IS〔ツイン・ソウルズ〕   作:犬吉

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第65話  語られる真実(後編)

 

照明もなく暗い室内には幾つのもモニターが浮かぶ。

『まさか……亡国機業の連中がそこまでの力を持っていようとはな』

『ISを殺す力……神殺しにでもなるつもりか!?』

モニターには【SOUND ONLY】の文字が並ぶ。声も若干の加工を施し、その正体は隠されている。

彼らはこの世界において、様々な形で強い影響力を持つ人々。

ある者は大国の大統領であり、ある者は国際的企業グループのトップである。そして彼らは、IS委員会のトップでもあった。

『ですが、大戦力を集める時間もない。IS学園の全戦力を投入するべきでは?』

『それはいかん。ISを無力化出来る力など……あってはならんのだ。知る者は少なくてはならない』

『その点、接触したという面々は信頼が置けると?』

「……ドライバーとして組み込まれた人間は、織斑一夏及び織斑千冬と血縁関係にあります。彼らに不利益になるような言動は慎むでしょう」

室内にいた壮年の男性は、そう言った。

「それに、彼女達はISの真の意味を知らないのですから、問題もないでしょう」

そしてもう一人の、若い男が付け加える。

『ならば、今回の作戦は……?』

「彼女達を中心に、明朝をもって開始します」

『この作戦に失敗は許されない。我らが〈神の力〉を得るために掛けた膨大な時間と出費を無駄にしてくれるな?』

「承知しております」

そうして男が頭を下げると、次々にモニターが消え、そして照明が点灯した。

そこはIS学園の学園長室。壮年の男――轡木十蔵は「ふう」と嘆息した。

「やれやれ。よもやこれほどの事態になるとは……」

「事態は十年前の白騎士事件並……いや、本当の”世界の危機”ですね。敵のシステムが世界全体に作用する時、コアだけでなく、世界中のあらゆる電子機器は不能となる。

そして、それの結果……全世界の文明は致命的打撃を受け、一世紀以上に渡っての冬の時代が到来する」

若い男――辰守束音の言葉に、十蔵は厳しい表情をした。

「これも、人が神を求めた歪み故……なのですかね?」

「それはどうでしょうね。人はいずれ、神の領域にさえ手を伸ばす。そこには善も悪もないと思いますよ」

「できるならば……子供達の未来は平穏であって欲しいものです」

十蔵は独りごちて、窓の外を見やった。空は星の見えない暗黒にあった。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「ISが存在しない? 何を言っている?」

箒はファウストの言葉の真意を理解出来なかった。当然だ、ISは確かに存在しているのだから。

もしもファウストの発言を肯定するならば、今まで自分達が使っていたものは何だというのか。

まさかこの世界の全てが、コンピューターによって作られた仮想空間だとでも言うのか。

「クフフ……面白い事を考えている顔ね」

そんな箒の内心を察したのか、ファウストはおかしそうに笑った。

「煩い。ISが存在しないとはどういう意味だ、答えろ!」

「えぇ、良いわよ」

苛立つ箒の様子にまた含んだ笑い浮かべ、ファウストは言葉を紡ぎ出した。この世界を取り巻く最大の禁忌を。

「そう難しい話じゃないわ。あなたの言う〈IS〉と、私の言う〈インフィニット・ストラトス〉とは……全く別のものよ」

「? ……どういう事だ?」

ISとは、インフィニット・ストラトスの略称だ。つまり二つはイコールで結ばれる。だというのに、『二つは違うもの』というその意味は何だ。

箒は必死に考えるも、全く答えに繋がらなかった。

「確かに、この世界には篠ノ之博士が開発したマルチフォームプラットスーツは存在する。でも、おかしいと思わない? どうして宇宙開発を視野に入れたそれに成層圏を表す『ストラトスフィア』……〈無限の(インフィニット)成層圏(ストラトス)〉なんて名称が付けられているのかって?」

「っ……!?」

言われてみれば確かに妙だ。成層圏は確かに宇宙だが、ISは元々、宇宙空間――つまり成層圏よりも外での運用を目的としている。

もし、ストラトスフィアの語源であるラテン語を当て嵌めるならば、得心も行くが、しかしISのスペルは〈Infinite Stratos〉であり〈Stratus〉ではない。

つまり、ラテン語の〈広がり〉を意味するものではないという事だ。

 

「私はね、インフィニット・ストラトスには、三つの言葉が重ねられていると推測するの」

「三つの言葉……?」

「一つ目は、ラテン語の〈広がり〉を当てはめ、〈無限に広がるもの〉」

ファウストは一つ指を立てる。

「二つ目は、さっきも言った〈無限の成層圏〉」

二つ、指を立てる。

「最後は……層雲を表す〈Stratus(ストラタス)〉。つまり〈無限に覆うもの〉という意味よ」

そして三本目を立てた。ファウストは箒の顔を覗き込み、立てていた三つの指を一斉に握った。

「これら三つを混ぜこぜにして、〈インフィニット・ストラトス〉。すなわち『無限に広がり、成層圏の如くこの星を覆うもの』……何故、篠ノ之博士はマルチフォームプラットスーツに、こんな名称を付けたのだと思う?」

「………」

箒は小さく首を振った。ファウストはあの〈天才〉の思考を理解しているのか、理解しているのならば知りたいという好奇心が、箒の中で生まれつつあった。

「答えは簡単。篠ノ之博士は嘘を吐いた。インフィニット・ストラトスとは、マルチフォームプラットスーツの名前などではない。この世界にただの一機も――かの〈白騎士〉でさえも、それではないのよ」

「何……?」

「ならば、何がインフィニット・ストラトスなのか……そのヒントはコアの性質にある。ISコアには相互情報交換ネットワークがあるのは知っているわね? 開放回線(オープンチャンネル)個人回線(プライベートチャンネル)などの通信系に使用されているネットワーク。

そして無制限展開許可をされた〈非限定情報共有〉による自己進化情報の取得……その全容は、当の篠ノ之博士でさえ掴めていない。

でもこれはおかしいと思わない? 十全にして完璧を求める篠ノ之博士が、どうして勝手にしているコアを放っておくのかしら? それではまるで……『これこそが、彼女の作りたかったもの』みたいじゃない?」

「っ……!」

それは以前、箒が至った考えと遜色のないものだった。ISという存在は『十全ではなく不完璧』。だが、そこに隠された意図までを、箒は考えることが出来なかった。

箒は、ファウストの言葉を待った。

「答えは至極単純。このコア同士の繋がりこそが真のインフィニット・ストラトス。つまり〈データ蓄積型無限情報ネットワーク インフィニット・ストラトス〉」

「っ……! 無限情報ネットワーク……〈インフィニット・ストラトス〉!?」

「そう、467機のコアの内、001と002を頂点に、003から017によって中核をなし、そこからそれぞれに連なる31の眷属によって構成された存在……それがインフィニット・ストラトスの真の姿。あなた達がISと呼ぶ”それ”は、構成情報収集端末〈コア・ターミナル〉。まぁ、ややこしいだろうからISでいいけど」

「………」

「全ての始まりは、一人の天才がこの世界に誕生したことから始まった。その名は篠ノ之束。

彼女は生まれながらに、世の事象の全てを理解できる頭脳を持っていた。そしてその代償に、人間として致命的に壊れていることもまた、理解していた。それ故に彼女は、何度も何度も壊れた自分を直そうとした。普通の子供のようになれるように、とね」

「っ……何?」

姉が、あの篠ノ之束がそんな事を思っていたというのか。その事実は、箒に小さくないショックを与えた。

「だけど、天才ゆえにすぐに理解できてしまった。自分は直らないのだと。それでも諦められない彼女は、その救いをこの星の外――宇宙へと求めた。

この鳥かごを抜けて別の世界に行けば、自分は直る――変われるかもしれないと。そうして、彼女は宇宙開発に関わるようになった。

彼女は自分にも関わる宇宙服――ゴテゴテとして重いそれを軽量化、利便性と作業効率を極限まで高めたものを開発する。それがISの前身である〈SD(スター・ドレス)〉」

ファウストは空間モニターを出し、それを見せる。それは間違いなく世界最初のIS〈白騎士〉であった。

「でも、このSDには致命的欠陥があった。それは動力源。そしてその問題を解決するために、エナジーコア……後のISコアを製造した」

ファウストは淡々と語る。箒はしかし、その言葉の端々に言い知れない寒気を覚える。

「今、世界中でISコアの解析は進められている。でも、肝心のブラックボックスは謎のまま……そう、公式で言われているけど、あれも嘘よ。コアの解析はとっくに九割以上済んでいるの。

でも、たった一割以下……そこだけが誰にも解析できない部位。だから、世界中が篠ノ之博士を探している。あなた、オカルティズムは信じる方?」

「別に……」

「神社の娘だというのに反応が薄いわね」

呆れたように、ファウストは肩をすくめた。

「篠ノ之博士はエナジーコアの開発にあたって壁に突き当たった。永久機関でもあるそれを起動させる為の、点火プラグのような物が発見出来なかったのよ。構築も理論も完璧。それゆえに生半可なものでは起動さえしない代物になってしまっていた。

そんな折、彼女は実家である神社の敷地奥である物を発見した」

「ある物だと?」

「それはね……慰霊碑。江戸は吉原で亡くなった遊女達の鎮魂碑よ」

「何を言っている。吉原で亡くなった遊女は浄閑寺に葬られる慣わしがあった筈だ」

「えぇ、その通り。でも、それでは治まらない程に彼女達の無念……〈魂〉は強かった。だから、篠ノ之神社の当時の神主は代々伝わる呪術をもって、その魂を碑へと移して鎮めようとしたのよ」

「………」

呪術、人の魂などと馬鹿げている。箒はそう思った。

「篠ノ之神社の裏手に、一箇所拓けた場所があった筈よ。慰霊碑はそこにあった」

「っ!?」

その場所に心当たりはあった。一夏と春斗と、一緒に花火を見たあの場所だ。

「篠ノ之博士はそれを見つけた。強力なキルリアン反応を発するそれの経緯を調べ上げ、そして彼女はある仮説を立てた。

何百年も経って尚、無機物にこれだけの反応を与えるそれを〈魂〉と仮定し、もしもこの〈魂〉が神の粒子の様な、生命誕生に関わる暗黒物質(ダークマター)の一つであるならば、その存在はコアを起動させるだけのエネルギーとなりうる。

そう判断した篠ノ之博士は、慰霊碑の魂をコアに移すための技術……失われた篠ノ之の呪術を科学によって再現した。正に十全の鬼才にふさわしい万能ぶりだわ」

「………」

余りにも唐突過ぎる展開に、箒は只々唖然としていた。確かに、篠ノ之神社は様々な”いわく”がある。だが、その殆どは戦火によって喪失し、過去の事柄を知る術はない――筈である。

「さて、〈人間の魂〉を組み込むことでコアは起動。いよいよSDのお披露目を近い……そう思った矢先、篠ノ之博士はある事に気付いた。

試作した十七基のコアにはデータ相互交換ラインが繋げてあったのだけれど……それを使って、コアが独自にネットワークを組み上げていたの。

001と002を囲むようにして構成されたそれを、〈円卓(ラウンドテーブル)〉と呼び、そこに内包された膨大な情報エネルギーの持つ可能性を発見した。

そしてこの頃にSDはその名称をISへと変え、世界に発表された。そして、それから一ヶ月後、白騎士事件が起こった」

ファウストは足を止めた。いつの間にか目的の場所へと到着していたようだ。

ドアの脇にある装置を操作し、ドアが開かれる。そこは新たに用意された、箒の監禁部屋だ。

前に入れられていた場所よりも若干広く、正面がガラス張り担っている。箒は自分がパンダにでもなった気分だった。

中心にはテーブルがあり、何故かティーセットが置かれている。

「話の続きは中でしましょう。いつまでも抱えられていたら落ち着かないでしょうしね」

「っ……! 春斗、降ろしてくれ!」

箒は今、デモニア――春斗にお姫様抱っこされている状態だった。箒が慌てて言うと、若干の間を置いてから、デモニアは箒を静かに降ろした。

降ろされた箒は少しばかり顔を赤らめながら、デモニアを見上げた。そのモノアイには、困惑の表情をしている自分が映っていた。

箒は意識がない筈なのに、そこに彼の意思を確かに感じていた。

「デモニア。戻っていなさい」

『調整室への移動を開始』

「待て、はる――!」

箒が呼ぶよりも早くドアが締まり、金属の響く音が遠ざかっていった。

 

「――さて、白騎士事件では、ミサイル二千発以上が撃たれたとあるけれど……あれも大嘘よ」

「嘘だと?」

仕方なくテーブルに着き、箒は向きあうように座ったファウストに怪訝な視線を送った。

「そもそも軍事コンピューターを纏めてハッキングされておいて……自分の処がどれだけ撃ったかはともかく、正確なデータをどれだけ残しておけると思うの?

まさか、各国が撃った弾数を比較、検討するなんてあり得ないわ。実際の所、撃たれたのはその半分程度よ」

「半分だと?」

「えぇ。それでも一千発を超える数が発射され、そしてその半分を〈白騎士〉は斬り落とした。さて、ここで白騎士のスペックのおさらい。

武装は大型ブレードと試作型荷電粒子砲。飛行速度は超音速。基本的な部分は現行のISと大差ないけど、兵器としては極めて優秀なスペック。

なにせ標的は人と大差ない大きさ。それが低空域を音速飛行するだけで、歩兵も戦車も対空砲も全く意味を成さなくなるのだからね」

くく。と、おかしそうに笑いながら、ファウストはティーカップを傾ける。

「でもね、いくら超音速でもミサイルの速度……大陸間弾道ミサイルともなれば、白騎士の最大速度でも全てを斬るなんて不可能。

それに、ISのシールドは粒子干渉を起こせるIS装備でなくても、効率こそ悪いけれども通常兵器でもダメージを与えられる。

さて、どうやって〈白騎士〉はミサイルを斬り捨てたのかしら? そして何故、この事件以降、世界はISを受け入れていったのか?」

「それは……白騎士のスペックがカタログ以上だったのだろう?」

「なるほど。確かにそれなら説明できるかも知れないわね。でも、白騎士は解体されて、その後の第一世代の開発に利用されている。

もしも白騎士がカタログ以上のスペックだとしたら、解体された白騎士とミサイルを斬り捨て、大軍を撃破した白騎士は別の機体となってしまうわ。

流石に、その差異に気付かないバカはいないと思わない?」

「ならば、何だというのだ?」

ファウストの口調はいちいち、箒の神経を逆なでする。答えを知りながら、それをもったいぶって、こちらの反応をいちいち弄ぶ。

相当にいい性格をしている相手だと、箒は思った。

「答えは明確。世界が欲する程の”何か”を白騎士は持っていた。そしてその”何か”こそ、この矛盾を覆す『ISの本当の力』にして『篠ノ之博士の目的』と密接に関係する”秘密”――Piece Of Divine《神の欠片》、または究極単一能力(アルティメット・ワン)と呼ばれる能力なのよ」

ファウストの語りはいよいよ、根幹へと向かう。

「究極単一能力……?」

箒は本能的に、恐れを感じていた。ファウストの語る言葉の持つ危険性にだ。

「究極単一能力は、単一仕様能力の先に存在する領域とされ、そこに至ったISは文字通り〈究極〉となる。何故ならその能力とは、インフィニット・ストラトス内にある情報エネルギーを爆発的に解放することで〈あらゆる限界を超えて、現実を書き換える〉のだから」

「馬鹿な! それではまるで……神の御業ではないか!」

箒は声を荒らげた。現実を書き換えるなどあり得ないと。

「そうね。そう考えてくれて良いわ。でもね、この能力こそ、篠ノ之博士曰く『全てのISがやがて至る可能性を持ち、白騎士だけが発現させた力』なのよ。

世界はこの絶対的な力を求め、ISを求めた。インフィニット・ストラトス……すなわち〈神の卵〉から、望む神を生み出すために。そして神の力を自分の物にするために。篠ノ之博士はそこに生まれる〈神〉に、自分という存在の再生を求めた。

白騎士事件はね、〈神の卵〉を完成させるためにコアを世界中にばらまく口実として起こったのよ。いくら天才でも、一人で多量の情報エネルギーを得るのは難しいからね」

「……それが本当だとして、それを破壊するために何故、春斗を利用する? そこまでして何故、インフィニット・ストラトスを破壊することに拘る!?」

「〈神の卵〉を破壊出来るのは彼だけ。〈神を殺す悪魔〉となる為に、彼はここに居る。そして私の目的は――」

空になったティーカップを床に落とす。カップは粉々に砕け散った。

「篠ノ之博士の希望を、粉々にすること。かつて私が味わった……自分の全てを懸けたものが無意に帰す、その絶望を教えてあげるの。

デモニアに使われているコア・キューブは、元々私が永久機関の動力として開発していたものだった。だけどISの登場で、私の何十年という時間は全て否定された。

だから、今度は私が壊すの。ISを……篠ノ之博士を受け入れたこの世界をもう一度、粉々にするのよ。まぁ、関係ない世界もついでに壊れてしまうけれど……構わないわ。こんな世界、むしろ壊れてしまった方が良いもの」

「私怨……貴様は!」

バンッ! 箒はテーブルを叩いて身を乗り出し、ファウストの胸ぐらを掴んだ。

「貴様はそんな事のためにお前は世界を! 春斗を巻き込むというのか!? 自分の私怨を晴らすその為だけに!!」

「……それが悪い?」

 

「っ!?」

余りにも普通に、ファウストは質問で返した。箒の手を払い、口元に薄い笑みを浮かべる。

「私をこうしたのはあの女よ? 恨むならば、あなたの姉を恨みなさいな」

「くっ……!」

狂気さえ生温い、ゾワッとする程の瞳の光。この女は本気で、自分の私怨の為に全てを巻き添えにすることを、正当だと思ってまるで疑わない。

「それにね、デモニアが世界を破壊するのはあなたの為よ?」

「何を……!」

「催眠術って知っている? あれで『ビルから飛び降りろ』って言ってもやらないの。自己防衛本能があるからね。でも、『お前は鳥だ、お前は飛べる』って言ってやると、結構あっさりと飛び降りてしまうのよ。

流石に『世界を滅ぼせ』なんていっても、早々うまく行かないからね……何かエサが必要だったの」

「まさか、お前は……その為に私を!?」

「そう。『あなたの為にインフィニット・ストラトスを破壊しろ』って、彼には命令してある。愛しいあなたの為に、彼は世界と神を破壊する悪魔になるの。その結果、もう二度と帰れなくてもね、彼は躊躇しないわ。

どう、嬉しいでしょう? たった一人の男にそこまで思われるのだもの、女として嬉しくない筈がないわよねぇ?」

「ふざけるなっ! ――がっ!?」

怒りのままに殴りかかろうとした瞬間、手錠が電流を放ち、箒の体が床に崩れ落ちた。

「ぐ……ゥゥ……!」

「では最後の問題。私はどうして、あなたに色々教えてあげたと思う?」

ファウストは悠々と立ち上がり、ドアへとゆっくり進んでいく。体に痺れの残る箒には、その背を睨むしか出来なかった。

「篠ノ之博士の妹が、何も知らないままなんて許せないからよ。何も知らないまま憎悪と憤怒に塗れるよりも、全てを知った上で自分の無力と愚かさを噛み締めなさい。

そして壊れ果てた世界で無為に生きると良いわ……じゃあね」

床に這いずる箒を、路傍の石でも見るかのように振り返って、ファウストは部屋を後にした。

 

「く……そぉ……春斗……っ!」

一人残された箒は、力の入らない体で必死に起き上がった。

紅椿もなく、拘束され、それが春斗に世界を壊す最期のトリガーを引かせる。

「っ……だあっ!」

 

ガン! ガンッ!!

 

テーブルに、壁に、手錠を力一杯叩きつける。だが、テーブルが割れ、壁に傷がついただけで、手錠はビクともしない。

「クソッ……春斗ぉ! 聞こえているんだろう!? ヤツの言うことなど聞くな!! 一夏も千冬さんも、セシリアも鈴もシャルロットもラウラも織羽も更識さんも皆! お前を待っているんだぞぉ!!」

声を張り上げ、必死に叫ぶ。喉がビリビリと痛むが、それでも声をなお張り上げる。

「だから……一緒に帰ろう! ここから出よう!? 世界なんて滅ぼさなくても……私は……っ!」

全身から力が抜けて、床に崩れ落ちる。気が付けば涙が溢れていた。

どうして、何故、こうなってしまったのか。もう、自分には何も出来ないのか。

 

現実はただ、その問いに沈黙をもって返した。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

IS学園の保健室には一夏と千冬、そして束だけがいた。

他の面々は束が「大事な大事な話があるから、他のは纏めて出て行ってくれるかな~?」といって、追い出してしまったのだ。

「――で、何で人払いをしたんだ、束?」

「その前に、いっくん。ちょ~っと、春るんと交代してくれるかなぁ?」

千冬の質問に答えず、束は一夏に言った。

「は? ……じゃあ」

意味が分からなかったが、取り敢えずは言われた通りに春斗と交代した。

「……で、何ですか一体? って、何出しているんですか!?」

入れ替わった途端、春斗はぎょっとした。束がいきなり箱を抱き抱えていたからだ。

「ん~? ピンポン玉だよ~? とうっ!」

束はピンポン玉を鷲掴みにすると、春斗目掛けてそれを投げつてきた。

「痛っ!? ちょっと……止めて下さい! 束博士!?」

多量に降り注ぐピンポン玉を、腕を振って防ぐが、頭やら顔やらに容赦無く当たっていく。地味に痛い。

「束、ふざけるのも大概にしろ!」

すぐに千冬が割って入り、束を睨む。束はきょとんとした表情でそれを見返していた。

「やだなぁ、ちーちゃん。ふざけてなんかないよ? ……ねぇ、春るん?」

束は千冬の肩越しに、春斗に尋ねた。

「……何ですか?」

「どうして今……右手を使わなかったの(・・・・・・・・・・)?」

「「『っ――!?』」」

その言葉に千冬が振り返り、春斗が反射的に右腕を押さえた。

「たしか、春るんの利き手は右だよね? こういう時は普通、利き手を使うんじゃないかな?」

春斗は束の投げたピンポン玉を、左手だけで防ごうとしていたのだ。

『春斗……お前?』

「ッ――!」

千冬は怖い程の目付きで、春斗の右手を取った。

「握れ。力一杯だ」

「ね、姉さん……?」

「いいから握れ!」

必死に、しかし壊れそうなほどに危うい声で、千冬が怒鳴る。だが、右手はピクリともしない。

「………」

「何時からだ?」

「……姉さん」

「何時からだと聞いている!!」

「――何となくおかしいと思ったのは、臨海学校から。右手が時折、上手く動かなくて……でも、動かなくなったのは……今、気付いた」

「馬鹿者……何故もっと早く言わなかった!?」

「ゴメン」

「束。原因は分かっているのか?」

千冬は束に尋ねた。あんな事をしたのだ、何かしら予想がついているのだろうと踏んだのだ。

「もともと、いっくんと春るんは平等じゃないからね。アップロード無しで長期間その状態を続けていると、春るんの意識がいっくんの方に引きずられて行っちゃうんだけど……そこは大した問題じゃないね。

原因は銀の福音(シルバリオゴスペル)に受けたダメージと、月華白雪だね」

「どういう事だ?」

「月華白雪を起動させた時、二人の意識は融合状態になる。でも、意識だけの存在でしかない春るんにとって、自分自身を削る様なもの。その負荷が、元々弱っていた右手部分に顕著に出てきたって事だよ」

『そんな……月華白雪は、俺の体に負担があるだけじゃなかったのか?』

驚愕する一夏に束は呆れ気味に言った。

「もう、いっくんてばそんな事ある訳ないのに。二つの意識を融合させるってことは、二つの飲み物を混ぜていくようなものだよ?

混ぜれば当然、コップの中身は変わる。片方は注ぎ足されるけど、片方はそのまま。いずれ空っぽになっちゃうんだよ?」

束の言葉に、しんと静まる。そんな空気はお構いなしと、束は更に続けた。

 

「次に月華白雪を使えば、春るんの意識は致命的ダメージを受けるかも知れないよ。最悪、そのまま消滅することも――っ!?」

そもまで言って、束は言葉を止めた。正確には、千冬に胸ぐらを締め上げられたせいだ。

「黙れ。それ以上、口を開くな」

「ちーちゃん。言おうと言うまいと変わらないよ?」

「それでもだ」

睨み合う二人。空気が鉛のように重くなる。

『あー、つまりだ。月華白雪を使わないで、あのデモニアを止めれば良いんだな? それが分かってりゃ、何とか出来るさ』

「一夏?」

振り返った千冬に、一夏は頷いて答えた。

「俺一人じゃ無理だけど……皆がいれば絶対に負けない。今度こそ、春斗の体と箒を助けてみせるさ!」

自信ありと笑う一夏に、千冬は束を掴んでいた手を離した。

「……束、お前も手を貸せ。嫌だとは言うまいな?」

「勿論だよ。IS壊されちゃったら困るもの。箒ちゃんも助けないといけないしね~」

 

 

 

 

物語はいよいよ終局へと動き出す。

無力に嘆く者と、運命に抗う者と。それらを嘲笑う者と。

 

世界が選ぶのは――『神』か『悪魔』か。

 

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