土曜日の第三アリーナ。
ここでは、派遣されてやって来た倉持技研スタッフによる、白式及び裏白式のデータ収集が行われていた。
エネルギーバランスやスラスター出力、雪羅のデータ収集を終えると、実際に動かしてのデータ測定。
一時間程で白式が終わると、今度は裏白式のデータ取りが開始される。
大まかな部分は白式と同じだが、月乃雫や晨月といった特殊機能を持った武装と、射撃武装である月影のデータ取りもあるので、倍の時間を掛けてデータ収集が行われた。
述べ三時間に及ぶデータ収集も無事に終わり、春斗はピットへと戻る。
「お疲れ様です、織斑君」
「山田先生。すみません、立ちあってもらって」
「いいえ。これも仕事の内ですから」
ピットで春斗を出迎えたのは、データ収集の立ち会いを務める真耶であった。
本来ならば専用機持ちは国家、企業所属である為に立ち会いをする必要はない。
だが一夏、そして箒の所属は決まっておらず、現在もアラスカ辺りは会議が大紛糾していることだろう。
そういった事情もあり、倉持技研のデータ収集には教員立ち会いの元で行われている。
というのが表向きの理由であった。
白衣を着た技研の職員が、二人の所にやって来た。
「では最後に、『融合IS』のデータを取らせて頂きます」
何の感動も孕まない事務的な言葉に、春斗はやはりなという表情をし、一夏はムッとする。
「今日予定されていた事項は全て、滞り無く終わった筈ですが?」
真耶は一夏を庇うように一歩前に出ると、キッと睨んだ。
「二機のISが融合し一機となるなど、前代未聞。世界中が注目しているデータを取らずに置く訳にはいきません。
そもそも、白式も裏白式も我が倉持技研のISです。それのデータを取るのだから何の問題も無いでしょう?」」
「残念ですが、認めることは出来ません」
「おや、一教員でしかないあなたにそんな事を決める権限がありますか?」
「当校の教師として、この学園に所属する生徒の安全を守る義務と責任が私にはあります。
『融合IS』には未知の部分が多く、無用の危険に生徒を晒すことをIS学園教師として、そして今回の立会人として、認めることは出来ません」
静かだが強い口調で真耶が言い切る。
「それに、以前『融合IS』を起動した際、彼は意識を失い、一種の昏睡状態に陥りました。『世界唯一の男性IS操縦者』の身に何事かがあれば、それこそ国際問題です。それを理解した上で、『融合IS』のデータを尚、取ろうとしますか?」
「……後悔しますよ?」
「後悔? 国際法廷にでも訴えを出しますか? ……日本を含む、全国家を相手取る覚悟で?」
「くっ……!」
幾ら前例のない『融合IS』に価値があるとしても、世界唯一の男子操縦者である一夏の身の安全と比較すれば、後者が勝つに決まっている。
もし、強行して彼の身に何事か起こったならば、彼の首どころか倉持技研の取り潰し、更には日本は賠償金を払わされるだろう。
そしてその原因となった人物―― つまり彼は、社会的に完全抹殺された上で、陽の下を歩けることは一生ないだろう。
「わかりました……今回は引かせて頂きます」
真耶に完全に論破された上に鋭い視線に気圧され、技研職員は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて踵を返した。
部下だろう他の職員に苛立ちをぶつけながら、撤収の指示を出しだ。
「―― ふぅ、緊張しましたぁ」
へなり、といつもの真耶に戻る。ずり落ちた眼鏡を戻しつつ額に滲んだ汗をハンカチで拭く。
「すみません、山田先生。助かりました」
「いいえ。実はこうなるんじゃないかと、織斑先生から忠告を貰っていたんです」
「姉さ……織斑先生から?」
「えぇ。ですが臨海学校の時のように倒れる可能性を鑑みれば、止めるのは当然です」
真耶が立会人としてこの場に居るのは、千冬の言があったからだ。
データ採取の要望書を見た千冬は、倉持技研が月華白雪のデータを取ろうとしない筈がないと踏んでいた。
本当は自分が立ち会いたいところであったが、身内贔屓などと言われて付け入られる隙を無くす為、真耶に立ち会いを頼んでいたのだ。
それはある種、真耶ならば自分に代わって一夏達を守ってくれるという信頼の証でもあった。
杞憂ならばそれでいいと真耶は思っていたが、千冬の危惧した通りになった。
もしも事前に知らなかったら、丸め込まれていたかも知れない。
「とにかく、織斑君はもう帰っていいですよ。後はこちらの仕事ですから」
「分かりました」
ISを待機状態に戻した春斗は、真耶に頭を下げピットを後にした。
「……ちっ、忌々しい」
真耶に言い負かされた職員は、他の職員から離れた物陰で携帯端末を取り出し、とあるナンバーをコールした。
「こちら”ゴブリン”……はい、二機のデータは。ですが、例の融合機に関しては………はい、了解です〈スコール〉」
端末を切り、上着に仕舞った。
「ふん。IS学園ごときが……まぁ、必要なデータは取った。後は向こうの仕事だ」
くく、と愉快そうに哂いながら〈ゴブリン〉は他の職員に続いてアリーナを後にした。
不穏なる空気に誰も気付くこと無く、データ取りは終わりを迎えたのだった。
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その日の夜。セシリアは自室にて不吉な笑みを浮かべていた。
「フッフッフ……ですわ」
カチカチカチ。薄暗い照明のみの室内に響く不気味な音。その正体は、彼女の手に握られているカッターだ。
デスクのライトに反射して、刃が不気味に光るとそれが照り返し、サファイアの瞳を輝かせた。
カッターの切っ先をデスクの上に置かれた物に立てて、ズズッと引いていく。
厳重にされた封を解き、押し開く。白魚のような白く細い指がそこに滑り込み、収められた物をゆっくりと取り出す。
「流石は日本。注文からすぐに届くこの早さ……賞賛に値しますわ」
取り出したのは銀色のプラスチックカード。それこそ、彼女のジョーカー。
それを視認し、セシリアは不気味に笑った。
「フッフッフ……これで勝つる! ですわっ!!」
IS学園の歴史に『ちょろ孔明』と名を馳せる策士(笑)セシリア・オルコット誕生の瞬間であった。
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日曜。
一夏は休日の人の流れに乗って、ウォーターワールド前にやって来た。
「おぉ~、すんげぇ人だな」
『流石、今一番人気のスポットなだけあるね』
人の多さに呆れつつも、一夏は鈴との待ち合わせ場所であるゲート前に向かった。
「よぉ、鈴。早いな」
「遅いわよっ!」
ゲート前にいた鈴に声を掛けたら、いきなりご立腹であった。
「遅いって……まだ約束の十分も前だぞ? なのに何で文句言われなきゃならないんだ?」
「こういう時は、男が先に来て待ってるものなのよ!」
「あのなぁ。遅刻してないんだから「いや、流石に三時間前から来てたら無理だよ」……て、三時間前!?」
「なっ……!?」
春斗の言葉に一夏は驚き、鈴は顔を赤くして目を見開く。
「ななな……何で知ってんのよ!?」
「何でって……出ていくの見えたから?」
しれっと言う春斗。人差し指を頬に当てて小首を傾げるという無駄な可愛さアピールが、鈴の怒りを煽る。
「あんた、何で見てて普通に黙ってんのよ!?」
「だから今、こうして言ったじゃない」
「今、言わないでよ!?」
耳まで真っ赤になった鈴が、必死に口を塞ごうと手を伸ばす。が、それを避けて、ニヤニヤと笑う。
「まぁまぁ。僕はお邪魔だろうから、下がらせてもらうよ。鈴ちゃん………頑張って?」
「あっ、こら! 待ちなさい!!」
鈴が止めるより早く春斗の意識は下がってしまう。
「なぁ、鈴。何を頑張るんだ?」
「うっさいバカ!!」
「何でだよ!? ……ったく、さっさと中に入ろうぜ」
こういう時は、さっさと話題をシフトするに限ると、一夏はゲートを指差した。
「―― そうね。あのバカには後でいくらでも言えるんだし。クッククック……」
鈴は両手をワキワキとさせて、ゲートへと向かった。
「………」
どうせ、春斗に口で勝てないんのだから無駄なことだろう。とは一夏は言えなかった。
「待っていましたわ、二人とも!!」
「お久しぶりでございます、織斑様」
中に入ろうとした二人の前に立ちはだかった人影。誰あろう、英国淑女セシリア・オルコットと、そのメイドであるチェルシー・ブランケットであった。
「………セシリア? チェルシーさん?」
「ちょっとセシリア!? 何であんたが此処に居るのよ!?」
「鈴さん、出し抜いたつもりでしょうが甘いですわ!」
ズビシッ、と鈴を指差し、セシリアは胸を張った。
「っ……まさか、アンタに先回りされるとはね。正直、予想外だったわ」
「何か、遠まわしに侮辱されたような気がしますが……まぁ良いですわ。さぁ、一夏さん。一緒に参りましょう!」
セシリアはすっと一夏の脇に行くと、自分の腕を一夏のに絡めた。
『おぉ、柔らかい感触が肘にっ! 一夏、もっと肘を曲げろ!!』
『此処ぞとばかりに感覚共有するな! さっさと切れ!!』
『だが断る』
「ちょっとセシリア。あんた、チケットは持ってるの?」
鈴はニヤリと笑って、ヒラヒラとチケットを見せる。既に前売り券は完売。当日券も行列ができている。
鈴は待っている間、その行列を見ていたので、当然セシリアが並んでいたら気付く筈である。
「チケット? あ~ら鈴さん。このセシリア・オルコットが一日しか使えないチケットなど買うと思いまして? これをご覧なさい!!」
つきつける → 銀色のカード二枚
「何だ、それ?」
「そ、それはまさか……ウォーターワールドの年間フリーパスッ!? 一枚幾らすると思ってんのよ!?」
「そんなの、我がオルコット家にとっては大した金額ではありませんわ」
驚く鈴に対して、セシリアは自慢気に胸を張る。
『分かった。彼女は生粋の天然(バカ)だ』
そして春斗は呆れ混じりに嘆息したのだった。
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臨海地区にある、大型イベント用展示スペース。ラウラ、箒、シャルロット、織羽、簪の五人姿がそこにはあった。
彼女たちの座るテーブルには、芳醇なスパイスの香りを漂わせるルーと、ナンやライスが置かれていた。
今日、ここで行われているイベントは『日本カレーフェスタ』。
カレーにドハマりしているラウラが、休み前から楽しみにしていたイベントである。
「えぇ!? 鈴と一夏が出かけた!?」
「うむ。それとセシリアの姿も見えない。おそらく、二人を追うか何かしているのだろう」
昨晩、ラウラは一夏を誘うべく声を掛けたのだが、鈴との先約があると断られた。
「くっ……こんな所で悠長にカレーなど食べている場合ではない! すぐに追わなければ!!」
スプーンをギュッと握りしめ、箒は歯軋りする。鈴、そしてセシリアに出し抜かれるなど、メインヒロインの名折れだ。
「まぁ、落ち着きなさいよ箒」
自分がチケットを売ったくせに、いけしゃあしゃあと箒を宥める織羽。流石は忍者、面の皮も厚いものだ。
「そうだ。そもそも、一夏の中には義兄上がいる。それをよく知っているが故に、迫ることも出来まい」
ラウラはタンドリーチキンを切りつつ、言う。
「セシリアに関しては何の心配も要らない。あれは策を弄して自滅するタイプだ」
「「「それは確かに」」」
ラウラの言葉に箒達はウンウンと頷く。大概酷い。
「あ……ココナッツカレー美味しい」
そして一人は、完全に話を聞いていない。
「そういえば、ずっと聞きたかったんだけど……箒?」
シャルロットに尋ねられ、箒は「何だ?」と言いながらナンを千切る手を止めた。
「気になってたんだけど……箒って学年別トーナメントの時、ずっと訓練してた?」
「あぁ。真打鉄をもらってからトーナメント開始まで、ずっと千冬さんに鍛えてもらっていたんだ」
「教官に?」
「篠ノ之。真打鉄は春斗がおまえの為に用意したISだ。それを使う以上、トーナメントで恥ずかしい戦いをさせる訳にはいかない」
「はい」
「私が打鉄を着けているのは、本来ならば必要ないが……お前が気兼ねなく攻撃できるようにする為だ。要らん気遣いで手を抜かれては意味が無いからな」
千冬は腰に手を掛け、打鉄の太刀を引き抜いた。それだけで、箒に掛かるプレッシャーが跳ね上がり、自然と汗が頬を伝った。
「さぁ、来い。多少はマシになるようトーナメントまで鍛えてやろう」
そう言って千冬はニィ、と口角を釣り上げた。
「あぁ~、あの頃はいつもボロボロになって帰ってきてたわねぇ~」
「あの時は毎日、死ぬかと思ったものだ……」
ナンを咥えながら、箒と織羽はしみじみ思い出す。シャルロットへの善戦も、比喩なき地獄の特訓の成果なのだ。
「うむ。教官の特訓は夢にすら地獄を見るからな」
と、ラウラも同じ経験があるのか、ウンウンと頷いた。
「織斑先生の特訓……どれだけなんだろ?」
シャルロットは、想像さえ出来ない千冬の特訓に首をかしげた。
「……チキンカレー、美味しい」
簪はマイペースにチキンカレーを咀嚼していた。
「ハクション!」
「ちょっと!? ツバ飛ばさないでよね!?」
女子更衣室にて、セシリアは唐突にくしゃみをした。鈴は思わず身をよじった。
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先に着替えを終えた一夏は出口付近で鈴達を待っていた。
「しっかし、遅いな。水着着るぐらいでそんなに時間掛かるもんか?」
『女子の着替えと買い物は総じて遅いものだよ、一夏』
『何で遅いのか、全く理解できん』
『そこが一夏のダメなところだね。女子に対しての理解が足りない』
『ほっとけ』
そうこうしている内に、向こうから歩いてくる見知った顔に気付く。
「お待たせ、一夏」
「お待たせしました、一夏さん」
「おう……あれ? セシリアの水着、新しいのか?」
鈴は臨海学校の時と同じものであったが、セシリアは違っていた。臨海学校の時は青のビキニとパレオであったが、今回は前よりも露出が若干上がっている。
「む? 鈴ちゃん、少しウエストが細くなってるね……1,12センチ?」
「……何で分かんのよ」
そして鈴も、ささやかながらダイエットをし、成果が出ているようだ。
「でも、鈴ちゃんにダイエットは必要ないと思うけど?」
「どういう意味よ?」
「ほら、鈴ちゃんは胸もバストもボインもほっそりしているから必要ない……「ってててててててぇっ!? 俺の頭蓋がギシギシとヤバめの音を容赦なく響かせてやがる!?」」
「ナニ? イマ、ムネガチサイッテ、サンカイイイヤガッタワネ……?」
「違う違う! 俺は言ってない! てか、お前の背後にポニーテールの悪魔ががぁぁ……っ!」
「「ナ~ニ……アキィ?』」
「アキって誰だよ!?」
どうやら怒りの余り、鈴はヒンヌー教の闘神〈シムァーダ・ミナーミ〉を呼び出してしまったようです。
「いてて……セシリア、チェルシーさんは?」
もしかしたら多少凹んだかも知れない頭を摩りつつ、まだ来ないもう一人について尋ねる。
「チェルシーでしたら、もうすぐ来ると思いますけど?」
「何? そんなにメイドさんの水着が見たいわけ?」
「……そうなんですか、一夏さん?」
ハイライトの消えた瞳で揃って首を傾げる様は、宛らホラーである。なまじ手が飛んでこないせいで、余計に怖い。
ざわっ。
丁度その時、ざわめきの声が聞こえた。何事かと三人が向くと、そこには待ち人の姿があった。
颯爽と歩く姿に人は皆、我が意で道を開けていく。
「お待たせして申し訳ありません、お嬢様」
「「………」」
鈴とセシリアは声を失っていた。
チェルシーの水着はゼブラ柄のビキニであった。その細い腰に巻かれたパレオもまた、白地に短い黒のラインが入ったもの。
決して派手ではないが、しかしチェルシーのスタイルと完全に一体となったそれは、まるでサマードレスだ。
肩にショルダーバッグを掛け、それもまた彼女の姿に違和感なく溶け込んでいた。
「『………』」
「……? 如何しましたか?」
「……え!? いや、よく似合ってるなって……すいません、ジロジロ見ちゃって」
チェルシーに声を掛けられ、一夏は自分が彼女に見とれていた事に見気付く
『いやぁ、凄いね……僕も見とれちゃったよ』
「ありがとうございます。織斑様は女性を喜ばせるのがお上手でいらっしゃいますのね」
「え? いや、そんな事は……はは」
クスリと笑うチェルシーに、一夏はつい照れてしまう。
「―― セシリア。アンタ、何であのメイド連れてきたのよ!?」
「日本の地理には詳しくありませんのよ、私は!」
道に迷わないようにとチェルシーをお伴にしてきたのだが、裏目であったようだ。
実は一夏には一つの噂があった。
それは『織斑一夏は年上好き』というものだ。
元は『千冬が一夏の姉であり、あんな美人で完璧な姉がいるのだから、きっと理想のタイプもそれに近いだろう』という所から始まった。
が、生徒会長の更識楯無に特訓を受けていたりした事も、噂の信憑性に拍車をかけていた。
(まさか……本当に年上が好みとか?)
セシリアは内心で呟く。もしもそうなら生まれながらハンデキャップを背負っている事になる。
スタイルや髪型などならばどうにも出来る。だが、年齢ばかりはどうにもならない。
セシリアは自分の迂闊さを呪ったり呪わなかったりした。
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太平洋上を、一隻の船舶が航行していた。
その船中に人はおらず、全てコンピューターによる制御。
否、そこに一つだけあった。
暗く、幾つもの文字列を映すモニター郡だけがそこを照らす。人が居れば震えるほどに寒い船内には太いケーブルが無数に刺さった機械。
そしてその中心に鎮座する―― 何か。
それはただ揺られるまま、静かにその時を待つ。
海は穏やか。船はゆらゆらと揺れながら進んでいった。
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「うぉおおおおっ!?」
「キャアアアアアアッ!」
一夏とセシリアが、チューブ型のウォーターコースターを勢い良く滑り落ちる。
ウォーターワールド自慢の一つであるそれは、国内トップクラスの長さを誇る。
距離が長いということは、高さがある。高さがあるとうことは、速度があるということだ。
コースターの終わりは、1メートル下のプールへのジャンプ。
「キャアアアアッ!」
「どわぁっ!?」
バッシャーンッ!!
ド派手な水飛沫を上げて二人がプールに落ちた。
「ぶはぁっ! 」
先に一夏が立ち上がる。
「プハッ!」
そしてセシリアが顔を出した。だが、その顔は何故か赤らんでいた。
「どうした、セシリア?」
「その……ちょっと、水着が食い込んでしまって……」
「ぶっ!」
モジモジとしながら水面下で水着を直すセシリアに、一夏は噴き出した。
流水プールで、鈴は一夏と共に流れていた。
いや、それは正確ではない。
「いやぁ、楽ちん楽ちん♪」
「鈴、何で背中に乗ってんだよ?」
すい~っと泳ぐ一夏の背中にコバンザメのように張り付く鈴。
「何でって……楽だからに決まってるじゃない」
『一夏、持たざる鈴ちゃんの精一杯のアピールなんだから、言っちゃダメだって』
「そして春斗。あんたは後でぶっ飛ばす」
『全力で拒否させてもらうよ』
「遠慮しなくて良いわよ」
「それの被害喰らうの、俺なんだけど!?」
一夏は何としても止めようと、必死に叫んだ。
時刻は丁度、アナログな時計の針が天上に向かって重なり合う時刻。
「おぉっ! これは美味そう!」
「お口に合うと良いのですが」
テーブルにはチェルシーの作ったランチボックス。その中にはサンドイッチ、フライドチキン、ポテトサラダなどが収められており、どれもとても美味しそうであった。
「本当でしたら、一夏さんにまた私のお弁当を食べて欲しかったのですが……チェルシーったら、『お嬢様。そういう事はメイドの役目です』とかいって作らせてくれなかたんですのよ」
「そ、そっか……そりゃあ……残念だったな、セシリア」
心底がっかりといった風のセシリア。一夏はホッとしながらチラリとチェルシーを見た。
ぐっ。
小さく、親指を立てられた。
『流石はセシリアさん専属。分かってるね』
『分かってるなら、セシリアに料理を教えてやって欲しいものだがな』
「あっ」
と、チェルシーが小さく声を上げた。
「どうしましたの、チェルシー?」
「いえ。私としたことが……飲み物を入れてくるのを忘れてしまったようです。申し訳ありませんがお嬢様、あそこの売店で購入してきて頂けますか? 私はその間に準備をしておきますので」
「えぇ。適当に何か買って来ますわ」
「凰様、よければお嬢様と一緒に行っていただけますか」
「いいですけど……」
チラリと、一夏の方を見る。コクリと頷く一夏に鈴は頷いて返した。
二人は売店の行列に並び、遠目に見えるメニューから何を買うかを話し合った。
「―― 今更ですけど、一夏さんはこのような所で遊んでいて良いのでしょうか?」
「何よいきなり?」
「いえ。今までずっと、がむしゃらに訓練に励まれていましたから……気になって」
夏休みに入っても、一夏は自主訓練を欠かさなかった。それが自分が誘ったとは言え、事情を知らないセシリアには、いささか不自然に見えたのだと、鈴は気付いた。
「別に可笑しくないわよ」
「どうしてですの?」
「春斗はね、存在の安定の為に外に出て、日常の色んな刺激を受けないといけないのよ。でも、おんなじ刺激が続いても、意味が無いでしょ? だから、こうして遊ぶことも無駄じゃないのよ……むしろ、すっごく大事なことなのよ」
と、鈴はセシリアに得意げに説明する。
「流石に詳しいですわね」
「まぁ、当然よ。何せずっと……あたしは一緒だったんだから」
「……ですが、今後はそうもいきませんわ。別に鈴さんでなければならない理由はないのですから」
「……へぇ。ケンカ売ってくれてんの?」
「あら、分かりました?」
不敵に笑う二人。だがそこに敵愾心はなく、ただ純粋にライバルとしての対抗心があった。
「……それで、わざわざ二人を遠ざけたのは如何してですか?」
「やはり、お気付きでしたか」
残った一夏とチェルシーは、ランチを挟んで向かい合うようにして座る。
「セシリアに買い物を頼むのはちょっと不自然ですからね。そりゃ、何かあるんじゃないかって思いますよ」
「やはり、不自然でしたか。ですが、この話をお嬢様に聞かれるのは、いささか面倒なのです」
そう言って、チェルシーは背を正した。そして深く頭を下げた。
「織斑様。オルコット家使用人を代表して、貴方様に感謝致します」
「え?」
戸惑う一夏に、数秒経って頭を上げたチェルシーが言葉を続けた。
「お嬢様のご両親……先代の当主である奥様と旦那様の事はご存知ですか?」
「えっと……三年前に亡くなったっていう?」
一夏はちょっとした切っ掛けで聞いた話を思い出しながら口にする。
「はい。奥様と旦那様がお亡くなりになって以来、お嬢様はずっとオルコット家当主として責務と責任を背負い、ご両親の残された物を守るために粉骨砕身しておりました。それこそ、ご自分の事など捨て置くように……その時にはもう、昔のように笑われる事はないとさえ思いました」
チェルシーはその頃を思い出したのか、少しばかり寂しげに笑った。
「ですが、イギリスに帰ってきたお嬢様は……まるで昔の頃のように……いえ、それ以上に一人の人間として変わっておられました。そしてお嬢様を変えて下さった方……それが、織斑様です」
「俺はそんな大それた事はしてないですよ、入学一週間で決闘したくらいで……変わったって言うなら、俺だけじゃないと思いますよ?」
「確かに、IS学園でお嬢様は多くのご友人を得られたようです。ですがその全ては、織斑様と出会えたからこそです」
「いやぁ、そんな面と向かって言われると、何か恥ずかしいです」
『一夏はいつも通り、セシリアさんにフラグ立てただけだしね』
『うっせぇ。てか、フラグってなんだよ?』
『さぁ?』
とぼける春斗に内心でイラッとしながら、顔には出さない。
「織斑様」
「っ!? はい、何ですか!?」
チェルシーの声にハッとする。彼女は真剣な眼差しで一夏を見つめていた。
「どうか、セシリアお嬢様を”末永く”よろしくお願い致します」
チェルシーは深々と頭を下げた。
「ちょっと、頭を上げてください! えっと……俺で良かったら「彼女は大事な”友人”ですから」って!」
感覚共有で、春斗が一夏の言葉を遮る。
「えぇ。”今は”、それで結構です」
と、チェルシーはクスリと笑った。
『お前、何でいきなり!?』
『一夏。危うく言質を取られるところだったよ? 自分の発言にはもっと気を付けなさい』
『……はぁ?』
自分の言葉の何処に言質を取られる場所があったのか分からず、一夏は首を傾げた。
「一夏~。お待たせ~」
「ふぅ、どうしてああも人が並んでいるのでしょうね……理解に苦しみますわ」
丁度、セシリア達も戻ってきて、ようやく昼食となった。
「―― お嬢様」
「何です、チェルシー?」
隣りに座ったセシリアの耳元に、チェルシーはそっと口を寄せる。
「織斑様はなかなか強敵のようですが、頑張ってくださいませ」
「っ――!?」
瞬間、セシリアの顔が赤く染まった。
まだまだ、夏の一日は始まったばかりである。