夏。
誰が言い始めたことか。それは恋の季節である。
夏祭り。
それは出逢いを呼ぶ神秘の一大イベント。そこに花火も加われば、その効果はPriceless。
そしてここに、一つの恋を巡る熾烈なる戦いの幕は上がった。
――ざわっ。
夜店の並ぶ境内に緩やかに流れる人の群れ。それがまるで、モーゼの十戒の如く割れた。
その中心地は三人連れ。頭一つ高い背の男を二人の美少女が挟む。
一人は淡青に水面と金魚の入った浴衣姿の黒髪。年不相応に成熟したボディラインが、隠しきれずに溢れている。
もう一人は、あどけなさを残す赤髪の少女。整った容姿に可愛さを加え、淡い紫色に花の散らされた浴衣がマッチしている。
さて、タイプの極端に違う二人に両脇を押さえられ、更には腕も組まされている中心の男は、まさに心中穏やかならざると言った表情であった。
組まれた腕は地味に引っ張られるので歩き難い上に痛い。突き刺さる視線は怨嗟の色濃くとても痛い。
『な、何故こうなった……!?』
『聞きたいかい? 数分前の自分を呪うと良いよ』
『意味が分からねぇ~っ!』
どう振り返っても自分の何が悪かったのか、一夏には理解出来ない。
だが、二人もそんな事は知ったことではないと、火花を散らせる。そしてそれと共に周りの反応も加速する。
*ここからしばらく、台詞のみでお楽しみください。
「はい一夏さん。たこ焼きです」
「おう」
「一夏、いか焼きだ」
「おう」
「一夏さん、焼きそばです」
「一夏、お好み焼きだ」
「お、おう……」
「何だあいつ。なんであんなモテモテなんだよ! こっちは彼女がマジで欲しいのに、腹ペコシスターとビリビリ相手に毎日振り回されてるってのに……くそう、マジ羨ましい!」
「誰だか知らんが、お前だけには絶対に言われたくない! 絶対にだ!!」
「チキンステーキですっ!」
「鮎の塩焼きだっ!」
「何ですかアレ。ハーレムとかマジ舐めてるとしか思えないんですけど。ここは一つ、練習がてらに必殺の〈一夫多妻去勢拳〉の餌食に……!」
「言葉の意味は分からないですが、それは別の人にやってください!!」
「ならば見るがいい! これがシャイニングフィンガーというものだ!!」
「
「あんず飴です!!」
「わた飴だ!!」
「りんご飴です!!」
「かき氷だ!!」
「チョコバナナです!!」
「ラムネだ!」
「スーパーボールですッ!!」
「お面だッ!!」
「水風船ですっ!!」
「ロードローラーだっ!!」
「誰だあんた!?」
と、世界観的にかなり無茶苦茶な闖入者がいたりしたようだが、それはそれとして二人の戦いはまさしく一進一退。
「うぷっ……腹が……リミットダウンしそうだ」
と云うか、一方的に一夏が負け続けているような気がするのは、間違いではない。
何せ二人が出す物出す物、全て口に詰め込まれれば、もう一夏の胃にスペースなど無い。
というか、食べ物以外も口に押し込まれたので、真剣に勘弁して欲しい。
未だ火花を散らし続ける二人を尻目に、一夏は適当な場所に腰を下ろした。
「春斗ぉ……胃薬ってあったっけ?」
『家に帰ればあると思うよ。使用期限内かどうかは知らないけど』
一夏は薬箱の中身を思い出しながら、未だ睨み合う二人に視線を送った。
「何なんですか、さっきから! 一夏さんが参ってるじゃないですか!」
「そっちこそ何だ。焼きそばもわた飴もりんご飴ももう食ったというのに!」
「そんなの知りませんよ! ていうかわた飴はそっちですよね!?」
「さて、あと回ってないのは………射的か?」
『む、射的とな? 的当て屋は無いでござるか?』
『いつの時代の人間だ、お前は』
『弓なら、那須与一にだって勝つ自信があるよ?』
『江戸じゃなくて平安かよ』
下手したらこいつ、弓騎士としてどっかに召喚されんじゃね? とか思いながら、一夏は小さい頃はよく遊んだスーパーボールを手で弄ぶ。
「そういえば、蘭は昔も祭りに来てたのか?」
「え? えっとそうですね……友達とかと来るのは本当に最近で。小さい頃はお父さんが『女の子だけで行くのは危ないから』って、お兄と一緒でしたね」
「なるほど、弾とか」
一夏は初めて蘭と出会った時の事を思い出した。
あの時も弾が「妹も連れていきたいんだけど良いか?」と、聞いてきたのだ。
一夏が快く了解して、当日に連れてきたのが、蘭との初めての出会いであった。
(あの時、お兄と一緒だったから……一夏さんと出逢えたんだよね)
(そういえば、あの時……『いいか。俺の妹にいつもの調子で接するなよ?』とか言われたけど……何だったんだ?)
(彼も馬鹿な事を言ったものだ。一夏にそんな事を言えば、彼の心配する方向に向かって爆走するに決まっているのに。まぁ、一夏素人の陥りそうなミスだよね)
蘭は今も続く初恋の始まりに頬を染め、一夏は今更ながら、弾の言葉の意味が分からないと首を傾げ、春斗は永遠に変えられない過去に只々、憐憫の情を持つのだった。
「大丈夫か、一夏?」
「まぁ、なんとかな。ですからもう食べ物は勘弁して下さい」
「う、うむ……腹が落ち着くまで、少し歩くか」
「そうだな。このまま座ってると、逆に立てなくなりそうだ」
ばつが悪そうに箒が言うと、一夏は重い腰を上げた。
「それじゃ、行くか」
三人は並んで、再び縁日を回ることになった。
――ドンッ。
メインイベントの打ち上げ花火が近いせいか、人の流れが段々と多くなる。
そんな中で、蘭が向かって歩いてきた人とぶつかってしまい、よろけてしまった。
「あ、ごめんなさい」
「い、いいえ……大丈夫です」
向こうが直ぐに頭を下げたので、蘭も手を振って大丈夫だと答えた。
「大丈夫か?」
「え……? あ、あぁ……っ!?」
掛けられた一夏の声に蘭は、今の自分の体勢に気付いた。よろめいた拍子に一夏に寄りかかってしまい、それを一夏が受け止めていたのだ。
つまり今、蘭は両肩を抱かれて、一夏の胸に顔を預けている状態なのだ。
気付いてしまえば、もう自制など利くわけがない。間近に見える一夏の顔。
触れる頬に伝わる熱と、聞こえる鼓動。そして男子特有の、しかし兄とは違う男の匂い。
それらが蘭の乙女回路を暴走させ、冷静な判断力を根こそぎ奪う。
「大丈夫か?」
一夏は反応がないのでもう一度、蘭に尋ねる。
「ひゃい! だ、だだだ大丈夫ででで……」
「大王?」
「は、はい! そうです!!」
『だめだな、これは』
春斗が言うまでもなく、ダメなのは蘭自身がよく分かっていた。
だが、しかしだ。この状況でどうしろというのだ。このままでは、蘭のシナプスは限界を迎えてしまう。
そうなる前に離れなければ。しかし、この状況は余りにも惜しい。
にっちもさっちも行かない状況に(勝手に)陥ってしまった蘭はただ、モガモガバタバタするだけであった。
「あ……あうあう……あああ……あれ!」
限界間近、苦し紛れに指差した一軒の夜店。
「ん? もしかして得意なのか?」
「は、ははは……ハイッ!」
それがどんな店なのかも確認せず、蘭は鼻息荒く答えた。今の彼女なら、真っ黒黒助さえ白饅頭と言ってしまうだろう。
「よし、それじゃやるか――射的」
「――え゛?」
一瞬で蘭は正気に返った。
射的。
銃身のレバーを引いて中の空気弁を圧縮。引き金を引くと、圧縮した空気が解放され、その圧力が銃身内の棒を押して先端に詰めたコルクを押し飛ばす。
飛ばしたコルクを的に当て、それを倒すか落とすかすれば景品ゲット。という、夜店定番の遊びの一つである。
なお、この銃はエンフィールド銃をモデルにしているという説がある。
さて、射的屋にやってきた三人。台の上には若干錆びのある銃が7丁。奥には三段になった景品札の乗った台がある。
「へい、らっしゃい」
「おじさん。三人分」
「お、両手に花とは羨ましいねぇ。よし、おまけは無しだ」
「いや、それおかしいでしょ」
「ははは。俺の好きなことは、自分がリア充とか思ってやがる奴にNOと言ってやることだ!」
「あんたは何処の漫画家だ!? ていうか、リア充って……」
ガタイのいい店のオヤジに、一夏は三人分の小銭を出す。
「お、連れの分も払うとは気前がいいねぇ。よし、やっぱりおまけは無しだ」
「いや、そこは『よし、おまけだ』とか言うところでしょ?」
「だが断る。ほい、三人分」
コルクが5×三人分出される。
「………」
蘭は銃を一つ取ると、真剣な面持ちでコルクを詰める。そして、銃を構えた。
「………」
その姿は宛ら、伝説の狙撃手かと思わせる程の気迫。箒は思わず息を呑んだ。
そして、名狙撃手五反田蘭の心中は――。
(え~~~ん! 私、射的とか本当はすっごく苦手なんですよ~~~~っ!!)
と、悲鳴を上げていた。
真剣に見えるのも、声を掛けられないほどの緊張感も、全部この内心を誤魔化すためだ。
しかし、それが却って彼女を追い込む。何故か、蘭の後ろにギャラリーが出来始めているのだ。
「おー、なんか本格的だな。頑張れ、蘭」
一夏はのん気にコルクを詰めながら蘭を応援している。
「はい」
蘭は短くそう返した。
(あぁあああああ! 違うんです! そうじゃないです~っ!!)
しかし、そんな内心の叫びとは裏腹に、時間が経てば立つほど期待値は増える。ギャラリーも増える。
(もう、ここはもう一気に撃ってしまって「実は得意じゃないです。だから教えてください、えへ」とか言う方向に持ち込む以外に生き残る方法がないような気がする!! もしかしたら手取り足取り教えてくれたりするかもしれないし! そうよ、そうだわ! だって一夏さんはIS学園でもすごい訓練成績だってテレビでやってたし!!)
テンパったセシリア並に思考がおかしな方向に行きだした蘭だったが、当の本人はそれに気付くことはない。
そうと決まれば早い。蘭は適当に引き金を引いた。
ぽんっ! コンッ。パタンッ。
「――エ?」
ランハ、カタマッタ。
適当に狙って撃ったコルクは、見事に命中した。しかも、鈍色をしたそれは、明らかに重そうな札であった。
「おぉ!? ま、まさかそれを倒すとは……絶対に倒れないようしてたのに」
「え?」
「ううん! と、とにかく特賞札、有機ELテレビ当たりだ~!」
「えぇっ!?」
「くそう、こっちは大赤字だぜ! だが仕方ねぇ、もってけ泥棒!!」
おぉー。
ギャラリーが湧いた。
「ビューティフォー」
そして、何処かから彼女の射撃を賞賛する声が聞こえた気がした。
もしかしたらそれは、
「凄いな、蘭! まさかテレビを当てちまうなんて!」
「え、えっと……ま、まぁこれぐらい当然ですよ! アハ、アハハハハ!」
蘭はもう、やけくそで笑った。こうなれば毒を皿ごといってやる気概であった。
でん。と、置かれたテレビはさすがに女子中学生一人が持って運ぶには重いわけで。
蘭は仕方なく、兄である弾に電話をした。
そして、箒はというと。
――ぽん。
「くっ……」
最後のコルクを、見事に外していた。
「あー、またハズレか。本当に下手だな、箒は」
「う、うるさい! 弓なら必中だ!!」
「あ、バカ!」
「っ……!?」
箒はとっさに口を塞いだ。だが、時既に遅し。
『――ふっ。まさか、僕の前で弓の必中を語ろうとはね。それは挑戦状と受け取ったよ!』
『違う! だから、出てくるなよ!』
春斗は弓の腕にプライドがある。自分の前で弓ならば必中と謳われては、出ない訳にはいかない。
とはいえ、流石に本当に出てはこないが。
「そ、それよりもお前は構えがダメなんだよ。ほら、もっと腕を真っ直ぐにして、視線と真っ直ぐになるようにして――」
一夏は自分の銃を渡して、箒の持ち方を直させた。色々細かくするので、箒を後ろから抱くような格好になってしまう。
「なっ、なななな……!?」
途端に箒の顔が赤くなる。衆人環視の中でこんな事をされればそれも当然だ。
(ち、近い! 顔が近い! 息が……耳にかかる……!)
思考回路はショート寸前。今すぐ離れたい。が、離脱は不可能だ。
これ以上この状態が続けば、箒はリミットダウンするだろう。
(だ、駄目だこれは……!)
ついに限界か、というところで、スッと一夏の体が離れた。
「――という風にやるんだ。どうだ、分かったか?」
「う、うむ……」
「そんじゃ、撃ってみろよ」
「う、うむぅ……」
助かったやら残念やら。なんとも形容しがたいモヤモヤのまま、箒はトリガーを引いた。
果たして飛んだコルクは、ポコンとペンギンの一頭身ぬいぐるみに命中した。
「いやぁ、嬢ちゃんもなかなかやるなぁ。今日は大損だな、はっはっは!」
ポトリと落ちたそれを店主の親父が拾い上げて、箒に渡した。
「は、はぁ……すみません」
「やったじゃないか、箒」
(本当は、隣のダルマがよかったのだが……)
チラリと、箒はペンギンの隣にあるダルマの置物を見た。
『一夏、ちょっとバトンタッチ』
『え? おま――!?』
「――さて、それじゃあ僕も良いところ見せないとね」
「ぶ――っ! お前……何で普通に出てきてるんだ!? ここには――!」
「大丈夫。まだ彼女は電話中だし。それに、これでも一夏のフリは得意なんだよ?」
今まで春斗は自分の正体を隠したまま、何度も外に出ている。勿論、一夏を知る人間との接触は極力避けていたが、それも完璧という筈もない。
なので必然的に、春斗は一夏のフリをするのが上手になった。
「さて、コルクは蘭ちゃんが4つで、僕のは2つか。……蘭、少し弾をもらって良いか?」
「……え? はい、どうぞ」
「それじゃ、早速」
春斗は蘭の4つと合わせて合計6発を、横一列にして並べる。
その内の一つを銃口に詰める。
「何をする気だ?」
「なーに、大した事じゃないよ。」
そう答えて、春斗は銃を指でクルクルと回した。
「ここにあるのは全て
春斗が銃口を、獲物に向けた。
「――その
まずは一発。コルクが飛んでダルマの額上の出っ張りに当たる。
カタン、と揺れるダルマ。
「な――っ!?」
箒が突然、驚きの声を上げた。春斗の銃には既にコルクの詰められ、銃口をダルマに向けていたからだ。
一体何が。そう思う間もなく二発目。それが当たった瞬間、ダルマが更に揺れた。
(ダルマの動きに合わせて撃ち込んだのか!?)
ダルマが後ろに動く瞬間を狙い、春斗のコルクが命中。更に大きく揺れるダルマ。
箒はその視線をすぐに春斗に移した。そして見た。
ヒュンと返して逆手持ちにした銃を下ろすと同時に、レバー引きとコルク詰めを同時に行なっていたのだ。
僅かでもズレればコルクは入らないし、レバーも引き切れない。
まるで機械の如き正確さで動く両腕に箒が目を見張る中、春斗は三発目を構えていた。
当たって、ダルマがついにガタンと動いた。
「――これで、フィニッシュ」
ポンッ、コン。――ガタン。
四発目が当たると、ついにダルマが後ろに落ちた。
誰もが気付いていないが、コルクが当たった場所は全て同じ。完璧なワンホールショットだったりする。
「でもって、これはオマケ」
更に春斗はコルクを二発、発射する。それは屋台骨のアルミフレームに当たり、勢いを増して二枚の札を落とした。
「あ……あぁ、もう! 今日はなんて日だ! 大損どころかケツの毛すら残らねぇぞ!」
「ご愁傷様です」
春斗は言葉とは裏腹にイヤミっ気無しのスマイルをオヤジに向けた。
「くそっ、持ってきやがれ!!」
デン! と置かれたダルマと女性用アクセサリー2つ。見事にゲットしてみせた春斗は、ダルマを箒に差し出した。
「え?」
「これが欲しかったんでしょ? 、はい、どうぞ」
「あ、ありがとう……だが、よく分かったな?」
「そのぐらい、分かって当たり前じゃない」
「そ、そうか……当たり前か」
そう呟いた箒は、嬉しそうにダルマを受け取ったのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
すっかり夜店を堪能し、時間は八時前。
蘭は一夏達を水飲み場に残して一人、神社の入口にいた。
流石に景品のテレビが邪魔だったので弾に連絡したところ、ここで待つようにと言われたのだ。
「もう、何時になったら来るのよ……お兄は」
弾が来ないことにブツブツと、一人で文句を言っていると向こうからやっと待ち人が来た。
「おーい、蘭!」
「お兄! もう、遅いよ!」
「遅いってな……俺だって都合があるんだよ。つーか、もう八時だぞ。ほれ、さっさと帰るぞ」
「え、ちょっと待って! 一夏さんが……!」
「一夏には帰るって言っとけ。中学生が遅くまで出歩くな。最近は変なのだって多いんだからな」
有無を言わせない兄の言葉に、蘭は不服そうに唸るが、しかし弾の言葉に一つの間違いもない。
元々、八時前には帰ると家には言っていたのだ。流石にそれを破れば蘭に甘い厳も怒る。
「はぁ~あ。折角、一夏さんと花火が見れると思ったのになぁ」
渋々、蘭は一夏に電話をするのだった。
『――ということで、私は先に失礼します』
「そうか。まぁ、あんまり遅くなるのも良くないからな。気を付けてな」
『はい、それじゃあ』
一夏は電話を切り、携帯をポケットに仕舞う。
「蘭のやつ、先に帰るってさ」
「そうなのか? まぁ、余り遅くまで出歩くのは良くないからな」
『一つ違いの人間が言う台詞なのかな、これ?』
ちょっと春斗は疑問を持った。が、だからといって意味はないのだが。
「――さて、そろそろ花火の時間だな」
「そうだな。それじゃ、移動するか」
一夏は箒の手を取り歩き出す。目指すのは神社の裏手。わずかに六人だけが知る花火見物の穴場だ。
神社裏手の針葉樹林の林には、ポッカリと空いた場所がある。そこから、花火が綺麗に見える。
毎年、夏祭りの最後は三人でそこから花火を見ていたのだった。
そこから見えるのは、花火だけではない。
春は朝焼け、秋は名月、冬は降り散る雪の華。緑の壁に覆われた空の天蓋が魅せる、四季折々の顔。詩人がいれば、きっと唄を歌うに違いない。
「ここは変わらないな」
箒は六年ぶりのその場所に、懐かしさを覚える。拓かれた場所。さわさわと風が葉音を奏で、虫の音がコーラスする。
夏の暑さを感じさせない、涼やかな空気がそこには満ちていた。
(奇妙なものだ。あの時はいつも三人だったのに……今は二人。いや、三人いるのだが……隣が妙に寒いな)
箒は左手を見る。いつもそこにあった手は、今は無い。
『そろそろ時間だね』
「あぁ、そうだな」
一夏は夜空を見上げつつ、チラリと箒を見た。
黒い瞳に星を映して、彼女は空を見ている。
篠ノ之箒。
ファースト幼馴染にして、一夏に告白をした少女。
自分にとって、彼女は本当はどういう存在ないのか、一夏は一夏なりに考えていた。
何せ、告白などされたのは初めての事だ。どうしたら良いかもよく分からない。
だが、それでも考えた。
箒は美人だと思う。時折見せる仕草にドキッとしてしまう事もある。
それが、好きということなのかと考えると、違う気がした。
その「ドキッ」は、セシリアや鈴にも感じるからだ。
なら、何が好きということなのか。そもそも、自分は好きということを本当に分かっているのだろうか。
どれだけ考えても、やはり答えはでない。
でも、一つだけ分かることもある。こうして箒が隣にいる事が、自分が箒の隣にいる事がとても当たり前なのだと。
それだけは、他の誰にも感じない事だ。
それが果たして答えなのか。それは分からない。だけど――。
「なぁ、箒。俺さ――」
ドォオオオオオオオンッ!
「っ……!」
空に大輪の華が咲き、世界の夜をあっという間に染め上げた。
「おぉ、始まったぞ一夏! ……一夏、どうした?」
「……なんでもない。気にするな」
出鼻を挫かれた一夏は、ガクリと肩を落とした。
『まったく……慣れない事をしようとするから』
「悪かったな、慣れてないことしようとして……!」
「……?」
なんとも言えない微妙な表情の一夏に、箒は訳が分からないと首を傾げた。
花火は次々に上がる。その度、星の天蓋は赤や黄色、緑に紫、白の光に染まって、町をその色で照らす。
火の粉が散り、夜空に溶けて、その度に次の光が空に上がる。
「綺麗だな」
「あぁ、そうだな」
『いつもながら、壮観だね』
夜空を彩るショウを見上げながら、箒の手が一夏の手を握る。
「この花火を……今度は、三人で見よう」
箒の言葉。それは心からの願い。
ずっと三人だったから、だからこそ。
「………うん、来年はきっと……!」
「……あぁ、そうだな」
それがどれほどに難しいか事か、それは二人がよく知っている。
だからこそ、約束する。
打ち上がる花火に、握られたこの手に。
望んだ未来を、必ず掴み取ってみせると。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
花火が終われば、後は祭りも自然と終わりになる。
一応、終了時刻も決まっているが、人が少なくなればそれを切っ掛けにして、たたみ出す店もあるのだ。
「おー、いたいた!」
神社の社務所に戻ってきた一夏達に、元気のいい声が掛かった。
「織羽!? ていうか、全員一緒かよ!?」
『結局、全員集合か。やれやれ……』
社務所前には織羽を始めとして、セシリア、鈴、ラウラ、シャルロット、簪という専用機組勢ぞろいだ。
しかし、何故か元気なのは簪と織羽だけだ。他の面々は一様にして疲労困憊の色濃くあった。
「……どうしたんだ?」
「まぁ、ちょっとトラウマになるような事があってね~」
いつもの彼女らしくなく、言葉を濁す。
「お台場で?」
「「「「ッ――!!」」」」
四人は一斉に「ビクッ!」と、反応した。そして、何故かガタガタブルブルと震えだした。
今日のダイジェスト(音声のみ)
「何ですの、この人の多さは!?」
「一体、どっから集まってくるのよ!?」
「企業ブースって何!? 何で外のあんな所まで並んでるのよ!?」
「えぇ!? 何これ……うわっ、え、こんなのいいの!?」
「は、はだ、はだ……か!? オトコドウシデドウシテデスノ!?」
「クラリッサ! 人が多すぎる……うわぁっ!?」
「ら、ラウラが流れていく~っ!?」
「ヒィッ!? 汗がヌメッと!? きゃあああああああっ!?」
「セ、セシリア~~ッ!!」
「おろかな。ここは戦場よ」
「更識さん、なんで適応しているの!?」
「いやぁ、暑いねぇ~」
「ちょっと、織羽! セシリアを助けてよ!」
「……彼女は、良い子だったわ」
「殺すな!! て、何なに!? 行列が……ぎゃぁあああああぁぁぁぁぁぁ………」
「……鈴。バカな娘」
「戦場で足をとめる者は、死ぬだけ」
「――とまぁ、こんな感じで」
「いや、意味が分からん」
『皆、この世の地獄を垣間見たのさ』
「あの程度の波に乗れないようじゃ、三日目のビッグウェーブは無理……」
一夏にはさっぱり分からないが、春斗には分かったようだ。どうしてか、簪はドヤ顔をしている。
「まぁ、それはさて置き………ほら、いい加減に復活しなさい」
ベシベシベシベシッ。
織羽が四人の頭を叩くと。やっと再起動を果たした。
「――はっ。私は何を?」
「なにか、嫌なことを思い出したような……?」
「はい、そこでストップ。ほら、せっかく屋台で色々買ってきたんだし、織斑君も食べる?」
「いや、俺はもう腹いっぱいで……遠慮するよ」
「じゃあ、織斑君が皆に食べさせてよ」
「はぁ!?」
織羽のとんでもないボールが飛んできた。
そして、野獣が目覚める。
「一夏さん、たこ焼きですわ!」
「一夏、焼きそば!」
「嫁よ、このりんご飴を!!」
「お前らなぁ! 揃って反応良すぎだろ!?」
「本当だよね。あ、左手貸してくれる? 春斗にあーんしてもらいたいから」
『いや、シャルも大概だよ?』
「おや、箒は参加しないの?」
迫られる一夏らに、いつもならば顔を赤くして怒る箒だが、どういう訳かそれを一歩下がった所から見ているだけだった。
「あぁ。さすがにもう慣れてきた」
「まぁねぇ。こうも毎度同じ展開だと、余裕も出来るわね~。じゃ、箒にはあたしが焼きそばを食べさせてあげよっか。はい、あーん♪」
「どうしてそうなる!?」
「……ふぅ、やっぱり夜店はラムネ」
簪はやはりマイペースにラムネを飲んでいた。
一気に賑やかしくなった社務所前。それを見ている人物がいた。箒の叔母の雪子である。
「――あらあら。随分と楽しそうね……箒ちゃん」
ちょっと昔、とある神社に一羽の兎がおりました。
その兎は不器用で、姉兎のせいもあってか、友達がおりませんでした。
そんな兎を気に掛けたのは白と黒の双子鳥。
でも、兎はその神社を離れなければならず、双子の鳥とも離れ離れになってしまいました。
でも、今――その兎の周りには沢山の声がありました。
一人ぼっちの兎は、もう何処にもおりませんでした。
「――良かったわね、箒ちゃん」
新しく始まった箒の世界は、雪子の心配する処など何一つ無かった。
何故なら、そこには箒の心からの笑顔があったから。
こうして、祭りの夜は賑やかさと共に幕を下ろし、夏休みも残り半分を切った。