IS〔ツイン・ソウルズ〕   作:犬吉

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第46話  サマータイム・イン・IS学園

 

連日猛暑の記録日を迎える八月。

 

夏休みのIS学園は生徒の多くが帰郷し、人もまばらである。

とはいえ、生徒会にはやっつけなければならない書類があるので、今日も通常営業であったりする。

 

ということで、生徒会長 更識楯無は生徒会室へとやって来た。

「おはよー。今日も絶好調に猛暑ね~」

「おはようございます、会長」

「おはよう、虚ちゃん」

「あう~、暑いよ~眠いよ~」

「相変わらずだらけてるわね~。昔流行った”たれ◯んだ”みたいよ?」

「………お、おはよう」

「おはよう、簪ちゃん」

 

それぞれに挨拶を返し、楯無は席についた。

 

 

 

 

 

「……………………………え?」

 

 

 

 

 

楯無はそこで気付く。生徒会役員は自分を含めて三人しかいない。

なのに今、挨拶を交わしたのは―― 三人。

虚に本音に――簪。

「か、簪ちゃん!?」

ガタンッ! と、勢い良く立ち上がった楯無は、ソファーに座る簪に目を見開いて驚いた。

「な、何で簪ちゃんが此処に……?」

「何でも会長の仕事ぶりを見学したいということで、私がお通ししました」

楯無の疑問に答えたのは虚だった。しれっと言った虚に、楯無は複雑な視線を向ける。

「―― 何か、まずかったですか?」

「……いいえ。でも、出来るなら事前に連絡が欲しかったわ」

実際、まずいどころではない。簪はおそらく唯一、楯無の弱みである。それは彼女と簪の関係に由来するところだ。

 

二人は姉妹で、その仲もそれ程悪くはなかった。だがある時から、簪は楯無を避けるようになった。

楯無は姉として、妹が胸を張れる人間であろうと努力をし、その殆どは身を結んだ。

若干17歳にして自由国籍取得。同時にロシア国家代表の座を勝ち取り、学園最強の生徒会長。

プライベートでも家事全般に抜かりなく、大抵の事はこなせるため、何時お嫁に行こうと無問題だ。

まぁ、更識家当主である以上、嫁に行くことはないのだが。

 

つまり、楯無は更識家当主として相応しくあろうとする努力に加え、姉として妹が自慢出来る姉であろうとする努力を重ねた結果、簪のトラウマ―― 完全な逆効果となってしまったのだ。

 

楯無も簪との関係を良好にしたいが、しかしどうすれば良いのか全然分からない。

妹をこれ以上傷つけたくない故に、何時も伸ばしかけた手を引っ込める、そしてまた伸ばそうとするのくり返し。

 

そうやっている内に、二人の距離はどんどんと離れ、今やまともに口を聞くことさえ殆ど無い。

 

 

そんな状態の妹が、今、生徒会室に来ている。しかも、自分の仕事ぶりを見るために。

 

 

(これを……プレッシャーと言わずに、何と言うのよぉ…っ!)

 

 

更識楯無は内心で絶叫した。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

さて、事件は生徒会室で起きているばかりではない。

IS学園一年寮でも、事件は起こっていた。

 

「あ゛づ~いよ~」

「う゛ぇ~、ジュースも温いよぉ」

 

寮内廊下には冷房はなく、ロビーなどに扇風機があるだけだ。

その代わり、それぞれの部屋にはエアコンが設置されていて、室内では快適に過ごせるようになっている。

 

しかし今現在、寮に残った生徒の殆どは寮部屋から出ていた。

というのも、そのエアコンが全て停止してしまった――否、寮の電気が全て止まってしまっているのだ。

 

電気が止まれば、冷房も止まる。冷たいジュースも温くなり、氷も尽く溶ける。

唯一の救いは、寮の食堂だけは食材管理の関係上、業務用冷蔵庫には別電源が引かれているという点だ。

それでも空調設備は寮と同じ電源であり、暑い事に変わりはない。

 

先程も氷争奪戦が行われ、全員叩き出されたところであったりする。

 

「まどか、はい冷◯ピタ」

「ありがと~、ほむらちゃん」

「はぁ、ミストスプレー扇風機……馬鹿にできないわね」

「マミさん、次貸して下さい」

 

生徒達は、あらゆる手段で涼を取ろうと画策する。

 

「全くだらしないな。この程度の暑さ……【心頭滅却すれば火もまた涼し】だ」

そんな中で、我らがヒロイン篠ノ之箒はビシッとしていた。

「箒。毛の先からすごい勢いで汗が滴ってるわよ?」

タンクトップ一枚でパタパタと団扇で扇ぐ鈴の視線は、墨汁をたっぷり吸った筆のごとく、毛先から垂れ続ける汗に向いていた。

「う、うるさい! こういう時は逆に運動で汗を掻くのだ! そうすれば暑さになど負けはしないのだ!!」

そういうや、箒は外へと勢い良く飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「先生~、篠ノ之さんが熱中症で倒れました」

「水でもぶっ掛けておけ」

「織斑先生、そんな乱暴な……風通しの良い日陰に連れてって、体を冷やしてあげて下さい」

寮の裏側に居る千冬らの所にそんな報告が届いたが、千冬はあっさりと一蹴した。

そして視線を、脚立の上に立つ人物に戻す。

「―― どうだ織斑、直りそうか?」

声を掛けられた春斗は、口に咥えたペンライトを外して顔を下げた。

「う~ん……ちょっと無理そうだね。最近の猛暑のせいか、配線が完全に死んでる。見た限り、これはまるまる交換しないとダメだね」

脚立を降りてゴム付軍手を外すと、春斗は滴り落ちる汗を拭った。

「……そうか、分かった。手間を掛けさせたな」

いくら機械に強い春斗でも、換えのパーツもない状態で修理は不可能である。

仕方なく、千冬は修理業者の手配をするべく端末を取り出した。

春斗は脚立を寮の物置に戻すため、畳んで担ぎ上げた。ガチャガチャという音がゆっくりと遠ざかっていく。

 

「いやぁ、それにしても織斑君はやっぱり男の子ですねぇ。こういうのにも強いなんて……」

「………そうだな」

実際、一夏は家事は得意だが、機械関係は余り強くない。そういうのは春斗の専門だからだ。

とはいえ、真耶の勘違いを訂正することも出来ないので、適当に流した。

 

IS学園の一般施設関係には専属の業者がいる為、修理も連絡をすればすぐに来てもらえる。

千冬が業者に連絡をとると、どんな状況下を尋ねられた。春斗の診断をそのまま伝えると、すぐに来るとの事。

 

「……しかし、暑いな」

端末をしまい、千冬は滲む汗を拭った。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

太陽が頂点を極める頃、IS学園生徒会室では只管に仕事が行われていた。

「虚ちゃん、この書類に不備があるわ。訂正の後に再提出させて」

「分かりました」

「それと、この申請書は受理できないわ。もっと明確に申請内容を明記してもらって頂戴」

「はい。ではそのように」

てきぱきと仕事をこなす楯無。それを的確にフォローする虚。

「あう~。かんちゃん、ヘルプ~」

「……本音」

そして全く役に立たない本音と、それに何とも言えない顔をする簪。

 

「会長。そろそろお昼の時間ですね」

「あら、もうそんな時間? じゃあ、ひとまず休憩にしましょうか」

走らせていたペンを置いて楯無が言うと、真っ先に反応した人物がいた。

「お休み~! かんちゃん、行こう行こう行こう~っ!」

「本音……!? ……ちょっと待って!?」

本音は水を得た魚のように生き生きとして立ち上がると、簪の背を押して生徒会室から出ていく。

遠ざかっていく足音が聞こえなくなると、

 

 

―― バターンッ!

 

 

楯無は崩れ落ちた。今まで汗ひとつ掻かずに書類を片付けていたのに、今は噴き出すどころか滝のように汗を滴らせ、机を水浸しにしていく。

生徒会長になってからこっち、これほどの緊張感の中で仕事をしたことがあっただろうか。いや、無い。

「ぼ……」

「ぼ……?」

「ボケる隙が見つからない……っ!」

楯無はギリ、と机に爪を立てた。まさか肉親に見られているという事が、これ程に恐ろしいものであるなど初めて知った。

どうした更識楯無。世界60億の視聴者の目はプレッシャーではなく、お前のエネルギーではなかったのか!

 

「こちらとしては、仕事が捗ってむしろ万々歳ですが?」

「虚ちゃん……最近、私に冷たくない?」

「そんな事はありませんよ?」

楯無のジト目を受けて尚、涼しい顔の布仏虚。恐るべき女傑である。

 

「こんちゃーす。うわっ、涼しい~っ!」

ドアが開いて、そこから流れ出た冷気に感嘆の声を上げたのは織羽だった。

「あら織羽ちゃん。どうしたの?」

「いやぁ、一年寮の配電盤死んだらしくて……夕方まで電気使えないらしいんで、ちょっとそれまで涼みに」

「それは良いけど……今、どうやってドアを開けたのかしら?」

生徒会室のドアは電子ロック式で、役員の持つ鍵がないと開かない仕様になっている。

当然、生徒会役員でない織羽は鍵を持っていない。

 

「やですよ会長。辰守家は代々続く、由緒正しい忍者の家系なんですから」

「昔から思ってたけど、その『なぜなら私はアメリカ合衆国大統領だからだ!』的な使い方で全て済むと思ってない!?」

「思ってますよ?」

「言っとくけど、何でも忍者だからで通じるとか思っちゃダメよ!?」

「ダメなんですか!?」

「ダメに決まってるでしょ!? ……はぁ、なんで私がツッコミしなきゃいけないのよぉ……」

「おや?」

ガックリとして机に突っ伏す楯無。織羽は首を傾げた。

 

「虚姉さん。会長どうしたんですか?」

斯々然々(かくかくしかじか)という理由よ」

「なるほど、そういう事でしたか」

「いや、今ので通じる訳がないでしょ?」

楯無がズルリと顔を上げる。

「え? 簪がずっと此処にいて、そのせいで会長はすっかり気疲れしてしまったってことですよね?」

「何で通じちゃってるの!?」

「だから家は代々――」

「それはもう良いから!」

最後の気力を使い果たし、楯無は色々と考えることを止めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

一年寮の電気設備修理は夕方まで掛かるということで、それぞれ寮の外へと出ていく。

その大半は、学園内施設の冷房のある場所へと移動した。

 

さて、そんな中の極少数はアリーナにいた。

 

 

「さて一夏。準備はいい?」

「あぁ。何時でもかかって来い……!」

その中央に対峙する二機のIS―― 白式と甲龍。

鈴と一夏の二人は互いの獲物を振りかざし、一気に激突した。

 

響き合う金属音。雪片弐型が翻り、双天牙月が舞い踊る。

龍咆がアリーナを砕き、爆煙を抜けて白い騎士が舞い上がった。

 

さて、鈴と一夏が何故にクソ暑い中で模擬戦なんぞをやっているのかというと、ISのとある機能に原因があった。

 

IS基本機能の一つである【環境適応機能】。

操縦者の生命維持とコンディション維持の為の機能である。

 

色々説明すべきことはあるが、要約すると『IS着けてれば、猛暑の中でも結構ヘッチャラ』という訳だ。

とはいえ、肉体を動かして発熱すればその分は暑いのだが、動かないで汗を掻くよりは動いて汗を掻いた方がなんぼもマシである。

なにより、汗を掻いても更衣室には空調とシャワールームがあるので安心だ。

 

そんな訳で、一夏と鈴の二人は絶賛模擬戦中であった。

 

 

 

 

 

撃ち合い、打ち合い、そして地面に落ちたのは今回は鈴であった。

「あ~っ! 負けたぁ!! 春斗、あんた手ぇ貸したでしょ!?」

『モチのロン』

「残念だったな、鈴。こいつに夕食のデザートを賭けたのが間違いだぜ?」

「くっ、春斗の甘い物好きをすっかり忘れていたわ……!」

『いやぁ、ごちそうさま』

春斗は嬉しさを隠しもせずに、声を弾ませた。

「くっそーっ! また、デザート取られたーっ! ていうか、何であんた辛いもの好きのくせに、甘いもんまで好きなのよ!?」

悔しさに吠える鈴。しかし、後悔先に立たずであった。

 

 

春斗の好きなもの:甘いもの 辛いもの 箒の手料理全て

 

   嫌いなもの:鈴の地獄酢豚

 

 

「ちょっと待ちなさいよ!? 人の料理に変なネーミング付けて嫌いなものにラインナップしてんじゃないわよ!?」

『だって、しょうがないじゃないか。鈴ちゃんのあの酢豚は軽くトラウマだよ?』

「ぐっ……!」

地獄酢豚とは、鈴が一夏との約束をした後に初めて作った、酢豚と同じ材料同じ工程で作られた、酢豚らしき暗黒物質の名称である。

その味は”地獄”という修飾語から分かる通り、食えば地獄を見ること請け合いである。

 

ちなみに、春斗は食べた直後に真っ白な雲の絨毯を渡りかけた。

 

 

 

 

さて、めでたく鈴のダイエットに協力した一夏は、数度の模擬戦を繰り返した後、シャワーで汗を流し、今はロッカールームでクールダウン中である。

「いやぁ、文明の利器は素晴らしいな」

『夕方まで、後一時間半……予定通りなら、もうすぐだね』

修理業者が来ているのは既知の事。遅れがなければ、もうすぐ復旧する筈だ。

 

やっと日常が帰ってくると、他の生徒も安堵の嘆息をしている事だろう。

「はぁ……やれやれ。セシリアやラウラ、シャルロットみたく家に帰れば良かったなぁ」

『今頃、冷房の効いた部屋に居るかもね~?』

それぞれの帰国日程は一週間前後。全員が帰ってくるのはだいぶ先である。

「ヨーロッパは涼しいのかなぁ~?」

国に帰ったクラスメイトを思い、ちょっと複雑な気分であった。

「ドイツでは雪が降ったそうだけどね」

「最早、涼しいのレベルじゃないな」

色々と複雑であった。

 

 

ロッカールームでうだうだと過ごしている内に、三十分ばかり過ぎていたので、寮に戻る事にした。

途中で鈴と合流し、帰寮の道行き。向こうからやって来るのは箒であった。

「あれ、箒? 倒れたって聞いたけど……大丈夫か?」

「うむ、もう平気だ」

「太陽フルドライブ状態なのに外に飛び出すからよ」

「……お前、何やってんだよ?」

「う、うるさいっ!」

「まったく……ほーちゃんはお茶目さんだなぁ」

「……春斗、本気で残念過ぎるわよ?」

 

とまぁ、極々何時もの風景がそこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

夕方。

一年寮に待望の光が灯る。

「おぉ~、やっと電気が帰ってきた。これで各部屋の空調も復活するわね」

ロビーにて団扇を扇いでいた鈴が、点灯した照明に安堵の息を漏らした。

周囲からも感嘆の声が次々に聞こえる。

時刻的には夕食や入浴の時間。鈴は早速、食堂へと向かった。

 

「やぁ鈴ちゃん。待っていたよ」

「………あんたら」

少し前の焼き直しのような光景に、鈴はガックリと肩を落とした。

 

 

 

 

 

デザート無き夕食は寂しいものであったが、まぁそれはそれであり、鈴は食後に大浴場へと向かった。

 

 

大浴場は時間のせいか人数が多く、鈴は何とか空いている蛇口の前に座った。

チラリ、と視線を両隣に向ける。

 

ワシャワシャと髪を洗う左と、泡立てたスポンジで体を洗う右。

腕を動かす度、ポヨンポヨンと揺れるあれ。スポンジが通り過ぎるとボインと揺れるそれ。

巨乳と言うにはまだ小さいが、鈴から見ればどっちも天上の頂である。

「くっ……!」

これがオセロであったなら、クルリと裏返ってひんぬーを脱出していたかも知れない。

そんな意味の分からない事を思いつつ、鈴は洗面器に湯を溜めて頭から被った。

 

そんな二人が泡を洗い流して浴槽に行ったので、鈴は開放感に嘆息すると共に、ついつい自分の胸を触ってしまう。

ペッタリだとかフラットだとか希少価値とか言われたりするが、そんなのはいらない。

大半の人間はラウラの方が大きいだろうとか言うが、実は鈴の方が大きい。なのに、どうして世間は『鈴 最小説』を押すのか。凄く納得できない。

 

 

閑話休題。

鈴はボディスポンジで体をワシャワシャと洗い始めた。

「あ、あそこ空いてる」

「なんだ? 誰かと思ったら鈴か」

空いた両端に座る新たな人物。よりにもよって箒と織羽であった。

勿論、オセロじゃないから裏返りはしない。

「お前ら……イヤミかイジメかぁあああああっ!?」

「「えぇっ!?」」

ばくぬーときょぬーに挟まれたひんぬーの、魂の慟哭であった。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

一夏は夕食後、腹をさすりつつ部屋に戻るために廊下を歩いていた。

「はぁ、夕食後に高カロリーのデザート二つは太るんだけどなぁ……」

『いやぁ、堪能しました』

「うぅむ。何か運動でもして腹ごなしするか……」

『竹刀でも振るかい?』

「そうだな……箒に借りるか?」

そんな事を話しつつ、到着した自室のドアを開ける。

 

 

―― ガッ!!

 

 

「え――っ?」

部屋に入ってドアを閉めようとした時、そのドアが強い力で止められた。一夏が振り返ると、わずかに残った隙間に指が差し込まれているのが見えた。

そしてそこに、血走った眼がカッと見開かれ、一夏を見据えていた。

「ギャアアアアッ!!」

ホラー映画さながらのシーンに、一夏は思わず悲鳴を上げた。

その瞬間、とんでもない力でドアが開き放たれて、それが部屋になだれ込んできた。

「い~ち~か~くん~っ!」

「ウワァァアアアアアアア! ……て、楯無先輩?」

押し込み幽霊の正体は楯無であった。しかし、何時もの余裕綽々&ミステリアスな雰囲気は微塵もない。さながら幽鬼の如き様子であった。

「一体どうしたんですか、楯無先輩?」

「どうした……? どうしたですって……? フフ……まさか、あんな手段を使ってくるとは思わなかったわ……」

楯無は一夏の襟首を掴むと、そのままギリギリと締め上げ始めた。

「ぐぇ……! ちょ……何のことですが……!?」

「フフ……そう、白を切るのね? ならいいわ……じっくりと教えてあげる………貴方の罪を!!」

 

 

 

 

 

 

 

で、説明すること17分。

「―― つまり、妹さんが来たせいで仕事が捗って捗って、でも緊張しっぱなしで……精も根も尽き果てたと?」

「えぇ、その通りよ。そしてそれが……一夏くん、君の差し金である事も忘れてはいけないわ!!」

ズビシッ! と、床に正座させられた一夏を指差す楯無。

「いや、俺には本気で思い当たるフシがないんですけど?」

「あら? まだ白を切ろうというの?」

「いや……ですから、本気で俺はそんな事を彼女に言ったリした覚えがないんですよ!」

「こっちにはね、織羽ちゃんって言う証人がいるのよ! それでもまだ、ごまかせると思って!?」

まるで『異議あり!』とでも吹き出しが付きそうな勢いで、楯無が突きつけた。

 

そして一夏は、何となく謎が解けたような気がした。

「それって多分、春斗が更識さんに言った事で……織羽が思い違いしたんじゃないですかね?」

「何を言ったの?」

「何をって……『お姉さんの事をちゃんと見ろ』的なことですかね?」

「私を……ちゃんと?」

「まぁ、そんな感じだと」

「―― そう」

楯無の手が、するりと落ちる。そしてそのままフラリと体が揺れて、ベッドに倒れ落ちた。

「何か話したりとか、しなかったんですか?」

「それが出来るなら……こんな苦労しないわよ」

うつ伏せたまま、モゴモゴと楯無は答える。バタバタと足をバタつかせ、バッタリと落ちる。

「取り敢えず、おねーさんはマッサージを所望します」

「またいきなりですね?」

「噂に聞いた一夏くんのフィンガーテクニック……存分に奮って頂戴?」

「何で”フィンガー”テクニックなんですか?」

「そんな事は良いから。さぁさぁ、おねーさんを癒しなさい!」

足をバタバタとさせてマッサージをねだる楯無、まじうざい。

『はぁ……一夏、やってあげなよ』

『ベッド占領されてるし……やるまで帰らない気満々だな』

まったく仕方ないなと思いながら、一夏は楯無の上にまたがった。

『ほら、揉むついでに色んなとこでも揉んでやれば、超役得だし』

『役得じゃないしな、それ!? 単なるセクハラだろ!?』

内心に突っ込みつつ、一夏は手を伸ばした。

 

 

「うぅ…ん……なかなか……やるじゃない……あ、そこ……ぉん」

「う~ん、本気で疲れてますね。コリはないけど、全体的に張ってる感じが……」

ギュッ、ギュッと掌で背中全体を摩るようにして、入念にマッサージしていく。

仕方なしながら手を抜けない男、織斑一夏。額に汗を滲ませながら楯無の体に按摩を施してく。

『ふむ……一夏、ちょっと良いかな?』

『……セクハラすんなよ?』

『しないよ。折角だならアレを使おうと思って……』

『アレか……大丈夫なのか?』

『大丈夫だ、問題ない』

明らかにダメなフラグを踏みつつ、春斗は楯無の上から降りて、デスクの引き出しに手を伸ばした。

「ちょっと~、まだおねーさんは満足してないわよ~?」

「まぁ待って下さい。疲れるんで……道具を使おうってだけですから」

「道具?」

楯無がマッサージのせいでフニャフニャになった顔を持ち上げる。そして、春斗の手にある物を見て、凍りついた。

「な、何よそれは……?」

「何って……マッサージの道具ですよ? ”僕”の手作りですけど」

「っ……! 春斗くん……!?」

春斗がスイッチを入れると、”それ”がウインウインと動き出した。

動き出した、凶悪な外見を持つ”それ”に、流石の楯無も顔を青ざめさせた。

「ちょっと待って! それはダメ……!」

「さぁさぁ、行きますよ……」

しかし春斗は、楯無が止めるも聞かず、”それ”を使った。

「ッ……ぁああああああっ! 痛ァあああ……いぃっ!!」

脳髄に突き抜ける痛みに楯無が絶叫した。暴れだそうとする体を一瞬早く、春斗が押さえつける。

「痛いのは最初だけですよ。段々と気持ちよくなりますから」

「ウソよ! こんなの、痛いだけ……ぁあ、動かさないで……!」

学園最強。国家代表。その誇りも肩書きも、この地獄の前では霞んで消えてしまう。

「動かさないとほぐれないでしょ? ほぉら、今度はバイブレーションもいきますよ」

「くぅううう……っ!? い、痛い……!」

全身に走る苦痛に歯を食いしばり、シーツをギュッと握り締めて楯無は耐える。

ハァハァと荒げる吐息は既に湿り気を帯び、頬は上気して桜色に染まっていく。

「そう言いながら、本当は気持ち良くなってきたんじゃないですか?」

「気持ち良くなってなんかぁ……なぃぃ……っ!」

ベッドで身悶えながらも必死に堪える楯無に、春斗は思わず意地悪い笑みを浮かべた。

「ほら、口ではどんなに言ったって……体の方はこんなに正直だ。ここ、随分とほぐれてきてますよ」

「そんな……ことぉ……ひぅっ!?」

敏感なところに触れたのか、楯無の体がビクンと跳ね上がる。そして全身に汗がじわりと滲み出す。

「くくっ……この分なら、もう一つ行けそうですね?」

春斗は薄暗い笑みと共に同じ物をもう一つ取り出して、楯無に見せた。

「っ……!? だ、ダメ……! 一つでもいっぱいなのに……二つなんて壊れちゃう……!」

「壊れるだなんて大げさな。もっと気持ち良くなるだけですよ?」

クスクスという意地悪い笑みと共に、春斗はもう一つを楯無に付けた。

「ふぅううっ……ぁあああああああああああああああああっ!!」

一際高く楯無の体が跳ね上がり、苦悶と恍惚の入り混じった叫びが反響した。

 

 

「―― ちょっと! 本気で足ツボは痛いのおおおおおおおおおっ!!」

「我慢して下さい。痛いのは、それだけ疲労が溜まってるからですし、しばらくすれば解れてきますから」

「ひぅうううううううっ!?」

春斗の発明。自動足ツボマッサージ機【指圧王六號】。足にあるツボをピンポイントで刺激する健康器具である。

別名【地獄の罰ゲーム君】。

 

「ちょっと!? 今、不吉なネーミングが見えたわよ!?」

「……何の事ですか?」

「しらばっくれ……たぁああああああああっ!?」

良いポイントを打ち抜かれ、身悶えする楯無。がっしりと足に張り付いた指圧王六號は、まだまだ楯無をマッサージし続けた。

「じゃ、一夏もマッサージ再開しよっか」

「…………楯無先輩、大丈夫ですか?」

「……こんなの初めて……ぐすっ」

「「マジ泣きっ!?」」

 

 

それから30分後。

色々とされてデロデロになった楯無は、未だに一夏のベッドを占領していた。

「もう、今日はここで寝るわ……良いわよね? 答えは聞いてないわ」

「最終手段を用いてでも排除しますよ?」

「最終手段……?」

「寮長召か――」

「さぁて、寝るならちゃんと自分のお部屋よね~!」

ガバッと起き上がった楯無は、態とらしく「うーん!」と背伸びをする。

「あ、それはそうと……これは知ってる?」

楯無は携帯端末を操作して、とある写真を出して見せた。

それはネットでも話題になっている、フランスの新型IS披露式典の写真だった。

「知ってますよ。随分と派手に登場したなって、春斗と話してましたから」

「凄いわよね~。一躍、時の人だもの。春斗君的には……面白くない感じかしら?」

「……別に。ただ、騒ぎ過ぎって気はしますけどね。本当のラファール・ドラグーンは、あの程度の機体じゃありませんし」

「……それに対しておねーさん、どうコメンとしたら良いのかしら?」

スペック上、間違いなく最高クラスの性能があるにも拘らず、まだ甘いと言い切る春斗に、楯無は苦笑いするしか無かった。

だが、口ではそう言いつつ実際はその完成を喜んでいる事を、一夏は知っていた。

 

(全く……素直じゃねぇなぁ)

 

内心でクスリと笑う一夏であった。

 

 

IS学園の夏休みは、比較的平和かつ、平凡に始まった。だが、それはあくまでも今だけの話。仮初の日常である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

― システムドライブ 成功 ―

 

― オリジナルドライバー 認識完了 ―

 

― ユニットシステム 最適化開始 ―

 

― シールドシステム、正常機能確認 ―

 

― ディバイダー システムチェック ―

 

 

 

 

世界の裏側で、悪意は静かに動き出す。

 

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