。それはあくまでも、アンタ視点の話。あたしの視点から見れば………アンタがこの瞬間、ここにいる時点で勝ちなのよ」
――― バガァアアアアアアアアアアンッ!!
何をと問おうとしたオータムを、凄まじい衝撃が吹き飛ばした。
PICも間に合わず、数度地面をバウンドし、どうにか止まる。
―― 敵性ISによる遠距離攻撃 ――
「遠距離攻撃……!? 例のラファール・リヴァイヴのカスタム機か!?」
すぐさま態勢を立て直したオータムは、矢継ぎ早に襲いかかる砲弾を躱す。地面が爆ぜ、土が周囲に降り注ぐ。
「ちっ……さすがに喰らったらヤベェな……クソがっ!」
オータムは尚も飛び来る砲撃を躱しつつ、接近する機影に望遠を向けた。
―――ィィィィィィィ
「………んだと?」
――― ィィィィィィィイイイイイイイ
「なんで……あの機体が……!?」
――― ィィィィィィィィイイイイイイイイイイイッ!!
森林を吹き飛ばさん勢いで、竜翼の如きスラスター翼が光波を放つ。
背中に山吹色(サンライトイエロー)の光を放つリングユニットを持ち、ISアーマーはオレンジとホワイトのツートンカラー。
吹き付ける烈風に深いブロンドの髪を踊らせて、その手には巨大な対戦車ライフル。
マガジンを落とし、リロード。速度を維持したまま、望遠越しのオータムに狙いを定めて引き金を引く。
「クソッ……どういう事だよ!?」
オータムは混乱のまま、それを躱す。
「いくらフランスがコアにあんまり余裕無いからって、最新鋭機が一機だけだなんて……ある訳がないでしょ?」
それは地面をえぐるようにライディングすると、フィリーの前で対戦車ライフルを地面に捨て、そして上空のオータムを睨んだ。
「これがフランスもう一枚の
新たなる翼を得たシャルロット・デュノアが、ついに戦場に降り立った。