IS〔ツイン・ソウルズ〕   作:犬吉

63 / 97
第52話  帰り来る日常/トラブル@クルーズ

 

日が沈み、星と月が空を支配する時を迎えても尚、IS学園はせわしなく人が動いていた。

 

無事に帰還したパイロット達は、ISを整備課に任せ、疲労の色濃いままに引き上げる。

整備課は今まさに、戦闘開始したところであった。

 

「ラファール・リヴァイヴ、1から7番のメンテナンスチェック開始します」

「打鉄、1から5番、外装甲交換作業を開始します」

「ちょっと、スラスターパーツが来てないわよ!?」

「えっと……災害用パッケージの予備パーツって来てませんか!?」

「弾薬の在庫と使用数確認しといて! あと、手が空いてるの捕まえて、食堂に夜食の注文も!」

「はい、行ってきます!」

 

アリーナ併設の整備室に、整備課生徒と教員の叫びが途切れることはない。

彼女達の肌は、きっと翌朝の悲鳴と共にメンテナンスされることであろう。

 

 

 

 

学園保有ISの殆どをつぎ込んだ大規模出動は、事件の規模の大きさと共に大ニュースになった。

「うわぁ、どの局も特番ばっかり。あ、あのリヴァイヴ三年生だ」

食堂のモニターには、延々と繰り返されるニュース番組。

 

「ふむ……結局、あの事故の原因は不明のままか」

「でも、あれだけの範囲と規模で亡くなった人が居なかったのは、不幸中の幸いだよ」

「……そうだな」

ラウラはシャルロットの言葉に頷いて、コーヒーの入ったマグカップを傾ける。

事故の詳細が明らかになっていくと、その異常さが改めて浮き彫りになってきた。

 

沿岸部を中心に、交通システムが数十キロ単位で完全に麻痺し、今尚、復旧していない。

都市部で起こった火災や事故などは、一見すると範囲が広く被害が大きそうだが、実はそれ程でもない事が分かった。

車両事故は休日の夕方前とあって、渋滞している所も多く、低速状態で事故を起こすものが多かったからだ。

火災は比較的すぐに消火装置が作動し、初期消火が行われていた。

 

そして何より、ISの即時出動が救助時間を大きく早めた事もまた、大きな要因であった。

 

調査委員会の結果は公式の会見で明かされたが、殆ど分かっていないというものであった。

正確にはシステムがクラックされ、各地で事故が起こったというもの。

だが、そのシステムクラックがどういった規模、狙いで行われたのかが不明であり、犯人もまた不明。

 

つまり、肝心な部分が殆ど不明のままであるということだ。

 

「一夏達が遭遇したっていう、悪魔みたいなISの事も、全然分かっていないんだよね……」

「だが、事態が動くまで、現状の私達に出来ることはない。歯がゆい事だがな」

「黒ウサギ隊の方で調べられないの?」

「既に手は回してある。だが、難しいだろうな」

コーヒーよりも苦い物を口にしたと、ラウラは眉を潜めた。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

今回の出動に関するデータを纏めている千冬と真耶は、モニターに映し出されたある物を注視していた。

「やっぱり、今回の事件は二種類のパターンがありますね」

真耶がコンソールを操作すると、事故発生区域が色分けされる。

赤と青。二色に分けられたそれは、赤がウォーターワールド集中していた。

対する青は、沿岸を含む広範囲に散らばっていた。

「一つは、一定範囲に対する強力なクラッキング。三年前に起こったものとほぼ同質のもの。もう一つは、システムそのものに対するハッキングによる暴走……」

「一見すると同一のようで、実は二つの事件が同時に起こっていた……か。偶然ではあるまい」

「織斑君達が遭遇したっていう悪魔みたいなISも、気になりますね」

「データによれば、コアを7つ保有するISとの事だが……」

「先の無人機と何か関係が……?」

コアは複数搭載する事ができない。そして、仮に可能だとしても、7つものコアを一機に使用するなど、コアの保有数の関係から大国以外には不可能だ。

もしくは、コアを独自に製造できる技術を保有する組織・国家――ないしは個人であるかと、真耶は問う。

「いや、今回の〈悪魔〉は有人機だ。機体構成を鑑みても、両者に技術的共通点はないと見て良いだろう」

千冬は真耶の言葉を否定した。件の無人機襲撃事件の黒幕は、千冬の想像通りならば、有人など使わないし、使わせる相手もいない筈だ。

つまり、今回の犯人は、無人機襲撃事件の犯人と相対出来る程の技術を持っている可能性が高い。

 

「詳しい事を織斑君達に聞けば、何か分かるかも知れませんが……今頃、全員ばったりですものね」

真耶は今の三人の状態を思い、溜息を吐いた。

ただでさえプールで体力を使っていた上に、強力な敵と命懸けの戦闘を行ったのだ。

三人は帰ってくるなり、ベッドの上の住人となった。

それは、普段と全く違う緊張感の中で作業を行なっていた箒や簪もまた同じであった。

 

尤も、セシリアと鈴に関しては織羽に突っかかって、物理的に沈められたのだが。

 

「まぁ、詳しい報告は後でも構わないだろう。どうせ、詳細は調査委員会の報告を待つしかないしな」

「そうですね……はぁ、また書類の山との苦闘の日々が……あはは~」

この後に待つ、恐らくは山田真耶史上最大級の書類整理に、乾いた笑いが溢れる。

「……頑張れ、山田先生」

「何、他人事みたいに言ってるんですか!? あれですか、自分の書類もこっちに回す腹積もりですか!?」

「イヤ、ソンナコトハナイ。タダタンニ、ゲキレイヲダナ」

「滅茶苦茶カタコトの上に無茶苦茶棒読みじゃないですか!?」

山田真耶の心労は尽きない。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

某所。

 

幾つものマシンアームが休むことを知らずに動き続ける。その中心には件の悪魔があった。

「随分と派手にやられたわね。ご自慢の逸品だったんじゃなかったのかしら?」

「まさか。今回はあくまでも、データ収集目的だもの。本気で潰そうと思えば、一発も撃たせることなく沈められたわ」

赤毛の科学者Dr,ファウストは、スコールの言葉に「ククッ」と哂う。

モニターには様々なデータが映し出されていく。その一つを大きく広げた。

「V・T・M・S……さすがの完成度ね。それにコアキューブの完成度も」

「まぁ、これぐらいは当然よ。でなければ態々、ドイツのお人形のISに、VTシステムをしこませた甲斐がないというものよ」

モニターに並ぶ文字。V・T・M・S。すなわち――

 

 V-alkyrie’s

 T-actics

 M-ind 

 S-ystem。

 

それはモンド・グロッソ優勝者達の戦闘記録から、戦術思考を模倣するプログラム。

ラウラのISに仕込まれていたVTシステムは単独では不完全であり、このシステムがあって初めて、最強となる筈であった。

「コアキューブも、数を揃えればIS以上の出力を生み出せる。とはいえ、ミサイルを直接ぶつけるなんて戦術はデータになかったけどね」

愉快そうに笑うファウスト。

「まぁ、ドライバーは実戦でも充分使えると分かったし……後は、こっちにデータを移すだけね」

傷ついた〈悪魔〉の隣に、〈悪魔〉に似た姿の機体があった。それは〈悪魔〉よりも小型で、普通のISサイズである。

 

「楽しみねぇ、このI・S・E――〈インフィニット・ストラトス・イーター〉のお披露目の時が」

 

本当に愉快そうに、ファウストは笑う。

 

そして、I・S・Eと呼ばれた機体に組み込まれたドライバーは、只そこにあるだけであった。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

事件から数日が過ぎ、非日常に傷ついた者達を置き去りにして、町は段々と日常を取り戻していく。

 

 

そんな中で、IS学園もまた日常へと返っていた。その代償は泥のように眠る教員、整備課の生徒達であった。

 

「う~む」

箒は寮の廊下を、唸りながら首を傾げて、腕を組みながら歩いていた。

その内容は、先日行ったシャルロットとの模擬戦の事だ。

シャルロットの駆るラファール・ドラグーンに完敗した箒は、あれ以来、よく考え込んでいた。

「紅椿の性能は高い。私が未熟故に、まだ性能を引き出せていない事、絢爛舞踏を使えない事も敗北の原因だな」

銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)との決戦以降、箒は紅椿の単一仕様能力『絢爛舞踏』を使えずにいた。

元々、単一仕様能力自体、謎の多いスキルであり、操縦者との相性が最高値になった時に使えるという事しか分かっていない。

 

「だが、それを差し引いても……やはり、足りない」

 

そう。紅椿には絶対の一手と呼べるものがないのだ。

雨月、空裂の威力は高いが、高密度のエネルギーシールドに阻まれることが模擬戦で分かっている。

 

展開装甲を全起動すればあるいはとも思えるが、現状では難しい。

 

だからこそ、彼女は欲した。白式の零落白夜のような、裏白式の月華白麗のような、逆転を狙える切り札を。

 

 

「―― やはり、必殺技だな」

「っ――!? ラウラ!?」

 

ハッとして振り返れば、壁に背を預け、したり顔をするラウラがいた。

 

「必殺技とは……どういう意味だ?」

「必殺技。それは正に強者の証。必殺技、それは正に技の頂。それを持つ者こそ、最後に勝利を掴み取るのだ!!」

ざん。と、ラウラは箒の前に仁王立ちし、かつて居た帝国指導者の如く、尊大にその手を振るう。

「福音との戦いで、お前は織羽と共に合体必殺技を繰り出した。ならば今度は、単体必殺技を身に付ける時だ!!」

ラウラは熱く、そして何故か目をキラキラとさせて箒にハッキリと言った。

「必殺技は良いぞぉ? かっこ良く、強く、形容し難い魅力に溢れている……! 燃費? バカを言うな。効率? だからどうした? 私も叶うならば斬艦刀を振るいたかったが、本国に止められてしまい、仕方なく『代理品』を使う事にしたが……だが!」

 

バシンッ!

 

壁を平手で叩き、某総統の如く拳をグヌヌ……と、握り固める。

「だが、私は諦めない! 必ずや、あの必殺技を会得してみせる!! さらばだ!!」

言いたいことを言い切ったとばかりに、ラウラは背を向けてズンズンと行ってしまった。

最後は自分の事になっていたが、そこはあえて流すとする。

「必殺技か……」

一見すると的外れな意見だが、しかしそうでもない。内容は全然的外れだが。

 

零落白夜や月華白麗も、言い換えれば必殺技だ。

そしてシャルロットのバンカー=ドラゴンホーンも、必殺技と言っても可笑しくはない。

 

必殺技。つまりは不利な状況を逆転する事の出来る、または勝負を決定づけられる切り札。

それは正に、箒の求めているものの具体的な名前であった。

 

だが、一口に必殺技といっても早々、何かあるわけではない。

箒の使う篠ノ之流にも、奥義と呼ばれる技はある。だがそれがISで使えるかといえば微妙なところだ。

となれば、紅椿に何かそれ用の新しいプログラムを組み込むことぐらいだが。

「………ん?」

と、箒は一つだけ思い当たった。

 

エネルギー消費は少なく、しかし汎用性が高く威力も大きい。紅椿の切り札として、うってつけと成り得るものを。

 

 

瞬速超過(オーバーアクセル)。もしもあれを、紅椿に組み込めば……?」

 

瞬速超過(オーバーアクセル)は一瞬だけ、最高速度を上回る速度を生み出す特殊技能。

勿論、使用するにはそれ用のプログラムをインストールしなければならない。

 

そして、それを作れるのは世界で一人だけだ。

箒は早速、春斗の所に向かうことにした。

 

 

「あれ、箒? どうしたんだ?」

一夏の部屋の前まで来ると、箒の背中に声が掛けられた。

「一夏、丁度良かった。今、時間はあるか?」

「あぁ、明日「ごめん。明日ちょっと出掛けるから、もう寝ようと思ってたんだ」」

「っ……春斗? そ、そうか……」

「もしかして……何か、急ぎの用件?」

「いや、そうではない。ところで、何処に出掛けるのだ?」

手を振って否定した箒は、春斗に明日の行き先を尋ねた。折角なら、一緒に出かけたいと思ったのだ。

「秋葉原の裏路地に、ちょ~っと裏物のパーツを買いにね。くくっ……いやぁ、楽しみだなぁ」

「そ、そうか……良かったな」

恐ろしく無邪気な笑顔を見せる春斗に、箒は若干引いた。こういう顔をする時、春斗は常人の理解の範疇にいないのだ。

(裏物のパーツなど何処で買うのだ? いやそもそも、裏物って何だ!?)

箒の内心を余所に、春斗は集積回路がどうの、CPUチップがこうの、ペンタゴンからの横流し品とか言っている。

一番最後。それはダメではないだろうか、色んな意味で。

「―――とまぁ、明日は少し忙しいから……急ぎでないなら日を改めてくれると助かるんだけど……良い?」

「う、うむ……それで構わない」

「あ、よければ一緒に来る?」

「いや! それは遠慮しよう! 一緒に行っても邪魔になるだけだろうからな、うん!」

春斗の誘いを箒は全力で断る。普段ならばまだしも、これに付き合えば明日いっぱい、箒は頭痛とお友達になること必至である。

「そっか、それは残念だな……」

と、春斗は心底寂しそうに言った。具体的にはしょんぼりヘタれる犬耳尻尾を幻視してしまう程だ。

「そ、そうだ。週末に篠ノ之神社で祭りがあるのだ。私も久しぶりにそっちに顔を出すのだが……良ければ」

「絶対に行く」

箒が言い切るよりも早く、春斗の手が箒の手をしっかと握っていた。

ヘタレた犬耳がピンと立ち、尻尾がブンブン振るわれているのが見える。

「祭りってことはあれでしょ? ほーちゃんがまた、〈剣の巫女の舞〉を踊るってことでしょ!?」

「う、うむ……そうだな……そうなる……かな?」

戸惑いつつ、頷く箒。そして春斗は決意する。

「よし。明日は2000万画素、電子補正各種搭載、デジタルズーム30倍のハンディカムを買おう! そしてほーちゃんの姿を未来永劫永久保存だ!!」

「頼むから絶対に止めてくれぇ!!」

「絶対に嫌だね! 僕の家宝にする!! これ、決定事項だから!!」

「私的に肖像権侵害で却下だ!!」

「大丈夫! 私的使用なら何ら問題ないから!!」

「大有りだ、馬鹿者!!」

 

スパーンッ!!

 

箒のハリセンが春斗を一閃した。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

翌日。

春斗は予定通り、電脳とサブカルチャーの坩堝こと、秋葉原に赴いていた。

といっても中央通りに面するような、所謂『表の顔』に用は無い。というか、既に最高級ハンディカムは購入し、配送手続き完了である。

 

なので、今は裏の顔―― 世界中から集まる裏流通パーツを扱う場所へを足を踏み入れていた。

そこは、とある雑居ビルの4階。そこにある看板も出ていないパーツショップ。

もちろん、織斑一夏の顔は世界中に知られているので、帽子や眼鏡、更に髪型も変えて、服装もストレートのパンツとワイシャツ、軽く締めたループタイをしている。

基本ラフで動き易さを好む一夏とは異なる、フォーマル系ファッションが春斗のスタイルである。

「よぉ。今日は随分とキメてるじゃないか、ハル坊よ」

ニット帽に紫のベストを着た、しわ深い老人――店の主である、トクという老人に挨拶をする。

「久しぶりです、トクさん。一応、変装のつもりなんですけどね?」

トクは一ヶ所に留まらず、秋葉原を転々としていて、ここに来るまで、春斗は数箇所無駄足を踏んだりしている。

「まぁ、しょうがないな。姉に続いて、双子の弟は今じゃ世界的有名人だ。間違われんように気を付けるのは正しいことさ」

そう言って、トクはカラカラと笑った。

「おぉ。そういや頼んでたパーツを取りに来たんだったな。ほら、コイツだ」

トクはカウンターの下から、幾つかのケースを取り出す。

「注文のパーツは揃ってる筈だ。確認してくれ」

「えっと…………うん、ちゃんと全部ある」

「しっかし、なんだってISの通信システムのパーツなんて注文したんだ?」

「まぁ、ちょっとばかり作りたいものがあって。あ、これ代金です」

春斗は分厚い封筒をカウンターに置く。トクはそれを受け取り、早速中身を確認した。

「あいよ、確かに」

トクはそれを確認し終えると、金庫を開け、その中に封筒を仕舞った。

 

春斗が何故そんな大金を持っているかといえば、彼が第二世代IS開発に携わっていた頃の使わなかった金や、肉体が被験体として使われている事による支払金である。そこに、中学以降のバイト代が加わっている。

最初はそれを家計に当てようとしたが、千冬が頑として受け入れなかった。

特に後者に関しては、「それを受け取れば、私は弟を売って金にしているとしか思えない」と、嫌悪感さえ顕にした。

なので、その殆どは使われることなく、今も春斗の口座に眠ったままであった。

ちなみに、一夏のバイト代はそのまま千冬の手で彼の口座に振り込まれている事実を、一夏は知らない。

 

 

 

店を後にした春斗は、軽く昼食を取った後、電車に揺られて学園方面へと向かっていた。

『なぁ、そんなの買ってまで何を作るつもりだ?』

『さぁて、なんだろうねぇ?』

『教えろよ』

『まぁまぁ。何れ分かることだし、急ぐ必要はないよ』

『……変な物じゃないだろうな?』

『変な物じゃないよ。むしろ、便利なものさ…………多分』

『うぉい!? 何だ、最後の一言は!?』

 

電車は二人を乗せて、ひたすらに進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―― で、何で学園に戻らず、こんな所にいるんだ?』

一夏はてっきりそのまま学園に帰るものだと思っていた。だが、春斗は途中で電車を降り、何処かを目指して歩いていた。

『何でって、これから今日のクライマックスを迎えるんじゃないか』

『クライマックスねぇ……』

春斗の物言いに不安を感じつつ、一夏はその行く先を黙って待った。

 

やがて辿り着いたのは、一件の喫茶店。店の看板には〈@クルーズ〉と書かれている。

従業員がメイド及び執事服を着ている―― つまりはメイド&執事喫茶だ。

『ここって……そうか、お前の目的は〈期間限定スペシャルパフェ〉だな』

『ふっ……甘いよ一夏。僕の目的はここの裏メニュー……ずばり、〈セブンス・オーシャン・スペシャル・パフェ〉! 一個3,800円!!』

『テメェは何を食う気だ!?』

セブンス・オーシャン・スペシャルとは、@クルーズ伝説の超級ジャンボパフェである。

カロリー換算で約10,000。ダイエット、健康、ウエストサイズに真っ向から戦いを挑む、正に生粋なる甘党の味方にして世界中の女性の敵である。

 

「いざ行かん。甘き桃源郷へ!」

 

 

カランカラーン。

 

 

春斗は意気揚々と、ドアを開けた。カウベルが鳴り響き、その音に早速、執事がやって来た。

 

「お客様、@クルーズへようこそ」

 

 

 

カランカラーン。

 

 

 

春斗は思わずドアを閉めた。

「………あっれぇ~?」

春斗は自分の目がおかしくなったのかと、目頭を押さえる。

『今、見知った顔が見知らぬ格好でいたような……』

「……よし、もう一度」

意を決して、ドアを開ける。と、執事服に身を包み、ブロンドを編んで纏めたシャルロットが、さっきまでと同じ体勢で彫像のように固まっていた。

 

 

「………何やってんの、シャル?」

 

 

その瞬間、執事は顔を真赤にして素っ頓狂な声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

コトリ。春斗の座ったテーブルに、お冷が置かれる。

「義兄上、よくいらっしゃいました」

迎えてくれたのは、何故かメイド服を着たラウラであった。

「あのさ、何でここで働いているの?」

「まぁ、色々とありまして……」

ラウラは早速、ここに至るまでを説明し始めた。

 

それを簡潔に説明すると、こういう事だ。

 

 

 

朝。シャルロットに買い物に誘われる。

予定も無いので承諾。町へ出る。

一件目の店で、シャルロット&そこの店長に着せ替え人形にされる。

オープンテラスカフェで、昼食。そこで、何やら困り顔の女性と会う。

シャルロットが事情を聞くと、従業員が駆け落ちしてシフトに穴が空いてしまって困っているとの事。

同情したシャルロットが、ラウラと共に手伝うことに。

ラウラ、メイド服。シャルロット、執事服。男装させられたことに、シャルロット軽く凹む。

それでも何とか接客。

春斗来店。シャルロット、事務所に逃亡。←今ここ

 

 

「なるほどねぇ。で、何で逃げたの?」

「……さぁ?」

二人揃って首を傾げる。別に執事服は似合っていたし、何処にも逃げる要素はないと二人は思った。

「もしかしたら、義兄上に見られたのが恥ずかしかったのでしょうか?」

「うぅん……どうなんだろ?」

「ところで義兄上。私の格好、どう思われますか?」

「ん? よく似合ってる。…… 一夏も、可愛いってさ」

「そ、そうですか……良かった」

ラウラは嬉しそうに、白い肌を微かに赤く染め、トレーで笑みに歪む口元を隠した。

 

 

―― ざわわっ。

 

 

その姿に、店内の男性客からざわめきが起こった。

当然だ。ラウラの今までの接客は、いうなれば転校当日の姿――”ドイツの冷氷”そのものだったからだ。

美少女然とした外見。余りにも冷徹な対応。辛辣な言動。実際、彼女に声を掛けた愚者が、その洗礼を浴びた。

 

だが、そのラウラが、絶対女王が、恥ずかしさと嬉しさにその身を捩らせている。

 

クーデレの末期――デレである。

 

恐るべき破壊力。何という戦略兵器。男性客達は、ラウラのその姿に身悶え、そして春斗(一夏)に――

 

 

『くたばれ、リア充。爆発しろ』

 

 

と、一言一句異ならない呪詛を浴びせるのだった。

 

周囲の不審な視線に気付きつつも、それを見事に無視する二人。

「それで、何を頼まれますか?」

「コーヒーのブレンドをブラックで。後は〈セブンス・オーシャン・スペシャル〉を一つ」

「コーヒーと……義兄上、それはメニューに無いようですが?」

「裏メニューだからね。厨房に言えば分かるんじゃないかな? それでもしなかったら、この期間限定パフェで」

「承知しました。では、コーヒーは”すぐ”お持ちします」

「うん。お願いするよ」

ラウラと春斗は一瞬目を合わせ、春斗はコクリを頷く。ラウラは一礼すると、スッとした足取りで厨房へと向かった。

 

 

 

 

 

 

さて、事務所に逃げたシャルロットはというと。

「うぅ~、最悪だよ……まさか、春斗が来るなんて……!」

事務所の床に座り込んで、思いっ切り凹んでいた。

別に、接客している姿を見られた事が恥ずかしいのではない。

「ただでさえ男装なんて嫌なのに、それを見られるなんて……本気で最悪だよ」

単に、男装をしているのを見られたのが恥ずかしいのだ。

 

シャルロットも、出来るならばメイド服を着たかった。しかし制服の予備は一着ずつしかなく、執事服はラウラの丈に合わなかった。

仕方なくシャルロットは執事服を着たのだが、ラウラのメイド服姿は、同性の彼女から見ても、とても良く似合っていた。

 

「ふぅう……どうせなら、メイド服だけなら良かったのに……そりゃ、ラウラの方が似合うと思うけど……」

「―― そんな所で何をしている?」

「っ……!? ラウラ!?」

掛けられた声に振り返ると、呆れ顔のラウラが立っていた。

「14番テーブルにオーダーだ。ブレンドコーヒー、ブラックだ。早く来い」

「ラウラ……春斗は?」

「大丈夫だ、問題ない。だから早く行け」

そう言って、トレーを投げて寄越すと、クルリと背を向ける。

「――うん」

ふわり。フリル付きのスカートがひるがえった。

その姿を見て、やはり羨ましさを感じてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「こ、コーヒーお待たせしました……ど、どうぞ」

シャルロットは14番テーブルにコーヒーを運んだ。とても引きつった笑顔である。

「はい。どうもありがとう、執事さん」

その原因は言うまでもない。このテーブルに座る客、つまり春斗だ。

(ラウラぁ……騙したねぇ……!)

若干涙目になりつつ、ラウラを睨むシャルロット。そのラウラはすまし顔で新たな客に水を運んでいた。

まぁ、実際「大丈夫だ」しか言っていないので、騙したというのは怪しいところだ。

「ところで、何で執事服なの?」

「これしか無かったんだよ……お願い、これ以上触れないで」

「別に気にしなくてもいいのに。良く似合ってるよ、シャル」

「っ……! そ、そういう事じゃないの……もうっ!」

びっくりしたかと思うと、シャルは顔を背けてしまった。

「でも良いんじゃない。そういえば、男装執事って前にアニメとかでやってなかったっけ?」

「春斗、それには触れちゃダメだよ……はぁ、何かバカみたい」

「そんなにメイド服が着たかったの?」

「そりゃあ、男装するよりは……可愛い服の方が良いにいまってるよ」

「まぁ、確かにそうだね。シャルのメイド姿はちょっと見たいかも。きっと可愛いだろうから」

「えっ……!?」

シャルが羞恥に頬を染める。

 

 

―― ざわざわっ。

 

 

周囲の客がざわめく。

シャルロットの接客は紳士然としており、まさに理想の接客であった。

しかし、今のシャルロットはまるで恋する乙女(男装がハマりすぎて、女性と疑われていない。悲しいことに)である。

「何、あのリア充ぶり。マジでムカつくんだけど」

「全くだ。こっちはこんな肉と一緒だというのに」

「肉って言うなっ!」

「だまれ、肉」

「お前ら、こんなとこまで来て、喧嘩すんなよ」

と、いかにも残念そうな三人組が、会計を終えて店を後にしたりするが、それは大したことではない。

 

残っている客達全員の心はただ一つに集約されていた。

 

 

『くたばれリア充。マジ、モゲて爆死しろ』

 

 

この呪詛が果たして効果を持つのか。それは分からない。

「そういえば、どうしてこのお店に?」

「ここの裏メニューのパフェをね……いやぁ、楽しみだ!」

心の底から待ちわびる春斗。

だが、この店には予想外の来客は来たようだ。

 

 

―― バァンッ!!

 

 

「全員、動くんじゃねぇ!!」

天井に向かって鉛の玉が飛び、照明を砕き散らす。

 

ジャンパーに手袋、覆面。そして銃器で武装した三人組。背中に背負ったバッグからは数枚の紙幣が見える。

 

 

逃走中の銀行強盗。@クルーズご来店である。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。