スコープ付きの巨大なライフルを右手に持ち、鮮やかなブルーのフィン・アーマー〈ブルー・ティアーズ〉をまとって、セシリアはそこにいた。
「逃げずによく来ましたわね。褒めて差し上げますわ」
「………」
そんな事を褒められてもな〜、と一夏は思ったりした。
『………』
何処までもそのスタンスを貫く姿勢に、むしろ感心してきた春斗。
「その勇気に免じて、あなたに最後のチャンスを差し上げますわ」
「最後のチャンス……?」
「えぇ。私とあなたでは、やはり実力差があり過ぎますわ。そこで、真摯にお願いなさるなら、ハンデをつけて差し上げますわ」
『敵ISにロック反応あり。射撃体勢をとったな……』
「ふぅ〜む……じゃあ、せっかくだから貰っておこうかな?」
一夏は少し考える素振りを見せると、そう答えた。
会場に来ていた他のクラスメートは、そんな一夏の発言にざわめき、がっかりしたという様な空気になっていた。
「やはり男など、そんなものなのね……それで、どれぐらいのハンデをお望みかしら?」
冷淡な瞳で一夏を見下ろすセシリア。一夏は構わず、指折り数えだした。
「えっと……武装禁止と飛行禁止。後は回避禁止と防御禁止……て所で良いや」
「ええ、分かりまし……って、何を言ってますのっ!?」
余りにあっさりと言うもので、危うく頷いてしまうところだった。
「何って………くれるんだろ、ハンデ?」
「そういうのはハンデとは言いませんわ! あなた、私に的になれと言ってるのと同じですわよ!?」
「いや、そう言ってるんだけど………分からなかったか?」
「………いいえ、よく分かりましたわ。あなたが、本気で私をバカにしているという事がっ!!」
『一夏っ!』
―― 警告 敵武装にエネルギー反応感知 ――
「っとぉ!?」
白式の警戒よりも早い春斗の指示に、一夏の体が動いた。
―― ギュゥウンッ!
左に半身捻り、胸スレスレを光線が掠める。
「そんな……躱されたっ!?」
―― ダメージ17 シールドエネルギー残量582 本体ダメージ無し ――
「チッ、かすったか……!!」
『いや、上等だよ。これでやりやすくなる』
ISバトルは相手のシールドエネルギーを0にすれば勝利となる。
ダメージには二種類あり、一つはシールドダメージ。
これは攻撃を受けた際、バリアーに使用されているシールドエネルギーを消耗して換算される。
二つ目は実体ダメージ。バリアーを貫通して攻撃が通った場合、これとなる。
実体ダメージはその後の戦闘に大きく影響を及ぼす。
腕に受ければ武装が、
更にISには【絶対防御】というものがあり、それが搭乗者の命を守る。
だが、貫通した攻撃が当たってこれが発動すると、大きくエネルギーを消耗してしまう。
しかし逆を言えば、これを相手に発動させられれば逆転は可能と言える。
今の場合は、バリアーは通されたが直撃はなく、絶対防御も発動しなかった。という報告がされたのだ。
「クッ、このっ! ちょこまかと!!」
何度もトリガーが引かれ、銃口が閃光を放つ。が、一夏はそれを数発掠めるも、直撃をさせなかった。
セシリアの主武装《スターライトmk?》はレーザーライフル。
2メートルを越える全長、六七口径から繰り出される一撃は驚異。
直径200mのアリーナで放たれれば、僅か0,4秒で着弾する。
つまり回避するには予測回避しかない。
だが、エネルギーチャージに反応しても遅すぎる。しかし、ハイパーセンサーではどうしても危険度の高い情報を優先させる。
そこで春斗はセシリアの一点――トリガーに掛けられた指に注視していた。
春斗はまず、セシリアを怒らせて冷静さを欠かせた。そして怒りのままに攻撃を撃たせ、それを回避する。そうすれば彼女は苛立ち、更に冷静さを欠いていった。
するとどうなるか。
一夏は時には空を、時にはアリーナのトラックを滑りながら、次々に降り注ぐ光線の
最早、掠める事さえ許さない完璧な回避だ。
爆風がシールドに当たって音を立てるその間も、一夏はセシリアから視線を外さない。
「どうして……どうして当たらないんですのっ!?」
自分では訓練通り――いつも通りに撃っているつもりだろうが、指の動きが荒々しくなっていた。
照準もかなり大雑把だ。
教室で蒔いた種は、見事に目を出していた。
どれだけ優秀なシステムも、使い手次第で幾らでも上げられるし――落とせる。
例えば、怒りで冷静さを欠いた時などだ。
射撃戦闘には三次元座標認識、弾道予測、距離観測、反動制御、一零停止、
それらの情報を処理するのはISだが、それを利用するのは操縦者である。
苛立ちが募らせ冷静さを欠けば、それが更に射撃精度を落としていく。
射撃手は常に冷徹であれ。
戦いの場を支配するのは人の心理であり、武装の性能だけでは決してない。
初手の回避で甘くなった狙いは、一夏が白式の反応になれるまでの時間を充分にくれた。
『よし、だんだん白式の反応に慣れてきたぞ……!』
『次は武装展開だ。装備は近接戦闘用のブレード一振り』
『……それだけ?』
『出来る事と出来ない事が、ハッキリしていて良いじゃないか?』
『まぁ、ブレードでの近接戦しか特訓してないしな……っ!』
キィィィィン……。
意識を右手に集中する。光が集い一つの形を成していく。
それは数秒を置き、一振りの刃へと変じた。
「近接戦闘用のブレード……? 射撃型の私相手に?」
「生憎と、これしか無いんでね……!」
「フフッ……そう、そうですの……!」
セシリアは不敵に微笑むと、距離を開けるべく上昇した。
その表情には、今までの焦りの色は無い。
相手の武器が接近戦用しか無いのならば、苛立つ必要はないと分かったのだ。
『やっぱり立ち直ったか……武装展開を遅くしたのは正解だったね』
『とはいえ、この距離は遠過ぎじゃないか?』
『次はさっきまでとは違う、本気で躱すんだ!!』
「よっしゃあっ!!」
気合を入れ直す一夏。それを悠然と見下ろすセシリア。
(私としたことが……少々、頭に血が上っていたようですわね)
射撃の基本は相手の行動予測。それだけに集中する。
「ここから、仕切り直しですわっ!!」
そして、トリガーが引かれた。
「うわっ、とぁっ!?」
『左旋回、そのまま右!! ターンだ!!』
「こなくそぉっ!!」
『足を止めるな! 蜂の巣にされるぞ!?』
「うぉおおおおおっ!!」
先刻までとは比べものにならない精度で、レーザーが降り注ぐ。
白式に慣れ始めた一夏であったが、躱し切れず数発の直撃を受けてしまっている。
上空から見下ろすセシリアには、それが舞踏会場で踊る
ならば自分は、オーケストラ奏者だ。
「さぁさぁ、踊りなさい! 私 〈セシリア・オルコット〉と、IS〈ブルー・ティアーズ〉の奏でる
『ワルツなら、ヨハン・シュトラウスが良いんだけどね……っ!』
「誰だよ、それ!?」
『ウインナーワルツの……って、一夏は知らないかっ!?』
「全然、知らないね!!」
『勉強不足だね! 曲があるから、今度聞くといいよっ!!』
「そんな暇があったらな!!」
一夏は回避に、春斗は情報処理に必死になりながら、軽口を飛ばし合う。
そのお陰か、二人は冷静さをキープできていた。徐々に、この攻撃にも対応出来るようになってくる。
「春斗、そろそろ……!」
『オーケー。行ってみようか、男の子ッ!!』
「おっしゃあっ!!」
一夏はレーザーを躱すと同時に地を蹴って飛翔した。
「甘いですわ!!」
セシリアが、ライフルのスコープから瞳を外した。
『来るぞ、《ブルー・ティアーズ》だ!!』
「っ……!!」
セシリアの動きにそれを予測して、春斗は警告を出す。
フィン・アーマーから四対のビットが切り離され、飛翔する。
それらが三次元軌道を描いて一夏を囲むように動き、射撃を開始した。
「っと……あグッ!」
一、二発目を回避、三発目が掠め、四発目が背中を撃ち抜く。
『こちらの予測より展開が速い……!? やっぱり入試試験のデータじゃ古過ぎたか……!!』
『いや、何も知らなかったらもっと喰らってた……今度はやってみせるさ!!』
『………なら、再アタックだ!!』
「よぉおおおしッ!」
気合充分。一夏はセシリアに向かって突撃した。
ビットからビームが飛ぶ。それを最小限のブロックで受け止め、間合いを詰める。
「ダァアアアアッ!」
「くっ……!? あなた、無茶苦茶しますわね!?」
振るった刃は僅かに、セシリアの皮一枚を削るに留まる。そのまま、セシリアはビットを回収しつつ後退。
「知らないのか? 無茶苦茶ってのは……男の子にとっての褒め言葉だぜ!?」
「知りませんわよっ!!」
一夏が再度、突撃を仕掛ける。セシリアは迎撃のためビットを射出した。
『ビットの動きは修正済…… 一夏っ!』
「よっしゃぁっ!」
四方八方からのビームの嵐。
一夏は旋回してそれらの直撃を回避し、客席ギリギリを飛ぶ。目前で行われるドッグファイトに、観客の生徒から悲鳴が上がる。
『そうだ一夏! そのまま一気に―――』
客席には、防御シールドが張られている。それを足場にして、一気に減速。
目の前には、追いすがってきたビット。
「――ぶっ叩く!!」
ブレード一閃。ビットは両断され、爆発。
『まずは一つ!!』
スラスターを噴かして再加速し、一気に二機目を破壊。
「これで二つッ!!」
残るビットが、前後で挟み撃つ様に動く。
「これで……!!」
一夏は攻撃を寸での所で躱し、距離を詰める。
『三つ目だ!!』
横薙ぎにブレードが振るわれ、爆散。
「『これでぇえええええっ!』」
最後、攻撃を受けつつも構わず突貫。
「『ラストォオオオオオオッ!!』」
全方位攻撃を目的に作られた自立行動砲台〈ブルー・ティアーズ〉。
その全てが炎の中に散った。
「こ、こんなバカな事が……!?」
「この
「……っ!」
「そして攻撃を確実に当てるため、本命の攻撃は常に俺の”最も反応の遠い場所”すなわち、背後から来る」
「……っ!!」
「更に付け加えるなら、
《ブルー・ティアーズ》の場合、二回連続だと0,27%。三回だと1,04%、照準が甘くなる」
「そんなっ………デタラメを!?」
「そう思うなら、自分で調べてみるんだな?」
付きつけられていく弱点の数々。
しかも、自分でさえ把握しきれていなかった照準率の低下までも指摘され、セシリアは深く動揺する。
「まさか……初見の相手がそこまで見切ると……!?」
「初見じゃないさ」
「何ですって……?」
「お前の動き、攻撃の癖、立ち回り方……全て調べた。この一週間、俺は俺に出来る事は全てやってきた……お前に勝つために!!」
「っ……!?」
「代表なんてなりたくはないけどな……やるからには勝つ。それが俺の主義だ!!」
一夏は不敵に笑うと、
「さぁ、
最早、敵の武器はライフルのみ。
直線攻撃だけなら、飛び込むことは容易。一夏は最短距離を一気に飛翔した。
その時、セシリアの口元が微かに歪む。
「―――掛かりましたわね?」
背後のユニットが稼動し、白い筒状のパーツが一夏に向けられる。
「四機だけとは、誰も言っていませんわっ!!」
それこそ、セシリアの切り札。
自立行動砲台ではなく、砲弾として直接ぶつける
セシリアは命中を確信していた。
一夏は「調べた」と言っていた。つまり、入試試験の記録を見たのだろう。
だが、この
一夏は加速している。この状況では、回避は不可能。
彼女の予測は正しい。
その距離と加速度から考えれば、振り切り事は不可能。威力を考えれば、当たり所次第では絶対防御を発動させられる筈だ。
ただ一点。相手がそれを、”予測出来ていなければ”だ。
『残念。それは予測済みだ』
「………なっ!?」
一夏の反応は早かった。
砲筒が向いた瞬間、左への回避に入っていたのだ。
発射した時には既に直線上に姿はなく、セシリアは慌てて、その後を追わせた。
砲台のような緻密なコントロールを必要としないそれは、とても速かった。
距離を取れなければ、命中は確実だったろう。
一夏は客席スレスレから反転、トラックギリギリを最大速度で飛ぶ。
その後ろを追いすがるミサイル。
『10、9、8………』
春斗がカウントダウンを始める。
それを受けて、一夏が今度は急上昇する。
『5、4……!』
それを追うミサイル。徐々に距離が詰まってくる。
『3、2、1………ゼロッ!!』
「行っけぇええええええええええええええッ!!」
瞬間、一夏の体が光に包まれた。そのまま光は天上に昇り、太陽とその姿がピッタリと重なった。
「チェストォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
咆哮と共に、白い閃光が駆け抜ける。それは通り過ぎざまに
「織斑君の専用機の形が……変わってる?」
「一体、どういう事……?」
会場の誰もが、その姿に驚いた。
太陽より舞い降りたそれは、まるで太陽の化身。
今までの無骨で機械的な姿をしていたのに対し、今の白式は洗練されたフォルムになっていた。
背部
その身を守るIS装甲は、滑らかな流線とシャープさを合わせたものへと変わっていた。
いうなれば、
物理ダメージは全て回復し、傷の一つさえ勿論無い。
その変化は外見だけではなかった。春斗のいる内部世界でも、それは起こっていた。
白式の変化にあわせ、世界は純白に変わった。
あれほど忙しく動いていた電子の帯は緩やかに、リングは幾重にも重なりながら、静かに流転する。
そして春斗自身もまた変わっていた。
春斗は基本、一夏と同じ服装を取っている。
肉体を持たない春斗に、身だしなみに意味など無いのだが、一夏と入れ替わった時の違和感を少なくする為にそうしていた。
内部世界に来た時、春斗は裸になっていた。
それが今は、全身を黒のスーツで包み、両指には金属製のパーツ。手の甲には
そしてその上から、幻想世界の騎士がまとうようなデザインの白いコートを身に付けていた。
その体を薄蒼色の、半透明なスタンディングシートに預け、春斗はオーケストラの指揮者の如く、両腕を振るった。
それに合わせて、真の姿となった白式のデータが全て、そこに現れる。360度をモニターが囲む。だが、背後のデータも全て読める。
白式は今や、春斗の存在を自身の重要なシステムとして認識していた。
「これが、僕の世界か……!」
白き世界の中で、春斗は堂々たる王者の如くあった。
「ま、まさか一次移行(ファースト・シフト)……!? あなた、初期設定の機体で、今まで私と戦っていましたの!?」
初期化型と一次移行済みでは、性能は段違いだ。
それは初期化と最適化に容量の殆どを取られ、操縦者へのサポートが殆ど無い状態だからだ。
それが無くなった今、あの機体のポテンシャルがどれほどのものか、想像するだけで戦慄を覚える。
「何せ、機体が着いたのが試合開始直前でさ………全部、実戦で済ませなきゃならなかったんだ」
「はっ……! まさか……全て計算ずくで……!?」
セシリアは思い返す。今までの戦いの全てを。
攻撃に入らず、回避に専念した戦法。
開始前、そして先ほど。要らぬ口上を並べていたのは何の為か。
「全ては、この為の時間稼ぎ……!?」
セシリアは自分が最初から、相手の術中に嵌っていたと気付かされた。
―― 武装展開 雪片弐型 ――
その出現と共に、ブレードが前後に展開。開かれたスペースから白刃が生み出された。
刀というよりも太刀に近いそれは、鎬と呼ばれる部分から淡い光を溢れさせていた。
「これは……雪片って確か、千冬姉の使ってた武器だよな?」
『どうやらこれは、その後継らしいね。能力は……【シールド無効化】』
「どういう能力なんだ?」
『こっちのシールドエネルギーを攻撃力に変えて、相手のバリアーを無効にするんだ。
攻撃の度にエネルギーを使うから、やるなら一気に決めないと……』
「なるほど。俺達は、最高の姉さんを持ったってことだな……!」
『今更過ぎると思うけど……その通りだと僕も思う』
「ずっと、姉さんは守ってきてくれた……でも」
いつも、何時でもそうだった。自分達は無力で、ちっぽけで、いつでもその背に守ってもらっていた。
そんな人だから、誰よりも幸せになってもらいたい。
その為に、千冬に伝えないといけない。
『そろそろ僕達も……守られてばかりじゃない』
「あぁ。俺も、俺達も……『大事な家族を守ってみせる!!』」
もう、守られるだけの子供ではない。だから安心して欲しい、と。
白刃を構え、一夏と春斗が叫んだ。
「何をブツクサと言ってますの!? まだ、勝負は終わっていませんわ!!」
セシリアが内心の動揺をごまかすように叫び、砲筒を向ける。そこから四発、ミサイルが発射される。
だが、それは既に白式の中にデータが存在する。
そしてそれを喰らうほど、二人の意識は甘くはない。
「まずは、千冬姉の名前を守らせてもらうぜっ!!」
『弟が不出来じゃ、笑い話にもならないからねっ!』
世界が眩しく、体が軽く、頭が閃く。
一夏と春斗はその感覚に、この上ない喜びを感じていた。
一瞬で加速した白式は、天空を舞い踊る。
ミサイルはそれを追い切れず、逆に一夏の斬撃の前に役割を果たせないまま粉砕された。
「ちなみに聞くけど………これって、どれぐらい持つ?」
『そうだね……彼女を倒して、7円ぐらいはお釣りが来るかな?』
「上等っ!! 一円でも安いものはいいよな!!」
『主夫の基本だね』
「くっ……!!」
セシリアがならばと、ライフルを構え発射する。が、解放された鋼の翼は、その軌道を完全に予測。
最小限の動きだけで、あっさりと躱してみせた。
「当たれ……当たりなさいっ!!」
『おっと、それは悪手だ』
既にそこは白式の射程内。ライフルという遠距離武装を使おうとするのは愚策。
一夏は攻撃態勢にあったライフルを、左腕で弾く。射線を外された光線が、会場を守る遮断シールドにぶち当たる。
「でぇええええええええええいっ!!」
「キャアアアアッ!!」
一撃、返す刀で二撃。たったそれだけで、セシリアの無傷に近かったシールドエネルギーはズタズタにされた。
(これ以上喰らったら……負ける!?)
セシリアは離脱を試みる。だが、速度で勝る白式を振り切る事など不可能だった。
眼前に迫った白式は刃を上段に構える。
セシリアは銃身を横にし、それを防御しようとした。
「これで……終わりだぁ!!」
白刃一閃。ライフルごと、一夏はセシリアを斬り伏せた。
落ちていく。バラバラと何かが崩れ落ちていく。
――― 試合終了。勝者、織斑一夏 ――
(私が………負け……たの?)
何処かからその声がしたと思うと、セシリアの意識は闇に沈んでいった。
その直前に見えた―――陽光に煌めく白式を、とても美しいと感じながら。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
セシリアが意識を失っていた事に、すぐに気が付いたのは春斗だった。
雪片の威力が高過ぎ、意識を失わせたのか。
出力コントロールは間違っていなかった筈だ。それでも威力が高すぎたのか。
ドクン。
存在しないはずの心臓が、セシリアの姿に高鳴った。
フラッシュバックする光景。
世界が崩れる様な、あの瞬間。
自分が、一夏の体を使わなければ存在できなくなった――――あの瞬間。
春斗は文字通り、そこから飛び出していた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
白式が急降下した。
一気にセシリアを追い抜き、そのまま反転停止して両手を空に掲げる。
「……っ!」
ガツン、とフレーム同士がぶつかる衝撃。
セシリアを受け止め、春斗はすぐにその顔を覗き込んだ。
「しっかりしろ、大丈夫か!?」
「う…ぅう……?」
春斗の呼びかけに、セシリアはわずかに呻いた。そしてうっすらと瞳が開かれた。
「私は……一体……?」
「良かった、気がついた……! 君は、雪片によるダメージのショックで、意識が飛んだんだ……覚えてないかい?」
「そういえば………っ!?」
徐々にハッキリしてくる意識。そうすると、今度は自分の今の姿に気が付いた。
セシリアは春斗に横抱き―――お姫様抱っこをされている状態だったのだ。
普通に、全身で受け止めるほうが確実だったのだが、春斗はセシリアの状態を鑑み、腕と全身をクッションにして受け止める方法を選んだだけだ。
だが、そんな事はセシリアには関係ない。衆人環視の中で、この格好はこの上なく恥ずかしかった。
「お、下ろしてなさいっ!!」
「無理に動くな! じっとして、休んでいろ!!」
「っ……!」
春斗の強い口調に、セシリアは黙らされてしまう。
「目眩はないか? 吐き気や痛みは? 苦しいところは?」
「だ、大丈夫ですわよ……! それより、何故私を助けたのです? ISを装備した状態なら、この程度の高さから落ちたところで……」
抱かれていることが恥ずかしく、セシリアはそれをごまかす為に質問をする。
「何故って……助けたかったから」
「だから、何故ですの!? 先程まで戦っていた相手をどうして……!?」
「別に、恨み憎しで戦った訳じゃないだろ? 互いの誇りを賭けて戦った……これは決闘だろう?」
「そ、それは………そうですけど」
決闘。それはセシリアが言った事だ。確かに、恨みや憎しみで申し入れた訳ではないが、何故こうも割り切れるのか。
「それに、”助けたくても助けられない”事と”助けられるのに助けない”事は全く違う。ISが体を守ってくれても………心までは守ってくれない」
「………」
どうして、彼はそんな悲しそうな瞳をするのか。
「……もう、大丈夫ですわ」
「飛べるかい?」
「えぇ……」
ゆっくりと下ろされ、セシリアは浮遊を開始する。
セシリアが彼に振り返った時、先程の悲しみの光はなくなっていた。
「……えっ?」
代わって、セシリアは驚いた。
彼は突然、深々とその頭を下げてみせたのだ。
「セシリア・オルコット、貴女は強かった。その実力、代表候補生の名に恥じぬものでした」
何故、勝利した彼が自分に頭を下げるのか。
「戦術であったとはいえ、今までの非礼をここにお詫びします。どうか許していただきたい」
深く頭を下げたまま、彼はそう告げる。
その姿は、セシリアが最も嫌いな姿だった―――その筈だった。
なのに何故、自分はこの姿に気圧されているのか。
それを考え、そして気が付いた。
彼に感じる空気。それはセシリアの母と似た空気だったのだ。
卑屈でなく、ただ真っ直ぐに相手を認めて賛辞を送り、己が非礼を詫びる勇気。
それは本国でも失われつつあった紳士(ジェントルマン)の姿であり、あるべき貴族(ノーブル)の心であった。
真摯なるその振る舞いに答えられず、何が貴族か。
「……頭を、お上げくださいませ」
「………」
彼がスッと頭を上げた。それはとても綺麗で、思わず見惚れてしまう仕草であった。
「非礼を詫びるというなら……それは、こちらも同じ事です。今までの事、どうかお許しください」
セシリアは静かに頭を下げた。
誰かに頭を下げるなど、考えたこともなかった。
強く、誇り高く。母の背にそれを習った筈。
「ありがとう、セシリア・オルコット。貴女と戦えた事を、誇りに思います」
だというのに、この眼の前の彼はどうしてこうも気高いのか。
差し出された手をじっと見てしまう。何故、そうも相手を認め、受け入れられるのか。
「………」
セシリアは空を仰いだ。
全てが崩れていく。
IS操縦者として素人同然でありながら、勝利のためにあらゆる努力を通す意思。
戦いを終われば、その力を認め、己の非を打算なく詫びることの出来る器の大きさ。
それは、いつしか彼女の心を懲り固め、歪めていた虚飾を壊していく。
『飾り立てられら宝剣よりも、戦場で振るわれる無骨な一振りが美しいこともある』
本物の輝きの前に、虚飾はただ崩れるのみ。それは貴族の誇り、そのあり方を示した母の言葉。
―――そう、彼は【本物】だった。
セシリアはそっと、その手を握り返した。
「私の、完敗ですわ」
全ての虚飾を失ったセシリアの微笑は、麗しき女神のように美しかった。