IS〔ツイン・ソウルズ〕   作:犬吉

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第45話  Pricesse des Dragon-竜の王女-

 

 

田舎町に繋がる道やら空やらは、まるで蜂の巣を啄いたような大騒ぎである。

警察、消防、軍がぞろぞろ出動すれば、それも仕方ない事だが。

 

「フィリーさん、大丈夫ですか?」

『そうね……今すぐシャワー浴びて煙草吸わないと死んじゃうかも』

「つまり、全然大丈夫ということですね」

『あたしより、アンタはどうなのよ? リンドブルムのフルドライブでバンカーぶっ放すなんて……腕が壊れてもおかしくないのよ?』

「あはは……。実はさっきから、左腕がしびれて動かないんですよ」

 

リンドブルムのリミッターを外して、最大出力を生み出すフルドライブ。

特殊金属によって作られた新型バンカー〈ドラゴン・ホーン〉の一点集中の一撃。

 

その組み合わせは文字通り、一撃必殺。だがしかし、使用者と機体が受ける負荷もまた、並ではなかった。

現在、リンドブルムはスタンバイ状態。レフト・シェルは機能低下状態。全モードの使用が不可になっており、シャルロット自身の体にも軽くないダメージが蓄積していた。

 

「……で、あいつはどうなってる?」

『気を失ってます。多分、最終保護機能が発動したんじゃないかと思います』

「確実に、良い眠りはしてないでしょーねー。ま、機体回収とあれの拘束は軍に任せときましょ? こっちももう、限界だしね』

フィリーは対戦車ライフルを拾い上げ、杖替わりにして立ち上がった。

『いえ、機体の方は僕が持っていきます。何て言うか……他の人に触れて欲しくないっていうか……』

「―― ほほう?」

『なっ……何でニヤニヤしてるんですか!?』

「べっつに~? なんでもないわよ~? ただ~、ラブラブだなぁ~と思っただよ~?」

『らっ、ラブラブって……違いますよ! そんなんじゃないんですって!』

「あ~、はいはい。分かったからさっさと行ってきなさい。後、ついでに……〈オータム〉だったっけ? あれも軍に引き渡しといてね~」

『だーかーらー! 違うって言ってるじゃないですか!? もうっ!』

フィリーに一通りからかわれて顔を赤くしたシャルロットは、頬をふくらませたまま、ドラグーンⅠの回収に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―― やれやれ、返り討ちとは」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『っ……! シャルッ!』

「っ――!?」

ハイパーセンサーが上空にIS反応を示す。同時に発砲音よりも速く、弾丸が襲い来る。

それはシャルロットの行方を塞ぐように降り注ぎ、大地に次々と穴を開けていく。

『空中から狙撃……!? しかもバカみたいに正確な……!』

フィリーは上空を望遠モードで見ると、白雲の向こうにキラリと光る機影。

バイザーで顔を隠し、長い黒髪を風に遊ばせながら、それはグングンと急降下。同時に、その手の大型ライフルを構える。

 

「IS……!? あいつの仲間か!!」

『待ちなさい、シャルッ!!』

シャルロットはすぐさま、アサルトライフルを展開。フィリーの止める間もなく、迎撃に飛んだ。

「クッ……!」

謎のISから撃ち放たれるライフル弾を回避しつつ、アサルトライフルを構える。

引き金を引き、敵を狙い撃つ。が、謎のISはそれを軽々と躱し、反撃。銃口から閃光が走った。

 

「うわっ!?」

 

レフト・シェルで咄嗟に防ぐ。が、凄まじい衝撃にシャルロットは弾き飛ばされる。

「エネルギーライフル!? そんな……さっきまでは実弾だったのに……!?」

『それはハイブリッド・ライフルよ! 実弾とエネルギーの両方を使えるわ!』

「ハイブリッド・ライフル……!」

シャルロットは態勢を立て直し、再び銃口を謎のISに向けてトリガーを引いた。

敵ISはクルリとその身を翻して、シャルロットの攻撃を躱して更に加速。

 

ライフルでは止められないならば、手数で押し切るだけだと、マシンガンを展開して弾幕を張る。

絶え間なく続く炸裂音。飛び散る薬莢。鉛弾の雨が、上空に降りつける。

更にそこから、ライフルも連射。

 

流石にこの弾雨は回避できず、敵は防御しつつ直進を曲げた。そのまま実弾を撃ち、シャルロットはその一撃を躱して、曲線軌道に移った。

「フッ……なかなかやるな」

「お前は……お前達は何処の誰だ!? 何の為にこんな事をするんだ!?」

「お前が知る必要は無い」

いうや、敵ISが銃口を向ける。シャルロットは即座に対狙撃機動に入り、狙いを絞らせない。

 

「動き回るのが好きか? なら……存分に踊れ」

「な――っ!?」

謎のISから六機のユニットが切り離される。それは不規則な機動をしつつ、シャルロットを包囲するようにいた。そしてその砲口から、閃光が撃ち放たれる。

「これは……ビット!? そんな……どうしてっ!?」

シャルロットは驚きに目を見開く。ビット―― BT兵器保有ISは、イギリスのティアーズ型しか存在していないからだ。

 

四方から襲い掛かるビームを、シャルロットは動揺するも何とか回避。だが、ビットは更にシャルロットを狙って攻撃を続ける。

矢継ぎ早に襲い来る破壊の矢。それをどうにか躱し続け、ハッとした。

敵ビットの射撃が、こちらの直撃ではないと気付いたのだ。視界の向こう―― BTライフルを構える敵の姿。

 

まさか!? そう思考するよりも早くトリガーが引かれ、ドラグーンを光弾が撃ち抜いた。

「がっ――!?」

ビットを使い、こちらの動きをコントロールして、そうして生まれた隙を撃ち抜く。

それはセシリアにも不可能な―― 本来のBT搭載機の戦い方。

 

胸を抉るような衝撃に苦悶の表情を浮かばるシャルロットに、止めとばかりに襲い掛かるビットのビーム。

 

「うわぁああああああああっ!!」

 

閃光に四肢を貫かれ、竜は落ちていく。

 

それを見届けもせず、敵ISは真っ直ぐにオータムの下に降り立った。

「っ……!?」

その体を持ち上げた瞬間、初めて動揺の色が見えた。

オータムの体とISを繋げるユニットロックが、全て外れているのだ。

 

『―― お生憎さま!』

「っ――!?」

敵ISはプレート状のユニット〈シールドビット〉を切り離し、前面に展開。直後、凄まじい衝撃がそれを打ち叩いた。

 

『ドラグーンにはまだ、待機形態がプログラムされてなくてね。最終保護機能が発動すれば、一定時間後に自動でユニットロックが解除される仕掛けになってるのよ』

射線の向こう、フィリーが片腕と両足を使って対戦車ライフルを構え、しっかりと狙いを定めている。

『大きいつづらと小さいつづら、持っていけるのは一つだけ……欲張りは身を滅ぼすわよ?』

「―― チッ」

敵ISは一瞬の迷いの後、苦々しく舌打ちしてオータムを引き抜き、一気に飛び上がった。そこにビットが舞い戻り、ユニットと合体すると、そのまま高度と速度を上げて飛び去る。

 

「っ……待て!!」

「待ちなさい、シャル! 追うことは許さないわ!!」

すぐにそれを追おうとするシャルロットを制する、フィリーの一喝。

 

そうしている間に、敵ISはステルスを起動。レーダー探査から完全に姿を消した。

「フィリーさん、どうして……!?」

「あいつは相当の腕前よ。残念だけど、こっちには追撃できる余力なんて無い……自分でも分かってるでしょ?」

「っ……」

フィリーの指摘にシャルロットは黙ってしまう。

 

セシリア以上にビットを使いこなし、それの使用と攻撃を同時行える程の使い手。

技量で言えば、代表候補生クラスでは相手にもならないだろう。

 

万全の状態ならばまだしも、今のドラグーンでは返り討ちに合うのが関の山だ。

 

「今回の所は、強奪を阻止できた……そこで吉としておきなさい。いずれ……もう一度戦うこともあるわ」

「……はい」

ISを狙い襲い来るのならば、この先あの機体と戦う事もあるだろう。

そして今回逃してしまったあの〈オータム〉という奴とも。

 

シャルロットは、次こそはという思いを拳に籠めて、ギュッと握り固めた。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

ドラグーンⅠは無事に回収され、森林部分の火災も無事に鎮火。研究所の方も、ようやく落ち着きを取り戻し始めた。

 

そうして残る問題は―― まだまだ山のようにある。

 

「博士、どうするんだ!? 今日は我がフランス黎明の時を知らしめる大事な日なのに……新型の一機は大破。もう一機もボロボロ……これでマスコミに見せられんぞ!?」

「落ち着け、大統領。幸いにも、ドラグーンⅡの機械部分のダメージは大きくない。装甲を取り替えてしまえば、一度のごまかしは充分効く。というか、大統領こそ、執務は大丈夫なのか?」

「問題ない! 今日一日は完全に空けさせたからな!」

「……そうか」

一国の大統領がそれで良いのかと思ったりしたが、気にしないことにした。

これでも高い支持率を誇っているし、何より有能なのだ。信じ難いが。

 

「悪いが私は失礼する。社の方で、やらなければならない仕事もあるのでね」

ソファーから体を起こし、アルベールはドアへと向かった。

「なんだ、式典もまだだというのに……せめて娘にぐらい、声を掛けてやったらどうだ? 彼女は強奪阻止の功労者だぞ?」

「あんな無様な姿を晒して、功労も何もないでしょう。では、失礼します、大統領」

ガチャリとドアを開け、アルベールは出ていった。その背を見送って、大統領は肩を竦めた。

「まったく……素直じゃない男だ。娘の戦いを、瞬きもせずに見ていたくせに」

「大統領」

「うわっ!? まだ居たのか!?」

突然にドアが開き、帰った筈の男が顔を見せた。

「―― 根も葉もない事を言わないで頂きたい」

「いや、根も葉もないって……ここで二人して見てい「言わないで頂きたい」……う、うむ。気をつけよう」

有無を言わせぬ迫力に負けた大統領に満足したのか、ドアが再び閉じられた。

 

「はぁ~……驚いた」

「………本気でお前は大統領なのか?」

これで男性大統領に珍しく支持率60%超という、この世の不思議に首を傾げた。

 

「ところで博士? 犯人逮捕を邪魔したこのISだが……イギリスのBTで間違いないか?」

「自立稼働砲台……すなわちBTを搭載した機体はイギリスしか所有してはおらんし、照合も終わっておる。あれはBT二号機〈サイレント・ゼフィルス〉に間違いない」

「つまり、今回の一件にはイギリスが加担している……?」

「その可能性は、ほぼ無いだろうな。というか、自分でもそれはないと分かっているだろう?」

「もし今回の黒幕がイギリスであるなら、わざわざ自国のISを使う訳がない。態と疑わせて……という可能性もありそうだが、どう転んでもイギリスに批難が行くのは必定。それに盗んでも、コア以外には使い様がないだろうしな」

「つまり、あのISの裏には別の国家、ないしは組織があるということだ」

「とはいえ、この一件でイギリスは我がフランスに対して、大きな借りを作ったのは間違いない。せいぜい、有効なカードとさせてもらおう……フッフッフッ」

イギリスで強奪されたISが、フランスのIS強奪未遂犯逮捕の邪魔をしたのだ。その責任は大きく責められるところだ。

「あまり苛めてやるなよ? 向こうはこっちと違って、まんまとISを奪われたのだからな。ところで、事件のことはどうするのだ? 流石に無かったことにも出来まい?」

「隠さずに言うだけだよ。テロリストの侵入を許してしまった事は問題だが、その後の対応は現場で戦った者達を責める要素はないからな」

「何というか……馬鹿正直だな?」

「ハッハッハ。とはいえ、流石に〈サイレント・ゼフィルス〉の事は伏せるがね」

「ま、当然だな」

幸いにして、〈サイレント・ゼフィルス〉の姿はマスコミには知られていない。報道の規制を掛ける必要もない。これは今後の外交に重要なカードなのだ。

 

「さて、予定が大幅に遅れてしまった披露式典だが……どうする?」

「流石に、当初の予定通り……という訳にも行くまい。演出を幾ら変えてやる必要があるだろうな」

「ほう……具体的にどうするのだ?」

「実は先日、ある物が届いてな……」

 

密室で、早速悪巧みを開始する二人であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

回収された機体はそのままラボに運ばれ、シャルロットのドラグーンⅡも、早速外部装甲の交換が行われた。

その間、フィリーとシャルロットはシャワーを浴びて、泥や汗をきれいに洗い流した。

 

「あ゛~、やっとサッパリ出来た~!」

「フィリーさん、おやじ臭いですよ……」

 

体から落ちる滴を拭きつつ嘆息するフィリーと、それに苦笑いするシャルロット。

と、更衣室備え付けの内線がコール音を鳴らした。

「―― はい、もしもし……あぁ、博士……え? はぁ………ほほう………ふむふむ……なるほど、そういう風に……分かりました」

ガチャリと内線を切ったフィリーは、シャルロットに背を向けたままニヤリと笑った。

 

 

 

着替えを済ませた二人は、とある場所に向かっていた。

「フィリーさん、何処に行くんですか?」

「披露式典が夕方からになったので、色々準備を改めるんだってさ」

そうしてやってきたのは、何故か大会議室。

「ここ……ですか?」

「そう言われたからね~、多分そうなんじゃない?」

フィリーはドアノブに手を掛け、ガチャリと回した。

 

「やぁ、待っていたよ!」

と、振り返りざまに大きく手を広げる一人の男性―― 現フランス大統領その人である。

「だ、大統領……!?」

「早速だが……準備に入ってくれたまえ」

パチン、と指を鳴らすとズラッと現れた女性達。その手にはメイク道具やアクセサリーボックスが持たれていた。

「こ、これは……この人達は……?」

「うむ。彼女たちは私が用意したメーキャップ隊だ!」

たじろぐシャルロットに、大統領は爽やかに答えた。そういうことを聞きたんじゃない、とシャルロットは心の中でツッコンだ。

 

「さぁ、こちらに座ってください」

「え!? うわぁっ!?」

すす、と後ろに回った一人がシャルロットをあっという間に椅子に座らせた。そのまま周囲を女性達が囲んだ。

「フィ、フィリーさん……助け……!」

「こちらを向いて下さい。ファンデーションが塗れません」

「口を閉じて下さい。皺になってしまいます」

「むぐぐ……!?」

シャルロットの伸ばした手は、しかし届かなかった。

 

 

「おぉ、素晴らしい手際だわ」

「ではフィリー様も、こちらへ」

「は~い、宜しく~」

フィリーは慣れたもので、椅子にドカッと座るのだった。

 

 

 

 

「ちょっと、何でこれピッタリなんですか!?」

「そりゃ、ちょこちょこと手直ししてたもの。ピッタリに決まってるでしょ?」

「個人の身体データは秘匿されるべき情報だと思うですけど!?」

「大丈夫。スリーサイズに関しては当てはまらないから。あたし的に」

「フィリーさぁあああん!?」

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

夕方。太陽がオレンジに染まり、世界を焼き尽くす時。式典用特設会場には、多くの報道関係者が集まっていた。

事件続発によって、当初の予定通りには行かない。もしくは中止とも思われていた式典がしっかり行われる事は、彼らにしてみれば朗報だった。

なにせ今日の夜のニュース、そして明日の一面には間に合うのだから。

 

今回の式典は新型ISのお披露目もあるが、それと同じぐらいに注目する所があった。

 

代表候補生シャルロット・デュノアのメディア初登場である。

 

 

普通、代表候補生はモデル活動などのメディア露出が多い。だが、シャルロットだけは今まで一度も、そういった事がなかった。

 

というのも、彼女は代表候補生になってすぐ、竜騎士計画(プロジェクトドラグーン)に参加している。

その為、施設外に出る機会はたまの休み以外に殆ど無く、また、そういった仕事の話をデュアンやフィリーが断っていたのだ。

只のテストパイロットでしか無い彼女を一人前にする為には、余りにも時間が惜しい。

そしてドラグーンを完成させるためにも、時間は余りにも限られていた為だ。

 

そういう経緯から、シャルロット・デュノアには様々な憶測、噂ばかりが飛び交う結果となったのだった。

 

デュノアという名字から、彼女はデュノア家の親類縁者であり、デュノア社社長アルベール・デュノアが他の候補生を押しやってプロジェクトメンバーにしたのではないかという噂。

その一方、あのフィリー・ミヤムラが直々に教導を務め、その才能と可能性は候補生随一であるという噂。

 

それらはアングラな雑誌のネタとして、面白可笑しく書かれていたりした。

そして今日、いよいよそのヴェールが剥がされるとなれば、注目せざるを得ない。

 

ステージの上では、大統領が今日起こった事件について自ら説明を行っている。

「―― ということで、今回の件に関しては後日、改めて会見をさせて頂きます。さて……そろそろ本題と参りましょう!」

パチーンッ! と指を鳴らすと、ステージ後ろから一つの影が飛び出した。

ついに登場か、と一斉にカメラがその影に向けられる。が、その影は何の変哲もないラファール・リヴァイヴであった。

何だ、肩透かしかと溜め息が漏れる。しかし――。

 

「あれ……? もしかして………フィリー・ミヤムラ?」

 

ざわ。と、ざわめきが漣のように拡がって行く。

「フィリー・ミヤムラだ……!」

「3年前に現役引退した……〈硝煙の魔女(ガンスモーク・ウィッチ)〉!」

ザワザワと、動揺が更に拡大していき、次々にシャッターが切られてフラッシュがたかれる。

「ワオ、久しぶりだわね」

閃光のシャワーに照らされるフィリーは威風堂々と、その身を晒している。

「……でも、何でタキシードなんて着てるんだ?」

「さぁ……?」

そう。今のフィリーの服装はタキシードであった。その上にISを身に付けているのだ。

 

一通り写真を取られたと判断したフィリーは、右手を徐に持ち上げ、ピシッと人差し指を天に向かって伸ばす。

そしてゆっくりと、西の方―― 夕日に向かって下ろした。

 

全員の視線が真上、そして夕焼けへと動く。

だが、そこにあるのは夕日のみで、何も変わりはしない。

 

「………? 夕日が……上がってくる?」

「何を馬鹿な事を言ってんだ………あ?」

おかしい。ほとんど沈んでいる筈の夕日から、小さな夕日が上がってきているのだ。

 

違う。あれは夕日ではない。では何なのか。

 

「まさか……!?」

記者の誰かがそう言った瞬間、大統領は芝居で大見栄を切るように、両腕を大きく広げてみせた。

「さぁ、ご覧あれ! あれこそ、我がフランスに黎明を呼ぶもの! そして世界より選ばれた少女―― 〈竜の王女(プランセス・デ・ドラグーン)〉、シャルロット・デュノア!!」

 

それは疾風だった。朱陽をその身に宿して烈風を身に纏い、記者達の上空を一瞬で通り過ぎる翼。そのまま、フィリーの正面を掠めるようにして上昇、そしてそこで静止した。

 

「…………」

 

 

誰もが言葉を失った。

 

雄々しくも美しい鋼の竜を身に纏うのは、一人の可憐な少女。

機体と同じくオレンジのカプリ・ドレスに身を包み、同色のロンググローブ。

髪は綺麗に纏め上げられ、首元を彩るのはダイヤモンドの付いた、シンプルなネックレス。

 

そして、その背中のウイングとリングから今も尚溢れ、輝き続ける光。

 

フィリーがすっと左手を後ろに回し、右手を空に捧げる。その手に静かに触れる、王女の指。

 

まるでここが舞踏会の会場で、プリンセスが王子にエスコートされて大階段を降りて来るかのような、そんな魅入ってしまう光景。

 

 

 

―― カシャッ。

 

 

 

誰かが、シャッターを切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

この一瞬を捉えた写真は、全ての新聞紙の一面を飾る事になる。

そして、ある新聞の見出しには、こういう一文が添えられていた。

 

 

 

 

 

『風さえ彼女に憧れ、空さえ彼女に恋をする』

 

 

 

 

 

その日の新聞は軒並み売り切れとなり、同日中に緊急増刷される程の売れ行きであった。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

初のメディア登場からシャルロットの日々は、それはもう多忙であった。

何せ初登場のインパクトが余りにも強く、シャルロットの名前と顔は一躍、フランスはおろかヨーロッパ中に広がった。

そんな彼女に各メディアからの取材申し込みが殺到。ISも修理を本格的にしなければならず、フランスでの日程は殆どがその対応に追われる羽目になった。

 

あっという間に多忙極まる一週間が過ぎ、いよいよ今日は日本に出発する日である。

取材関係は勿論全て断り、フィリーの運転する車はハイウェイを走る。

 

「あ~、もうダメです。テレビとか取材とか……もう勘弁して欲しいです」

「今はまだ候補生だからこの程度だけど、正式に代表になったらこの倍は忙しいわよ?」

「フィリーさん……こんなの、よくこなせてましたね~?」

「世の中、何事も慣れってね。さ、もうすぐ着くわよ」

「………はい」

目指す場所が、ハイウェイの向こうに見える。

 

 

 

そこは―― シャルロットの母が眠る場所。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フィリーに入り口で待ってもらい、シャルロットは一人墓地に踏み入る。

敷石をずっと踏み進んでいくと、その先に母の墓がある。

墓前に添えるための花束を持ち直して、シャルロットはそこを目指した。

 

 

 

「……?」

 

向こうに見える人影に気付く。それは明らかに母の墓の前に立っていた。

 

「お父さん……?」

 

そこに居たのは、アルベールであった。

 

 

 

 

 

 

 

母の墓前に花を添え、その眠りを祈る。

そうしてから、シャルロットは立ち上がった。

「……お父さん、どうしてここに?」

「今日は、月命日だからな」

「覚えててくれたんだ、ちゃんと……」

「あぁ……」

「……」

「………」

 

会話が、止まる。

 

死者の眠る地に相応しくない、命に溢れた香りを乗せた風が、強く吹く。

アルベールはシガーケースから葉巻を一本取り出すと、端を落として火を点けた。

「―― シャルロット」

「……?」

「プロジェクトチームが解散になった後、お前はどうする? デュノアに戻ってくるか?」

 

竜騎士計画は一つの結果を残した。そう遠くない内に、現チームは一度解散となるだろう。

そうなった後、シャルロットにはデュノアに戻るか、そのままフランス所属のままでいるかという二択がある。

もしデュノアに戻る選択をしても、以前のようには絶対にならない。

何故なら、今の彼女はフランス全土に顔を知られた時の人である。前の様な扱いは出来ないからだ。

 

「いいえ。僕はもう、デュノアには戻りません」

 

だが、シャルロットはハッキリと宣言した。デュノアとの決別を。

前のように逃げるためではなく、自分の道を進むために。

「そうか」

「はい。僕の夢の為に……この道をいきます」

「夢か……〈ブリュンヒルデ〉でも目指すか?」

「……そうですね。それぐらいにならないと……叶えられないかもしれないですね」

「世界最強の称号を通過点扱いか……それは、どんな夢だ?」

興味を惹かれたのか、アルベールが尋ねる。するとシャルロットは、はにかみながらこう答えた。

 

 

「―― 素敵なお嫁さんです」

 

 

「ブフ――ッ! ゴホッゴホッ!!」

アルベールは思いっきりむせ返った。葉巻の煙が変なところに入ってしまい、咳き込んで涙が溢れてくる。

「お父さん、大丈夫!?」

「お前……ごほっ……! 一体、誰と結婚しようというんだ……!?」

「世界一素敵な人ですけど?」

父の疑問にしれっと答える娘。

世界最強にならなければ結婚出来ない相手など、何処かの王族か何かか。

 

これ以上は頭痛しかしないと、アルベールは考えるのを止めた。

 

「夢、か……。私の子供の頃の夢はスーパーマンになることだった」

「スーパーマン?」

「普段は力を隠していて、いざ事件が起これば素早く変身して颯爽と駆けつけ、悪い奴らをやっつける……そんなヒーローに、いつかなりたいと思っていた」

深く葉巻を吸い込み、空に向かって紫煙を吐き出す。

「だが、大きくなるにつれてそんなものになれないと知り、次に抱いた夢はジェット機のパイロットだった。だが、お世辞にも機械の才能がなくてそれも諦めて……何時の間にかこんな歳になっていた」

「………」

「どんな夢を叶えるにも、途方も無い情熱と努力と時間……そして一握りの運が必要だ。私には……そのどれも無かった」

「お父さん……」

「お前が行こうとしている道は、きっと私の最初の夢よりも遥かに困難な道だろう。夢を叶えるために行くというなら……”夢に敗れる事もある”という覚悟だけはしておきなさい」

日本に行くまでに、たった二度しか会ったことがなく、フランスに帰国してからが三回目で、そして今が四回目。

たったその程度で、自分はこの人の何を知っているのだろうと、気付く。

デュノア社にいた時、自分は何かをしただろうか? 冷たくて暗い場所に居ることを甘んじて受け入れて、一度でも変えようとしただろうか?

そして同じように、この人の事を一度でも知ろうとしただろうか?

 

自分はずっと待っていただけだ。この人が会いに来るのを。

もしももっと早く、こうして話すことが出来ていたなら―― 何かが変わっていたのだろうか?

 

 

勇気のなかった自分への後悔に、チクリと胸が痛む。

 

 

「まぁ、良い。お前はもう……デュノアとは関係のない身なのだからな」

「―― いいえ。僕は”デュノア社”とは関係なくても……”あなた”とは……ずっと、親子です」

「………」

「お母さんとあなたと……どちらが欠けても僕はいなかった。こんなにも今、幸せであることも、きっと無かった……」

「……… 一つ」

「……?」

「一つだけ、聞きたいことがある。あれは……私を恨んでいたか?」

「いいえ。ただ……少しだけ寂しかったと思います」

「………そうか」

アルベールは、その視線を墓に刻まれた名に落とす。

 

 

「―― 随分と、待たせてしまったか」

 

 

そう呟いて、アルベールは踵を返した。そのままシャルロットに背を向けて、歩き出す。

「お父さん……!」

「今日の夜、日本に行くそうだな。せいぜい、体には気を付けることだ。あれも……体の弱い女だったからな」

「っ……!」

 

振り返ることもなく、アルベールの背中が遠ざかっていく。

それをただ、シャルロットは見送るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

霊園の駐車場に止められていたリムジンにアルベールは乗り込むと、咥えていた葉巻を灰皿に擦りつけ、火を消した。

「―― 出せ」

ドライバーに指示を出し、リムジンがゆっくりと動き出した。

 

「………」

 

まぶたを閉じ、思い返す。

引き取ったばかりの頃のシャルロットを。

 

自分の生まれから周りの顔色を伺い、自己の主張をせずにいる―― そんな苛立たしい娘だった。

 

だが、そんなシャルロットは日本でどんな出会いをしたのか、とても変わっていた。

 

そう分かったのは、強奪犯との戦いの最中。

怒りに燃え、魂のままに吼え叫び、泥臭く、暑苦しいまでにギラギラと目を輝かす。

 

エレガントさの欠片もない、しかし生命に満ち溢れた輝きを放っていた。喩えるならば―― 強風吹きつける草原に凛と咲く、一輪の野薔薇。

触れれば折れてしまいそうな母とは違う―― 強く、気高い姿。

「人の本質は、戦うと決めた時に生まれる……か」

ふと、デュアンの言葉を呟く。そして、少しだけ口元が緩んだ。

 

「シャルロット、お前の本質が何処までのものか……見せてもらうぞ」

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

その日の夜。

空港にはシャルロットの見送りに、フィリーとデュアンが来ていた。

 

「それじゃ、気を付けてね」

「ドラグーンⅡの他のユニットも、出来る限り完成を急ぐからな」

「ところで、ドラグーンⅠは今……?」

「あれはしばらく使い物にならん。何せコアがあの〈オータム〉とかいうのに適応してしまっていてな……初期化してからでないと適合作業に入れんのだ」

「てな訳で、あの子はしばらくお休み。現役はそっちの子だけだからね。しっかりとデータを取ってきてよ?」

「……はい、大丈夫です」

シャルロットは首から下がる、以前とは少し色と形の違うネックレストップ―― ラファール・ドラグーンの待機形態をギュッと握った。

 

「―― あ、そうだった。これ、例の彼に渡しておいてくれるかしら?」

と言って、フィリーが差し出したのは小さな紙袋。それをシャルロットの手に乗せる。

「……何ですか、これ?」

「そうね~、お守りみたいなものかしら? あ、今開けたらダメよ? あくまでも、いざという時の為の物だからね?」

「? ……はぁ、分かりました」

いざという時とは何なのだろうかと、首を傾げるシャルロットだったが、そこまでいうのだから余程大事なモノなのだろうと、バッグにしっかりと仕舞った。

 

「―― さて、そろそろ搭乗が始まるな。体には気を付けるようにな」

「無理も無茶も、あんまりしないでよ? ISパイロットは体が資本なんだからね?」

「わかってますよ。それじゃ、行ってきます!」

 

満面の笑顔と共に、シャルロットは搭乗ゲートへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本 IS学園前。

蝉の鳴き声と、ムッとする熱気に汗がじんわりと流れる。

「日本の夏って、本当にフランスと違うんだなぁ……」

七月もそうだったが、八月に入ってからは連日の猛暑日。運悪くそこに当たってしまったシャルロットは、茹だるような暑さにうんざりしながら校門をくぐった。

 

寮への道を歩いて行くと、向こうからくる人影があった。

背の高い、ガッシリとした体躯。

 

世界唯一の男子IS操縦者、織斑一夏。

 

「―― あ、シャル! 帰ってきたんだ」

「春斗――!?」

自分の名を呼ぶその人に気付き、シャルロットは反射的に駆け出していた。

「え゛――っ?」

「春斗ぉっ!!」

どん、と胸にぶつかるように顔を埋める。その手を背に回して、ギュッとそのシャツを握り締める。

「ただいま、春斗……!」

「う、うん……お帰り、シャル」

春斗は若干戸惑いつつも、優しくシャルロットの頭を撫でてやった。

 

聞こえる鼓動。感じる体温。夏の日差しよりも遥かに刺激的なそれらが、彼女の心を熱くさせる。

 

帰ってきたのだ、ここに。この場所に。そう実感して、自然と涙も零れた。

 

 

 

 

「あのさぁ………あたしも居るんだけど?」

春斗の後ろでは鈴が、頭に四つ角を三つばかり立てていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【おまけ:フィリーの気遣い】

 

 

 

「そうだ。春斗に渡してくれって言われた物があるの」

「僕に? 何だろう……?」

 

受け取った紙袋の封を外して、中身を取り出す春斗。

 

「っ……こ、これは………!?」

「っ~~~~~~っ!?!?」

袋の中身は―― 日本的に言うと【明るい家族計画】的代物であった。

 

「えっと……え? これを……どうしろと?」

「ふぃ、フィリーさぁああああああああああああああああああああああああああああああああんッ!!!!」

 

羞恥極まり、涙目になったシャルロットの雄叫びが、学園中に木霊したのだった。

 

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