IS〔ツイン・ソウルズ〕   作:犬吉

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第54話  夏祭りは恋の戦い?

 

お盆の週末。箒は部屋で着替えをバッグに詰めていた。明日から泊まりがけで出る用事が彼女にはあった。

既に外泊願いは出してあり、許可も降りている。後は明日、出掛けるだけだ。

「あれ、箒何してんの?」

と、ヘッドホンを外して声をかけてきたのは、1025号室の同居人である織羽である。

「前に話しただろう? 明日は泊まりで出ると……忘れたのか?」

「あ~、うん………ん?」

首を傾げて唸る織羽に、箒は「はぁ」と呆れる。

 

「ところで、何を見ているんだ?」

箒は織羽のノートPCを覗いた。ディスプレイには黒髪の若い男と、ヘッドドレスのような物を付けた、赤髪の若い女が映っている。

「これは何だ?」

「最近、口コミで話題のゲームよ」

織羽はヘッドホンを箒の耳につけてやる。そしてどんどんクリックしていく。

「ゲーム?」

「そっ。タイトルは――『聖剣のブ◯ックスター』」

 

 

『あ……ぁああああんっ!?』

 

 

「っ―――!?!?」

突然、女の嬌声が箒の鼓膜を叩いた。画面も、女が男に衣服を脱がされ、背後から胸を揉みしだかれたものに変わっている。

 

聖剣の◯ラックスター。所謂、エロゲーである。

 

尚、織羽的には「エロゲーはエロくてなんぼだろう」という見解を示しており、このゲームに関しては「いまいち」という評価をしている。

 

 

「あ……あ……あぁ………っ!?」

箒は思考停止に陥っていた。しかしその目は画面に釘付けだ。

そうこうしている間にも、男のアレがナニで、女がソレを何やかんやし始める。

まさか折って、たたんで、裏返すなど、箒の頭では理解出来ない。ありえない。

 

「にゃ……にゃぁあああああああああああああああああああああああああっ!?!?」

結果。箒様、ご乱心でございます。

 

 

そんな箒を放棄して、織羽はTVをつける。そろそろ、ドラマの時間なのだ。

 

『――次回の浅間様が射てるは、〈逆襲、絶壁連合!〉 〈怪奇、裸餃子男!?〉〈立花夫、浮気騒動!? 三征西班牙(トレスエスパニア)滅亡の危機! パエリアは別れの挨拶? 生徒が見た黒髪の女性の正体は!? M.H.R.R(神聖ローマ帝国)―K.P.A.Italia―六護式仏蘭西(エグザゴン・フランセーズ)を結ぶ、R―元服の謎を追え!!〉の三本です。この次もズドンと、オーバーキル♪』

 

丁度、何時も見ているバラエティの前番組であるアニメの予告が終わったところだった。

「……これ、本気でどういうアニメなのかしら?」

これの前番組の《魔法少女ファンタズムーン》とかいう魔法少女物といい、この局はなんともカオスであった。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

翌日。

篠ノ之神社では、夜に行われるお祭りに出る屋台の準備が進められていた。

 

篠ノ之神社の盆祭りは、元々は神道よりも土地神信仰の意味合いがあった。

それ故に、神楽舞は年初めの祭りだけでなく、死者の霊魂と神に捧げる意味合いを込めて、盆にも舞われる。

 

そこには元は古武術であった篠ノ之流が剣術へと変化した理由もあるのだが、それに関わる文献は過去の戦火よって焼失し、そういった話だけが受け継がれている。

 

 

そんな家に生まれた箒は、必然的に篠ノ之流の事柄を学ぶことになった。

 

 

「……ここは変わらないな」

そう独りごちる箒がいるのは、剣道場。

今は現役を引退した警察官の人が、ここで先生を務めていると話を聞いていた。

門下を示す木の名札は、箒の記憶の中とは比べものにならない程の数があった。

 

「私の頃は、三つしかなかったのだがな……」

その三つというのは千冬、箒、一夏の事だ。一時期は其処に春斗の名もあったのだが、それは僅かに一週間程で消えてしまった。

春斗は道場を辞めたと言うよりも、弓道に移ったという方が正しいのだが。

 

今、この道場では特に『礼』に重点を置いて指導している。

 

『礼に始まり礼に終わる』

 

武を以って道を示す。故に武道。

道場と道具に敬意と誠意を持って、しっかりと手入れをしている。そんな様子を、この道場からも具に感じ取れた。

「あら、ここにいたの」

「っ……雪子叔母さん」

声を掛けてきたのは四十代後半の、歳相応の落ち着いた雰囲気を持った女性。箒の叔母に当たる。

「すみません。懐かしくて、つい……」

「謝ることないわよ。元々は住んでいた所なんだし」

そう言って、雪子は優しく笑う。箒はその微笑みに、彼女に怒られたり、叱られたりした事がないことを思い出した。

 

「でも良かったの? 夏祭りの手伝いなんかして」

「えぇ、もちろん。もしかしてご迷惑でしたか?」

「そんな事ないわよ。お手伝い大歓迎だわ。でも、せっかくのお祭りなのに、誰か一緒に行きたい男の子とか居ないの?」

「居ないわけではないですが……せっかく、こうして帰ってこれましたし……それに、神楽舞を楽しみにしてくれているようですから……」

「あらあら。それはごちそうさま」

若干、顔を赤らめる箒に雪子はクスクスと笑う。

「神楽舞は六時からだから、その前にお風呂に入っちゃいなさい」

「はい」

ここでいう風呂とは、禊に当たる。

普通は井戸などの冷水を使うものだが、篠ノ之神社は『続けさせるために緩くする』という、良く言えば先人の知恵。悪く言えば厳格さを取り除いた緩さが特徴であったりする。

 

 

 

風呂場へと向かった箒の背を見送り、雪子はふと呟いた。

「それにしても……箒ちゃん、ずいぶんと変わったわね」

記憶の中の箒は、幼いことを差し引いても何処か不器用で、自分を表現することが苦手で、それ故に誰かを傷つけてしまう。そんな子であった。

 

だが今の箒は、そういった部分が消え、自分の心を素直に口に出来る強さを持っているように見えた。

「IS学園で、いい友達が出来たのかしらね?」

世の中には、自分の人生を変える出会いというものが必ずある。

だが、そういったものに気付ける者は稀である。

きっと、箒はそういう出会いをしたのだと、雪子はまた顔をほころばせた。

 

 

 

 

服を脱ぎ、箒は風呂場へと足を踏み入れる。

箒が幼い頃に改築したそこは、多少の汚れは見えるものの、ほぼ彼女の記憶のままであった。

しっかりとかけ湯をして、箒は湯船に身体を沈める。彼女好みの少し熱めの湯はじんわりと、その熱を肌の奥へと伝えていく。

 

やはり風呂はいい。四人程が入っても余りある大きな湯船に身体を預け、箒は嘆息する。

昇っていく湯気をぼんやりと見つめながら、昔を思い出す。

 

あの頃は本当に楽しかった。

一夏の背を見ながら、春斗に背を押され、そうして自分が足を踏み出す日々。

世話焼きな幼馴染二人と、いつも一緒で。とても眩しい時間であった。

そんな時間が突如として終わり、そして今、再びその続きを刻み始めている。

 

とぷん。と、水飛沫が跳ね、箒は湯船の底に沈む。

 

6年。二人と離れ離れになってから、箒は各地を転々としていた。

辛い日々だった。孤独ばかりが募る時間だった。それを作ったのはISで、自分の姉だった。

 

だが、今の自分の腕にある物――大切な人の背を守る力もまた、姉が与えてくれたものだ。

 

(IS……か。これは一体、何なのだろう?)

 

春斗は言った。これは宇宙を飛ぶ為の翼だと。

姉は言った。世界最強の兵器だと。

 

だがしかし、その実、このISという存在の事を真に知る人間はいるのだろうか。

 

製作者の篠ノ之束は全てを知っているといえるかも知れないが、しかし、コアシェアリングの無制限指定によるネットワーク構築の道筋など、把握しきれていないこともあるらしい。

 

自らを『完璧にして十全』と自負し、製作する物もまた、十全にして完璧でなければならないとする姉が何故、そんな物を作ったのか。

そう。箒の目から見ても、ISは『十全ではなく、そして不完璧』なのだ。

だが、あの姉がそれをそのまま放置しているとは思えない。

 

(……つまり、ISは今の形で完璧(・・・・・・・・・)という事なのか?)

 

十全にあらず、不完璧でありながら、それを是とするその真意とは何か。

 

「――ぷはぁっ!」

勢い良く湯から顔を出し、息を吐き出す。

「何を考えているんだ、私は……」

自分の頭で考えて分かるなら、今頃は何処かの国でコアの解析が完了して量産さえしているだろう。

 

「今日は巫女としての務めもある。実りのない思考など、している余裕はないのだ」

今までの事を無駄な思考だと切り捨て、箒はバシャリと顔に湯を浴びせた。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

日が傾き、夕焼け差す町並み。買える人の流れに逆らい、歩く人影があった。

「そういえば、この辺に来るのも久しぶりだな」

『鈴ちゃんが中国に戻って以来かな……?』

箒達が実家である神社から出た後も当然、そこの管理や祭事などは行われていた。

箒が転校して以来、一夏らは祭りの日や初詣ぐらいでしか足を運ぶ事はなかった。

去年は受験生であったので、祭りには行っていない。つまり、まる一年ぶりの盆祭りなのだ。

 

『神楽舞は6時からだね。急ぐんだ、一夏!』

『まだ全然余裕あるよな!? ここまで来たら、どんなにのんびり歩いても15分前には着くぞ!?』

『ヴァカめ! ベストポジションの場所取りは、12世紀から始まっているのだ!』

『知るかっ! そして何処のウザイ聖剣(エクスカリバー)だ、お前は!!』

などと極々普段通りのやり取りをしつつ進んでいると、目的の篠ノ之神社が見えてきた。

石階段と境内を彩る提灯の火と、そこへと向かう人の流れが、一夏達を否応なく昂揚させる。

 

「しかし、鈴達も来れればよかったのになぁ~」

『確か、休暇とって来ている副隊長さんの用事に人手が要るとかで、ラウラちゃんに早朝から全員、連れていかれたからね』

ここでいう全員とは、何時もの面子から一夏&春斗、そして箒を除いた面々である。

「確かお台場だったっけ? こんな時期に何があるんだ?」

『……………さぁ?』

春斗は白を切った。そこで行われているイベントは、同系の催しでは間違いなく世界トップクラスだ。

尚、同じ場所に早朝から向かっている生徒や、この日に合わせて帰国している生徒がいる事も、春斗は把握していた。

全く以て、何の利益も齎さない情報である。

 

 

『さぁ、一夏。僕らは祭りに行こう。そしてほーちゃんの巫女姿を永久に記録して後世に語り継ごう!』

『語り継ぐな』

『一夏。過去を語り継ぐ事と、未来を創る事は同じなんだよ?』

『何処の蛇だ、お前は!?』

 

今頃は、魂さえ抜けてしまっているだろう面々を扠置いて、一夏達は祭りへと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

階段を上がり境内に出ると早速、屋台が目に飛び込んできた。

「おぉ、毎度ながら賑やかだな」

『綿飴、りんご飴、あんず飴、かき氷にチョコバナナ……一夏、クレープを食べよう!』

『甘い物オンリーのチョイスってどうなのよ!?』

『一夏だって焼きそば、たこ焼き、お好み焼きと、炭水化物満載チョイスだろう? 何時も健康健康言ってるくせに』

『………さ、適当に回って時間潰すか』

『逃げたな』

 

なんてやり取りをしつつ、二人は時間を潰す。

 

 

やがて時間になったので、神楽舞の舞台へと向かった。

 

 

 

 

境内の端、拓けた所に組まれた神楽台の周りに集まった多くの人を、揺らめく篝火の炎が照らしている。

「さて、何処にしようか……と、この木、まだあるのか」

一夏は神楽台正面に生えた、立派な木を見つけた。それなりの樹齢のそれは昔、幼い箒が神楽舞をした時に春斗と共に登って見物した、特等席だった。

『久しぶりに登ってみようか?』

「ん~……よし、登るか」

一夏は前に登った時を思い出しながら、幹に手を掛ける。グッと力を込めて、身体を四肢で持ち上げる。

「おぉ、まだ覚えてるな~」

わりかしスルスルと木登りでき、一夏は太い枝に腰を下ろした。背が伸びたせいか、木が成長したせいか、若干見下ろす感じだが、なかなかに見晴らしが良い。

 

早速、録画準備をする。やがて、神楽台の篝火の向こうに巫女が現れた。

 

金刺繍の施された純白の衣に朱の袴。金の飾りをその艶やかな黒髪や細い首に付け、腰帯には刀。左手には小さな鈴の付いた扇。

神楽舞の巫女――箒が、その手の扇をスッと持ち上げ、

 

 

――しゃん。

 

 

一音鳴らすと、篝火の薪以外がしんと静まる。

息をする音でさえ雑音になりそうな空気の中、箒は静かに舞いだした。

 

扇が開かれ、それを風に舞う木の葉の如く踊らせる。右足を踏み出し、緩やかに回る。

右の袖で顔を覆うようにして、左手を返す。左足を出して後、静かに回って、扇を黄昏の空に向けた。

右手が宝刀の柄に触れると、空気が変わった。

今までとは違う速い回りと共に、刀が一気に抜き放たれる。その瞬間、何かが斬られる幻影が見えた気がした。

 

「っ……」

一夏は息を呑んだ。そこにいるのは箒だ。だというのに、まるで今とは違う――そう、旧き時代より現れた姫巫女の如く感じたのだ。

 

箒は刀を扇に乗せ、緩やかに引く。そこから鋒を扇で持ち上げてから、それを下ろすようにしながら、回る。長い髪が羽衣のように流れ、長い振袖が翼のように揺れる。

篝火に照らされた刀身が橙に光り、刃を滑って鋒で散る。火の粉を扇と刀で斬って散らし、剣の巫女は更に舞った。

 

 

時間にすればおよそ10分程度。だが、その舞は人の時さえも斬ってしまえるものらしい。

 

巫女は扇を持つ手で鞘を腰帯から抜き、扇を添えるようにして全面に鞘を持つ。鋒を合わせ、ゆっくりと刃を納めていく。

 

――チン。

 

小さく、鍔鳴りする。右手を柄から鞘に移して腰の後へと、扇を前へと構える。

そしてゆっくりと、扇が閉じられていく。

 

――しゃん。

 

鈴が大きく鳴くと、巫女は両の腕を広げながら、腰を落として大きく緩やかに回った。

最後に左の扇の鈴を鳴らし、箒は舞を終えた。

 

 

 

 

 

 

「………はぁ、すごかったな」

『うん。すごく綺麗だった』

「……あ、録画ボタン押してない」

『!?』

 

これより後、数日に渡って一夏が悪夢にうなされた事は言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

神楽舞を終えた箒は、汗を拭き、巫女服に着替えてお守り販売所の手伝いに来ていた。

「お守り一つ」

「はい、こち………ら!?」

「よう」

と、顔を見せたのは一夏であった。

「一夏、来ていたのか!?」

「お前が誘ったんだろうが」

「いや、そうではなくてだな……何時、来たのだ?」

「6時前だ。あ、神楽舞見たぞ。凄く様になってて……なんていうか、綺麗だった」

「っ――!? そ、そうか……あ、ありがとう」

顔を真赤にしながら、箒は礼を言う。褒めてくれたこともそうだが、来てくれたこともそうだ。

「春斗は何と?」

「あ~……えと、ちょっと悲劇があってな……軽く凹んでる」

「……悲劇?」

「まぁ、気にするな! すぐに復活するさ! あ、春斗も凄く良かったって言ってたぞ」

「そ、そうか」

何か無理やり話を逸らされた気がするが、追求をするべきではない気がしたので、箒はそのまま流すことにした。

 

「あら、箒ちゃんのお友達?」

「雪子叔母さん。えぇ、まぁ……」

後から顔を覗かせた雪子に歯切れ悪く箒が答えると、何故かその瞳がキランと光ったような気がした。

「はいはい。ちょお~っと、待っててね。さ、箒ちゃん。こっちこっち」

「え? えぇ!? ちょっと待って、叔母さん!?」

雪子はいきなり箒を引っ張り立たせると、その背を押して行く。

「ちょ、箒?」

「はいはい。男の子は待つのも役目よ」

「は、はぁ……」

雪子の柔和な、しかし有無を言わせない妙な圧力に、それしか口にできない。

 

『……いやぁ、ほーちゃんの巫女装束、凄くいいなぁ』

『お、復活したか』

『あれで耳とか尻尾がついてたら即、野生に目覚める自信があるよ』

『そんな自信は捨てろ』

 

 

そんなこんなで、待つこと30分。身支度を整えた箒が戻ってきた。

 

「……待たせたな」

「お、おう……それじゃ、行くか」

戻ってきた箒は、浴衣姿になっていた。黒髪は綺麗に纏め上げられており、覗くうなじから、ほのかに石鹸の香りがする。

そんな箒が隣を歩くからか、一夏は妙な息苦しさを覚える。だが、それは不快ではない。

それはそれとして、一夏は境内の人ごみにはぐれないようにと、箒の手を握る。

「っ……!? い、一夏……!?」

「あ~、なんだ。はぐれないようにな」

「う、うむ……」

『さて問題です。今、手を繋いでいるのはどっちでしょうか?』

「ぬ……一夏だ」

『残念。感覚共有でどっちもです』

 

 

スパンッ。

 

 

「いってぇ! 何で俺を叩くんだよ!?」

「うるさい。私は春斗を叩いたのだ。」

「痛いのは俺だけだぞ!?」

『いや、僕も痛いよ……心がね(キリッ)』

「くっ……すっげぇムカつく」

 

なんて事をやりつつ、屋台をめぐる一夏達。一通り見回して、一夏は一つの屋台に目を止めた。

「お、金魚すくいか。箒、苦手だったよな、確か」

「何時の話をしている。今の私を子供の頃と同じと思うな?」

「ほう。それじゃ、久しぶりに勝負するか?」

「いいだろう。負けた方が焼きそばを奢る事。行くぞ!」

ノシノシと擬音が付きそうな足取りで二人は屋台前に行き、それぞれに500円玉を店のオヤジに突き出した。

 

「「金魚すくい、一回!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

金魚すくいとは『掬い』ではなく、本来は『救い』。

金魚を救う事で、功徳を得るという意味合いが、何時しか掬うに変わったのだ。

(昔は亀すくいというものもあった)

さて、金魚すくいには幾つかのコツがある。一つは我慢強く、金魚の動きを見ること。

二つ目は、金魚の頭からポイ(掬う道具)を向かわせないこと。三つ目はポイを入れる角度を、出来るだけ水面に対して平行に、そして静かに入れること。

さて、何故に箒は金魚すくいが苦手であったのか。

 

それは彼女の性格ゆえであった。

 

箒は決して短気ではない。そんな事ないだろうと言われても、そうなのだ。

だが、問題は勝負事への闘争心が溢れる気質であることであった。

 

勝負に勝とうとする余り、水中の金魚にあっさりと逃げられ、それを必死に追いかけ、いつの間にかポイが破れている。

で、次に手を出すが、前回のミスを取り返そうとやっきになる内、また敗れる。

 

以下エンドレス。まさしくドツボである。

 

 

だが、そんな弱点は過去の話………そう、過去の話だった。

しかし、生来の気質が早々変わるわけもない。

 

 

 

 

 

「いやぁ、悪いなぁ、箒」

「くそっ……あの金魚さえ!」

勝負は3対3の互角であった。

箒は勝負を決する4匹目を捉えた。しかし、箒は熱が入る余り、取った金魚を入れる椀を傾けてしまったのだ。

「あ」と声を上げたが遅い。赤い捕獲者は箒の手を逃れ、限定的な自由の海にダイブ。

それに意識を取られた瞬間、箒のポイをプールの首魁たるデメ金が貫いたのだ。

 

こうして、3対2で一夏の勝ちとなった。敗北の代償は、箒の財布から-400円。

 

「あの金魚め……真剣勝負に水を差すとは……!」

「……き」

「『金魚だけにな、とか言うなよ?』」

「……気にするな」

二人に機先を制され、一夏は何とかごまかした。流石に先読みされたダジャレなど言えたものではない。

「あ~、ほら。焼きそばやるから機嫌直せよ、な?」

「っ……」

一夏はごまかしついでと、割り箸でソースの絡んだ麺を持ち上げ、箒の口元に持っていく。

(こ、これは間接キス&はい、あーんのコンボだと……っ!?)

一夏の性格を考えれば、無意識の事だと分かる。だが、それに気付いてしまった箒の心臓はドキドキと鼓動する。

「あ、あーん………んぐっ」

箒が焼きそばを口に含む。屋上でも唐揚げでこれをやられたが、あの時とはまた違うドキドキだ。

何せあの時は、一夏に告白をしてさえいなかったのだから。

 

今は、どうなのだろうか。一夏の顔を少しばかり見る。が、その表情からはうかがい知れない。

普段は分かりやすい顔のくせに、こと色恋沙汰となると如何してこうも思考が読めないのか。

『ま、それが一夏ってヤツだよ』

『そしてお前は、私の思考を読むな!』

秘匿回線(シークレットチャンネル)に届く春斗の言葉に、つい声が荒げるのだった。

 

 

 

 

焼きそばを食べ終え、三人は屋台を巡る旅に出た。

たこ焼き、あんず飴、わた飴。わた飴を食べる時など、春斗が狙い澄まして箒と同時に口にしたものだから、互いの吐息が届く程の接近をしてしまい、思わずわた飴を引き千切ってしまった程だ。

 

さて、8時から始まる花火のせいか、人通りも激しくなってきた。

「………」

箒の目は一夏の手に釘付けだ。その視線はさっきのように手を繋ぎたという意志で、ランランとしている。

 

(人が増えてきたのだ。さっきも手を繋いでいたし、何も不自然なことはない……筈)

 

だが、そうは思っても自分からするのはなかなかに恥ずかしい。

しかし、だが、そんな思考を繰り返しながら、やがて箒は意を決して手を伸ばした。

 

 

「あ、一夏さん!」

 

「っ……!?」

背中から掛けられたその声に、箒は手を引っ込めた。振り返ると、何処かで見た覚えのあるような顔の少女。その後ろには、同じ年頃だろうか、見たことのない少女が数人。

果たして誰だったろうかと、箒は記憶を探る。

「おぉ、蘭か」

(蘭……? そうか、前にショッピングモールで会った、一夏の友人の妹)

一夏がその少女の名を口にして、箒は彼女の事を思い出した。

 

 

 

 

蘭がここに来たのは偶然だった。

今年受験生の、ましてやIS学園に入ろうという彼女にそんな時間はない。

だが、秋の学園祭の参考にと生徒会役員である後輩に誘われ、こうして浴衣を着込んでやって来たのだ。

そこで一夏と出会ったことは幸運だった。そこはいい。素晴らしいことだ。だが、しかしだ。

「………」

「………」

其処に、レゾナンスで出会った魔乳女までいようとは。しかも、見間違いでなければ手を繋ごうとしていた。

蘭の視線が自然と鋭くなる。それを受けて箒の瞳もキュッと細まった。

「………」

「………」

箒と蘭。二人の視線が交差し火花を散らしている――様な気がした。

 

 

『一夏。分かっているね』

『おう。大丈夫だ』

春斗の言葉を聞き、一夏は自信満々に返す。それが却って不安を煽るのは何故だろう。

 

「――蘭」

「は、はいっ」

「浴衣、よく似合ってるな」

「っ!? あ、ありがとうございます……!」

 

『どうだ。完璧だろ?』

『そうだね……色んな意味で流石だよ、一夏』

褒められた嬉しさに頬を染める蘭を見つつ、春斗は存在しない頭が痛むのを感じた。

「あー、会長が照れてる。珍しい~!」

「なるほど~。会長が他校の男子にも、学園の女子にもなびかない理由は、これだったんだ~」

「しかし、ライバルのポテンシャルは正に《キョウイ》!」

「くぅっ、連邦のモ◯ルスーツはバケモノか!?」

「会長ファイト! 兵器の性能が決定的な戦力の差ではないですから!!」

「あ……あなた達ねぇ!!」

「きゃー、会長が怒った~!」

「我々は撤退します! 会長、ご武運を!!」

「アデュー、会長!」

生徒会メンバーは、それぞれの言葉を残して散り散りに逃げていった。

 

「こ、こら~っ!!」

蘭が叫ぶも、既に後輩たちは人混みの向こうに消えてしまった。

 

止めようとしたのか、伸ばした手はただ力なく落ちるだけだった。

 

「学校の友達?」

「え、えっと……生徒会のメンバーなんです。今日は学園祭の参考にと来たんですが……あ、悪い子達じゃないんですよ? ただちょっとおふざけが過ぎるっていうか……そんな感じで」

「あぁ、そういうの分かるぞ。同性の友達ってそんなもんだよなぁ」

一夏も中学の頃につるんでいたメンバーを思い出して、ウンウンと頷いた。

『比較対象があの面子な辺り、間違えているよね』

春斗は色んな意味で特殊な面子だった事を思い出して、溜息を吐いた。

 

 

「ところで、蘭はどうするんだ? もう帰るのか?」

「えっ……? えっと……どうしよう?」

一夏に問われ、蘭は困った。本心を言えば一夏と一緒にいたい。だが、それは難しいだろう。これはどう見ても、デート中にしか見えない。

「良かったら、一緒に回るか?」

「え……?」

「ん? 嫌か?」

「いいえ! 全然そんな事はありません!! ご一緒します!!」

 

「なっ……!」

この発言に驚いたのは箒だ。

一夏にしてみれば気を使っての事だろうが、箒にしてみれば、近年稀に見る朴念仁ぶりである。

『一夏……このバカ』

春斗もまた、よりにもよって何故それを言うのかと、頭を抱えた。

 

蘭の好意を知らないわけではないが、しかしそれとこれとは話が違う。

そもそも、普通に女子と一緒にて、他の女子を誘うとか常識的にないだろう。

 

尤も、一夏が箒か蘭を、もしくは二人共を異性として意識していないなら、理解できるが。でも、納得はしない。

 

 

 

「そういう事ですから、よろしくお願いしますね………篠ノ之先輩?」

「あ、あぁ……」

表面上は笑顔を見せるが、しかし春斗には抜き身の刃を構え合う剣闘士の様に見えた。

 

(篠ノ之箒……一夏さんのファースト幼馴染。やっぱり綺麗な人だな、しかも何あの胸は! 嫌がらせかなにかなの? 普通、和装って巨乳は似合わない筈なのに、何でか似合ってるし……!)

 

(五反田蘭か。やはり一夏に好意を抱いているな……というか、何が友達の妹だ! 朴念仁にもほどがあろう! ……いや、敏感になられてもそれはそれで……困るが)

 

 

「うんうん。やっぱり祭りは賑やかなのが良いよな」

『一夏。無敵みたいに花火で打ち上げられちゃえばいいのに』

『何で!?』

 

 

 

ということで、まだまだ祭りの夜は続く。

 

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