IS〔ツイン・ソウルズ〕   作:犬吉

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第49話  オーシャンズ・カラミティ

 

安心安全のメイド・イン・チェルシー製お弁当は、とても美味しく頂かれた。

 

セシリアは若干不満そうな表情があったが、それでもチェルシーの料理に文句がある筈もなく、結局は大人しく昼食を取った。

 

「はい一夏さん。口をお開け下さい」

「いや、セシリア。普通に食えるから」

「ほら一夏! チキン食べなさい、チキン!」

「あのなぁ、普通に食えるから」

「織斑様。さぁ、どうぞ」

「チェルシーさん! あなたもですか!?」

『リア充マジ爆発しろ。とでも言うべきかな?』

 

こんな一幕があったりしたが、それでも平穏に昼食は終わった。終わったったら終わったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

食後の休憩をしていると、なにやらざわめきが聞こえてきた。何だろうかと視線を向けてみると、何やらイベントを行うようだ。

『午後一時より、水上ペアタッグ障害物レース。参加受付はまもなく締め切りとなります。優勝商品は――』

 

何の気無しにそれを聞いている一同。

 

『―― ペアで行く、五泊六日の沖縄旅行です!』

 

「「っ――!?」」

アナウンスが賞品を告げた瞬間、鈴とセシリアの表情が一変した。

 

五泊六日のペア沖縄旅行。

それはつまり、邪魔の入らない二人だけの時間。

 

 

(優勝すれば――!)

(―― 一夏と二人きり!)

 

 

「一夏さんっ! 参加しましょう!!」

「一夏ッ! 参加するわよ!!」

「ちょ、待て! 引っ張るな!?」

『あれ? 僕、綺麗サッパリ忘れられてない!?』

両脇を抱えられ、一夏は受付まで引っ張られていく。その後を慌てること無く、チェルシーは追いかけたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ! 第一回ウォーターワールドペアタッグ水上障害物レース、いよいよ開幕です!!」

イベントステージの上に立つ司会担当の女性が、大きなジャンプと共に高らかに宣言すると、大きな歓声が上がった。

大胆なビキニに収められた凶悪な代物が、とても物質世界のものとは思えない軌跡を描いて弾む弾む。

ちょ、あと数ミリで彼女の双子山の山頂がご来光しちゃうんじゃね? みたいな期待もあって、主に男性の声が大きかった。

『なんて事だ……まだ在野にこれほどの人材が埋もれていたなんて……! くっ、ここの責任者は相当の手練か!!』

春斗は司会の女性のサイズが、よもやの箒クラスであった事に衝撃を受けていた。

ギリッ。と、ありもしない奥歯が軋む程に悔しがる。

『何でそんな悔しがってんだよ……』

理解不能の一夏は、深く溜め息を吐いた。

 

スタート地点には既に、鈴とセシリアを含めた参加者が開始の時を今や遅しと待っていた。

 

何故二人がペアになっているかというと、このレースに参加しようとした一夏を含む男性は尽く、『お前ら空気読めよ』という受付嬢の無言の圧力によって排除されたのだ。

 

 

 

 

 

「水上を走るのは、何時の時代も女性の方がいい……誰が醜い男の裸なんぞ見たいものか」

 

と、主催者にしてウォーターワールドオーナー【向島光一郎】は呟いていた。

この企画、完全に彼の趣味であった。

ちなみに彼は、アイドル水泳大会などの番組は高クオリティ保存の上、自らデジタルリマスターにして高画質永久保存をしている程の変態であった。

 

 

 

 

 

閑話休題。

一夏が出られないなら仕方ない。

鈴とセシリアは手を組んだ。エリートとしての訓練を積んだ、正に最強コンビだ。

「あたしらが組む以上、優勝はもらったも同然よ!」

「えぇ。格の違いというものを思い知らせて差し上げますわ!」

 

(後はどうやって、セシリアから旅行を奪うかよね……)

(後はどうやって、鈴さんに旅行を諦めさせるかですわ……)

 

既に、最強コンビは空中分解しそうであった。

 

 

 

 

「はぁ。余り目立つ事はしたくないのですが……」

「まぁまぁ。いいじゃねーかよ、折角来たんだし。祭りは参加してこそ面白いってもんだろ?」

そしてここに、二人にとって不倶戴天の敵とも言うべき存在が居たりする。

 

 

 

 

 

ルールは単純明快。

50×50の巨大プールの中心にワイヤーで吊られた浮島がゴールで、そこにあるフラッグを取ったペアが優勝。

コースは複数の島が、中心の島を囲むようにして並んでいる。コース上には障害が並び、それを突破して参加者たちはゴールを目指す。

落ちても失格にはならないが、最初からやり直しとなる。

 

「これ……誰が作ったのかしら?」

「あくまでも正攻法のみしかできないよう、上手く組んでありますわね」

ショートカットも出来ない、正攻法のみでの攻略だけしかできないよう絶妙に設計されているコースに、鈴達は唸った。

 

だが、正攻法ならばモノを言うのは個々の身体能力。そのことに関して、鈴とセシリアは自信がある。

 

代表候補生の名は伊達ではないのだ。

 

 

 

「それでは、よーい……スタートッ!!」

開始を知らせるピストルが鳴り響き、参加者24名―― その内11組が一斉に走りだした。

「甘い!」

「ですわ!!」

直後、鈴とセシリアは揃ってジャンプ。横からの足払いを躱して第一の島に着地。

このレース最大の特徴は【妨害OK】ということだ。だが、候補生として軍式の訓練も積んでいる二人にとって、それはただ自分達の優位にしかならない。

 

着地すると、すぐさま向かってきた別のペアを一蹴。纏めて水没させる。

「あんたらには水底がお似合いよ!」

鈴は捨て台詞と共に切り返して走った。

 

レースは最初から大混迷であった。まさか最年少ペアの立ち回りに会場は興奮。突破を図る真面目組と、妨害レッツゴーの過激組に分かれての乱戦状態。

その妨害の大半が、鈴とセシリアに集中していた。

 

「ちぃっ! 邪魔よ邪魔!!」

「何度落としても……キリがありませんわ!!」

 

そうこうしている内に、別のペアが第二の島へと渡っていく。どうやら、妨害組とグルになっているようだ。

 

『鈴さん!』

『えぇ、やるわよ!!』

秘匿回線(シークレットチャンネル)で一瞬のやり取り。ライバルとはいえ同じ女性。こればかりはするまいとしていた禁じ手を今、解放する。

 

向かってくる二人。ガッツリと組んだ腕でラリアットを仕掛けてきている。が、そんな見え見えの動き、鈴とセシリアに通用する筈もない。

 

一瞬にして水に叩き落される二人。だが、すぐに水面に浮き上がった。

「無駄よ無駄! 何度だって復活するんだか………ら?」

その口が、凍りついたように止まる。何故なら鈴達の手に、非常に見慣れたものが握られていたからだ。

「そ、それはまさか……!?」

自然と、手が胸に触れる。無い――― 水着が無くなっていた。

 

瞬間、観客大興奮である。モニターしていた向島光一郎も大興奮していた。

 

「秘技、強制クロスアウト……!」

「いつの世も、戦いとは虚しいものですわね」

二人は揃って水着をクルクルと丸めて、観客席に向かってポーンと放り投げる。悲鳴と歓声が同時に上がった。

 

「急ぐわよ!!」

「えぇ!!」

第一の島はロープで繋がれた島を渡っていくというもの。本来、一人が固定、もう一人が渡るというような攻略法である。

だが、二人は一気に小島に向かってジャンプした。固定されていないので大きく揺れるそれを、まるで軽業師の如く、二人はヒョイヒョイと渡っていく。

 

「あぁーっと! なんという事だ!! 二人は高校生ということですが、何か特別な練習でも積んでいるのでしょうか!?」

 

まさかの強行突破に、ボルテージは急上昇。

 

 

 

 

 

「へぇ。なかなかやるじゃん」

「そろそろ、私達も行きましょう―― 葛城さん」

未だスタート地点に留まっていた二人がゆっくりと動き出した。

 

 

 

 

 

 

第二の島の放水トラップも、二人は一気に駆け抜ける。

「はっ! 余裕余裕!!」

「この程度、地雷原に比べればちゃんちゃら可笑しいですわ!!」

地雷原で何があったのだろうか、セシリア。ちょっとだけ、顔色が悪い。

 

続く第三の島の砲撃トラップも、第四の島のローラートラップも、一気呵成に突き抜ける。

 

そしてついに第五の島で、トップを捉える。

が、ここでトップペアが足を止めて振り返った。

「あーっと、ここでトップの木崎・岸本ペア! 得意の格闘戦に持ち込む気だぁーっ!!」

「は?」

「得意の……何ですって?」

思わず二人も足を止める。

「皆様ご存知の通り、二人はそれぞれ先のオリンピックでレスリング金メダル、柔道銀メダルのメダリストペア! 畑違いながら仲が良いと有名でしたが、ここまで見事なコンビネーションを発揮してきました!!」

「「なっ――!」」

今更ながら、トップ二人の体格―― アスリート独特のマッスルボディに気が付いた。

「ちょっと!? これは反則でしょ!? 明らかに体型違うじゃないのよ!!」

「不味いですわ、幾ら何でも今の体力でまともにやり合ったら……!?」

不利を悟るや、二人は後ろに飛んで距離を取る。だが、狭い浮島ではすぐに追い詰められてしまう。

「「オォオオオオオオオオッ!」」

怒号を上げて襲い来るマッチョ。最早、時間はない。

「鈴さん!!」

「セシリア!!」

二人は一瞬のアイコンタクトの後、まずはセシリアが突撃。少し遅れて鈴も駆け出した。

 

「セシリアッ!!」

鈴が叫ぶと、すぐさま反転。両の指を組み合わせ、バレーボールのレシーバーのように構えた。

すぐ上には、鈴。そのまま右足がセシリアの手に乗る。

 

「どぉっせええええええええええええええええええええええええええええいっ!!」

 

恥も外聞もなく、セシリアは気合の咆哮と共に、鈴を天高く投げ飛ばした。

「何――っ!?」

コースはバッチリ。鈴の体がゴール目指して飛翔した。

 

 

 

勝った。セシリアは確信した。

 

だが、異変はすぐさま起こった。

 

 

轟く歓声。セシリアは最初、それが自分たちへのものだと思った。だが違う。

チラリと見た観客の視線は自分達の後ろ―― 突破してきた浮島に向いているのだ。

 

何が。そう思い視線を下ろした瞬間、彼女の両脇を影が駆け抜けていた。

 

 

 

 

 

木崎・岸本ペアはそれを見て驚愕した。

最初は自分たちの頭を取った鈴に気を取られたが、すぐにそれ以上の衝撃に襲われた。

 

障害物を、まるで何も無いかのように駆け抜ける人影。おおよそ人間の速度とは思えない速さで、掛けてくる二人。

一人はストレートの黒髪。一人はボリュームアップウェーブの掛かった金髪。

 

電光石火にして疾風迅雷の如く、それらは第四の島から一気に、第五の島―― 真っ直ぐ低空飛行で、自分達に向かって跳んできた。

 

そして、彼女たちの視界は強い衝撃と共に真っ暗になった。

 

 

所謂ひとつの『俺を踏み台にした!!』である。

 

 

 

 

 

勝った。これで一夏との旅行は自分のものだ。

鈴は勝利を確信し、ほくそ笑んだ。

 

だが、すぐに影が差した。鈴が視線を上げると―― 見えたのは双子山二つ。一つは黒で、一つは青のストライプ。

 

それはヒンヌー教の仇敵にして、怨敵―― 巨乳である。

 

 

巨乳は揃って鈴の背中に向かって足を降ろしてきた。

オーバーオールを着たヒゲのおっさんが羽の生えた亀を『ポコッ』と踏んで二段ジャンプするように、二人は鈴を踏んづけて再度跳躍。見事にゴールの島に着地した。

 

さて、踏まれて羽をなくした亀の末路は言わずと知れたもの。

鈴もまた、多分に漏れることはなかった。

 

 

「巨乳ぅううううううううううううっ!!」

 

 

ゴールに降り立った巨乳の背中に怨嗟に満ちた雄叫びを上げて、貧乳は水飛沫を上げたのだった。

 

 

 

 

そして、悠々とフラッグを取る巨乳。司会のおねーさんがまたしてもジャンプして、高らかに叫んだ。

「そこまでーっ! 優勝は何とこちらも高校生ペア!! 斑鳩、葛城ペアだぁあああああああっ!!」

 

 

―― うぉおおおおおおおおおおおっ!!

 

 

もう、色んな意味で興奮の坩堝であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな………優勝が……そんなぁ……」

セシリアはまさかの逆転負けにヘナヘナと座り込み、踏み台にされた木崎・岸本ペアは大の字になって倒れていた。

「ごぼぼぼぼぼぼぼ………」

そして鈴は、水面の底へと沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ……負けちまったか」

『凄いなあの二人……この国に、あれだけの者がまだいたなんて……! しかも、その連れっぽい子達も皆、質も量も超一級品じゃないか!!』

内心の熱弁はきっちりシャットアウトし、一夏は隣のチェルシーに向いた。

「残念でしたね。あと少しだったのに……」

「えぇ。ですが、あの茫然自失とした隙だらけのお嬢様……なんて愛らしい」

といって、ショルダーバッグからカメラを取り出すと、一心にシャッターを切り出した。

 

あぁ、この人はこういうタイプだったか。

一夏は心の中で呟いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、時刻は少しばかり戻り、日本カレーフェスタ会場。

 

―― pipipi

 

「ん? 何だなんだ……?」

音楽を奏でる端末を織羽は取り出す。どうやらメールが来たようだ。

 

―――――――――――――――

 

From:やっちゃん

 

 

件名:みんなで遊びに来た

 

 

本文:ウォーターワールド なう

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

「おぉ、忍び組全員で……って、ウォーターワールド?」

メール添付の写メに織羽は首を傾げた。

「何だ?」

箒はヒョイと、織羽の端末を覗き込む。そこには5人の少女が写っていた。

ポニーテールの元気系美少女、ショートヘアの天然っぽい美少女。眼帯ツインテールのクール系美少女。

そしてセシ鈴ペアの野望を粉砕した、ストレートロングヘア美少女とボリュームアップウェーブの美少女―― 斑鳩と葛城も写っていた。

 

忍者養成機関、国立半蔵学院 忍び組の五人である。

 

 

「これは誰だ?」

「うん、あたしの忍び友達と、そのクラスメート。皆、忍者なのよ」

「………お前のような奴が、未だ他にもいるのか」

「あたし、怒っていいんだよね?」

 

 

 

この事実を知ったセシリアと鈴が暴れ出し、織羽に鎮圧されるまで―― 残り7時間13分。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

太平洋上に揺らぐ白雲に、一つの影がある。

白羅に霞むその姿は、美しい風景に対して余りにも異質。

 

機械の鎧。鋼鉄の翼。

それはIS。全身を包み込むブラックスキンスーツの上から装甲が全体を包み込んでおり、顔もまたモノアイのフルフェイスユニットで覆われている。

四肢の装甲部、胸部、背部装甲に光るキューブ状の物体。それからエネルギーラインが走り、禍々しい光を循環させている。

 

その中でも最も異質なのは、胸部の装甲であった。

ブラッドレッドのそれは、まるで閉じられた悪魔の瞳(デモンズ・アイ)

 

既存のISよりも一回り大きいそれは、余りもに異様な形状であり、それを見てISと呼ぶのは逡巡されるだろう。

 

 

〚実験空域に到達。周辺に対象以外の動作物無し。規定事項に則り、これより実験を開始します〛

 

男性とも女性とも取れるデジタライズ化された音声が、無機質に響く。

 

海面には、白波を上げて進むフェリー。センサーがそれを捕捉する。

 

 

 

〚実験開始〛

 

 

 

 

そして、悪魔の瞳が開かれた。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

午後3時を過ぎ、徐々に帰りだす客達。

ゲートを過ぎた所にある喫茶店で、チェルシーは四人分の飲み物を取りに行き、三人は疲労した体を休めていた。

いや、セシリアと鈴はテーブルに突っ伏したまま微動だにしない。まるで精も根も尽き果てたかのようだ。

 

「セシリア……鈴もそろそろ復活しろよ」

「もう少し、ほっといて下さいまし……」

「あんたが思うほど、心の傷は浅くはないのよ……」

沈んだまま、答える二人。復活はまだまだ遠そうである。

『一夏、こうなったら二人に元気の出るご褒美でもあげたら?』

『ご褒美って……俺が上げて喜ぶものなんてあるか?』

『あるよ。すっごく簡単で、かつ超効果的なのが』

 

「―― 二人とも凄く頑張ったし、敢闘賞あげようか?」

「……何ですの?」

「一夏からのほっぺにキスとか……どう?」

「「っ――!?」」

跳ねるようにして、ガバッと二人の顔が上がる。

『ほら、効果覿面でしょ?』

『あぁ、そうだな! でもこの後、この状況をどうするんだよテメェ!?』

『すれば良いじゃない、ほっぺにチューをさ』

『殺されるわ!!』

『まぁ、否定はしない』

誰に、とは言わないが、恐らくそうなるだろうなという気はする春斗であった。

 

「まぁ、敢闘賞は二人きりになった時にでも一夏に貰ってく―――っ!?」

 

 

 

 

キィィィィィィィィィィィィィィィィィ――――ッ!

 

 

 

 

言いかけた春斗の体が、突然ガクンと落ちる。

同時に、ウォーターワールド全体の照明が一斉に消えた。

 

「ちょ、何だよこれ!? ドアが開かないぞ!?」

「停電!? 自販機が使えないとか、ありえない!!」

「おい! 空調止まってないか!?」

どうやら、施設全体が停電に陥ったようだ。

 

だが、セシリア達はそれどころではない。

「どうなさいました、春斗さん!?」

「ちょっと、大丈夫!?」

テーブルをひっくり返して床に倒れた春斗。その額には脂汗が滲み出て、息も苦しそうに乱れている。

「だ、大丈夫……だから……」

「バカッ! 顔が真っ青じゃないのよ!!」

苦しそうにしながら平気だと言う春斗に、鈴は怒鳴った。

『春斗、大丈夫か!?』

「ごめん一夏……落ちるから、代わって……!」

『あぁ、分かった!』

 

言うや、春斗の意識が闇に落ち、入れ替わるようにして一夏の意識が浮上する。

「っ……!?」

一夏はすぐに不快さを顕にした。

「一夏!?」

「大丈夫……残滓が、残ってやがるだけだ……!」

本来ならば、春斗の感じたものは入れ替わった時点で消える。だが、余りにも強い衝撃を受けた場合、入れ替わった一夏にもそれが伝わってしまう事がある。

それを”残滓”と呼んでいる。

 

「一体、何があったのよ!?」

「―― 恐怖だ」

「え……?」

「死ぬことへの……激しいまでの恐怖」

「っ!? それってまさか……!?」

鈴がハッとして瞳を大きく見開く。一夏は息を整えながら、セシリアを見た。

「セシリア。悪いけど……外を見に行ってくれないか?」

「外ですか?」

「あぁ。どんな状況か……確認してきてくれ」

「……わ、分かりましたわ」

疑問はあるが、セシリアはこの場を鈴に任せ、出口へと向かった。

 

 

 

ゲートはエアスクリーンで冷気を逃がさないようにしてあるが、今はそれも止まっていて、外気と人の熱気によって気温がグングンと上がっている。

じんわりと、汗が滲み始める。

「ちょっと通して下さい!」

完全解放されたゲートを通り、人垣を抜けて、セシリアは外へと出る。

「っ………!?」

そして、彼女は瞳を見開いた。呆然として開かれた口からは吐息さえも零れない。

 

 

 

「な、何なんですの……これは?」

 

 

 

ようやく搾り出す声はかすれ、そして震えていた。

 

視界には街並み。だが、それは平穏な風景ではなかった。

至る所から上がる黒煙。鳴り止まないクラクション。所々から聞こえる、激突音。そして遠くから響くサイレン。

 

まるでテロでも起こったのかとさえ錯覚するような光景が、そこには広がっていた。

 

 

 

セシリアはすぐに、一夏の所へと帰ってきた。一夏はチェルシーに支えられながら椅子に座り、鈴に汗を拭われていた。

「どうだった?」

「どうもこうも……街中至るところで火の手が上がっているようですわ。一体、何が起こってますの?」

セシリアが説明すると、鈴と一夏は顔を見合わせた。

「一夏、これってまさか……?」

「あぁ、あの時と同じだ……」

「あの時……?」

意味が分からず、セシリアは首を傾げる。

「三年前、何もかもがおかしくなっちまったあの日も……こんな風に事故が起こっていた……!」

一夏が、怒りに満ちた瞳で拳を握り固める。渦巻く激情を必死に抑えこんでいるように、セシリアには見えた。

「それってもしや、春斗さんの事ですの……? と、とにかく今は学園に連絡を……え?」

セシリアは端末を取り出すが、画面は真っ暗なままであった。

「無駄よ。この辺一帯の、ありとあらゆる機械がシステムダウンしているからね。端末なんて、真っ先にアウトよ」

「でしたら、ISのコア・ネットワーク通信を使いますわ」

コア・ネットワーク通信は普通の機械とは全く違う基準で存在している。

セキュリティレベルも桁違いであり、ハッキングやクラッキングも受けつけはしない。

 

セシリアはブルー・ティアーズを限定起動させようとした。

「……あら?」

「何やってんのよ? 早くしなさいよ!」

「わ、分かってますわ! でも……どうして起動しないの!?」

「なっ!?」

セシリアの言葉に、鈴は慌てて甲龍を起動させようとする。が腕輪は沈黙したまま。

「そんな……ISまで!?」

ISも確かに機械である。だが、一般レベルと比較すれば天地の隔たりがある。にも拘わらず、動かない。

 

「……白式」

一夏がガントレット触れ、ISを起動させる。

 

キィィ――ン。

 

甲高い音を立てて、白式が限定起動する。

「普通に動くぞ?」

一夏の前に普通に現れるモニター郡。

「そんな……でも、確かに……!」

「まさか、白式だけ動くの……!?」

セシリアと鈴はもう一度、ISを起動させた。

 

キィイ――ンッ。

 

「あれ? 普通に動いた?」

「そんな、さっきは確かに……?」

何事もないかのように起動する、ブルー・ティアーズと甲龍。

と、そこに受信コールが掛かった。通信先は―― IS学園。

 

「―― はい。こちらセシリア・オルコット」

セシリアが早速、通信を繋ぐ。続いて鈴と一夏も通信を繋げた。

『こちらはIS学園。山田真耶です。オルコットさん、凰さん、織斑君に、任務レベルBのミッションを発令します!』

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

IS学園職員室に一報が届いたのは、書類整理も大体終わった頃であった。

 

『海上保安庁より入電。鹿児島を出発したフェリーが突如制御不能となり、暴走。加速を続けながら現在、駿河湾沖を航行中。IS学園に出動要請』

「「っ――!?」」

有事の際、IS学園所属パイロットは国家、企業の要請を受けて出動する。

それらはIS委員会においても承認されている、正規の出動であり、それによるIS起動は禁則事項には当たらない。

 

「任務レベルはB。フェリーは駿河湾沖を暴走中……か」

千冬はすぐさま、送られてきた資料に目を通す。

「山田先生。すぐに動ける機体は?」

「リヴァイヴや打鉄はすぐには……専用機持ちの子なら先行して行ってもらえます」

「今、現場に一番近いのは……織斑達か。よし、学園の準備が整う前に、先行して状況の確認に行ってもらおう」

「はいっ」

 

すぐに動こうとしたところに、更に入電。

 

『消防庁から入電。現在、首都圏の湾岸域において事故、火事が多発。IS学園に出動要請。速やかに出動されたし』

 

「何だと……!?」

「そんな、どうしていきなり……!?」

 

職員室がざわめきに染まる。

首都圏ともなれば範囲が余りにも広く、IS学園の機体全てを出して対処する必要がある。

 

だが、暴走フェリーも止めなければ被害は甚大だ。

 

「仕方ない。フェリーの方は織斑達に任せる。山田先生は三人にIS起動許可と、任務説明を! 他の教員は事故の救援に向かいます!!」

「はい!」

職員室から、蜂の巣を啄いたかのように教員が飛び出していく。

 

これ程の本格出動は学園創設以来、数度とない。

 

 

 

緊急事態を告げる警報が、学園に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

荷物をチェルシーに預け、一夏達は洋上を飛んでいた。

 

問題のフェリーは全長198メートル、総重量14,057トン。最大速力35ノット。

それが今、コントロールを離れ暴走状態にある。

 

『フェリーは今も加速を続けながら、相模湾に向かって進んでいます。このまま行くと港に激突。沿岸の被害は相当のものとなるでしょう。

皆さんは速やかに暴走原因の調査。可能な限り船舶を傷つけずに停止を行って下さい』

「可能な限りって……難しい注文ですわね。スクリューぐらい破壊してもいいのでは?」

セシリアの問いに、真耶は厳しい表情をする。

『その辺りは、あくまでも最終手段でお願いします。下手に攻撃を仕掛けて民間人に被害が出るのマズイので』

「―― そうですわね。中には436人の民間人が乗っているんでしたわね」

情報を確認し、セシリアは眉をひそめる。

 

手っ取り早く動力を停止させれば早いが、コントロールを受けつけないのでは、スクリューを破壊することが一番の手段だ。

 

それでも、破壊してすぐに止まるわけではない。慣性が働き、それがある限り船は動き続けるのだ。

 

 

スクリューを破壊するということは、アクセルを壊すと同時にブレーキを破壊することと同じなのである。

 

「とにかく、今は急ぎましょう! 幸い、まだ余裕はありますし……状況を判断してから、対応を決めましょう。二人とも、それで良いですか!?」

「えぇ、文句ないわ!」

「分かった!」

「それで……一夏さん。春斗さんは?」

セシリアが尋ねると、一夏は小さく首を横に振った。

「……ダメだ。奥に下がったまま、帰ってこない」

普段ならISに取り込まれる筈が、春斗はそこには居ない。

 

この状況にあって、最も頼れるブレインの力が借りれないのは大きなマイナスであった。

 

だが、それでもやらなければならない。

 

 

 

 

 

「……絶対に、止めてみせますわ」

セシリアの脳裏に過るのは三年前に起こった、両親を含む多数の命を奪った列車事故。

 

あの時、ただその死を受け入れるしか無かった自分。

 

だが今は違う。ISがある。共に行く仲間がいる。

止めてみせる―― 今度こそ、無力な自分ではないのだから。

 

 

 

 

セシリアは拳を握り締める。

ハイパーセンサーに、問題のフェリーが映しだされた。

 

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