IS〔ツイン・ソウルズ〕   作:犬吉

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第66話  決戦前夜/戦う理由

 

IS学園二年生寮の一室。ベッドに横になりながら、楯無は虚から、あの後の学園側の様子を報告されていた。

「学園祭はどうにか無事に収まりました。例の機体〈デモニア〉に関しても、幸いアリーナ内での戦闘でしたから、目撃者はほぼ皆無。ただ、システムダウンの対応に全職員総出で当たったせいで、現場では混乱が生じました」

「関係者への説明は?」

「電気設備の停止と、予備電力の起動の不具合であると。とはいえ、デモニアとの戦闘の目撃者はゼロではなく、現在そちらの方の対応中です」

「なんとか納得してもらいたいものね。せめて、事態が解決するまでは……くっ!」

起き上がろうとすると胸がズキリと鋭く痛み、楯無は顔を歪めた。

「会長、まだ動かれては。打撲傷に加えて肋骨が数本折れているのですから」

「平気よ。絶対防御無しで攻撃を喰らってこの程度だもの。相当に手加減……いいえ、足加減かしらね、この場合は。

デモニアが殺そうと思えば、あの蹴りだけで殺せた筈なのに、彼はそうしなかった。まだ、完全に制御されてない可能性がある……今なら、まだ間に合うかも知れないのよ」

楯無は枕元の薬を飲み、そして上着をひったくる。

「虚ちゃん。敵の居場所の特定は?」

「先程、篠ノ之博士からデータを贈られました。太平洋沖約一〇〇キロ地点にある海洋調査プラントです」

「あそこが? でもあそこはダミーじゃなかった筈……まさか、亡国機業がご丁寧に調査報告をせっせと上げていたっていうの?」

「どうやらそのようです」

「やれやれ。とんだ間抜けな話だわ」

「各国には既に、施設攻撃の為の協力を結んで有ります。メンバーは簪様を除く一年の専用機持ち。全員がデモニアと接触していますので、情報漏えいの可能性を減らすためでしょう、二年と三年の専用機持ちは選ばれていません」

「この期に及んで……と、言っちゃダメかしらね」

楯無は苦笑する。だが、仕方ない。なにせ各国の代表候補に、デモニアの能力を知られたくないという思いがあるのだから。

ISの存在を根底から崩すデモニア。その正体を知られたくない楯無としても、この判断はありがたかった。

「作戦決行は翌日、07:00時。出発は04:00時。辰守家から巡洋艦〈甲武〉を使用します」

「辰守家から? 宗玄の大爺様は……出て来ないわよね?」

楯無は恐る恐る尋ねた。辰守家前当主・宗玄の豪腕無双ぶりは正直、万全の体調でもキツイ。

「それは大丈夫です。今回は、連音様が直々に来られるそうですから」

「それを聞いて安心したわ。他の皆は?」

「セシリア・オルコット以外の全員が、自習室の方に集まっています」

「分かったわ。行きましょう」

楯無は痛む体を押して、これからを話すために自習室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

寮内の自習室は様々な資料の置かれた広い作りで、高い防音設計が施されてある。

その一室を貸し切り、一夏達は楯無を待っていた。

「一夏。体は大丈夫なの?」

鈴が心配そうに訪ねてくると、それに手を振って返した。

「大丈夫だって。それよりラウラ。セシリアは来ないのか?」

「うむ……部屋に篭ったきりだ。声は掛けたし、本国からの指示も来ている筈だが……反応がない」

「そっか……」

『仕方ないよ。デモニアを止めなきゃ大変なことになるのも、ほーちゃんを助けたいって気持ちもあるだろう、けど……僕は彼女にとって、両親の仇だったんだし』

「バカッ! あんたが何かしたんじゃないでしょ!?」

春斗の言葉に、鈴が怒鳴る。だが、春斗は静かに首を振った。

『それはきっと、彼女だって分かってるよ。でも、だからって……頭で分かってても、心は違うさ。理屈じゃなんだ……これはさ』

「それは……でも……」

鈴は口ごもりながら、目線を伏せる。こういう事は理屈ではないと分かるのだが、それでも事態が事態なのだ。戦力は多い方が良い。

「セシリアには俺から話してみるよ。それより、これからどうするかを――」

と、一夏が言いかけた所で、ドアが開いた。皆の視線が入ってきた人物に集中する。

「やっほー。皆は揃ってないわねー?」

「生徒会長?」

「ちょっと、大丈夫なんですか?」

「大丈夫よ。あの程度、慣れているもの。それよりも、皆にこれからの事を話したいの……良い?」

心配する面々に笑って返し、そして視線を一瞬だけ、織羽に向けた。

「………」

織羽はちょっとだけ呆れた目をして、肩をすくめた。それに少し苦笑してから、楯無は皆に向き直った。

「さてさて、代表候補の皆には本国からメッセージが来ていると思うけど……私達はこれから、亡国機業の施設に対して攻撃を仕掛けます。この出動はアラスカ条約に則った正式なものですが、参加の有無は皆の自由意志に任せたいと思います」

「どういう事ですか?」

楯無の思わぬ言葉に、全員が驚きの反応を見せる中、ラウラが冷静にその真意を尋ねた。

「それはね……この戦いが本気で、命を懸けたものになってしまうからよ」

楯無は今までに見せたことのない、厳しい顔を見せた。それだけで空気が重くなる。

「作戦に参加するということは、デモニアとまた戦うという事。今回は運良く、敵の目的が箒ちゃんだったから生き残れた……といえるわ。でも、今度はどうなるか分からない。

あのISを機能停止させる攻撃……あれを次に喰らえば、絶対防御も止められる。つまり……本気で、命が危ない」

楯無はそっと、自分の腹に触れる。その言葉の意味を指し示すように。

「っ……」

誰かが、固唾を飲んだ。あの時、もしもデモニアが攻撃をしていたらその時点で、阻害効果を受けなかった一夏以外、為す術なく全滅していただろう。

「だから、無理強いはしないわ。参加するならば明日の04:00時、正門前に来て頂戴。セシリアちゃんには――」

「はい。俺から言います」

「じゃあ、一夏くんお願いね」

「それと、皆に一つ……聞いておいて欲しいことがあるんだ」

一夏が立ち上がって、全員を見回しながら言うと、春斗が驚きの声を上げた。

『一夏!? 動揺させるような事を言ったら……!』

『でも……黙っておく訳には行かないだろ?』

『………だけど』

『心配いらないさ。任せておけって』

動揺を心配する春斗に、一夏は気楽に返す。

「それで、何なのよ?」

鈴に促され、一夏は深く息を吸いこんで、そしてゆっくりと言葉を吐いた。

「――春斗の意識が、かなりヤバい状態にある」

「………え?」

「ッ……!?」

「それ……どういう事?」

全員が動揺する中、織羽が問いかけた。

「福音との戦闘から、ずっとダメージが残ってた所に、月華白雪を使った影響が出ているらしい。恐らく、次に月華白雪を使えばもう……」

「そ、そんな……嘘、だよね? 春斗が……消えるなんて……ね?」

シャルロットが、その大きな瞳を更に大きく見開いて、声を震わせた。

『………』

「春斗! 嘘だって言ってよ、ねぇ!?」

『………ゴメン』

「そんな……何で?」

シャルロットが顔を蒼白にして崩れる。それを一瞥し、一夏は続けた。

「次の戦い、月華白雪は使えない。だけど俺は……それでも負けない……いや、絶対に勝つ。勝って全部を取り戻す。相手が世界をぶっ壊そうとするようなとんでもないヤツでも……それでも、絶対に勝つ」

一夏は強く握られた、決意を示す拳を突き出す。

「だけど、俺一人じゃあいつに届かないかも知れない。だから、皆の力を貸して欲しい。楯無さんの言葉も分かるから無理にとは言えないけど……それでも」

「皆まで言うな、一夏」

コツン。と、一夏の拳に小さな拳骨が触れる。ラウラがその銀髪を揺らして、微笑んでいた。

「私は軍人だ。軍人とは命令で戦うものだ。だが、今回の私は命令で戦うのではない。お前の想いを叶えるために、そして義兄上と箒を取り戻すために……共に戦おう」

「ラウラ……」

「あたしもやるわよ。だって、約束したもんね……『春斗が戻るまで、一緒に頑張る』ってさ。国の命令? はっ、そんなの知ったこっちゃないわよ。死ぬかも知れない? だから何だってのよ。全部纏めて、ぶっ飛ばせば良いだけでしょ」

コン。と、鈴の拳が当たる。

「デモニアは春斗の体で……でも、倒さないと春斗が帰ってこれなくて……月華白雪を使ったら春斗が消えちゃうかも知れない……なら、戦うよ」

胸のネックレストップを握りしめて、シャルロットが顔を上げる。その瞳は若干赤くなっているが、同時に強い意思を宿していた。

「僕とドラグーンが……どんな相手からだって、春斗の未来を守ってみせるよ!」

『シャル……うん、ありがとう』

「だから約束……全部終わったら、その時は……僕とデートね?」

『……え?』

「はい、約束だよ」

戸惑う春斗を余所に、シャルロットは手を取って、小指を絡めた。

「指切拳万。嘘吐いたら……クラスター爆弾の~ます!」

『ちょ、それは死ねるよ!?』

「指き~った! ……はい。約束だからね、破っちゃダメだよ?」

『……は、はぁ』

一万発殴られる上に、クラスター爆弾を飲まされるのか。それは軽く二桁は死ねそうだなぁ。

とか思いながら、春斗は苦笑した。

「……義兄上」

『ラウラちゃん?』

ラウラがいきなり、眼前にチラシを突きつけてきた。

「十月にある〈秋のきのこカレーフェア〉です。全てを終わらせた暁には、嫁と共に是非行きましょう!」

『う、うん……良いけど。一夏は?』

「まぁ、俺も良いけどさ……どうしたんだ、いきなり?」

「いや。目の前のことだけでなく、その後の事を考えておけば……気合も一際入りやすいと思っただけだ。けして、この機に乗じて邪魔者なしで遊びに行きたいとか、そういうことではないからな!?」

『うん、遊びに行きたいんだね?』

「なっ!? ち、違います義兄上!! どうしてそうなるのですか!?」

「ったく、本音ダダ漏れじゃないのよ……春斗?」

アワアワするラウラを尻目に、鈴がどうしてか顔を朱に染めて人差し指を突きつけてきた。

「これが終わったら……あんたにも、あたし特製の酢豚を食べさせてあげるからね」

『ゴメン。それはいらないや』

「あんだとコラァあああ!?」

『だって、鈴ちゃんの特製酢豚って……あの暗黒物体が』

「ちゃんと作れるって知ってるでしょ! てか、前に屋上で食ったでしょうが!?」

『まぁね。でも、酢豚だと一夏と被るからなぁ~』

うがー! と吠える鈴に笑って返した。

『じゃあ、青椒肉絲で』

「チンジャオロース? まぁ、良いけど……っ?!」

鈴は何故か背筋がゾワッとした。振り返るとそこには、金色夜叉がいた。

「鈴?」

「ちょっと、怖いわよ!? よらないでよ!?」

「何が怖いの? ねぇ?」

笑顔なのに何故か顔に影が差しているシャルロットに迫られ、鈴がどんどんと後退っていく。

そんな様子を一瞥して、織羽は楯無に尋ねた。

「さて、切り札といえる月華白雪が使えない以上……やっぱり?」

「えぇ、そうなるわね。一夏くん。セシリアちゃんの方はお願いするわね」

「分かりました」

「それじゃ、明日に備えて今日は休みましょう。少しでも体調を万全にしてね」

「「「はい!」」」

 

全員が、戦いの決意を固める同じ頃。

 

 

「……ふむふむ。これとこれは使えるかなぁ? ん、これは……イギリスのストライク・ガンナーだっけ? ………んん? 何、この酷い出来は!? これを考えたのは、きっと頭の中にグリセリンでも詰まってるんじゃないかな?」

束はIS学園の格納庫にて作業を開始していた。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

照明の消えた室内で、セシリアは一人ベッドの上に横たわっていた。

天蓋に浮かんでは消える、過去の残影。

「お父様……お母様……っ」

胸を締める鈍痛に、ギュッとシーツを掴む。

三年前の鉄道事故。両親を含む大勢の命を奪ったあの忌まわしい出来事が、人の手によって起こされたものであったと知った時、彼女の動揺は嵐の海の如くだった。

そして同時に、嫌悪すべき考えさえも浮かんでしまった。

保健室を飛び出した後、追いかけてきたラウラを振りきって寮の自室に駆け込み、ただずっとこうしていた。

先程、本国から亡国機業の施設攻撃の命令が下りた。だが、セシリアはどうしても心が動かなかった。

するべき事、しなければならない事は分かっているのに。

「っ……」

原因は分かっている。一瞬でも思ってしまった”それ”が、セシリアを今、がんじがらめにしてしまっているのだ。

 

――コンコン、コンコン。

 

ドアがノックされる。だがセシリアはベッドから起きることさえなかった。

(……セシリア、居るか?)

「!?」

ドア越しの声に、セシリアは跳ね起きた。今、一番聞きたくないその声が、セシリアの鼓動を早める。

(居るんだろ? ここを開けなくて良いから聞いてくれ。明日の早朝4時、出撃が決まった。箒と春斗を助けるラストチャンスだ。皆、危険を承知で……それでも参加するって言ってくれたよ。だから、出来るならセシリアにも力を貸して欲しい)

「………」

セシリアはドアの前に立ち、その言葉を聞いていた。だが、今の中途半端な気持ちでは足を引っ張るだけだ。

それに、一夏達には月華白雪があるのだ。自分一人いなくても――。

(俺達はもう、月華白雪を使えないんだ。使ったら……春斗が消ちまうかも知れないから)

「……え?」

そう思った矢先に聞こえた言葉に、セシリアは顔を強張らせた。

(春斗さんが……消える?)

足元から床が消えるような、そんな現実感の喪失がセシリアを襲う。

(セシリアにとって、春斗は親御さんの仇なのかも知れない。俺にこんな事を言う資格はないのかも知れない。それでも、あいつは俺にとって半身で……大事な家族なんだ!)

(家族………大事な、家族)

(だから……頼む! セシリアの力を貸してくれ! ……明日、正門前に来てくれ……待ってるからな)

ドアの前から、気配が遠ざかっていく。セシリアはドアノブに手を伸ばしかけ――止めた。

言い知れない痛みに顔をしかめ、ギュッと両手を握る。

「私は……なんて愚かな……だけど、でも……!」

分かっているのだ。春斗は何も悪くなどない。むしろ彼も被害者なのだ。

たまたま、彼が事態の始まりに関わっただけで、彼が自分の両親を殺したわけではない。悪いのは亡国機業だ。

だけど、どうしても思ってしまうのだ。

 

――春斗がいなければ、両親は今も生きていたのではないかと。

 

それが過ぎったら、心はどんどんと暗闇に染まっていった。春斗を、親の仇を助けるのか。それでいいのか。放っておけばいいと。

「っ………!」

正義も、誇りもない。卑劣で暗愚なる思考がじわじわと染みこんでいく気色悪い感覚が、セシリアの芯を腐らせていく。

―― 何を悩んでいるの? ――

「っ!? 誰!?」

声に振り返るセシリア。窓から差し込む月光が、その影を照らしていた。

淡い光は月光故か。蒼いドレスを着て、カールを掛けたブロンド髪。サファイアの瞳は冷たく、驚きに目を見開くセシリアを映していた。

「わ、私……!? いえ、貴方は誰ですの!? 私の姿を真似るなんて……随分と悪趣味ですわね!」

突然現れた不審者を、セシリアは強い警戒心と共に睨んだ。だが、もう一人のセシリアは、冷美な微笑を浮かべて静かに溜め息を吐いた。

―― 私が誰かなんて、どうでもいい事ですわ。それよりも、貴方は何を悩んでますの? 彼は両親の仇、捨て置けば良いではないですか ――

「な、何を言って……!? そんな事、出来るわけありませんでしょう!?」

この偽者は何を言っているのだ。セシリアはカッとなって叫んだ。

―― なら、どうしてすぐにドアを開けて、一夏さんに共に戦うと言わなかったんですの? テロリストを許せないと、何故立ち上がらなかったの? ――

「っ……!? そ、それは……」

―― それは……何ですの? ――

「………」

―― 言えないのならば、言ってあげますわ。貴方は自分の手を汚したくないのですわ ――

「なっ!?」

―― 両親の仇を討ちたい。だけども、その元凶は最早死に体……放っておいても問題ない。そう思っているのでしょう? ――

「ち、違う……違いますわ!」

―― このまま消えるなら良し。肉体を取り戻しても、その時はその時。箒さんや他の面々が帰らざるならば恋敵が減る。デモニアの力は一夏さんには及ばないから、一番帰還率が高い。貴方に損はないものね? ――

「違う……私は……! そのような事、貴族としての誇りが――」

―― また、貴族の誇り? ――

「ッ……!?」

―― その誇りも、所詮はお母様の真似事。貴方自身の誇りなんて何処にもないというのに……滑稽ですわね ――

「何が……!」

―― BT稼働率の低下。成果の上がらない自分と、比較した貴方の心なんて、手に取るように分かりますわ ――

「ッ――!?」

幻影はナイフのように鋭い言葉で、セシリアの心を抉り取る。顔を青ざめさせ、小さく震えるセシリアに一歩、幻影は歩み寄った。

―― 貴方は嫉妬している、織斑一夏に。ISを手にして僅か数ヶ月で目覚ましい成長を遂げ、更には二次移行まで果たした彼に ――

一歩、また近づく。セシリアが後ろに下がる。

―― 貴方は嫉妬している、篠ノ之箒に。第四世代ISを与えられ、その力を徐々に引き出していく彼女に ――

更に、幻影が距離を詰める。セシリアは更に下がる。が、その背がドアに当たった。

「いや……来ないで……!」

その言葉の恐怖は、何処からか。セシリアは必死に目を閉じて、耳を塞いだ。

―― 貴方は嫉妬している、凰鈴音に。ラウラ・ボーデヴィッヒに。シャルロット・デュノアに。辰守織羽に。迷うことなく、戦いの場へと進むことのできる彼女達に ――

だが、その声はまるで内側から響くかのように、容赦なく届いていく。

―― 自分に出来ない事を羨む……なんて矮小な心。なんて醜くて、歪な思い。ノーブレス・オブリージュなど、何処にあるというの? ――

「お願い……もう、止めて……っ!」

―― 堂々と仇を罵ることも出来ず、かと言って、それを踏み越えて助けに行くことも躊躇して……貴方の言う誇りとは何? ――

ヒタ、ヒタとその足音は情け容赦なくセシリアに詰め寄っていく。

―― なんて卑劣。なんて卑怯。そして、それを認めることさえできない……それが、セシリア・オルコットなのですわ ――

「違う……私は……私は………!」

ポロポロと涙を溢れさせ、必死に責め苦の終わりを願う。

―― だから、そのまま見捨ててしまえば良いのですわ。どうせ、貴方は家を守るためだけにISを手にしただけで……彼らと共に戦う義理など無いのだから ――

「っ!?」

その言葉に、セシリアは今まで閉じていた目をカッと見開いた。

そして同時に、心の中から激情が溢れ上がってくる。

「――確かに、私は貴方の言うように……醜くて卑劣で、卑怯で矮小で、お母様とは比べ物にならない小さな器なのかも知れない。だけど……!」

顔を上げ、目の前にある幻影の顔を強く睨みつける。

「確かに私は家を守るためにISを得ましたわ! だけど、今の私には同じぐらい……いいえ、それ以上に守りたい大切なものがあるのです!!」

自分の胸を強く叩き、溢れるままに叫ぶ。

「たった数ヶ月で、私は沢山のものを得ましたわ! それは一夏さんや春斗さん、箒さんや鈴さんやシャルロットさん、ラウラさんに織羽さんに更識さん……この学園で出会えた大切な絆と思い出ですわ!!

貴方がどれ程に私を侮蔑しようとも、これだけは絶対に否定させません!!」

―― なら、どうするというのです? ――

幻影が問う。セシリアはギュッと拳を握りしめ、それを思いっ切り突き出した。パァン! と、乾いた音が響く。

「戦いますわ。戦って抗って……そして必ず、望んだ未来をこの手に掴みますわ!」

受け止められた拳を更に、力を篭めて押しこむ。自分の想いをねじ込むように。

 

―― ………そう ――

 

フッ。と、拳から感触が消えて、セシリアは思わずよろめく。幻影はいつの間にか、再び窓の所にまで戻っていた。

―― もう、迷いは無いようですわね ――

「えぇ。お陰で大事な事を思い出しましたわ。感謝いたします。それで……おせっかいな貴方は一体、何方ですの?」

セシリアそう尋ねると、幻影は今でとは違う、優しい笑みを浮かべた。

―― それはまだ、秘密ですわ。ですが、そう遠くない内にまた、会うことになるでしょう ――

「………」

 

―― その時、貴方にもう一度………問いますわ ――

 

月光に解けるように、幻影は淡い光を残して消え去る。キラキラと蒼い光子も、やがて闇に溶けて消えた。

「………」

セシリアはじっと自分の手を見た。今のが幻だったのか。ふと、そんな事を考えたが、それもすぐに消えた。

自分には、するべきことがあるのだから。

 

迷いを払拭した蒼雫の射手は、静かに佇む月光を見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

夜も明けきらない午前4時前。楯無は痛む体を押して、廊下を歩いていた。

「――お姉ちゃん。何処に行くの?」

その行く手を塞ぐように、楯無に似た容姿の少女――簪が立っていた。

「簪ちゃん……勿論、戦場によ」

「怪我、してるんだよ? そんな体で戦ったら……お姉ちゃん、死んじゃうよ!?」

「死なないわ。私は――死なない」

「お父さんもそう言って……結局帰って来なかった!」

「………」

先代楯無――二人の父は、簪が十二の頃に亡くなった。国内に潜入したテロリストを排除する任務で、爆弾で吹き飛ばされた。遺骸もない仮初の葬儀は、簪の心に今もこびりついている。

そして、楯無は僅か一三歳でその後を継ぎ〈楯無〉となった。

「そうね。でも、これが〈楯無〉を継いだ人間の宿命なのよ」

「どうして……何で……? 何でそこまでして戦うの? 死んじゃうのが怖いと思わないの?」

「人間だもの、怖いに決まっているわ」

「じゃあ、なんで――」

「それよりも、怖いことがあるからよ」

楯無は簪の頭にそっと触れる。優しく、ゆっくりと髪を撫でていく。

「簪ちゃん。私が生きている限り、あなたはずっと〈更識 簪〉のまま。手を汚すのは私だけで良い……私のように名前を捨てなくて良い」

「お姉……ちゃん?」

「弱いままでもいい……あなたは更識 簪として、普通に生きなさい」

「お姉ちゃん……!」

初めて分かった。姉の心が。その才も、その力も、全ては自分を守るために。

その為に、姉は修羅道を行く。笑顔で。

「お姉ちゃん……私も!」

「ダメよ。あなたはここで……帰りを待っていて頂戴?」

ポン。と、頭を軽く叩いて、楯無はその横をすり抜けていく。まるで、ちょっと散歩にでも行くかのように軽やかに。

 

その背をただ、簪は見送る。それしか出来ない。やはり、自分は無力で何も出来ないのだ。

 

「――ねぇ。ちょっとそこのお嬢ちゃん? 道を聞いてもいいかしら?」

「え――?」

そんな簪に、声を掛けた者がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

IS学園正門は一夏達、作戦参加者が集合していた。

ただし、セシリアの姿だけはそこにはない。

「……もう、時間だね」

「セシリア……やっぱり来ない、か」

「仕方ないわね。そろそろ、出発しましょう」

一夏は正門の方を見ていたが、楯無の言葉に振り返って、船の発着場へと向かおうと足を一歩進めた。

 

 

「――あら、私を置いて何方へ行かれるのですか?」

 

「ッ――!? セシリア!!」

声に皆が振り返る。正門を潜って姿を見せたセシリアに、一夏は驚きの声を上げた。

「セシリア……どうして?」

「あら、おかしな事を聞かれますのね? 私の力を借りたいと仰ったのは一夏さんではなくて?」

優雅な足取りで一夏の隣にまで来たセシリアは、覗き込むように一夏の顔を見た。

『セシリアさん。でも、僕は君の……』

「ストップ、ですわ」

春斗が言おうとしたところにセシリアは「ピッ」と、指を立てて制する。

「私、春斗さんには言いたいことが沢山ありますわ。ですが、今からでは時間が足りませんの」

フッと笑って、セシリアは指先を一夏の胸に当てた。

「ですから、全てが終わった暁には丸一日お時間を頂きます。宜しいですわね?」

『……え?』

「お返事は?」

『は、はい』

「結構ですわ。さ、行きましょう――今度こそ、決着を付けるために」

ブロンドを翻して、セシリアは力強く踏み出す。その背を半ば呆然と見送る二人。

「なんか……セシリアか、あれ?」

『昨日とは、まるで別人みたいだ。何ていうか……見違えた感があるね』

「何をしていますの? 早く来ないと置いて行きますわよ、一夏さん、春斗さん!?」

「え、おう!」

セシリアの声に慌てて一夏は駆け出した。

 

 

 

世界の運命を懸けた長い一日が、いよいよ幕を開ける。

 

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