IS学園二年生寮の一室。ベッドに横になりながら、楯無は虚から、あの後の学園側の様子を報告されていた。
「学園祭はどうにか無事に収まりました。例の機体〈デモニア〉に関しても、幸いアリーナ内での戦闘でしたから、目撃者はほぼ皆無。ただ、システムダウンの対応に全職員総出で当たったせいで、現場では混乱が生じました」
「関係者への説明は?」
「電気設備の停止と、予備電力の起動の不具合であると。とはいえ、デモニアとの戦闘の目撃者はゼロではなく、現在そちらの方の対応中です」
「なんとか納得してもらいたいものね。せめて、事態が解決するまでは……くっ!」
起き上がろうとすると胸がズキリと鋭く痛み、楯無は顔を歪めた。
「会長、まだ動かれては。打撲傷に加えて肋骨が数本折れているのですから」
「平気よ。絶対防御無しで攻撃を喰らってこの程度だもの。相当に手加減……いいえ、足加減かしらね、この場合は。
デモニアが殺そうと思えば、あの蹴りだけで殺せた筈なのに、彼はそうしなかった。まだ、完全に制御されてない可能性がある……今なら、まだ間に合うかも知れないのよ」
楯無は枕元の薬を飲み、そして上着をひったくる。
「虚ちゃん。敵の居場所の特定は?」
「先程、篠ノ之博士からデータを贈られました。太平洋沖約一〇〇キロ地点にある海洋調査プラントです」
「あそこが? でもあそこはダミーじゃなかった筈……まさか、亡国機業がご丁寧に調査報告をせっせと上げていたっていうの?」
「どうやらそのようです」
「やれやれ。とんだ間抜けな話だわ」
「各国には既に、施設攻撃の為の協力を結んで有ります。メンバーは簪様を除く一年の専用機持ち。全員がデモニアと接触していますので、情報漏えいの可能性を減らすためでしょう、二年と三年の専用機持ちは選ばれていません」
「この期に及んで……と、言っちゃダメかしらね」
楯無は苦笑する。だが、仕方ない。なにせ各国の代表候補に、デモニアの能力を知られたくないという思いがあるのだから。
ISの存在を根底から崩すデモニア。その正体を知られたくない楯無としても、この判断はありがたかった。
「作戦決行は翌日、07:00時。出発は04:00時。辰守家から巡洋艦〈甲武〉を使用します」
「辰守家から? 宗玄の大爺様は……出て来ないわよね?」
楯無は恐る恐る尋ねた。辰守家前当主・宗玄の豪腕無双ぶりは正直、万全の体調でもキツイ。
「それは大丈夫です。今回は、連音様が直々に来られるそうですから」
「それを聞いて安心したわ。他の皆は?」
「セシリア・オルコット以外の全員が、自習室の方に集まっています」
「分かったわ。行きましょう」
楯無は痛む体を押して、これからを話すために自習室へと向かった。
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寮内の自習室は様々な資料の置かれた広い作りで、高い防音設計が施されてある。
その一室を貸し切り、一夏達は楯無を待っていた。
「一夏。体は大丈夫なの?」
鈴が心配そうに訪ねてくると、それに手を振って返した。
「大丈夫だって。それよりラウラ。セシリアは来ないのか?」
「うむ……部屋に篭ったきりだ。声は掛けたし、本国からの指示も来ている筈だが……反応がない」
「そっか……」
『仕方ないよ。デモニアを止めなきゃ大変なことになるのも、ほーちゃんを助けたいって気持ちもあるだろう、けど……僕は彼女にとって、両親の仇だったんだし』
「バカッ! あんたが何かしたんじゃないでしょ!?」
春斗の言葉に、鈴が怒鳴る。だが、春斗は静かに首を振った。
『それはきっと、彼女だって分かってるよ。でも、だからって……頭で分かってても、心は違うさ。理屈じゃなんだ……これはさ』
「それは……でも……」
鈴は口ごもりながら、目線を伏せる。こういう事は理屈ではないと分かるのだが、それでも事態が事態なのだ。戦力は多い方が良い。
「セシリアには俺から話してみるよ。それより、これからどうするかを――」
と、一夏が言いかけた所で、ドアが開いた。皆の視線が入ってきた人物に集中する。
「やっほー。皆は揃ってないわねー?」
「生徒会長?」
「ちょっと、大丈夫なんですか?」
「大丈夫よ。あの程度、慣れているもの。それよりも、皆にこれからの事を話したいの……良い?」
心配する面々に笑って返し、そして視線を一瞬だけ、織羽に向けた。
「………」
織羽はちょっとだけ呆れた目をして、肩をすくめた。それに少し苦笑してから、楯無は皆に向き直った。
「さてさて、代表候補の皆には本国からメッセージが来ていると思うけど……私達はこれから、亡国機業の施設に対して攻撃を仕掛けます。この出動はアラスカ条約に則った正式なものですが、参加の有無は皆の自由意志に任せたいと思います」
「どういう事ですか?」
楯無の思わぬ言葉に、全員が驚きの反応を見せる中、ラウラが冷静にその真意を尋ねた。
「それはね……この戦いが本気で、命を懸けたものになってしまうからよ」
楯無は今までに見せたことのない、厳しい顔を見せた。それだけで空気が重くなる。
「作戦に参加するということは、デモニアとまた戦うという事。今回は運良く、敵の目的が箒ちゃんだったから生き残れた……といえるわ。でも、今度はどうなるか分からない。
あのISを機能停止させる攻撃……あれを次に喰らえば、絶対防御も止められる。つまり……本気で、命が危ない」
楯無はそっと、自分の腹に触れる。その言葉の意味を指し示すように。
「っ……」
誰かが、固唾を飲んだ。あの時、もしもデモニアが攻撃をしていたらその時点で、阻害効果を受けなかった一夏以外、為す術なく全滅していただろう。
「だから、無理強いはしないわ。参加するならば明日の04:00時、正門前に来て頂戴。セシリアちゃんには――」
「はい。俺から言います」
「じゃあ、一夏くんお願いね」
「それと、皆に一つ……聞いておいて欲しいことがあるんだ」
一夏が立ち上がって、全員を見回しながら言うと、春斗が驚きの声を上げた。
『一夏!? 動揺させるような事を言ったら……!』
『でも……黙っておく訳には行かないだろ?』
『………だけど』
『心配いらないさ。任せておけって』
動揺を心配する春斗に、一夏は気楽に返す。
「それで、何なのよ?」
鈴に促され、一夏は深く息を吸いこんで、そしてゆっくりと言葉を吐いた。
「――春斗の意識が、かなりヤバい状態にある」
「………え?」
「ッ……!?」
「それ……どういう事?」
全員が動揺する中、織羽が問いかけた。
「福音との戦闘から、ずっとダメージが残ってた所に、月華白雪を使った影響が出ているらしい。恐らく、次に月華白雪を使えばもう……」
「そ、そんな……嘘、だよね? 春斗が……消えるなんて……ね?」
シャルロットが、その大きな瞳を更に大きく見開いて、声を震わせた。
『………』
「春斗! 嘘だって言ってよ、ねぇ!?」
『………ゴメン』
「そんな……何で?」
シャルロットが顔を蒼白にして崩れる。それを一瞥し、一夏は続けた。
「次の戦い、月華白雪は使えない。だけど俺は……それでも負けない……いや、絶対に勝つ。勝って全部を取り戻す。相手が世界をぶっ壊そうとするようなとんでもないヤツでも……それでも、絶対に勝つ」
一夏は強く握られた、決意を示す拳を突き出す。
「だけど、俺一人じゃあいつに届かないかも知れない。だから、皆の力を貸して欲しい。楯無さんの言葉も分かるから無理にとは言えないけど……それでも」
「皆まで言うな、一夏」
コツン。と、一夏の拳に小さな拳骨が触れる。ラウラがその銀髪を揺らして、微笑んでいた。
「私は軍人だ。軍人とは命令で戦うものだ。だが、今回の私は命令で戦うのではない。お前の想いを叶えるために、そして義兄上と箒を取り戻すために……共に戦おう」
「ラウラ……」
「あたしもやるわよ。だって、約束したもんね……『春斗が戻るまで、一緒に頑張る』ってさ。国の命令? はっ、そんなの知ったこっちゃないわよ。死ぬかも知れない? だから何だってのよ。全部纏めて、ぶっ飛ばせば良いだけでしょ」
コン。と、鈴の拳が当たる。
「デモニアは春斗の体で……でも、倒さないと春斗が帰ってこれなくて……月華白雪を使ったら春斗が消えちゃうかも知れない……なら、戦うよ」
胸のネックレストップを握りしめて、シャルロットが顔を上げる。その瞳は若干赤くなっているが、同時に強い意思を宿していた。
「僕とドラグーンが……どんな相手からだって、春斗の未来を守ってみせるよ!」
『シャル……うん、ありがとう』
「だから約束……全部終わったら、その時は……僕とデートね?」
『……え?』
「はい、約束だよ」
戸惑う春斗を余所に、シャルロットは手を取って、小指を絡めた。
「指切拳万。嘘吐いたら……クラスター爆弾の~ます!」
『ちょ、それは死ねるよ!?』
「指き~った! ……はい。約束だからね、破っちゃダメだよ?」
『……は、はぁ』
一万発殴られる上に、クラスター爆弾を飲まされるのか。それは軽く二桁は死ねそうだなぁ。
とか思いながら、春斗は苦笑した。
「……義兄上」
『ラウラちゃん?』
ラウラがいきなり、眼前にチラシを突きつけてきた。
「十月にある〈秋のきのこカレーフェア〉です。全てを終わらせた暁には、嫁と共に是非行きましょう!」
『う、うん……良いけど。一夏は?』
「まぁ、俺も良いけどさ……どうしたんだ、いきなり?」
「いや。目の前のことだけでなく、その後の事を考えておけば……気合も一際入りやすいと思っただけだ。けして、この機に乗じて邪魔者なしで遊びに行きたいとか、そういうことではないからな!?」
『うん、遊びに行きたいんだね?』
「なっ!? ち、違います義兄上!! どうしてそうなるのですか!?」
「ったく、本音ダダ漏れじゃないのよ……春斗?」
アワアワするラウラを尻目に、鈴がどうしてか顔を朱に染めて人差し指を突きつけてきた。
「これが終わったら……あんたにも、あたし特製の酢豚を食べさせてあげるからね」
『ゴメン。それはいらないや』
「あんだとコラァあああ!?」
『だって、鈴ちゃんの特製酢豚って……あの暗黒物体が』
「ちゃんと作れるって知ってるでしょ! てか、前に屋上で食ったでしょうが!?」
『まぁね。でも、酢豚だと一夏と被るからなぁ~』
うがー! と吠える鈴に笑って返した。
『じゃあ、青椒肉絲で』
「チンジャオロース? まぁ、良いけど……っ?!」
鈴は何故か背筋がゾワッとした。振り返るとそこには、金色夜叉がいた。
「鈴?」
「ちょっと、怖いわよ!? よらないでよ!?」
「何が怖いの? ねぇ?」
笑顔なのに何故か顔に影が差しているシャルロットに迫られ、鈴がどんどんと後退っていく。
そんな様子を一瞥して、織羽は楯無に尋ねた。
「さて、切り札といえる月華白雪が使えない以上……やっぱり?」
「えぇ、そうなるわね。一夏くん。セシリアちゃんの方はお願いするわね」
「分かりました」
「それじゃ、明日に備えて今日は休みましょう。少しでも体調を万全にしてね」
「「「はい!」」」
全員が、戦いの決意を固める同じ頃。
「……ふむふむ。これとこれは使えるかなぁ? ん、これは……イギリスのストライク・ガンナーだっけ? ………んん? 何、この酷い出来は!? これを考えたのは、きっと頭の中にグリセリンでも詰まってるんじゃないかな?」
束はIS学園の格納庫にて作業を開始していた。
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照明の消えた室内で、セシリアは一人ベッドの上に横たわっていた。
天蓋に浮かんでは消える、過去の残影。
「お父様……お母様……っ」
胸を締める鈍痛に、ギュッとシーツを掴む。
三年前の鉄道事故。両親を含む大勢の命を奪ったあの忌まわしい出来事が、人の手によって起こされたものであったと知った時、彼女の動揺は嵐の海の如くだった。
そして同時に、嫌悪すべき考えさえも浮かんでしまった。
保健室を飛び出した後、追いかけてきたラウラを振りきって寮の自室に駆け込み、ただずっとこうしていた。
先程、本国から亡国機業の施設攻撃の命令が下りた。だが、セシリアはどうしても心が動かなかった。
するべき事、しなければならない事は分かっているのに。
「っ……」
原因は分かっている。一瞬でも思ってしまった”それ”が、セシリアを今、がんじがらめにしてしまっているのだ。
――コンコン、コンコン。
ドアがノックされる。だがセシリアはベッドから起きることさえなかった。
(……セシリア、居るか?)
「!?」
ドア越しの声に、セシリアは跳ね起きた。今、一番聞きたくないその声が、セシリアの鼓動を早める。
(居るんだろ? ここを開けなくて良いから聞いてくれ。明日の早朝4時、出撃が決まった。箒と春斗を助けるラストチャンスだ。皆、危険を承知で……それでも参加するって言ってくれたよ。だから、出来るならセシリアにも力を貸して欲しい)
「………」
セシリアはドアの前に立ち、その言葉を聞いていた。だが、今の中途半端な気持ちでは足を引っ張るだけだ。
それに、一夏達には月華白雪があるのだ。自分一人いなくても――。
(俺達はもう、月華白雪を使えないんだ。使ったら……春斗が消ちまうかも知れないから)
「……え?」
そう思った矢先に聞こえた言葉に、セシリアは顔を強張らせた。
(春斗さんが……消える?)
足元から床が消えるような、そんな現実感の喪失がセシリアを襲う。
(セシリアにとって、春斗は親御さんの仇なのかも知れない。俺にこんな事を言う資格はないのかも知れない。それでも、あいつは俺にとって半身で……大事な家族なんだ!)
(家族………大事な、家族)
(だから……頼む! セシリアの力を貸してくれ! ……明日、正門前に来てくれ……待ってるからな)
ドアの前から、気配が遠ざかっていく。セシリアはドアノブに手を伸ばしかけ――止めた。
言い知れない痛みに顔をしかめ、ギュッと両手を握る。
「私は……なんて愚かな……だけど、でも……!」
分かっているのだ。春斗は何も悪くなどない。むしろ彼も被害者なのだ。
たまたま、彼が事態の始まりに関わっただけで、彼が自分の両親を殺したわけではない。悪いのは亡国機業だ。
だけど、どうしても思ってしまうのだ。
――春斗がいなければ、両親は今も生きていたのではないかと。
それが過ぎったら、心はどんどんと暗闇に染まっていった。春斗を、親の仇を助けるのか。それでいいのか。放っておけばいいと。
「っ………!」
正義も、誇りもない。卑劣で暗愚なる思考がじわじわと染みこんでいく気色悪い感覚が、セシリアの芯を腐らせていく。
―― 何を悩んでいるの? ――
「っ!? 誰!?」
声に振り返るセシリア。窓から差し込む月光が、その影を照らしていた。
淡い光は月光故か。蒼いドレスを着て、カールを掛けたブロンド髪。サファイアの瞳は冷たく、驚きに目を見開くセシリアを映していた。
「わ、私……!? いえ、貴方は誰ですの!? 私の姿を真似るなんて……随分と悪趣味ですわね!」
突然現れた不審者を、セシリアは強い警戒心と共に睨んだ。だが、もう一人のセシリアは、冷美な微笑を浮かべて静かに溜め息を吐いた。
―― 私が誰かなんて、どうでもいい事ですわ。それよりも、貴方は何を悩んでますの? 彼は両親の仇、捨て置けば良いではないですか ――
「な、何を言って……!? そんな事、出来るわけありませんでしょう!?」
この偽者は何を言っているのだ。セシリアはカッとなって叫んだ。
―― なら、どうしてすぐにドアを開けて、一夏さんに共に戦うと言わなかったんですの? テロリストを許せないと、何故立ち上がらなかったの? ――
「っ……!? そ、それは……」
―― それは……何ですの? ――
「………」
―― 言えないのならば、言ってあげますわ。貴方は自分の手を汚したくないのですわ ――
「なっ!?」
―― 両親の仇を討ちたい。だけども、その元凶は最早死に体……放っておいても問題ない。そう思っているのでしょう? ――
「ち、違う……違いますわ!」
―― このまま消えるなら良し。肉体を取り戻しても、その時はその時。箒さんや他の面々が帰らざるならば恋敵が減る。デモニアの力は一夏さんには及ばないから、一番帰還率が高い。貴方に損はないものね? ――
「違う……私は……! そのような事、貴族としての誇りが――」
―― また、貴族の誇り? ――
「ッ……!?」
―― その誇りも、所詮はお母様の真似事。貴方自身の誇りなんて何処にもないというのに……滑稽ですわね ――
「何が……!」
―― BT稼働率の低下。成果の上がらない自分と、比較した貴方の心なんて、手に取るように分かりますわ ――
「ッ――!?」
幻影はナイフのように鋭い言葉で、セシリアの心を抉り取る。顔を青ざめさせ、小さく震えるセシリアに一歩、幻影は歩み寄った。
―― 貴方は嫉妬している、織斑一夏に。ISを手にして僅か数ヶ月で目覚ましい成長を遂げ、更には二次移行まで果たした彼に ――
一歩、また近づく。セシリアが後ろに下がる。
―― 貴方は嫉妬している、篠ノ之箒に。第四世代ISを与えられ、その力を徐々に引き出していく彼女に ――
更に、幻影が距離を詰める。セシリアは更に下がる。が、その背がドアに当たった。
「いや……来ないで……!」
その言葉の恐怖は、何処からか。セシリアは必死に目を閉じて、耳を塞いだ。
―― 貴方は嫉妬している、凰鈴音に。ラウラ・ボーデヴィッヒに。シャルロット・デュノアに。辰守織羽に。迷うことなく、戦いの場へと進むことのできる彼女達に ――
だが、その声はまるで内側から響くかのように、容赦なく届いていく。
―― 自分に出来ない事を羨む……なんて矮小な心。なんて醜くて、歪な思い。ノーブレス・オブリージュなど、何処にあるというの? ――
「お願い……もう、止めて……っ!」
―― 堂々と仇を罵ることも出来ず、かと言って、それを踏み越えて助けに行くことも躊躇して……貴方の言う誇りとは何? ――
ヒタ、ヒタとその足音は情け容赦なくセシリアに詰め寄っていく。
―― なんて卑劣。なんて卑怯。そして、それを認めることさえできない……それが、セシリア・オルコットなのですわ ――
「違う……私は……私は………!」
ポロポロと涙を溢れさせ、必死に責め苦の終わりを願う。
―― だから、そのまま見捨ててしまえば良いのですわ。どうせ、貴方は家を守るためだけにISを手にしただけで……彼らと共に戦う義理など無いのだから ――
「っ!?」
その言葉に、セシリアは今まで閉じていた目をカッと見開いた。
そして同時に、心の中から激情が溢れ上がってくる。
「――確かに、私は貴方の言うように……醜くて卑劣で、卑怯で矮小で、お母様とは比べ物にならない小さな器なのかも知れない。だけど……!」
顔を上げ、目の前にある幻影の顔を強く睨みつける。
「確かに私は家を守るためにISを得ましたわ! だけど、今の私には同じぐらい……いいえ、それ以上に守りたい大切なものがあるのです!!」
自分の胸を強く叩き、溢れるままに叫ぶ。
「たった数ヶ月で、私は沢山のものを得ましたわ! それは一夏さんや春斗さん、箒さんや鈴さんやシャルロットさん、ラウラさんに織羽さんに更識さん……この学園で出会えた大切な絆と思い出ですわ!!
貴方がどれ程に私を侮蔑しようとも、これだけは絶対に否定させません!!」
―― なら、どうするというのです? ――
幻影が問う。セシリアはギュッと拳を握りしめ、それを思いっ切り突き出した。パァン! と、乾いた音が響く。
「戦いますわ。戦って抗って……そして必ず、望んだ未来をこの手に掴みますわ!」
受け止められた拳を更に、力を篭めて押しこむ。自分の想いをねじ込むように。
―― ………そう ――
フッ。と、拳から感触が消えて、セシリアは思わずよろめく。幻影はいつの間にか、再び窓の所にまで戻っていた。
―― もう、迷いは無いようですわね ――
「えぇ。お陰で大事な事を思い出しましたわ。感謝いたします。それで……おせっかいな貴方は一体、何方ですの?」
セシリアそう尋ねると、幻影は今でとは違う、優しい笑みを浮かべた。
―― それはまだ、秘密ですわ。ですが、そう遠くない内にまた、会うことになるでしょう ――
「………」
―― その時、貴方にもう一度………問いますわ ――
月光に解けるように、幻影は淡い光を残して消え去る。キラキラと蒼い光子も、やがて闇に溶けて消えた。
「………」
セシリアはじっと自分の手を見た。今のが幻だったのか。ふと、そんな事を考えたが、それもすぐに消えた。
自分には、するべきことがあるのだから。
迷いを払拭した蒼雫の射手は、静かに佇む月光を見上げた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
夜も明けきらない午前4時前。楯無は痛む体を押して、廊下を歩いていた。
「――お姉ちゃん。何処に行くの?」
その行く手を塞ぐように、楯無に似た容姿の少女――簪が立っていた。
「簪ちゃん……勿論、戦場によ」
「怪我、してるんだよ? そんな体で戦ったら……お姉ちゃん、死んじゃうよ!?」
「死なないわ。私は――死なない」
「お父さんもそう言って……結局帰って来なかった!」
「………」
先代楯無――二人の父は、簪が十二の頃に亡くなった。国内に潜入したテロリストを排除する任務で、爆弾で吹き飛ばされた。遺骸もない仮初の葬儀は、簪の心に今もこびりついている。
そして、楯無は僅か一三歳でその後を継ぎ〈楯無〉となった。
「そうね。でも、これが〈楯無〉を継いだ人間の宿命なのよ」
「どうして……何で……? 何でそこまでして戦うの? 死んじゃうのが怖いと思わないの?」
「人間だもの、怖いに決まっているわ」
「じゃあ、なんで――」
「それよりも、怖いことがあるからよ」
楯無は簪の頭にそっと触れる。優しく、ゆっくりと髪を撫でていく。
「簪ちゃん。私が生きている限り、あなたはずっと〈更識 簪〉のまま。手を汚すのは私だけで良い……私のように名前を捨てなくて良い」
「お姉……ちゃん?」
「弱いままでもいい……あなたは更識 簪として、普通に生きなさい」
「お姉ちゃん……!」
初めて分かった。姉の心が。その才も、その力も、全ては自分を守るために。
その為に、姉は修羅道を行く。笑顔で。
「お姉ちゃん……私も!」
「ダメよ。あなたはここで……帰りを待っていて頂戴?」
ポン。と、頭を軽く叩いて、楯無はその横をすり抜けていく。まるで、ちょっと散歩にでも行くかのように軽やかに。
その背をただ、簪は見送る。それしか出来ない。やはり、自分は無力で何も出来ないのだ。
「――ねぇ。ちょっとそこのお嬢ちゃん? 道を聞いてもいいかしら?」
「え――?」
そんな簪に、声を掛けた者がいた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
IS学園正門は一夏達、作戦参加者が集合していた。
ただし、セシリアの姿だけはそこにはない。
「……もう、時間だね」
「セシリア……やっぱり来ない、か」
「仕方ないわね。そろそろ、出発しましょう」
一夏は正門の方を見ていたが、楯無の言葉に振り返って、船の発着場へと向かおうと足を一歩進めた。
「――あら、私を置いて何方へ行かれるのですか?」
「ッ――!? セシリア!!」
声に皆が振り返る。正門を潜って姿を見せたセシリアに、一夏は驚きの声を上げた。
「セシリア……どうして?」
「あら、おかしな事を聞かれますのね? 私の力を借りたいと仰ったのは一夏さんではなくて?」
優雅な足取りで一夏の隣にまで来たセシリアは、覗き込むように一夏の顔を見た。
『セシリアさん。でも、僕は君の……』
「ストップ、ですわ」
春斗が言おうとしたところにセシリアは「ピッ」と、指を立てて制する。
「私、春斗さんには言いたいことが沢山ありますわ。ですが、今からでは時間が足りませんの」
フッと笑って、セシリアは指先を一夏の胸に当てた。
「ですから、全てが終わった暁には丸一日お時間を頂きます。宜しいですわね?」
『……え?』
「お返事は?」
『は、はい』
「結構ですわ。さ、行きましょう――今度こそ、決着を付けるために」
ブロンドを翻して、セシリアは力強く踏み出す。その背を半ば呆然と見送る二人。
「なんか……セシリアか、あれ?」
『昨日とは、まるで別人みたいだ。何ていうか……見違えた感があるね』
「何をしていますの? 早く来ないと置いて行きますわよ、一夏さん、春斗さん!?」
「え、おう!」
セシリアの声に慌てて一夏は駆け出した。
世界の運命を懸けた長い一日が、いよいよ幕を開ける。