「この揺れは……?」
腹の底を揺るがす振動に、第三研究棟応接室にいる面々が顔をしかめる。
「―― 何事だ?」
デュアンは事の次第を確かめるべく、通信を繋げる。
『第二研究棟で爆発です。一階東側外壁が破損。現在避難誘導と消火活動中です』
「なっ……! 博士、ISは無事なんだろうな!?」
ライトグレーのスーツに身を包んだ、40代程の男性が大焦りでデュアンに迫る。
「落ち着け、大統領。あそこは関係ない。だが、これは……事故ではないな……襲撃か?」
「なんだと!? 一体何者だ!? ここに襲撃とは……!!」
「とすると……まさか、向こうの狙いは?」
『―― フィリーさんから緊急通信! 武装実験施設が襲撃を受け、ラファール・ドラグーンが奪われました!』
「「ッ――!?」」
『施設内に居た警備兵、職員、重傷者多数! 現在、賊とフィリーさんが交戦中です!』
「……むぅ、やはりか」
「博士! 落ち着いている場合ではないぞ!? ドラグーンは我がフランスの希望だ! あれが奪われたとなったら、もう取り返しがつかない!!」
「……お主、本当に一国の大統領か?」
狼狽する大統領に、デュアンは呆れ気味に返した。
「―― 博士。シャルロットと、リヴァイヴは?」
大統領とは別の―― ブラウンのスーツを着た男が、腕を組んだままデュアンに問う。
「シャルロットはこっちに向かっている。だが、リヴァイヴはコアをブロックごと外したから使えん」
「そうか」
男は短く返して、深くソファーに腰掛け直す。と、応接室のドアが勢い良く開かれた。
「失礼します! 博士、僕のリヴァイヴは――― っ!?」
飛び込むように入ってきたシャルロットは、そこにいる人物に声を止めた。驚きと困惑に、顔が強張る。
「お、お父さん……どうして?」
「私はデュノア社の責任者だ。共同プロジェクトの集大成、見に来ておかしくはあるまい? しかし、ノックも無しに入るとは……博士、ここでは当たり前の作法も教えていないのか?」
冷厳な瞳が、デュアンに向けられるが、デュアンは表情を変えずに答える。
「アルベールよ。お主は緊急事態に下らん事を気にするな?」
「緊急事態なればこそ、そこに人間の本質が見える」
「違うな。人間の本質は、戦うと決めたその瞬間にこそ生まれるものだよ」
デュノア社社長アルベール・デュノアに対し、その言葉を一蹴するが如く、デュアンは言う。
沈黙。僅かな爆音だけが、無音を消して、時の流れをその部屋にいる者達に伝える。
「―― それより、シャルロット。残念だが、お前の機体はコアを外してしまってな……使うことは出来ん」
「そんな……! なら、ノーマルのリヴァイヴで出ますから、使用許可を!」
「ダメだ。相手がドラグーンでは、ノーマルリヴァイヴに勝ち目はない」
「でも、今フィリーさんが……!」
「だからこそ……着いて来なさい。大統領、失礼します」
「あ、あぁ……構わんよ」
デュアンは一礼すると、部屋を出る。シャルロットも一礼し、そして――。
「………」
「何だ? さっさと行きなさい」
「っ……はい」
アルベールの言葉に、息を詰まらせながら、シャルロットはデュアンに続いて部屋を後にした。
「……確か、彼女は君の娘だったね? 親子仲は……芳しくないのかい?」
「………あれは、余りにも母親に似過ぎているのです」
「ほう? つまり、相当の美人だったと?」
「………」
「……いや、すまん」
一国の大統領のくせに、沈黙に負けて謝った。
(そう、顔立ちもそうだが……あの、全てを呑み込んで抱え込むところなど……馬鹿馬鹿しい程、よく似ている)
一瞬、思い出されるのは―― 苦しさも悲しさも寂しさも、全てを呑み込んで見せようとしない微笑。
あの顔を見ているだけで、アルベールの心はとても苛立った。
「………」
「アルベールの事を気にしているのか?」
「いえ……僕は父に嫌われていますし……もう、とっくに縁は切ったんですから」
そう言って、自虐的に笑うシャルロット。いくら縁を切ったと言っても、心はそう簡単ではない。
「……今は緊急事態だ。すまんが、その辺の事は忘れてくれ」
「―― はい」
エレベーターは地下七階で止まり、二人は降りて通路を進む。やがて着いたそこは、シャルロットにも入る権限が与えられていない部屋だった。
デュアンはいつものように声紋、指紋、IDチェックを行い、ドアロックを解除する。
そうして開かれる重厚な扉。それはまるで、初めてラファール・ドラグーンを見た時を彷彿とさせる光景だった。
「っ―――」
そして―― シャルロットは息を呑んだ。
暗い部屋の中央に設置された、スポットライトに照らされたIS用ハンガー。そこには一機のISが、まだ見ぬ主を待ち眠る様に鎮座していた。
ショルダーとチェストアーマーは白。ウエストアーマーと
スラスター以外にも、ISアーマー各所に姿勢制御用ブースターと思われる部分が見て取れる。
両腕部ユニットは、左右非対称の腕部一体型装甲。右ユニットは翼を思わせる直線的装甲を複数枚重ねた形であり、左ユニットは肘に向かって細まる雫型となっている。
そして最も目を引くのは―― 背に浮かぶ、白きリングユニット〈リンドブルム〉。
「これは……ラファール・ドラグーン……しかも、このカラーリングは……?」
シャルロットは何とか声を絞り出す。
「ラファール・ドラグーン・タイプⅡ。ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡのデータとコア・ブロックを組み込んだ……君の新しい翼だ」
「ラファール・ドラグーン……タイプⅡ」
「コアの定着率はどうなっている!?」
デュアンはデータチェックとパーソナルデータ、機体データ最適化を行っているフロアに連絡を取った。
『現在の定着率は32,26%。コア・シフトアップは順調ですが……今の段階では戦闘どころか、飛ぶことさえ儘なりません』
「それは予想済みだ。これから計画を前倒しし、最終段階に持ち込む。各員、データ収集と解析を怠るな!」
『了解。これより、コア・シフトアップ最終段階に入ります』
照明が一気に点灯し、部屋が光に満たされる。天井はとても高く、上の階まで続いている。
上を向けば、ガラス張りの一面があり、そこに竜騎士計画(プロジェクト・ドラグーン)の参加職員の姿が見えた。
「シャルロット、すぐにISを装着するのだ」
「でも、まともに飛べないって……」
「説明はしてやるから、さっさとせんかっ!」
「は、はいっ!!」
声を荒らげたデュアンに驚き、シャルロットは慌てて制服を脱ぎ、ISスーツとなってラファール・ドラグーンに手足を通す。
「……? ユニットロックが入らない?」
「外部操作でロックする。そのままでいなさい」
デュアンが、ハンガー横のコンソールを操作すると、手足、そしてアーマーが装着、ロックされた。
「っ……機体が……重い……!」
「適合率はどうだ?」
『現在34,11%。適合速度に変化ありません』
「むぅ……理論上は可能な筈なのだがな……」
「博士、どういう事ですか?」
思案するように唸るデュアンに、シャルロットが問いかけた。
「コア・シフトアップ。コアを初期化せずに、新たな機体に適合させる事だ。基本フレームが完全同一の機体にコア・ブロックごと移植すれば、コアを初期化せずに適応させられる……筈なのだ」
新しいISを作る際、コアを初期化することは常識である。
だがしかし、ISは予備パーツでの組み上げや『パッケージ』『オートクチュール』といった物への換装も可能である。
これらの装備が可能なのは、コア・ブロック及び基礎フレームがコアに、同一機体であるという認識をさせるためだ。
コア・ブロックからコアそのものを取り出せば、ISの組み上げは数ヶ月単位になるが、コア・ブロックごとならば数日程度だ。
この理論を基に、第二世代機の経験値を第三世代機に移す実験。それが〈コア・シフトアップ〉である。
ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡはラファール・ドラグーンの基礎フレームを使い、第二世代のカスタム機として仕上げた、この実験の為の特殊仕様機であった。
「コアはISを通して、時を重ねる毎に搭乗者を理解する。ならば搭乗者を通して、コアが機体を理解する事も可能な筈だ……!」
「コアが、機体を理解する……」
「科学者が言うことではないが……理論値も確率も可能性も、全てを捩じ伏せてしまえぃ!!」
ISの相互理解の理論。機体とコアと搭乗者。三つの関係性を示したそれを鑑みれば、それは間違っていない。ならば後はISコアの未知数の可能性に賭けるしかない。
「―― ラファール・リヴァイヴ」
だから、シャルロットは自然と瞳と閉じて、共に空を飛んだコアに語りかけていた。
―― この機体は、僕達の新しい翼なんだ。
―― 大丈夫だから……怖がらないで?
―― このISは、皆の思いが……あの人の想いが込められてるから。
―― 守りたいんだ、あの人の夢を。だから……力を貸して? 一緒に戦って?
『っ……!? これは……コアの適合率が急上昇!! 45……51……63……!!』
果てしなく広がる草原。彼方には連なる山脈。
そこに立つシャルロットを擽るように、一陣の風が吹き抜ける。
そして草原の向こう、舞い上がるのはオレンジの竜。大空をまるで覆い隠すような、巨大なドラゴン。
――グォオオオオオアアアアアアアアアア!
それはシャルロットを一瞥すると、大空に向かって雄々しく吼えた。
『適合率……97,38%!! 行けます!!』
「きたぁあああああああああああああああああっ!!」
機体が完全に起動し、デュアンが高らかに叫んだ。同時に天井が次々に開いていき、その先に小さな光が覗く。
「シャルロットよ。リヴァイヴの武装は全てインストールしてある。それと、これを持っていけ」
ガコン、という音とがして床が開くと、そこにから上がってくるのは大型対戦車ライフル〈アベイユ〉。
それを手にして、シャルロットは真上を睨む。
『現在、西20キロの地点でラファール・ドラグーンとリヴァイヴが交戦中です』
「了解です。博士……行ってきます!!」
「リンドブルムはシステムがコアに最適化されていない。安定するまで、レベル1で対処するようにな」
「大丈夫です。機体がまともに動けば……問題ありません!!」
リンドブルムが起動し、発光を開始する。そしてスラスター翼が開かれ、フワリと機体が浮かび上がった。
「シャルロット・デュノア……ラファール・ドラグーン、行きます!!」
グッと体を沈み込ませ、そしてシャルロットは地を蹴った。
スラスターが光波を放ち、烈風を巻き起こして地上までの道を突き進む。数秒さえ掛からず地上に躍り出たシャルロットは、上空で切り替えし、フィリーの元へと向かって飛んだ。
「凄い……! これでもまだ、スロットルが全開じゃないなんて……!」
最新のPICによって制御される機体バランス。世界最強を名乗るに相応しいパワーと、同時に使う者を選ぶじゃじゃ馬ぶりだ。
「………あそこだ!」
流れていく風景に目を細めながら、シャルロットは〈アベイユ〉を構えた。
『見ておるか、アルベールよ?』
「あぁ、見ている。あんな物を、もう一機用意していたとはな……」
「おぉっ……!これならば、フランスは安泰だな……!」
『見るべきところが違うぞ。見るべきは……あの子の姿だ』
「……何?」
『言っただろう? 『人の本質は戦うと決めた時に生まれる』と。あの子が決めた、あの子だけの戦う理由……それを見届けてやれ……まだ、親であるならばな』