「凄かったですね、織斑君。IS戦闘が、入試を入れて二度目だなんて思えないです……!」
試合をモニターしていた真耶が、感嘆の声を上げた。
一夏がISに触れてから、わずかに数ヶ月。だが、ISを本格的に動かしたのはここ一週間の話だ。
だというのに、初期設定の専用機で善戦。ついにはイギリス代表候補生を撃破してしまった。
これは大金星だと言っても過言ではない。
「オルコットには、付け入れる隙が幾つもあった。それを突いたからこそ勝てた。それだけの事だ。まともにやっても勝ち目は薄い相手……だからこそ勝機は唯一点、最適化の直後と決めていたのだろう」
千冬はあくまで冷静に、勝因を分析する。
「それって、オルコットさんを動揺をさせるためですか?」
「そうだ」
真耶に頷いて返す。
「相手は初期設定であった事を知らない。動揺を誘うには、充分過ぎる効果があったろうな」
「でも、もしその前に負けていたら……?」
「だから、そうならないように事前準備を欠かさなかったのさ」
「準備……あっ!」
「自分と相手の客観的な戦力分析。それによる戦術構築。それを何度となくシミュレートしていた筈だ」
とはいえ、それだけではない。
薄氷を渡るような可能性の中で、一夏を信じて作戦を練った春斗。
彼の無茶に近い指示に、喰らいつき応え続けた一夏。
二人が深く信頼し合っていたからこそ、その隙を突く事が出来たのだ。
「はぁ〜凄いですね……流石は、織斑先生の弟さんですね」
「………そうだな」
短く呟き、千冬はモニターに目を戻した。
そこではセシリアと一夏 ――― 否、春斗が会話をしている。
(だが、オルコットの最大の敗因は、相手が一夏だけだと思っていたことだがな……)
天才 織斑春斗。その存在を知っていれば、あるいは違った結果だったかも知れない。
だが、戦いに”もし”もなければ”かも”も存在しない。ただ結果がある、それだけだ。
「それにしても……また面倒なことになったな」
「は……?」
「いや、こちらの話だ」
真耶のきょとんとした顔に、頭を振る。
あそこにいるのは春斗だと、千冬にはすぐ分かった。
何故、一夏がISを動かせるのかは現状不明だ。
そして今、一夏の体とはいえ春斗もまた、ISを動かしている。しかも一夏の専用機をだ。
これがどういう結論を導くかは分からないが、唯一点だけ、ハッキリした事がある。
それは春斗が”ISを動かせる世界で二人目の男性”となる可能性が更に高まった、という事だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
セシリアとの戦いを終えて、彼女とは無事に和解。セシリアは先にピットへと帰還した。
『おい、春斗。いきなり変わるなって何度も言わせるなよ……!』
その道中、一夏が話しかけてきた。
強引に入れ替わると、入れ替わられた方は深い所まで落ちてしまい、浮上するまでの間は会話も入れ替わりも出来なくなる。
『ごめんごめん。でも、彼女の姿を見たらこう……体が勝手に動いてたんだ』
『……ま、良いけどさ』
『ところで、白式の中はどう?』
『白式の中……? 何言ってんだ、いつも通りの場所だよ』
『あれ? ISを起動させると、裏に入った方はISに取り込まれるんじゃないの?』
『知らねぇよ。とにかく代わってくれ』
『……了解』
ISに取り込まれた時はどうなるかと思ったが、こうして脱出できると分かっただけ救いがある。
原因は不明のままだが、取り敢えずは良し。そう結論づけて、春斗は何時ものように一夏と意識を入れ替えた。
「………どうしてこうなった?」
『いや、俺に聞かれても……』
春斗はまた、白式の中に引きずり込まれた。というよりも、ここが春斗の居場所だと言わんばかりに極々普通に、この空間に来てしまっていた。
ピットに帰還する道中、何度か入れ替わってみた。が、やはり一夏はいつも通りで、春斗だけがこの世界に来てしまう。
『もしかして、ISに呪われてる……!?』
「怖いこと言うなっ!? 問題は一つ。この状況で、白式を待機状態にしたらどうなるか……?」
『―――そのまま白式の中じゃないか?』
何処までも他人事のように言う一夏に、少しカチンと来た。なので春斗はしっかりと、現実を教えてあげることにした。
「……その場合、入れ替わるのにいちいち、ISを起動させないと行けなくなるよ? ちなみに不必要に起動させると反省文とか書かせられるんじゃなかったっけ?
それに白式の中じゃ、一夏に勉強も教えてあげられなくなるね〜。いや〜、一夏は一人でこれからの学校で生活を頑張る訳だ。いや、すごいね〜」
『……ッ!? 春斗、何とか問題の早期解決を!!』
一夏にも、どうやら分かって頂けたようだ。
「とにかく、ピットに着いたらすぐ千冬姉さんに報告をしよう」
通信は使えない。千冬のいるピットのモニタールームには真耶もいるからだ。事情を説明するなど無理である。
『いや……それも無理臭いな』
「えっ……?」
『あれ、見てみろよ』
春斗の前に出現したモニターに、一つの影がある。
「……ほーちゃん」
篠ノ之 箒。
その微笑みは喜びに満ちていた。
だがそれは、”織斑一夏”に向けられたものであり、”織斑春斗”にではない。
分かっている。この勝利は何処までも”織斑一夏”のものだ。
それでも、その笑顔が欲しいと想う事は罪なのだろうか。
「っ………」
ギュッと、胸元を握り締める。
そこに無い筈の胸が、とても苦しかった。
「一夏っ!!」
ピットに降り立つと、すぐに箒が駆け寄って来た。
「よう、箒。ただいま」
「見事な勝利だったな。まぁ、あれだ……春斗が考案して、私が直々に特訓してやったのだから……当然の結果と云えば、当然だがな」
などと言いつつ、箒の顔には一夏の勝利を喜ぶ色がありありと見える。
「………」
見上げる箒。
「………」
見下ろす一夏。
「…… 一夏?」
「……何だ?」
「いつまで、ISを起動させたままにしておくんだ? 早く降りてこい」
「いや、せっかくだしもうちょっと………なんて?」
「降りろ」
「……はい」
イエス以外を許さない素敵過ぎる笑顔で命令され、一夏は渋々頷く。
『大丈夫か春斗……? ISを待機させたら一緒にパァ、とかならないか?』
『ま、ISが消える訳じゃないし……大丈夫とは思うけどね。何せISに取り込まれるとか……前例がないから』
そんな前例、普通はない。そもそも、一つの体を二つの意識が使っている人間も恐らく、一夏達が世界初だろう。
こうして考えると、世界初だらけである。
結論から言えば、春斗は無事だった。
白式を待機状態にすると同時に、春斗の意識体は一夏の体にあっさりと戻ってきたのだ。
これが最後かも知れないと、春斗に別れを告げた一夏も驚きである。
尚、縁起でもない事を言いやがった双子の弟に対するお仕置きを、春斗はしっかりと考案中であった。
その後、ピットに降りてきた真耶から、IS取り扱いに関する規則本を手渡された。
「ちゃんと覚えてくださいね」とは彼女の言。
あの入学前の資料ですら限界なのに、同じだけの厚さの本が来るとは。
『うーん、読み甲斐がありそうだね、一夏?』
『逞しいね、本当に!?』
この本の何処にそんな喜ぶ要素があるのか、一夏にはサッパリだった。
そして千冬には戦闘の批評と反省会を軽く行われ、一夏の体はもう限界であった。
だが言わなければならない事があるので、何とか気力を振り絞る。
「悪ぃ。箒、先に帰っててくれるか?」
「何だ? 着替えぐらいなら終わるのを待っているぞ?」
「いや、時間が掛かるかも知れないからさ……な?」
「……分かった。出来るだけ早くしろ?」
一夏の言葉に従って、箒はピットの出口から出て行く。
本当に、早くして欲しいものだ。ISの事も。この自分の状態の事も。
そんな事を思いつつ、一夏は千冬と共に人気のない場所に移動する。
その際、真耶が何故か顔を真赤にしていたが、割とどうでもいい話である。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「何、白式に取り込まれただと……!?」
「ちょ、千冬姉! 声がでかいって!!」
「す、すまん。それで……大丈夫なのか、春斗?」
「大丈夫。待機状態に移行すると同時に解放されたから。調子もおかしくないよ」
「後、入れ替わった時も普通に出てこれたよな?」
「うん。どうも僕だけを認識して取り込むみたいだ……」
一夏の口がまるで一人芝居のように動く。
これは視界共有と同じく、一夏の声帯を共有させているのだ。
主に家族会議で使われる。
知らない人間が聞いたら、一夏に哀れみを向けるかも知れない光景だ。
「ISのコアはブラックボックスだ。あいつなら、何かしら分かるかも知れんが……」
”あいつ”という言葉に、春斗は微妙な顔をした。
「束博士か……僕、ちょっと苦手なんだよなぁ……」
「そういえば、何か距離を置かれてる感じだっけか? あの人にしては珍しい反応だよなぁ」
篠ノ之 束は千冬や一夏、箒と両親以外は徹底的に無関心なのだが、春斗と”もう一人”にだけ、違う反応をするのだ。
その”もう一人”には、少々――いや、かなり辛辣な事を言うが、無関心という訳ではない。
そして春斗にはある時から、何故か距離を測りかねるような感じだった。
「……その辺りは置いておけ。ともかく、ISを待機させる時には出来るだけ入れ替わって行え。何か遭ってからでは遅いからな」
「分かった」
「それと、言わなくても分かっていると思うが………春斗?」
「………うん、分かってる」
「何が?」
春斗が複雑そうな顔で答え、一夏が首を傾げた。
知らない人間が見れば、一夏をすぐ病院に入れるだろう光景だ。
「一夏の体とはいえ、僕も白式を動かせちゃったからね……バレれば厄介な事になりそう、て事だよ」
「あぁっ! そういえば何で動かせたんだ!?」
「一夏……今頃かい?」
「……とにかくだ」
一夏のバカさ加減に二人は頭を痛めつつ、千冬が締める。
「ISを動かすなとは言わん。だが、今後はその方面でも注意しろ」
「うん。気を付ける」
「分かった」
「では、今日はさっさと帰って早く休め。自分が思っている以上に、肉体は疲労している筈だからな」
「じゃ、さっさと帰るか」
「では、失礼します……織斑先生」
春斗が一礼し、そして一夏はロッカールームへと向かった。
千冬と別れた一夏が、着替えを済ませてアリーナを出てきた時には、外はすっかりと夕暮れであった。
「う〜〜〜ん、疲れたァ!!」
『僕もISの制御とか……無茶したから疲れたよ』
「ていうか、リアルタイムでそんな事出来るのって、お前と束さん以外いないんじゃないか?」
『どうだろ? 僕もあの人には……敵う気はしないよ』
「多分、千冬姉だけ、だろうな……物理的な意味で」
『……だね』
寮への道をしばらく歩いていると、そこに人影があった。
一夏に気付くと、特徴的なポニーテールを揺らしながら、こちらに近づいてきた。
「なんだよ箒、先に帰っててくれって言ったのに……」
「いや、何だ……ほら、これを渡そうと思ってな……」
そう言って差し出されたのはスポーツドリンク。それを見ると、とたんに喉の渇きを感じてしまう。
「おう、サンキューな」
やはり疲れが出ているのだろう。一夏はありがたくそれを受け取った。
それを飲みながら、二人は並んで歩く。
「………」
先程から、チラチラと向けられる視線。一夏が向くとすぐに、箒は前に視線をやってしまう。
「なんだよさっきから。何か言いたい事でもあるんじゃないのか?」
「う、うむ………その、これからの事なんだが……」
「ん……?」
「特訓は、まだ続けるのか……?」
「そりゃまぁ……千冬姉にも、時間があれば白式を動かせって言われてるし……もっともっと強くならないと……守れないからな」
そう答え、一夏は少しだけ遠くを見やる。その横顔は、箒の中にあった幼い少年の顔とは違い、一人の男性としてのそれであった。
「………そうか、そうか。なら、今後も私が相手を務めてやろう。放課後は絶対にあけておくんだぞ?」
「お、おう……」
「フッ、フフッ……」
箒は何故か嬉しそうに笑い、そして小走りに行ってしまった。
「何だ、ありゃあ……」
『………一夏?』
『なんだよ?』
『このダメ男』
『何だとっ!?』
不本意だとばかりに抗議するも、春斗はさっさと《海岸》まで潜ってしまった。
「んだよそれ、意味分かんねぇし………」
仕方なく一夏も走って、箒を追いかけるのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌日。
一夏の周りでは、朝からとんでもない騒ぎが起ころうとしていた。
「ふぁあああああ………っ」
昨日の疲れも抜け切らず、未だ寝足りない気がする頭を無理やり起こしながら、一夏は箒と共に教室へと続く廊下を歩いていた。
「一夏、もう少しシャキッとしないか。情けないぞ……」
「そう言われてもなぁ……う〜ム」
「もう一度、そこの水道で顔でも洗え。少しはマシになるだろう」
「……おう」
途中の水場で顔を洗うと、やっと少しだけ頭が起動を始めてくれる。
「あ、ちゃんと拭け。雫が垂れてるぞ?」
箒はハンカチを取り出し、前髪の雫を拭いてやった。
「っと、わりぃ……」
『……あなた方、何処のカップルですか?』
いい感じに、春斗の嫌味が届く。
そんなこんなで、教室に入る。
「おいーす、お早う!」
「おいーす織斑君。お早う」
一夏が言うと、そこら中から返事がくる。
「……朝の挨拶ぐらい、ちゃんと言えないのか?」
「別にいいだろ。固いこと言うなよ……ん?」
教室の後ろから、セシリアがこっちに来るのに気付く。
「よぉ、セシリア。昨日は――― っ!?」
それ以上、言う事は出来なかった。
セシリアがいきなり一夏の胸に飛び込んできたからだ。
「なぁっ………!?」
突然過ぎる事態に、箒も一夏も唖然とする。
クラス中がシン、と静まり返り、そして湧き上がった。
「な、何をやっているんだ貴様は……!! 一夏から離れろッ!!」
復活した箒が顔を赤くしながら割って入ろうとする。が、セシリアの腕は一夏の背にまで回され、制服をしっかと掴んでいてビクともしない。
「うわ、これってもしかして三角関係のド修羅場って奴!?」
「うそっ! あたし、初めて見たよ!!」
「ていうか、昨日の今日でこれって……織斑君、どれだけ手が早いの!?」
「いや〜ん! アタシも手を出された〜いっ!」
キャイキャイとはしゃぐ女子達。
「だから、一夏から離れろぉおおおおおおおおおおおおっ!!」
「一夏さん、一夏さんっ!!」
更にエキサイトする箒。涙目で胸に埋まり続けるセシリア。
「あ……あぁ…………!?」
『一夏、一夏!? ダメだ、完全にフリーズしてる……』
そして、突発過ぎる事態に対応できずに一夏は固まり、春斗は深々と嘆息した。
「ちょっと、なんか面白いことになってるわよ!!」
「 織斑君がイギリス代表候補生の子を口説き落としたって!?」
「それで幼馴染が割って入って三角関係泥沼化ですって!?」
「流石は唯一の男子!! 期待に応えてくれるわね!!」
この騒ぎはすぐに他のクラスにも伝わり、廊下にはあっと言う間に人だかりが生まれた。
その大騒ぎは、SHRの時間なのでやって来た、千冬の怒号が響くまで続けられたのだった。
「……では、SHRを終わります」
若干引きつった顔で、真耶はそう告げる。その視界には、頭にコブを作った生徒たちの群れ。
全員、千冬の拳骨を喰らったのだ。
尚、一部生徒からは「私達の業界ではご褒美です!!」とか、廊下にいた生徒からは「おねーさま、私にも!!」などと逞しい発言が上がっていたが全くもって、どうでも良い話である。
「織斑、ちょっと来い」
「……え?」
また殴られるのかと思い、席を立ちつつ後ろに半歩下がる。回避距離の大事さは昨日、身に染みて知っている。
「何もせん。今日、私とお前はこのまま外に行く。一度寮に戻って私服に着替えてこい」
「えっ、何で?」
「……”あそこ”に行くからだ」
「っ!? でも、それは今週末の予定じゃ……!?」
「お前の状態を鑑みて、無理に早めてもらった。分かったら準備をしろ。私は学園の門で待っている」
それだけを言って、千冬は教室を後にした。
残されたクラスメート達はザワザワとしているが、一夏はそれに構わず帰宅の準備(と言っても鞄を取るだけだが)をした。
「ねぇ、織斑君。一体、あそこって何処なの?」
「悪い、マジで時間ないから……じゃあ、失礼します!!」
一夏も急いで教室を出て行く。廊下を走る足音が、段々と小さくなっていった。
「篠ノ乃さんは何か知らない? 幼馴染なんでしょ?」
「………いや、分からない」
後ろの席に座る生徒の問に、困惑の表情で答える。
「ウソをおっしゃい!!」
と、そこに混乱を呼ぶレディ、セシリア降臨である。
「あなた、知っていて黙っているのでしょう!? さぁ、キリキリと白状なさい!」
「だから知らないと言っているだろう!! 喧嘩を売っているのか、貴様は!?」
「生憎と、売る価値もない喧嘩を売る趣味はありませんわ」
「フフ………良いだろう。そのひん曲がった根性、この場で叩き直してくれる!!」
「でしたら少しは大人しくなれるように、調教し直して差し上げますわ!!」
ガタンと荒々しく席を立ち上がり、セシリアと箒は額をぶつけて睨み合う。
「あ、あの……授業が始まるので席に……」
真耶がアワアワしながら止めようとするが、周りは囃し立て、千冬もいない。
これを止められる者はもういない。
―――ガチャ、ゴリッ。
「ん……?」
「え……?」
クラスが沈黙し、いきなり二人の視界の端に黒い影が見えた。
何事かと見てみると、そこには黒い穴があった。
更に視線を動かしてみると、そこには翠色のISを展開させた真耶が、銃口を突きつけていた。
「せ、席について下さ〜〜〜〜いっ!!」
「「ヒィィィィッ!?」」
その魂の叫びと共に、トリガーが引かれた。
――ドォォ……ォォォン!!
その日、1−1の風通しはとてつもなく良かったそうだ。
何故ISを持っていたかというと、千冬に「今日はすべてを任せる。もし、生徒が口ごたえをするなら、これで派手に脅してやっていい」と渡したからであった。
後日。真耶と千冬は揃って、始末書を書かされる事になる。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
学園を離れ、三時間弱。
向こうが用意した車に乗り、今は山道を登っていた。
しばらく走っていると、木々の向こうに、目的地は見えてきた。
入口前に来ると、警備員が身分証明を求めるので、運転手はIDを提示する。
それを本物と確認し、ゲートが開かれた。
【国立 医療技術研究所】
ここは、最新鋭の医療技術の研究、実験開発を行っている国立機関である。
地下4階、セキュリティレベル5区画。
巨大な機械の置かれた真っ白い一室。そこに置かれているベッドに千冬は腰掛けていた。
「……随分と髪が伸びてしまったな。また、切ってやらねば……」
口元に微笑を残し、顔を覆う髪を手櫛で梳いてやる。
「千冬姉、準備できたぞ?」
振り返ると、入院着に似た服に着替えた一夏と、白衣に眼鏡を掛けた四十頃の歳の男性が居た。
「分かった。では高柳先生、お願いします」
「分かりました」
高柳と呼ばれた男は、部下に指示を送り、室内に椅子と機械をくっつけたような物を運び込む。
それのコードを巨大な機械と繋げ、色々と準備を始める。
一夏はセッテイングが終わると、その椅子に腰を降ろした。
「一夏くん、聞いたよ? IS、動かしちゃったんだって?」
「いや〜、なんか色々在りまして……ハハハ」
「色々かぁ……あ、これは……電極が付けられないね」
高柳は一夏の右手に付けられた待機状態の白式に気付き、困った風に言った。
「あ、忘れてた……すみません。千冬姉、これ預かっておいて」
「あぁ、分かった」
白式を外して、千冬に預ける。その代わりにそこにいくつもの電極がつけられていった。
一夏の体に電極が付けられると、頭部にヘルメットを模した機材が取り付けられる。
そして両手足、腰、腕が金属製の拘束具でしっかりと固定される。
「ロック確認。システム正常……と」
そして機材のチェックを終えると、一夏を部屋に残して全員が強化ガラスの向こうにあるシステムルームへと移動した。
「
「
部下である研究員たちの言葉に、高柳は一度だけ千冬を見やる。
彼女はガラスの向こう、大型機械につながれたベッドと、無骨な機械の椅子に拘束された一夏を、表情一つ変えぬまま見つめていた。
だが、腕組みされた袖が大きく皺を寄せている。ギリギリと両手で握り締めているのだ。
これから三時間。彼女にとっての地獄が始まる。
こうでもしていなければ、すぐにでも部屋に飛び込み、あの機械を破壊してしまうかも知れないからだ。
「……ではこれより、
高柳は千冬には何も声をかけず、作業開始を告げる。
「………そろそろかな?」
『………一夏』
『――― 今度こそ、成功するさ』
チラリと、ベッドの方に顔を傾ける。
「そうだろ………春斗?」
ベッドに眠る双子の兄に向かって、一夏は笑いかけた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
日がすっかりと落ち、夕闇から夜へと変わった町を車が走る。
後部席には千冬と、疲労から姉の肩に頭を預けて泥のように眠る一夏の姿があった。
「………」
静かに寝息を立てる弟の頭を撫でてやりながら、千冬は流れていく町並みを見やった。
結局、今回も大きな成果は得られなかった。
高柳には、「前よりも反応が大きくなっており、覚醒は時間の問題だろう」と言われたが、それが単なる慰めだろう事は分かっていた。
『あ……ぐぅぅぅ………がぁあああああ………ぁあっ!!』
「っ………!」
鼓膜にこびりつき、網膜に焼き付いた記憶。
全身を襲い続ける苦痛に、必死に耐え続ける一夏の姿。それを見ていることしか出来ない自分。
一夏が苦しむ度、自分を責め続ける春斗。それを救う言葉さえ掛けてやれない自分。
あの光景を、後何度繰り返せば、自分は全てを取り戻せるのだろう。
後どれほど、あの地獄を見せられれば、この罪は償われるのだろう。
二人は言ってくれた。
自分達はずっと姉に守られてきた、と。
だが、そんなのは嘘だ。
守れてなどいない。それは自分が一番良く分かっている。
春斗がこうなってしまった時も。一夏が誘拐された時も。
何度も何度も、自分の無力とバカさ加減を思い知らされてきた。
何が日本代表だ。何が世界一のIS使いだ。
その世界一とやらは、弟さえも守りきれない愚か者ではないか。
過酷な運命を受け入れた一夏と春斗。
それを大人として、姉として、家族として、今度こそ守ってみせる。
二人が幸せになる。その姿を見るまでは、我が身の事など思う必要はない。
「一夏、春斗……すまんな」
何時もの気丈さなど微塵もなく、千冬は弱々しく愛しき者の名を呟いた。
やがて車は用意された船舶に乗り込み、そのまま海上を移動する。
その性質上、学園へのルートは海路と空路、そしてモノレールで締められている。
陸地から少し離れた
現在の時刻を見ればモノレールは動いていなので、学園側が船を用意してくれていたのだ。
そして学園の桟橋に到着すると、千冬は一夏を揺り起こした。
「起きろ。学園に着いたぞ」
「むぅ……ぅうん? 着いたの?」
一夏は低く呻き、瞼をゆっくりと開く。
「あぁ、ここからは寮まで歩くんだぞ?」
「分かってるよ………ふぁぁ……」
降車し、一夏はあくびを噛み殺して背伸びをする。
船はそのまま車を対岸まで送る為に離れ、二人は寮への道を進んでいった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『………何これ?』
『いや、僕に聞かれても……』
寮に着いた一夏は、朝以来何も食べずにいたせいで、すっかり空腹であった。
食堂の使用時間は終わっているが、せめて何かと思い向かってみたところ―――捕まった。
そのまま食堂に引きずり込まれ、気が付けばこの状態。
両サイドには箒とセシリア。目の前にはクラスメート達。
後ろのガラスには、【祝! 織斑一夏 代表決定おめでとう!!】と書かれた紙が貼られていた。
『”祝”と”おめでとう”が被ってるし』とは春斗のツッコミ。
こういうのは気持ちなので、細かい事を一々気にしてはいけないものである
「それじゃ、織斑君の代表決定と、代表選の健闘を願いまして〜!!」
「かぁんぱぁ〜〜〜いっ!」
間延びした声にあわせ、皆が「カンパーイ!」とグラスを鳴らした。
「ん、ング……っぐ……プハァッ!」
オレンジジュースの入ったコップを傾け、そのまま一気に飲み干す。
半日以上ぶりの水分と糖分は、体にとても美味い。
「きゃ〜、凄い飲みっぷり!」
「社長、もう一杯いかがですか?」
「誰よ社長って?」
「……随分とモテモテだな、一夏?」
「………何か言ったか?」
「―――何でもない」
箒はプイッとそっぽを向いてしまった。つまみにと用意された菓子を食べつつ、首を傾げる。
『一夏。君はあれだ、タイヤを抱えて石段を転げ落ちるといいよ?』
『地獄車っ!?』
「さ、一夏さん。”私が”お注ぎしますわ」
セシリアがオレンジジュースの入ったペットボトルを手に、一夏に迫る。
「おっ、ありがとう、セシリア」
「いいえ。さ、コップを……」
「まて、一夏。”私が”入れてやる。コップをよこせ」
セシリアに出そうとした、コップを持った手を脇からガシッと掴まれる。
「あら、篠ノ之さん。一夏さんは”私に”入れて欲しいと仰ってましてよ?」
「何時、一夏がそんな事を言った? お前の頭は、妄想と現実の区別もつかんのか?」
「なんですってぇ……?」
「何だ……?」
ギリギリと睨み合う二人。
『この二人、何でこんなに仲悪いんだ?』
『気づいてるかい? これ、一歩間違えるともの凄く危ない状況なんだよ?』
『だな。二人がケンカする前に何とかしないと……』
『いや、そうじゃなくて……』
春斗の言葉は一夏には届かなかった。双子の以心伝心なんて、ウソであると証明されたようなものだ。
そんな事たぁ、とっくに知ってはいたが。
――――パシャッ!!
「「「っ……!?」」」
突然のフラッシュ。何事かと思うと、いつの間にか、クラスメートではない胸元に黄色のリボンをした女生徒――リボンの色は学年ごとに違う。黄色は二年生――が、カメラを向けていた。
「いやいや、いい写真ゲット!!」
眼鏡を掛けたその先輩は、ベストショットにニンマリと笑っている。
『春斗、この人って確か……』
『新聞部の黛先輩だね。なんで一年の寮に?』
何故、二人が彼女の事を知っているかというと、それは代表決定戦前に遡る。
放送部を訪れた春斗は、部に戦闘映像の記録を依頼したのだ。
勿論、アリーナには記録装置がある。が、春斗はそれだけでは不足と、追加のカメラを欲したのだ。
その際、別件で放送部に来ていた彼女――― 新聞部副部長、黛薫子と出会ったのだ。
「黛先輩、もしかして取材で……?」
「その通り。注目の専用機持ちだからね〜。あ、これ、放送部から預かってきたよ」
「すみません、態々……」
差し出された
「じゃあ、早速……今度の代表戦への意気込みをどうぞ!!」
「えっ? えっと………」
いきなりボイスレコーダーを向けられ、戸惑う一夏。何とか言葉を探すがうまく出てこない。
「が、頑張ります……!」
「あ〜、もうちょっと色々言ってよ。これじゃ、捏造できないじゃない!!」
何をする気だ、この人。一夏は不安を覚える。
「じゃ、セシリアさんも、いいかな?」
「私ですか?」
「うん。織斑君と戦ってみて……どうだった?」
「そうですね……一夏さんはとてもお強くて、紳士で、かっこ良くて、世界一の殿方ですわ」
「「「「「「おぉ〜〜〜〜〜〜っ!!」」」」」」
その告白同然の言葉に、一同が感嘆する。
『そら、世界で一人だけIS動かせるんだし……世界一の男だよな?』
『……君のそれ、そろそろ国際犯罪レベルだよね』
頓珍漢なことをのたまう一夏に、春斗も掛ける言葉はない。
これに何かを気付かせるには、裸でベッドに押し倒した上、強引に既成事実を積み上げてやるぐらいでないと無理だろう。
いや、もしかしたらそれですら通じないかも知れない。
そんなバカなと思うだろうが、それが織斑一夏クオリティであると春斗は嫌というほど知っていた。
「いやいや、良いネタを頂きました。じゃ、最後に二人の写真をいいかな?」
「二人……? 私と一夏さんの”二人”ですか? あとで、その写真は頂けますかしら?」
「勿論よ。じゃ、ちょっと立ってくれるかしら?」
「はいっ! さぁ一夏さん、立ってくださいな」
「ちょ、そんなに引っ張るなよ」
セシリアは気合充分に立ち上がり、一夏の腕を引っ張る。
「じゃ、握手でもしてくれるかな?」
そう言ってファインダーを覗く薫子。セシリアは見えるように上げられた一夏の指に、自分の指をしっかりと絡め付かせる。
「おいおい、やり過ぎじゃないのか……?」
「そんな事ありませんわ。むしろ手だけでは物足りないほどですもの」
そう答え、座る箒を一瞥する。
「っ………!」
バチバチッ!! と、火花が散った。
可燃性ガスが漏れていたら即、大爆発を起こしていただろう。
「それじゃ、取るよ〜。12×89÷44+224………に、×0では?」
「「「「「「「「「ゼロッ!!」」」」」」」」」
一瞬にして、クラスメート達がセシリアたちの前に現れていた。
ちゃっかりと、箒はセシリアの前に陣取って被りまくりだ。
「何で皆さんが入ってきますのーーーーーーーっ!!」
「まぁまぁ、ある種のお約束なわけで」
「セシリアばっかり織斑君と仲良くするのはズルイし」
「チャンスは平等に、だよね〜?」
「ね〜?」
「ふぅ〜〜〜〜っ!!」
なお、のほほんさんはいつの間にか、一夏の腕と組んでいたりしたので、また新たな闘争の火種となる。
そんなこんなで、パーティーはグダグダ感満載で続いていくのだった。