IS〔ツイン・ソウルズ〕   作:犬吉

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第50話  カラミティ・カウンターズ

 

IS倉庫より、次々に出撃する学園所属IS。

その装備は通常の武装ではなく、災害対策用非量子化装備である。

 

非量子化装備とは、インストールに寄らない外付け装備である。

通常のIS武装が複数の機体間で使用する際、許可をする必要があるが、この装備に関してはそれが一切ない、完全なフリー状態である。

 

「現着次第、現地責任者の指示に従い行動を開始。我々は素人ではないがプロではない。レスキュー活動を円滑に行えるよう、最善を努めるように」

『了解』

 

IS学園、オペーレータールームにて、活動地域毎に指示をする職員達。

モニターには、続々と各地の状況が伝わってきており、嵐の如く言葉が飛び交い、止む気配など微塵もない。

 

 

学園所属ISに出動となれば、当然ラウラ達にも出動命令が下る。

ISを展開した五人は、上空からその惨事を目の当たりにしていた。

「これは……酷いな」

箒は思わず顔をしかめる。道路には何十台もの車が激突して繋がり、まるで一匹の蛇のようにも見える。

もうもうと上がる黒煙はまだ薄く細く、大規模な火災には至っていないようだ。

「織斑教官。我々はどうしますか?」

『お前達はポイントD地区の車両事故を担当してくれ。火災などは装備無しで対応するのは難しいからな。ラウラ、チームリーダーを担当しろ』

「了解です」

ラウラは早速、四人に向き直る。

「聞いての通り、我々は事故車両を処理し、レスキューの通り道を作る。怪我人を発見した場合はすぐに連絡するようにしろ」

「分かった」

「了解」

「うん」

「………」

箒、織羽、シャルロットは返事をする。が、簪だけは返事を返さなかった。

「どうした、更識。何かあるか?」

訝しんで問いかけるラウラに、簪は表情を暗くする。

「私の……まだ未完成だから……役に立てないかも……今だって、織羽におぶさってるし……」

未だ未完成の打鉄弐式。ここに来るまでも舞影の背におぶさり、皆に引っ張ってきてもらった状態であった。

「それがどうした?」

「え……っ?」

「未完成だろうが何だろうが、機体は動くのだろう? ならばやれ。ここは戦場であり、掛かっているのは民間人の生命だ。くだらない弱音など聞いている余裕はない」

「………」

「箒は更識と組んで動いてくれ。シャルロットは私と。織羽はすまんが、学園から来ているだろうコンテナの受け取りに行ってくれ」

「災害用装備ね。分かった。箒、簪をお願い」

「うむ。更識さん、こっちに」

箒に簪を渡すと、舞影はすぐさまスラスターを全開にして飛び去る。

 

「さぁ、私達も行くぞ!」

 

四機は戦場へ向かって、高度を下げていった。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

海洋を進むフェリーの中で、船員たちは必死に戦っていた。

既に事態は乗客に知れており、パニックを起こさないよう必死に走りまわる。

機関室でも、エンジンのオーバーヒートによる爆発などの被害が起こらないように機関士達が奮闘していた。

 

そして操舵室でもまた、船のコントロールを取り戻そうと戦いが続いていた。

「クソッ! 操舵システムが完全に壊れてる!!」

「エンジンコントロールも、全く効きません!!」

船員が悲惨過ぎる状況に悲観し、ダンッとコントロールパネルを殴りつける。

「落ち着け。もう一度最初からだ」

「―― はい」

船長はただ静かに、再起動を指示する。だが既に、人事は尽くして尚余る。ならば後は、天命に任せるしかない。

 

この船と乗客436名、そして乗員全員の生命全てを。

 

組み合わせた手に爪が食い込む。船を預かる者として、何と無力な自分への怒りを篭めて。

 

 

 

 

だが、今まさに救援の手はすぐそこまで来ていた。

世界最強、最新鋭の存在―― インフィニット・ストラトスが。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「どう、通信は通らない?」

「あぁ。やっぱりダメだな。直接じゃないと話もできない」

一夏は頭を振った。フェリーの通信機が完全に故障しているらしく、救難信号もアナログなモールス信号を使ったくらいだ。

幸い、ISならばフェリーまで時間は掛からない。少しばかり急げば良いだけだ。

そう思い直して、三人は速度を上げる。

 

―― 正体不明機高速で接近 ロックされています ――

 

「「「っ――!?」」」

 

ISが警告を出した直後、白雲を穿って禍々しい深紅の閃光が走った。

 

三人はすぐさま回避行動を取る。閃光は海を撃ち抜き、高熱が爆発に代わって飛沫が飛び散った。

 

白雲の風穴から、更に高エネルギー反応。散弾の如く降り注ぐ、破壊の雨。

三人は散開し、大きく回るようにして回避。弾雨は海を爆ぜさせながら降り続けた。

 

「クソッ、何処の何奴だ……!?」

やがて止んだ攻撃に、三人は空を仰いだ。

肉眼ではゴマ粒程度にさえ見えない大きさのそれの姿を、ハイパーセンサーが映しだす。

 

それは人型をした鋼鉄の異形。

 

「な、何なのよ……あいつは?」

「IS……? でも、普通のISよりも大型……?」

その姿に、三人は目を見開いた。

 

少し考えれば、ISであることは明白である。だが、その姿の異常さが、そう思わせなかった。

既存のISよりも大型で、一言で表すならば『ISに包み込まれている』といった風貌。

 

頭部は、鳥を連想させる様な流線型のフルフェイス。モノアイで、額には菱形の宝石のような物から全体にラインが伸びている。

側面から後頭部に向かって大きく角が伸び、長い黒髪が海風に晒され、揺れていた。

 

ISアーマー全体も、何処か悪魔然とした雰囲気を醸し出している。

特に特徴的なのは、胸部アーマーだ。

中心には額と同じ宝石があり、そこからラインが伸びて、両隣には閉じられた瞳のような鋭角のデザインの物に繋がっている。

宝石に似た物体は、脚部及び腕部アーマーにも付けられている。恐らくは同一の物であろう。

背中のスラスターはシンプルな大型二枚翼と、出力用小型スラスター。だが、それはまるで悪魔の翼のように映る。大きく翼を広げる―― 三つ目の悪魔のように。

 

異形のISは先程までの苛烈な攻撃とは裏腹に、ただ静かに佇んでいる。

 

「あいつ、もしかして前に学園を襲った”あれ”と仲間……?」

「いや。”あれ”とは違う。あの髪は間違いなく本物だ」

鈴と一夏は小さく言葉を交わす。”あれ”というのは、かつて学園で戦った無人機の事だ。

同じ異形ということで鈴は二機の関連性を思考するが、そもそも二機のデザインには全く共通点がない。

そして何より、眼前の相手は間違いなく有人機であるということだ。

 

「お前は誰だ!? フェリーの暴走も……お前の仕業か!?」

一夏は雪片を抜き放ち、〈悪魔〉に問う。鈴、そしてセシリアも武装を展開させ、戦闘モードに移行する。

それを見た〈悪魔〉は初めて、反応を見せた。

 

〚ターゲット、戦闘モード移行を確認。実験を次段階へ。照合データ確認。白式、ブルー・ティアーズ、甲龍との戦闘を開始〛

 

電子音声がそう告げると、〈悪魔〉はその手に剣先の無い巨剣―― クルタナを展開した。

「クルタナ……英国王室の慈悲たる象徴を抜くとは、皮肉のつもりですの!?」

セシリアが先制の閃光を撃ち放つ。〈悪魔〉は大剣でそれを受けると、セシリア目掛けて一気に襲いかかった。

「ブルー・ティアーズ!」

切り放されたビットが、〈悪魔〉を囲むように飛んでビームを撃ち放つ。

だが、〈悪魔〉は一切速度を落とさずに、それらを身を捻るだけで全て躱す。クルタナを構え、速度を更に上げて迫る。

「ッ――!?」

当たらずとも、回避距離を取るまでの足止めは出来るだろうと思っていたセシリアの思考を遙かに超えた〈悪魔〉は、眼前の彼女に向かって、大剣を振り上げていた。

 

 

―― ギィイイイイイイイイインッ!

 

 

激しい金属音と共に、火花が散った。

「くぅう……っ!」

超重武装の一撃を、ショートブレード『インターセプター』で何とか受け止める。

だが、元々ブルー・ティアーズのパワーは高くない上に、相手のパワーが強く、受け止めるだけで限界であった。

〈悪魔〉は空いている左手を開き、何かを仕掛けようとする。それが分かっていながら、セシリアに抗う手段がない。

「どりゃぁあああああっ!」

瞬間、鈴が双天牙月を投擲。空を斬り裂いて飛翔する刃は真っ直ぐに〈悪魔〉の首を狙う。

 

〚高速接近物体確認。防御推奨〛

 

〈悪魔〉は左手を双天牙月に向ける。と、宝石のような物体が光を放ち、それが伸びるエネルギーラインを輝かせる。

 

ガキィイイン!!

 

「な――っ!?」

双天牙月は展開されたクリスタルの様な六角形のシールドによって、容易に弾き返された。

それだけではない。シールドが中央から割れたかと思いきや、別の形に変化したのだ。

円筒状に変わったそれは、まるで砲身であった。

 

〚反撃〛

 

エネルギーラインが更に輝き、直後に大砲が火を噴いた。反応の遅れた鈴を直撃して、爆炎の華が咲く。

そして、〈悪魔〉はブルー・ティアーズを蹴り飛ばすと、大剣を両手で握り直し、一気に振り下ろした。

 

再び散る火花。今度こそブルー・ティアーズ――― ではなかった。

左腕に彼女を庇うようにして抱き、差し込んだ雪片が、凶刃を真っ向から受け止める。

「接近戦がやりたきゃ、俺が相手になってやるぜ!」

一夏は雪片でクルタナを弾き、腕の中のセシリアを突き飛ばすように離す。

〈悪魔〉は標的を一夏にシフトし、大剣を振りかざす。一夏も雪片を両手に握り直してそれを受け止めた。

「なんてパワーだ……! だがなぁ、白式のパワーを舐めるなよ!」

第二形態・雪羅となった白式のパワーは、以前よりも数段高まっている。ぶつかる剛撃は一合一合、大気を揺さぶる。

 

「うぉおおおおおっ!!」

互いの刃が袈裟懸けに振るわれる。刃が激しく火花を散らし、弾き飛ばし合った。

「雪羅っ!」

 

―― モード切替 ブレードモード ――

 

伸ばされた手刀がエネルギーの刃を生み出し、更に零落白夜を発動。

相手は大振りの得物を使っている。このタイミングならば、直撃を取れる。

だが、振り上げられた刃は届かない。

「何っ……!?」

〈悪魔〉の左手を先程のクリスタル状の物体が包みこんで、四角錐のブレードを形成していたのだ。

激しく火花を散らす刃。零落白夜がそのクリスタルを無効化している。だが、そこから更に形成が上乗せされていき、消滅をさせない。

 

バチィン! と、互いの刃が消滅と同時に再び弾かれる。

 

「おぉおおおおおっ!!」

 

一夏は脚部ブレード細雪を回し蹴りの要領で振り抜く。が、またしても〈悪魔〉は鏡写しのように、クリスタル状の物体を形成して巨脚を振るった。

 

三度目の激突。そして優劣は決まる。

「グァアアアアアッ!?」

砕かれる細雪。同時に打ち負けた一夏の体が揺らぐ。そこを逃さず、〈悪魔〉の凶刃が振り上げられた。

「こんのやろぉオオオオオオっ!!」

その背に向かって突撃を仕掛ける鈴。大きく振り上げた二刀を全力で振り下ろす。

 

〈悪魔〉は即座に反応。振り上げていた大剣をそのままグルリと回して甲龍の攻撃を受け止める。

「一夏っ!!」

「おうっ!!」

その僅かな間に体勢を整えた一夏が、鈴と挟撃を仕掛ける。

「でりゃでりゃでりゃぁああああああ!!」

「ウォオオオオオオオオッ!!」

鈴の二刀による連撃。そして一夏のバリア無効化攻撃。矢継ぎ早に繰り出される連続攻撃に、さしもの〈悪魔〉も防御と回避に回っていく。

 

「二人とも、行きますわ!」

上下四方から、ビットによる牽制射撃。〈悪魔〉の体勢を崩す。

「食らえっ!」

更に至近距離からの龍咆が放たれ、大剣を大きく弾き飛ばすと共に、完全に懐をガラ空きにする。

「一夏っ!!」

「今ですわ!!」

「ハァアアアアアッ!!」

一夏は零落白夜を発動。雪片が展開して、エネルギーの太刀を生み出す。

 

全てを薙ぎ払う、必殺の斬撃。だがしかし――。

 

「「っ――!?」」

 

鈴と一夏は目を見開く。零落白夜は空を斬るに留まり、〈悪魔〉は忽然と姿を消していた。

「上ですわ!」

遠目にいたセシリアだけがその動きに気付き、天を仰いでいた。二人が見上げる遥か上空に、背中のスラスターから例のクリスタルをウイング状に展開した〈悪魔〉がいた。

「あそこまで一瞬で……!? 福音以上の機動力じゃないのよ!」

「くそっ……なんなんだ、あれは!?」

忌々しく、空の敵を睨む。

機動力ならば白式も劣らない。だが、問題はあの謎のクリスタルだ。

零落白夜ですら打ち消し切れないそれが、一夏の心を焦らせる。

 

 

 

 

〚敵データ修正………完了。戦力補正に伴い『V・T・M・S』を使用します〛

 

デジタルボイスが響くと頭部の宝石が煌き、そこから伸びるエネルギーラインが光り出す。

全身に走る、禍々しい輝き。そしてモノアイが低く唸って、不気味に灯った。

 

再構成したクルタナを天上に掲げるように構え、両手で柄をシッカリと握る。

 

「来るぞっ!」

一夏の叫びを切っ掛けに、〈悪魔〉がその牙を剥いた。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

轟々と燃え盛る炎。広いフロア全域を喰い尽くさんとする紅蓮の悪魔。

「やれやれ、随分と派手に燃えているわね……」

その中にあって、まるで何事もないかの様に涼しげに佇む人影。

その手には巨大なランス。

両脇に浮かぶアクア・クリスタルが水のヴェールを全身に展開している。それに触れた炎は瞬く間に消滅した。

 

「他にも行く場所があるし、ちゃっちゃと終わらせてもらうわ」

楯無はランスを壁に向かって振るう。切っ先がコンクリートを削り取り、そこに這わせられていた水道管を斬り裂く。

 

 

バシュゥウウウウウ!!

 

 

勢い良く噴き出す水。それはまるで意思を持ったかのようにランスに絡みつき、水蛇の如くうねり踊る。

「喰い尽くしなさい……〈アクア・サーペント〉!」

ランスを大きく振るうと、水が舞い踊り、燃え盛る炎をたちまちの内に呑み込んでいく。

だがそれでも、フロアの大きさから考えれば多少の時間が掛かる。

だからこそ、楯無は水蛇を踊らせたのだ。

 

やがてアクア・サーペントが消え、残ったのはナノマシンの混ざった水蒸気。

楯無はアクア・クリスタルを前方に展開。ナノマシンミストを収束させる。

 

そして、トリガーを引いた。

 

「―― ミスティック・インパルス」

 

霧の波紋が一気にフロアを駆け巡る。

それが残る全ての炎を、纏めて吹き飛ばした。

 

高圧縮した水を撃ち放って消火する道具がある。それを模倣したものが、このミスティック・インパルスである。

 

「しかし、これはどういう事態なのかしら?」

楯無は水道管のバルブをしっかりと締めながら、呟く。

『政府はこの事態を、三年前のものと同様であると判断しているようです』

「三年前……都市部のシステムが突然、一斉にシャットダウンしたあの事件ね」

通信回線の向こうから届いた虚の言葉に、楯無は顔をしかめた。

 

三年前の一月頭。

何の予兆もなく、交通を含む全システムがダウン。大混乱の中、三桁以上もの交通事故が半径20キロ圏内で集中して起こった。

その際にも、政府はIS学園に出動を要請している。

 

「あの事件と……確かに、共通する部分は多いかも知れないわね……規模は比較にならないけど」

楯無はその時、ちょうど日本を離れており、事件のことは資料を通してしか知らない。

『今回の早期出動許可は、その時のアレルギー反応のようなものでしょう』

「政府のお偉いさん方が散々、小突き回されたみたいだものね」

日本にはIS学園がある。その国でいきなり原因不明の大事故が起こったとなれば、国家代表候補や留学生を送り出している各国の反応は当然厳しい。

 

また、こういった事態に対してのIS学園への出動要請権であるのに、その使用を逡巡した事もまた、責められる要因であった。

 

「まぁ、今はお仕事優先しましょ。虚ちゃん、次のポイントの指示をちょうだい」

『はい。会長』

 

黒ずんで割れた窓から身を躍らせて、楯無は空へと舞い上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ……! 重い……っ!」

簪は必死に、道路を塞いでいた事故車を端へと動かしていた。

未完成の打鉄弐式はパワーフローも不安定で、箒の倍近い時間を掛けて、やっと一台を動かせた。

「っ……はぁ……はぁ……」

息が上がる。額に滲んだ汗を拭いながら、簪は溜め息を吐いた。

まだ道路を塞いでいる車は多い。これを全部どかさなければ、緊急車両が通れない。

幸いにして、停止していた自動消火システムが復活し、火災は鎮火しつつある。

そして、この辺りの怪我人は救助されていて、後は怪我人の搬送のみ。その為に一刻も早く、道路を開放しなければならない。

 

「更識さん、手伝おう」

「篠ノ之さん……そっちは……?」

「向こうはあらかた片付いた。後はこっちだけだ」

言うと、箒は軽々と車を退かしていく。あっという間にあと少しの所まで片付けてしまった。

 

紅椿。IS発明者である篠ノ之束が自ら創り上げたIS。

その完成度の高さは、否が応でも目に入る。

 

そんな凄いものを与えられた箒は、お世辞にも使いこなしているとは思えなかった。

その姿が、姉妹の関係が、自分と重なって見えた。

「あの……篠ノ之さん?」

「何だ?」

「えっと……篠ノ之さんは、お姉さんのこと……どう思ってます?」

だからだろうか。こんな事を彼女が尋ねたのは。

 

「どうしたのだ、唐突に?」

事故車両を退かす手を止めずに、箒は聞き返す。

「うん……少し、気になって……」

 

言いよどむ簪に、箒は少し考える。

一刻を争う状況にあって、何故そんな事を言い出したのか。

だが、真剣な面持ちの簪を見る限り、彼女にとって余程重要な質問なのだろう。

「―― そうだな。正直、姉のことは好きではないな」

「そうなの?」

「あぁ。姉がISを作らなければ、私は…………だが、それも今はどうでも良い事だ。所詮、全ては過去。今よりも価値があるとは思わない」

ガタン。と車を押し込み、箒は笑う。

「私は姉と違って少しばかり剣が出来るだけの凡人だ。何時だって間違えるし、今だって弱いままだ。せっかくの紅椿も、まだまだ使いこなせていないしな」

はは、と箒は笑う。だが、その笑いに卑屈さは微塵もない。

「………」

「だが、それが私だ。誰かと比べてどうと考えるなど、文字通り愚考だからな」

失ってばかりだと思っていた。だが今は違う。

確かに、ISが無ければ失わなかったものもある。だが、ISがあったからこそ得たものもまた、ちゃんとある。

 

「だから、昔ほど姉の事は嫌いではない」

 

そう、ハッキリと答えた。そして、箒は簪をまっすぐに見つめ言った。

「更識さんは……そんなに、会長が嫌いなのか?」

「っ……!?」

簪はびっくりしたように目を見開く。そしてすぐに顔を伏せた。

「嫌い……なわけじゃない。でも、私は……姉さんに何も敵わない……だから」

「……? 何故、敵わなければならないのだ?」

「え……っ?」

首を傾げて箒は尋ねる。本当に意味が分からないといった表情だ。

「だって……それは……」

「敵わなかったらダメなのか? そうでなかったら、誰かを好きではいけないのか?」

「あ……」

「更識さんは……一体『何の為に、そうあろうとしている』のだ?」

「っ……!?」

箒の言葉に、簪は強いショックを受けた。

 

何の為に。その問いかけに答えられなかった自分に、初めて気が付いたかのように。

 

 

 

 

 

やがて全ての車両を退かし終えた二人はふぅ、と嘆息する。

そこにタイミング良く通信が届く。

 

『箒。織羽がコンテナを持ってきた。指定ポイントまで来て、装備を受け取ってくれ』

「了解した。車両撤去も丁度終わったからな、すぐに向かう」

通信を切ると、簪に向き直った。

「私は装備を受け取りに行く。更識さんはう一度、この辺り一帯の捜索を頼む」

「うん……分かった」

飛び去る紅椿を見送った簪は早速、センサーの感度を上げる。PICも安定していないので、地道に歩いて救助者を探した。

 

と、ハイパーセンサーが音声を捉えた。

「っ……? 猫……?」

それは猫、恐らく子猫の鳴き声。簪は放置することも出来ないので、その声の方へと向かった。

 

 

「ここは……?」

鳴き声を追ってくると、そこは4階建てビルであった。一階はブティックになっていたらしく、通りに面した方はガラス張りで、全てが割れてしまっていた。

そこから煙がもうもうと上がっていて、子猫の鳴き声はその奥から聞こえる。

 

煙や炎はバリアが防いでくれる。だが、だからといって恐怖までなくなる訳ではない。

簪は恐る恐る中に足を踏み入れた。センサーの送ってくる情報を頼りに、足元に注意しつつ進んでいくと、件の子猫が見えた。

灰色に黒のストライプが入った子猫は、何故か重なり倒れた棚を爪で引っ掻いている。

 

「どうしたの……っ!?」

 

簪が見ると、棚の隙間から小さな指が見えた。大きさからいって子供のものだ。

簪は急いで棚を持ち上げようとし、すぐに止まった。

何かの下敷きになっている場合、圧迫先に毒素が溜まっていて、どかした際に全身に流れこむといったケースがある。

それを寸前で思い出したのだ。

 

簪はまず、センサーを使って内部状況を確認する。幸い、重なり倒れた隙間に倒れているだけだと分かり、すぐに棚を脇にどかした。

 

倒れていたのは10歳程度の女の子。意識を失っていて、そのお陰で煙を殆ど吸っていないようだ。

「シールドバリアー範囲拡大……これでよし」

打鉄弐式のシールドバリアーを拡げ、少女と子猫を胸に抱く。

これで、外に出るまで煙に襲われることはない。

 

簪は、その腕の中のものを見た。

 

 

 

『ここは戦場であり、掛かっているのは民間人の生命だ』

 

 

 

不意にリフレインするラウラの言葉。

今、彼女の腕の中にあるのは―― まさしく命。

 

小さくて、もろくて、軽くて――― なんと重いことか。

そして今、それを守れるのは自分しか居ない。

 

「大丈夫……『お姉ちゃん』が……守ってあげるから……」

 

決意を固めた少女は力強く、一歩を踏み出した。

「ッ……」

逸りそうになる心を必死に抑えながら、揺らさないよう慎重に煙の中を進む。

焦るな。ISは炎程度でどうにかなったりしない。安全に、確実に、この子を運ぶことだけを考えろ。

 

自分に言い聞かせ、伝う汗もそのままに簪は進んだ。

 

 

 

 

―― パリンッ。

 

「あ……っ」

割れたガラスが踏み割れ、簪はようやく、外に出たと気付く。

 

「―― 簪ちゃん?」

無事に外へと出た簪に、真上から声が掛かる。

「姉さん……?」

そこに居たのは楯無であった。楯無はすっと簪の前に降り立つと、彼女の抱く女の子と子猫を見た。

「あなたが、助けたの?」

「あ……そこのビルで見つけて……それで……その……」

やましいことなど無い筈なのに、しどろもどろになってしまう。

「―― そう」

楯無の手が、スッと伸びる。簪は反射的に身を縮こませてしまった。

 

 

ぽん。

 

 

「え……っ?」

その手は優しく、簪の頭へと乗せられていた。

「この先に、避難場所になっている公園があるわ。簡単な手当てもやってるから、急いで運びなさい」

楯無はそう言って、脇を通り過ぎる。そして簪の出てきたビルに向かってナノマシンの水を撃ち放った。

「早く行きなさい。あなたが助けたのよ……最後まで、やり遂げなさい」

あっという間に消火を終え、楯無はそのまま空へと上がっていった。

 

 

「………」

簪は呆然とそれを見送った。無意識に、その手は自分の頭に触れていた。

 

「にゃあ」

ペチ。と、じゃれついてきた子猫の肉球が、簪の頬を叩いた。

「あ……うん、ごめんね。えっと……篠ノ之さんに連絡しないと」

我に返った簪は子猫を指にじゃれつかせつつ、箒に通信をする。

 

『どうした、更識さん?』

「えっと、女の子と子猫を見つけたから……避難場所まで連れて行くから……場所は分かる?」

『……今、確認した。此方は丁度、装備を受け取ったところだ。そこで合流しよう』

「分かった。また後で」

通信を切った簪は、公園目指して歩き出す。

 

「………」

簪はひとつだけ、箒の問いに対する答えを思い出した。

 

ずっと昔。姉がまだ『楯無』ではなかった頃。

自分の描いた落書きのような絵を、姉が上手と褒めてくれた事があった。

 

思い出した、その背を追いかけていた理由の一つ。

(私は……褒めて欲しかったんだ……あの人に。良くやったねって……頑張ったわねって……)

その思いを、何時から忘れてしまっていたのだろうか。

 

 

姉の触れた手の感触。ISのゴツゴツとした金属の感触。なのに、何故か温かくて柔らかい感触。

 

思い出して少しだけ、簪は口元を歪ませる。

 

 

「――――?」

胸元の小さな命が、うっすらと瞳を開いている事にも気付かずに。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「はぁ……はぁ……っ!」

「くそっ……なんなのよ、コイツは……!」

「動きが……先程とは全く違う……!?」

海上にて〈悪魔〉との戦いを続けている一夏らであったが、その戦況は明らかな劣勢であった。

 

〚V・T・M・S正常稼動。〈コア・キューブ〉エネルギーリミッター異常なし。戦闘継続〛

 

〈悪魔〉はクルタナを大きく振るい、三人に向かって突撃を仕掛ける。

 

「一夏、フェリーが戦闘空域に入るわ! 急がないと!!」

「分かってるよ!!」

鈴と一夏が迎え撃つべく、スラスターを全開にして飛ぶ。

 

「「はぁあああああっ!!」」

 

〚迎撃〛

 

一夏の斬撃を逆手に持ち替えた大剣で受け流し、そのままクルリと回ってバックハンドブロー。がら空きのこめかみに、強烈な一撃が見舞われる。

「ぐぁあ……っ!」

苦悶の声を上げる一夏。その影から飛び出した鈴は双天牙月を振り上げ、〈悪魔〉を討つべく大きく薙ぐ。

だが、〈悪魔〉はそれをあっさりと躱すと、一夏を蹴り飛ばして海へと叩き落す。

そして鈴が崩拳を繰り出すと、射線を逸らして回避。回し蹴りであっさりと吹き飛ばす。

 

「きゃあああっ!」

 

バランスを崩した鈴に、〈悪魔〉は砲身を展開。更にそれが花びらのようにバラけて開き、回転を始めた。

 

何が。そう思うよりも早く答えは鈴を襲う。

深紅の弾雨。それが鈴を襲ったのだ。バランスを崩していた鈴はぎりぎり防御するも、そのまま勢いに負けて弾き飛ばされた。

「鈴さん! おのれぇ!!」

激昂したセシリアが、ブルー・ティアーズを飛ばす。オールレンジ攻撃を回避するために攻撃を止め、〈悪魔〉が大きく飛び退く。

 

 

一刻も早くこの敵を落とさなければ、フェリーが危険だ。

内心の焦りはセシリア本来の力を奪い、攻撃を単調にさせる。

 

〈悪魔〉は苦もなくビームを躱し、逆に展開した砲身をセシリアに向けた。

 

すぐに回避。と、ブルー・ティアーズが警告を発する。

 

 

 

―― 射線後方 民間大型船舶  ――

 

 

「っ……!?」

ゾワッと身の毛がよだつ。

 

迂闊にも射線に入るような位置取りをしてしまった自分。もしも躱せば、砲撃はフェリーに直撃するだろう。

そうなればどうなる。フェリーは間違いなく沈む―― 乗員乗客の命ごと。

 

「っ……!」

 

ブルー・ティアーズが敵攻撃の危険度を激しく警告する。

だが、躱せない。これだけは―― 絶対に。

 

 

 

 

 

そして閃光は―――― 無慈悲にも放たれた。

 

 

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