IS〔ツイン・ソウルズ〕   作:犬吉

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第58話  学園祭告知/動き出す物語

 

命の存在を許さない虚空の空。夜の体現たる月読と、昼の支配者たる天照の住まう地。

永遠の静寂を許されたその場所を、しかし乱すものがあった。

 

連続する爆発。静寂を切り裂く深紅の閃光が、闇に網の目を描く。

そして、その間を滑り抜けるようにして、黒白の機体は舞う。

それは命護る鎧である。それは天蓋を行く翼である。それは眼前の障害を打ち砕く剣である。

名は月華白雪。世界唯一の量子融合型ISだ。その性能もまた、世界最強というに相応しいものを持っている。

だが今、その純白の装甲はくすみ、漆黒の装甲はひび割れていた。

「っ――!」

視界の全てを破壊を呼ぶ閃光が埋め尽くす中、スラスターが白い光子を撒き散らし、天地左右を幾度と無く切り返して鋼鉄の鎧を加速させる。

 

――左肩部装甲ダメージ エネルギー残量27%――

 

破壊をもたらす閃光を僅かに掠めながら、眼前に在る者へとその刃を向ける。

恐怖はない。あるのはただ、一つの意思のみ。それが彼を突き動かす。

負ける事は許されない。助けも来ない。敗北は全てを失う事だ。彼に残されたのは唯一つ。勝利することだけだ。

使命も宿命も因果も、その全てを背負って、彼はその手に握る刃を構えた。

視線に捉えるそれは禍々しき物。世界に混沌を喚ぶ、宇宙に咲いた悪鬼羅刹なる狂華。

その花弁がきらめき、花粉が集束する。

「ウォオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

虚空に響く、慟哭にも等しい咆哮。それさえも呑み込まんと、正面から彗星の如き光波が迫る。

「斬り裂け、零落白夜ぁあああああああっ!!」

雪片弐型の光刃と光波が激突し、眩い輝きが星の海を染め上げた。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

九月三日の放課後。新学期開始早々の第1アリーナに、二機のISが舞う。

一機は、赤紫の装甲とスパイクアーマー状のユニット〈龍咆〉をもつ甲龍。

対峙するのは艶やかな黒の機体。弓剣を振るい、閃光を撃ち放つ裏白式・晨月。

二機はアリーナのグラウンドを滑るように飛んでいた。

「ほらほら、どうしたのよ!?」

「そういわれてもなぁ。ほら、僕って頭脳労働担当だし。他の皆は基本脳筋担当だから、丁度バランスが良いんじゃない?」

「誰が脳筋だ!!」

鈴が龍咆を起動させる。透明の砲身が展開され、フラッシュと共に不可視の弾丸が発射される。が、春斗は巧みなターンでそれを躱していく。

「っ……! 相変わらず、躱すのだけは上手いわね!!」

「そりゃあ防御力低いし、当たったら痛いし。何より、龍咆はもう完璧に見切ってるよ」

「このっ!!」

鈴は更に龍咆を撃つが、それは地面やアリーナの遮断シールドにぶち当たるのみ。逆にその隙をついて、裏白式が取って返す。

多機能戦術腕・晨月のモード〈双月〉を起動させ、同時に月之雫の砲口を甲龍に向けた。

「全砲門一斉発射。名付けて〈八門遁光〉!」

「うわっ!?」

同時に発射された八つの閃光に、鈴がたじろぐ。その一瞬を突いて、六機の月之雫を切り離した。

「しまった!」

裏白式が持つ武装で最も厄介な物が、ついに起動してしまった。威力などはまだしも、厄介なのはその軌道だ。

龍咆は発射すれば回避行動が難しいが、しかしウエイトが重い。そして、攻撃範囲も狭いのが欠点だ。

春斗の嫌らしい所は、そこを的確に突いてくる事だ。

「くっ! またちょこまかと飛び回って……っ!」

鈴の周りを囲むようにして六機のビットが飛ぶ。そう、飛んでいるだけだ。

「じゃあ、反撃開始だ!」

春斗が月影の弦を引く。光の矢が生まれ、容赦なく射たれる。すぐさま鈴はそれを躱すが、そこを狙い澄ましてビットからの閃光が撃ち抜く。

「っく……! もう、やりにくいわよ!!」

「まぁ、そういう戦術だからね」

セシリアと違い、すぐに射撃をしてこないので必然的に使用時間が長い。そして攻撃の隙や動くタイミングを見計らって射撃してくる。

先にビットを破壊しようとしても、他の砲台や春斗自身が邪魔をする。

それが出来るのも、ビットとの連携が可能であればこそだ。

だが、射撃系の弱点たる接近戦を恐れているからこそ、これだけいやらしい攻撃を仕掛けてくるとも言える。

鈴はダメージ覚悟で一気に斬り込む。こちらの距離を掴めるならば、二発や三発の被弾など安いものだ。

「うりゃあああああああっ!」

スラスターが火を噴き、光弾を喰らいながら甲龍が裏白式に迫る。

「しまっ……!」

春斗の表情に焦りの色が生まれる。鈴は勝利を確信してニヤリと笑った。

「取ったっ!!」

双天牙月を振り上げ、裏白式を両断せんと構えた。――が、その腕はそこから動かない。

見れば、甲龍の腕から見慣れない棘が突き出している。鈴の視線がその先を追った。

「っ……!? 月之雫!?」

雫之刃(ティアーズダガー)捕縛(ホールド)!」

掛け声に合わせ、両脚部にも雫之刃が突き刺さる。エネルギー無効化の刃が刺さったことで、四肢のユニットを動かすエネルギーが強制的に遮断され、動作しなくなったのだ。

「それじゃ、容赦なく止め!!」

「ぎゃああああああっ!!」

眼前からぶっ放された情け容赦無い一撃が、鈴をノックアウトした。

 

 

 

 

 

「うぅ……まだ頭がクラクラする」

〈虚月〉のチャージショットを真正面から喰らって敗北した鈴は今、ロッカールームのベンチに横になっていた。

「いやぁ、ごめんごめん」

「ごめんで済んだらアラスカ条約はいらないのよ」

春斗は苦笑しつつ謝るが、鈴の視線は冷たい。ただ、意味はいまいちよく分からないが。

「そうは言うけど、まともにやったらこっちが不利なのは明らかだし。相手の長所を殺すのは、戦術の基本だよ?」

「あんたのはヤラし過ぎるのよ!」

「だって、一歩踏み込まれたらやられるのはこっちだし。あそこで後二秒、早く突撃を仕掛けられていたらホールドが間に合わなかったし、結構ギリギリだったんだよ?」

「くっ……あぁ、もうっ!」

鈴はしばらくの間、モガモガバタバタして、そしてバッタリと落ちた。

「あ~、そういえば学園祭の出し物は決まったの?」

「一応決まったよ。二組は?」

「まだ平行線。ていうか、織羽が折れないのよ」

「何で?」

「あいつ、『アリーナに超本格的からくり屋敷を作る! 生還率0%の超高難易度の!!』って言ってさ……」

「……クリア率0%じゃなくて、”生還率0%”なの?」

「そう、生還率0%」

「……何を殺る気なんだろ?」

「聞かない方がいいわよ。マジでエグイから。で、そっちは何になったの?」

「あぁ、こっちは―――」

 

 

 

 

 

 

 

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九月三日。SHRと一時限目の時間を丸々を使って、全校生徒達は体育館で学園祭の説明を受けていた。

IS学園はIS操縦者のみならず、技術的関係者も育成している専門学校である。

本来ならば、この様なことに割いている時間はない。実際に各国から遠まわしにクレームも入っている。

だが、ただでさえ閉鎖的な学園での生活。多感な青春期の少女達にとっては、人間的成長に関して良い影響を与え無いこともある。

ここが学園であり、貴重な時間であるからこそ、こういった行事を押し通す。

それが学園長、並びに理事会の方針であり、各国のクレームを抑えているのである。

 

閑話休題。

IS学園の学園祭は、九月第三週の日曜に行われる。各国軍事関係者やIS関連企業など多くの人が集まる為、基本的に一般入場はない。ただし、一般客は生徒に配布されるチケットを持つ場合のみ可能。

生徒には各一枚ずつ配られ、誰がチケットを渡したかは全て判別される。なので、生徒は誰に渡すのかしっかりと考えなければならない。

そういった説明を聞き、そして壇上に生徒会長・更識楯無が上がった。

「は~い、皆さん。生徒会長の更識楯無です。学園祭の話の前に、まずは夏休み前に発表した、ラファール・リヴァイヴ用のプログラムが完成しました~」

バシッと扇子を開く楯無。本日の文字は『祈願成就』。何もやっていない人間が開くのは如何なものか。

そんな事を思う一夏を尻目に、生徒達は一斉に歓声を上げた。

「プログラム名は〈Esquisses System〉。リヴァイヴの使用者最適化と、システム全体の処理速度向上となっていま~す」

「エスキィースシステム?」

「エスキィース……〈怒涛〉?」

「疾風……怒涛?」

「あぁ、なるほど」

ざわざわと、さざ波が広がっていく。言葉を拾えば「え、ダジャレ?」「もしかして、会長がネーミングしたとか?」「いや、まさか」などだ。

それを聞いて、春斗はニヤリと笑った。体ないけど。

 

「おい、いつの間に作っていたのだ?」

何故か壇上で頬をひくつかせる楯無を余所に、後ろに立つ箒が一夏にこっそりと尋ねてくる。

「夏休み中、暇を見つけてはコツコツ作ってたみたいだぞ? 出来上がったのは丁度、御堂先生のところに行く前の日だ」

「そうなのか。というか、結構ギリギリだったのだな」

「まぁな。打鉄はあいつもプログラムに関わってたから良いけど、ラファールは全く別個のアプローチしたらしいし」

「だが、ドラグーンはリヴァイヴを基にしているのだろう?」

「あいつが言うには、『最初からそう作ったドラグーンと、既存する機体用プログラムは全然違う仕様だから、非常に面倒臭い』だとさ」

「そういうものか」

「そういうものらしぞ」

「えー、ごほん! 詳細に関しては学園新聞の方に記載されるので、適当に読んで頂戴。では、次は学園祭の話よ」

さざ波を消さんと咳払い一つし、楯無が話を続ける。一夏と箒も前を向いた。

「さて、学園祭では毎年、各部活が催し物をして、上位になった部活に助成金を出す仕組みでしたが……今年はちょっとルール変更します」

「ルール変更?」

またしても、ざわざわとさざ波が立つ。楯無はニヤリと笑って――一夏を見た。

「っ――?」

その視線に嫌なものを感じた一夏であったが、しかし意味が分からない。

結局はどうにも出来ないので、事の推移を見守るしかなかった。

「今年のルールは―――これ!」

デレレレレレレ、とドラムロールが入ったかと思うと、いきなり大画面の、空間投影モニターが出現した。

 

そこには、IS学園制服を着た一人の男子の姿。そしてその隣にはピンクやら黄色やらでデカデカと文字が書かれていた。

 

『オール・オア・ナッシング! 各部対抗 織斑一夏争奪大戦争っ!! ~ポロリもあるよ♡~』

 

「ぶはっ!?」

一夏は噴いた。それはそうだろう。何せそこに映っていたのは自分だったのだから。

しかも、妙なイベントの景品扱いだ。噴き出さないでいろという方が無理だ。

ていうか、ポロリって何だ。

「今年の学園祭一位になった部活動には、特別助成金にプラスして、学園唯一の男子織斑一夏君を強制入部させます!!」

 

「「「「「「な、なんだってーっ!?」」」」」」

 

その後の惨状を態々、説明する必要もないだろう。

「きたきたきたぁああああああああああっ!」

「早速、全部員招集よ! 大会? 知るかそんなの!!」

「最低でも一位よ! それ以外に価値なんて無いわ!!」

「我が漫研に入部させられれば、すなわち夏×春は公認も同然!!」

「美術部で織斑くんのヌードデッサンが毎日……ジュル」

「あたしは今、猛烈に熱血しているっ!!」

「やぁああってやるわ!!」

各部活動は既にやる気マックス。後者二人、そのままハラハラワールドで冒険でもする気なのだろうか。

 

こうして、一夏の承諾も何もあったもんじゃない、争奪戦の幕が開いてしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

出し物を決める為の特別HR。

教壇には担任ではなく、残る真耶に代わって、クラス代表の一夏が立っていた。担任達は職員室に引き上げてしまっていた。良く言えば自主性の尊重、悪く言えば丸投げである。

「え~と、他に何か良い案はある人は?」

教室を見回しながら一夏は聞いてみるが、しかしどうにも反応が良くない。

というのも、後ろのボードには『織斑一夏とホストクラブ』『一夏とツイスター大会』『織斑君とポッキーゲーム』『一夏くんと王様ゲーム』と、出された案が既に幾つも書かれている。

「一応言っとくけど、これらは却下だからな?」

 

「「「えぇ~~~っ!?」」」

 

一夏の言葉に、一斉に非難の声が上がった。ちなみに真耶は「ポッキーゲームとか、良いと思うんですけどねぇ~」などと言っているが、一夏は無視した。

「どうしてダメなの!?」

「ダメに決まってるだろ!? 誰得だよこれ!!」

「はいっ! あたし得です!!」

「私得でもあるわ!!」

「むしろご褒美ですわ!!」

「とにかく却下! ていうか最後のセシリアか!? セシリアだな!?」

「織斑くんは共有財産なんだから、使わない手はないと思います!」

「ていうか、他のクラスからも、先輩からもせっつかれてるんです!!」

「助けると思って!」

「メシア気取りで一つ!」

「よっ! ジーザス・クライスト・スーパースター 一夏!!」

「知らんわ! あと、最後のヤツ! 俺はゴルゴダの丘で磔になる気はないぞ!?」

ギャーギャーとやかましく応酬が続く。ここぞとばかりに我が欲望を開放しまくる女子達に、さすがの一夏も不利を悟る。

なんとかしなければと思ったその時、静かに手が上がった。

「お、じゃあラウラ。何かあるのか?」

「うむ。メイド喫茶などどうだろうか」

ラウラが発言した瞬間、クラスがしんと静まった。まさかあのラウラの口から、『メイド喫茶』という案が出るとは。

だが、一夏にしてみれば夏休みの一件がある。何かやるといって、パッと思いついたものを言ったのだろうと思い至った。

「一応聞くけど、何でだ?」

とはいえ、取り敢えず理由を聞いてみる。

「飲食系はやり方しだいで経費回収もしやすいだろうし、何より客受けもいいだろう。招待券制の外からの来客もあるから、休憩所の需要もある筈だ」

「なるほど。えっと、皆はどう思う?」

「だったら、一夏は執事服を着れば良いよね。きっと似合うよ」

といったのはシャルロットだった。ラウラの意見を肯定するその言葉に、クラスの女子達の思考は一つとなった。

「いいねそれ、イエスだわ!」

「織斑くんの執事服とか、冬の新刊のネタにするしか無いじゃない!!」

「生写真とか付ける!? 絶対に売れるわ! もったいないから売らないけどね!!」

「それ、意味ないじゃない!?」

「でも、人数分のメイド服なんてどうやって用意するの? 私演劇部の衣装係だけど……流石にこの人数分は無理あるよ?」

盛り上がる生徒達に、水が差される。確かに、メイド服人数分は費用と時間の面から、なかなかに難しい。

 

「それでしたら問題在りません」

ガラっと窓が開き、メイド服の女性が現れた。オルコット家のメイド、チェルシーだ。

「チェルシー、何でまだ日本に!? というか、ここ三階ですわよ!?」

「いえ、一度本国に帰った後、何か呼ばれた気がしたので」

そう言って、ヒョイと教室内に入ってくるチェルシー。

「誰も呼んでませんわ!!」

「そんな事よりも、皆様のメイド服はこのチェルシー・ブランケットがご用意いたします。勿論サイズも完璧にしてお送りしますのでご安心を。ところで織斑様?」

「は、はい?」

「織斑様も……メイド服を着られるのですか?」

「着ません」

「ちっ……そうでしたか、それは失礼しました」

「今、軽く舌打ちしましたよね!?」

「それでは私はイギリスに帰還します。失礼」

と違って、チェルシーが窓から身を投げた。

「チェルシーッ!?」

慌てて全員が窓に張り付くと、背中からジェット噴射を利かせて飛んで行く、メイドの姿があった。

「ろ、ロ◯ッティア……?」

「古っ……」

チェルシーが飛んでいくその先には巨大な飛行船があった。オルコット家所有の飛行船〈ブルー・ドルフィン号〉である。

『あ、しっかりと飛行計画は認可済みですのでご安心下さい』

「そんな事は心配していませんわ!」

むしろ別のことを心配している。と、通信越しのチェルシーに突っ込むセシリアだった。

 

こうして闖入者の活躍(?)もあってか、一組の出し物はメイド喫茶改め『ご奉仕喫茶』となった。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

職員室に報告に来た一夏は、千冬に報告に来た。

「それで、出し物は決まったのか?」

「一応、喫茶店ということで決まりました……」

「歯切れが悪いな。どうせ、何かあるんだろう?」

「まぁ……所謂『コスプレ喫茶』になりまして」

「立案者は誰だ? まぁ大方、田島かリアーデあたりだろうな。そんな事を言いそうなのは」

名指しされた両名は共に、他の生徒に輪をかけて騒ぎ好きの嫌いがある。

「いや、言いだしっぺは……ラウラです」

言いにくそうに、一夏は事実を告げた。千冬はそれを聞き、目をしばし瞬かせると、

「っ……くくっ……あ~っはっはっはっは!! ぼ、ボーデヴィッヒ……あいつがか!? あははははははっ!」

大笑いした。口をこれでもかと開け、声も押さえず、目尻に涙まで浮かべての大爆笑だ。

職員室に残る他の教員の怪訝な視線に気づき、コホンと咳払いする。

「ま、まぁあれだ。あいつも、そんな事を言い出すようになったか。あれの過去を知っている分、面白くもあるし、微妙に感慨深いものあるような気もするな。それで、報告は以上か?」

「はい、以上です」

「そうか。なら、これに必要な機材と使用する食材などを記入して提出しろ。期限は一週間後までだが、出来る限り早く出せ。いいな?」

「分かりました」

申請書を受け取り、一夏は一礼して職員室を出ようとした。

「あ、ちょっと待て」

「何ですか?」

ドアが開くと、千冬に呼び止められた。一夏が何かと振り返ると、何故か千冬は言葉を濁した。

「あ~、その、なんだ。春斗の様子はどうだ?」

「……? いつも通りだけど……それがどうかした?」

「いや、何でもない。少し気になっただけだ。呼び止めてすまんな」

何処か釈然としな買ったが、一夏はもう一度礼をして、こんどこそ職員室を出た。

 

 

教室に向かう途中、一夏は春斗に聞いてみた。

『千冬姉、何であんな事聞いてきたんだ?』

『さぁ? あれ以降、進展がないみたいだから、そのせいじゃないかな?』

『そうなのかな? なぁ、何も無いよな?』

『無いよ。いつも通り……良くも悪くもね』

『本当か?』

『随分としつこいね。千冬姉さんの言葉がそんなに気になるの?』

『当たり前だろ?』

廊下でぶつかりそうになった生徒を躱し、軽く謝りながら、怪訝そうに返す。

『大丈夫、大丈夫。何かあったら一大事じゃないか。そんな事より、学園祭の準備と会長の特訓を両立する一夏の方が大丈夫かい?』

『あ~、そうだな。一日が48時間とかにならねぇかなぁ~?』

『なったらなったで、特訓も授業も二倍になるだけだね』

『ギャフン』

などと古いリアクションをしていると、とすん。と誰かとぶつかってしまった。

「あ、ごめ……」

「いたぁ~い。もう、おねーさん足くじいちゃった~」

しなを作って痛がる二年の女子生徒に、一夏は非常に冷たい視線で見ていた。

「何やってんですか、楯無さん」

「いやん、一夏くん。そんなに見つめないで?」

「殴りますよ? 割と本気で」

「あらあら、どうしたの? ちょっと機嫌悪い?」

「人のことを勝手に景品にしてくれて、機嫌が良いと思いますか?」

「あぁ、その事」

楯無はひょいと立ち上がって、スカートを払った。

「あれにはね、ちゃんと訳があるのよ」

「どんな訳ですか?」

「それはね――っと」

ひょいと飛び退く楯無。一夏もまた、一歩後に下がった。その間に打ち込まれた竹刀が、床を派手に叩いた。

「ちぃっ!」

襲撃者は不意打ちの失敗に舌打ちし、すぐに竹刀を振り上げようとした。

「甘いわよ」

だが、それよりも早く伸びた楯無の足が、竹刀の半程を踏み押さえる。その衝撃で、襲撃者の手から竹刀がずり落ちた。

「遅い」

と違って、手刀が首に叩きこまれた。苦悶の表情と共に、襲撃者は崩れ落ちた。

「な、何ですかこれ?」

「ん~? ほら、.生徒会長って最強じゃないとなれないでしょ? だから、学園祭で優勝できなさそうな部が、こうして襲撃してくるのよ」

楯無は足で竹刀を弾き上げ、それを取るや後ろに振り抜いた。

バシーン! という、聞いただけで痛そうな音が響き、ドサリと、後ろから襲おうとした生徒が倒れる。

「さぁさぁ、ケツまくって逃げるわよ!」

竹刀を捨てて一夏の手を掴むと、楯無は駆け出した。その反対側――曲がり角の向こうから武装した生徒の集団が地鳴りを立てて走ってきた。

 

「生徒会長ぉおおおおおっ!」

「いざ、覚悟ぉおおおおおっ!!」

「天誅……否、人誅じゃあああああああっ!」

「織斑先生、会長を斬滅する許可を私にぃいいいいいっ!!」

 

色々物騒な叫びと共に、生徒達が襲いかからんとする。そして、一夏は気付いた。

「あれ……これって俺が逃げる意味無いですよね!?」

「バカね、あれは生徒じゃないわ。怒りに我を忘れた王蟲の群れよ?」

「じゃあ、怒りの原因を捧げれば……」

「止まりはしないわ……命尽きるその時までね!」

階段を駆け下り、廊下を走る。次の角を曲がり、階段を登る。

足音はまだ聞こえている。

「そうだ。会長さん――ちょっと土下座してこい」

と、春斗が言う。

「素人が冗談の通じない相手に、簡単に土下っちゃダメって、犬臭い忍者も言ってたでしょ? だから却下」

楯無はさらりと返す。

「ほら、会長ならドリフト土下座から人間にトランスフォームとかできるでしょ?」

「あんなの、常日頃から土下座でランニングしている変態商人にしかできないと思うけど?」

「会話の意味が分からんけど、随分と余裕ありますね!?」

一夏は思わず突っ込んだ。だが、深くは追求しない。それは非常に危険な事な気がしたのだ。

「見えたわ、パニック・ルーム。……じゃなかった、生徒会室!」

「会長、こちらです」

「虚ちゃん、ナイスよ」

ドアを開けて待っていた虚が退き、楯無と一夏は室内に駆け込んだ。

二人が入るとすぐにドアが閉められた。

 

「お疲れ様でした」

息を弾ませてソファーに座る一夏に、虚は冷たい麦茶を差し出した。

「あ、ありがとうございます」

冷房が効いているとは言え、汗が引くにも時間がかかる。一夏はありがたくそれを飲んだ。

「……それで、どういう事ですか?」

「ん………あぁ、学園祭の事ね? あれは君を生徒会に入れるための口実よ」

「? 意味が分かりませんが?」

「実はね、前から君の事に関して色々と言われていたのよ。で、うちとしても流石に対処しないといけなかったんだけど……ほら、一学期の終わりって色々あったでしょ? その対処を優先してて」

楯無は虚の入れた麦茶を飲み、口を湿らせる。

「一番良いのが、生徒会預りにすることなんだけど……でも下手に入れると他の部とかからの反発もあるし。で、ちょうど学園祭もあるし、それの景品にしちゃおうって」

「いや、前半はともかく、最期の何ですか!? 俺が景品になったらまたモメるでしょ!? イヤですよ、変なところに入られされたりしたら!?」

「まぁまぁ。そこはあれよ、ちゃんと生徒会が勝つように仕込むから。我に秘策あり、よ?」

「もし仮に生徒会に入ったって、モメそうですけどね?」

「大丈夫。そこも考えてあるから。それに、生徒会に入れば一夏くんにもメリットがあるわよ?」

「どんな?」

「美人で可愛い、ナイスバディな生徒会長が自動で」

「返品の受付は何処ですか?」

「あっれぇ~? 即刻否定されちゃった~? 一夏くんひどーい」

冗談めかした非難の声を上げる楯無。一夏は溜め息を吐いた。

「はぁ……俺、まだ用があるんですけど?」

「あはは。そうね、メリットはこの生徒会室を使えるようになるってことかしら?」

「どういう事ですか?」

「ここは鍵を持っている人間しか入れないし、誰かに話を聞かれたり、覗かれたりする心配もない。一夏くんにとってはかなり都合がいい場所と思わない?」

「まぁ……確かに」

不特定多数の人間が出入りしない場所、というのはその実、学園にはほぼ無い。

春斗が外に出やすい環境が手に入るというのは、それなりにメリットのある話だ。

「それにね、色々と人に聞かれたらまずい話もあるし……どう、いい話でしょう?」

「………そうですね。」

「それに、こっちも”優秀な子”が入ってくれるのはありがたいわ。書類整理的な意味で」

「それが本音かい」

ちゃっかり、一夏や春斗の力も使いたい意思が在り在りとしている楯無であった。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

放課後の訓練を終えた一夏は、一年寮に帰ってきた。

「う~ん、疲れたぁ」

『流石にハードだったね。僕も疲れたよ』

「さて、さっさとシャワー浴びて着替えるか」

ドアノブをガチャリと回す。当然ドアは開くわけで、その向こうにはいつも通りの光景が――

「お帰りなさい。ご飯にします? お風呂にします? それともわ・た・し?」

 

――バタン。

 

「『………』」

二人は揃って顔を伏せた。今、肌色の中心をエプロンだけで隠した生徒会長がいたような気がしたのだ。

「おっかしいなぁ……俺、本気で疲れてんのかな?」

『一夏、君は疲れているんだよ。……僕もだけど」

「そうだよな。さて、雪片を抜こうか」

『じゃあ、こっちは月之雫を部分展開しておくよ』

(ちょっとちょっと!? 何でいきなり臨戦態勢取ろうとしてるのよ!?)

ドアの向こうから慌てた声が聞こえる。

「『何でって、不審者撃退の準備ですけど何か?』」

(不審者って……ほら、私よ? 美人で可愛くてナイスバディな素敵会長様よ?)

「そんな人は知りませんね」

(もうっ! 勝手に入って悪かったわ! 謝るからしまいなさい!)

楯無が折れ、敗北宣言をしたことで、一夏らも武装を解く。ドアを開けて、中に入った。

「お帰りなさい。私にします? ワタシにします? それともわ・た・し?」

「………」

訂正。全然懲りてなかった。というか、わたし一択か。

「なんでそんな恰好なんですか、裸エプロン先輩?」

「あら、そんな素敵なネーミングしてくれるなんて、命は要らないということでいいのかしら?」

「さて、虚先輩にしましょうか……それとも妹さんの方が良いですかね?」

「私が悪うございました」

平身低頭。見事なものであった。

 

 

「それで、何で此処に居るんですか? そんな格好までして?」

「それなんだけどね。実は、うちの方にある情報が入ってきたの」

「ある情報?」

シリアスな表情を見せる楯無。だが、裸エプロンだ。

「日本に潜伏している亡国機業の工作員と思われる人間が、IS学園近辺で動きを見せている、てね」

「っ……!? それじゃあ?」

「いよいよ、君をターゲットにして動き出したのかも知れないわね。それで、こうして君の護衛に、私が来たたって訳よ」

「でも、会長がいたら奴らが動けないんじゃ? 奴らを捕まえないと、春斗の体の行方が掴めませんよ?」

「そうね。でも、何時来るか分からない襲撃を警戒して四六時中気を張る、なんてのも不可能でしょう? だったら狙いを絞らせた方がいいと思わない?」

「狙いを絞らせる……学園祭!?」

一夏がハッとして言うと、楯無がニヤリと笑った。

「不特定多数の人間が出入りする学園祭は、向こうにとって絶好の機会の筈。こっちとしても、狙いをハッキリさせた方が守りやすいしね」

「なるほど。それで……裸エプロンの意味は?」

「あら? 新妻が夫を裸エプロンで出迎える、男の夢じゃない?」

「少なくとも、俺の夢じゃないですね」

『ほーちゃんならともかく、会長じゃあ……チェンジで』

「君ら、もっと青春のリビドーとか無いの? ドキドキムラムラして『もうダメだ、俺は襲うぜヒャッハーッ!』とかにならないの?」

「いや、どうせそんな事になっても、簡単に制圧できる自信があるんでしょ?」

「うっ……」

『それに、裸エプロンは見えそうで見えないもどかしさと、見えてしまいそうなドキドキハラハラな恥ずかしさにこそ、魅力があるんです。

下に水着を着ている時点で、裸エプロンを侮辱しているとしか思えない。

全国の裸エプロン同好の士に土下座してください、いや、マジで』

「私、本気でダメ出しされてる!?」

裸エプロン改め水着エプロン楯無は叫んだ。まさか、ほんの些細な悪戯心を、ここまでコケにされるとは思ってもいなかったからだ。

「もうっ……そんなに責めなくてもいいじゃない」

楯無はブツブツ言いながらエプロンを外した。その下から大胆なビキニが現れる。

「っ……!?」

淡い水色の、しかし布面積の少ないそれに思わず一夏は目線を外した。

そして、それを見逃す楯無ではなかった。

「おやおや~? どうしたのかなぁ~?」

「何でもありません。さっさと服を着てください! 誰か来たらどうするんですか!?」

「え~? せっかく買った夏の新作なのに結局、一度も着れなかったのよ~。せめてお披露目ぐらいしておきたいじゃない? それでどう……似合うかしら?」

「似合います似合います! だからさっさと服を――っ!?」

一夏の背に、やわらかな物が二つムニュリと当たる。そして耳に「ふっ」と、息が吹きかけられた。

「ほぉらぁ、ちゃんと見なさい?」

「もう見ましたから! だから離れて下さい、楯無さん!!……っ!?」

一夏は見てしまった。窓の外――カーテンの隙間に浮かぶ瞳を。楯無もそれに気付き、ピタリと動きを止めた。恐らくは今の一夏と似た心境をしている事だろう。

その人物は二人を見て、軽く手を振るとスルッと窓辺から離れていった。

「ちょっと待って! 織羽ちゃん!?」

楯無はベッドのシーツを引っ手繰ると、体に巻きつけて窓を開け放って外へと飛び出した。

「いや、あたし口固いんで心配ないですから! どうぞそのまま続きをしてて下さい!!」

「そう言いながら何で通信端末出してるのよ!? 何処に掛ける気!?」

「取り敢えず、簪でしょうか?」

「本気で止めてぇええええっ!!」

織羽と楯無は、およそ人間の速度とは思えない速さで、あっという間に駆けて行ってしまった。

 

「……しかし、いよいよか」

目先の不安は楯無に任せ、一夏は彼女の話を反芻した。

『亡国機業……思ったよりも早かったね』

「いや、むしろ遅いぐらいさ。春斗、お前の体を絶対に取り戻すからな」

『期待しているよ。僕も頑張るさ』

 

夕闇近い黄昏の空に、鳥が飛んでいる。その光景が何かを暗示しているような気がした。

 

 

「だから待ちなさぁあああい!!」

「だが断るっ!!」

そして、その下で何度も起こる爆発は見ないことにした。

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