パラパラと照明の破片が降る。
店内の空気が一変し、そこにいる誰もが、何が起こったのかを理解しきれず、思考を停止させて固まった。
「いいか、全員そのまま動くなよ!!」
天井に向けられた銃口からは硝煙が立ち上り、強盗はその銃口を眼前にまで振り下ろした。
風貌は余りにも前時代的。口元にヒゲでも描けば、正にコントの犯罪者になれるだろう。
だが、それはそれとして現実は危機なのである。
光さえ飲み込みそうな暗い穴から、何時凶弾が飛び出すのか分からない。そして数秒後にはそれが自分を襲っているかも知れない。
「あー、犯人に告ぐ。お前達は完全に包囲されている。速やかに武器を捨てて出てきなさい」
「くそっ、もうマッポが来やがったか……!」
「マッポって……」
「今時、あの対応は……」
「……古」
人質の数人が思わず口にしたのは、そんな状況に対するささやかな抵抗なのだろうか。
多分、違う。
「兄貴、マズイですよ! 外にあんなにパトカーが……!」
下っ端なのだろう強盗の一人が、この中で一番恰幅のいい男――強盗のリーダーに慌てて言う。
「心配すんな! こっちには人質がいるんだ、なんにも出来やしねーよ!」
「そ、そうですよね!? それに、こっちには大枚叩いて買ったコイツがあるんですからっ!!」
リーダーの男が自信有りげに言うと、逃げ腰気味だった二人もその威勢を取り戻した。
ガシャ、とショットガンのポンプをスライドさせると、天井目掛けて二度目の発砲。
鼓膜が破壊されたと思う程の轟音が全員の身を竦ませ、上がった悲鳴がまるで遠くに聞こえた。
銃を室内で使えば、下手をすれば障害を残す程、聴覚にダメージを食らう。ましてやショットガンのような火薬量の多い物を撃てば、そのダメージは容易に想像できる。
実際、人質となった客や従業員は揃って耳を押さえて苦悶の表情をしている。
恐らく、全員が強烈な耳鳴りに苦しんでいるのだろう。
「痛ぅ……こんな所で何て物を……!」
ギリギリで耳を塞いだ春斗だったが、それでも耳が痛い。
「大丈夫、春斗?」
春斗の席の後ろから、シャルロットの声がする。強盗が入った瞬間、春斗を壁にして隠れたのだ。
「まぁ、何とか……」
「相手は何人? 武装は?」
「三人。それぞれハンドガン、サブマシンガン、ショットガンだ」
キーンと耳鳴りがするせいで、声のボリュームが上手く調整できない。なので普通には声を出さず、ウィスパーボイスで後のシャルロットに答える。
「おう、よく聞け! 人質を殺されたくなかったら逃走用の車を用意しろ! 発信機だの追跡車だの、余計なことはするな! 当然、ガソリンは満タンでな!!」
これは駄賃替わりだとばかりに、拳銃をパトカー目掛けて発砲。フロントガラスが一瞬で蜘蛛の巣へと変わった。
撃ったのはそれだけだったが、周囲の野次馬を混乱させるには余りある効果だった。
「へへっ、奴ら大騒ぎしてますよ」
「平和な国ほど犯罪がしやすいってのは本当っすね!」
「まったくだ、ハッハッハ!」
身勝手なことを言いながら、暴力的な笑みを浮かべる強盗達。
「………」
それを春斗の背中越しに覗く、シャルロットの顔が不快さに歪む。
(相手は三人……動きを見るに素人。何とかできなくはないけど……何か隠している可能性もあるかな?)
「どうするんだ?」
「春斗は動かないで。こういう時の訓練、してないでしょ?」
「……まぁね」
各国代表候補はこういう時の訓練をしているが、春斗は勿論、一夏もしていない。
幸いにして、ここには現役軍人のラウラがいる。上手く立ち回れば――。
「―― ん?」
「―― え?」
―― と、そこで二人は余りにも信じられないものを見てしまった。
客や従業員が伏せている状態なのに、一人だけそこに立っている者がいたからだ。
メイド服を着た小柄な、銀髪眼帯少女。それがつっ立っていたのだ。
目立つ容姿をしたラウラが立っていれば当然、強盗もすぐに気付く。
そしてシャルロットと春斗はもう、嫌な予感しかない。
「おう、何つっ立ってやがる。大人しくしてろってのが聞こえなかったのか? それとも日本語がわかんねぇのか?」
「………」
リーダーの男にそう凄まれるも、ラウラはその手の中の銃を一瞥し、すぐに視線を外す。
「まぁまぁ。せっかくメイド喫茶に立て籠もってるんですから、この銀髪メイドに接客してもらいましょうよ」
「あぁ? 何言ってるんだ、お前は?」
「いいじゃないですか。俺、メイド喫茶初めてなんですよ」
「……はぁ。まぁ、俺も喉が渇いたからな。おい、メニューと水を持って来い」
「………」
ラウラはクルリと踵を返す。そのまま足を進め、戻ってきたその手には―― 何故か箒。
「……は?」
「おい、俺らはメニューと水を持って来いっつったんだよ」
「生憎と、今から掃除をせねばならんのでな。水は――」
ヒュン。箒の柄が風切り音を奏でる。
「―― 留置所で飲むのだな」
「んだとっ!?」
冷徹なる宣戦布告。それに対する強盗の反応は早かった。
リーダーが即座に銃口をラウラに向け、トリガーを引く。響く発砲音。銀髪が揺れて、そこを鉛玉が掠める。
千切れ落ちる髪の毛をその場に残し、ラウラが走る。その一歩後ろを銃弾が穿っていく。
「ふん、強盗にしてはいい腕だ」
悲鳴が上がる中、ラウラはテーブルや椅子、観葉植物を盾に射撃を避ける。
「お前ら、ぼさっとしてんな! 相手は一人だ! さっさとぶっ殺せ!!」
「っ!? は、はい!」
リーダーの声に、残る二人が銃を構える。ハンドガンとサブマシンガンはまだしも、ショットガンはさすがのラウラも躱すのは難しい。その顔が―― ニヤリと歪んだ。
「生憎と、一人じゃないんだよねぇ!!」
「「「っ!?」」」
春斗の影なら飛び出したシャルロットが、一気に跳躍。その足を振り上げる。
踵落としをショットガンを構えた強盗に打ち込み、落ちた銃を蹴り飛ばす。更にその横っ腹に蹴りを打ち込んだ。
「このガキッ!」
リーダーの男が振り返って、銃口をシャルロットに向ける。が、シャルロットは両手を伸ばして素早くスライドを掴んだ。
そのまま、スライドを引いてチャンバー内の弾丸を飛ばす。
「っ……!?」
「オートマチックは、スライドを引いた状態にしちゃえば、もう発砲出来ない。そして――」
掴んだ銃を、そもまま相手の甲側に捻る。トリガーガードに巻き込まれた人差し指が、ゴキリと鈍い音を鳴らした。
「がぁ――っ!?」
「こうすれば、簡単に奪い取れる」
シャルロットはその手から銃を奪ってマガジンを落とすと同時に、その横顔に回し蹴りを叩き込んだ。
「ぶはっ!?」
吹っ飛ぶリーダー。これで銃を持つのは後一人。
「兄貴!? くそっ、この、うわぁああああっ!」
一気に二人やられ、混乱した強盗が銃を乱射する。壁や窓に次々と銃弾がぶち当たっていく。
その中、一気にラウラが走る。
「―― 抜かぬならば、天下泰平」
その手にした箒を顔の横に、まるで担ぐように構える。そして、その刃を振り上げる勢いでサブマシンガンを弾く。
「抜いたならば―― 一刀両断!」
振り上げた刃は、まるで荒野を打ち砕く斬撃の如く、強盗を斬って捨てた。
「我が剣に断てぬもの無し――だ」
「いや、箒だし断ててないしっていうかまだ治ってないの!?」
ドヤ顔で決め台詞を言うラウラ。シャルロットは未だ重症どころか、悪化の一途を辿るラウラに戦慄した。
ともあれ、三人の強盗を制圧完了。シャルロットは今更ながら、執事服でよかったなとか思ったりした。
メイド服だったら、こんな派手に立ちまわることなど出来ないからだ。
というかそもそも、立ち回ること前提に服を選びたくはない。
不特定多数の人間にパンチラなど御免だ。
『お母さん?』
『なに、シャルロット?』
『どうしてセー◯ー戦士はあんな短いスカートでパンツが見えないの?』
『それはね、あれはハイレグレオタードにスカートを履いているから、パンツ自体履いていないのよ』
『そっかぁ。履いてないなら見えないよね!』
「っ………」
一瞬、彼女の黒歴史が甦った。
それを振り払うように、首を振る。ていうか、何を聞いているんだ過去の自分(シャルロット)。
そして凄く優しい笑顔で何を教えているんだ、母親は。
「くそっ……ガキがァ!!」
「っ!?」
シャルロットに蹴り倒されたリーダーが立ち上がり、ポケットから何かを取り出す。
「マズイ!」
それを見た瞬間、ラウラの顔色が変わった。男の持っている物が何かに気付いたからだ。
一瞬遅れて、シャルロットもそれに気付いた。
シャルロットの考えた通り、やはり武器を隠し持っていたのだ。だが、よりにもよって手榴弾とは思わなかった。
二人が動くよりも早く、安全ピンが抜かれる。
男が持っていたのはM67手榴弾。あれが手から離れれば、解放された撃鉄が安全レバーを弾き飛ばして起動する。そうなったらばもう、爆発を止められない。
ラウラは間に合わないと、ISを起動させようとする。AICならば、爆発で飛散する破片を止められるからだ。
問題はこの状況で、正確にAICを当てられるか。
「くたばれ――っ!?」
手榴弾を投げようとする手を、覆い被せるように押さえる手。
『一夏、そのまま撃鉄を押さえて! あいつのピンを奪うんだ!!』
「それをよこせ!!」
一夏は男の手からピンを奪い取り、もみ合いながらそれを元の場所に挿し込んだ。これでもう爆発はしない。
「離せ、このガキ!!」
「がっ!?」
尚も暴れる強盗の頭が、一夏の顔面を痛打する。倒れこむ一夏に向かって更に殴りかかろうとする強盗だったが、その体が突然、張り付けにされたように動かなくなる。
「貴様……覚悟は良いだろうな?」
ISを限定起動させたラウラが、AICで強盗を封じ込めたのだ。
その瞳は、激しい怒りに燃えている。だが、それをぶつけるのは彼女ではない。
「ひ――っ!?」
強盗の前に立つ、男装の麗人。冷徹なる怒りの光を宿した瞳はどこまでも冷たい。
「さて、お仕置きの時間ですよ―― 旦那様?」
シャルロットの執事拳がギリ、と強く握られた。
説明せねばなるまい!
シャルロットの怒りが頂点に達したその時、男装ヒロイン(原作基準)、執事服という共通点を媒体に、その能力はMF時空を
そして今の彼女は、執事流的な必殺技を使えたり使えなかったりするのだ!!
「くらえ必殺―― エンド・オブ・アースッ!!」
「まよチキっ!?」
その瞬間、シャルロットの拳は音速を超えた。
その頃の別次元(べつさくひん)。
「は――っ!?」
「どうした、近衛?」
「何故か今、僕のアイデンティティを取られた上、大事なものを奪われた気がした……!」
「言ってる意味はよく分からんが、取り敢えず泣くな!?」
「あーっ! お兄ちゃんがスバルさんを泣かしている!!」
「あらあら、それは酷いわね」
「バカチキ! 何、スバル様泣かせてんのよ!!」
「違う! 誤解だ! 俺は何もしていない!!」
とかいうやり取りが、学園の屋上でされていたとかいないとか。
「警部。一体、中で何が起こっているんでしょうか?」
「分からん。だが、今は粘り強く――ん?」
―― ドグワシャァアアアアアアアアアアアアアアンッ!!
「「なぁああああああっ!?」」
突如として、窓を豪快に突き破り飛んできた塊。それは見事な車田落ちでパトカーの屋根に突っ込んだ。
「け、警部! は、犯人です!! あ、人質が!!」
「何!? そ、総員突入! 犯人確保だ!!」
一斉に動く警官隊。中に踏み込めばそこは散々な現状。そして倒れている犯人二人を逮捕した。
確保された人質の中に、従業員二人と客一人が足りない事が判明するまで、まだしばらくの時間が掛かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
夕方近い城址公園。ベンチでぐったりするフォーマルスタイルの男子と、心配そうな顔をしている銀髪メイドと金髪執事。
事情を知らない人間が見れば、男子が何処かのお坊ちゃんでそのお付きの二人と取るか、それとも特殊性癖持ちの男に遊ばれている二人と取るかであろう。
多分、後者が多い気がする。
「大丈夫か、一夏?」
「あぁ、鼻血も止まったし……もう平気だ」
「ごめんね、一夏。僕がもっとしっかり蹴り倒しておけば……」
「別にお前のせいじゃないから、気にするなよ。それにあれが爆発してたらこんなもんじゃ済まなかったさ」
しゅんとするシャルロットに、笑いながら一夏が返した。
あの後、警官隊が踏み込むよりも早く、三人は裏口から店を抜け出していた。
買った物も着替えも一緒くたに抱きかかえ、町を疾走。そしてようやく、公園で一休みしているのだ。
「制服、持って来ちゃったね……どうしよう?」
「故意でやった訳ではないのだ。警官が消えた後にでも戻って、返せば良いだけだ」
「まぁ、そうなんだけど……」
どこまでも前向き(?)なラウラに、シャルロットは苦笑する。
というか、ラウラはISを使ってしまった事を全く気にしていない。
もし問いただされても、「専用機持ちとして、自己の生命保存の権利を行使しただけだ」とか、いけしゃあしゃあと言いそうである。
この辺り、相当に春斗の悪知恵の影響を受けているようで、シャルロットとしては何とも不安な事である。
そもそも、今日シャルロットがラウラと買い物に出たのは、彼女を女の子らしくしようという狙いがあったからだ。
結局、午前の買い物だけで後はトラブル連発。計画の三分の一も消化出来なかった。
『……セブン・オーシャン・スペシャル……』
「……おい、何時まで落ち込んでんんだよ?」
「どうした、一夏?」
「春斗が例のパフェ食えなかったせいで、本気で凹んでる」
「……春斗、そこまでだったんだ」
強盗事件の影響で、店はしばらく休業だろう。つまり、裏メニューはしばらくお預けになる。
甘い物スキーにとって、これは正に絶望だ。
「義兄上、あそこに何かあります」
ラウラが指さした方向にあったのは、バンを改造したクレープ屋であった。
時間的なせいだろうか、局所的に女子の集まりが二、三箇所に出来ている。
「そういえば、ここの公園のクレープ屋さんでミックスベリーを食べると幸せになれるんだって」
シャルロットがふと、休憩時間中に聞いた話を思い出した。
「何だそれは? クレープを食べて何故、幸せになれるのだ?」
「おまじない……つまり、ジンクスだよ」
「ジンクスか。なるほど、戦闘機に乗る時、恋人の写真をコクピットに張ると撃墜されるというのと同じだな」
「ラウラ、それは死亡フラグっていうんだよ」
「む、違ったか」
「はぁ……とにかく、ちょっと行ってみよう。ね、春斗?」
シャルロットは一夏の腕を掴んで引っ張る。
「……やれやれ、パフェには劣るけど……仕方ないか」
と、春斗は肩をすくめた。
「―― と、その前に二人共」
「何?」
「何ですか?」
「服、着替えてきなさい」
「「――あ」」
私服に着替えた二人と共に、クレープ屋の前に行く。店の店主だろう、無精髭にバンダナを巻いた、見た目二十代後半の男性が、屈託のない笑顔を向けた。
「はい、いらっしゃい」
「えっと……クレープ三つ、ミックスベリーで」
シャルロットは早速、噂のメニューを注文する。が、それを聞いた店主は苦笑して頭を下げた。
「いやぁ、ミックスベリーは終わっちゃったんだ。ごめんね」
「えっ……そうなんですか? はぁ、残念。それじゃ、何にしようか、春斗……春斗?」
振り返ったシャルロットがいぶかしんだ視線を向ける。というのも、何故か春斗は、周りの女子の事を―― 正確に言えば、その手にある物を見ていたのだ。
「春斗、どうかしたの?」
「ん……いや、ちょっとね。先に二人、注文してて」
「そう……じゃあ、ラウラは何にする?」
シャルロットは首をかしげながら、バンの中を覗くラウラに向く。
「……『ぶどう』と『イチゴ』だ」
指を二つ立てて、注文。更にお金もポン、とコイントレーに置いた。
「シャルロットはどっちにする?」
「えっ……じゃあ、イチゴ」
さっさと話を進めていくラウラの問いに、何とか答える。
「義兄上は何にしますか?」
「そうだね……じゃあ、『木苺ソースとバナナ』にしよう」
「店主。もう一つ追加で頼む」
「はい、少々お待ち下さいね~」
店主は早速、クレープを作り始めた。手際良く動く店主の手に三人が感心していると、あっという間に一つ出来上がった。
ついで二つ、三つとクレープは全員の手に渡った。
店から少し離れたベンチに腰掛け、三人は出来立てのクレープを頬張る。
「うん、これは美味いな」
「ふむ。クレープは初めて口にしたが、なかなか……」
「おいしー。やっぱり、クレープは出来たてが柔らかくていいなぁ」
と、三者三様の感想を口にする。特にシャルロットは噂のミックスベリーを食べられなかったことに最初は沈んでいたが、いちごクレープもなかなかに美味で、すぐに笑顔をほころばせた。
「む、シャル」
「え?」
ラウラに声を掛けられ、振り向いた瞬間、生暖かく柔らかなものが彼女の口元を拭った。
それがラウラの舌だと分かった瞬間、シャルロットの顔は一気に真っ赤となった。
「な、なぁ……ぁあ!?」
「ソースが付いていた。零れたら服が汚れるからな」
ラウラのその言葉に、全く他意がない事は分かる。分かるがしかし、それとこれとは全く違う訳であり、シャルロットはギギギ、と錆びたブリキのように首を回す。
春斗はあさっての方を向いていた。
「あ~、僕は何も見ていないよ?」
「ふぅぅ……っ! ラウラっ!!」
グルンと首を返してラウラに迫る。
「何だ?」
「何だじゃないよ! ななななんで……し、舌で……!?」
「両手は塞がっている」
片手はクレープ。片手は荷物の紙袋を持っていた。持っていないと倒れてしまうので、支えているのだ。
「それなら言ってくれれば……!」
「それでは間に合わんと判断した。さっきから何を興奮しているのだ?」
ラウラは意味が分からないと首を傾げる。
「おっと」
「っ……!」
ラウラは自分の手に落ちたソースをペロリと舐めるた。それはまるで、毛づくろいする猫のようであった。その仕草に、シャルロットはまた真っ赤になってしまう。
「もう、ラウラってば自分の容姿とか行動とか全然、意識してないんだから……」
「まぁ、そこがラウラちゃんの魅力と言えなくもないけどね」
そう言いつつ、春斗も苦笑いを浮かべていた。
「そう怒るな。ほら、私のを一口やる」
ラウラはずい、とシャルロットの前に自分のクレープを差し出した。ぶどうの甘酸っぱい香りが鼻腔を突いた。
「じゃあ、一口………ん、これも美味しい。あ、僕のも食べる?」
「うむ………ん、これもなかなかだな。そういえば、さっきのクレープ屋だが……ミックスベリーはメニューには無かったぞ」
「え……?」
「厨房を覗いた時、それらしいソースもなかった」
「そうなの? でもよく見てたね」
「当然だ。もしもあれがテロリストの偽装で、あの距離でグレネードが爆発してみろ。ISを急展開しても命に関わる」
「……あ、そういう視点なんだ」
もしかしたら噂を気にしての行動かと、一瞬でも感心した自分を、シャルロットはちょっとだけ後悔した。
「でも、だったら聞いた噂はなんだったんだろう?」
噂のクレープの話は間違いなくここだ。なのに、件ミックスベリーは無いという。それはどういう意味なのか。
「何を言っている。ミックスベリーは食べられただろう?」
「え? どういう事?」
「私達が持っているものは何だ?」
「イチゴとぶどうのクレープでしょ?」
「では、義兄上の持っているのは?」
「え? 木苺とバナナ……?」
「まだ分からないのか?」
ラウラは呆れ気味に肩をすくめる。春斗は何が可笑しいのか、口元を愉快そうに緩めていた。
ぶどうとイチゴと木苺。シャルロットはその言葉を数度反芻する。
「――あっ! ブルーベリーとストロベリーとラズベリー!!」
「そういう事だ」
「って、ぶどうはブルーベリーじゃないよ!?」
「似たようなものだろう? それに、あの場で言ったらすぐに気付いてしまって、面白くないからな」
「あそこで気付いてなかったのは、シャルだけだよ?」
「うぅ……」
そういえば、注文をした時、店主が含み笑いを見せたような気がした。
つまり、店主は二人の注文の意味を理解していたということだ。
「でも、どうして春斗は分かったの?」
「メニューに無いのはすぐに分かったよ。で、周りでクレープを食べてた子達が皆、ベリー系のを食べていたからね。それでピンと来たんだ」
「それで他の子の事を見てたんだ……うぅ、結局、気付かなかったのは僕だけかぁ」
しゅんとするシャルロット。つまり、『食べると幸せになれる、何時も売り切れのミックスベリー』とは――。
「はい」
「っ……!?」
シャルロットの前に差し出された木苺のクレープ。
「黙ってたお詫びに一口どうぞ、お嬢様?」
「っ~~~~!?」
優しく微笑むその顔に、さっきとは違う意味で心臓が跳ね上がる。
バクバクと煩い心臓の音に急かされ、シャルロットは口を開けた。
パクリと、口にクレープを含む。
「……どう? 美味しい?」
「………」
言葉が出せない。うつむいたまま、コクコクと何度も頷く。
だが、味など全然わからない。唯一つ、間接キスしてしまった事実だけが彼女の思考を支配し、脳内のミニシャルは全員参加のサンバカーニバルだ。
「じゃあ、僕も一口もらおうかな」
「では義兄上、私のをどうぞ」
「っ!? ダメっ!!」
ラウラの言葉に、思考を取り戻す。差し出されようとしていたラウラの手をガシりと掴む。
「ラウラ、春斗のクレープは僕が食べちゃったんだから、僕が上げるのが道理ってものだよね?」
「いや、落ち着け」
「道理だよね?」
「分かった! 分かったから離れろ! 近い! そして鼻息が荒い!!」
有無を言わせぬ迫力のシャルロットに、ラウラが悲鳴に近い声を上げた。
シャルロットはしっかりとラウラに理解を得たところで、クルッと春斗に振り返った。
「は、はい……あーん」
手が震え、顔が紅潮し、笑顔が引き攣っているのが自分でも分かった。だが、どうしようもない。
「ふふっ……じゃあ、頂きます」
そんなシャルロットに春斗は笑いを堪えながら、クレープを齧った。
「……うん、美味しい。幸せのミックスベリーか……幸運があると良いな。折角だし、一夏も食べてみたら?」
「っ……!?」
春斗の言葉に、今度はラウラが反応した。
「―― そうだな。流石にシャルロットから二度も貰うのは気が引けるからな。ラウラ、くれるか?」
「う、うむ! さぁ、存分に食すが良い!!」
ラウラは赤くなりながら、自分のクレープを差し出す。
「そんじゃ……いただきまーす。……うん、これはなかなか美味いな」
「そ、そうか! そうだろう! で、では私にも嫁のクレープをくれ!!」
「いや、俺のというか……まぁ、いいか。好きなだけ食って良いぞ」
『ちょっと待って!? 好きなだけはダメーっ!』
内心で止める間もなく、パクンとクレープを食べてしまった。
『うわぁ! 一気に三分の一がラウラちゃんの口の中にぃ!?』
春斗の絶叫は、黄昏に木霊したりしなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
IS学園に帰ってくると、早速それぞれの荷物を部屋に運び入れる。
「そういえば、春斗は何を買ったの?」
「えっと、IS系のパーツをね……流石に学園の物を勝手に使う訳にも行かないし」
「……それ、一般に出回ってないよね?」
「さて、何のことかな~? じゃあ、僕は部屋で作業しているから。また後でね」
何故かスキップしながら自室に戻った春斗。その背中に何か一抹の不安を覚えたシャルロットであった。
で、今は二人揃って自室にいる訳だが――。
「何故、私まで着ぐるみを?」
「え~。いいじゃない、凄く似合ってるよ~」
「そして何故、私を抱く? いい加減離れろ」
「え~。いいじゃない、減るもんじゃないんだし~」
以前買った(買われた)黒猫着ぐるみパジャマを着た(着せられた)ラウラは、白猫着ぐるみパジャマを着たシャルロットに、文字通りに猫可愛がりされていた。
「それにしても、今日は色々大変だったね~」
「うむ。義兄上と嫁にメイド服を褒めてもらえたのは僥倖だった」
「……その後の強盗事件は無かった事にしてるんだね」
ともあれ、シャルロットも春斗と一緒にクレープを食べたりできたので、充実した一日だったといえよう。
コンコン。ドアがノックされる。時計に視線をやれば、8時前だ。
こんな時間に誰だろうか。
「は~い、今出まーす」
応対に出たシャルロットは鍵を外して、ドアを開けた。
そして、そこに立っていた人物に――凍りついた
「デュノア、ボーデヴィッヒ。夜分にすまないな」
「お、織斑先生……?」
「きょ、教官……?」
そこに立っていたのは織斑千冬であった。しかも、絶対零度とでも言えばいいのか、凄まじく冷たい瞳をしている。
ラウラが『ドイツの冷氷』ならば、こちらは『水瓶座の黄金聖闘士』だ。
「な、何の御用でしょうか……?」
シャルロットが、カラカラな喉から精一杯に声を絞り出す。
「いやな。今日、町で強盗事件があったそうでな……」
「へ、へぇ~。そうですかぁ~」
「その強盗犯を叩きのめしたのが、メイドと執事の二人組なのだそうだ」
「そ、そうですか……」
二匹の子猫は今すぐにでも、ここから逃げたい衝動にかられる。目の前にいるのは、絶対の捕食者だ。
「一人は金髪碧眼の男装執事で、もう一人は銀髪眼帯メイドらしい。後者は何と、AICを搭載した専用機持ちだったそうだ。それで――」
ゴキリ。と、千冬の指が不吉な音を鳴らした。
「―― 何か弁明があるなら……今の内だぞ?」
「「にゃ……にゃぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?!?」」
こうして、長い長い二人の一日は延長戦を迎えるのであった。