IS〔ツイン・ソウルズ〕   作:犬吉

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第64話  語られる真実(前編)

 

「な、何で……!?」

アリーナのグラウンドから、まるで搾り出すような声が聞こえた。

果たしてそれは誰の声であったのか? 今の一夏には分からなかった。

「は、春斗……なのか?」

だが、どうして動いている? 春斗の体は三年前のあの日から、ずっと、眠り続けていた筈だ。

それを覚醒させるために、一夏はずっと頑張ってきたのだ。それなのに、意識はそのまま自分の中にあって、だからそんな筈はないのだ。

『一夏……これは……僕の体だ……』

『春斗……!?』

月華白雪展開時、全機能が一夏に寄るために春斗の意識は基本〈海岸〉に近い領域で眠った状態になる。

それが覚醒するのは、月華白雪が最大スペックを発揮する時か、一夏の精神に揺らぎが生じて、マインドリンクが低下した時だ。

『でも、どうしてだよ!? 何で起きて動いているんだよ!? だって、お前は俺の中にいるんだぞ!?』

『分からない……でも、今は……一夏っ!』

「っ!? ガフッ!!」

胸に突き刺さる衝撃。顔色を一切変えずに、デモニア――〈春斗〉はその刃を月華白雪の胸部装甲に突き立てていた。

 

――ビシッ。

 

強固な筈の装甲に、蜘蛛の巣に似た亀裂が走る。そのままクリスタルエッジがその手から発射された。

「ぐぅうぅうううう……っ!」

衝撃と共に遠ざかる世界。一夏は必死に堪え、〈春斗〉に向かって手を伸ばす。だが、そんな一夏を嘲笑うようにクリスタルが光を放ち、そして爆発した。

「うぁあああああああああああああああっ!!」

空に大輪の炎華を咲かせて、そして一夏は墜ちていく。アリーナに叩きつけられ、月華白雪が土煙を上げながら何十メートルも滑っていった。

「くぅ……ぉおおっ!」

もうもうと上がる煙の向こうから、一夏が体を起こす。ISは白式に戻り、そして待機形態へと移行する。

「ま、待てよ……行くな……!」

ふらつきながら、空へと一夏は手を必死に伸ばす。〈春斗〉は顔を再び鳥面で覆い隠し、そして何かを投げた。

地面に落ちたそれは、「リン」と音を鳴らす。紅椿の鈴だ。

「おい……待てって言ってんだろう……! くそ、白式……動けよ! あいつが……あいつが……」

必死に白式を起動させようとするが、腕のガントレットは沈黙したままだ。

そして、デモニアは興味を失くしたかのように背を向けて――

「あいつが……行っちまうよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

慟哭の響く中、彼方へと飛び去っていった。

 

 

 

 

静けさを取り戻したアリーナ。デモニアの去った空を、一夏達は呆然と見つめていた。

これはきっと、悪夢だと。誰もが無意識に現実を否定する。

だが、争いの爪痕がそこかしこに残され、フラフラと足を進める一夏が、それを蹴った。

 

チリン。

 

「あ――」

箒の紅椿。一夏はそれを跪いて拾い上げた。

『ッ……』

手の中で鈍く光る鈴が、徐々に心の中を揺さぶり、停滞する感情を目覚めさせていく。

「っ……!」

ギュッと、鈴を握り締める。努力も、覚悟も、結局は何も成せなかった。途方も無い無力感と後悔が渦巻いて、一夏の心を砕いていく。

「うぁあ……ぁあああ………ぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

ただ、魂を引き裂かれたような嘆きだけが、空に吸い込まれていった。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

黄昏の刻を迎える世界。高き地にて夕日にその身を晒して、篠ノ之束はただ立っていた。

『ごきげんよう。篠ノ之束博士。通信越しとはいえ、世界に名立たる最高の頭脳にお会いできる事、感激の至りですわ』

「誰かな? 今の束さんは不機嫌だから、相手する気ないよ? 元々、相手なんてする気ないけどさ」

突然、空間モニターが開いたと思えば、そこに映ったのは赤髪に白衣姿の女性。亡国機業幹部スコールから〈Dr,ファウスト〉と呼ばれた人物である。

『私はファウスト。〈デモニア〉の製作者ですわ。そして、貴方の大切な妹さんをお預かりしている者でもあります。どうぞ、お見知りおきを』

「………ふぅん。それで何? 箒ちゃんを盾にして束さんに言うことでも聞かせようって気?」

『これはこれは。万能にして十全の鬼才たる、篠ノ之博士の言葉とは思えない発想の貧困さ。まさか、本気でそのような事を思っていらっしゃるのですか?』

大仰に腕を振って、驚いてみせるファウスト。だが、本気で言っている訳ではない。

「……で、何が目的? 何でこんな事したの?」

束は冷酷な瞳で睨み返すと、ファウストは答えた。

 

『――この世界からISを排除すること』

 

ファウストが凶悪な笑みで宣告すると、僅かに束の眉が潜まる。

「そんな事が出来ると思うのかな?」

『ワールド・コア・サイレンス。そう言えば、お分かりでしょう?』

「………」

『この世界に〈神〉など必要ない。〈神の卵〉を破壊して、あなたの希望を粉々にしてあげます』

「………」

芝居ががった身振りで、ファウストは語る。

『十全にして完璧なる御人(おひと)。その才は常人の計り知れぬ高みにあり、しかしその身は凡人の足元にさえ及ばない』

「……うるさい」

『その才を以てしても、貴方は自分一つさえ変えられない。あぁ、なんて可哀想な篠ノ之博士。あなたの言葉は誰にも届かない。あなたの手は何を掴めない。あなたの足は何処へも行けない。あなたの心は永遠に変わらない。壊れたまま、永劫の孤独のままに……やがて老いて朽ちていくだけ』

「うるさいよ、お前」

束の視線が冷たく光る。千冬のそれよりも遙かに冷酷な視線を向けられながら、しかしファウストはむしろ高笑った。

『あはははは! いい、凄くいい表情! 今のあなたは、まさしく人間の顔をしていますわ! そう、敵意と殺意に満ち満ちた……最っ高の顔です!』

気が狂ったように笑い続けるファウスト。束はただ、その嘲笑を冷たく見据えていた。

『クフフ……あぁ、そうだ。あなたの妹さんは無事ですのでご安心を。助けに来たければどうぞご自由に。こちらの所在は既に掴まれているのでしょう? なんでしたら、ご自慢の無人機でも送って来られたら如何ですか?』

どこまでも束を挑発したファウストは、スッと頭を下げた。

『お出迎えの準備は整っておりますので……何時でもお越し下さい。では――失礼』

ブツリと、通信がアウトする。束は暫くの間、モニターの在った場所を睨んでいたが、やがて振り返った。

その視線の先にいたのは――もう一人の『タバネ』であった

「偽物君。IS学園に行くよ」

「俺もちょうど、学園に行かなければならんからな。便乗したいなら好きにしろ」

「……そうさせてもらうよ」

束の足が強く、床のコンクリートを打ち叩いた。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「態々、宣戦布告?」

「えぇ。どちらにしてもこちらの狙いも掴まれているし、個人的満足のためにね」

通信室のモニターをシャットダウンし、ファウストは後ろに立つスコールに振り返る。

「しかし今更だけど……この作戦をよく上が承認したわね? ISが失われれば……〈神〉を得ることは出来なくなるというのに」

そう問われ、スコールはクスリと笑う。

「〈神〉なんて、元々いないのだからそれを手に入れられなくても損はない。代わりにあなたの作った〈コア・キューブ〉、そしてI・S・Eのデータが充分、それを補ってくれるわ」

「ISがなくなっても、損はない……と。まぁ、こっちはISを……〈神の卵〉を破壊できれば、それで良いのだけれどね」

通信室を出て、二人は薄暗い通路を進む。足音が異常に響き、人の気配が希薄である事を暗に示していた。

「それよりも、学園襲撃のあれはどういう事?」

「何が?」

「態々、ドライバーの顔を見させて、その上、折角入手できただろう紅椿を捨てるだなんて……何を考えているの?」

スコールの鋭いナイフのような視線が、ファウストの横顔に突き付けられる。

「前者は精神的動揺を、あの最大の不確定要素……織斑一夏に与えるためよ。知らなかったでドライバーを壊されたら堪らないもの。後者に関しては何も指示していないわ。あの子の独断よ」

「独断? あれは空っぽ……自我意識を持たない筈でしょう?」

「自我はないと言っても全部じゃない。それに本能的なものもあるわ。幾らVTシステムやV・T・M・Sで空白を埋めても、結局はそれが勝つ。だからこそ、篠ノ之箒が必要なのよ」

「なるほど。脆くもあり、そして強固でもあるのが人の〈心〉とでもいうところかしら?」

「そういう事にしておいて頂戴。さ、そろそろ……お姫様のお目覚めの時間かしらね」

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「っ………?」

小さく呻きながら、箒は目を覚ました。うっすらとした視界に入り込む照明光に顔を逸らしながら、辺りを見回す。

「何処だ、ここは……? な、何っ!?」

体を起こそうとした箒は、腕が動かない事に気付く。両手首を

太い六角形状の手錠で拘束されてる。それはピッタリとくっ付いていて離れない。

力を入れてもビクともしない。箒は一先ず諦め、周りをじっくりと見て廻ることにした。

とは言え狭い室内だ。ある物といえば、自分が寝ていたベッドと天井いっぱいの白色照明。それと――。

「………これは」

壁に仕込まれたトイレぐらいである。申し訳程度の仕切りもあるとはいえ、これではまるで刑務所の独房である。

ドアは1つだけ。大鏡はマジックミラーで、向こうはおそらくこちらを監視する部屋でもあるのだろう。

「お~、目が覚めてるじゃねぇか」

「っ……!?」

ドアが開くと、中年ほどだろうか、ガラの悪そうな男が二人、部屋に入ってきた。

「な、なんだお前らは……!」

背中に悪寒を覚え、箒は後退る。

「あの篠ノ之束の妹が捕まったと聞いて居ても立ってもいられなくて来てみたが……ガキにしちゃあイイ体してるじゃねぇか」

そう言って、下卑た笑みを浮かべる男。悪寒が嫌悪感へと変わっていく。

「俺達はな、お前の姉ちゃんが作った物のせいで、すっかり落ちぶれちまってなぁ」

「でだ。妹さんには、その責任を取ってもらいたんだよねぇ……」

「何……っ!?」

突然突き飛ばされ、箒はベッドに倒れる。その上に男達が伸し掛かった。

「おら、暴れんじゃねぇよ! 足押さえろ!!」

「止めろ!! 離せっ! 触るなぁっ!!」

逃げようと必死にもがくが、大の男二人がかりの上に腕を拘束されていてはどうしようもなく、あっさりと押さえ込まれる。

男の手が容赦なく、箒の胸を鷲掴みにする。

「ッ――!!」

ゾワリ。怖気が立つ。

「おぉ、柔けぇなぁ、おい!」

「ひっ! 止めろ! 止めろ……!」

怖い。気持ち悪い。怖い。気持ち悪い。怖い。気持ち悪い。怖い。気持ち悪い。怖い。気持ち悪い。怖い。気持ち悪い。

肉体を通して精神を汚されていく感覚に、箒は身じろぐ。

「へへ……こいつぁ邪魔だな」

男は箒の胸を揉みしだきながら、ポケットから折りたたみ式のナイフを取り出す。

「い、いや……」

「へへへ……いいねぇ、すっげぇそそるぜ」

恐怖する箒の顔に舌なめずりしながら、男のナイフの切っ先が引っ張り上げられたISスーツに掛かった。

「いや……いやぁああああああああああああああああああああああああああっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『Main System――boot』

 

 

「な、何だ!?」

「デモニアが起動!? ドライバーのブレインシンパシー指数上昇!」

調整用ハンガーに収められていたデモニアが突如として起動し、その単眼が鋭く光る。

ロックユニットがきしみ、徐々に変形していく。

「何してる! 早く緊急停止させろ!!」

「やってる! だけど効かないんだ! うわあっ!?」

ついにハンガーを引き千切ったデモニアは、その翼を広げ、両手にクリスタルブレードを展開。

『対象の位置特定。最短距離を移動開始』

スラスターを噴かせると同時に、特殊合金製の壁を絶ち切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、何だこの揺れは……?」

「だんだん……大きくなってる?」

ズシン、ズシンと建物が大きく揺れる。それは感じた通りに大きく――まるで震源が近づいてきているようであった。

 

ピシリ。

 

隣から振動が響き、大鏡に亀裂が走る。そして――

 

バガァッ!!

 

鏡が壁ごと砕けて、それは室内に押し入ってきた。散った破片を踏み砕きながら、デモニアは禍々しい瞳を輝かせて翼をたたんだ。

「で、デモニアだと……!?」

「なんで起動してるんだ!? メンテナンスチェックで生命維持以外の全システムを切ってた筈だろ!?」

驚きと恐怖の声を上げる男達。デモニアは彼らに構わず、そのモノアイを箒へと向けた。

胸元に切れ込みの入れられたISスーツ。乱れた髪。そして涙に濡れて真っ赤になった瞳と、真逆に蒼白となった顔。

グォン、と不気味な音と共に単眼が男達に移った。

 

『排除対象二名補足。Deamon's Hand』

 

クリスタルが巨大な手へと変わり、男の片方を鷲掴みにした。そのままギリギリと締め上げていく。

「木偶人形が……! 俺は……味方だぞ!? がぁああああ……っ!」

尚もデモニアは力を込める。男の体が海老反りになって、その口から血飛沫が飛ぶ。

ミシミシという音に混じって、ベキベキという、小枝がへし折れたような音が聞こえ出した。

男の目はクワッと見開かれて、口元からは泡も零れ出す。

「や、止めろ……止めろ!」

その余りにも突然の状況に呆然としていた箒だったが、ハッとして叫んだ。

こんな男、死んでしまえとも思ったが、それでも目の前で誰かが死ぬことなど容認できない。

「もう止めろ! 本当に死んでしまうぞ!!」

箒は無駄と分かりながらも叫んだ。

「………え?」

ドサリ。と、男が落ちたのだ。デモニアは男を締め上げていた手を離していた。

「な、何故……?」

男はピクピクとしている。全身の骨を砕かれたようだが、かろうじて息があった。

すぐに騒ぎを駆けつけたここの職員らしき人間によって重症の男は搬送され、もう一人も連れて行かれた。

そして、デモニアはただ静かに、箒を見下ろしていた。

「どうして……何故だ? お前は私を……助けに来たというのか?」

理解できなかった。どうしてデモニアが自分を助けに来たのか。いや、本当に助けに来たのかという疑問が浮かぶ。

だが、このタイミングで、しかも男だけを標的にしていた以上、偶然という方がおかしい。

『………』

「っ……!?」

デモニアの指が、箒の頬に触れる。まるで美術品でも扱うかのように優しく、繊細に。

『………ほー』

「……?」

『ほー……ちゃん』

「なっ!?」

その言葉に箒は驚き、身を震わせた。自分をその呼び方で呼ぶのはたった一人しかいない筈なのだから。

デモニアの頭部ユニットのロックが外れて、その顔が晒される。

そして、箒はまたしても驚き、身を強張らせた。

長い髪。力無き虚ろな瞳は真っ直ぐに自分を映している。そしてその顔は、自分の幼馴染と瓜二つであった。

「ま、まさか……春斗?」

呟くようにその名を言うと、デモニアの腕が伸びて、箒の体を抱きしめた。

「そ、そんな……何故だ?」

触れる鋼の体の感触に混じって僅かに感じる熱。一夏とは違う、優しい香りが箒の鼻腔をくすぐった。

「あぁ、もう。だからあれ程、要らんちょっかいは出すなと言っておいたのに」

「っ……誰だ!!?」

声にハッとして箒が入り口を見ると、そこにはファウストの姿があった。

「初めまして、お姫様。私はファウスト。そこのデモニアの製作者ですわ」

ファウストは狂気を孕んだ瞳で、箒に恭しく頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

何で? 何で……どうして? 俺はお前を取り戻すために……なのに、何でお前はそこにいるんだ?

いや、あいつは俺の中にいる。でも、あいつは目を覚ましている?

どうしてお前は俺達を攻撃するんだ? 何でお前は……箒を連れて行こうとするんだ?

 

分からない。何もかも、どうして……どうしてなんだよ!?

 

「何でだよ! なんだってんだよぉおおおおおおおおっ!!」

 

そして、あいつの刃が……容赦無く俺を貫いた。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「―――はあっ!?」

叫びに近い息を吐き、一夏は目を見開いた。バクン、バクンと心臓の鼓動が早鐘のように響き、全身から汗が吹き出す。

「こ、ここは……保健室? 何でこんな所に……?」

「一夏!?」

勢い良く仕切り用のカーテンが開けられ、ツインテールの少女が顔を覗かせた。

「鈴……っ!?」

一夏は体を起こそうとして、胸に走った痛みに顔をしかめた。鈴が慌てて手をさしのべて、どうにか半身を起こす。

「バカ……あれだけダメージ受けて、ずっと寝てたんだから無理しないでよ」

「どれぐらい寝てた……ていうか、何で俺、保健室に?」

「六時間ぐらいよ。あんた、デモニアにやられた後……気絶したのよ?」

「デモニア……っ! そうだ、あいつは!? 箒はどうなった!?」

徐々に記憶が目覚めていき、一夏は最も重要なことを思い出した。鈴の肩を掴み、必死の形相で迫る。

「痛……いっての!」

「あ、悪い。つい……」

「良いわよ。ていうか、あんたにも色々言いたいことあるしさ」

鈴は責めるような視線で一夏を見ている。その意味を悟り、一夏は顔を伏せた。

「あの後、あいつがいなくなったらISも、学園の施設も、全部元通りになったわ。すぐに追ったけど……遅すぎた。今、会長のところの実家の人とか、織羽の家の人とかが探してくれているけど……望み薄だって」

「……そうか」

「――千冬さんから全部聞いたわ。春斗の体が亡国機業ってテロリストに奪われた事。あんたがそれを取り戻そうと、必死に頑張ってた事……全部聞いた」

「……そうか」

「何で……教えてくれなかったのよ」

鈴の声が震える。拳を握り固めて、必死に心を抑えつけているのが伝わる。

「……ごめん」

「っ……ゴメンじゃないわよ!」

乾いた音が響いて、一夏の頬が赤く染まる。ヒリヒリとした痛みが走るが、一夏はそれを甘んじて受け入れるしかなかった。

「事態が事態だから、口止めされていたのも聞いたわ。でも……それでも、あたしにだけは教えて欲しかった! だって、そうでしょ!? あたしに言ったって何も出来ないかも知れないけど……でも、あたしだって……ずっと一緒に頑張ってきて……なのに、水臭いじゃないのよ……!」

声が上ずって、鈴の瞳から雫が溢れていく。肩を震わせて、心の中を晒して吐き出していく。

「鈴」

「っ――」

「悪かった」

「………ぅぅ………ぁぁ!」

一夏はそっと、鈴を抱き寄せる。鍛えられたその胸に顔をうずめて、鈴は泣いた。

『あーあー。そろそろ良いかな、お二人さん?』

「「ッ――!?」」

春斗の声に、二人がシュバッと離れる。

「は、春斗……!? あんた……!」

『いや~、二人が独自の世界作っちゃってるから、声を掛けるタイミングに困ってたんだよ』

「春斗……お前なぁっ!ていうか、お前は平気なのかよ!?」

『まぁ、ショックはあったけどね。それより、どうやら皆も来たみたいだよ』

「皆?」

春斗の言葉に二人が入り口を見れば、丁度ドアが開いた。

「一夏さん! お気付きになられましたの!?」

「あぁ、心配掛けた」

『一応、僕も大丈夫だよ』

「春斗……よかった!」

ぞくぞくと、保健室に入ってくる面々。そして最後に入ってきた顔に、一夏は顔を強張らせた。

「千冬姉」

「一夏、春斗」

千冬と一夏は互いの顔を、ただ見合っていた。

「はいは~い。ちーちゃん中に入って入って~。いっくんも春るんも、元気かな~?」

「束さん!?」

その後ろから、顔を出した人物に一夏は驚いた。臨海学校以来行方をくらませていた束がひょっこりと顔を見せたのだから、それも仕方ないことだ。

「束さん……あの」

一夏は、箒が拐われたことを告げようとした、が、それを制して束は口を開いた。

「うん、箒ちゃん拐われちゃったんでしょ? だから束さんがここに来たんだよ」

「どういう事ですか?」

束の言葉に、全員の視線が集中する。

「どういう事も何も、いっくんが知らないことを教えてあげに来たんだよ~。例えば……箒ちゃんと春るんの体が何処にあるのか、とかね」

「っ……束!?」

「分かるんですか、場所が!?」

「うん。でも、急いだほうがいいと思うよ。敵の狙いは……デモニアを使って、世界中のISを破壊することだから」

「世界中のISを破壊……って、そんな事出来るんですか?」

「出来る。正確には出来る方法があるの。全ての始まりは六年前に起こったある事件――〈ワールド・コア・サイレンス〉」

「ワールド・コア・サイレンス……?」

聞き覚えのない言葉に一夏はつい、オウム返しする。

『ワールド・コア・サイレンス。六年前のある日、世界中のISコアが全部、一瞬とはいえ機能停止した事件だよ。原因は不明らしいけど……』

春斗が説明すると、束は呆れたように首を振った。

「原因不明なんかじゃないよ~。ていうか、春るんがやったことじゃないの~。憶えてない? 研究所で倒れたことがあったでしょ?」

「「「っ……!?」」」

束の言葉に、視線が今度は一夏――春斗に集中した。ISに関わる者ならば誰もが知る事件だけに、春斗の言葉を待つ。

『……じゃあ、あの時のあれが……でも、それがどうして僕の体を奪うことに?』

「六年前に起こったワールド・コア・サイレンス。それは、とあるISコアと春るんの接触で起こった事なの」

束は、何時もの様子とは若干違ったトーンで語り出した。

「ISコアの中には、コア自体が特殊な能力を持ったものがあるんだけど……春るんが接触したコアはその内の一つ――〈ネットワーク支配〉の特性を有したものだったの。ISというフィルターを介さずに接触したことで、春るんの強い、〈ある感情〉がダイレクトに、コア・ネットワークの深層領域に流れ込んでしまった。その結果起こったのが、ワールド・コア・サイレンスなの」

「ある感情……?」

「それは〈恐怖〉。人間のように意識を持つISコアの、唯一の弱点といえるものだね。敵はそのワールド・コア・サイレンスをもっと大規模に行なって、恐怖の中でも最も強い〈死への恐怖〉を送り込んでコアの深層領域を自壊させることで、全てのコアを完全停止させようとしているのよ」

「そんな……!」

「向こうは何度も、世界中でその実験を繰り返していた。特に三年前は世界の色んな所でやってたみたいね」

束は空間モニターを出し、ここ二ヶ月程で調べ上げたものを表示した。

「春るんが倒れたあの時も、ワールド・コア・サイレンス再現のための実験をしていたみたい。春るんが歩道橋を渡っていた時間、その近くに倉持技研から輸送されていたISが輸送されていたから、これを狙ったんだろうね~」

『もしかして、あの時聞こえた凄い音って……それですか?』

「そういえば、デモニアが凄い音を出してから、皆のISが動かなくなったな……?」

二人はそれぞれ、思い出しながら言う。

「ISの深層領域にアクセスするには、ISを装着した操縦者が直接高レベルリンクをするか、コア同士のアクセス以外には手段がない。でも、自分を殺すような真似、コアは絶対に従わない。つまり、深層領域にアクセスする手段はない。でも、そのための手段を見つけた」

『それが、僕の体ですか?』

「春るんの脳内には、コアとのアクセスによって所謂〈アクセスコード〉が記憶されているの。つまり、春るんを使えばコア以外からネットワークに干渉出来るってことだね」

「そんな……そんな事のために、あいつの体を……っ!」

一夏は憤り、ぎゅっとシーツを握り締める。他の皆も同様に、激しい怒りを覚えている。

何故、向こうがISを排除しようとしているのかは知らないが、その手段のために春斗が巻き込まれて良い理由など無い。

「敵が今回の事で、デモニアの機能がISに対してハッキリとした効果を発揮すると分かった。次はいよいよ本番だろうね~」

「本番……世界中のISコアを破壊するって事ですか。でも、どうやって? まさか一国ずつ壊して回るとか?」

「そんなまどろっこしい手段を使わないよ……上だよ」

束は天井を指差す。

「遥か上空。衛星軌道上から超高出力干渉を行えば、世界全てのコアを同時に破壊できる。そして春るんをその装置の中核として組み込む算段だろうね」

「そんな……絶対にやらせねぇ……ッ!?」

勢いよく立ち上がろうとした一夏だったが、胸に走った痛みにガクリと崩れる。

「一夏、まだ無理に動くな。気を急いては何事もままならんぞ?」

「ラウラ……あぁ、そうだな」

ラウラの言葉に、一夏は深く息をする。数度やって、少しだけ逸った気が落ち着いていく。

「………? そ、それは……っ!?」

突然、セシリアが目を見開いた。その視線の先には先程から開かれたままになっている調査資料があった。

その内の一つに、セシリアは顔を蒼白にしていた。

「どうしたの、セシリア?」

「篠ノ之博士! これは……これは!?」

シャルロットの言葉さえ届いていないのか、セシリアは束に詰め寄る。

「何だよ金髪。束さんに触らないでくれる。ていうか、煩いから離れろ」

「そんな事はどうでも良いのです! これ……この事故の記事はどういう事ですの!? これが……これもまさか亡国機業の仕業だというのですか!?」

指し示したモニター。そこには鉄道事故の詳細が書かれたイギリス紙の記事が映っていた。

「……そうだよ。この列車の走っていた区域で、非公開のIS用ウイングユニットの飛行実験が行わていたから、それ狙いだね」

「っ………! そんな……そんな事って!」

酷いショックを受けた様に、セシリアは後退り、そして部屋を飛び出した。

「セシリア、待て!」

それを追いかけてラウラも出ていく。一夏は何かに気付き、束に言った。

「束さん。それ、見せてください!」

「ん~、ほいっと」

束が指を振ると、モニターがスライドして一夏の前に来る。記事の内容を見て、一夏は眉を潜めた。

「春斗。これってまさか……?」

『間違いない。三年前の鉄道事故は一つしか起こってない……ここ、名前が載ってる』

「一夏、どうしたってのよ?」

鈴がモニターを覗いてくる。

「この事故……セシリアの親御さんが亡くなったヤツだ」

一夏は心痛の面持ちで呟いた。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

男達の魔手から救われた箒は今、デモニアに抱きかかえられたまま、通路を移動していた。

前に使っていた部屋はデモニアが破壊してしまったので、別の場所に移すためだ。

「お前は春斗のか……春斗をどうした? 一体何が目的だ?」

「私の目的? それは単純にして明確……ISを、この世から消し去ることよ」

「ISを……消し去る? そんな事、出来ると思っているのか?」

「えぇ、出来ますとも。彼が私の手の中にある以上……絶対に」

ファウストは冷酷な笑みで箒を見返した。その底知れない闇に、無意識に息を呑んでしまう。

「そもそも……お姫様は〈IS〉とは何か、本気で知っているのかしら?」

「何だと……?」

質問の意味が分からず、箒は戸惑う。だが、ファウストの憐憫さえ孕んだ瞳に苛立ちを覚え、思い出しながら答えた。

「ISは私の姉……篠ノ之束が作った、宇宙での活動も想定したマルチフォームプラットスーツだ。環境適応能力と生命維持機能に優れ、装備次第で低空下でも超音速飛行ができる。また、量子化による運用性能も高い……世界最強の兵器だ」

そう言ってやると、ファウストはパチパチと手を叩いた。

「なるほど。テキスト通りの見事な答え………でも、0点ね」

「何だと?」

こんな状況下ながら、箒はムッとした。説明が足りなくて、50点や30点なら分かる。だが、0点とはどういう意味だ。

そんな心中を読んだのか、ファウストは言った。

 

 

 

 

 

「この世界にはね、〈インフィニット・ストラトス〉なんていう超兵器は………存在しないのよ」

 

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